38話
そうして勇者はフリードが待つ部屋の前に到着すると肛門に力を入れながら扉を開けようとしたが、氷で出来ているせいか滑ってしまいなかなか開かない。
「(す、滑って開かねえんだけど!? どうしようこれマジでどうしよう!? このままじゃ扉開ける前に俺の肛門が開きそうなんだけど!? 決壊しちゃうんだけど!?)」
「(そんなくだらない冗談が言えるならまだ大丈夫でしょう。お願いですからこんなところで漏らさないでくださいね。そんなんでも一応勇者様なんですから)」
「(そんなんとか言うな!!! 上から下まで完璧に勇者だろうがッ!!! ああ、もういいや、便ブラ、この扉炎で吹っ飛ばすぞ!!! その方が手っ取り早い!!!)」
「(仕方ないですね……ここで漏らされてもアレですし……)」
勇者は手に持った剣に紅蓮の炎を纏わせると扉の前で構えた。
「(よし、吹っ飛ばすッ!!! そして便所を借りるッ!!!)」
「(扉を吹き飛ばすのは別にいいですけど……本当にトイレなんてあるんですかねぇ……っていうかあったとしても氷の便器ですよ? 座ったらお尻がヤバくないですかね?)」
「(いざとなれば立ってすればいいッ!!!!!)」
「(絶対にトイレ貸したくない人の典型例ですね……)」
「(うっさい!!! それに便所がザパニーズスタイルの可能性だってあるだろう!!!)}
「(いやここ異世界ですからね……)」
「(パチンコ屋とか牛丼屋はあっただろうが!!! なら便所だってそういう形式のものがあるかもしれないだろう!!! とにかくいくぞ!!! うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!)」
勇者は心の中で絶叫しながら内股で炎の斬撃を放った。すると放たれた三日月の炎は轟々と燃え盛りながら氷の扉をものの見事に消し飛ばした。だが吹き飛ばされる直前、炎に触れた扉が青紫色に光り輝いたためトイレブラシは訝し気な声を上げる。
「……(今魔力の気配を感じたのですが……勇者様、もしかしたらあの扉になんらかの細工が施されていたのかもしれません。注意して下さ――)」
「(トイレ貸してくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!)」
「(ちょ、勇者様ッ!!??)」
トイレブラシの忠告も虚しく、便意に苛まれた低脳は内股かつ小走りで部屋に入って行く。そして部屋に入ると氷のように冷たい眼をした絶世の美男子が待ち構えていた。勇者は部屋に入るなり美しい容姿をしたその青年をねめつけると、心の中で呟く。
「(……ふん、どんな目玉焼きバカがいるかと思えば……なかなかいい面構えをしているじゃあないか。どうやら顔面戦闘力は俺と互角のようだな)」
「(いや、勇者様のその顔面スカウターイカレてますよ。どう見ても目の前の美形のイケメンさんの方が顔面戦闘力は上――)」
「(互角のようだな)」
「(いえ、戦闘力5のおじさんとスーパーサ〇ヤ人くらい差が――)」
「(互角のようだなッ!!!)」
「(いやいや、そんなわけ――)」
「(互・角・の・よ・う・だ・なッ!!!!!)」
「(……そうですね……)」
もはやめんどくさくなったトイレブラシは投げやりにそう返すと黙り込み、代わりに勇者が目の前の銀髪の青年に鋭い目を向けながら呟く。
「(とにかく便所を貸してもらおう。戦うにしても、まずはう〇こをしてからだ。同じクール系イケメンとしてキャラ被りしている奴に頼むのは癪だが、事情を話してう〇こさせてもらおう)」
「(クール系イケメンはう〇ことか言わないでしょ……とゆーか勇者様はクール系じゃなくてフール系ですよね……)」
「(なんか言ったか?)」
「(なんでもないでーす♪)」
トイレブラシの明らかな嘘に舌打ちしながらも勇者は目の前の敵に視線を送る。目の前の銀髪の美男子はそれを鋭い目で見返してきたが、それ以上の動きはなかった。
「(さて……問題はどうやって便所を借りるか、だな。今の俺喋れないし、やっぱりここはメルクラ解除して――)」
「(いや、それは駄目です)」
「(なんでだよ!? 緊急事態なんだし仕方ないだろ!? 漏らしたらどうしてくれるんだ!?)」
「(それでも駄目です。この氷の塔の内部は一種の結界になっているんです。そして強力な魔力耐性を持つ者でなければ結界内部に足を踏み入れた瞬間、氷漬けです。今勇者様はメルティクラフト状態だからかろうじて動けてるんですよ。それを解除なんかしたら即氷漬けになって死んじゃいます。想像してみてください、脱糞した状態で氷漬けにされるご自身の哀れな姿を)」
勇者は美しい自分が糞まみれで氷像と化す姿を想像し、絶望から体を震わせてしまう。
「(……だ、駄目だ。そんなの……絶世の美男子であるこの俺がそんな姿を晒したら……俺に抱いてほしいと願う数多の女性を失望させてしまう……)」
「(そんな女性はいないと思うのでそれは大丈夫です。ともかくトイレ借りるなら別の方法を試してください)」
「(別の方法って言ったってお前……あ、いや……そうか。あるぞいい方法が! やはり俺は天才だな! こんな方法を思いつくだなんて! まったくイケメンのうえに頭もいいなんて、神様に愛される過ぎて怖いぜ!)」
「(……そうですか。ちなみにどんなバカな方法を思いついたんですか?)」
「(それはお前――ん? 今バカな方法とか言った?)」
「(気のせいです。それより早くその愚かな方法を教えてください)」
「(言ってんじゃねえか!? ったく……まあいい。しょせん便所ブラシのたわごとだしな。聞き流してやるよ。俺も早くう〇こしたいしな)」
敵を前にしているというのにじゃれあう勇者と便所ブラシだったが、目の前の青年は未だ微動だにせず勇者たちの動向を窺っていた。そんな中、低脳は自分が思いついた手段を言い放つ。
「(聞いて驚け――俺が思いついた手段、それは――ジェスチャーだ!)」
「(……身振り手振りでトイレに行きたいことを伝えるってことですか)」
「(その通り。俺のう〇こをしたいという意思を奴に伝えれば便所に連れて行ってくれるはずだ。いくら目玉焼きバカとはいえ、糞まみれの奴と戦いたいとは思わないだろうからな。そうと決まれば、早速行くぜ)」
そうして勇者は決断すると、一歩ずつ前に踏み出し始めたのであった。その様子を見たトイレブラシはため息交じりの声で小さく呟く。
「(……絶対ロクなことにならないだろうなぁ……)」
こうして勇者と四人目の刺客――フリードの戦いが幕を開けたのだった。