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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
37/42

36話

 大火災発生後からまる四日が経ち、勇者も無事に僧侶から勇者に復帰できた。現在、勇者は戻ってきた黒髪を愛おしそうに左手で撫でながらスポンジの戻ったトイレブラシと共に牢屋の中で休息を取っていた。傷は治ったものの、疲労は残り、それを回復させるという目的もあった。

「はぁー、それにしても疲れた……もうなんなんだよこの剣は……」

 安全のため魔石を全て外した『火竜の剣』は壁にかけられていたが、勇者はただの剣に恐怖していた。

「いやー強力無比な力を内包していましたね。大変でした」

「お前のその軽い口調からは大変さが微塵も感じられないけどな……」

 トイレブラシの軽口に勇者はため息をつくと、寝ていたベッドに大の字になった。

「……勇者様、もう四日も部屋にこもりきりじゃないですか。そろそろ外に出ましょうよ」

「いやだ。外に出たらまた戦うことになるかもしれないだろうが。俺はしばらく働かない、働く気がおきない」

「もう、僧侶から勇者にジョブチェンジした矢先にニートにジョブチェンジするおつもりですか?」

「ニートはジョブじゃねえだろ……働いてない奴がニートなんだから……とにかくしばらくは休みだ! 俺は動かん! 働かん!」

「まったく、多少怪我したくらいで心が折れるなんて」

「多少じゃねーだろッ!? パチンカス共のせいで俺の体の半分近くが消し炭になったんだぞッ!?」

 勇者は爆発の中心地にいたため一番被害が大きく、実質死にかけていたがトイレブラシの懸命な魔術回復で命をとりとめていた。また、本来なら王都どころかウルハ国全体に被害が及ぶほどの爆炎だったが、これもトイレブラシのおかげでなんとか阻止された。炎を一定区間に圧縮する魔術を行った結果であったが、それにより勇者は圧縮魔力の影響で凄まじい威力の爆炎に焼かれた。

「だいたいなぜ俺一人が燃やされて、パチンカスとクルクルフは無事なんだよ……納得いかない……」

 ちなみに王たちも全員無事で、国民も無傷。被害を受けたのは勇者だけという笑えない状況。

「一応勇者様に被害がいかないように配慮したんですが……うーん、顔だけじゃなくて運も悪かったって、いたああああああああああああああああああ噛まないでくださいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

「はぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!!!!!!!!」

 ブラシの柄を食いちぎるように歯を立てる勇者はまさに野獣そのものだった。

 勇者はトイレブラシの柄を噛み続け、彼女の百回目の謝罪でようやく口を離した。

「ゆ、勇者様の涎でベチョベチョなんですけど引くんですけどバッちいんですけど……」

「お前の方が百倍バッチいだろうが……」

 トイレに備え付けられていそうなピンクのブラシをジト目で見てそう言った勇者は目をつむった。

「……勇者様まさか寝るつもりですか? 今まだ日本時間で言うところの十時くらいですよ?」

「二度寝だよ二度ね。疲れてるんだからいいだろ別に」

「でも昼間寝ると夜眠れなくなっちゃうかもですよ?」

「お前は俺の母ちゃんかよ。いいんだよ別に、俺はいついかなる時でも寝られるという特技を持っている。たとえ昼間何十時間眠ろうと瞬時に眠れるんだ、すごいだろう?」

「すごいですけどあんまり使い道無さそうですね……」

 勇者の意外な特技にある意味驚いたトイレブラシだったが、食い下がろうと左手を操作して勇者の顔の前にスポンジを持ってきた。

「でもでもつまらないんですよ私が。この可愛い私がとても退屈してるんです、ほら見てください。輝くような美少女がここにいるんですよ? ふふッ、眠れず欲情してしまってもおかしくはないですよね。まあ少しくらいなら勇者様の劣情を満たしてあげないこともないですよ? ただし――キスまでですからね?」

「がーごーぐごごー」

「…………」

 勇者はイビキをかきながら寝始めた。

「――ふんッ!!!」

「いってえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!??」

 トイレブラシは勇者の顔をスポンジで殴り飛ばした。

「なにすんだてめえッ!!?? せっかく夢の中で美少女に囲まれてたのにッ!!!」

「美少女ならここにいるでしょう!!! 勇者様の浮気者!!!」

「だから何度も何度も何度も言ってるがお前は美少女じゃねえんだよ腐れ便所ブラシめ!!!!」

「そんなことありませんもん!!! 私は滅茶苦茶美少女でそれはもうモテまくって大変だったんですからね!!!!」

「掃除用具王国では美少女なのかもしれないけどホモサピエンスから見ればただの便所ブラシだからなお前は……ったく人が気持ちよく寝てたって言うのに……」

「だって退屈なんですもん! どっか連れてってください!」

「そんな日曜日に疲れてる父親に外出を頼む子供みたいなこと言われてもな……俺出かける気ねーし……」

「どうしてもですか?」

「どうしてもですね」

 勇者は固い意思を示し、トイレブラシの提案を容赦なく切り捨てる。

「じゃあ絶対に出かけないんですか、あーあ……今日はエルフのえっちな写真集が大量に出回るらしーのになー残念ですねー」

「さあ町に繰り出そうか!」

「…………」

 勇者は爽やかな笑顔で支度を整えた、その間三秒。

 勇者はあっという間に外に出ると、町の本屋に向かった。

「(出かけないって言ってたくせに……)」

「(時と共に状況は絶えず変化する。三十秒前の俺がそういったのかもしれないが残念、三十秒後の俺は別人です)」

「(腹たちますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ)」

「(いやお前腹ねーだろ、それよりエルフのエロ本の話は本当なんだろうな!!!)」

「(そのはずですよ。勇者様がツルツルのハゲになって気絶してるときに聞いた話がおそらく今日なので)」

「(つーか情報源誰だよ?)」

「(スティーブ将軍ですね)」

(あのカス人が死にかけてる時にエロ本の話なんかしてたのか殺す)

 勇者はスティーブ将軍ならあり得ると思い憤る。だがエルフのエロ写真集の情報をくれたことに関してはグッジョブと思いながら本屋に急ぐ、売り切れなどと言う笑えない冗談で泣くなどありえないと勇者は思いそして走った。

 数時間後。

「げへへへへ! 大量にゲットだぜ!」

 書店を出た勇者は紙袋に入れた大量のエロ本を右手で持ち牢屋に帰ろうとしていた。

「いやーいい買い物だった! 素晴らしい品ぞろえだったな!」

「(買いすぎでしょういくらなんでも……)」

「(いいんだよ俺の心を癒してくれるのはコイツらだけなんだから。それに敵軍撃退した謝礼で懐は温かいからな、あと五千冊は余裕で買えるぜ)」

「(どんだけ買いたいんですか……それよりせっかく外に出たんですからぁ、デートしましょうよデート)」

「よし帰るか」

「(ちょっと聞いてますかッ!? デートしましょうって言ってるんですよ!)」

「(悪いけど今公衆トイレに用事は無いんだ。帰ったら好きなだけ便器擦ってやるからちょっと待ってろ)」

「(なんでトイレ一択なんですか!? 普通にその辺のカフェとかで――)」

「よーし! 今日は一日中エロ本鑑賞会だ!」

「(だからなんでですか!? ちょっと聞いてますかッ!? ねえ勇者様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)」

 勇者はトイレブラシを無視して牢屋に戻った。

「アハハハハハハ! 素晴らしいぞ! 白いエルフもエロいがダークエルフとんでもなくエロい! たまらん! たまらんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 勇者は牢屋の中にエロ本をばら撒き、その中心であるベッドに寝転がりながら写真の中のエルフを涎を垂らしながらじっと見つめた。

「うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! もう辛抱たまらんぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 勇者は周囲にバラまかれた数百冊のエロ本にダイブした。トイレブラシはそんな勇者を白い目で見ながらため息をつく。

「……勇者様散らかしすぎでしょう……それにドン引きですよ……」

「うるせえ! お前に引かれたところでノーダメージなんだよ! 俺は本能の赴くままに駆け抜けるだけだ!!! うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 

 勇者はエロ本の海の中を魚のように自由自在に泳ぎ回った。

「まったく……ぜっかく外出したのにえっちな本だけ買って帰るなんて、信じられないですよ。だいたいそろそろお昼ご飯の時間なのに」

「はッ! 昼飯くらい抜いても問題な――」

 トイレブラシが愚痴をこぼした瞬間、勇者の腹の虫が盛大に鳴った。

「……ちょっと腹ごしらえしてこようかな、うん」

「ホント本能に忠実ですよね……」

 勇者は一度戻ったにも関わらず再び町に出かけた。目的の場所は安く量のある大衆食堂で、勇者はよくそこを利用していた。店に着くとすぐに出された料理を平らげ、牢屋に戻ろうと外に出たが――。

「(勇者様! 注意してください! 何か、強烈な魔力反応を感じます!)」

「(魔力反応? そんなもの感じな――いや、確かに感じるな……これはどこから……ん?)」

 上から降ってくる白く冷たい塊が頬に当たり、ようやく気が付く。

「……雪?」

 そしてその雪こそが魔力の正体であると気が付くのはしばらく先のことであった。



 レオンは『呪界』の中に侵入すると同時に周囲を警戒した。フリードも同じように辺りを見まわして状況を確認している。場所は荒野のようだった、だがただの荒野にしてはやたらと焦げておりまるで大火災が発生した直後のようにも思われた。だがそれ以上にそびえ立つ門に目が奪われる、どうやら自分たちはずっと探し求めていたラムラぜラスにようやく到着できたらしい。

 しかし最終目的地に到着したからといって安心はできない、『呪界』に侵入した際に襲ってくる魔獣のせいで何度となく苦汁をなめさせられた。よって侵入直後に最も警戒しなくてはならないのは魔獣の存在、だからこそレオンは注意深く観察する。開けた荒野だが地中から襲いかかってくるかもしれない、そうしてひたすら神経を削って辺りを観察したがどういうわけか魔獣は現れない。

(……いつもなら入った直後に二、三体は出現するはずなのに……どういうことだ……)

 『呪界』の中心地であるはずのラムラぜラスを前にして結局魔獣は姿を現さない。

 ひとしきり確認した後、疑問に思いつつもレオンは安堵の息を吐いた。

「……どうやら周囲に魔獣はいないようだな」

「そうみたいだな」

 気の無い返事を返したフリードは腰に下げたナイフで左手の指を切ると血を一滴垂らす。血が右手中指にはめられた指輪に付着したのを確認した後は両手の指輪を重ね合わせた。両手中指にはめられた水色の指輪が煌めき周囲を照らす。

「フリードッ!? 何を――」

「血の契約の名のもとに命じる、交われ」

 目を剥いて驚くレオンを無視したフリードは呟くように静かに言った。

 瞬間、冷たい風が周囲に吹き乱れ、レオンは腕を盾にするようにして自身の体を守った。その後数秒と経たず風は消えてなくなり、左手に青い水晶のような腕輪をしたフリードが冷たい目でラムラぜラスを見ていることに気が付く。

「……フリード、どういうことだ。『メルティクラフト』するにはまだ早い、魔獣は出て――」

 レオンの言葉にも耳を貸さずフリードは左手をラムラぜラスの空に向けて突き出す。

「フリード! お前、何をするつもりだッ!?」

 掴みかかろうとするレオンより先にフリードの手のひらから白い冷気の塊が空に撃ち出される。白い冷気はしばらくふわふわと空中を漂った後、空に舞い上がり小さな雲となった。そして雲から雪が降りだしラムラぜラスに降り注ぐ。

「なんてことをッ! 中にはまだ人がいるんだぞ!」

 レオンは背負ったやりの一本を取り出すと念じる。

「(シーナ! 力を貸してくれ!)」

「(うん! いいよ、レオン!)」

 相棒の承諾を得たレオンは雪を降らせている雲のような冷気を破壊するため詠唱を始めようとしたが、その前にフリードが左手をレオンに向けて軽く振った。

「っぐ、フリードッ!」

 するとレオンの体が凍っていき、足から腰までが一瞬で凍り付いた。

「言ったはずだレオンニール、足手まといになるなと」

「それは戦闘での話だろう! お前のその行為を邪魔することのどこが足手まといだと言うんだ! それにお前こそわかってるのか! こんなことをすれば町の人間に被害が出るんだぞ!」

「知っているさ、そのうえでやっている」

 フリードの言葉にレオンは固まり絶句した、だが次の瞬間には怒りの表情に変わる。

「攻略任務が始まった時『呪界』の内部で吸収されていない人々には手を出さないと我々グラム隊は誓ったはずだ!!! お前はその誓いを破るのか!!!」

「誓いなどなんの意味も無い。それに町の中に人間がいたとしても、奴らはもう人間じゃない。『呪界』の一部に過ぎないんだよ。魔力を吸われた残りカス、それがこの中で生きる者の正体。もはや正常な思考も持ってはいないだろう」

「だとしてもだ!!! 僕たちは彼らを丁重に扱う義務がある!!! ウルハ国との間で結ばれた条約を忘れたのか!? ウルハとアイオンレーデは互いに同盟を結んでいるんだぞッ!!!」

「機能していない国との同盟など守る必要はない。それに同盟がどうこうと言っている時間など俺達に残されていると本当に思っているのか? 『呪界』の侵攻は一時的には収まっているが、いつまた始まるともわからない。俺達には手段を選んでいる時間はない。この国の王都から強烈な反応が出たからこそ俺達はこのラムラぜラスを目指してきた、だが空間の歪みによっていっこうにたどり着くことが出来なかった。だが赤毛の剣士の魔力を追って来た結果あっさりとここにたどり着けた、これは偶然か?」

 レオンも偶然と片付けていい問題ではないと思ったのだろう、だからこそ沈黙した。

「おそらくここが『呪界』の中心地でほぼ間違いない。そして『呪界』を張った術者である可能性が高い赤毛の剣士の魔力がここから出た。だったらもうやることは一つだろう、本拠地に向かっての総攻撃だ」

「『呪界』が解除されれば町の人は助かるんだぞ!!! それを無差別に攻撃をバラまくなんて、お前のやっていることは虐殺と変わらない!!!」

「罪は償うさ、『呪界』が完全に解除されたその時にな。だが今は引けない、たとえどんな手段を使っても赤毛の剣士は捕らえる」

 冷たいながらも決意に満ちた表情のフリードを見て歯を噛みしめる。

「……赤毛の剣士が戦闘態勢に入っていないうちにケリをつけようというのか……」

「そうだ。おそらく赤毛の剣士は相当強いのだろう。お前やガゼル、シャルゼまでやられたのだからそれは認めるほかない。そのうえ実力はまだまだ未知数、仮に俺とお前が二人がかりで挑んだところで返り討ちに遭う可能性が高い。だからこそ虚を突き、その隙に二人でといきたかったのだが、どうも無理そうだな。まあわかっていたことではあるが」

 レオンの表情を見てそう言ったフリードはさらに巨大な冷気をラムラぜラスの空中に向けて放った。 

「やめろフリード!!! お前は騎士だろう!!!」

「騎士は手を汚してはならないなどという決まりごとはない。それに俺達が優先して守らなければいけないのはアイオンレーデの民だ。ウルハは二の次。それにお前はその言葉を本当に本心から吐いているのかレオンニール」

「……どういうことだ……?」

「さあな。いづれにしても化けの皮がはがれるのも時間の問題と言う事さ」

「フリー――」

「もういい。お前は凍っていろ」

 フリードが手を振るとレオンの体が氷に覆われ完全に凍りついた。

「――さて、レオンニールの魔力や属性を考えるといつまでも凍らせてはいられないだろう。さっさと始めるか。さあ赤毛の剣士、あの程度で氷漬けになる雑魚とは思えないが――どう出る?」

 ウルハの城門の内側に氷のように冷たい視線が向けられた。

「……まあ、奴がどうでようと俺のやることは変わらないがな」

 そう言いつつフリードが手を振ると荒野が徐々に凍り付き、氷で出来た巨大な建造物が瞬時に作り出された。少年はその中に入りながら静かに呟く。

「早く来い。俺がお前を確実に捕縛してやる」

 氷のように冷たい表情でフリードは自身の不意打ちをかわしこちらにやってくるであろう英雄を待ち構えようとしていたが――。



しかし氷のような瞳の美少年の予想に反し――。

「もうッ! なんで速攻で氷漬けになってるんですか勇者様!」

 勇者は速攻で氷漬けになっていた。

「しかし氷属性の攻撃が降ってくるなんて予想外ですよ……しかもこの威力、おそらく『メルティクラフト』によるもの。また金髪のイケメンさんの仲間がやってきたようですね。しかも町の人たち全員を巻き込むなんて……恐ろしいほど冷酷な性格をしてらっしゃるようですね。魔力からいっさいのためらいが感じられません……明らかにこの町の人間全員を殺すつもりで撃っている……厄介そうですね、とその前に早く勇者様を氷から出さないと」

 トイレブラシは勇者の入った氷を炎の魔力の熱で溶かし始めた。しだいに氷が水に変わると勇者の体が赤く発熱し始めた。そして――。

「――あっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいあちあちあちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??」

「……はぁ……はぁ……やっと溶けた……」

 赤くなりのたうち回る勇者の事など知らないと言わんばかりにトイレブラシは呼吸を整えていた。

「何すんだ便ブラあっちいじゃねえかッ!?」

「それよりさっきまでのこと覚えてますか?」

「さっきまでのことってそれどころじゃ――ってアレッ!? なんだこの町ッ!? いったいどうなって――」

「ようやく気が付きましたかまったく……」

 勇者は町全体が氷で覆われていることにここにきてようやく気が付く。

「どうしてこうな――いや、そうか確か雪が降ってきたと思ったら意識が飛んで――」

「氷漬けになってたわけですよ。まったく、魔力感知は良くなっても耐性は凡人のままですね」

「うっせ誰が凡人だコラッ! それよりコレ……町の人たちまで氷漬けになっちゃてるじゃんかよ……どうにかできないのか?」

 表情をそのままにして時が止まったかのように動きを止めていた住人たちに視線を向ける。

「正直厳しいですね。氷に包まれた人間に熱を加えると中にいる人が焼け死ぬ恐れがあるので……」

「そうか、それは確かにマズイ――ってちょっとまてッ!? お前俺にそれやっただろッ!?」

「勇者様は火属性には耐性があるから大丈夫ですよ。せいぜい髪がまた燃える程度でしょう」

「ふざけんな一大事じゃねーかッ!?」

 勇者は右手で髪を掴むと無事なのを確認し、安堵の息を吐く。

「まあ勇者様の髪はともかく、町の人たちはまだ大丈夫です。一時間以内に術者を倒せばこの氷も消えて町の人たちもまた元気に動き出すでしょう」

「……一時間以内に倒せなきゃどうなる……?」

「全員死にます」

 勇者はさすがに驚き言葉を忘れた。

 そして重大なことに気が付く。

「……まさか、城にもこの雪の効果が出てるんじゃ……」

 勇者は顔を青ざめさせて城に走り出した。魔力で身体能力を上げたこともあってすぐに城にたどり着いた勇者は泣きそうな表情で大広間を抜けた、やはり城も氷漬けになっていたのだ。そして大広間の先の廊下ではスティーブ将軍が無残にも氷の彫刻と化していた。勇者の涙腺はもはや崩壊しかけていた、トイレブラシはそこから勇者の優しさを悟る。

 勇者はスティーブ将軍に向かってダッシュする。

「勇者様……やっぱりなんだかんだ言っても仲間が大切なんですね……なんてお優しい――」

「邪魔だッ!!!!」

 勇者はスティーブの氷像を殴り飛ばした。

「ええッ!? 何やってるんですかッ!? 仲間を心配してここまで――」

 勇者はトイレブラシの言葉を無視して地下牢に降りた、そこにあったのは氷漬けのエロ本たち。

「まあ仕方ないでしょうね。それより他の人たちの安否を――って勇者様何泣いてるんですかッ!?」

 勇者はマジ泣きしていた、凍り付いたエロ本の前で絶望した表情で泣いていたのである。

「うわぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「いやエッチな本が凍ったくらいで発狂しすぎでしょッ!!?? どんだけですかッ!!??」

 髪の毛を振り乱して暴れる勇者にトイレブラシは呆れる。

「これが!!!! これが人間のやることかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!!!!!! 許せねえよチクショウぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「その反応は人間が凍ってるところを見た時にしてくださいよ……」

 勇者の頭の中にある低脳がどんな構造をしているのか本気で心配になるトイレブラシ。

「チクショウッ!!!!! チクショウ!!!!! チクショウがッ!!!!! 俺が必ずお前らを助けてやるからな!!!!! 待っててくれよ!!!!!!! 必ず、必ず救い出すからなぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「だから人間に言ってくださいそのセリフ……」

 勇者は『火竜の剣』に一つだけ魔石をはめ込み背負うと地下牢を出る。そして再び城に戻り、スティーブ将軍のいた廊下までやってきた。

「敵は、敵はどこだぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「勇者様気を付けてください、床にスティーブ将軍が――」

「邪魔だッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 床に転がっていたスティーブ将軍を魔力を込めた足で蹴り飛ばすと、氷像は城の窓を突き破り外に飛んで行った。

「さあ探すぞ、外道はどこにいるッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「最高の外道がここにいますよ……」

「真面目に答えろッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 今ここには怒りに燃える人格者しかいないだろうッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「人格者は凍った人間を外に蹴り飛ばしたりはしないと思いますが……」

「いちいち茶々を入れるんじゃないッ!!!!!!!!!! もういい、こうなったら魔力探知で探してやるぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 勇者は意識を集中させてラムラぜラス全域の魔力を探った。そして――。

「みぃつぅけぇたぁぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「え、うそッ!? もうですかッ!?」

 トイレブラシは怒りに燃えるド底辺の底力舐めていた。勇者は速攻で敵の位置を把握すると目的地に向かって走り出す。

「今行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお待ってろよボケナスがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!!?? いったん『メルティクラフト』して落ち着いてください! このままじゃ絶対に負け――って聞いてくださいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 勇者はトイレブラシの忠告を無視、というよりも耳に入っていない様子だった。ただこの惨状を引き起こした人物への敵意のみで動いていた。

「私が魔力で体をコーティングしなければダメなんですってば! さっきここまで来られたのだってそれをやったからなんですよ! 勇者様が今出て行ってもまた氷漬けになるだけ――」

「どこの誰かは知らないが血祭りにあげてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!! 絶対に許さ――」

 勇者が外に再び出た瞬間頭に雪が乗り一瞬で再び凍り付いた。

 トイレブラシはため息をつくと勇者に熱を加え始めた、そして勇者は氷から出られたが――。

「あっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいうわあああああああああああああああああああああああああああああああ焼けるぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」

「しばらく氷漬けにして頭を冷やしてもらおうかと思いましたが時間がないのでやっぱりやめます。とにかく聞いてください、今の勇者様じゃ氷に触れた時点でアウトなんです。他の人たちはこの町にいるだけでアウトな分勇者様はまだマシな方ですけどそれでもそうとうヤバいんです。冷静になってください」

「わ、わーったよ……どうすればいい?」

「『メルティクラフト』を行いましょう、それで雪はなんとかできます」

「メルクラか……」

 勇者は『火竜の剣』に対する不信感を払拭できずにいた。全てを燃やし尽くすほどの猛火をその身に受けていたため無理もないが、状況がそれを許さなかった。

「大丈夫ですよ。魔石を全部はめなければ暴走することはないですから。今だって一つだけつけてもう一つはポケットの中にあるんでしょう?」

「そうだけどよぉ……」

「もう、ヘタレですねぇ。平気ですよ、何かあっても私が勇者様を守りますから」

「便ブラ……」

 勇者はトイレブラシと見つめ合ったあと、

「駄目だ、全然信用できない……」

 バッサリと言い切った。

「なんでですかッ!? こんなに可愛い女の子がときめくセリフを言ってるんですよ!!!」

「だってお前って基本的に俺のことを犠牲にする作戦ばっかり立てるんだもん。信用されたいならもうちょっと頭使ってくれよ」

「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……そ、そうですね……今までの作戦はちょっと危険なものが多かったですもんね……反省してます……」

 ド低脳に言われたくないセリフを言われ固まったトイレブラシだったが、ここで喧嘩をしてもまた無駄な時間を費やすだけだと思い抑える。

「だいたいヒドイ作戦ばかり考える中古ブラシのくせに信用しろって方が無理あるんだよぉ。わかるかなチミィィィ。まあそんな雑菌まみれのスポンジが頭部じゃあインテリジェンスな作戦は立てられないのかもしれないけどさぁ」

 これもなんとか抑える。

「俺の不安を取り去ってくれるような最強の剣とかなら守ってやるって言われても信用できるんだけどさぁ、お前は所詮便所ブラシだからなぁ……まあせいぜい便所の汚れくらいしか取り去ることが出来無さそうだしなぁ。まあ言葉で言ってもしょうがないんだけどねぇ」

 抑える。

「ふぅ、まあ仕方ない。信用してやらないこともないが、その代わりしっかり俺を守れよこのサルモネラ菌ブラシが――」

抑え――。

「フシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「うわぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 ――きれなかったトイレブラシは勇者に襲いかかった。

 十分ほどかけて勇者をボコボコにノシた後は『メルティクラフト』の準備に取り掛からせた。

「早くしてください勇者様。時間を十分以上無駄にしてしまったんですからね」

「お前が俺に襲いかかってきたのが原因だろうが……」

「何か言いましたか?」

「いやーなんでもないっす。早くやっちゃいましょうか」

 勇者は背中から剣を引き抜くとトイレブラシと重ね合わせる。

「魂の契約の名のもとに命ずる、交われッ!!!」

 トイレブラシの叫びが大気を振りわせると赤い魔法陣が足元に発生し、炎が勇者を包み込んだ。

 数秒と経たずに変身は完了し、赤い髪の毛の勇者が現れる。

「(『メルティクラフト』完了です。融合状態もオールグリーンですよ)」

「(喋れなくてもオールグリーンなのか……)」

 相変わらず喋れなかったが、炎が暴走するような事態にはならず内心ほっとする。

「(よし、じゃあ今度こそ行くか!)」

「(はい、行きましょう)」

 勇者は城から外に一歩出ると天から降り注ぐ雪に手を伸ばす。白い雪が手に触れたが先ほどのようなことにはならずすぐに溶けて消えた。

「(この状態ならあっさりと凍ったりはしないので安心してください)」

「(そうみたいだな。さて、敵のところに急がねーと)」

「(ですね。みんなのため――)」

「(エロ本のためにッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

「(……ですね……)」

 勇者は敵が待ち構えているであろう門の外に向かった。場所ははっきりと勇者にはわかっていた、なぜならそこは自分が以前火だるまになった場所だったからである。クルクルフや敵軍と戦ったその荒野は忘れることが出来ないヒドイ思い出が詰まった所。

 勇者は自分の魔力感知が導き出した答えに従い、その場所にやってきた。しかし――。

「(……なんじゃこりゃ……)」

 門を出た勇者を迎えたのは寂れた荒野などではなかった。

「(……いつからここは北極になったんだ……)」

 一面に広がる氷の世界を見た勇者は呆然と呟いた。そして氷に覆われた平地の中で、異彩を放つ氷の建築物に自然と目が向く。

「(……氷の塔……だよな……)」

「(そのようですね)」

 そびえ立つ百メートル近い巨大な塔は悠然と勇者を見下ろしていた。正面には人一人入れるだけの入口があり、勇者がくるのを待っていたかのように口を開けている。

「(……誘ってるよな確実に)」

「(ええ、罠でしょうね確実に)」

 しかし魔力反応は塔の中から感じる、ゆえに勇者は悩む。

「(……どうしよう……)」

「(勇者様の勇敢さが試されてますね)」

「(……ふッ、なるほどね。俺の勇敢さか)」

 中に入れば間違いなく手ひどい目に遭うのは予想できた、しかし入らなければ敵と戦う事さえできない。だからこそ勇敢な勇者は決断する、その決断は――。

「(食らえボケがああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!)」

 外から攻撃を撃つというものだった。

「(アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!! わざわざ中に入るわけねーだろカスがッ!!!!!!!!!! 自分で作った墓場の下で後悔するんだなひゃははぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)」

 魔技を連発して氷の塔に叩き込む、赤い爆炎の花が青い塔を彩り、炎が全体を包み込む。十発ほど撃ったあと勇者は勝利の余韻に浸っていた。

「(ふふッ、やはり俺は天才。敵の策略を一瞬にして看破し、対抗策で華麗に倒したぜ)」

「(誰が誰を倒したんですか?)」

「(だから俺が敵を――)」

 言いかけて気づく、炎が消えた氷の塔には傷一つ付いていないことに。

「(ば、バカなッ!? 俺の冥王紅炎斬撃波を受けて無傷だとッ!?)」

「(そうとう強力な魔力で作られてるみたいですから外部からいくら攻撃しても意味ないですよ)」

「(先に言えよ……)」

 勇者はトイレブラシのいつも通りな適当対応にうんざりするとうなだれる。

「(……やっぱ入らなきゃダメなのか……罠だってわかってんのによぉ……)」

「(虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ勇者様。それに勇者様だって前のクソ雑魚状態からは多少マシになったんですし)」

「(てめえ俺のことそんな風に思ってたのかコラ)」

「(ま、まあまあ落ち着いてください。とにかく入りましょう。このままじゃ氷が解除されませんよ。町の人たちや城の人達が凍ったままになっちゃいます)」

「(そ、そうだった! エロ本が氷漬けになったままだった! こおしちゃいられない!)」

「(少しは人の事を心配してくださいよまったく……)」

 勇者は氷漬けになったエロ本を思い浮かべる氷の塔の中に足を踏み入れた。


 

 フリードは氷の塔の最上階にて勇者が塔の中に侵入したことに気が付く。

「……離れていた時から感じていたが……なるほど……ありえないほどの魔力量、そして圧倒的な存在感だ。並みの使い手ではないな」

 氷の椅子に腰かけながら勇者の力を感じ取ったフリードは目を細める。

「見せてもらおう。その力」

 氷のような笑みを浮かべたフリードは炎髪の侵入者に向けて罠を放つ。



「(わああああああああああああああああああああああああああああああああッ!? こっちくんなあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)」

 勇者は氷の塔に入ってすぐ氷で出来た戦士の像に襲われた。巨大な斧や槍などで武装した五体のうち四体の氷の騎士たちは勇者を追いかけまわして追撃をかけ続ける。二メートルを超える氷の氷像たちにビビりまくりの勇者はひたすら逃げの一手。

「(勇者様! 逃げてないで反撃してください! これじゃいつまでも先に進めませんよ!)」

「(わかってるけどなかなかうまくいかねーんだよ!)」

 入ってすぐのころは勇者も反撃を試みた、だが――。

「(――こんにゃろ! 氷のデク人形の分際でこの俺様の道を遮るんじゃねーよ! くらえ、冥王紅炎斬撃――うわああああああああああッ!?)」

 勇者が一体の氷像を対象に魔技を放とうとした瞬間、すかさず別の氷像が勇者に攻撃を仕掛けて魔技の発動を阻害する。

「(ち、っくしょう! またかよ! なんなんだよコイツら!)」

 これが勇者が逃げ続ける理由だった。氷の戦士たちは絶えずお互いをカバーし合いながら勇者の攻撃を華麗に阻止してくるのである。攻撃も防御と同じように息の合った動きで攻め立て、反撃の隙さえ生じさせない。まさに阿吽の呼吸とでもいうべき攻防に勇者はなすすべもなく逃げるしかなかった。

 そして勇者の動きを鈍らせていたのはそれだけではなかった。

「(あーもう、さっきからなんだこの目玉は! 鬱陶しい! 氷の人形だけでもウザいってのに!)」

 勇者の周りをついて回る氷で出来た丸い眼球が勇者の集中力を乱していた。侵入した時に出迎えたこの小さな浮遊物体は、攻撃さえしてこなかったものの勇者の周りを飛びまわって注意を逸らす。

「(勇者様! その氷の目玉はおそらく勇者様の動きを監視するために敵が放ったものと思われます! こちらの手の内を探るつもりですよ!)」

「(なんだとッ!? なんて陰湿かつ姑息な奴なんだ! 戦士なら堂々と姿を現して一対一で戦うべきだろうが!)」

「(さっき氷の塔を壊そうとした人が言ってもあんまり説得力がありませんが……とにかくこちらは出来るだけ技を使わず通常攻撃だけで対処しましょう!)」

「(んなこと言っても、うわっとッ!? あっぶねえ……)」

 氷で出来た斧が勇者の頬をかすめて血が流れ出す。

「(こいつら隙が無さ過ぎて攻撃できねえぞ便ブラ!)」

「(……いえ……隙ならあります)」

「(本当かッ!?)」

「(ええ、おそらく)」

「(おそらくって、自信ねーのかよッ!?)」

「(攻撃パターン、のようなものが見えてきてはいるんですが……絶対かと言われるとちょっと自信がないというか。まあ、でも大丈夫ですよ。やって駄目だったとしても最悪腕一本くらいで済みますよ♪)」

「(ふざけんな全然ダイジョブじゃねーだろボケッ!?)」

 勇者は氷像たちの攻撃をさばきながらトイレブラシの適当ぶりに激怒した。

「(でもこのままじゃジリ貧ですよ。やってみましょうよ)」

「(……何パーセントくらいの成功率なんだよ?)」

「(六十パーセントくらいですかね)」

 勇者もこのままではまずいということくらいはわかっていた、こちらからなんとか仕掛けなければ永遠に勝機など訪れないのだ。だからこそトイレブラシの言葉を聞いて覚悟を決める。

「(……わーったよ。どうすればいい?)」

「(斧を持った氷像に攻撃してみてください。たぶん右から槍を持った氷像がそれを阻みに来るはずです、勇者様はそれをなんとか避けてください。その後は攻撃してきた槍の氷像を攻撃目標に変えてください)」

「(やってやるよチクショウ! エロ本のためだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)」

 勇者は決断するや否や、すぐさま行動に移す。トイレブラシはそんな様子を見ながら考察を開始した。

「(斧は二体、槍が三体。槍一体のカウンターがかわされた場合、次は――)」

 勇者が斧を持った氷像に攻撃を仕掛けた後、攻撃が当たる前に槍の氷像が攻撃をしてきた。勇者はそれをなんとかかわし槍の氷像にカウンターを仕掛ける。

「(食らえやボケナスがァァァァァァァァァァァァッ!!!!)」

 しかしこの攻撃は容易に槍で防がれ弾き返されると同時に近くにいた斧の氷像が攻撃してきた。その攻撃をなんとか防いだ勇者を見たトイレブラシは推測が正しいことを理解する。

(…槍に攻撃すれば斧が、斧に攻撃すれば槍がカウンターを仕掛けてくる。これは間違いない。そして五体のうち四体だけ動いてるのはおそらく五体目がスペアだからだろう。一体でも欠ければすかさず五体目が動き出すはず。とにかく今は氷像の攻撃するタイミングを見計らってうまく攻撃を仕掛けるしかない)

 トイレブラシは今後のおおまかな目標を立てると勇者に指示を出す。

「(勇者様! とりあえず氷像から距離を取ってください!)」

「(よしわかった、今や――あひゃああああああああああ!?)」

 後ろに跳ぼうとした勇者は氷に滑って盛大にコケた。

「(何やってんですかあああああッ!?)」

「(しょうがねえだろッ! ここ足場が凍ってんだよ滑るんだよッ! ってうわあッ!?)」

 それどころか先ほどつばぜり合いになっていた斧の氷像の股の下に仰向けの状態で滑り込んでしまう。

「(ホント何やってんですかぁああああああああああああ!?)」

「(しょうがねえだろおおおおお! ここ足場が凍って――)」

 その結果、斧の氷像が勇者に向かって全力で斧を振り下ろしてきた。

「「((うわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??)」

 斧が勇者の顔面を捉え粉砕する――。

「(必殺スーパー美少女回避ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!)」

 ――前にトイレブラシが勇者の顔を勢いよく逸らす。

「(ちょ、おま何す――ごへッ!!??)」

 ゴキッという音と共に勇者の首があり得ない方向に曲がり、斧は氷の床だけを砕いた。氷像は刺さった斧を床から引き抜こうとしていたがかなり深く刺さっているようでなかなか抜ける様子が無い。トイレブラシはこれをチャンスと思ったのか勇者に話しかける。  

「(勇者様今のうちに急いでここを離れてくださいッ! 別の氷像が攻撃してきますよッ!)」

「(今すぐ離れろったってお前が首を変な方向に曲げたせいで体がうまく動かねーんだよッ!)」

「(気合で何とかしてください! じゃないと他の氷像が攻撃して――)」

 しかしトイレブラシの懸念は外れる。どういうわけか他の氷像たちは動きを止めていたのだ。

「(――来ませんね。でも、どうして……)」

 トイレブラシは他の氷像が突如動きを止めた理由を考え始めた

(今は絶好のチャンスなのにどうして……そういえば一体の氷像が攻撃している時、他の氷像たちは攻撃をしてこなかった。もしかして……)

 トイレブラシはある可能性にたどり着き、勇者に指示を出す。

「(勇者様ッ! 魔技を真上にいる氷像に撃ってくださいッ! 今なら攻撃されないはずです!)」

「(冥王紅炎斬撃波を今撃てってか? ……まあどのみち動けないからいいけど、なッ!!!)」

 勇者が斧を引き抜こうとしている氷像に向かって炎の斬撃を放つと、それは見事に命中し氷像を一瞬で溶かした。

「(おおッ! 当たっ――)」

「(勇者様気をつけてください次が来ますッ!)」

 トイレブラシがそういうと止まっていた槍の氷像が動き出し寝転ぶ勇者に攻撃を仕掛けて来た。槍は勇者の胴体目がけて放たれる――。

「(うわあああああああまた来たあああああああああッ!!??)」

「(大丈夫です――必殺スーパー美少女回避2ぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!!!)」

「(はぐぅぅぅぅぅッ!!??)」

 しかしまたしても腰があり得ない方向に曲がり勇者の体をはずした槍が床に突き刺さる。そして先ほどの斧の氷像と同じように槍が床に突き刺さり抜けなくなる。と同時に他の氷像たちも先ほどと同様動きを止めた。トイレブラシはそれを見て疑惑を確信に変える。

(やっぱり……この氷像たちは複雑に動いているように見えて単純な行動パターンしか取れないんだ。おそらくこの氷像たちは二つの命令を忠実に守り動く人形に過ぎない。命令内容の一つは武器を用いて侵入者を攻撃する事。二つ目は他の氷像たちに攻撃を当てないようにすること)

 武器など捨てて足や腕で攻撃してこないことや他の人形が近くにいる時に攻撃してこないことからトイレブラシは自身の考察は正しいものと結論づける。 

(素手で攻撃してこないのは触った際に私たちの炎の魔力で溶かされないようにするため、私たちが氷像の近くにいる時に他の氷像が攻撃してこないのは振り回した際に他の氷像による同士討ちを避けるためでしょうね。ふふッここまでわかればもう攻略は簡単ッ!!!!)

 トイレブラシは勇者に再び指示を出す。

「(勇者様ッ! さっきと同じように魔技をお願いしますッ!)」

「(お、お願いしますってお前なあッ!? 俺の体が今ねじれた雑巾みたいになって――)」

「(勇者様、エロ本が勇者様の帰還を待っていますよ)」

「(ぐ、ぐぐぐ、ぐううううううやってやるよコンチキショウッ!!!!!!!)」

 勇者は腰がねじれた状態で剣を氷像に向け斬撃を飛ばす。すると先ほどと同じように綺麗に氷像は蒸発した。それを見たトイレブラシは嬉しそうに話しかけて来た。

「(やりましたね。そして攻略法を見つけましたよ勇者様。まあちょっとハメ技みたいでカッコ悪いですけどね)」

「(そ、そうかそれはよかっ――ちょ、ちょっと待てッ!? ハメ技ってことは……)」

 斧を持った氷像が突っ込んでくるのを見ながら勇者はトイレブラシの処刑宣告を聞く。

「(必殺スーパー美少女回避3ぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!!)」

「(やめろぉぉおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!)」

 勇者の叫びも虚しく体はおかしな方向にひん曲がっていき、全ての氷像は同じように倒されていった。



 全ての氷像を倒しきった後、倒れた勇者の体は幼児にいじくられ飽きられた後犬の玩具にされ捨てられた人形のように手、足、首、胴体が変な方向に向いていた。

「(いやあ~、見事に全部倒しましたね。私の必殺技のおかげですね☆キュピーン)」

「(何がキュピーンだざけんなよてめえぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!)」

「(何キレてるんですかッ! 私の必殺技のおかげで助かったでしょうかッ!)」

「(お前の必殺技のおかげで死にかけもしたけどなッ!!!!!)」

「(生きてるんですからいいでしょうが文句言わないでくださいよッ!!!!!)」

「(いいわけあるかボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!)

 勇者とトイレブラシは互いを支え合いながら見事に苦難を乗り切った。だが次なる試練が待ち構えていることを二人はまだ知らない。




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[一言] 最新話投稿でこれからは定期的に更新って言ってたのに全然更新ないってことはエタったのかな…?笑い転げるようないい作品だけに残念。
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