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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
34/42

33話

 魔族と激闘を演じた数日後、勇者は王に呼び出されて玉座の間にやって来ていた。目が覚めてすぐにトイレブラシから聞いた話で魔族を倒しきれなかった事実を知らされていた勇者は美少女に囲まれるきっかけを失ったと当初はたいそう落ち込んだが、落ち込んでいても仕方ないと思い王の呼び出しに応じてここまでやってきたのである。

「いやぁ、アラン将軍から聞いたよ勇者君。大変だったね。だが無事『火竜の剣』の魔石を手に入れられてよかったよ、アンサムも『変態に追っかけまわされるのはもう嫌だから』と悪事を告白してお縄についたよ。まあ彼も反省してるみたいだし、そう重い罪に問うつもりはないがな、なはは!」

「そうっすか……」

「どうしたんだい勇者君、なんだかとても暗そうに見えるが……」

 勇者の暗い顔を見た王は何かを察したように声をかけ、勇者は疲れたように口を開いた。

「この国攻め込まれ過ぎじゃないっすかね……無駄に強い目玉焼きバカ共が滅茶苦茶攻め込んできてるんすよ……なんか数日前は魔族が襲いかかってきたし……国境とかの警備どうなってるんすか……?」

「警備は厳重のはずだ。我が国きっての精鋭が守ってるからね!」

「ちなみにその精鋭の名前は?」

「スティーブ将軍だ」

(パチンカスじゃねーか……)

 勇者は国境の警備がガバガバな理由を悟った。

「あの、本当にちゃんと仕事してますかねパチンカ、じゃなくてスティーブ将軍って」

「ちゃんとしているさ。信じてあげてくれ、仲間だろう?」

「…………」

 勇者は正直に言ってまるで仲間意識など持っていなかった、なぜならばスティーブ将軍やアラン将軍、ボブ、ブラック、ゴンザレスなどこの国で出会った兵士たちは一様に見な役立たずだったからだ。役に立つという言葉がどこをどうしても当てはまらず、それどころか足さえも引っ張ってくる。ゆえに仲間という言葉を聞き虫唾が走り、顔が歪む。

「そんな顔をするな勇者君。スティーブ将軍だけでなくアラン将軍やアルちゃんなんかもたまに国境を警備してくれてるんだ、な? 安心だろう?」

(どこがだよ……)

 役立たずが徒党を組んだところでいったいどれほど安心できるのだろうかと勇者はより顔を歪ませて王に見せた。

「いや、だからそんな顔をするな勇者君」

「すんません、あの、国境の警備をもう少しマシな人に変えて貰えませんかね?」

「どうしても信じられないというのかね? 確かにここ最近は結構攻め込まれているようだが、それでも私は彼らを信じている。私はね、同じ国で戦う君にも私と同じ気持ちでいてほしいんだ。彼らと過ごした日々を思い出すんだ勇者君、さあ目を閉じて」

 勇者は王に言われた通り目を閉じて彼らとの思い出を思い出した、共に過ごした日々を、共に戦った日々を。

 目を開けた勇者は王と見つめ合い、頷き合うと結論を出す。

「チェンジで」

「………」

「チェンジで」

 聞こえていないと思い繰り返すと王は悲しそうな顔をした。

「いいかい勇者君、今だってスティーブ将軍は真面目に警備を――」

「いやあ、大量、大量! 勝った勝った!」

 スティーブ将軍は紙袋に食料品らしきものを大量に詰め込み玉座の間に入ってきた。

「勇者様! 王! 見てください! 今日は勝ちましたよ! ハハハ! 今日は私の睨んだ通り絶好のパチンコ日和でした!」

「…………」

「…………」

 勇者と王は無言でスティーブ将軍を見た後、勇者は王に向き直る。

「チェンジで」

「……いや、だが、まだアラン将軍が――」

「助けてください王! お、おお! 相棒も一緒じゃないか! 私はこの国の兵だと言ってくれ!」

 兵士二人に連行された全裸のアラン将軍が玉座の間に現れた、相変わらず体にペンキを塗っている。腕をがっちりと掴まれ拘束されたアラン将軍はわめくように話し出した。

「聞いてくれ! 子供と追いかけっこをして遊んでいたら捕まったんだ! 酷いと思わないか!?」

「…………」

「…………」

 全裸の変態をまたしても互いに見合った勇者と王、そして勇者は再び言う。

「チェンジで」

「……ま、まだ、アルちゃんが……」

「お父様ーーー! 見てください! 新しい水着を買って着てみたんですが――きゃあ!?」

 白いビキニを着たアザラシの化け物が現れ勇者は思わず手で口を押さえて吐き気を堪える。

「……うっぷ…………チェンジで!」

「い、いや、しかし――」

「チェンジで!!!」

「いや、あの――」

「チェンジでッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「――わ、わかったよ勇者君、だから落ち着いてくれ……」

 勇者の気迫に負けた王はとうとう折れ、国境の警備を別の人間に変えることを許した。

「だ、だがいささか問題があるんだ。国境を守る詰所はある程度高い魔力を持つ人間じゃ無ければ入れないようになっていてね」

「なんでそんなめんどくさい設定にしたんすか……」

「いや、魔力の高い人間でなければ大事な国の国境を守れないと思って……」

「実際問題今守れてないんすけどね……」

 勇者は?マークを浮かべる職務放棄した役立たず三人を睨んだ後、王に問う。

「本当ならばスティーブ将軍たち国境を守るはずではなかったんだ、彼らは代理でね。専属の国境付近を守る警備隊があったのだが……」

「その警備隊はどうしたんすか?」

「解散してしまったんだ……国境付近を守る警備隊の隊長で、将軍を務めていたケンデルという男がいたんだが……」

 王の悲し気な雰囲気に何かただならぬ事情を感じ取った勇者は追及して良いのか困惑し口を閉ざす。

「……すまない、いつまでも気にしていてもしょうがないな――続きを話そう――ケンデル将軍、彼は……彼は…………」

 話すと言いつつも辛そうな王の様子はトイレブラシと勇者に様々な事情を連想させた。

「(何かあったんでしょうか、不慮の事故とか……)」

「(いや、たぶん、王様の雰囲気から察するに名誉の戦死を遂げたんだろうな。忘れそうになるけど今一応戦時中だし、そうでもなけりゃ欠員なんて出せるはずがない。だとしたらパチンカス達みたいなのに頼るのも頷けるぜ。流石にあの世に逝った人間は連れ戻せな――)」

「働きたくないと言ってやめてしまったんだ」

「連れ戻して来いよ……」

 勇者はもう泣きそうになっていた。

「なんで辞めさせちゃったんすかッ!? 今戦時中でしょッ!?」

「いや、うつ病にかかったらしいんだ。仕方ないよ、無理に働かせるわけにはいかない。労働基準法とかに違反してしまう」

「なに優良企業みたいなこと言ってんすかッ!? 有事の際にはそんなもん無視してくださいよッ!? 無理やりにでも働かせてくださいよッ!?」

「そんな冷たいことを言うもんじゃないよ勇者君。こういう時こそみんなで負担を分け合うものだ」

「その負担が全部俺にきてるんすよッ!!??」

 勇者は必死に呼び戻してもらおうと説得したが、王もその他役立たずも建前を言って頷くばかりでいっこうに話が前に進まない。

「もういいっすよ! 俺がそのケンデル将軍連れ戻してくるんで!」

「うーん……まあ、そうだな、そろそろ具合が良くなっているかもしれないし……よし、じゃあちょっと勇者君にお見舞いを頼もうかな。もし良くなってたら、一か月くらい様子を見させて――」

「すぐに連れ戻します」

「そ、そうか……ま、まあ勇者君にその辺は任せるよ。アルちゃん、ケンデル将軍の住所を勇者君に書いてあげて」

「わかりましたわお父様。勇者様……最初に言っておきますが、ワタクシのビキニをオカズになんてしな――」

「さっさと書けやッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 恥じらう五十代の白ビキニを一喝した勇者はスティーブ将軍たちに国境警備に戻るようドスを利かせた声で言い任務に戻らせると住所のメモを持ってケンデル将軍の自宅に出かけた。

「ったく、どうなってんだよ。どいつもこいつも……まったく、このアホみたいな世界に俺みたいな天才は似合わないぜ。この国の連中にもちょっとは頭を使ってほしいっての」

「アハハ! 勇者様に言われたらお終いですね!」

「お前もお終いにしてやろうかぁ?」

「い、いえ、遠慮しておきますです……」

 人目の少ないところで勇者はトイレブラシと会話していたが、城から町に入ったため会話をやめ、黙々と歩きながらアルトラーシャが書いた地図の場所にやってきた。

「ここがケンデル将軍の家か……普通なんて贅沢は言わないからパチンカス達よりもマシな人が出てきてくれると嬉しい、けど……」

 どこにでもありそうな二階建ての一戸建て住宅を見上げながら勇者は立ち止まる。

「どうしたんですか? 入らないんですか?」

「いや、入るよ……入るけどさ……」

 家のドアノブにかかる手が止まり、勇者はそれきり動かなくなった。

「なんですか? 何か心配でも?」

「心配つーか……なんか、また変な将軍が出てくるんじゃないかと思って……だって最初が借金まみれのパチンカスで次が露出狂の変態だったからさ……」

 勇者の頭にはあることわざが浮かんでいたのだった。

「二度あることは三度ある、ってことですか?」

「そうだよ……バカみたいな理由ではあるが休戦中とはいえ戦時中に国境警備の任務放棄する将軍だぜ? 明らかにパチンカス達の仲間っぽいじゃん……」

「でも本当に具合が悪くて仕事をやめたのかもしれないですよ?」

「そうなのかなぁ……なんか信用できない……仮病なんじゃねえのか?」

「とにかく入ってみましょうよ。じゃなきゃ何もわかりませんよ」

「そうだよなぁ、はぁ、めんどくせ」

 勇者は悩むのをやめ、とりあえず会ってみようと決意し、扉をノックした。

 コンコン、木でできた薄い扉に軽快な音が響く。

 だが中から反応が無い。

「……なんだ、留守か?」

「どうでしょう。もう一度やってみたらどうですか?」

 勇者は絶妙に嫌そうな顔でもう一度ノックした。

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。もしかしたらケンデル将軍の家族の中に超美人のお姉さんがいてそのお姉さんが出てくるかもしれませんよ?」

「ふぅ、仕方ない。ヤル気を出すか」

 勇者は顔を引き締めて今できる最高の顔を作った。

「単純ですねぇ……」

 トイレブラシの非難など聞く耳持たない勇者はキリッとした顔でさらにノックした。

 それから間もなくであった、扉の内側から足音が聞こえてきた。

(ぐへへ、来た来た)

 そして扉が内側から開けられると勇者は最高の笑顔を作り、扉の向こうの人物――。

「あらどちら様?」

 パンチパーマのおばさんに向けた。

(……ババアじゃねえか……)

 笑顔のまま眼に涙を溜めた勇者は空を仰ぐ。


「あら、そうなの? お城で雇われてる勇者さんなの? すごいわねぇ。うちのケンちゃんもね、将軍だったのよぉ。うふふふふふふふふふふ」

「はぁ、そっすね……」

 事情を説明し、居間に通された勇者は椅子に座らされ、対面に座ったケンデル将軍の母親と茶をすすりながらなぜか談笑させられていた。

「(おい便ブラ……ババアじゃねえか……)」

「(私はかもしれないと言っただけですよ。必ず出てくるなんて言ってません)」

「(クソが……この国はババアしかいないのか……)」

 勇者の淡い期待はあっさり打ち砕かれ再びテンションが下がる。

「それでケンちゃんは運動会で――」

「あのすいません。そろそろ本題に入ってもいいっすかね?」

 さっさと終わりにしてしまおう、勇者は切り替えると居間に通される前に一通りザッと話した事情について言及した。

「さっき説明したとおり俺は王様からの使いでケンデル将軍の様子を見に来たんです。それで将軍の体調はどうですかね?」

「そうねぇ……ケンちゃんの体調だけど……あまりいいとは言えないのよ……」

「そうなんですか……」

 母親の暗い顔からケンデル将軍の体調がよっぽど悪いことを勇者は悟る。

「うつ病って聞きましたけど……そんなに悪化してるんですか……?」

「ええ……」

 ケンデル将軍の母親は一度口を閉じてお茶を啜り、再び話し始めた。

「日に日にやせ細っていってね……目元もくまだらけ……たまに奇声を夜中にあげることもあって……もう私もどうしたらいいのか……」

「そこまで酷いんですか……」

 勇者はケンデル将軍をどうせ仮病か何かでズル休みしているダメな大人程度にしか考えていなかったが、どうにも違うらしく、己の勝手な勘違いで将軍を侮辱したことを恥じた。

「(これは本格的な心の病みたいですね)」

「(そうみたいだな。うつ病舐めてたわ、結構大変なんだな……)」

 勇者は将軍を連れ帰ろうと思っていたが考えを変える。

「……それじゃあ職場復帰は無理そうですね。わかりました、王様にもそう伝えておきます」

「ごめんなさいねぇ。ケンちゃん食事すら喉を通らなく――」

『母上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! お腹すいたでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!』

 二階と思しき場所から元気で張りのある声が響き、母親の声を遮った。

「……すいません。誰の声ですか?」

「け、ケンちゃんの弟のケンザルっていう子がいるのよ! その子が二階に――」

『母上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 拙者お腹ペコペコでござる!!! 拙者の大好物のケンデルオムライス大盛りを所望するでござる!!! 上にケチャップで拙者の名を書いてくだされ!!! ケンデルって!!!』

 勇者は冷や汗をかいて笑顔で固まるケンデル将軍の母親をジト目で睨んだ。

「せっかく来たのでちょっとお顔を見てきますね」

「ま、待って! 勇者さんちょっと――」

 勇者を止めようとする母親のタックルを華麗にかわした勇者は二階に素早く上がり、『ケンちゃんのお部屋』と書かれたプラカードの下げられた扉の前に立ち止まるとドアノブに手をかけた。

「さ、させないわ!」

 がケンデル将軍の母親が先にドアノブを掴み、開けるのを阻止する。

「だ、駄目よ勇者さん! ケンちゃんうつ病なのよ!」

「その割にすごい元気そうでしたけど。ケンデルオムライス大盛り食べられるんでしょ?」

「で、でもほら勇者さんに移ったら――」

「いやうつ病は移らないでしょ……」

 見苦しい言い訳を繰り返す母親を無視した勇者は扉を強引に開けて中に押し入った。

 ガチャ、扉が開き薄暗い部屋の中に乗り込む。

「母上早かったでござるな! もう少しかかるものと――って誰だお主はッ!?」

 部屋の中にいたのはアンサムと同じかそれ以上に太った男だった。黒いボサボサの髪に脂ぎったメガネをかけたその男は赤いジャージを着てベッドで寝そべっていたが入ってきた勇者を見て驚きベッドから転げ落ちる。

 今まで二人の将軍を見て来た勇者は男を見た瞬間一目でピンと来た。

(こいつがケンデル将軍で間違いなさそうだ……)

 ダメ人間の香り、スティーブ将軍やアラン将軍と肩を並べても問題ないくらいのダメオーラがベッドから転げ落ちた男から発せられていた。

(それにしても……)

「い、いつまで黙ってるつもりでござるか無礼者!」

「健康そうじゃねーか……」

 勇者はブクブクに太った中年の男をまじまじと見つめてからそう言った。

「さっき言ってた内容とずいぶん違いません?」

「いや、それは、あれなのよ……」

 あたふたする母親に対して勇者は冷静に問い詰める。

「目元にくまがあるとか言ってましたけど……」

 ケンデル将軍の目元は健康そのものだった。

「痩せてるとか言ってましたけど……」

 豚のように肥え太っていた。

「夜中に奇声は……あげてそうだな……」

「なんででござるかッ!? 否定するなら最後まで否定してくだされッ!?」

 ケンデル将軍は勇者に抗議したが勇者は無視して母親を見た。

「なぜ嘘を?」

「母上を責めないでくだされ! 全ては拙者の責任!」

「ほお、言うじゃないか」

 母親をかばうようにして立ったケンデル将軍に勇者は少し感心した。

「事情は話すでござる、ただその前に聞きたい。貴君は誰でござるか?」

「ああ、そうだな。自己紹介が遅れた。俺は勇者として異世界からこの国に招かれた者だ」

「なんと、では貴君は異世界から召喚された勇者なのでござるか!? ……あ! そういえば城をやめる前に異世界召喚するとかしないとかアルトラーシャ姫が言ってたのを思い出したでござる!」

「そうだよ……で、招かれてみたら召喚の魔法陣とか諸々のことをババアは忘れてやがったし……水道直して帰らされそうになったり……戦時中だって知らされたり……戦時中なのに兵隊とか王侯貴族は海に遊びに行ってやがったし……戦争の理由が目玉焼きに何かけるかだったり……それなのに敵は無駄に強いし、なのに味方は役に立たねえときてる……何回死にかけたことか……ったくやってられっかよ……財宝見せられてなかったら俺がこの国滅ぼしてたぜマジで……」

「(勇者様!)」

 勇者はケンデル将軍とその母親が呆然としていることをトイレブラシの言葉で気が付いた勇者はゴホンゴホンとわざとらしく咳ばらいをすると誤魔化した。

「ま、まあとにかく俺は王様に雇われてるってことだよ。この国の兵隊と一緒ってわけ」

「な、なるほど。委細承知した」

「んで、事情を説明してくれるかな? なんで母親にまで嘘つかせて仕事に来なかったんだ? 最初はどうだったか知らないけどもう元気そうなんだから来てくれよ。今国境の警備がガバガバ過ぎてさ、目玉焼きバカ共がすごい侵入してきて困ってるんだよ。ほらアンタの同僚のパチンカスと変態、あとババアが守ってるらしいんだけどさ、これが本当に仕事してんのかよってレベルでさ。だから出来れば前任者のアンタに戻ってきてほしんだよ」

「そういうことでござったか。だが拙者も戻ることはできない」

「なんで? なんかまだうつ病以外に戻れない理由あんの?」

 つらそうにうつむく将軍の顔を見た勇者は首を傾けた。

「……実は……」

「うん、実は?」

 事と次第によっては引き下がろう、深刻な顔の将軍を見て決めた勇者は将軍が話し出すのを待った。そして――。

「拙者働きたくないのでござる」

「……うん、いや、何か理由があって働きたくないんだよな? で、その理由が聞きたいんだよ俺はさ」

「働きたくない、これが理由でござる」

 …………。

 しばらく勇者は固まっていたが、

「……は? いや、働きたくない、ことが……理由……ってどういう……」

 動き出した勇者は意味がわからないと将軍に伝える。

「つまり拙者、働くという行為が嫌なのでござる。だから働きたくないのでござる」

「……理由になってなくないか?」

「どこがでござるか! 立派な理由ではないか! 朝から晩まで働いて働いて働いて、もう拙者疲れてしまったんでござるよ! うつ病までこじらせてしまったんでござるぞ! 働くという行為が嫌になっても仕方ないと思うでござる! 勇者殿だってあの城で働いていてつらくはなかったのか!?」

「それは、まあ……」

 勇者はいくつかの任務を通してこの国がたいそうおバカなことを自分の事を棚に上げながら感じていた。その結果必要以上に自分が苦労し、挙句の果てに死にかけているという事実が将軍の言葉をより重く勇者に伝えたのであった。

「毎日毎日毎日朝早くから夜遅くまで国境の警備に従事して、必死に働いて働いて働いてるのに給料は雀の涙ほどしかないんでござるぞ!!! 将軍なのに、責任ある立場で毎日必死に重圧に耐えているのに大した見返りは無い! こんな酷いことがあっていいのか! 否、いいはずがない!!!」

「ケンデル将軍……」

 勇者はケンデル将軍がいかに過酷な任務に従事していたのかを、その迫力から実感した。

(確かに、あのバカ共に囲まれて仕事するのは大変そうだ……主に尻拭いが……)

 勇者は将軍に同情した、だが――。

「……でもさ、ほら一応戦時中なわけだし……休戦協定結んでるとはいえ現に敵国からちょくちょく刺客送られてきてるわけだしさ……いつ戦争再開するかもわかんないんだし……もうちょっと頑張ってみないか?」   「勇者殿は知らないのでござる……拙者がどれだけ必死に頑張ってきたかを……死ぬ気で頑張ってきた拙者にお主はまだ頑張れというのか?」

「う……」

 過去を思い出して涙を浮かべ、何かに耐えている将軍に対して勇者は何も言えなかった。

(……もし仮にケンデル将軍が……俺の来る前にパツキンやガングロ、魔族クラスの化け物とずっと、それこそ仕事やめるまで戦ってたんだとしたら……どれほどの強敵と会いまみえ、傷つき倒れてきたんだろうか……こっちの世界に来てそんなに経ってない俺ですらもう何回も死にかけてるのに……)

 そう想像すると勇者は将軍が仕事放棄したくなるのも頷けた。

「……勇者殿も国境の警備を担当すればわかるでござる。拙者の気持ちがいやでも理解できるでござるよ」

「そんなにすごいのか……」

「地獄、とでも呼べばいいのか、拙者にはそれしか言えないでござる。ぐうううううううううう!!! 話していたら過去の記憶がフラッシュバックして、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「お、おい! 大丈夫か!?」

「け、ケンちゃんしっかりして!」

 将軍が頭を抱えて苦しみ出し、母親が将軍を抱擁し介抱する様子を勇者は見届けた。その後将軍が落ち着いたのを見計らって母親に今日のところはこれで帰ると伝えて家を出た。

「(いやービックリしましたね。突然苦しみだして)」

「(ああ。にしてもそんなにヤバイ仕事だったのか国境警備って……アロハ馬鹿、パチンカスや変態、ババアが適当にやってたから俺のところに負担がきてたってことを踏まえると、俺が来る前はその負担を負ってきたのがケンデル将軍なんだろうな。ケンデル将軍が今まで真面目に仕事してたからこの国はきっと存続できたんだろう、謎が一つ解けたぜ)」

「(それでこれからどうするおつもりですか?)」

「(そうだなぁ……とりあえず俺も国境の警備についてみるかなぁ。同じ職業を経験しておけば説得も今より簡単になるかもしれないし……まあ最悪の場合は連れ戻せなくてもいいと今の俺は思ってるよ。パツキンたちと戦ってみてわかったけどありゃ確かに激務だわ。それを俺よりも長くやってきた将軍に無理強いなんて出来ねえよ、この短期間でも俺は疲労困憊ですでに死にそうだしな……)」

「(そうですか…………まあイケメンさんたちの襲撃は国境警備には関係ないと思いますが……)」

「(え? 今なんて言った?)」

「(いえいえ何でもないです! それじゃあいったん城に戻りましょうか! え、えへへー!)」

「(……まあ、いいか……さっさと戻ろうっと)」

 トイレブラシが小声でつぶやいた言葉に勇者は反応したが、トイレブラシに誤魔化され城への道を進み始めた。城に着いた王に今までのことを説明し、国境警備の仕事の任を受け、一日だけ国境警備の仕事に就くことが決定した。

 そして翌朝。

 勇者はスティーブ将軍、アラン将軍、アルトラーシャが担当していた国境警備の任を受け、国境近くの町セルゲレンにやって来ていた。本来ならば三日以上かけなければセルゲレンに到着しないところなのだが勇者はものの数分足らずで王都からこの場所にやって来ており、町から少し離れた国境に隣接された砦の中を見て回っている最中であった。

「どうですか勇者様! すごいでしょう転移魔術というものは! 使用魔力が膨大過ぎるのと難解な術式構築によって通常は発動が困難なのですが地脈を利用してこれらの難点をカバーしているのですよ! 本当ならば数百人がかりでバックアップを行ったとしてもせいぜい一人か二人程度しか転移させられないのですが、ラムラぜラスと王都を繋ぐ地脈をうまく使い転移魔術を――」

「いや、説明はありがたいんだけどさ……なぜいる……?」

 城の地下から転移魔術でセルゲレンに存在する砦に飛ばされた勇者であったが、なぜか一緒についてきたスティーブ将軍をジト目で見て真意を問う。

「勇者様お一人をいきなりセルゲレンに向かわせるのは少し酷なのではと思い、このスティーブも共について行くことを王に進言いたしました」

「……つまり、手伝ってくれるってことか?」

「ええ、その通りです。砂漠で生死の境をさまよったもの同士です、きっと抜群の相性ですよ私たちは」

「生死の境をさまよった原因はアンタなんだけどな……」

「ハハハ、またまた御冗談を」

「冗談じゃねえよ……」

 勇者は将軍の言葉を今一つ信用していなかった。

(こいつが砂漠で貴重な水を大量に使ってパスタ作ったり、風呂に入ったことを俺は生涯忘れない……)

 スティーブ将軍の無能っぷりをよく知っていたために勇者はため息をついた。砦の中を一通り見て歩きながら勇者はキチンと将軍として正装したスティーブに再び目を向ける。赤を基調とした軍服は金色の装飾が施されており、砂漠にいた時よりは見た目だけは本当に将軍らしいものになっていたがやはり疑わしい。

「……で? そろそろ本音を聞かせてくれよ? 本当は何しに来たんだ?」

「酷いですぞ、勇者様。苦楽を共にした者の発言を疑うなど」

「アンタと共にしたのは苦だけだよ楽なんてしてない、そしてその苦もアンタが俺に提供しただけだ……いい加減吐けよ、昨日警備サボってたくせになんで今日に限って俺と一緒に来る気になったんだよ?」

「勇者様からケンデル将軍の話を聞き、心を入れ替えたのです。今まで彼だけに負担を押し付けてきた、そう思うと私はもう心が苦しくて、もうどれくらい苦しいかと言うと――」

「ふーん……ん?」

 砦の内部を一通り見た勇者は将軍と共に砦の外側を見て歩くことになり、外に出て歩いていたが何かを踏みつけたことに気づき立ち止まる。踏みつけたものは何かのチラシのようで、延々と自分の反省を口にする将軍をよそに勇者はそのチラシをもっとよく見るため手で拾い上げる。

「――というわけなのですよ。というか、ケンデル将軍を想う以外に何か理由があるとお思いか!?」

「思うね、ってかこれが理由だろ……」

『パチンコ☆セルゲレン店~リニューアルオープン~』

 勇者は踏みつけたパチンコ屋のチラシを将軍の顔に突きつけた。

「…………」

「おいなんか言えよ」

 冷や汗をかきながらそっぽを向いた将軍を勇者は問い詰める。

「い、いえ……ちが、違いますよ……!」

「新台か? 新台が目当てか?」

「ち、違うと言っているではないですか! い、言いがかりはやめてくだされ! 私は職場復帰できないケンデル将軍の代わりに――」

「「「スティーブ! 遅かったな!」」」

 Yシャツ、作業服、Tシャツ姿の三人の中年のオヤジが満面の笑みを浮かべて近づいてきた。

「早く並ぼうぜ!」

「もう結構な行列ができてるんだよ!」

「みんな新台目当てだろうな! 俺なんか楽しみで楽しみでさ!」

 将軍の周りを取り囲むように現れたオヤジたちは楽しそうに会話をし始め、スティーブ将軍は顔面蒼白で固まっていた。

 勇者はそんなオヤジたちに一言。

「お友達ですか?」

「い、いや、ちが――」

「「「パチンコ仲間さ!!!」」」

 将軍の言葉を遮り元気よく三人は答えた。

「へぇ、そりゃあいいですね。アハハ!」

 と愛想よく三人に返した後、将軍の襟を強引に掴んで無理矢理顔を引き寄せる。

「働けなくなったケンデル将軍の代わりにパチンコ打ちにきたわけかぁ、すごいなぁ。とても常人には理解できない発想だよぉ、流石パチンカスだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!!!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ……!?」

 パチカストリオに気づかれないようにドスを利かせた声で将軍にプレッシャーを与える勇者の眼は血走っており悪魔のような形相だった。

「お、おたすけええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 勇者の手を振り払った将軍は一目散に逃げだし、その後を三人のオヤジが追っていった。おそらくパチンコ屋に向かったのだろうよ勇者は予想した。

「(……いいんですか、行かせてしまって)」

「(いいよ、アイツいたってどうせ役に立たないだろうし。さっさと仕事しよう)」

 トイレブラシの心配をよそに勇者は砦の外周部の視察を終えて砦内部に帰還した。

「(さて、視察完了したわけだけど、次はどうすりゃいいんだ?)」

「(この砦の中の人たちに色々話を聞いてみたらどうですか?)」

「(そうだな。最近の動向とか色々聞くことはあるし、聞いてみるか)」

 最近の様子を聞くために近くにいた兵士を捕まえる。

「なあ、最近この砦でおかしなこととかないか?」

「おかしなこと、ですか……うーん……特には無いですね」

「そうなのか? でも王都の方に滅茶苦茶強い奴らが現れて最近大変なんだよ。幸い俺が全員撃退してるけどさ、これ以上続けるとぶっちゃけ俺が体がもたないんだよね……」

「大変ですね」

「そんな他人事みたいに言うなよ……」

「あはは、すみません。でも本当に最近は怪しい人間は誰も通ってませんよ。問題はなにも起こってませんし、毎日楽です。いやーこんな簡単な仕事に就けて私はとても幸せです。こんなホワイトな職場は初めてです、最初からここに志願しておけばよかったなと就任した初日に思いました」

 嬉しそうに笑う二十代半ばの鎧を着た兵士は笑う、その表情からはいっさいの嘘偽りは感じられず勇者は首をひねった。

(おかしいな……怪しい奴は誰も通ってないって、じゃあパツキンたちはなんなんだよ……でも思い返してみればあんな敵意満々のアホみたいな魔力量を持つ奴らが近づけば魔力持った奴ならすぐに気が付くはず、王都になんの報告も来てないのは変だ……ここの国境以外の場所から王都に入ったってことか? 確かにパツキンたちが現れた場所はバラバラだったけど……どうなってるんだよ…………ん?)

 勇者は兵士が口にした言葉を今更ながら思い出し、目を点にする。

「……な、なあ、今、ホワイトな職場って、言わなかった?」

「ええ、言いましたよ」

「で、でもケンデル将軍は地獄のような日々を過ごしてたって言ってたぞ!? それって大変な職場だったって事じゃないのか!?」

「……大変な職場?」

 何を言っているのかわからないといった様子の兵士。

「あ、ああ、そうか! なるほど、アレだよな!? 今は大変じゃないってだけで、ケンデル将軍が勤務してた時は敵国の連中からしょっちゅうちょっかい出されて戦いまくってたってことか! そうだよな?」 

「ケンデル将軍がいた時から大して変わってませんよここは。よろしければここの兵士たちの勤務時間と勤務内容をお教えしましょうか?」

「え、ああ、うん、じゃあ、おね、がいしようかな……」

 勇者は兵士から砦の警備に当たっている兵士の日々の勤務の内容と将軍が警備隊と共に警備していた時の内容を全て聞いた。


 それから数時間後、時間はお昼頃だった。

「こんにちわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!!!!」

「うわッ!? な、なにごとでござるかッ!!??」

 勇者はケンデル将軍の家に押し入り、ケンちゃんのお部屋の扉を蹴り破って中に侵入した。するとそこには半熟オムライスを口いっぱいに頬張るケンデル将軍がおり、侵入してきた勇者に驚いてオムライス吹き出す。

「ゆ、勇者殿ッ!? いったいなんのようでござるかッ!?」

「連れ戻しにきたんだよ! さあ一緒に行こうか砦に!」

「い、嫌でござる! あの地獄のような日々に戻るのは嫌でござる!」

「どこが地獄だよ! 聞いてきたぞお前の今までの勤務時間と勤務の内容全部な!」

 勇者は将軍の襟首をつかんで引きずって行こうとしたが将軍はベッドに掴まりそれを拒む。

「勤務時間と勤務内容を聞いてきたのならばわかるはずでござろう! 拙者の苦しみが!」

「わかるかボケッ!!! あれのいったいどこに苦しみを感じろって言うんだよ!!!」

「全部でござる! 例えば勤務時間は――」

「午前中で終わりだって聞いたぞ!!! しかも日が完全に昇ってからだって言ってたから実質的に二、三時間程度しか働いてねーだろ!!!」

「じ、時間だけではござらんぞッ! 勤務内容は苦痛の連続で――」

「適当に見張りをやってあとはゲームしながら酒飲むことが苦痛の連続なのか!!! 苦痛の意味をもう一度学校で勉強し直して来い!!!」 

「きゅ、休日の数が少なく、地獄のような――」

「週休五日だってな!!! 俺の世界にきて働いてみろ!!! 真の地獄を教えてやるッ!!!」

「きゅ、給料がスズメの涙ほどで――」

「月給八十万がスズメの涙か!!! ずいぶんデカいスズメがいたもんだな!!! ってか異世界にスズメなんていんのかよ!!!」

 将軍の発する言い訳を次々と切り捨てていった勇者はさらに力を強めて引っ張る。

「ゆ、勇者殿! ま、待つでござる! 話せばわかるでござる!」

「話してもわからねーよ!!! ふざけやがって!!! どんだけ悲惨な勤務内容かと覚悟して行ったっていうのに、ゆとり教育も真っ青なゆとり勤務!!! しかも、しかもだ!!! 俺よりも給料が高いときていやがる!!! ふざけてるだろ!!! なんでだよ!!! 明らかに待遇が違いすぎるだろ!!!」

「ゆ、勇者殿は異世界から派遣されて来たのでおそらく派遣社員扱いだと思うでござる……」

「俺って派遣社員扱いだったのッ!!!!!?????」

 勇者は愕然としながらも手の力を一切緩めなかった、そしてついにベッドから引きはがすことに成功する。

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!! 母上ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!! 助けてくだされえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

「アハハハハ!!!! 無駄無駄無駄!!! お前の母ちゃんならさっき買い物に出かけたよ!!! 実は働かないお前のことをたいそう心配してたんだそうだ!!! ケンちゃんが社会復帰できるようによろしくってよろしくされちゃったよアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!」

「そ、そんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 勇者に引きずられたケンデル将軍はついに外に連れ出され、無理矢理外出させられたのだった。


 暴れる将軍を引きずりながら城までやってきた勇者は城の地下から転移魔術の陣を使い、国境付近の砦にワープした。

「い、嫌でござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! 働きたくないでござる!!! 絶対に働きたくないでござる!!!」

(しかしムカついた勢いで連れ戻しちまったけど……)

 ここに来て冷静になった勇者は歩きながら当初の趣旨を思い出す。

(こいつやこいつが率いていた部隊が大して苦労してない連中だったなら……連れ戻しても意味ないんじゃないだろうか……いや、意味ないってことはないか。パチンカスや変態、ババアよりはマシなはず……そうあってほしい……いやというかそれ以前に砦の警備が今も昔もガバガバなら勤務体制そのものを変えなきゃ俺一人がまた苦労するだけだよな……午前中勤務体制だけでも変えてもらうようにアロハ馬鹿に掛け合って――)

「働きたくないでござる!!! 絶対に働きたくないでござるッ!!!」

「あーもう、うるせえな! なんでそんなに働きたくねーんだよ! 超が付くほどホワイトな職場じゃねえか! ってかこんなもん仕事じゃねえよ!」

 勇者は構わず将軍を引きずりながら砦の中をズンズンと進んでいく。

「わ、わかったでござる勇者殿! ちょっと、ちょっとだけ待って欲しいのでござる! 後二月、いや三月ほど待ってくれれば働くでござる!」

「何言ってんだよ。明日から頑張るみたいなこと言ってる奴よりひどいじゃねえか。だいたいそういうこという奴に限って何日もなにもやらず放置した挙句期限過ぎても結局やらないでダラダラと期限だけ伸びていくんだよ。いつやるかって言われたら、今って答えろよ」

「そんな有名予備校講師の名言みたいなこと言われましても……」

「なんでお前異世界人なのにそんなこと知ってんだよ……」


 勇者と将軍が漫才しながら砦の中を歩いている中、はたから見ればバカ話をしている二人を見てトイレブラシは強烈な違和感を感じていた。そしてその違和感の中から、知っている情報と『結末』を組み合わせて『過程』について推理し始める。

(……勇者様の世界の情報が結界内部の人間に混ざり始めてる……なるほど……今までの戦いからなんとなくこの『おかしな世界』の事情が読めてきましたよ……だとすると金髪のイケメンさんたちは勇者様にとって味方ってことになりますよね……これは教えてあげるべきなのか…………いや、やめておきましょう。なりゆきに任せると最初から決めてましたし、これを伝える必要はありませんね。何よりそうでなければ勇者様の『特性』と戦いぶりを確かめられませんし、私自身が納得できませんもんね。というわけですみません勇者様、エクスカリバーちゃんは黙秘します)

 トイレブラシはそう決意すると黙って二人の会話に聞き入る。


「よし、着いたな」

「いや、待ってくだされ! 後生でござる、後生でござるから!」

「いい加減覚悟決めろよ、男だろ?」

 砦の中にある兵士たちの詰所にやってきた勇者は将軍の首根っこをしっかりと掴みながら扉をノックする。すると扉が開き、一人の若い兵士が顔を出した。

「ああ、これは勇者様。またいらして――け、ケンデル将軍!? ケンデル将軍ではないですか!? みんな! ケンデル将軍が戻られたぞ!」

 若い兵士の呼び声につられて詰所の中にいた兵士全員が一斉に顔を出し、将軍を取り囲む。

「よかった! 戻られたのですね!」

「ケンデル将軍! 再会できるのを楽しみにしておりました!」

「また警備隊を結成する時がきたのですね!」

 口々に将軍と再び出会えた僥倖を喜ぶ兵士たちを見ながら勇者は思う。

(なんだ、そこまで激務でもない仕事でうつ病なんてありえないから職場でトラブって戻ってきづらくなってたのかと思ってたけど……違うみたいだな……じゃあなんでこいつここまで頑なに戻ってきたがらなかったんだろうか?)

 地獄のような日々と偽り、うつ病でもなさそうな将軍がなぜ砦の警備を頑なに拒んでいたのか。その理由だけはいくら考えても勇者にはわからなかった。部下達に愛され歓迎されているにも関わらず将軍の顔は暗い、その理由を推し量ろうにも勇者には情報があまりにも少ない。

 だからこそ問うしかなかった。

「……なあ将軍、そろそろ教えてくれないか? アンタはどうして仕事をやめたんだ? うつ病ってのはウソなんだろ?」

「それは……」

 バツの悪そうな顔した将軍は下を向いて兵士たちや勇者の視線から逃げる。

「大丈夫だって、どんな理由だってここにいる兵士たちなら受け入れてくれるさ。なあ?」

 勇者が目配せすると、兵たちはしきりに頷いた。

「将軍、何かつらいことがあるのなら教えてください!」

「我々にできる事ならばいくらでも協力します!」

「戻ってきてください!」

「「「将軍ッ!!!」」」

「き、貴君ら……拙者、拙者は……」

 感動的な空気の中勇者は思う。

(これでくだらない理由だったらボコる)

 勇者の決意を知らない将軍は涙で目を潤ませると、ついに理由を述べるために口を開く。

「……実は……」

「うんうん実は?」

「……拙者、怖かったんでござる……」

「怖かった? どういうことだ?」

 理由を話し出したが内容が抽象的すぎるため要領を得ない、そのため勇者はもっと具体性のある説明を求めた。

「……少し、前の事でござる……拙者が国境付近を警備していた時、敵国の連中が現れたことがあったのでござる……そしてその時は戦ってなんとかカッコよく撃退に成功したのでござる……そう、あれはちょうど王たちが海に遊びに行く直前の時の話でござるよ」

(パツキンたちの仲間か? でもだとしたらよく生き残ったなコイツ)

 勇者は魔力感知能力から将軍の魔力量をおおよそ理解していたがお世辞にも強力とは言えず、レオンニールたちの仲間と戦闘して無事に生き残れたとは思えなかった。

「だが、その時勝ったものの拙者は瀕死の重傷を負った……そして敵はまたくると言って去って行ったのでござるが、拙者はその時以来戦うのが怖くなってしまったのでござる。また戦えばきっと拙者は殺される、そう思うと手が震えて……ゆえにうつ病を患ったなどど言って職を離れたのでござる、情けない話でござろう?」

「そんなことがあったのか……でも別に情けなくはないと思うぜ、しっかり戦って自分の役目を果たせたんだしさ、自信持てよ。アンタはよくやったって」

「勇者殿……ありがとうでござる、ありがとうでござる」

 将軍は勇者の手を握って繰り返しお礼を言った。

「それよりも、将軍が瀕死の重傷負ったなんて聞いてなかったぜ俺。お前らに色々聞いたけどそんな話しなかったよな?」

「無理もないでござるよ、部下たちを不安がらせないようにとあの時は階段から転んだと言ってごまかしたでござるからな」

「そんなもんで誤魔化せるのかよ瀕死の重傷って……」

 勇者は詰所の兵士たちに非難の目を向けた。だが兵士たちも将軍の話を聞いて思うところがあったのか、勇者の視線など気にも留めないほどに考え込んでいた。

「…………将軍が怪我したことなんてあったか?」

「……いや、俺は知らない。お前はどうだ?」

「知らないな……海に行く一週間前は俺海パン買いに行ってたし」

(こいつら……)

 勇者はあまりにもひどい物言いに眉をひそめる。

(瀕死になるまで必死に戦った奴の傷を忘れるなんて。なんてヒドイ連中だ……)

 そんな中、勇者が兵士たちに物申すために口を開きかけた時だった。

「思い出しました!」

 一人の兵士が元気よく言った。

「確かに将軍は海に行く直前、怪我をしていました。私が治療したのを思い出しました」

「いや、思い出したってさ……」

 『そんな一大事そもそも忘れるか?』そう思った勇者は顔を引きつらせる。

「……ちゃんと覚えてろよ……瀕死の重傷だったんならさ、いくらなんでも――」

「ああ、俺も思い出した! 膝をすりむいたって将軍が泣いてたの今しがた思い出しました!」

「俺も思い出した! あれのことか!」

「将軍が泣きながら帰ってきたあの時のやつか!」

 一人の兵士を皮切りに一斉に兵士たちは将軍の瀕死の重傷について話し始めた。

(いや……絶対それじゃないだろ……)

 勇者は『瀕死』という言葉の意味を兵士たちに叩き込もうかと本気で考えたが――。

「そうでござる、その時の傷でござる」

「…………」

 将軍はズボンをたくし上げてその時の傷を見せようとしたが完全に治っており影も形もなかった。

「傷は癒えたものの、このヒドイ重傷から立ち直れなかった拙者は城をやめて病気療養を名目に心の傷を癒して――いた、痛いでござる勇者殿ッ!? ぐ、ぐるぢいッ!!??」

 勇者は将軍の胸倉を右手で掴み上げると空中に釣り上げた。 

「すみません、傷薬ぬって、ばんそうこう張り付けてお終いだったので忘れてました」

「いや君は悪くないよ、悪いのは全部コイツだから」

「ぐ、ぐぶ、こ、こぉぉぉおぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!??」

 兵士の謝罪を聞いた勇者は即座にそう返し、さらに高く将軍を持ち上げて窒息させようとした。吊るされた豚のようにジタバタともがき苦しむ将軍を勇者は冷たい目で見上げる。

「(勇者様、死んじゃいそうですからそろそろ……)」

「(ちッ、わかったよ……)」

 トイレブラシの声を聞き、勇者が将軍の胸倉から手を離すとドスンという音を立てて将軍は床に落下した。

「な、なにをするでござるか! 死ぬかと思ったでござるぞ!」

「そりゃよかった、『瀕死』って言葉の意味がわかっただろ?」

「酷いでござる!」

「酷いのはどっちだ! どんな真実が待ち受けているのかと思って真剣に聞いてたのに結末はこれか! これならうつ病で仕事休んでたって理由の方がまだマシじゃねーか! 膝すりむいただけでビビりやがって、そんなんで心病んでる奴いねーよ!!!」

 勇者と将軍が口論し始めたその時。

 ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!!!!

 なんともいえないような音が砦の中に響き渡る。

「な、なんだ!? 何事だよッ!?」

 勇者は驚いて周りの兵士たちに説明を求めたが、皆も慌てているようでドタドタと音を立てながら部屋を駆け出していく。結局残ったのはガクガクと震える将軍だけで、他の兵士たちは全員詰所から出て砦の内部と外部に別れて散って行った。

「おい将軍! なんだ! どういうことだこれは!」

「お、恐れていた時がついにきたでござる……」

「だからどういうことだよ!? ちゃんと説明しろッ!」

「今の音は警報でござる……て、敵がきたことを告げる警報……そしてその敵はおそらく拙者に瀕死の重傷を負わせた連中……」

「膝すりむいただけだろう……」

「だから嫌だったんでござるよ……だいたいこれくらいの時期にもう一回攻めに来るっていってたからうつ病をでっちあげて休んでいたのに……」

「だいたいって……適当だな……つーかビビり過ぎだろ、たかが膝すりむいただけで」

「うう……だって……戦うのが怖くて国境警備員をやめて自宅警備員に転職したというのに……」

「それは転職じゃなくて失業だろうが……」

 膝を抱えて震える将軍を横目に勇者は考えていた。

(敵国の目玉焼きバカが攻めて来た、か。だがいい機会だぜ、パツキンたちがどこから王都に入って来てるのかがわかる。ぶちのめして聞き出してやる)

 勇者は口元を歪めて笑うと、将軍の襟元を掴んだ。

「えッ!? ゆ、勇者殿!? 何をするんでござるッ!?」

「行くぞ、敵国の奴らにあいさつに」

「な!? ウソでござろうッ!? 危険すぎるでござる!!!」

「そんなもん知ってるよ。何度も戦って来てるからな」

「いや、せ、拙者はちょっと気分が悪くて、遠慮したいでござる」

「部下に仕事させといて自分だけ逃げるとかないわー」

「え、ちょ、いや勇者殿ッ!? はな、離してくだされぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 逃げ出そうとする将軍を右腕だけで止めた勇者は将軍を引きずって外に向かいだす。

 無理やりケンデル将軍を砦の入口まで引きずっていると見知った顔が砦に慌てて入ってきた。

「勇者様ッ!!!」

「お、パチンカ、じゃなくてスティーブ将軍! 砦の警報を聞いて来たのか? 伊達に将軍名乗ってな――」

「お金貸してください!」

「消えろ」

 勇者はスティーブ将軍に冷たく言い放つと外に向かって早歩きで進む。

「待ってください! 違うんです、お金が必要なんです!」

「……なんだよ、借金取りにでも見つかったのか?」

「違いますぞ! そんな情けない理由で勇者様に助けなど求めません!」

「じゃあなんだよ……」

「パチンコで全財産をスッてしまいまして……」

「そっちのほうが情けねーだろ……」

 当然無視して行こうとしたが、掴んでいたケンデル将軍がここで思わぬ行動に出る。

「スティーブ将軍助けてくだされ!!! 拙者、勇者様に拉致されて死地に連れていかれそうなのでござる!!!」

「おお! ケンデル将軍ではないか! 久しぶりだ! ちょうどいい! 貴君でもいいから金を貸してはくれぬか!」

「お金なら貸してもいいでござる! その代わり勇者殿を何とかしてくだされ!」

「委細承知」

 スティーブ将軍は勇者の前に立ちふさがった。

「ふッ、勇者様。その手を離してもらおうか」

「断る、たとえ役に立たなくてもこいつにはキッチリ働いてもらうつもりだ」

「では……仕方ないですな」

 スティーブ将軍は体から魔力を解き放つと、腰を落とし構えた。

「引いてくれのぬなら、勇者様……貴方はウルハ国四将軍・接近戦最強とうたわれる、このスティーブ・クルハルトの真の実力を目の当たりにすることになりますぞ?」

 勇者はそれに対して無言でスルーすると砦の外に向かいだした。

「……やれやれ……舐められたものですな。かつて組んだことがあるとはいえ、今は敵、そしてその敵に背を向けるなどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」

 スティーブ将軍は床を蹴ると一瞬で勇者の背中に迫り、拳で突きを放った。

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 しかし、

「ふぇ?」

 スカッ。

「あ、れ……?」

 一瞬で勇者が将軍の目の前から消えたため、拳は何もとらえず虚しく振るわれる。

「ど、どこ、に…………はッ!?」

 上から感じる殺気に気が付いた将軍は見上げる、その瞬間。

 ドスンッ!!!!

「ぐえッ!!??」

 上に跳んでいた勇者が落下と同時に将軍を踏み潰した。勇者とケンデル将軍二人分の体重がもろに背中に加わり内臓を圧迫したためか、スティーブ将軍は一撃で気絶した。

「カスが」

 勇者は一言吐きつけると目を回す将軍をもう一度踏みつける。

「そ、そんな!? スティーブ将軍がこんなに簡単にッ!? ゆ、勇者殿、貴殿はいったい何者でござるか!? 接近戦最強と言われているスティーブ将軍をまるで赤子のように……て、天才かお主……!?」

「どうしよう褒められてるのに全然嬉しくない……」

 雑魚を倒して褒められてもまるでうれしくなかった勇者は白けた顔で砦の外に出た。

「…………」

「……どうしたよ、急に大人しくなったな」

 全く暴れなくなったケンデル将軍に対して勇者は不思議に思い問いかける。

「……もしかしたら、お主なら、奴らに勝てるかもしれぬ……」

「なんだよ急に……」

「……実は拙者、さっき敵をカッコよく撃退したと言っていたが、あれも嘘なのでござる……」

「はぁ!? ウソッ!?」

「そうでござる、部下のいる手前、本当の事が言えなかったのでござるが……カッコよく撃退したというのは嘘なのでござるよ……本当は恥も外聞も捨てて撃退したのでござる……」

「なんだよ、嘘って言ってもたいして違いはな――」

「泣きながら裸踊りを見せて命乞いをすることで撃退したのでござる」

「本当に恥も外聞もねえな……ってかそれ撃退したんじゃなくて見逃してもらっただけだろ……」

 明かされるさらにしょうもない真実に勇者は愕然とした。

「だが、あの天才中の天才であるスティーブ将軍を破った貴殿なら奴らに勝てるかもしれないと希望をもったのでござるよ拙者!」

「スライム倒して抱かれる希望って……」

 スライムレベルの将軍を倒しただけで羨望の眼差しを向けてくるケンデル将軍に辟易した勇者はため息をつく。

「勇者殿、拙者はもう逃げぬ。だから奴らを倒してくれぬか? 裸踊りの最中に転んでひざをすりむき瀕死の重傷を負った拙者の仇を取ってほしい!」

「そんな仇取りたくない……」

「ささッ! こっちでござる! 拙者についてきてくだされ! 警報が反応した場所まで案内するでござる!」

 勇者の言葉など聞かないケンデル将軍は、勇者の手を離れると自分から敵の場所に案内を申し出て先に進み始め、勇者はそれを追う形で仕方なくついていった。  

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