表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
35/42

34話

 見渡す限り広い荒野が続く国境付近の砦の外部、周囲を柵で覆われしっかりと閉められた門の外側、そこに百人近い武装した集団の姿があった。そして集団の中から一人の男が前に出て声をあげる。

「我々はウルハ国との休戦協定に異議を唱え、全面戦争の開始を望む!!! 聞け!!! 条約に従って我々はここにウルハ国に宣戦布告する!!!」

 鉄の鎧に身を包み、兜を被った無精ひげが特徴の野盗のような男がそう告げると、周りにいた集団もそれに呼応するように叫ぶ。

 その様子をケンデル将軍と共に砦の外の柵の内側に設置された高台から見ていた勇者は息を飲む。

「……ザッと見た感じ百人くらいか。砦攻めるのに百人って多い方なのか? 少ない方なのか?」

「わからないでござる」

「…………」

「いだだだ、いだい、ぐるぢいでござる勇者殿ッ!?」

 専門家で将軍にもかかわらず清々しいほどいい声で即答した将軍の首を右手で絞める。やがて諦めるように手を離した勇者は深いため息をついた。

「ひどいでござるぞッ!? 拙者、これでも偉い立場の人間なんでござるぞッ!?」

「だったら今の質問にちゃんと答えやがれ! 偉い立場の人間なら即答できるだろうが!」

「わからないと即答したでござる」

「だから首を絞めたんだよ!!!」

「どうしてそれで首を絞められるのかわけがわからないでござる」

「俺はどうしてお前の首が切られていないのかわけわからないでござるよ……」

 休職扱いになっている無能将軍の首が切られていない理由が勇者には理解できない。

(つってもパチンカスや変態が将軍やれてる時点でまともじゃねーか……こりゃ四人目も多分期待出来ねーだろーな……どうか会わずに済みますよーに……)

 まだ見ぬ四人目の将軍との出会いを拒否した勇者はあらためて敵を見た。

「(……なあ便ブラ)」

「(なんですか?)」

「(アイツらって、敵なんだよな?)」

「(そのようですね。どうかしたんですか?)」

 勇者は目を細めて品定めするように敵を注意深く観察し、やがて結論を出した。

「(……アイツら弱くね?)」

 敵国の精鋭のはずが、勇者の眼にはそう映っていた。

「(パツキンとかガングロとか、人間の時の姿は見てないけど矢を撃ってきた魔族とかと比べてさ、明らかに弱くないかあの武装集団)」

「(そうですね、確かにイケメンさんたちと比較すると弱いですね)」

「(だよな。しかもパツキンたちは一人ずつ出て来たのにアイツラはぞろぞろと頭数そろえてきてるし……なんか違和感が……)」

「(……どうでしょうね。イケメンさんたちの勢力と今来てる人たちが別勢力の可能性もあるかもですし。でもウルハ国がどの国と敵対関係にあるのか勇者様って王様に聞きましたか?)」

「(俺ウルハがどの国と戦争してるか聞いてなかった……)」

「(とゆーか、一番最初に聞くべきことですよね……)」

「(しょうがねーじゃん! 目玉焼きに何かけるかで戦争してるなんて聞かされたんだぞ! ショックでちょっとそういう諸事情を聞くのを忘れてしまっても責められないはずだ!)」

「(じゃあケンデル将軍に聞いてみてはどうです?)」

「(……そうだな。何をバカなことを言ってるんだって思われたくねえけど仕方ない)」

 勇者はバカにされることを承知でケンデル将軍に問う。

「ケンデル将軍」

「なんでござるか勇者殿」

 一般市民でも知ってそうな当たり前のことを聞くことを心の中で大いに恥じながらも、恥を忍んで勇者は一般常識を並みの知識を聞く決意を固めた。

「その…………今更こんなしょうもないこと聞いて『死ねカス』って思うかもしれないけど…………ウルハってどこと戦争状態なの?」

「わからないでござる」

「死ねカス」

「いだだだ、ぐ、ぐええええええええええええええええええええええええッ!!??」

 勇者は魔力で強化した握力を用いてケンデル将軍の首を先ほどよりも強く締めた。

「おいコラてめえはいったいなんなら知ってるんだおめー仮にもこの国の軍事のトップだろうが将軍だろうがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」

「(勇者様!)」

「(なんだよ! 今首を絞めて走馬灯でも見せてちっとは役立つ記憶を思い出させてやろうとしてるんだよ後にしろッ!)」

「(戦闘が始まったみたいなんです!)」

 見ると確かに剣を構えた男たちが扉に向けて切りかかっている様子が目に入った。

「(少しくらい放置しても大丈夫だろ! 俺は専門家じゃねえけど砦攻めって確か結構時間かかってたはずだし、こっちはあの分厚い扉と柵に守られてるんだから問題な――)」

『扉を破ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』

 戦闘開始わずか三秒後の出来事である。

「嘘だろ……」

 声が響き渡ると同時に百人の兵隊が扉の内側になだれ込んできた。

「で、でも大丈夫だ! 仮に中に侵入されたとしても地の利はこっちが上! 逆におびき寄せる作戦かもしれない、そうそう簡単に制圧されたりは――」

『砦を制圧したぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』

「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!??」

 戦闘開始十秒で砦が制圧された。

「え!? え!? だ、だって、え!? 砦の兵隊はッ!? 何やってたのッ!?」

 勇者は将軍の首から手を離して高台から他の兵士たちの姿を探したが見当たらない。

「まさか全員やられたのかッ!?」

「いや、違うと思うでござる」

「じゃ、じゃあどこ行ったんだ!?」

「町に戻ったんだと思うでござる」

「町に、戻った、あ、ああ! 防衛線を下げたってことか!」

「いえ、家に帰ったんでござるよ」

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

「……家、に帰っ……た?」

「午前中で勤務は終わりでござるから」

 勇者は思った言葉がつい口に出た。

「何を……言ってるんだお前は……」

「勤務終了時間でござるから拙者たちも戻りましょう勇者殿、兵士たちも迎撃の途中で時間がきたのを知って帰ったのでしょうし」

「だから何言ってるんだよお前は!!! 今攻め込まれてるんだぞ宣戦布告されたんだぞ砦落とされたんだぞ戦争が始まったんだぞッ!!!」

「うちは戦争中でも残業はしないんでござるよ。仕方ないでござるな、敵討ちは明日お願いするでござる」

「明日お願いするってバカかお前はッ!!! 敵がそんなもん待つわけないだろうがすぐに町に攻め入ってくるぞ!!!」

「ええッ!? 町に攻めてくるッ!? なぜでござるかッ!?」

「戦争だからだよッ!?」

「そんなバカなッ!?」

「バカはお前だッ!?」

 勇者は将軍をその場に残して高台から飛び降りた。

(敵の魔力反応は……こっちか……!)

 砦の内部に入った勇者は敵の位置を探りながら足早に進む。

「(便ブラ、敵に見つかりそうになったら透明化の魔術頼んだ)」

「(アイアイサー!)」

 魔力を足に込めて人間離れしたスピードで砦内部を進む勇者は、時には壁を走り、天井に届くようなジャンプで砦内部を駆けずり回る。

「(敵は砦内部に分散してるな。数は百人前後……油断してる今なら大将だけ狙って各個撃破可能だと思うんだけどお前はどう思う?)」

「(同意見です。早いところやっつけちゃいましょう)」

「(よし、やるか。でも砦の内部をザッと確認したけど大将らしい奴の姿が見えなかったんだよな、仕方ないから適当に敵兵捕まえて居場所吐かせるか)」

 勇者は早速仕掛けようと思い、全身に魔力を巡らせ戦闘態勢に入った。その時、都合のいいことに二人組の敵兵が現れ、ちょうどいいと思った勇者は大将の居場所を吐かせるため攻撃しようとした、が――。

「離せ! 私はウルハ国の将軍なんだぞ偉いんだぞ!」

「うるさい黙っていろ!」

「だけど、こいつ確かに良い服着てるぜ。大将クラスなんじゃないか? クルクルフ様に確認していただこう」

 二人の兵士に連行されているスティーブ将軍の姿が目に入り、力が抜ける。

「(捕まっちゃったみたいですね……どうしますか?)」

「(無視する)」

「(ですよねー……でもかわいそうじゃないですかね? それに助ければ戦力増強が望めるかもしれないですよ?)」

「(あんなの助けても戦力になんねーよ。足手まといが増えるだけだ、パチンカスには悪いけど今は敵兵の言うクルクルフ様とかいう奴の場所まで連行されてもらおう)」

「(それを後ろから尾行するわけですね)」

「(そうだ。これで無駄な戦闘しなくて済む……にしてもホントに砦の警護してた兵士の姿が見当たらない……マジで帰ったのかあのクソ野郎ども……)」

 怒りに我を忘れそうになりながらも自分を諌めた勇者は気配を殺して後をつけた。そして二人の男に連行された将軍の後を尾行する形で勇者はある部屋にたどり着く。

(ここは、さっき兵士たちと集まった詰所か……)

 先ほど警報を聞いた部屋に入って行った三人を見た後、扉が閉まったのを確認し近づき、耳を扉に当てて中の兵士の会話を聞く。

『クルクルフ様、砦内部で不審者を発見したため連行致しました』

『この男、自らを将軍と名乗っているのですか……』

(敵国の兵士に名前と顔すら知られてない将軍って……)

 勇者は将軍の知名度の無さに呆れる。

『ほお、スティーブじゃないか。久しぶりだな』

 室内に響いた渋い声は聞き覚えのあるものであった。

(確かこの声は……ウルハに宣戦布告した男の声)

 明るい声ながらもその奥に隠し切れない感情を潜ませ再会の挨拶をした男、クルクルフはどうやらスティーブ将軍と顔見知りのようだった。声だけだったものの、二人の男の間に緊張が走ったのを勇者は感じ取っていた。

『クルクルフ、なぜお前がここにいる!』

『決まっている、ウルハを攻めに来たのさ』

『休戦協定を破って攻めに来たというのか!?』

『その通り、この偽りの平和を壊し、再び戦争をするために私はやってきた』

(シリアスな空気だ……! かつてないほどに……! パチンカスとクルクルフって男はもしやライバルか? だとしたら燃える展開だぜ……!)

 勇者はその空気を味わい、緊張して鼓動が早くなるのを感じた。だがそれだけではなかった、それ以上に勇者の胸はある感情に支配されていたのである。

(これだ、この空気だよ……! 俺が求めていたのは……!)

 それは歓喜。

『こんな偽りの平和、私は認めない! だから直々に王に願い出て、やってきたというわけさ!』

『たとえ偽りであっても、続けて行けばそれは平和となる! 貴様はその平和を崩すというのか!』

『そうだ! こんな歪な平和、私が崩してやる! ふふふ、この国はじきに戦火に包まれるだろう!』

『貴様ッ……!!!』

(いいねぇ! 戦争って感じだよぉ! なんていい感じに胸躍る中二な会話! 全身が疼いていたきたぜ! シリアスなのもできるじゃん! やればできるじゃんパチンカス!)

 勇者は二つの国が対立し戦火が国を覆う中、二人の男が炎の中に立ち対決する妄想を始めた。

『なぜそこまで平和を憎むのだクルクルフ! 昔のお前は、ウルハ国とクリーデ国が交流を深めていたあの時のお前はそんな風じゃなかっただろう!!!』

『いつまでも同じではいられない、それに私を変えたのはお前たちウルハ国だろう。よもや忘れたとは言わせぬぞスティーブ!!!』

『お前は、まさか、まだあの時のことを……』

(過去の因縁に囚われた二人の男が再び会いまみえる展開、くぅ~、たまらん!)

 勇者は扉の前で身もだえる。

『私はかつて……ウルハとクリーデは共に同じものを見て、同じ場所を目指していると思っていた……だが違った、お前は、お前たちはあの時、私を私たちを裏切った!』

『違う……! あれは……』

『言い訳など聞かぬッ!!! もはや賽は投げられたのだスティーブ! あの時にな……!』

(すれ違う思い、ぶつかり合う感情! 隠された壮絶な過去ッ……!)

『……もはや聞かぬか、だがお前にこの国は取れない』

『お前が止めるからか? かつて拮抗していた私たちの力、今も同じと思うなよ!』

『ふッ、なるほど、私ではお前は倒せないかもしれないな。お前の体から溢れ出す魔力は確かに私以上だ、だがお前は知らない。お前以上の魔力を持ったあの方がこの国を守護していることをな』

『あの方、だと……だ、誰のことだ……!』

『勇者様だよ』

(そしてついにその波乱の展開は俺という選ばれしものを巻き込み運命の螺旋を作り出す……!)

『勇者、だと……! まさか貴様たちは……!』

『そうだ、異世界召喚。それによって勇者様はこの地に呼ばれたのだ、お前の言う偽りの平和を守るためにな!』

『ふ、くくくく、面白い! 面白いぞ! いいだろう! 守れるものなら守ってみせろ! だが私の憎しみの前にはそんな希望、露と消え去るだろうがな! あの時の、あの行いを思い出すだけでこの憎悪の炎が再び燃え盛る! あの時の――あの時のぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

(男はついにその壮絶な過去を明かし、それを聞いた俺は同情しながらも奴の野望を打ち砕く決意を固め――)

『目玉焼きにメープルシロップをかけた貴様らを私は忘れないッ!!!!!!!!!!!!!!!!!』

「やり直しッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

勇者はドアを蹴破って中に侵入した。

 すると中にいた兵士二人と、将軍二人は勇者を凝視する。

「だ、だれだ貴様ッ!?」

「勇者様! 助けに来てくださったのですね! アハハ! どうだクルクルフッ! うちの勇者様は目玉焼きにメープルシロップをかける我が国に味方なのだぞ!」

 クルクルフとスティーブは声をあげたが勇者は聞いていなかった。

「聞いてください勇者様! こいつらはいちいち人の食べ方にケチを付けずにはいられんのですよ! 目玉焼き戦争が始まる前だってラーメンにお汁粉を入れただけで苦情入れて来たんですよこいつらは!」

「当たり前だろうこの味音痴どもめッ!!! ラーメンにお汁粉を入れるだけでは飽き足らず、目玉焼きにメープルシロップかけるなど万死に相対する愚行だ!!! 我々はそんな愚行は看過できぬ!!! 目玉焼きには青汁をぶちまけると相場が決まっている!!! ラーメンにはヨーグルトを混ぜて食べるのが至高!!!」

「目玉焼きに青汁など会うはずないだろう!!! ラーメンにヨーグルトを混ぜるなど信じられんよ、クルクルフ、お前たちの舌はおかしい!!!」

「いいや!!! おかしいのはお前たちだ!!!」

「いいや、おかしいのはお前たちだ!!!」

「「お前たちの味覚はどうかして――」」

「お前ら二人とも味覚障害だよッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 言い争う将軍二人を怒鳴りつけた勇者は床に手を着いた。

「なんだよ……せっかく、せっかくまともな感じだったのに……結局こうなるのか……バカな空気になっちまう……バカな奴らを引き寄せちまうのか……」

「(勇者様……)」

 トイレブラシは周りに気づかれないように、勇者が動かしたように動くと右手にトイレブラシのスポンジを置いた。

「(便ブラ……)」

「(勇者様……元気出してください)」

「(だけど、せっかくシリアスな感じだったのに……この猿共が……)」

「(そんなこと言っちゃいけないですよ。それに大丈夫です、たとえ周りが猿だって――)」

 勇者はトイレブラシが優しい言葉をかけて立ち直らせてくれるような気がした。

「(私から見れば勇者様も立派な猿小屋の一員で、あいたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???)」

 勇者はトイレブラシを握りつぶすつもりで本気で力を入れて柄を握る。

「――おい! 聞いているのか!」

 何か話しかけられていたらしく、クルクルフの声が勇者の行為を止めた。

「お前が勇者なのか! 黙ってないで何か言ったらどうだ!」

 どうやら自分がスティーブ将軍の言っていた勇者なのかを確認したいらしい。勇者は立ちあがるとクルクルフ、兵士二人を睨み付けるようにして口を開く。

「そう――」

 勇敢な勇者は肯定した。

「「「何事ですかクルクルフ様ッ!!!!!」」」

 『そうだ!』という勇者の肯定の言葉を遮り、三十人近い兵士が入口から侵入してきた。騒ぎを聞きつけてやってきた鎧を着た屈強な三十人近い兵士にクルクルフは目配せして待機を命じる。

「……それで。お前は勇者なのか?」

「違います」

 ヘタレた勇者は否定した。

「……すみません、俺帰ります」

「ちょっと勇者様ッ!? 何を言っているのですかッ!? こやつらは敵、敵前逃亡なさるおつもりかッ!?」

「いや、違います。俺はちょっと砦の中を観光してたただの一般人です。観光が終わったので帰ります、失礼しました」

「勇者様ッ!? ウソですよねッ!? ここで戦わずいつ戦うのですかッ!?」

 金切り声で勇者に呼びかける縛られたスティーブ将軍を無視して、勇者は颯爽と三十人近い兵士の間を通り抜けようとしたが――。

「待て」

 当然のようにクルクルフに制止の言葉をかけられとどまらせられた。

「……な、なんでしょうか?」

「本当にお前は勇者じゃないのか? コイツはお前をしきりに勇者と言っているぞ?」

「勇者様ぁぁ~」

 蹴とばされて床に転がされたスティーブを指差してクルクルフは言う。

「……違いますね、俺は勇者じゃないです。その人とも初対面ですよ、ハハハ」

「そんなぁ~、共に危機を乗り越えてきた友を見捨てるおつもりかぁぁぁ!」

 恨みがましい目で言うスティーブ将軍に対しても勇者はブレずに赤の他人を貫く。そんな勇者の態度にクルクルフは嫌らしい笑みを浮かべた。

「初対面、か。ならばこいつが拷問を受けているのを見てもお前はなんとも思わないのだな?」

 勇者は拷問という言葉に一瞬顔色を変えた。

「ふふ、お前が今ここでコイツを救出しなければコイツは拷問にかけられてそれは酷い目にあうだろう。それでもかまわないな?」

「馬鹿めッ! クルクルフ! 調子に乗りすぎたな! お前は知らない、勇者様は仲間のためならば命さえも平気で捨ててしまえる英雄の鑑なのだ! お前は仲間を侮辱された時の勇者様の怒りを知らないだろう、お前はもうお終いだ!」

「ほお、ならばこそいい確認になるだろう。それで、どうなのだ、お前が勇者なのか?」

 全員の視線が勇者に集中する。

 解答次第では将軍は拷問を受けて死亡するかもしれない、緊迫した状況が勇者を追い詰める。

 だがやがて勇者はとてもつらそうな顔で将軍を見つめた後、やがてフッと顔をほころばせた。

「違います」

 花が咲いたような笑顔だった。

「……え、ち、違うのか!? こ、こいつが本当に拷問されるぞッ!? いいのかッ!?」

「やっちゃってください遠慮なく」

「勇者様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」

 スティーブ将軍は泣きながら暴れるが勇者の笑顔には一点の曇りもない。

「……本当に違うようだな。しかし砦の中を一般人が移動していることはおかしい」

「郵便物を届けるついでに観光してたんですよ。いやあ、珍しいものが多くてついね」

「……うーむ、おかしい、ような気もするが……まあいいだろう。我々も忙しい、関係ないのなら行け」

「ありとぅーっす」

 勇者は爽やかにお礼を言うと今度こそ詰所から出ようとした、が――。

「――勇者殿ヒドイでござるぞ! 拙者を置いて勝手に行ってしまうなど――って、なッ!? お、お主らはッ!?」

 勇者が扉から出ようとした瞬間、ケンデル将軍が勢いよく中に入ってきた。そして入るなりクルクルフなどの敵兵と視線を交えて、驚き引きつった顔をする。

「お前は……確か前に攻めて来た時に裸踊りをしながら命乞いをした奴。あの時はあまりの情けなさに戦意がそがれてしまい、引いたが……まさかまた現れるとはな……そういえばお前はこの砦の責任者だったな。今お前はそこの男を勇者と言ったが、間違いないか?」

「そ、そうでござる! 其の御仁は異世界からやってきた勇者殿でござる!」

(チクショウあとちょっとで逃げられたのにィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!)

 勇者は殺意を込めた視線をケンデル将軍に向け、それを見た将軍は顔を青くする。

「おい。やはりお前がこいつの言う異世界から来た勇者だったのだな。将軍二人の証言だ、ほぼ間違いないと私は思うのだが、どうかね?」

 クルクルフがそう言うなり勇者とケンデル将軍の周りを兵士たちが取り囲む。

「……くそぉ、あとちょっとで逃げられたのにィィ」

「ゆ、勇者殿ッ! 早くやっつけてくだされ!」

「お前を先にやっつけたい気分だよッ!!!」

 勇者はケンデル将軍を怒鳴って黙らせると、周囲の兵隊たちを注意深く観察した。

(……やっぱり大して強そうには見えない。でも一人一人は大して強くなくとも数が違いすぎる……)

 三十数人対三人、だが実質的にケンデル将軍とスティーブ将軍は役に立たないため三十数人を一人で相手にしなければいけない。その上砦にはあと七十人ほど敵兵がいるため増援に駆け付けられたならばその時は勇者は百人の兵士たちと一人でやりあわなければならなかった。

「(……こうなったらメルクラを――)」

「(ダメです)」

 提案はにべもなく却下された。

「(なんでだよッ!?)」

「(ピンチの時以外は使っちゃダメだと言ったじゃないですか)」

「(今ピンチだろ!? 戦争は数なんだぞわかってるのかッ!?)」

 トイレブラシと勇者が言い争っている間にも兵士たちはジリジリと距離を詰めてくる。一斉に飛びかかって来ないのは警戒からだろう、異世界から来た勇者という言葉が効いているのかもしれない。だが勇者が敵兵の剣に串刺しにされるのは時間の問題だった。

「(や、ヤバいぞッ!? 早くメルクラをしないとッ!?)」

「(必要ありません。勇者様も敵は弱いと言ったじゃないですか。私も同意見です、そのまま戦ってください)」

「(いやそりゃあ一人一人はパツキンたちよりは弱いけど数が多すぎる! さばききれねえってッ!?)」

「(魔力感知能力を最大にしてください。一人一人の魔力の動きを読むのではなく、この部屋全体の魔力を読むようにして感じてみてください)」

「(部屋、全体……?)」

「「「「覚悟ッ!!!!!」」」」

「(うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?)」

 勇者はわけがわからないと思った、だが勇者の困惑など気にも留めず敵兵は切りかかる。勇者に最も近かった四人の兵士による斬撃が勇者を襲った。前、右、左、後ろ、四方向からの一斉攻撃に勇者は晒され盛大にキョドッた。

 直後、勇者に剣は振り下ろされた。

 グシャッ!!!!!!

 四つの剣は鋭く床をえぐったが、

「……あれ、痛く、ない……?」

 勇者は無意識にそのすべてをかわしきった。その様子を見ていたクルクルフは眉を寄せて不機嫌そうな表情をつくる。

「何をやっている! 早くそいつを倒せ!」

 クルクルフの言葉を受けて兵士たちは次々に勇者に襲いかかって行った。

「うわッ!? ちょっと待ってタンマッ!?」

「(怯えなくても大丈夫ですよ。攻撃は全て避けられます、今のあなたなら。この部屋全体の魔力反応を一度に感じてみてください、出来るはずです。今避けた時みたいに)」

「(……この部屋全体の魔力反応……)」

 兵士たちが迫ってくる様子を見ながら勇者はこの部屋全体の魔力反応を探った、すると目ではわからなかった兵士たち一人一人の動きが鮮明に理解できたのである。前、後ろ、斜め、上、左、下、前、次々に襲い来る剣による攻撃を紙一重で全て避けきる。それを目の当たりにしたクルクルフは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。襲いかかっていた兵士たちも、勇者がただ者ではないことを理解したのか一斉に距離を取って警戒し始めた。

「すごいですぞ勇者殿!」

「さすがです勇者様! それでこそ私のパートナー!」

 口々に賞賛を始めた将軍たちを無視して勇者は口を歪めて不気味に笑う。

「……くくく、見える、見えるぞ……俺はさらに強くなったようだ、くくくく、あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!」

 ひとしきり笑った後、勇者はクルクルフを睨む。

「さあ、始めようか」

 一言勇者はそう言うと地面を蹴ってクルクルフの間合いを一瞬で侵略した。

「くらえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!! 久しぶりに使う我が奥義ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」

 突進の勢いを殺さず、そのまま右足を持ち上げた勇者は左足を軸にして腰を回転させながらクルクルフの顔面に向けて照準を合わせた。

 そして魔力を纏わせた足をクルクルフの顔に叩き付ける時に叫ぶ。

「上段回し蹴りィィィィィィィィィィィィソニィィィィィィィィィィィィィィックッッッ!!!!!!」

「ぶごほォォォッ!!!???」

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!

 顔面を穿つ一撃によってクルクルフは砦の壁を破壊しながら外に飛び出て行った。

「くくく、最強にして史上最高の天才と名高いこの俺に喧嘩を撃ったのが運の尽きだぜぇぇぇ」

 勇者はクルクルフを撃破した。

 そのすぐ直後、スティーブ将軍とケンデル将軍がキリッとした顔で勇者の横に並んだ。

「ふっ、では残りのゴミどもを始末するとしましょう勇者様」

「なあに、他愛のないカス共でござる。拙者一人で十分よ」

 不敵に微笑みかける将軍たちを見て勇者もフッと表情を崩すと、

「死ねッ!!!」

「「ごふぉッ!!??」」

 将軍二人をまとめて蹴り飛ばした。

「ったく、形勢逆転するなり態度変えやがって。ゴミカスはお前らだっつの……」

 クルクルフと同じ方向に吹き飛んで行った役立たずに向けて唾を吐き捨てると、残りの兵士たちを勇者は睨んだ。

「どうするよ? まだやるか? ……まだやるっていうんなら――」

 勇者は体から莫大な魔力を立ち上らせる。

「て、撤退だッ!!! 撤退するぞッ!!!!」

 勇者の膨大な魔力に気圧される形で副官と思われる男が叫ぶと兵士たちは撤退を始めた。クルクルフが開けた穴から次々と兵士たちは出て行く。

「……さて、これでよし。あとは砦に残った他の雑兵を叩き出せば完了。しッかし……結局パツキンたちのこと聞き出せなかったな……でもクルクルフとかいうおっさん、見た感じ階級高そうだったけど、パツキンたちよりはるかに弱かったしな……」

「言いたいことはわかりますが、とりあえずこの砦の敵兵全部排除しちゃいましょうよ」

「そうだな、ま、今はさっさと仕事終わらせちまおう」

 トイレブラシに促され、勇者は仕事に取り掛かる。しかし弱いとはいえ七十人近い兵隊、そこそこ苦労するに違いないと勇者は思っていたが――。

 十数分後。

「……あっさり終わったな……」

 いざというときは『メルティクラフト』を使うことも視野に入れていたにもかかわらず、敵兵は勇者のなんちゃって体術の前に次々と沈んでいき、およそ十分足らずで壊滅した。泣きながら次々と逃げ出していく鎧を着た屈強な男たちを前に勇者はなんともいえない気分になっていた。

「……弱すぎないか……敵……」

「確かに皆さん金髪のイケメンさんたちと比べれば大したことは無いのかもしれませんが、以前戦ったサラマンダー盗賊団の首領と互角くらいには強かったですよ」

「そうだっけ? もっとクベーグは強かったような……」

 勇者は以前盗賊団のアジトで戦った時のことを思い出し、首をひねる。クベーグと戦った時はもっと苦戦してやられかけていたはずでは、と記憶を探る。

「勇者様が前より強くなったってことですよ。少なくもここに来たばかりの時よりは遥かに強くなってます、魔力が体に馴染んで、勇者様の肉体は日々強く作り変えられているんですよ」

「体に馴染んだ、か……ふふ、クククククククク」

「どうしたんです勇者様、なにか――」

「ふはぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!! つまりアレか、日々進化し続ける天才、それが俺というわけだなッ!!!! これはもう誰が相手でも余裕で勝てちゃうんじゃないか? アヒャヒャヒャヒャヒャウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!!」

「はぁー、まったく……すぐに調子に乗るんですから……」

 トイレブラシのため息など聞こえていない勇者はひたすら笑い続けた。

 

「勇者君! よくやってくれた! 流石は我が国の守護神!」

「いやあ、当然ですよ天才ですから! なーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 攻めて来た敵兵を追い払った勇者は後日、王からご褒美が出ると聞いて喜び勇んで城までやってきていた。そして城にやってきた勇者に対して王はありとあらゆる言葉で褒めちぎり、その行為の偉大さを称えた。勇者は己の行いを鼻高々にして誇りながら王の称賛をひたすら『天才ですから!!!』『破壊神ですから!!!』とわけのわからないことを言い、互いに珍妙なやりとりを続けた。

「しかし奴らめ、条約を破って攻め込んでくるとは……今後は安心できんな……勇者君の言う通りケンデル将軍を呼び戻してもっと警備を厳重にしなければいけないかもしれん、幸いケンデル将軍は元気になったらしく職場復帰を望んでいる。これはいい機会かもしれない、国境の警備をもっとしっかり――」

「いえいえ、警備はこのままで大丈夫ですよ! この天才がいるんですからいくら攻め込んでこようが敵兵なんてチョチョイのチョイってな具合に倒して、強制送還させてご覧に入れますよ! たとえ敵がこの王都に何万人来ようと俺一人で全滅させられますから!!!」

「おお! なんて頼もしいんだ! 流石は勇者君! 勇者の称号は伊達ではないな!」

「当然ですよ、ケヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」

 勇者はたいそう調子に乗っていた。

 今までは通常の状態でも『メルティクラフト』状態でも苦戦を強いられることは多かったため、調子に乗るにしても保険をかけようと思う気持ちが残っていた。国境の警備を強化しようとしていたのがその証拠である、しかし今の勇者は敵兵に余裕で勝ってしまったため、慢心がかつてないほど出来てしまっていたのである、本当にどうしようもない。

「勇者君がそう言うなら警備はこのままでもいいか。心強いな、我が国に敗北はありえない、なにせ勇者君がいるんだものな。では君に全て任せよう」

「イエス、マイロード!!!」

 勇者は元気よく答え、王は大変満足そうにうなずく。

「っと、そういえば敵軍を撃退した報酬を出すんだったね。ちょっと待ってくれ。アルちゃん! アルちゃーん!!!」

 王がアルトラーシャに何かを用意させようとしてる間にトイレブラシが勇者の脇を小突く。

「(……勇者様、本当に良かったんですか? 国境の警備を強化するためにケンデル将軍を引きこもりから脱却させようとあれこれやってきたのに……)」

「(もう必要ない。敵軍をあっという間に殲滅したこの俺の力を見ただろ? 日々進化し続ける超天才の俺ならばもうパツキンたちなんて敵ではないさ、次攻めてきたとしても余裕で勝てるさ、赤子の手をひねるようなものSA☆)」

「(調子に乗り過ぎですよ……)」

「(いいんだよ。だいたいあのニート職場復帰させたとしても意味ないって一緒にいてよくわかったし、この国の連中がたいてい役立たずってことも骨身に染みてわかった。それならもう他の奴らあてにするよりも日々進化する超天才の力に、あ、これ俺の事ね。で、日々進化し続ける超天才に頼った方がよほど利口だと思うって話よ)」

「(それはそうかもですけど……でもあまり調子に乗り過ぎないでくださいね? いくら勇者様が多少強くなってると言っても、金髪のイケメンさんたちにはいろいろと負けてるんですからね?)」

「(はッ! この日々進化する超天才破壊神のどこが負けてるっていうんだよ?)」

「(顔ですって、痛いアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???)」

 勇者は床にトイレブラシを叩き付けだす。王はそれを見て唖然としていたが勇者が『次の戦いに向けて気合を入れてるんです』というとにっこりと微笑んで納得した。よって人目を気にしない勇者の虐待行為は彼の気が済むまで続いた。

「(……イタいです……うう……)」

「(はん、当然の報いだ。俺の顔が劣っているなどと寝ぼけたことを抜かす輩には鉄槌を下す)」

「(顔だけじゃなくて性格とか頭とか色々追加する予定だった、の、にィっていやいやいや冗談ですよイッツジョーク!!??)」

 再度床にトイレブラシをこすりつけようとし始めた勇者を止めるとトイレブラシはため息をつく。

「(まあ、顔はともかくとして、勇者様だってイケメンさんたちが強いってことは知ってるでしょう? 私が言いたいのはあまり油断してほしくないってことなんですよ)」

「(わかった、わかった。油断しないよう気を付けるって、っと、おお! ついに来たぞご褒美が!)」

 勇者は目を輝かせながらアルトラーシャがもってきた袋に注目した。見た目は普通の紙袋だが、アルトラーシャが動くたびに中身がジャラジャラと鳴り、貴金属類の擦れる音がする。勇者は中身が金銀財宝の類ではないかと期待したが――。

(……待てよ。いつもこういう期待をした後は大抵ヒドイ落ちが待ってるんだよな……あんまり期待し過ぎないほうがいいかもな……日々進化し続けている天才っていう設定が明らかになっただけでもよしとしよう……便ブラにもあまり調子に乗りすぎるなって言われてるしな)

 勇者は慢心を捨て去り、貰えるならなんでもいいという謙虚な心に切り替えたのだが――。

「さあ、勇者君受け取ってくれ。我が国の金銀財宝の一部だ」

 まばゆい光が勇者の瞳に映った。

「……え……?」

「どうした? 君が欲しがっていた宝の一部だ、どうか受け取ってくれ」

 紙袋から取り出された金の腕輪や宝石のついた指輪、純銀のネックレスはアルトラーシャの手から勇者の手に渡される。ずっしりとした重み、光沢、デザイン、素人目に見てもそれらは明らかに価値のあるものだった。うまく行き過ぎている、そう思う、自分が日々成長しているという事実、その成長によってもたらされる莫大な利益。勇者はこのような経験をするのが初めてだった、ゆえに――。

「……こ、これ……もら、貰っても……いいんっすか……?」

「もちろんだとも、ぜひとも受け取ってくれたまえ、我が国の英雄よ」

 勇者は――。

「……う………う…………う」

 盛大に――。

 今までにないほどに――。

 かつてないほどに――。

「……ィよっしゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああひゃっはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 調子に乗ってしまった。



「やはりやはり俺は持ってるっていうか背負ってる!!!!! ポルシェ買いてえ、青山に土地買うのってヤバイっすか?」

「勇者様ちょっと落ち着いてください……」

「バッカ野郎! これが落ち着いていられるかよ! 財宝だぞ財宝!!! ほれほれほれ!!!」

 王から褒美をもらった後、牢屋に戻った勇者はトイレブラシに見せつけるようにしてきらびやかな財宝を押し付けた。

「わ、わかりましたよ、わかりましたから押し付けないでください……」

「ふひひひひひひひひひひひひ!!! 何買おうかなー! まずはやっぱ家だよなー!!! こんなしみったれた豚箱にはいられねーよ、日々進化し続ける最強の勇者様であるこの俺にふさわさしい家を見つけるべきだよなー!!! ふひひひひひっっひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「テンションおかしすぎるでしょう勇者様……」

「おかしくねーよ正常な反応だこれは!!! 宝くじで十億円当たったら他の奴らだってテンションおかしくなんだろそれと同じことなんだよ!!! ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!」

 財宝を右手で抱えながら踊り狂う勇者のテンションは今までにないほど高かった。

「っと家を買う前にちょっとだけ使おう! よーし町に繰り出すか! 散在しちゃうぜぇぇ!!! ゲハハハハハハハハハハハハハ!!!」

「……まあ、たまにはいいか。勇者様もここ最近は頑張ってましたしね」

 財宝を一つだけ手に取り、残りは紙袋にしまい込み丁重に隠す。

「……でもなんだか嫌な予感がするんですよね……」

 笑いながら牢屋を出た勇者にトイレブラシは聞こえないように言ったのだった。

 それから勇者は財宝の一つを商人に買い取らせ、金銭を得るとまず食べ歩いた。ちょっと寄ってみようと思っていた店からいつもならとても手が出せない金額のレストランなどの料理店をはしごして胃が満腹になるまでひたすらに食べた。

「ふぅー! あー食った食った! 満足だー!」

 勇者の食べ歩きが終わったのはちょうど夕方ごろで、少し胃を休める目的で現在は公園でベンチに座っていた。周りに人気は全くいない、ためかトイレブラシが話しかけてくる。

「満足しましたか?」

「まあまあな。しっかしすんばらしい価値の財宝だったな! 一個売った金だけで高級レストランを何件もはしごできたうえ、おつりはまだたくさんあるときてる! いやー、最高! これも他の奴らが無能なおかげかもな! 周りが無能なら超有能な俺が目立てる上に活躍できる! ……でもおかしいな……」

「なにがですか?」

「こんなにアホだらけなのによくこの国今まで存続できたなとあらためて思ったんだよ。国境の警備もガバガバ、気候とか地形は滅茶苦茶、他の連中も異様に能天気だし、経済とかよく成り立ってるよなここ」 

「…………」

 トイレブラシはそれに対して何も言わなかったが、勇者は自分で考えて結論を出す。

「ま、敵もウルハがメープルシロップかけて目玉焼き食ってたとかいうくだらねー理由で戦争仕掛けてくるアホどもだし、これはアレだな。やっぱりこの世界そのものがおかしいんだろたぶん。まるでギャグマンガの世界に迷い込んだみたいだぜ。……まあ、パツキンたちの実力と敵兵の実力が違いすぎるっていう点はちょっとおかしいと思うけどな」

 勇者はレオンニールたちと昨日戦った敵兵たちの実力があまりにもかけ離れていることに不信感を抱いていた、同じ敵なのにどうしてこんなに違うのか、と――。

「ま、どうでもいいか。日々進化し続ける天才は細かいことは気にしない、前だけを見続けるのだ! ガッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!」

 が、そこはやはり低脳、あまり深く考えない。

「……そろそろおかしいって気づいてもおかしくはないんですけどね……さすが勇者様……」

 トイレブラシは小声でそう言った。

「え? なになに? 俺のどこが流石だって? 俺のどこがイケメンで天才で究極の破壊神だって?」

「そこまで言ってませんよ……なんでもないです、ある意味すごいなと思っただけです」

 『さすが』の部分だけ都合よく聞き取った勇者にトイレブラシは適当に返す。

「フハハハハハハハハハハハハ当然!!! 俺はすごい!!! なにせ今の俺は乗っている、ノリに乗っているんだぞ!!! どんな敵が現れようとも負ける気がしないぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 が勇者はトイレブラシの声のトーンなど気にもせず笑う。

 勇者は夕日の落ちるサムウェルス公園でひたすら笑い続けた。

「英雄ッ!!! まさに英雄!!!」

 その姿は英雄というより不審者に近かった。

「さあ、さっさと次の敵は俺の前に姿を現しやがれ。今の無敵状態の俺が瞬殺してやっからよう。早く来ないと新しい家を買ってぬくぬくしてしまいそうだぜぇ。この俺が修羅で、修羅でいるうちに次の敵は来い!!!」

「またわけのわからないことを……」

 『火竜の剣』を背中から引き抜き、夕日に突きつける勇者にトイレブラシは呆れる。

 しかしそんな時だった――。

「ゆ、勇者どのォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 聞き覚えのある声が公園に木霊した。

「おお、なんだよ。ニートじゃん」

「ニートではござらん! 拙者、職場復帰したのでござる!」

 突然現れた元ニートことケンデル将軍を尻目に勇者は剣を鞘に収める。

「んで、なんか用か?」

「大変なのでござる! 敵兵が先日の敵兵がまた攻め込んできたのでござる!」

「ほお、懲りずにまた来たか」

 勇者は皮肉たっぷりの笑みで笑う、望んでいた戦いが向こうからやってきた。

「それで俺を呼びに来たというわけか。よし、砦に行くか」

 勇者は国境の砦に向かうため公園の出口に向かうが――。

「いや、その必要はないでござる勇者殿」

 将軍の声が勇者の足を止めた。

「必要ない?」

 その言葉の意味について勇者は考える。

(必要ないってことは……まさかアイツらだけで敵を倒しちまったってことか!? ……そういえば砦の兵士たちの実力は俺まだ見てないんだったっけ……魔力はたいしてなさそうだったけど、別の強みがあったのか?)

 勇者は砦の兵士たちの有能な戦いぶりを想像する。

「……じゃあ別に俺呼びに来なくてもいいじゃん」

 活躍できる機会を失った勇者は口を尖らせる。

「何言ってるんでござるか! 勇者殿の力が必要だったからこうして馳せ参じたのでござるぞ!」

「だって撃退したんだろ? 言っとくけど後片付けとかそういう地味な仕事はやんねーからな」

「撃退? 何を言ってるんでござるか?」

「え、だって砦に行く必要ないって言ったじゃん。それって敵倒したってことだろ?」

「違うでござる!」

「じゃあなんで行く必要ないんだよ? 意味が分からん」

「……もう来てるからでござる」

「もう来てる?」

 ちぐはぐだった会話がだんだんとつながっていった。そして――。

「……もう敵は王都に来てるんでござる」

「…………は?」

 行く必要がない、という言葉を勇者は敵を倒したからもう行く必要はないと勘違いしていた。だが真実は違う、行く必要がない、という言葉の意味は全く違う意味であった。それはすなわち――。

「……まさかッ!!??」

 勇者の驚く顔を見たケンデル将軍は力無くうなずいた。

「ぜ、全滅したのは………味方?」

 ケンデル将軍はうなずく。

「こ、国境を、超えられたのか?」

 ケンデル将軍はうなずく。

「そ、それでもう……王都の前まで敵軍が……来てる?」

 ケンデル将軍はうなずく。

「……は、はは……なるほど……ま、まあいいさ! 好都合だ! 行く手間が省けたぜ!」

「さすが勇者殿! まったく動じておらぬとは、あっぱれ!」

「と、当然だよ、当然! 日々進化し続ける天才だぜ俺は!」

 勇者はちょっと冷や汗をかいていたがクールに誤魔化す。

(だ、大丈夫! ちょっと驚いただけそれだけ! 昨日と同じ人数なら余裕よ余裕! こんなことで冷や汗かくなんて天才らしからぬ新陳代謝だぜ!)

 勇者は落ち着こうと深呼吸をして、汗をぬぐった。

「……それで、数は? 百人? ま、まさか二百人とか?」

「いえ、違うでござる」

 勇者はホッとした、ホッとしたことで英雄らしい新陳代謝に戻り、

「五万でござる」

 ビビりのチキン野郎らしい新陳代謝に戻る。

 結果、勇者の顔面から滝のような汗が噴き出した。

「……ご、五万? 五万人……ってこと?」

「そうでござる。五万の敵兵が西門に向かって来てるでござる」

 勇者は固まった。

「でも大丈夫でござろう。勇者殿ならばチョチョイのチョイという具合にやっつけてくれる、と王が言っていたでござるし」

「い、いや、でも……五万は、ちょっと……ねえ……えへへ……へへ……」

「またまた御謙遜を。王都の警備どころかこの国全体の警備も自分一人に任せろと王に進言したと聞いたでござるよ勇者殿。流石でござる、一人で五万の軍勢を相手にするなどとても常人には不可能でござるよ」

「あ……あ……あ……あ……」

 勇者は自分が口にした大言壮語を思い出す。

「では参ろうか、守護神よ。いや、日々進化し続ける破壊神でござったな」

「…………」

 勇者は顔を真っ青にして震えながらケンデル将軍の後をトボトボとついていく。

「(べ、便ブラぁぁぁぁぁ)」

「(だから調子に乗らないでくださいと言ったじゃないですか)」

「(お、俺が悪かったよ! もう調子に乗らないから何とかしてよブラえもん!!!)」

「(やめてください私猫型ロボットじゃないので。都合よく秘密道具は出せません)」

「(そんなつれないこというなよォォォォォォォ!!! 助けてくれたら好きなだけ便器の黄ばみをコスってやるからさぁ!!!)」

「(なんの罰ゲームですかそれで喜ぶと思ってるんですかッ!!??)」

 くだらないやり取りを続けた末に勇者はトイレブラシでさえ現状どうしようも無いということを悟り、ある決断を下す。

「(逃げよう)」

「(ええー……今更逃げるんですか……かっこ悪……)」

「(うるせえしょうがねえだろ!!! いくら俺が神に選ばれた、いや神そのものとしか思えない超天才であっても五万人を一人で相手にするなんて不可能だッつの!!! こんなの無理ゲー絶対無理、っというわけで――)」

 勇者は顔を真剣なものにすると――。

「ケンデル将軍」

「はい、なんでござるか勇者殿?」

 胡散臭いほど爽やかな笑顔でケンデル将軍を呼び止めた。

「ちょっと荷物を取りに部屋に戻りたいんだ。先に西門に行っててもらえるKANA☆? 後から追いかけるYO☆」

「確かに準備は大事でござるからな、わかったでござる」

 勇者の発言に納得した将軍は先に西門に向かった。そして将軍の後姿を見届けた勇者は――。

(貰った宝だけ持って逃げてやるぜぇぇぇぇけひょひょひょひょひょッ!!!! ホントは全部の宝を貰ってからにすべきなんだろうがこれだけでも十分遊んで暮らせるぜぇゲへへへへヒャハハハハハハ!!!)

 ゲス顔で笑うと一目散に駆け出した、向かう先は自分の部屋というの名の豚箱。

 着いた途端に地球から自分で持ってきたリュックに紙袋ごと宝をしまい込むと背負う。

(さらばウルハ!!! クソッタレなことが色々あったが、まあ恨まないようにするよ!!! だから俺の事も恨まないでくれ!!! このバカ国家は滅ぶべくして滅ぶのだッ!!!)

 言い訳がましい言葉を心の中で並べ立てた後、牢屋を出て西門とは反対の方向に向かおうと城を出た勇者だったが――。

「「「「「「「勇者様がいらっしゃったぞォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」」」」」」」

 城の外、そこには群衆が出来ていたのだった。

「「「「「「「勇者様ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」

 見渡す限り人、人、人。人波というべき人だかりがそこにはできていた。

 一般兵士から一般市民、子供、老人、犬、猫、鳥、全ての王都の住人の視線が勇者に集中していた。期待に満ち満ちたその視線は救国の英雄に向けられるもの。

 彼らは口々に言った。

「「「「「「「「頑張ってください勇者様ッ!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」

「…………」

 勇者は口をあんぐりと開けて固まる。

「(逃げられませんね)」

 トイレブラシの言葉が勇者を現実という名の絶望に叩き落した。

 五万人の敵兵に勇者は挑む。

 たった一人で。    

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ