35話
勇者は死にそうな顔で西門の前に立っていた、そして取り囲むのは王、将軍三人とアルトラーシャ、ボブ、ブラック、ゴンザレスなどの知り合い、その他兵士多数。
「さすがだ勇者君、逃げずにくるなんて」
「(逃げようとしてましたけどね)」
トイレブラシの皮肉たっぷりのツッコミに対しても勇者は何も言えない、言う気力がない。
「本当に流石でござる。拙者なら貰った財宝だけもって逃げようとするのに」
「(逃げようとしてましたけどね)」
トイレブラシの追撃にも勇者は怒らない、怒る気力がない。
「おいおい相棒がそんなことするわけないだろう? 逃げればこの国は終わりなんだから」
「(逃げようとしてましたけどね)」
トイレブラシの言いぐさにも勇者は反応しない、反応できない。
「そうそう、勇者様はそのような卑劣漢ではありませんぞ」
「まったくですわ。勇者様がワタクシたちを見捨てて逃げるなんてありえませんわ」
「(逃げようとしてましたけどNE☆)」
トイレブラシの物言いに対して勇者は――。
「(いやあ、さっきから褒められてますけど実態はチキン野郎の勇者様――)」
「うっさいんだよテメエさっきからあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「(あだあだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??)」
キレてトイレブラシをシバキ倒す。
はたから見れば持っているトイレブラシを地面に叩き付けている不審者だが、それを見る王たちの視線は違っていた。
「気合を入れているのか流石勇者君」
「流石ですぞ、勇者様」
「流石だ相棒」
「流石でござる勇者殿」
「流石ですわ勇者様」
「「「「「「「流石です勇者様ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
今回に限って言えば勇者に対して全てのウルハ国民は全幅の信頼と尊敬を寄せていたのである。
「(ぅ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)」
「(これじゃあ本格的に逃げられませんね)」
勇者は戦うしかない。
「では、戦に向かう勇者君に私からのささやかなプレゼントだ。受け取ってくれ」
王は勇者に向かって一歩近づき、歩み寄ると兜を手渡した。
「た、高そうな兜っすね……」
「気にしないでくれ、大したものじゃない」
「いや、でも……」
「物置にあったやつだから」
「ホントにたいしたこと無さそうっすね……」
勇者はつい本音を言ってしまったが王は気にした様子もなく兜を手渡し、勇者の肩に手を置いた。
「頑張ってくれ、この国の命運は君の手の中にある」
「…………」
血の気の引いた勇者の顔など気にせず王は後ろに下がり、代わってアルトラーシャが前に出る。
「勇者様、これはワタクシからですわ」
「……ああ、うん、ありが――」
勇者は兜を手渡された。
「……兜?」
「ええ。プレゼントがお父様とかぶってしまいましたわ兜だけに」
「…………」
くだらない冗談に笑う気力すらおきない。
「今のは兜を被った、とプレゼントがかぶった、という二つの言葉を使った高度のギャグで――」
「説明しなくていいどのみち笑えない」
「……まあ兜は頭を守る重要な防具ですからたくさんあっても困るものではないですわ」
(困るだろう二つもいらねーよ……)
勇者はそう思ったが言い出せなかった。
「では次は私だな、相棒にとっておきのプレゼントだ」
アルトラーシャの次に出てきたのは全裸の変態、もといアラン将軍だった。勇者に向かってプレゼントを渡そうと腕に抱えたモノを差し出してきた。
「…………なあ…………」
「どうした相棒?」
「俺はキング〇ドラじゃないんだけど」
プレゼントは再び兜。
「三つも兜もらってもしょうがないよなどう考えても……」
「ハハハ! いやあまさか王と姫が兜を用意しているとは露知らず、面目ない!」
笑いながらバンバンと勇者の肩を叩いた後にアラン将軍は下がった。
「では拙者の番でござるな」
「兜なら要らないからな」
「えッ!!??」
「え、じゃねーよ!? なんで驚いてんだよお前も兜なのッ!?」
驚いた後、ケンデル将軍はおずおずとプレゼントを差し出す。
「…………」
やはり兜。
「(なんなんだよこの国の連中は贈り物に困ったらとりあえず兜を贈るのか……)」
「(まあまあ、いいじゃないですか貰えるだけ。あ、ほら、スティーブ将軍が出てきましたよ)」
勇者はジト目でスティーブ将軍を見る。
「(ほらほら勇者様、せっかく勇者様を思って贈ってくれてるんですからそんな態度しないでください)」
(……まあ、確かに貰えるだけマシか……うん……)
そう納得する勇者に向かってスティーブ将軍は一言。
「お金貸してください」
「…………」
スティーブ将軍は真剣な顔で言う。
「お金貸してください」
あろうことか金銭を要求された。
…………。
……。
それに対して勇者は少し間をあけニッコリと微笑むと――。
「てめえそれしか言えねえのかお前もなんかよこせよこの腐れパチンカスがぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「あ、ちょ、勇者様ダメえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」
勇者はスティーブ将軍に掴みかかると押し倒し、服を脱がせ始めた。真昼の外で男二人が絡み合い、服を脱がそうとする様子はたいそう気持ちが悪かったが、周囲の人間は生暖かい目はするものの決して止めようとしなかった。そうこうしているうちにスティーブ将軍は真っ裸に剥かれ所持品全てと股間を衆人環視のもとにさらす。
「あうう……け、穢された……お婿に行けないよぉぉぉ……」
「いい全裸だ! スティーブも我々の部隊に入らないか?」
シクシクと泣くスティーブ将軍にアラン将軍が変態への道を諭す様子を横目に勇者はスティーブ将軍の所持品に目を通す、少しでも使えそうなものを確保するために。
しかし――。
「ロクなもんねえな……」
持ち物はパチンコ屋の広告が入ったポケットティッシュ三つとパチンコ玉三つのみ。まさにTHEパチンカスといった所有物に苦笑いを浮かべる。
「他にはねえのかよ。えっと……」
勇者はスティーブ将軍の上着をビリビリと破いた。
「ちょ!? 何してるんですか勇者様ッ!?」
「いや、洋服に微かに魔力反応があったから何か隠してるんじゃないかと思って」
「そ、そそそそそんなわけないでしょう!?」
何かを隠していることは間違いないらしい。
勇者は次にズボンを破こうとした。その瞬間、
「ややややめてくださいッ!?」
ズボンに何か隠しているらしい。
縋りついてくる将軍を足蹴にすると、勢いよくズボンを破り捨てた。
すると――。
「お……?」
ズボンの内側に隠してあったポケットの中から一つの赤い球がこぼれおちた。
「これって……」
拾い上げてから気が付く、それは以前アンサムの屋敷で見た赤い宝玉。
「……お前、これ『火竜の剣』の魔石だろ……」
「いや、それは……」
「……持ってないんじゃなかったのか?」
「あ、あはは……」
「これでお前は俺に二度嘘をついたことになるなぁ、アンサムに売っぱらったことを黙ってた時と今回……」
「い、いやそれは……」
勇者は全身から魔力を立ち上らせながらスティーブ将軍に迫る。
「どういうことだパチカスごらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
勇者は将軍にアックスボンバーをくらわせると、すかさずコブラツイストを仕掛ける。
「いだだだいだあああああああああああああああああああああああああああすいませんすいません勇者様ああああああああああああああああああああああああ!!??」
「謝罪なんていらねーんだよなんで嘘ついてたか吐けよおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「本格的に金がなくなった時にまたそれを売ってパチンコをしようと、っていだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
「このパチンカスざけんなよてめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
勇者は五万の軍勢と戦わなければいけないという八つ当たりも兼ねてひたすら将軍を締め上げた。
その後、一通り満足すると白目を剥いたスティーブ将軍を離す。
「勇者君、そろそろ敵が来るそうだ」
王が勇者の肩に手を置く。
(う……マズイ……このままでは本当に五万人と戦わされるハメになる……)
今更ながら勇者は事態の深刻さを理解して震える。
「ハハハ! 武者震いか! 流石勇者君だ! お前たちも彼の背中をしっかり焼き付けるんだぞ!」
「「「「「「「はッ、了解ですッ!!!!!!!!」」」」」」」
勘違いした王の発言を聞いた兵士たちが元気よく返事を返し、勇者に尊敬の眼差しを向ける。
「……あ、あのやっぱりここはみんなで一緒に戦いま――」
「「「「「「「頑張ってください勇者様ッ!!!!!!!!!」」」」」」」
「いや、あのみんなで――」
「「「「「「「頑張ってください勇者様ッ!!!!!!!!!」」」」」」」
「いや、だから――」
「「「「「「「頑張ってください勇者様ッ!!!!!!!!!!!」」」」」」」
「あ――」
「「「「「「「頑張ってください勇者様ッ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
勇者は門の外に押し出された。
と同時に門は閉まり勇者は締め出される。
「……ちくしょう……あのカス共……マジで俺一人にやらせるつもりか……」
「まあ自分で言ったことですからね」
「過去に戻れるなら自分を殴りたい……」
見渡す限り広い荒野の中、土煙をあげながら迫る大軍勢を見て勇者は力無く微笑む。
「つーか来るの早すぎだろ……昨日国境越えたのになんで今日着くんだよ……確か王都まではどんなに急いでも二、三日はかかる距離だったはずなのに……これじゃあロクな準備も出来ねえよ……」
「……結界内部の空間が歪んでるんでしょうねきっと」
「え?」
「ああいえなんでもないです! えっと、準備の話でしたっけ? でも一応、みんなから友情の証を貰ったじゃないですか」
「友情の証って……コレか?」
勇者は貰った兜を一通り頭に装着してみたが――。
「……サイズ合ってねえ……」
ガバガバの兜とキツイ兜、小さすぎてかぶれない兜を地面に放り投げる。
「あとは……コイツか……」
スティーブ将軍から強奪、というより返還された魔石を見つめる。
「まさか一番の役立たずから一番使えそうなモノを手に入れられるとはな……」
『火竜の剣』にはまっていた魔石、アンサムの屋敷で魔族を撃退できたのはこの魔石を手に入れられたからであった。それはまさに強大な力を秘めていた。背中から『火竜の剣』を引き抜き、すでに柄に一つはまっている赤い魔石を凝視した後、反対側に空いたくぼみを見た。
「もうこれに賭けるしかねえのか……」
「……勇者様、今回に限っては『メルティクラフト』の使用を認めますよ?」
「……そうだな。いざとなったら頼むわ。でももし交渉できそうならそれで済ませたい……」
勇者は目の前に差し迫った大軍勢を前に息を飲むと、魔石を剣の柄にはめた。
そうこうしているうちにあっという間に敵軍の先頭は目の前にやってくる。全員が馬に乗っており、鎧などで全身を覆い、重装備でその身を固めた大軍。先頭に立ち指揮をしている男が勇者の前に一人突出して立ち止まった。そして突然兜を脱ぎ出す、するとそこには見覚えのある顔があった。
「クルクルフ、だったか」
「ほう、覚えていてくれて光栄だよ。先日は世話になったな異界の勇者よ」
勇者に蹴られた後を顔面に残しながらクルクルフは青筋を立てて怒りを抑えるように言った。
「そ……その顔の事……お、怒ってる?」
「怒ってなどいないさ」
「そ、そうか。よかっ――」
勇者はホッと胸を撫で下ろし、
「ただこの顔を鏡で見るとお前を思い出して少し殺戮したい気分になるだけだ」
(めっちゃ怒ってるじゃん……!?)
勇者は自分が想像以上にやらかしてしまったと痛感した。
「まあいい。この忌々しい気分ともこれでおさらば出来るというもの、さあ始めようではないか。戦争を、な」
「ま、待てよッ! ちょっと話し合わないか?」
「ふん、この期に及んで話し合いなどありえない。だが……ふふッ、そうだな。もしお前が我々の進撃を阻まないというならお前だけは特別に見逃してやろう」
「(ありえませんよ! そんなこと! 仮にも勇者様ですよまったく!)」
トイレブラシも憤慨する、いくらなんでもバカにし過ぎだと思ったのだろう。
「(勇者様ビシッと断ってください!)」
「ふふッまあ、ありえないだろう。だから早く始め――」
「よしわかった」
敵も味方もあり得ないという選択肢を勇者は選ぶ。
「え?」
「(え?)」
なんのためらいもなく。
「通って良いぜ」
勇者はウルハを見捨てた。
「……き、貴様何を言っている!?」
「(そうですよ何言ってるんですかッ!?)」
「(そのままの意味だよ。俺一人じゃ五万の軍勢を相手にはできない、いやあ、交渉の手間が省けて助かった。これなら俺一人だけは確実に助かるぜぐへへへへッ!)」
「(勇者様何を言ってるんですか! ウルハには大切な仲間たちがいるじゃないですか!)」
「(いねえよそんなもんいるのはバカ共だけだ)」
勇者の脳裏に浮かんだのは大切な仲間ではなくアホな連中の顔だった。
「(で、でもほら一宿一飯の恩というか)」
「(公園での野宿させられた挙句牢屋に住んでるんですけど)」
「(た、大切な仲間たちと戦った記憶が――)」
「(主に戦ってたの俺一人なんすけど)」
「(……でも、ほら、あれですよ、あの、何か、こう命を賭して戦う理由はあるでしょう!?)」
「(ないな)」
勇者は清々しいほど簡単に言い切った。
「(勇者様が逃げたら王都が危険に晒されるんですよ!? いいんですかッ!?)」
「(いいよ)」
「(ええー……)」
「(だいたいこの国はボケが多すぎてツッコミ切れないんだよ。多少シリアスになった方が良い、多少危険に晒された方が良い。そうすれば危機管理能力も少しは芽生えるだろう)」
勇者は戦時中に海に遊びに行ってしまう兵士や王たちの危機管理能力のなさを嫌というほど知っていた。
「――おい!!! おい貴様聞いているのかッ!!!!」
「……ん?」
クルクルフの怒鳴り声に気づき、トイレブラシとの会話を一時中断する。どうやらトイレブラシと話している間にクルクルフが何か言っていたらしい。無視されてご立腹のようだった。
「……あー……ごめん、なんだっけ……」
「貴様、人の話をちゃんと聞いていろ!!! 王都を見捨てるとは勇者として何事だと言ったのだ!!! 勇者としての責任はないのかッ!!!」
「いや俺、派遣扱いなんで責任とか知らない。そういうのは正社員に聞いて」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
なぜ敵に説教されねばならないのか、と思いながら頭を掻く。
「とにかく通りたいなら通ればいい!!! 俺は!!! いっさい!!! 感知しないッ!!! だから、俺の事は全力で見逃せッ!!!」
「き、貴様、ほ、本当に……戦う気はないのか……」
「ない」
勇者の顔は真剣だった。
「勇者の名に懸けて」
「(そんなカッコつけて情けないこと言わないでくださいよ……)」
一周回ってもなお情けない勇者のあまりのヘタレぶりにトイレブラシは泣きそうになる。
「……わ、私は信じないぞ!!! お前は昨日も嘘を言って私を騙そうとした!!! おまけに顔を蹴ったじゃないか!!!」
「いい大人が顔を蹴られたぐらいでそんなに怒るなよみっともない」
「(勇者様が言わないでください……)」
魔族戦で顔を蹴られただけで大人げなくキレた勇者をトイレブラシは知っている。
「な、ならその肩に下げている剣を置けッ!!! 戦闘する気がないのだろうッ!?」
「武装解除しろッてことか? まあ別にいいけど……よっこらせっと……」
勇者は背負った『火竜の剣』を鞘ごと体からはずそうとした、が――。
(……なんだ、これ)
勇者はその時初めて、手に持った『火竜の剣』の異変に気が付いた。
(あ、熱い……それに、なんつー魔力だ……)
鞘に収まっているにもかかわらず、凄まじい熱量と魔力が溢れ出している。先ほどまでは、少なくとも門の外に締め出される前まではこうではなかった。つまり――。
(魔石をはめたから、か……だけど……いくらなんでも……)
ありえないほどの魔力が鞘から漏れ出し勇者は戦慄する。
「(おい便ブラ。これって――)」
「(そうですね。私もかなり驚いてます、これほどとは。これが『火竜の剣』本来の力なのでしょうね。私の想像をはるかに超えてます。まさか鞘から漏れ出すほどとは思いませんでした)」
「(な、なあ……こ、これなんかやべえんじゃねえの……どんどん溢れ出してきてるぞ……)」
剣の鞘から漏れ出る魔力はしだいに増していき、周囲に赤い魔力が霧のように漂い始める。それに気づいた敵兵たちも騒ぎ始め、クルクルフも勇者を睨む。
「おい貴様!!! 武装解除しろと言ったはずだぞ!!! これはどういうことだ!!!」
「い、いや違うんだって! これは俺の意思じゃなくて剣から勝手に魔力が――」
勇者は身振り手振りで自身の無罪を証明していると、激しく動かした手の反動で剣の鞘がすっぽ抜ける。
スポッ、というマヌケな音と共に鞘が天高く舞い上がった瞬間。
ゴォッ!!! という一際大きな爆音なり響く。
「……へッ?」
勇者が間の抜けた声をあげた時だった。
火山の噴火のような荒々しい炎が剣から空に放たれる。
と同時に喉を焼くような灼熱の空気が場を満たす、そして天に向かって放たれた炎は空高く伸びると、細かい炎の玉に形を変え、やがて――。
「うっそ……だろ……」
隕石のように落下し始めた。
高速で落下する火の玉は無差別に地面に着弾すると巨大な爆発を起こし、大地に穴を開ける。当然、この場に陣取っている大軍もタダで済むはずもなく――。
バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!
「「「「「「「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」」」」」」
敵兵は落下する火の玉が地上に被弾するたびに吹き飛ぶ。
「き、きっさまああああああああああああああああ!!! やっぱりだまし討ちするつもりだったのか!!!」
「ち、違うんだってば! ホントにそんなつもりは――」
勇者は再び潔白を証明しようと手を振った瞬間――。
剣の切っ先が、偶然にもクルクルフに向けられ――。
「ひッ!?」
クルクルフが悲鳴をあげたのを見計らうように、剣が輝くと――。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!
「く、くるなあああああああああああああああああああああああ――っぶ、ごヘアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
攻撃を予感して全速力で逃げ出したクルクルフだったが、炎の速度には勝てず、炎の渦に呑まれて敵軍もろとも焼き尽くされた。
「う、うわあ……マジかよ……」
「(すごい威力ですねぇ)」
勇者はドン引きし、トイレブラシは感心していた。
「……ま、まあでも――」
『火竜の剣』の威力に圧倒されてはいたものの、勇者はほくそ笑む。
「ふふふふふ、あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!! これはこれで問題ないか!!!! なにせこの威力だぜ!!!! これなら五万の軍勢なんて目じゃないぜひゃっはああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
勇者は『メルティクラフト』を使わずとも圧倒的な力を手に入れたと思い舞い上がっていた。
「き、貴様……!!!」
「おお、まだ生きてたとはな。タフじゃないかクルクルフ」
黒焦げになりながらも、剣を杖のようにして立つクルクルフに称賛の言葉をかける。
「こ、この程度の炎、き、効かぬわ!!! そ、それよりも貴様、もうタダで済むとは思うなよッ!!! 我々に手を出したんだ、その代償は高くつ――」
「あほーれ!!!」
勇者は剣をクルクルフに向けた。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!
「な!? ――ぶはべほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
クルクルフは再び炎に呑まれて吹き飛んだ。
(振り回してるだけでこの威力!!! もはや俺に敵はいない!!!)
勇者は最強の装備を手に入れたと思い喜んだが――。
「(勇者様、もうその辺で鞘に収めた方が良いと思います。でないと――)」
「(何馬鹿言ってるんだウヒャヒャヒャ!!! コイツらのせいで散々な目にあったんだ!!! 多少ひどい目にあってもらわにゃ割りに合わん!!! おひょひょひょひょひょひょひょひょひょうひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!)」
勇者は花火を振り回す子供のように『火竜の剣』を振り回すと、周囲に炎をばら撒いた。緊張から解放されたためか勇者のテンションは高く、ハイになっていた。そしてそれに呼応するようにして炎の勢いもどんどん大きくなっていき、それは五万の軍勢にも飛び火する。
「おらどうしたスカタンがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!! それでも五万の軍勢かコラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!! ヒヒッヒヒ!!!! テメエらは間違えたんだよこの俺様に逆らうなんてよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
「き、貴様、の相手は、このわた――」
「くたばりゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
「ぶはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
黒焦げになったクルクルフがまたも勇者の前に現れたがすぐに炎に焼かれて退場した。
「ひゃっはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこの俺に力を見せてやるぜぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
勇者はさらに剣を振りまわし、荒野はまさに火の海に変わった。威厳のあった五万の軍勢も獄炎の前にはなすすべもなく、右往左往するばかり。
「も、もう無理だ助けてくれええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
「あ、あづいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「し、死ぬううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」
「もうやってられねえよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
やがて敵はその高温の前に逃げ出し始め、やがて五万の軍団は瞬く間に崩壊した。半径五キロにも及ぶ灼熱地獄の前には屈強な男達でも歯が立たなかったらしい。方々に散って行く敵兵たちを見ながら勇者は高笑いを始めた。本来ならば立っているだけでつらいはずだが勇者は火属性だったためか他の人間よりも遥かに火に対する耐性が出来ていた、ゆえに笑うのもつらくはなかったのである。
「ぶはははははははははあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! 他愛のない連中だな!!!! というか俺がすごすぎるのかやはり天才だな俺は!!!!!! アレだな持ってるんだよ人とは違うものをさァ!!!!!!! いや持ってるっていうか背負ってます運命という名の天才の宿命を!!!!! カス共がいくら群れた所で無駄よ無駄ァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
勝利を告げるように勇者は剣を天に掲げてポーズを取った。
火属性ゆえにこの灼熱の中でもちょっと熱い程度で済んでいた勇者ではあったが――。
「さあ、もっと炎を!!!! 炎よ燃えろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
不意に、先ほどまき散らし、舞い上がった炎が勇者の真上に落下する――。
「……ん?」
すると当然のごとく。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
勇者の上に落下してきたが――。
「ふふふふふ、俺は日々進化する天才!!!!! だから俺の耐性も日々進化している!!!! 今さら火など効かぬわッ!!!!!」
「何言ってるんですか早く逃げてください!!! 火属性とはいえこの炎はマズいです!!!!」
「ハハハハまったく心配性な便所ブラシだな。この程度の炎なんざまったく熱く――」
余裕の勇者に炎が落下し、そして――。
「ほら全然熱くな、な、な……あッツブあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!???????」
勇者は燃え盛る炎に包まれのたうち回る。
「だから言ったじゃないですかッ!? 早く剣を鞘に収めてください!!! どんどん燃え広がってますよ!!! このままじゃ王都まで燃えちゃいます!!!」
「わ、わかったよ……今、鞘に入れ――」
体に付いた火を何とか消した勇者はすぐさま剣を鞘に収めようとしたが――。
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!
「ひ、火の勢いが――」
それを嫌がるように『火竜の剣』の刀身は炎に包まれ、火柱が上がる。
「わ、わわわわわわわわわわわ、やばいやばいやばいどどどどどうしたらっつあっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぁばぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
やがて『火竜の剣』の刀身だけでなく柄の部分まで炎に包まれるとたまらず勇者は剣を地面に投げ捨ててしまった。その結果、投げ捨てられた剣は地面に落下すると同時に空中で停止し、巨大な炎の繭を形成する。それは勇者が『メルティクラフト』を使用した時に形作られるものと同じものだった。繭は形成とほぼ同時に熱波を発生させ勇者を彼方まで吹き飛ばす。
「……いっだだだ、っつかあっちちちちちちちちちいやあああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお熱いィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!?????」
遠くまで飛ばされ落下した衝撃も相当なものだったが、熱波を受けた際にさらに炎が体を包んだため再び服に着火し、それを消すために地面に体をこすりつける。しかし勇者が落下した場所もすでに『火竜の剣』の炎が飛び火し、燃え盛っていたため、そんな場所に体をこすりつければ当然――。
「あっつうううううううううううううううううううううううううき、消えねええええええええええええええええええええええええっていうかまた燃えたぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
地面で燃えていた炎にさらに包まれ勇者の体を覆っていた炎はさらに大きくなる。
「ちょっと落ち着いてください勇者様! 今私が消しますから!」
「は、早く、早く消してくれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
その後、学生服が所々焼け落ちていながらも軽い火傷ですんだ勇者は自らが放った火に囲まれながら愕然としていた。
「ど、どうしてこうなった……」
見渡す限り炎の色である赤一色、熱に浮かされた頭に手をあてて自らの過ちを悔いる。
「もう、だから早く鞘にしまってくださいと言ったじゃないですか」
「いや、だってさ……五万人と一人で戦わなきゃいけないと思ってたら自分の持ってた剣が直前に最強装備に切り替わったんだぜ? ストレスから解放された影響もあると思うんだけど舞い上がっちゃってたんだよ、ちょっとくらい無双プレイしてもバチは当たらないと思ったんだよ……」
「でもその結果がこれですよ」
半径五キロ、ほぼすべてが赤い炎に包まれた火の海。
「……ごめんなさい便所ブラシ先生、少しやり過ぎちゃいました……」
「まったく、しょうがないですねぇ」
「悪かったって! なんとかしてよブラえもん! っていうかそもそもなんでこの炎、草木も何もない荒野でこんなに燃え盛ってるんだよ!」
轟々と燃え盛る火たちは燃えるモノなどなくともいっこうに勢いが収まらない。
「これは魔炎といって普通の炎とは違うんですよ。普通よりも遥かに高い温度で、何もない場所でも魔力が炎に宿っている限り勢いよく燃え続けます。まあ魔力を燃やしているとでも思っててください」
「それはわかったけど、それより対処法を教えてくれ! このままじゃいずれここも炎に呑まれかねない!」
勇者の今いる場所は炎に焼かれてはいたもののそれほど大きいサイズの炎ではなかったため、火属性の耐性をもってすればなんとか耐えられた。しかしそれもおそらく時間の問題で、周囲の燃え盛る火柱たちがさらに炎を広げようと天に火の粉をまき散らせる様子を勇者の眼は捉えていた。
「そうですね……勇者様、魔力吸収は今できますか?」
「魔力吸収って……アレだよな? 魔族戦で俺がやったヤツだよな……」
勇者は鱗の鎧で覆われた左手で魔力を吸収したことを思い出す。
「でも、なんで魔力吸収なんだよ?」
「さっき説明したでしょう? 今燃えている炎は魔炎といって魔力を燃料にして燃えてるんです。つまり――」
「魔力を吸い取っちまえば炎の勢いは収まる?」
「そういうことです。で、どうですか? 通常のこの状態でも使えそうですか?」
「どうだろうな……」
「ちょっと火傷するかもしれませんが炎に飛び込んで確かめてください」
「ちょっとじゃ済まないよねそれッ!?」
「いいから早くどうぞ」
「ちょ、おま、ちょ、あっつううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」
体を操作された勇者は炎の中に飛び込まされるも、魔力吸収は出来なかったため引きずり出される。
「いきなり全身から行くのはさすがに厳しいですか」
「お前コロスゥゥゥゥゥ……」
ジュウゥゥゥゥゥ、と香ばしい臭いで焼ける勇者は呪詛の言葉を吐く。
「じゃあとりあえず体の部位を炎に近づけてやってみてください」
「わかったよ……」
勇者はトイレブラシを握った左手を手じかにあった赤い炎に近づける。
「ちょ、なんで左手近づけるんですかッ!?」
「だって吸収に使ってたのって左手だったじゃん」
「いや、でも、ほら、右手でも大丈夫かもしれませんよ? 今は『メルティクラフト』状態ではないわけですし……っていうか右手を炎の中に突っ込んでみてください。それなら問題ありませんから。あ、頭でも顔でも別にいいですよ、左手以外なら」
「…………」
勇者は無言で左手を炎に近づける。
「なッ!? あっつ、ちょっと、私があつ、熱いんですよッ!? やめ、やめてくださいよッ!?」
先ほど炎に飛び込んだ時はトイレブラシの部分だけうまいこと避けていたことを思い出した勇者はその意趣返しも兼ねて火にブラシを突っ込む。
「うーん、やっぱり吸収は無理そうだな」
「とか言いながら私を炎の中に突っ込むのやめてくださいッ!? あつい、熱いですよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」
「はん、俺ばかりに熱いおもいをさせようとしても無駄なんだよボケが。そういう卑怯な奴は火刑に処してやるぜなははは――」
「――っそぉぉぉぉぉぉぉいッ!!!!!!」
「ははは――っあっつゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!???」
勇者はしばらくトイレブラシを火にくべていた、トイレブラシの絶叫を聞きながらも涼しい顔をしていた勇者だったが、炎から飛び出してきたと同時に顔めがけて燃えたスポンジを押し付けて来たトイレブラシによって悲鳴をあげて倒れる。
「何するんですか!? まったくもう!? 燃えてしまうところだたじゃないですかまったく!!!」
「お前こそ俺の美しい顔に何てことしてくれるんだ!? お前のスポンジの痕が顔に付いちゃったよッ!?」
顔に焼きごてのような痕が残ってしまい、勇者は混乱する。
「あああ……俺の美しい顔が……臭くて汚い便所ブラシによって穢された……」
「もともと臭くて汚いから問題ありません」
「なんだと貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
勇者がトイレブラシに掴みかかろうとした瞬間、ゴオッという音と共に炎の勢いが増した。
「うわッ!? ヤバイよヤバいよオオオオ!? 炎が強くなってるよオオオ!?」
「どうやら遊んでる暇はないようですね。で、どうですか勇者様。魔力吸収は出来そうですか?」
「……やっぱり無理っぽいな……」
先ほどよりも集中して念じてみたが、炎の強さは変わらないうえ体に魔力も流れ込んでこない。どうやら魔力吸収能力は『メルティクラフト』状態でなければ発動しないらしい。
「そうですか。では別の方法でいきましょう」
「そんなのあるのか?」
「ええ。さっき勇者様の体についた炎を私が消したでしょう? あれと同じ方法でいきます」
勇者は先ほどのたうち回っても消えなかった炎がトイレブラシによってあっさり消されたのを思い起こす。
「どうやるんだ?」
「私、もしくは勇者様の魔力を炎の中の魔力にぶつけるんです。そうすることで魔力同士を対消滅させます」
「へえ、そんなことできるのか。でもだったら別に俺に魔力吸収させなくてもお前が消してけば良かったんじゃないのか? ……俺に火の中に特攻させる必要なかったよな……」
「めんどくさかったので」
「…………」
「あつッ!? ま、熱いですッ!? ご、ごめんなさいィィィィ冗談ですからやめてくださいィィィィィィィィィィィィィィィィ!!??」
勇者によって再び火の中に放り込まれたトイレブラシの悲鳴がしばらく続いた。
「で? 本当の理由は?」
「……魔力を対消滅させるには同じ量の魔力をぶつけなければいけないのです。少しでも少なければ対消滅はおこらず、かといって多すぎれば炎の魔力に余計な魔力を注いでしまう結果になり、火に油を注ぐようなことになってしまうのです」
「なるほど、調節が難しいわけか」
「ええ。しかもこれだけ燃え広がってしまいますと行うのが厳しいと感じたんです。ですから魔力吸収できるのならそれに越したことはないと思ったわけですよ」
「わかった、だけど魔力吸収は出来ない。だから面倒かもしれないが対消滅作戦で行こう」
「そうですね。どうやらそれしかないみたいです。ではこうしましょう、小さいサイズの炎はこの際後回しにしてとりあえず大きい炎だけを消していきましょう。そして道を切り開き、進み――」
「本元を止める、か」
勇者は炎の膜に包まれた遥か先に見える『火竜の剣』を見据える。
「……アレ、止められるのか……? 俺の魔力感知能力が危険を告げてるんだけど……」
今まで戦ってきたレオンニールたちと同等、もしくはそれ以上の魔力を発する剣に勇者は恐れる。下手をすれば近づくだけで消し炭になるのではないか、そういう不安が頭をよぎる。
「一筋縄ではいかないでしょうが、出来なくはないです。もちろん細心の注意は払ってもらいますが、近づくことが出来たら私の指示に従ってください。ともかく今はこの火炎地獄に道を作って進みましょう」
「……OK」
勇者は生唾を飲み込むと小さい炎をまたぎながら『火竜の剣』目指して進み出した。やがて十メートルほど進むと巨大な炎が道を遮る。
「便ブラ、頼む」
「了解です。でもその前に勇者様もいちおうやり方覚えておいてください、この後『火竜の剣』を鎮める時やこの先の戦いで必要になる時が来るかもしれないですから。ちょうどいいので今やってみましょう」
「ああ、でもどうすりゃいいんだ?」
「魔力感知の応用です。炎の中に意識を集中してみてください」
五メートルにもなる大火を目前に、勇者は炎の中に意識を潜り込ませるように目を閉じた。すると燃え盛る炎の中に別の気配を感じ取る、それはおそらく炎の中に宿る魔力。
「感じ取れたら次です。その魔力の大きさはどれくらいかを正確に測ってください、そしてその大きさ分の魔力を右手に集めてください」
返事こそしなかったがトイレブラシは咎めない、なぜならそれだけ勇者が集中しているということが分かっていたからだ。勇者は炎の魔力量とほぼ同等の魔力を瞬時とは言えないまでも数十秒かけて練り、右手のひらに集めた。
「おお、これは……」
「なんだよ……もしかして失敗か?」
「いえ、すみません違います。むしろ逆です、大成功です」
「お、マジで?」
「ええ、正確な魔力測定お見事です。勇者様って本当に魔力感知の才能はあるみたいですね」
「ハハハ! 当然! 天才ですから!」
「いやあ、どんな底辺凡人にも取り柄の一つはあり、いひゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
底辺、のあたりでトイレブラシは今消そうとしている目の前の炎に突っ込まれた。
「何するんですか褒めたのにッ!!!」
「褒めるのに底辺凡人なんて言葉は使われないんだよタコ」
「むぅぅぅ、もういいです。心の広い美少女の私は火に突っ込まれても許してあげます」
「お前が心の広い美少女なら火の中になんか突っ込まなかったのに……」
勇者はため息まじりに思考を切り替えて、切り出す。話題はもちろん右手のひらにモヤのように立ち上る赤い光についてだった。
「で、これをどうすりゃいいんだ?」
「炎の中に勢いよく注いでください。魔力が手から噴き出すようなイメージで炎の核となっている魔力にぶつけるのです」
勇者は言われた通りに魔力が噴水のように手から噴き出すイメージをし、魔力を叩き付けるように炎にぶつけた。右手から光がほとばしり、炎目がけてレーザーのように放たれる。結果――。
「うおおおお! すげえ! 火の勢いがどんどん消えてく!」
五メートルもあった炎の勢いが四メートル、三メートル、二、一、と次第に小さくなっていき最後には完全に消え失せた。
「これが対消滅か、確かにこれならいけるかもな!」
「でしょう、ただ――」
トイレブラシが何か言いかけた瞬間、勇者の体がぐらつき地面に思わず座り込んでしまった。
「な、なんか力が急に抜けて……」
「そうなんですよ。魔力だけを放出するのってすごい疲れるんですよ、術式使ったほうが疲れないんですよねこれ」
「だから先に……言え……と何度も……言ってるだろう……」
勇者は体を起こしてなんとか立ち上がると、歩き出した。
「大丈夫ですか? なんならもう少し休んでいいですよ」
「俺が休んでる間に『火竜の剣』から炎がまた飛んで来たらまた消さなくちゃだろう……今は多少無理しても急いで炎を消すべきだ」
「それは確かにそうですけど……」
「そうだろう。そんな情けないことは言ってられないんだよ。だから急いで――」
勇者の目の前に十メートル近い巨大な炎が現れた。
「休みます?」
「少し休もうかな……」
勇者は休息を取った。
数分の休息を取った勇者は消火活動を続け、巨大な炎を消していった。当然疲労もそれに見合うだけ溜まっていった。『火竜の剣』へとたどり着く最短ルートを取っていた勇者ではあったが、進行方向上の炎だけでも相当の数であり消して進むだけでヘトヘトになる。そしてとうとう『火竜の剣』の前にやってきた勇者、だがこれから行う一大事を前に死にそうであった。
「つ、着いた……もうヤダ……こんなに疲れるなんて予想外だよ……」
「ね、大変でしょう?」
「そう思うんならお前も手伝えよ! さっきから俺ばっかり消してんじゃねえか!」
「勇者様がバラまいたんですから勇者様が消すのは当然の事でしょう?」
「うう……」
自分で蒔いた種、ゆえに反論できない勇者。
「まあ勇者様の責任だからっていうのもあるんですけど、私の力の温存っていうのが一番の理由です。これから行うことに全ての魔力をつぎ込むつもりだったので」
「これからって……『火竜の剣』本体の炎を消すためにか?」
「そうです。もし失敗したら王都ごと吹き飛ぶ恐れがあるので」
「え? お、王都ごと!? さ、流石に、じょ、冗談だよな!?」
「マジです」
勇者はここに至ってようやくどれだけ事態が深刻なものなのかをようやく理解した。だからだろう、鼻水を垂らして口を大きく開けたマヌケ顔をさらす。
「正直私もちょっと甘く見てました。『火竜の剣』の性能は人智を遥かに超えてます、扱いをちょっとミスっただけで国一つ丸ごと消し飛びますね間違いなく」
「そんな危険なもんを押し入れに突っ込んでおいたのかあのバカ共はッ!!??」
勇者は開いた口がふさがらなかった。
「おそらく魔石と分離しておけばさほど問題はなかったのでしょう、実際全部集めるまでは普通に使えてましたし。ただすべての魔石を剣に込めてしまうと制御不能の戦略破壊兵器並みの危険物になるようですが」
「そ、そんなもんどうにかできるのかッ!? ここまでもう来ちゃったけどさ……」
「やるしかないでしょう、そうしなければ王都まで火の海です。それに私は超天才の美少女、不可能はありません」
ただの便所ブラシだろう、とツッコムのは野暮だろう。実際勇者はもうヘトヘトで現状ではトイレブラシに縋るほかないのだ。なんとしてでも成功してもらわなければいけない、そうでなければ自分も火だるまになって死ぬしかなくなってしまうのだから。
「べ、便ブラ、任せていいんだな?」
「お任せください。確実に成功させてみせます。ただ勇者様にもちょっと手伝ってもらいたいことがあるんです」
「痛い事以外なら任せろ」
「…………」
「なんで黙るんだよッ!? もしかして痛いことなのか!?」
「大丈夫ですよ、少し体が消し炭になるかもしれないだけです」
「いや全然大丈夫じゃないだろッ!?」
「手伝ってください! そうじゃないと『火竜の剣』の暴走を鎮めることが出来ないんですよ! このままじゃマズいっていうのは勇者様だってわかるでしょう!」
「ぐぐ……!」
炎の堅牢な衣にその身を隠した剣は今も炎をそこらじゅうにバラまきながら天を焦がす。
確かに今なんとかしないと取り返しのつかないことになりそうだった。
「……わかった。協力すればいいんだな……」
「流石勇者様! 話の分かるド低脳!」
「へし折るぞ」
「ごごご、ごめんなさいですぅぅぅ、調子に乗っちゃいましたぁぁぁぁ」
ドスのきいた声で柄を握った勇者にトイレブラシは泣きつく。
テンションが一気に下がり、固めた覚悟が壊れかけた勇者だったが、目の前で圧倒的な威圧感を放つ『火竜の剣』を取り戻すためもう一度覚悟を決める。
(あれほどの力を持つ剣なら使いこなせれば確実に俺は世界最強クラスの戦闘能力を手に入れられる。いや今も最強だけど、さらに最強になれる! そのためだったら――)
勇者はかつての相棒を取り戻すため凛々しい顔を作り、試練に挑む。
「ふぅ、よし、やるぜ! 何をすればいい?」
「炎の膜に突っ込んでください」
「……ちなみになんだけどあの膜の炎はどのくらいの温度なの?」
「摂氏六千度くらいですかね」
「……ふぅ、よし、やるぜ! 何をすればいい?」
「炎の膜に体ごと突っ込んでください」
「…………ふぅ、よし、やるぜ! 何をす――」
「何度繰り返しても変わらないですよ、指示は突入、それ以外はありません」
「嫌だよッ!!!! 死んで来いって言ってるようなもんじゃないか!!!! そんなふざけた指示があってたまるか!!!!」
「『火竜の剣』本体が見えなくては正確に術式が発動できないんですよ。ですから炎の膜の内側に行かなければいけないんですわかってください」
「わかるかッ!? ここからでも大丈夫だって!!!! この俺が保障するッ!!!!!」
「いや素人の勇者様に保障されても意味ないんですが……」
「破壊神の俺が保証してるんだぞ間違いないッ!!!!!」
「破壊神なら摂氏六千度くらいでビビらないでください」
「バカ野郎ビビるに決まってるだろ俺は人間だぞッ!!??」
「どっちなんですかッ!!!!!」
「前世は破壊神だったんだよ今は違うけど!!!!!」
摂氏六千度という言葉を聞いた時点で勇者の豆腐のような強度の決意ははかなく崩れ去ったため、逃げ腰の姿勢へと切り替わってしまった。勇者の本当の前世はドが付くほどの貧乏百姓なのだがこれ以上話をややこしくしたくないトイレブラシはそのことに言及せず強硬手段に出る。
「……まったく、仕方ないですね。こんな手はあまり使いたくないんですが」
「な、なんだよ!? 俺は絶対にやらな――あ―あ、ぐ……こ、これはまさかッ!?」
トイレブラシがよく使う手段、勇者が言うことを聞かない時の最後の方法。
「お、お前、また俺の体を弄ぶつもりかッ!?」
「人聞きの悪いこと言わないでください……ただ体を操るだけです」
「同じようなもんだろうが!!! やめろおいコラ!!!」
「国の平和のためです勇者なんですから我慢してください」
勇者の体は拒絶する意思とは全く逆に動き出す、向かう先は巨大な炎の球体。
「まてやめろホントにヤバイからッ!?」
「大丈夫ですよ、ちょっと摂氏六千度の炎の膜を突っ切るだけですから」
「そんなちょっとコンビニ行ってくるみたいなノリで焼身自殺できるかッ!!??」
「前だって大丈夫だったんだから今回だって大丈夫ですよ、ほら森で股間を焼かれた時です」
「大丈夫じゃ無かっただろ消し炭になっただろうがッ!!??」
「今回は一瞬で済みますから前回のようにはならないですって、せいぜい髪の毛とか陰毛が焼け落ちてツルピカになるだけですよ」
「そんなの嫌だぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
「よし行きますよ!!!!」
「あ、おい――やめ――ちょう、やめて、いや、やめろ便ブラ絶対死ぬからこれマジでイケメンの俺としてはツルピカハゲになるのは社会的にも死ぬ!!!!! 何もないブサイクならともかく!!!!!!」
「よかった、勇者様は問題なさそうですね」
「ぶち殺すぞ貴様ぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「大丈夫、日々進化し続ける勇者様ならこれくらい余裕で耐えられるます――というわけでGO!!!!!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――あぐええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええあぢいいィィィィィィィィィィィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!???」
勇者は見事炎の膜を突破し、『火竜の剣』本体のある場所に侵入出来た。代償は学ラン、頭髪諸々含む体毛全て、もちろん陰毛も含まれていた。文字通り生まれたままの姿に戻った勇者は地面を転がりながら熱さに必死に耐えようとしていた。
「いやーやりましたね! 流石勇者様!」
「あっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああ熱さが引かないぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
必死に転げまわることで全身を焼くような熱さから耐えた容赦だったが、『火竜の剣』の刀身に映る姿に思わず目を見開く。眼前に映るのはつんつるてんのハゲボウズ、頭髪どころか眉毛さえも焼き尽くされたその哀れな修行僧が自分だと気づいたのは見始めてから数分経過した時だった。勇者どころか僧侶、でさえ今時していない格好に顔が引きつる。
「ぶッ、爆心地みたいになってますね、ぷぷ」
トイレブラシの嘲笑を受けて、勇者は――。
「い……い……い……」
ハゲボウズは――。
「いやぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ俺の美しい姿がああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
壊れた。
「ははッ、大丈夫ですよ! 禿げたって、ブサイクはブサイクってやめてください、スポンジむしらないでぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!????」
「ふざけんなてめえこらうんこブラシがむしり取ってやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!」
勇者とトイレブラシのじゃれ合いはしばらく続いた。
喧嘩が終わった後、残されたのは貧相な毛無マルコメボウズとスポンジの取れたガラクタ。
虚しさでいっぱいではあったが当初の目的を果たすためにようやく動き出す。
「……そろそろやろうか……」
「……そうですね……」
勇者とトイレブラシは行動を開始した、『火竜の剣』を鎮めるためのミッションは続く。
「で、どうするんだよ」
「とりあえず剣の柄を握ってください」
勇者は巨大な炎の繭の内側で浮遊する剣を凝視した。
「……あれって熱くない?」
「今更何言ってるんですか。まさか怖いんですか? そんな解脱した僧侶みたいになったのに」
「見た目が解脱してようが毛脱してようが関係ねーんだよッ!? 摂氏六千度の炎に守られてる剣なんてぜったい熱いだろ触りたくねーんだよッ!? つーかもう俺は摂氏六千度の炎という難関を潜り抜けたんだから後はお前の仕事だろう?」
「仕方ないですね、じゃあ口でくわえてください」
「部位の問題じゃねーんだよタコッ!!! ケツの穴でくわえろって言われても絶対やらねーからな!!!」
「いや流石にそこまでは言いませんよ……まったく、じゃあもうちょっと近づいてください」
「最初に言っておくが俺を操って柄を握らせようとしたらお前をへし折るからな?」
「いやだなあ! そんなことしませんよ! ………………チッ……………」
「今お前舌打ちしたろッ!? チっつったろ!? ったくとんだ性悪ブラシだよ!!!!」
と悪態をつきつつも『火竜の剣』前に近づいて行った勇者はトイレブラシのアクションを待つ。
「ではいきます! マジカルミラクルルルルのル魔法の呪文の――」
「黙ってやれ」
「……わかりましたよ……一応言っておきますがたとえ炎が収まって来ても私がOKを出すまでは絶対に魔力を使わないでください、絶対ですよ」
「ああ、わーったよ。だからさっさとやって俺の毛を元に戻してくれ」
「終わったらすぐにでも戻しますからちょっと待っててください」
トイレブラシが高速で詠唱を始めると『火竜の剣』が振動し始めた。それにともない炎の繭の勢いが急激に落ちていく。勇者は周囲に飛び散っていた魔炎の中の魔力が急激に小さくなっていくのをその鋭敏な魔力感知能力で感じていた。原理はわからないが、トイレブラシのやっていることは間違いなく問題解決の方向に進んでいることを勇者に実感させる。
(これはどういう理屈なんだろうか……まあ正確にはわからんけど、なんとなくこう感覚的にはわからないことはない……炎の魔力が急激に圧縮されて言っているような気がする……)
トイレブラシは『火竜の剣』炎の魔力を自身の魔力を使って圧縮し、封じようとしていた。勇者も本能的にそれを理解していたが、頭が悪いので完璧にはわからなかった。
そうこうしているうちに勇者の周りの炎はどんどん消えていき、轟々とした炎に隠されていた敵兵の黒焦げの体が見えるようになってきた。驚いたことに敵兵は黒焦げではあるものの皆生きていた、ピクピクと痙攣しているため元気とは言えないのかもしれないが、それでもその生命力は驚嘆に値した。敵兵を率いていたクルクルフも生きており勇者は驚く、なにせクルクルフは『火竜の剣』の攻撃の直撃を受けていたのだ、しかも二回も。にもかかわらず生きているという驚愕の事実、さすがに大将というだけある。焼かれて服が焼け落ちた真っ裸の他の兵士とは違い、着ている服も炎に耐性のあるものなのか健在のままだった。
(……それにしてもこれならそんなに経たずに消えるな……)
周りの炎がロウソクの炎ほどに小さくなっていった。やがて浮かんでいた『火竜の剣』が地面に落ち、カランという音と共にその刀身に込められた膨大な魔力が消えていく。
(すげえ便ブラ……マジかよ……ただの便所ブラシ、いや今はただのガラクタにしか見えないが……とにかくすごいガラクタだ! あのバカみたいな魔力が急激に萎んでいく!)
そしてその凄まじい魔力が別の場所に集まって行く、その場所は空中。空高く舞い上がった赤い魔力は球体に形を変えて空に昇っていく。まるでもう一つの太陽が出来たように思える、どうやったらこんなすごい魔力の塊が出来るのだろうと漠然と考えているとラムラぜラスの門が開いた。
「ん? なんだ?」
開く扉を見ていると、やがて見知った顔が扉から出て来た。
「「「「「勇者様そろそろ終わりましたか?」」」」」」」
門の中からバーベキューしながらこちらを覗く王と将軍、アルトラーシャ。
(こ、こいつらああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!)
勇者はブチ切れた。
(人が死にもの狂いで戦ってる時にバーベキューしてやがったのか俺がバーベキューされてる時にバーベキューしてやがったのかぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!)
自分の肉が焼かれてる時に、肉を焼いていた王たちに勇者は怒り心頭。
勇者はその禿げた頭に青筋を浮かべて顔を赤くする、それはまさにタコ。バーベキュー用の串に刺された肉や野菜を頬張りながら勇者を見ていた王たちだが、勇者を見ながら首を傾げる。
王は、
「はて……君は……誰だ?」
アルトラーシャは、
「修行僧だと思いますわお父様」
アラン将軍は、
「おお、ナイス全裸! 素晴らしい裸族だ!」
ケンデル将軍は、
「これが本物の修行僧でござるか! 初めて見たでござる!」
ボブ、ブラック、ゴンザレスは、
「「「すげえツルツル!!!」」」
そしてスティーブ将軍は、
「小汚いボウズだ、あっちへ行けッ! 物乞いなら他を当たるのだな! シッシッ!!! 金が借りられない奴に用はないッ!!!」
と勇者に向かって言った、どうやら勇者本人と認識されていないらしい。
「俺だよ勇者だよッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
前線で万の大軍と戦っていた英雄である自分を認識していない王たちに勇者は怒鳴る。ちなみに怒りの比率は王+アルトラーシャ+アラン将軍+ケンデル将軍+ボブ、ブラック、ゴンザレスで三割、残りの七割はスティーブ将軍で占められていた。
「え、勇者……君……なのか……?」
「そう、言われてみれば確かに面影があるような気がしますわ……」
「うーん、確かにあの裸体とイチモツは相棒のモノのような……」
「毛が無いからわからなかったでござるがあの怒鳴り声は勇者殿そっくりでござる……」
「「「すげえツルツルッ!!!」」」
誤解は解けかかかったように見えたが――。
「嘘をつくなこのハゲめ!!! 勇者様の名を騙るなどとんだ詐欺師だ、罰金の刑に処す!!! さあ金を払え!!!」
金欠のスティーブ将軍が邪魔をする。
「てめえコラざんけんなよパチンカスッ!!! 何が罰金だテメエの借金なんぞのために俺の金はびた一文出さねえからなッ!!!」
「失礼なことを言うな!!! 借金など返さない、ただパチンコに行きたいだけだ!!!」
「いや返せよボケッ!!?? ってそうじゃなくて! とにかく俺は勇者だ!!! 戦ってる時に毛と服が燃えちまっただけで勇者本人だよ!!! その証拠に周りよく見て見ろ!!!」
勇者は周りに倒れている敵兵の山を指差した、結果、王たちは目を丸くして驚く。
王は、
「おお! これはすごい! ということは君は本当に勇者君だったのか! すまない! よくやってくれた!」
アルトラーシャは、
「すませんでした勇者様、ワタクシまったく気づきませんでしたわ……」
アラン将軍は、
「私としたことが……相棒の裸を見てすぐに気づけないなんて……親友失格だ……」
ケンデル将軍は、
「拙者を職場復帰させてくれた恩人を見間違うなど……とんだ無礼をしてしまったでござる……平にご容赦を……」
ボブ、ブラック、ゴンザレスは、
「「「すげえツルツルッ!!!」」」
そしてスティーブ将軍は、
「まったくみんなちゃんと勇者様に謝ってくださいよ。私は最初から彼が勇者様とわかっていました」
「てめえ嘘ついてんじゃねえよパチンカス殺すぞッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいお許しをッ!!!!!!!!!!!!!」
勇者の野獣のような眼光と殺気を受けてスティーブ将軍は王たちを盾にした。スティーブ将軍はいつも以上に勇者を恐れる、なぜなら、禿げて眉毛も全剃りの勇者はその眼付きの悪さと相まって危ない人間にも見えたからだ。
スティーブ将軍の怯えようには少し勇者も違和感を覚える。
「おいパチンカス……何もそこまで怯えなくてもさあ……」
「ひいいい、だって勇者様怖い……」
「なんにもしないって……」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。でもなんでそんなに怖がるんだよ」
「いや、言い難いのですが、今の勇者様はとても危ない人に見えます……」
「危ない人?」
「はい、例えるなら……薬物中毒で常にナイフを持ち歩き隙あらば人に切りかかるスキンヘッドの風俗狂いの変態露出狂――」
「なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいすみません言いすぎましたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
勇者は逃げるスティーブ将軍にドロップキックをくらわせてやろうと駆け出そうとしたが、はッ、と気づく。トイレブラシがまだ魔術の封印を終えてなかったのだ。ゆえに怒りを堪えてその場にとどまる。
勇者が追ってこないのがわかったのか、スティーブ将軍は真剣な顔を作ると、倒れているクルクルフに近づいて行く。
(いちおう顔見知りみたいだったからな……やっぱり何か思うところがあるのかもしれない……)
スティーブ将軍は神妙な顔でクルクルフのそばでかがむと――。
(なんて優しそうな顔なんだ……手当でもしてあげるのかな?)
慈愛に満ちた顔をしたスティーブ将軍はクルクルフの顔を覗くと手を――。
(おお、やっぱりか。見直したぜパチンカ――)
懐に入れて金目の物を物色し始めた。
(――やっぱクズだなアイツ……)
金に目がくらんだスティーブ将軍が気絶しているクルクルフの懐に手を入れている様子を白い目で見ていた勇者だったが違和感に気づく。ゴソゴソと手を入れて服をまさぐるスティーブ将軍も、もぞもぞと動き始めたクルクルフに驚くと目を見開くが――。
(それでもやめないのかよッ!?)
スティーブ将軍は物色をやめない、どうやら財布が見つかるまで続けるらしい。パチンカスのパチンコに使う金への執念にドン引きした勇者はことの成り行きを見守った。するとしばらくした後、クルクルフが目を覚ます、さすがにもう物色しないだろうと思っていた勇者だったが――。
(まだやめないのかよッ!!?? 起きてるんだけどッ!!?? っていうか王様たちの誰か止めろよッ!!?? アンタんとこの将軍だろッ!!??)
もはや完全に窃盗を働こうとしているスティーブ将軍を見た勇者は止めようとしない王たちの方を向いたが――。
「あ、アルちゃん、そこのお肉まだ焼けてないよ」
「本当ですわね。火力が弱いのでしょうか」
バーベキューしている様子が目に入ってきた。
(あのクズ共まだバーベキューしてやがるッ!!??)
門を開けた現在、こんがりと焼けた兵士たちが見えているにもかかわらず、未だに肉を焼き続けている王たちに勇者は呆れる。目を取られていると横から声が聞こえてくる――。
「き、貴様ッ!!! 何をしているスティーブッ!!!」
「パチンコ代を寄越せクルクルフッ!!! もうパチンコがしたくてうずうずしているのだ!!!」
「何を言っている貴様ッ!!! あッ、コラやめろ――」
(何やってるんだアイツら……気持ちわりぃ……)
中年のオヤジ二人が絡み合う様子から目を逸らした勇者は再び王たちの方を向く。
「あッ、魔力が切れてきてるんだ。替えの魔石は――無いな……仕方ない」
「そうですわね、ここはワタクシの魔力を放出して――」
アルトラーシャが魔力を放出するべく手をバーベキュー用の鉄板にかざしたところ――。
勇者は、はた、と気が付く。
『私がOKを出すまで絶対に魔力は絶対に使わないでくださいね』
「おい待て!!!」
トイレブラシが発した言葉を思い出した勇者はそれをさせないように怒鳴った。勇者の声によって動きを止めた王とアルトラーシャは首を傾げる。
「どうしたんだい勇者君」
「そうですわ、これでは肉が焼けないではないですか。緊急事態ですわ」
「いや敵兵が攻めてきてたさっきこそが緊急事態だろ……まあもういいけどさ、とにかくちょっと待ってろ。今魔力使われると困るんだよ。あと少しでいいからバーベキュー止めてくれ」
「そうか、勇者君がそう言うなら」
「仕方ないですわね」
(ふう、バカ共だけどそれなりに聞き分けがよくて助かったぜ。これでなんの問題もなく――)
「我が魔力による攻撃をくらえクルクルフ!!!」
「ふざけるな貴様こそ我が魔力攻撃の餌食にしてくれるわスティーブ!!!」
中年オヤジ二人の言葉が勇者の耳に入り、顔が青くなる。
「おい待てバカ共やめ――」
「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
二人が一気に魔力を放出した瞬間、空中に浮かんでいた太陽のような魔力が閃光と共に爆ぜる。
バゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
「なんでこうなるんだぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
勇者の絶叫の後、周りは再び火の海になった。
王都まで火の手が伸びた大火災が完全に消化されたのは夜になってからの話である。
「以上で報告を終わります」
「ああ、ご苦労。すまなかったなレオン、しかし私が席を外した時にそんなことがあったとは……」
執務室にて椅子に座り作業していたディーズは深々とため息をついた。
「こちらのことは僕に責任があります。隊長のせいではありません」
「いいや、シャルゼを行かせたのは私、よって責任は私にある」
「そんなことは……それよりも隊長、休息はとっていますか? とてもお疲れに見えますが……」
机に積まれた書類の山に囲まれたディーズの顔は想像以上に疲れており、正直寝ているかどうか怪しいほどであった。机に挟まれる形ではあるが対面に立つレオンにはそれがはっきりと見えていたが、ディーズは大丈夫と言いながら笑う。
「それにしてもフリードがシャルゼを止めるとはな……」
「はい、やり方に少し疑問が残りましたがフリードのおかげで助かりました。同時に僕の力不足も痛感しました……一歩間違えば僕が魔族を助けてしまうところだった……本当に申し訳ありません……」
「気にするな、シャルゼの魔族化はこちらの予想を遥かに超えたことだった。前に目覚めて暴れ回った時から数年経っていたから平気かと思っていたが、認識が甘かった。その上自我を持って話し出すなど今回が初めてのケースだ、対応しきれなくても仕方ない。それにシャルゼは無事に戻ってきたんだ、今はそれでいいさ。……それより問題はシャルゼと魔族を退けた赤毛の剣士の事だ」
「赤毛の剣士……やはり一筋縄ではいかない相手のようです。普通の人間ならばシャルゼ一人でも相手をするのは難しいはず、それどころかあの魔族まで弱らせて撃退するなんて……」
「やはり我々の想像を超える強さの持ち主なのかもしれんな。しかしこれはマズイ、もうあまり我々グラム隊にはあまり時間は残されてはいない……」
ディーズの言葉にレオンは眉を寄せる。
「どういうことでしょうか? 『呪界』の侵攻は止まっているのでは?」
「『呪界』の侵攻の話ではないんだ。レオン、お前は赤毛の剣士が落とした手帳を覚えているか?」
「ええ、テッドたちが解析している途中と聞いています」
「その手帳の中身の一部が解析されてな、『呪界』の術式が判明した」
「本当ですか!?」
いくら調べてもわからなかった術式の構成が判明した、本当ならこれは重大な戦果だ。
「ああ、本当だ。そしてそれを王都に通達したところ一度グラム隊と共に王都に戻ってこいと連絡が入ったのだ」
「王都に!? なぜですか!? 手帳から『呪界』の術式が判明したのならそれを持っていた赤毛の剣士を捕らえることこそ最も有効な問題解決の道ではないのですか!? 今は戻るべきではありません!」
「まあいったん落ち着けレオン」
机に握りこぶしを叩き付けていたことに気づいたレオンはすみませんと言いながら慌てて姿勢を直した、どうやら想像以上に興奮してしまっていたらしい。
「お前の言いたいことはわかるが王都に戻るのは大規模な作戦を展開したいからだそうだ。それに戻るまでにはまだ日にちがある。まずは手帳を解析した結果出来るようになったことをテッドから説明――」
「隊長!!! 実験成功です!!! これなら行けます!!!」
そして執務室に飛び込んできたテッドの話を聞いたレオンは目を丸くして驚いた。
それから数日後、フリード・アイアスは銀色の髪をたなびかせながら『呪界』への道が開くのを静かに待っていた。その傍らにはガゼル、シャルゼ、ディーズ、そしてレオンがいた。そんな、道が開くのを待つグラム隊のもとにテッドが駆け寄ってきた。
「準備完了です。いつでも行けますよ」
「……本当に大丈夫なのか?」
胡散臭げにテッドを見るのはフリード。
「ええ、いつもは一人だけしか行けませんが今回は二人で挑戦してみたいと思います。もしお二方に異常がなければこれは王都で行われる作戦において有効という証明になります」
「成功すれば、だろう?」
「先日実験し中和に成功しましたから大丈夫です、信じてください! 今までは『呪界』が魔力を覚えてしまった人間はどれだけ強力な魔力を持っていようとすぐに吸収されてしまうという問題があったため、一度入った人は時間を置いてから入らなければいけませんでしたが、手帳の解析によって得た知識に基づいて開発した中和術式のおかげでその欠点はクリアしました!」
ガゼルがポリポリと頬を掻いてから口を開く。
「一回聞いたけど、えーっと、つまりあれだよな? 一度入った奴でもすぐにまた入れるってことだよな?」
「それだけじゃありません! この術式が完璧に完成したならたとえ魔力が少ない人でも『呪界』に侵入出来るようになるんです! それも大量の人間を投入できるようになります! 探索が一気にはかどるんですよ! すごいでしょう!」
「あ、ああ、すごいすごい……」
目を輝かせて迫るテッドにガゼルは引き気味に同意する。助けを求めたガゼルの視線を受けたシャルゼもテッドの説明に頷いた。
「確かにすごいことだよ。これなら『呪界』の攻略もスムーズになる、ただ一つ確認したいんだけど、まだ未完成なんだよね?」
「ええ、でもだからこそこの実験で完璧に近づくはずです! あ! それじゃあ僕は持ち場に戻りますね、準備が出来次第合図を送ってください! すぐに扉を開くので!」
テッドは言うと走ってグラム隊から離れて行った、ガゼルはそれを見て表情を崩す。
「……はー、助かったぜシャルゼ……テッドの奴最近テンション高くてその上怖い……」
「気にしないで、みんなに散々迷惑かけたしこれくらいはなんでもないよ。それにテッド君の気持ちもわかるよ、あの中和術式が完成すれば『呪界』攻略は確実に進む。喜ぶのも無理ない」
その時ガゼルとシャルゼの横をディーズはレオンの肩に手を置いた。
「本当にいいのか? 確かに前もって実験で成功は確認しているが――」
「人に試すのは初めてなんですよね? それでも平気です、この前の失敗を取り戻すチャンスですから。それに――」
赤毛の剣士ともう一度会いたいという気持ちがレオンにはあった。
「それに、なんだ?」
「いえ、とにかく行きます。そのための準備もしてきましたから」
背中に背負った二本と追加の三本目の槍をディーズに見せたレオンはフリードに近づいて行った。
「なんと言われようと僕は行くぞフリード」
「勝手にしろ。ただし足を引っ張るなよ」
両者は睨み合うとやがてそれをやめて『呪界』に近づいて行った。それを合図と受け取ったテッドは扉を開けるように黒いドームに穴を開ける、歩く二人はいつしかその中に吸い込まれいなくなった。
最強の刺客二人が勇者を求めて『呪界』に入る、かつてないほどの死闘の幕が上がった。