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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
33/42

32話

 上半身の筋肉が膨れ上がり、次に下半身の筋肉が盛り上がり始め、大きく体格が変わって行った。阻止しようと思った勇者だったが、変身までの時間はおよそ数秒ほどしかかからず飛びかかろうとした時にはすでに魔族の形態は変わっていたのだった。

「(ムッキムキですね)」

「(はッ、完全なパワータイプだな。スピードはのろくなってるぜ絶対。すっとろい動きをせいぜい披露するがいいさ、そして俺がスタイリッシュにお前を切り刻む!)」

 身長こそ変わらなかったものの、体格が倍以上膨れ上がり貫禄が増した魔族は口から息を吐きだし、勇者にその鋭い視線を向けた。

「さて、じゃあ――行くぜッ!!!」

「(ふん、来るようだな。だが無謀だぜ、俺の間合いを侵略するということがどういうことを意味するのか、教えてやろう)」

「(勇者様、調子に乗らずにちゃんと相手を見てくださいね。あの半魔、いえ、魔族は相当強いですよ)」

「(わかってるわかってる、心配するな)」

 勇者に向かって一歩踏み出した魔族に対して勇者は剣を構える。

 魔族の足が地面につく瞬間、

(ふふ、どうせドスンドスン足で地面踏みながら大ぶりの攻撃を仕掛けてくるはず。それを華麗にかわして悪・即・斬で切り捨ててやるぜ、くふふふふ――)

 ドスンッ!!!

(――え?)

 地面をえぐり抜くように踏んだ魔族の姿が消え、

(アイツどこに消え――)

 次の瞬間――。

「(た――ぐ、ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!???)」

 目にも止まらぬスピードで勇者は殴り飛ばされた。

「(ブッ!? ごおッ!? ぱああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!???)」

 殴り飛ばされ、木々を撃ち抜きながら後方へと飛ばされた勇者は先ほどの岩場まで飛んで行った。そして背後に迫る岩に激突しそうになった時。

「おら、もうイッチョッ!!!!」

 ズドンッ!!!!!

「(なぬ、ぶりゃああぶふううううううううううううううううううううううううううううッ!!??)」

 いつの間にか自身の背後に割り込むようにして現れた魔族に森に逆戻りするように蹴り飛ばされる。

 再び、木々を打ち倒しながら勇者は先ほど魔族と対峙していた場所まで転がりながら戻った。

「(――ごほッ――な、なぜだ……脳筋だと思ったのに……)」

「(もう、油断するからですよ! 相手を見た目で判断しないでくださいって言ったのに! でも、油断して調子に乗っていたとはいえ感知能力が上がったうえ『メルティクラフト』状態の勇者様が反応できない速度で攻撃してくるなんて――ッ!? 勇者様、上ですッ!!!)」

「(――上? って――うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!???)」

 うつぶせで倒れていた勇者はトイレブラシの金切り声に反応し、寝たまま上を見た、直後脳内で悲鳴をあげながら急いで起き上がり、その場から跳んで離れる。

 そのすぐ後。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!

 勇者が今しがた寝ていた場所に巨大な黒い岩石のような物体が落下し、地面に穴を開けた。

「へえ、やっぱ見かけによらず頑丈だな。すぐには起き上がれねえほど強く蹴ったんだけどな」

 地面に開いたクレーターのようなへこみの中から出てきた黒い物体、それは魔族であり、上空から勢いをつけて落下してきたようだった。勇者に向かって話しかけながら再び、構えだす。

「そろそろ話しては――くれそうもないか……全然効いて無さそうだもんな……」

 連続攻撃を受けてもなお無表情を貫く勇者に、魔族は深いため息をつく。

 そしてすぐ――。

 ゴッ!!!!!!!!!

 地面に魔族の足がめり込み魔族は姿を消した――。

 先ほどと同じ攻撃がくる、と直感的にそう思った勇者は今度こそ意識を集中させて魔力の気配を追った。しかし――。

「(は、速すぎだろッ!?)」

 魔力の気配こそ感じ取れたものの、その気配は空間を縦横無尽に凄まじいスピードで駆け抜けていた。

「(べ、便ブラ、こんなもんどうすれば……!? っていうかどうなってんだッ!?)」

「(……どうやら木を蹴って空間を自由自在に動き回っているようですね)」

「(こ、これじゃあ――どこからくるのかわからな――ぶふぇッ!!!???)」

 混乱する勇者の顎に下から強烈なアッパーカットが入り、後ろに吹き飛ぶ。と同時に魔族は高速移動によるかく乱を再び始める。かなり強力なアッパーを喰らったことにより目を回していた勇者だったが、トイレブラシの心配そうな声が聞こえて来た。

「(勇者様ッ!? しっかりしてください!)」

「(――ぐ、いっつー……あ、顎が砕かれたかと思ったぞ……)」

「(『メルティクラフト』じゃなきゃ首がもげてましたね)」

「(ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!??)」

 サラッとエグイことを言ったトイレブラシに勇者は怯える、だがそれでも立ち上がると即座に剣を構え直した。

「(よし、これより反撃開始ですね!)」

「(……いや、反撃開始っつってもよぉ……これじゃあ……)」

 元気よく反撃開始を宣言したトイレブラシとは対照的に、勇者は困惑したように声をあげる。

「(……速ぎて見えねえよ……攻撃当てるなんて無理ゲー……)」

 ヒュンヒュンと風を切って動く黒い閃光は音こそかろうじて聞こえるものの、姿を捉えることなど到底不可能だった。

 そんな中またもや――。

「(ぶはッヴルブッ!?)」

 勇者の顔面に魔族の攻撃がヒットする。

「(んなろうッ!)」

 怒りによって一念発起した勇者が剣を振りかぶり――。

「(ふんッ!!!)」

 振り切る。

「(……ダメですね)」

「(ちくしょう……)」

 しかし虚しくも剣は空を切る。

 その間にも素早く動き回る魔族によって勇者は攻撃され続けていた。

「(ぶはぶふッ!? お、おのれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!)」

 ブンブンと適当に剣を振りまわしていた勇者だったが当然のごとく攻撃は当たらずひたすらに自身が集中砲火を浴びるばかりだった。

「(な、なぜ当たらないクソッタレッ!!! しかも、しかもまただよ、また俺の顔面にばかり攻撃してきやがりやがるしよ!!! なんなんだよなんで俺の顔に――はッ! そうか! 俺のカッコよすぎる顔を妬んでこんなしょうもない仕打ちを――)」

「(そんなわけないでしょう……単純に勇者様がさっき消したサインを復活させようとしてるだけですよ。まあうまくいってないみたいですけどね。しかしそれも納得できますよ。なにせこの超天才美少女のエクスカリバーちゃんが魔技で上書きして消してしまったわけですからね。いくら必死に魔力を込めた足で勇者様の顔を蹴ろうがそう簡単に剝がせるわけが――)」

「(――おい今なんて言った?)」

「(超天才美少女の――)」

「(それじゃない。足で俺の顔を蹴ったってやつだよ)」

「(ちゃんと覚えてるじゃないですか……)」

「(本当なのか?)」

「(本当ですよ。今もガンガン足で勇者様の大して価値のない顔を蹴りまくってます、時々フェイントとかも織り交ぜてきてるので常にとは言い難いですけど)」

「(……俺の……顔を蹴った、だと……)」

 勇者は先ほどから食らっている攻撃は全て手によるものだと誤解していた。

 だからだろうか――。

「(……俺のこの美しい顔を……足蹴にしているだと……俺の顔を……)」

 勇者は構えをほどくと、剣と両腕を顔と共に下に向けた。

「(ちょッ!? 何してるんですかッ!? 構えてくださいッ!? 完全にがら空きじゃないですか!?)」

 そんな勇者の一瞬の隙を見逃さなかった魔族は口を歪めて笑う。

 トイレブラシの必死の忠告も虚しく、木々の間を飛び交う魔族は必殺の威力を持った蹴りで勇者に襲い掛かる。

 ドゴォッ!!!

 バゴォッ!!!

 フェイントを織り交ぜながら体中を足による打撃で魔族は勇者の体を狙っていた。だが攻撃する際に油断や慢心はいっさいしておらず、攻撃は勇者の体や顔に的確にかつスピーディにヒットしていった。

 だが――。

「……この程度屁でもないってかい?」

 勇者は変わらず棒立ちで攻撃をただひたすらに無表情で受け続けていた。

「ふッ、いろんな意味で、効いてないってか――あは、アハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

 そんなものは攻撃ではない――勇者の顔や態度はそう物語っていたのだった。だからこそ魔族は笑う、その涼しい態度に対して笑う。

「――おもしれえジャンッ!!!!!!」

 ドゴォッ!!!!!

 木や地面が破壊されるような蹴りでさらにスピードを上げた魔族はそのスピードにものをいわせて空間を蹂躙し始める。木、地面、岩、勇者を取り囲む自然を自分の遊び場のように、その場の支配者であるように魔族は駆けた。

 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!!!!!!

 機関銃の連射音に似た音が響き渡り、魔族が踏んだ木々や岩、地面が砕け散る。

「これならどうだぁ!!! 赤毛ぇぇぇぇぇッ!!!」

 自然のアスレチックを使い、己のスピードを限界まで高めた魔族は木を蹴ると同時についに勇者へとその凶悪な足を向ける。

 木を蹴った推進力で勇者目がけて飛びかかった刹那の瞬間、ビキビキと足の筋肉に筋が入り、膨張した右足が勇者の顔に放たれる。

 そしてその太い足は筋力だけでなく強力な魔力でコーティングされていた。

「(ゆ、勇者様あれマズいですッ! って聞いてないしもう!!! こうなったらまた私が体を操ってって――また動かないッ!!?? そんなッ!!!???)」

 またしても勇者の意思が優先されたのか、体が動かなかった。

「(……顔に……俺の……顔に……顔に……顔に……顔に……顔……顔……顔……顔……)」

「(勇者様!!! いい加減状況を把握してくださ――)」

 トイレブラシが言い終わる前に魔族の蹴りが勇者の顔に激突する。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!

 蹴りが激突した瞬間、森に轟音が響き、木々や草をその衝撃で揺らした。

 勇者の首、どころか森の一部を地形ごと吹き飛ばせるほどの蹴りだった、だが――。

「……やるな」

 魔族からの称賛の言葉。

 それは自身の蹴りを防いだ者に対する称賛なのだろう。

 凶悪な一撃は勇者の左手の鱗に似たガントレットに防がれていた。

「(……え、嘘、勇者様、受け止めたんですか……? で、でもあんな凄まじい蹴りを受け止められるはず――)」

 トイレブラシは驚く、なぜならば先ほど魔族が放っていた斬撃よりも今の蹴りの方が格段に強力であることをトイレブラシは知っていたからである。

 だからこそ勇者に避けるように指示したのである、しかし当の勇者は避けることなくこれを防ぎ切った。しかもあろうことか、剣で防御するのではなく、鎧に覆われていたとはいえ手でその足を受け止めていたのである。受け止めた衝撃で勇者の足元は大きくへこんでいたが、よろけることなくその攻撃を正面から受け止めていたという事実、ヘタレの勇者らしからぬ勇敢で有能な行動にトイレブラシは驚いていた。

「(勇者様すごいです! どうやってあの強大な威力のライダーキックを受け止めたのですか!?)」

 トイレブラシは興奮気味に勇者に問うた。

 だが勇者は答えることなくブツブツと小さな声で独り言を繰り返すばかり。

 そんな時、足を受け止められたまま微動だに出来ていなかった魔族に異変が起きる。

「ッ!?」

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!

 魔族の掴まれていた足が、まるで万力で締め上げられるように握られ始めた。

 パキパキと音を立てて足の鱗にひびが入り始め、魔族はあまりの痛みにうめく。

「ッくッ!? は、離しやがれッ!!!」

 足を上下左右に必死に動かし脱出しようとしていた魔族であったが勇者の締め付けは増すばかりで、脱出はおろか足を動かすことすら叶わないようだった。

「ぐぐぐ、んの野郎ッ!!!」

 ならばと、空中で掴まれている足をそのまま軸にして地面に置かれた自由の効く足で勇者に蹴りを放ったが――。

 ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!

 激突した瞬間こそ火花が散るほどの威力だったが、なぜかパワーアップしている勇者によって剣であっさりと弾かれる。

 そしてその後であった、勇者が動き出す。

「(……また……俺の顔を……足で……狙ったな……この美しい顔を……足で狙ったな……)」

「(ゆ、勇者……様……?)」

 様子のおかしい勇者にトイレブラシは恐る恐る声をかける。すると、返事こそ最初は無かったが、一呼吸置いた後――。

「(俺の顔を足蹴にしやがったことを死ぬほど後悔させてやんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! クソがあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!)」

 勇者の左腕を覆っていた黒い鱗の鎧がドクンと心臓が脈打つように動き始めた。

 その瞬間、魔族から赤いエネルギーが漏れ始め、勇者の左腕に吸収されだす。

「(こ、これはッ! まさか、そんなッ!?)」

 トイレブラシはその光景に驚愕し、

「な、やっぱりお前ッ!!! 俺らと一緒なのかよッ!?」

 魔族は勇者に声をかけるが勇者は言語を理解できていない+顔を蹴られた怒りでそれどころではなかった。

「(イケメンの顔面を蹴り飛ばすなんて万死に値するよって貴様は死刑だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!)」

 自分よりも遥かにイケメンなレオンニールの顔面を蹴り飛ばしたことなど棚に上げたド低脳はひたすらに報復措置についてしか考えていなかったのである。

 だが魔族の方は無視されていても必死に呼びかける。なぜならば勇者が行ったその能力は人間や他の種族でも決して行うことのできない特別なものだったからである。

 だからこそ魔族は体から力が抜けていく感覚に襲われながらも勇者に説明を求めた。

「おいッ!!! それは『魔力吸収能力』だろッ!!! なんでお前がそれを使えるッ!? それはこの『世界』で魔族にのみ許された特権だぞッ!?」

 魔族と勇者、両者はまったく似ていなかった、人の顔に人の体をした勇者と人型ながらも見かけは完全な怪物の魔族。だがたった一つ、たった一つだけ同じ部分があった。そしてそれは先ほど勇者がようやく剣で破壊した部分であった。

「腕だよッ!!! その魔族みたいな腕、そしてその吸収能力、どうやって手に入れたッ!!!」

 そう、勇者もまた腕だけは魔族と同じものを持っていた。

 同じ形状をした左腕を。

「人間にそんなもんは生えない!!! 魔族に最も近い紫眼の魔眼所有者にだってこの権限と腕は手に入れることが出来ないんだよッ!!! 答えろ!!! お前は計画を知っているのか!? ヨルガルム兄ちゃんたちのことは知ってるのかッ!? 『お母様』を再びこの地に――ぐッ!?」

「(何を言ってるか知らないしわからないが――俺がお前に言えることは一つだけだ――)」

 勇者は魔族の言葉を強引に中断させると、魔族から強力な魔力を吸い上げ、吸い上げた魔力を上乗せした握力で魔族の足を砕かんばかりに握りつぶそうと締め上げる。

「ぐゥゥゥ、このォォォォォいい加減に――」

 魔族が腕の爪で勇者を切り裂こうと力を入れた。

 そして爪で攻撃を仕掛けようとした瞬間――。

 バキィィィィィィィィィィンッ!!!!

「――な、ぐああああああああああああああああああああああああああッ!!!!????」

 その前に足の鱗と筋を握力で握りつぶした勇者が魔族を空中に放り投げた。

 四十メートルほど真上に投げ飛ばされた魔族を見ながら勇者は足を後ろに引いた。

「(――――お前に言える事――――それは俺がお前を――――)」

 空高く舞い上がった魔族はその重さゆえにすぐに落下してきた、そしてそれを見計らったように勇者は奪い取った魔力全てを後ろに引いた右足に注ぎ込む。

 ヒュゥゥゥゥゥゥゥ。

 音を立てて頭から落下する魔族に対してタイミングを合わせた勇者は勢いよく腰を回しながら引いていた右足を若干のひねりを加えながら前に引き戻し――。

「(――ぶちのめすって事だよぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!)」

 落下してきた魔族の顔面を蹴り飛ばした。

「ぶ、ごはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!?????」

 勇者の鋭くも強力な威力をもった蹴りを顔面に浴びせられた魔族は地面を削りながら転がり吹き飛ぶと遥か彼方に消えた。しかし――。

「(俺の怒りはまだ消えないッ!!! やられたらやり返す、倍返しだぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!)」

 勇者は魔族から奪い取った魔力を使い、足を強化すると地面を強く蹴った。

 バゴォォォォッ!!!!!!

 たった一蹴りしただけで地面が爆弾で吹き飛んだように爆ぜると、勇者も一瞬でその場から姿を消した。


 地面を転がりながら、なんとか失わないようにした意識の中で魔族は考えていた。

(……く、そ……どうなってんだ……兄貴たちの計画にあんな奴はいなかった……いやそもそも魔族なのか奴は……わからない……話を聞こうにも、あの赤毛、まるで喋らないときてる……だが臭いでこれだけはわかる……奴は絶対に魔族、ひいては『お母様』となんらかの関係を持っている……ってそんなの魔族ならわかって当たり前だよなー……ってかなんだろうな、それだけじゃないんだよな……)

 魔族はなぜか本能が勇者を恐れていることを察していたが、理由がわからなかった。

 そして魔族は己の考えを一通りまとめようとした、だが情報量の少なさから頭を抱える。

(あああああああああああああああああああ……どうすっかなー……しかもあの左手……最初見たときはただ似てるだけかと思ったけど俺らと同じ権能、魔力吸収能力まであるとはなー……でも兄貴たちに確認取ろうにもまだ計画の第一段階にも達してねーもんなー……ぜってー起きてねーよ兄貴たち……まあ、ヨルガルム兄ちゃんなら起きてるだろうけど連絡とるの面倒くせーな、つーか俺もまだ完全覚醒にはほど遠いし…………はぁ……ま、いっか……俺が連絡しなくてもヨルガルム兄ちゃんなら赤毛のことももう気づいてるだろ、俺よりずっと頭良いし……しっかし吹き飛んでんなー俺――)

 五十メートルほど吹き飛びながらも一向に衰えない威力の蹴りに感心しながらも腕を組み空を見上げる。

(――うーん――でもちょっとおかしくね? 『呪界』の感じからしてここはたぶんウルハなんだろうけど………………)

 魔族は岩を砕き地面をブルドーザーのように押しつぶして吹き飛びながら首をかしげる。 

(ウルハは完全に覆われてるみたいだけど浸食率が低下してる……他国の『呪界』浸食率ももしかして下がってきてんのか……つーか見た感じじゃアイオンレーデまで達してねーなこりゃ……なにやってんだヨルガルム兄ちゃんは……計画と違ってずいぶん遅いじゃねーか…………もしかしてこれも赤毛が関係してたりすんのかね? ……いや、さすがに考えすぎか? 一人の人間、かどうかはわからねーが、まあとにかく一人の人間が世界規模で展開されてる『呪界』に干渉できるわけねーよな。それこそ『お母様』と同じ『特性』でももってねーと――)

 魔族が吹き飛びながら考えを巡らせていると、上から巨大な魔力の塊が飛来した。

「――もう追ってきやがったか、ったく、しょうがねーなッ!!!」

 魔族は自らのところに落下しながら胴目がけて剣を突き立ててきた赤毛の剣士の攻撃を、腕を地面に突き刺すことで飛ぶ方向を変えて回避した、と同時にそのまま地面に腕を突き刺してブレーキ代わりにすると地面をえぐりながらなんとか吹き飛ぶスピードを緩めた。

 数メートルほど地面を削った後、蹴られた衝撃を完全に消した魔族は勇者と向かい合う。

(やれやれ……完全覚醒できるまではやりたくなかったけど……仕方ないな、本気出すか)

 魔族の瞳が青紫色に輝くと巨体から強力な魔力が噴き出し始めた。


 魔族のもとに跳んできた勇者だったが剣を突きさす寸前でうまくかわされ心の中で舌打ちした。

「(ちッ、あの野郎俺様の秘技落下傘ブレードを回避しやがった! 生意気な奴めッ! 次は逃がさん!)」

 そのまま森の中に消えて行った魔族を追いかけるために地面から剣を引き抜いた勇者は走り出す。すると森の中のある方向から濃密な魔力の気配が感じられた。

「(……あそこか。よし、俺の顔面を汚い足で汚した恨みを今晴らすッ!!!)」

 勇者は魔力が感じられた地点まで駆け抜ける、そして魔族の姿を見つけた。

「(……なんだ、さっきまでと様子が――)」

 魔族が纏う紫色の魔力は異常なまでに勇者の肌をひりつかせた。

 手を出そうとも考えたが、なぜか嫌な予感がしたため手が出せなかった、そのため自分よりも的確な解答を導き出せるであろうパートナーに意見を求める。

「(……いったいどうなって、まさか第三形態に変身するつもりじゃッ!? おい便ブラ、こういう時どうすればいいッ!?)」

 勇者はトイレブラシに救いを求めた、しかし――。

 …………。

 返事がない。

「(便ブラッ!!!!)」

「(――ひゃいッ!!?? な、なんぞなもしッ!!!???)」

「(なんぞなもしってなんだよ……ったく、呆けてんなよッ! 俺に集中しろとか言ってただろうがお前は!)」

「(す、すいません勇者様。ちょっと考え事をしてしまいまして――それで、えっとなんでしたっけ、整形手術でイケメンになりたいって話でしたっけ?)」

「(んなこと言ってねえよッ!? もともとイケメンだしッ! そうじゃなくてアイツだよ、あの魔族の事だよッ! 第三形態になるのかって話だよッ!)」

「(……あー、なるほど。確かにさっき変形した時と同じかそれ以上に魔力がものすごい勢いで体内から溢れ出してきてますね。エクスカリバーちゃんビックリ!)」

「(お前ホントに今までなんも見てなかったのかよ……)」

 今初めて気が付いたかのようなトイレブラシに嘆息すると、勇者は魔族を見据える。

「(これ、手を出しても平気か? なんか妙な感じがして手を出せないんだけど……)」

「(……確かに妙な感じですね。これ以上近づくと危険な気がします)」

「(だよな。でもかといって俺の冥王紅炎斬撃波が通用しそうにない気もするんだよ、ムカつくけど)」

 ほとんど無防備な魔族に対して、なぜか攻撃ができないでいた。それは勇者の本能が今攻撃しても意味がないと告げているようで、勇者自身言いようのない感覚に戸惑う。

 そんな中で魔族の肉体が徐々に膨れ上がり、さらにその巨体を大きくした。バチバチと稲妻が体からほとばしりながら人型だった魔族の体が竜に近づいていく様子を勇者は見守るしかなかった。そして変身の途中、魔族だけでなく周囲の様子も変化し始める。

 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。

「(な、なんだッ!? 木や土からなんか煙みたいのが出てるッ!?)」

「(……これは、なんとも)」

 魔族の周囲の木々や土、草から蒸気のような煙が立ち上り魔族の体に吸い込まれていった。だが、本当に驚いたのはその後の事である。

「(あ、あれ? 木や草がしおれて……)」

 勇者は蒸気の出ている木や草が急激に枯れていく様子を目の当たりにし動揺する。よく見れば蒸気を出し切った土壌まで紫色に変色している、それはまるで生命を魔族が吸い上げているようであった。

「(べ、便ブラ、あれ……)」

「(ええ、命に宿った生命力を吸い上げてるみたいですね。これ以上近づいていたら私たちも吸われていたかもしれません。勇者様の魔技もおそらく撃ったところで吸収されていただけでしょうね)」

「(マジかよ、うへぇぇぇ……)」

 魔族が命を吸い上げる様子を呆然と見つめるしかできなかった勇者は、命がなくなっていく様子に気分を害していた。

「(なんてヒドイ事を……俺の顔よりは劣るけど美しい自然をこんなに無残に……)」

「(勇者様の顔に劣るという意見以外はまったくの同意見ですね。世界を侵す危険な能力です……)」

 トイレブラシは勇者の意見を一部否定しながらも同意し、悲しそうな声をあげた。その間も魔族は周囲から魔力を吸収し膨れ上がっていった。そして最終的には七メートルほどまで体を巨大化させ、勇者を見下ろすとおかしそうに笑う。

「くくッ、ちょっと不格好だろ? 本当はもっとスマートで小さいんだがな、素体がまだできてなくてこんなデカブツにしかまだなれないんだよ。だけどよ、今の不完全な状態でもよ――」

「(……ヤバイ、気がするぞ便ブラ……)」

「(ええ……先ほどまでとはまるで別物ですね……)」

 上半身は辛うじて人間の形状を留めながらもほぼ竜と化した魔族は尻尾を横なぎに振るいながら嬉しそうに勇者に語り掛け、腕を後ろに少し引いた。

 魔族が腕を少し引いたのを見た勇者は嫌な予感がしたため足を後ろに一歩引いた、その瞬間――。

「――結構強いぜ」

 魔族の右腕がしなり、勇者目がけて殴打が放たれた。

 勇者と魔族は実に三十メートルほど離れており、腕は届くはずがなかった。しかし魔力による衝撃波を警戒した勇者は鱗の鎧に覆われた腕を前に構えた。

 先ほど無意識にやった魔力吸収を体が覚えたゆえの反射的な行動だった、だが――。

 パァァァァァンッ!!!!!

 魔族が何もない空間に突きを放った時、何かが弾けるような音と共に――。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!

 風で出来た津波のような衝撃波が勇者を飲み込む。

「(はッ!!! また性懲りもなく魔力の衝撃波かッ!!! 俺の左腕で全て吸収してやんぜ――)」

 だが――。

「(さあ、吸収タイムだって――あれ――うそ、なんで吸収できな――)」

 なぜか吸収できず――。

「(吸収、吸収吸収ッ!!! うっそ――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!????)」

 波にさらわれ、飲み込まれるように勇者は暴風に飲み込まれ吹き飛ぶ。

 数百メートル飛ばされた勇者はやがて落下した。

「(――ぐえッ!? …………どうなってんだ…………)」

「(……おそらく魔力攻撃じゃないからでしょうね)」

「(どういうことだよ……)」

「(あれは正真正銘ただ風、魔族が撃った打撃によって引き起こされた副産物ということです)」

「(ただの風圧だけで俺をこんな遠くまで飛ばしたっていうのかッ!? うええ……またパワーアップしちまったわけだなチクショウ……どうりで魔力吸収できないわけだよ…………ん? まてよ? なんで俺左手で魔力を吸収できるってわかったんだ? さっきは、最初はキレて思わずやって二度目はなんとなくできるような気がして……あれれ? どうなってんだ? お前俺に左手で魔力吸収できるって言ったっけ?)」

「(……さあ、どうでしょう。言ったような、言ってないような――まあどうでもいいじゃないですかそんなこと。今は魔族との戦いに集中しましょう。勇者様の言う通りかなりパワーアップしてますからね、強敵ですよぉ、気合入れていきまっしょいッ!)」

「(なんだよいきまっしょいって……まあ、いいか。確かに今そんなこと気にしてる暇なんて無いしな)」

 トイレブラシは説明していないことをさも説明したかのように誤魔化し、勇者も緊急事態だったためそれ以上追求しなかった。そうこうしているうちに魔族の気配が近づいてきたため勇者は剣を構えて完全に臨戦態勢で臨む。

「(……近づいてるな)」

「(ええ、でもこの感じ――)」

「(ああ、地上を走ってるわけじゃなくて――う、上かッ!? のわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??)」

 ドスンッ!!!!!

 グシャッ!!!!!

 大地をえぐるようにして竜人が天より降り立ち、その衝撃で地面を吹き飛ばす。

「うまく避けるじゃん」

 巨大な物音と共に魔族が上から落下してきた、先ほどの勇者への意趣返しのつもりなのか勇者を潰そうと真上から落下するも勇者がこれに気が付いたため後ろに飛び退き回避する。

「(ッ、この野郎ッ!!! そのデカい図体、刺身にしてやんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!)」

「(勇者様、気を付けてくださいッ! 腕の鱗だけじゃなくて今度は全身から魔力吸収できるようです!)」

「(んなもんわかってるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!)」

 駆け出した勇者は剣で魔族の首をはねるべく、剣を中段に構えたまま跳んだ。

 魔族もそれを見て不敵に笑うと、拳を後ろに引き勢いをつけて、叩き付けるようにして飛びかかる勇者にぶつける。

 ガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!

 拳の鱗と剣が激突し、火花が散る。

 勇者と魔族、腕と剣、両方の力が拮抗し合い、押し合いが続いたが――。

「ふ、くくく、軽いなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」

「(う、く、ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!)」

 魔族の拳の方が勇者の剣よりも強く前に押し出され始めやがて――。

 バキィィィィィンッ!!!!!!!!

「(うううう、うぐ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!???)」

 一際大きな火花が散り、金属音が鳴った瞬間勇者は弾き飛ばされた。

 ドスン、ドスンと地面をバウンドしながら数十メートルほど殴り飛ばされた勇者は魔族が先ほどやったように剣を地面に突き立てることで衝撃をやわらげてなんとかその場にとどまることに成功した。

「(――いってぇぇぇぇぇ……魔力だけじゃなくてパワーもさっきより数段上がってるじゃねーか……)」

「(まともに正面から仕掛けるのは危険すぎますね。相手をかく乱しつつ攻めるのがここはいいかと)」

「(だな。あの巨体だ、今度こそスピードが落ちているはず。隙をつくって俺の俊足で背後にまわり、後ろから剣を突き刺してやる、ヤンデレのヒロインみたいにめった刺しにしてやる)」

「(もうちょっとまともな表現ないんですか……)」

「(行くぜッ!!!)」

 トイレブラシのツッコミを無視した勇者は地面に向けて剣を向ける。

「(大地よ、許せ!!! 冥王紅炎斬撃ッ!!!!)」

 ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!

 地面に向けて魔技を放ち、爆風と魔力残滓が周りに散る。

「アハハハハハハハ! またそれか!」

 魔族は笑い声を出しながら土煙に包まれた、勇者も同じように煙に入る。

「(へ、笑ってられるのも今のうちだけだぜッ!!! 煙が拳圧で吹き飛ばされる前に刻んでやんよ!)」

「(勇者様! 今度は誘い込まれないようにしてくださいね! 私も全力でバックアップしますので!)」

「(わーってるよ! アイツ以外の魔力の反応はうまく消しておいてくれよ!)」

 言うと、勇者は素早く、しかし音を立てずに魔族の背後に忍び寄る。魔族が魔力を込めた拳で風を巻き起こす前にケリをつける腹積もりであった。

「(便ブラがお前以外の魔力反応を消しておいてくれてるおかげでお前の位置が手に取るようにわかるぜ、くくく、後ろからブッ刺してやんよぉぉ!)」

 気配を殺し、魔族の後ろにまわった勇者だったが――。

「(あ、あれ、奴の気配が――き、消えたッ!?)」

 突然のことであった、先ほどまではっきりと感じていた魔力の反応が一瞬のうちに消え失せたのである。勇者は目を閉じて意識を集中させ魔族の位置を探ろうとしたが――。

「(――やっぱりいないぞッ!? 便ブラどうなってるんだッ!?)」

「(……確かに魔力の反応がこの辺りから消えています。いったいどこに、あれだけ凄まじい魔力反応が一瞬で消えるなんて……)」

「(魔力の反応だけ消すみたいなことは出来ないのか? 隠れて隙を窺ってるとかよ)」

「(普通の魔力量の人とかなら出来なくはないですが……一定の魔力量を超えるような人ですと押さえつけるだけが精一杯かと……あれだけ凄まじい魔力量ですと押さえつけただけでこんな完全に反応が消失するなんてことはありえませんよ)」

「(……仕方ない、確かめるか)」

 勇者は剣を振り上げると遠くの地面に叩き付けるようにして剣を力強く振るった。

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!

 威力を落とした魔技の炎が遠くの地面に激突し、爆風が巻き起こり、その余波で勇者の周囲の煙が一気に晴れた。

 視界が良くなった勇者は周りを見回すが――。

「(……マジでいねえじゃねえか。どこいったんだよ……)」

「(……霧のように消えてしまいましたね……)」

 周りを見た勇者とトイレブラシであったが周りは木や石といったものしかなく、あれだけ大きかった魔族の体は影も形もなくなっていた。

「(――あ、そうか!)」

「(どうしたんですか?)」

 最初は訝しんでいた勇者だったが、何かに納得したように呟く。そしてそれを聞いたトイレブラシは怪訝そうな声で問いかけた。

「(逃げたんだよ! 俺様の実力に恐れをなしてな!)」

「(ええー……)」

「(なんだそのリアクションは!)」

「(だって周囲の生命エネルギーを吸ってまでパワーアップしたんですよ? そんな大掛かりなパワーアップした直後に逃げますかね普通)」

「(パワーアップしても俺に勝てないと悟ったんだろ)」

「(でも私たちが爆風を巻き起こす前、笑ってませんでしたか? なんか楽しそうに、それに何か言ってましたし)」

「(怖がりながらもせめて態度だけは余裕でいたかったんだろ。最後になんか言ってたのだってたぶんアレだ『へへッ、こんなん全然大したことねえし。別に泣いてねえし、ちょっと腕の調子が悪かっただけだし』みたいなことだよ)」

「(近所の中学生にカツアゲされた直後の勇者様じゃないんですから……)」

「(違うしッ!? あれは腹が痛かっただけだしッ!? だいたいそんなことで俺泣いてねえしッ!? そんなショボい涙は流さねえしッ!?)」

「(号泣でしたもんね)」

「(うう……人の記憶を勝手に盗み見しやがって……)」

 以前に盗み見られた中学生にカツアゲされた記憶をネタにされた勇者はこれ以上言うと墓穴を掘ると思い弁解を諦めた。

「(それでフルポイントクソ野郎様)」

「(おい!? いつまでそのネタ引きづるつもりだッ!?)」

「(アハハ、すみません。それでなんですが私が思うに敵はおそらく――)」

 トイレブラシがまさに話し出そうとした時の出来事である。

 今まで感じていなかった魔族の魔力反応を二人は感じ取る、と同時に勇者は上を見上げた。

「(――アイツ、空に――)」

「(――ええ、どうも魔力が感じ取れないほと高く上に跳んでいたようです)」

 そして答え合わせが終わるのを待っていたかのように空から隕石のように魔族が降ってきた。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!

 足を両腕で抱きかかえ、丸まった状態を取っていた魔族は轟音を響かせ勇者目がけて落下する。

「(はッ!!! またそれかよ!!! くふふ、アハハハハハハ!!!)」

「(なんで笑ってるんですか……)」

「(なんで笑ってるかだとぉ? 決まってるぜ! 確かに凄まじいスピードで直撃すればただじゃ済まないのかもしれない! 冥王紅炎斬撃波は撃ったところで吸収されてしまうのかもしれない! だが奴は決定的なミスを犯したのさ!)」

「(決定的なミス、ですか?)」

 余程高く跳んだのか、落下してくるまでには少しの時間があった。そのためか勇者は余裕ぶりながら大仰に説明を始める。

「(そうだ! 知りたいか? 知りたいだろう? まあ便所ブラシ程度ではわからないだろうな、やはり天才でなくては考え付けないだろうしな、ぬふふ。その他大勢の思考パターンじゃわからないのも仕方ない、ふぅ。では答え合わせも兼ねてその弱点を突いた効果的な作戦を教えてやろう。それは――)」

「(まさか、空中では身動きが取れないはずだから落下する瞬間を狙って攻撃する、とかその他大勢でも簡単に思い付く作戦ではないですよね?)」

 …………。

 …………。

 …………。

 勇者は一呼吸置くと、剣を握る手に力を入れた。

「(――空中では身動きが取れないはずだから落下する瞬間をうまく狙って攻撃する、どうだ? 完璧な作戦だろう?)」

「(素晴らしい作戦ですねその他大勢様)」

「(なんだと貴様誰がその他大勢だとッ!?)」

「(だって私が言った作戦と同じじゃないですか……)」

「(全然違うぞッ! お前の作戦には『うまく』が入ってなかった! 『うまく』という完璧にやろうという崇高な意思が詰まった言葉が入っていない以上まるで別物だ!)」

「(小学生みたいなこと言ってないで構えてください、来ますよ)」

「(誰が小学生だ――ひぃッ!?)」

 落下する巨大な物体が近づいてくる様子を見た勇者は小さく悲鳴をあげると渋々トイレブラシの言うように構える。

 奇しくも先ほどの魔族と同じような言動をとった勇者は落下してくる魔族の体に合わせて剣を構えると腰を落とし身構える。

「(落下してきたところを串刺しにしてやるぜ!!! おら来いやァァァァァァァァァァァァァ!!!)」

 落下地点を予測した勇者はしゃがみ込む。

 そして足に力を入れると同時に魔族の鱗の鎧の薄い部分に狙いを定め、

「(くたばれこなクソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!)」

 バネのように跳びあがると落下する魔族に向けて剣を突きあげた。

「(もらったぜッ!!!!!!!)」

 勇者は勝利を確信した。

 剣は勇者の思った通りに魔族の鎧の装甲の薄い部分に吸い込まれるようにして突き刺さる――。

「(――へ?)」

 ――はずだった。

 だが勇者の目論見は崩れ去る。

 剣に刺さるはずの軌道がズレ、魔族はそのまま勇者目がけて衝突する。

「(勇者様ッ!!??)」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!

「(な――ぶるあああああああああああああああああああああああああああぶっふえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!????)」

 落下途中、剣に刺さるまでの間の、ほんの一瞬の出来事であった。

 その後、ありえない軌道変更の後、魔族は勇者の肉体を押しつぶすように地面に穴をあけ始める。

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!

 数秒の後、地面に大穴があいた。

 勇者は魔族の足に踏みつぶされる形で穴の底に仰向けで横たわり、魔族は勇者の上に足を乗せたまま口元を歪めて笑う。

「どうだ? ちょっとは効いたか? くくく」

「(ぐ、ふぅぅ……!)」

「(勇者様ッ!? 気をしっかりともってください! 今私が魔力を――)」

 胃からこみ上げてくる嘔吐感と魔族の足に踏まれる圧迫感、両方の不快感に苛まれ気絶しそうになりながらも勇者はなんとか意識を保っていた。トイレブラシはそんな勇者を助けるべく、魔力を勇者の体に流し込み勇者の身体能力をさらに強化しようとした。

「あははッ、させないって」

「(ぐぶッ!?)」

「(勇者様ッ……!? く、そうか、足からも魔力をッ……!)」

 勇者を踏みつける力を強めた魔族はそのまま根から水を吸い上げるようにして足から勇者の魔力を吸い取り始めた。みるみるうちに勇者の魔力は魔族に吸収され、ただでさえ『メルティクラフト』の影響で白い勇者の顔がさらに白くなっていった。

「(うう……力が抜けて…………ひ、干からびそうだ……)」

「(勇者様、左手です! 左手で魔族の足を掴んで魔力を奪い返してください!)」

「(そ、そうか、その手があった……うおりゃあああああああああああああ……)」

「(覇気のない叫び声はいいですから早く!)」

 トイレブラシの指示通り勇者は魔族の足を左手で掴もうと動かしたが――。

「そうくると思ったよ、っと」

 左手ごと体を巨大な足に強く踏みつけられ、完全に身動きが取れなくなった。

「(……ち、ちくしょう……万事休す……だ、ぜ……や、やばい……これじゃあ……マジで……干物に……なって……死んじ……ま………う……まるでお気に入りのAVを見て連続で抜きまくった直後のようだ……)」

「(もっとマシな表現使ってくださいよ

「(べ、便ブラ……ちょっと聞きたいことが、あるんだ……)」

「(な、なんですか! またくだらないことでしょ! 今それどころじゃ――)」

「(頼む、聞いてくれ……最後の……質問に、なるかもしれない……遺言のつもりで……頼むよ……)」

「(え、な……え、縁起でもないこと言わないでください! で、でも、わかりました! そこまで言うってことは余程大事なことなんですね、ちゃんと聞きます! エクスカリバーちゃんに任せてください!)」

 勇者の真剣な声に気圧される形でトイレブラシは勇者の質問を待った。こんな状況で聞くということはさぞ重大なことなのだろう、そうトイレブラシは思っていたのである。

「(それで、何が聞きたいんですか?)」

「(テクノブレイクで死ぬのってこんな感じなのかな……?)」

「(ぶち殺されたいんですか?)」

 トイレブラシは激怒した。

 だが勇者は反応しなかったため仕方なくトイレブラシは続ける。

「(……まったくこんな状況で何言ってるんですかもう! プンプンですよ! プンプン!」

 勇者の最後の真剣な問いに対してトイレブラシは怒り結局答えなかった。

 …………。

 …………。

 …………。

 その質問を最後に勇者は反応しなくなった。

「(……えッ!? 勇者様!? ゆ、勇者様!? ウソでしょ!? あれがホントに最後の言葉なんですか冗談でしょッ!? テクノブレイクが遺言とか遺族に恥ずかしくないんですかッ!? しっかりしてください! 勇者様! ゆ、うッ! なッ!?  ……ぐ、うう、わ、私の魔力まで吸い尽くす、つもり、ですか……! く、こ、んな……!)」

「アハハハハハハハ! こいつはすごい! なんて魔力量だ! 昔俺が戦った英雄たちよりも遥かに巨大な魔力! かの大賢者メルオベーラ以上だ! それに質も完璧ときてる! これなら兄貴たちの計画を待たなくてもいますぐ復活できそうだぜ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! うまい、うまいぞ! お前の魔力は最高だ! 赤毛の剣士ッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 魔族は嬉しそうに高笑いしながら勇者を見下ろし魔力を残さず吸い尽くそうとした。そしておよそ十分ほどの時間が経過した。

「ふぅー! 美味かったよ! ありがとな、くくくくく! もう復活に必要な魔力は十分、ってかそれ以上の魔力をいただいたよ」

 足をどけた魔族は衰弱しきった勇者を片手でつまみ上げると顔に近づけた。

「さて、魔力はもうほとんど吸い尽くしちまったけど……まだ残ってるもんがあるよな」

 魔族は勇者を握りつぶすようにして強く両手で包むと醜悪な顔で笑う。

「そうだ、お前の魂のエネルギーだよ。さっき植物や土から吸い取ったみたいにお前からもエネルギーをいただくぜ、それで俺は晴れて完全復活ってわけだ。そんじゃまあ――」

 勇者の体を絞るように握った魔族は言う。

「いっただきまぁぁぁぁぁす」

 その瞬間、勇者の体から白い光が溢れ出し魔族の手に吸い込まれていった。

「結局お前が何者かはわからなかったが、まあいいさ。どのみちもうこれで終わりになるんだからな。全部吸い尽くしちまえばお前はただの干からびた死体になるんだ。くくくく――」

 勇者の肉体から溢れ出す魂のエネルギーを吸って完全なる復活を遂げるだけの魔力を吸ったにもかかわらず魔族は勇者の体から勢いよくエネルギーを吸い込んだ。

「これでお前も終わり――だ…………ッ!? うあ……な、んだ……」

 白い炎のようなエネルギーを吸い取った直後であった。

 魔族は勇者の体から手を離す、途端勇者の体は地面に落ちた。

「――あ、あ……か……う……」

 勇者から手を離した魔族は肉体を痙攣させながらよろめき数歩後ろに下がると苦しそうにうめき、両手で口を押えて苦しみ始める。

「う、あ、あ、あああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!」

 絶叫の後、膝をついた魔族は両手で押さえた口から胃液のようなものと、赤い光と白い光をを吐き出し始めた。

 吐き出された赤い光はほとんどが空中に霧散していったものの、少量の赤い光と白い光が倒れている勇者の体に集まり始めその体に吸い込まれていった。

「(……う……な、なんだ……少しだけど……体に力が戻っていく……)」

「(ほ、本当ですね……これなら、まだ……)」

 意識をはっきりと取り戻した勇者とトイレブラシは戦意も同時に取り戻し、勇者はゆっくりと剣を支えに立ち上がった。一方で、戦う気力と魔力を返還された勇者たちとは対照的に魔族はひたすら嘔吐を繰り返して奪い取った魔力と胃の中の内容物をひたすら地面にぶちまけていた。  

「(……え? なにアイツ、どうしちゃったのアレ……)」

「(……ああ、なるほど。魔力だけじゃなくて勇者様の生命エネルギー、魂の情報にまで手をつけたんですね。まったく……開けちゃいけないパンドラの箱の中身を出そうとしただけじゃなく、吸い込むなんて……)」

「(え、なにそれどういうこと? 俺の魂吸ってああなってるって事?)」

「(ええ、そういうことですね。勇者様の魂吸って食あたりをおこしてるんですよ)」

「(はあああああああああああ!? 失礼だろなんだそれッ!? 勝手に人の魂吸っておいて吐くとか無礼千万だろ!?)」

 勇者は怒りながらもゲーゲーと苦しそうに吐き続ける魔族を見た。

「(おいおい俺の魂はノロウィルスじゃねーぞ……マーライオンみたいになってんじゃねーか……)」

「(さ、勇者様、今のうちです! 魔族がド低脳ウィルスに感染してるうちに!)」

「(ド低脳ウィルスってなんだよ!?)」

「(感染すると猿以下の知能になるウィルスです、感染源は勇者様の魂)」

「(ゴミに出されたいのかこの腐れ便所ブラシ!!! ざけんなよ、俺の魂のいったいどこに低脳要素があるっていうんだ!!!)」

「(全てです)」

「(この野郎ッ!!!!!!!!)」

「(それより早く攻撃してください、今がチャンスです。今やらないとまた殺されかけますよ?)」

「(くッ!!!)」

 滝のように嘔吐を繰り返す魔族に対して勇者はなんとも言えない気分になったが、トイレブラシに促され仕方なく剣を構える。

「(まあ、いいや! この怒りはてめえにぶつけさせてもらうぜ!!! もとはといえば全部てめえが悪いんだからな!!! ぬおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!)」

 勇者は魔族に向かって勢いよく飛びかかると、苦しそうに吐く魔族の背中に向けて剣を振り下ろした。

 ザシュッ!!!!!!!!!!!!

「ぐ、おえええええええええええええええええええええええええええアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!

 背中に重い一太刀を受けた魔族は血を噴き出しながらのたうち回り、口から断続的に血と吐瀉物をまき散らした。

「(ヒャッハー! 決まったぜ!)」

「(苦しそうに吐く相手に背中から切りかかるなんて……汚いなさすが勇者様きたない……)」

「(おめーがヤレっつったんだろ!!??)」

「おげええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

 その時、魔族の吹き出した吐瀉物が勇者の顔面にかかる。

「(ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!???)」

「(汚いなさすが勇者様きたない……)」

 顔面ゲロまみれになった勇者は腕で顔を強引に拭うとゲロを噴き出し顔面にかけた諸悪の根源を見る。

「(キッサマァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!! ふざけたことしやがって俺の顔は洗面器じゃねーんだぞ!!!!)」

「(そうですよ勇者様の顔は洗面器ってほど清潔じゃなくてどっちかってゆーとゴミ袋――)」

「(なんだとてめえコラッ!!!!!)」

「(じゃなくてえーっと、あれだ、そう、エチケット袋ですよ!)」

「(変わってねーじゃねーか!? ゴミを入れるかゲロを入れるかの違いでしかねーよ!? ぶっ殺すぞッ!?)」

 トイレブラシと勇者が愉快な口論をし始めた時、魔族はゆっくりと立ち上がると千鳥足でヨタヨタと逃げ出した。

「(だいたいお前は――って、あッ! てめー! 逃がすと思ってんのかタコ!!!)」

 逃走しようとする魔族を見た勇者は喧嘩をやめると、剣を強く握りしめ切りかかる。

「(これで終わりだ!!! 今度こそくたばりやがれッ!!!)」

 勇者の鋭い斬撃が魔族の背中を捉え、再び深い傷が刻まれようとした瞬間。

 ヒュン、と音が不意に響いた時――。

「(な、なにぃッ!?)」

 魔族が勇者の視界から再び消えた。

「(や、野郎! また消えやがった! どこに――)」

「(勇者様! 上です!)」

 トイレブラシの言葉に即座に反応した勇者は上を見上げた。

 すると、そこには血を吐きながら苦しそうにする魔族の姿があった。だが魔族は木の上に上ったわけではなく何もない空間の上にいた。そして勇者は気が付く、魔族の両肩から先ほどまでなかったものが付いていることに。

「(羽……だと……)」

 魔族の肩付近からはコウモリの羽に似た、鱗の付いた巨大な両翼が生えていたのだった。

「(クソ! また新しい変身しやがった!)」

「(いえ、新しくはないですよ。さっき私たちの視界から消えたり、落下途中に軌道が変わったこともこれで説明がつきますからね)」

「(それって……アイツがあの羽使ったってことか?)」

「(ええ。私たちの視界からも魔力感知からも姿を隠せたのは見えないほど、感じられないほど空に上がったからです。それならあの隕石みたいな落下スピードも納得できますし、空中で軌道を変えられたのだって翼を一瞬出して羽ばたかせたからでしょう)」

「(ぐぐぐ、うまく隠してやがったわけか! おのれ!)」

 勇者とトイレブラシが納得していると、魔族は体をよろめかせながらさらに空高く舞い上がった。

「(あ、アイツ! 飛んで逃げる気だ! ふざけんなこら降りてこい! チキン野郎め! 軟弱者め腰抜けめ! おいこれだけ言われて逃げるのか聞こえてんのか!)」

「(聞こえてないと思いますよ)」

 勇者は喋れない事実を忘れて興奮気味に挑発したが当然魔族には届かない。

「(クソッタレ! このままみすみす逃がせるかよ! 美少女とセック――じゃなくて正義が果たせなくなってしまうじゃあないか!)」

「(その白々しい建前はともかくとして、方法ならありますよ)」

「(本当か!? どうすりゃあいい!?)」

「(魔技を魔族に撃ってください)」

「(はあ!? 吸収されるだけだろ!? 回復させてどうするんだよ!?)」

「(大丈夫ですよ、それに早くしないと逃げられちゃいますよ?)」

 トイレブラシの言う通り、魔族はかなり遠くまで飛んで行っており今なにか手を打たねば間違いなく逃げられる状況にあった。

「(ああああああああああ! もう、やってやんよ! おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」

 勇者は魔技を発動すると、飛んでいる魔族目がけて三日月形の炎の斬撃を放った。

 だが当然魔族は迫りくる斬撃を分解すると己の体に吸収する。

「(ああ……やっぱり……)」

「(ふふ、大丈夫と言ったはずですよ。安心してください)」

「(安心て、お前何言って――)」

 好転しない状況に笑うトイレブラシに物申す勇者であったが――。

「(……あれ? アイツなにやってんだ?)」

 だが事態は急変する。

「(……止まってる……浮かんだまま……)」

 斬撃が全て分解され、吸収された後のことである、魔族は空高く舞い上がるため必死に動かしていた翼の動きを緩めて空中で突然制止した。

「(さ、勇者様。続けてもう一発撃ってください)」

「(……なんだかよくわかんねーけど――おりゃあッ!!!)」

 再び勇者は魔族に向けて魔技を撃ち、再び魔族もそれを分解して吸収する、先ほどと同じ動き、同じ対応、にもかかわらず、勇者は不審に思った。

「(――焦ってる、のか……それに、なんか心なしかさらによろめいてる……俺の魔力吸収してパワーアップしてるはずじゃないのか……)」

 魔族の一挙一動から焦りと苛立ちを感じ取った勇者は今にも落下しそうになっている魔族を注意深く観察した。

「(やっぱりそうだ……便ブラ、アイツ様子がおかしいぞ。どういうことだ?)」

「(そうですねぇ、お腹を壊して食欲の無い時に無理矢理食べ物を口に押しこまれてる感覚、と言ったらわかりますかね?)」

「(……ああ……なるほど……)」

 勇者はサムウェルス公に腐ったパンを食べさせられたことを思い出し、顔をしかめた。

「(吸収すればかえって体調を崩し、かといって吸収しなければ体を焼かれる。あの魔族はまさしく板挟み状態になってるわけです。よって勇者様が攻撃すればするほどあの魔族にとってはきついわけです)」

「(そういうことか……でも……俺の魂食ってああなってんだろ? ……なんか納得いかないんだけど……俺の魂が腐った卵扱いされてんのが非常に不服)」

「(まあまあ。大丈夫ですよ、勇者様の魂は腐ってませんよ、全然清潔です)」

「(だ、だよな! アイツの体質に合わなかったってだけだもんな!)」

「(ええ、勇者様の魂はトイレのタワシ位清潔です)」

「(清潔じゃないだろそれッ!!??)」

 トイレブラシのフォローになってないフォローを聞いた勇者はフラフラながらもなんとか空に逃げようとする魔族を見て、愁いの帯びた表情を見せた。

「(……どうかなさいましたか? そんな悲しそうな顔して)」

「(いや、こうなってくるとちょっと可哀想かなって気がして)」

「(……もしかして、逃がしてあげるつもりですか?)」

 勇者はトイレブラシの問いに無言で返す。

「(……決断は勇者様にゆだねますよ、私のご主人様ですからね。少し甘いとも思いますが、そういう優しさは嫌いじゃないですよ。まあ、もう決着もついてますしね。深追いする必要はないかもです)」

「(ふッ、そうか。決断は俺に任せる、か)」

 勇者は慈愛に満ちた顔で必死に飛んで行く魔族を見る。

「(あんなに弱って可哀想に……これ以上痛めつけるなんて人道に悖る行為だ。もう決着はついてる、だったら俺のすることは決まってる)」

 今にも死にそうに衰弱した魔族を見た勇者は目をつむると、やがて――。

「(ふふッ、勇者様にも優しいところがあるん――)」

「(くたばれ死にぞこないがぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!)」

 勇者は攻撃を開始した。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!

 ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!

 勇者の魔技が連続で放たれ、いくつかの斬撃が魔族に直撃して爆発した。

「(ええー……)」

 トイレブラシは勇者の行いに対して信じられないものでも見たような驚いた声を出す。 

「(あの、逃がしてあげるんじゃ……)」

「(そんなこと誰が言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! ヒャッハー!!!!!)」

「(だってかわいそうな気がするって言ったじゃないですか!?)」

「(そうだよ気がしたんだよ可哀想な気がしたんだ文字通り気のせいだったけどなアヒャヒャヒャヒャウヒャヒャヒャヒャ!!!!!!)」

「(なんですかそれ!? 私ちょっと勇者様の人格を見直しかけたのにッ!?)」

「(うるせえ俺の顔面を攻撃した挙句人を踏みつけ魔力と俺の精錬かつ高貴で、天才で超高級品に魂食った野郎に情けなんかかけてやるもんかよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!! おらおらおらあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)」

「(やっぱり魂が腐ってますね……食あたりにもなりますよ……はぁ)」

 勇者は立て続けに魔技を放ち、魔族に当てた。爆炎が周囲を照らし森が黒焦げになっていく様子を見ながらトイレブラシはため息をついたのだった。


 魔族は消え入りそうな意識の中で必死に勇者の爆炎に耐えていたがやがてそれにも耐えかねて上空から落下した。

(ちく、しょう……死にそう、だぜ……こんな無様な醜態を……晒すなんてな……)

 空中から勢いよく地面に落下した魔族は衝撃でうめくと自身の現状をうつぶせのまま確認しようとした。焼けただれ、切り裂かれた鱗からは赤い血が流れ出している、そしてそういった傷が全身に及んでいることを知った。

(……いつ以来だ、こんな傷負ったのは……そういえばバルムントのクソ野郎と戦った時に確かこんな傷負ったような気がするな……こんな焼けただれてはいねえけど……)

 懐かしい記憶がよみがえると同時に忌まわしい英雄の顔も同時に浮かんだ。

「ちッ、もう来たか……」

 記憶に浸りながらも周囲の様子を窺っていた魔族だったが巨大な魔力が接近していることに気が付く。

「うッ! ゴホッ! ゴホッ!」

 胃の中のモノを全て吐きつくしてもなお襲い来る強烈な嘔吐感に堪え切れず咳をした魔族はゆっくりと立ち上がろうとしたが足に力が入らず立てない。

(力まで抜けてきやがった……本当にどうなってやがる……こうなったのは……さっき吸った、奴の魂が原因だ、それは間違いない……だがこれほどの拒絶反応を起こすなんて……しかもそれだけじゃない……なんなんだこの強烈なまでの満足感は……まるで、兄弟の、いや、それ以上の魂の親和性を拒絶感と同時に感じた……信じられないほどの拒絶反応と同じくらいの適合性、矛盾する両方の情報を赤毛の魂から感じた……奴はいったい……)

 考えをまとめ切れないまま、倒れている魔族のもとに向かってくる足音が一つ。

「ぐッ!」

 悔しそうに歯噛みする魔族の前に現れたのは赤い髪の毛の執事服の少年だった。

 ゴミでも見るかのように冷たい目と凍り付いた無表情で魔族を見下ろす。

「てめえはいったい何者だ!!! 答えろ!!! 俺の体に何をした!!!」

 だが答えは帰って来ず、代わりに無言で再び剣が振り下ろされようとしていた。

「な、めるなよォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!! 俺はぁぁ上級魔族、選ばれし者!!! そして選ばれた魔族だけの楽しい計画もまだ始まったばかりなんだ!!! こんなところで終われない、終わってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 叫び声と共に炎の斬撃が魔族の体に衝突し、爆ぜた。


 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!

「(ふッ、終わったな。天才による一撃で魔族は木っ端みじんに吹き飛んだ。完)」

 勇者は踵を返すと、恰好をつけながら帰ろうとした。

「(ちょっと、どこ行くんですか?)」

「(どこって、終わったから帰ろうと思っ――)」

「(さっきも同じこと言いましたよ。魔力確認を怠っちゃダメって、言いましたよね。何回同じこと言わせるつもりですか?)」

「(なんだと? ……まさっかッ!?)」

 爆炎の中からズタボロのボロ雑巾のような魔族が姿を見せる。ゆっくりと歩きながら勇者のもとに近づいて行っているようだった。

「(ふん! あんなボロ雑巾に何ができる!)」

「(フラグ立てないでください……そんなこと言っちゃったら――)」

「カァァァァァァァァッ!!!!!!」

 魔族は口を大きく開けると喉から声を出す。

「(ハハハ! 親父の痰吐きかな?)」

「(そんなわけないでしょう! あれは――)」

 魔族の口がカッと光った瞬間。

「(うぇぇ?)」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!

 閃光が走ると同時に口からレーザーが放たれた。

「(ぶごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!??)」

「(ほらやっぱり……)」

 閃光に呑まれて吹き飛ばされた勇者は何キロも吹き飛ばされて転がり元いた崩落した屋敷跡の瓦礫に激突して動きを止めた。

「(……かはッ……あ、あの野郎……ど、どこにあんな力隠し持ってやがった……)」

「(窮鼠猫を噛むって知ってますか? 追い詰めすぎたんですよ。向こうは余裕がない分、もう死ぬ気でこっちを倒しにくるでしょうね、蓄えた魔力全てを使って反撃してくると思います。ほら、勇者様も感じるんじゃないですか? もう魔族がチャージ態勢に入っていることに)」

 トイレブラシの言う通り、勇者は魔族が魔力をために入っていることを魔力感知で知り、夜の森の中をまばゆい光が満たしていることを視覚で知った。

「(で、でも俺の魂吸ったあと結構吐き出してたし、そんなに威力でないんじゃ……)」

「(いえ、変身で肉体強化に割いていた魔力や私たちから奪った魔力、全てを合わせれば軽くこの辺り一帯を消し飛ばせるでしょうね、森とか屋敷とか含めて)」

「(なん……だと……)」

 想像以上にマズイ展開であることに気が付いた勇者はうろたえる。

「(こ、この辺り一帯って、嘘だろ!? じゃ、じゃあなんで最初からそうしなかったんだよ!?)」

「(全てを合わせればって言ったでしょう? 全て使い尽くせばギリギリできるってことです。つまり向こうにとっても奥の手で諸刃の剣ということですよ、なにせ使い果たせばもう戦うどころか身動きすら取れないってことですから、向こうはもうなりふり構ってられないほど追い詰められてるってことです)」

「(や、ヤバイじゃねーか! ど、どうにかして止めない、と……こ……)」

 立ち上がろうとした勇者だったがうまく体が動かない。

「(か、体が、フラついて、思うように、うご、かねー……)」

「(無理もないですね。体のダメージもそうですけど、勇者様も体力と魔力の限界に近づいてます、ぶっちゃけ『メルティクラフト』状態じゃなければもう倒れて休眠状態になってますね)」

「(どうにかならないのか!? このままじゃ休眠どころか永眠するはめになるぞッ!?)」

「(正直、今の勇者様の魔技でも魔族の攻撃は打ち破れないですし、かといって走って阻止しようにも勇者様の体が言うことを聞きそうにありませんし。最後の手段としては、前に反射させた結界って言う手が――)」

「(おお! その手があったな! じゃあさっそく探して――いてッ、なんかガラスの破片が手に――)」

 勇者は瓦礫の残骸の、手に触れている部分を見た。

「(……うっそー……)」

 そしてそこには反射の結界で守られていた台が無残に破壊されている光景があった。当然のごとく結界は機能していなかった、どうやら先ほどの反射で機能停止したらしい。

「(……あのとき逃がしてればよかった……)」

「(万事休すですね……)」

「(あああああああああああああああああああやだああああああああああああああああああ死にたくない死にたくない美少女とヤルまで、いや、やった後も死にたくい生き続けたい生きてヤリまくってハーレム王国を築きたいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」

「(ちょ、取り乱さないでくださいよ……)」

 勇者が無表情でジタバタと暴れ出したその時、瓦礫の中から一つの玉が転がり落ちて勇者の目の前に現れた。

「(……ん? これって……)」

 勇者は赤い宝玉を拾い上げた。

「(『暁の涙』……だよな……?)」

「(そうか! その手がありましたよ! 起死回生の一手になるかもしれません! 勇者様、それを『火竜の剣』の柄にはめ込んでください!)」

「(ああ、そういえばこれって元々『火竜の剣』にはまってたんだっけ? ってかこれを取りにここまできたんだったっけ、すっかり忘れてたぜ。でも附属品ってことは――)」

「(そうです! 本来の威力に近づいて魔技の威力が上がるはずです!)」

「(そりゃあいい! ……でもこんなちっこい玉一個だけで相手の全身全霊の攻撃を打ち破れるのか?)」

「(絶対とは言い切れません、でも可能性はあるはずです!)」

 半信半疑な勇者の視界がさらにまぶしく光だし、魔族の魔力がさらに跳ね上がる。

「(時間がありません! 信じてください、私の言葉を!)」

「(…………)」

「(なんで無言なんですか!? ……もう! だったら武器を使う自分の才能でも信じてください!)」

「(必ず勝てる気がしてきたぜぇ)」

「(こんちくしょうゥゥゥゥゥゥ)」

 恨めしい声を出すトイレブラシをよそに勝利を確信した勇者は剣の柄に『暁の涙』をはめた。

「(……なんか、別に何も変わらな――)」

 言葉を遮るように勇者の体を赤いオーラが包み込むと、キィィィィィィィィィィィンという音と共に全身から稲妻のようなものがほとばしりだした。

「(お、おおおおおおおおおおおおお! すげえ、力がみなぎって! これなら、今ならなんでもできる気がするぜ! 今の俺ならクリスマスの時に営業中のラブホ全てをサウナに出来る気がする!)」

「(だからもう少し例え方を……まあ、いいですけど――ッ!? 勇者様!)」

「(わかってるよ! 上だろ!)」

 先ほどまでとは打って変わってあっさりと勇者は立ちあがると上を見上げた、正確に言うならば上空五十メートル付近を飛んでいた魔族を見上げた。口に巨大な光の玉を携えた魔族は勇者を見下ろしながら追い込みと言わんばかりに光の玉をさらに巨大にしていき、玉の大きさは全長二十メートルを超え、スッポリと魔族の体を覆い隠してしまった。

「さあ、俺の全力だァァァァァ!!!! 光栄に思って派手に吹き飛びやがれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」

 叫んだ魔族は全てを破壊しつくす魔力の塊を地上に放った。

「(いくぜ、新しい俺の必殺技のお披露目だ!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!)」

 同様に叫んだ勇者は地面を蹴ると光の塊に特攻をかけた。

 地面を蹴った後、数十メートルは優に跳躍した勇者の体は全身が紅蓮の炎に包まれていた。

 そして二つのエネルギーは激突し合う。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!

 せめぎ合うように拮抗し合う二つのエネルギーだったが勝敗はすぐにつきはじめた。

「(ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ……!!!!!!!!!!)」

「(勇者様頑張ってください!!!)」

 魔族の放った光に勇者が押され始め、地面に向けて押し戻されそうになる。

「ハハハハハハハハハハハハハ!!!! 俺の勝ちだァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 魔族は変身に割いていた魔力を全て砲撃にまわす、すると最初の小型の竜の姿に変わったが、その結果さらに砲撃の威力が強まり、勇者は地面によりつよく押し戻される。

「(くそォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!! ここまでなのかァァァァァ!!!!)」

「(そんな!!! こんなものじゃないはずです!!! 勇者様、まだ出力はあげられるはずです!!! もっと全力でやってください!!!)」

「(くぅぅぅぅ、やってるよ!!!! これでも全力だっつーの!!!!)」

 そんな中であった、ザァァァと勇者の耳に砂嵐の音が聞こえて来た。

「(こ、こんな時に、翻訳機能が戻っても意味ねーって――)」

 勇者が一時的に相手の言葉を聞きとれるようになった瞬間――。

「ハハハハハ!!!! お前の強さに免じて、死んでも覚えておいてやるよ!!!! お前の顔を!!!」

『ハハハハハ!!!! お前のブサイクさに免じて、笑ってやるよ!!!! 扇風機みたいな顔しやがって!!!!』

「(扇風機……この俺が……扇風機みたいな顔だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)」

 勇者の体が赤く赤く、さらに赤く燃え上がり全身が炎に包まれていった。炎に包まれた勇者はしだいに形を変えていきやがて不死鳥のような姿の炎に変化した。

「ば、バカなッ!? こんなことが――」

 魔族と同じように飛行可能となった勇者は空を舞い上がりながら光を喰らいその炎をさらに大きく、熱く輝かせる。

「(扇風機みたいな顔ってどんな顔だよ言ってみろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!)」

 巨大な不死鳥に姿を変えた勇者は光を焼き尽くしながら魔族に迫る。 

「な、にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

「(誰が扇風機だふざけるなクソカスがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

「こん、なところでぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!!」

 魔族が全ての光を吐きつくした時、勇者は魔族の眼前に到達し、同時に最高速度に到達していた。スピードを殺さないまま、勇者は魔族に激突する。

「(扇風機ってなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!)」

 バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!

 紅蓮の不死鳥と一体となった勇者が魔族の体を貫いた瞬間、不死鳥もろとも魔族と勇者は爆発し消し飛んだ。

 こうして勇者と魔族の戦いは決着の時を迎えたのだった。


 爆発から数十分後、トイレブラシは黒焦げになった勇者を引きずりながら森を進んでいた。だが疲れたのか一休みといった具合に勇者を地面に下ろした。

「ふう、相変わらず見事な黒焦げっぷりですね。しかし顔を侮辱すると何で戦闘能力があがるんですかねこの人……謎です……まあ、なにはともあれお疲れさまでした勇者様」

 『メルティクラフト』を解き、黒髪に戻った勇者にねぎらいの言葉をかけるとトイレブラシは空を見上げた。爆発と同時に気絶した勇者とは違い、勇者に敗れた魔族が空中で魔法陣の中に飲み込まれた姿を確認していたトイレブラシは『外』の存在に思いを馳せていた。

「まったく……魔力だけを吸っていれば勝てたでしょうに……勇者様の『喜劇』はあなた達には毒なんですから……それとも吸わせるようにしたこと自体があなたの『特性』の能力の一部なんですか勇者様?」

 勇者を一瞥した後返事がないことを確認したトイレブラシは空をもう一度見た。

「……夜明け、ですね」

 太陽の光が昇るのを見たトイレブラシは勇者を引きずることを再開し、城に向かって進み出す。


 アイオンレーデ国、ウルハともっとも近い国境付近の町カーマイン。人がまばらになっているこの町で今緊迫した空気が場を支配していた。

「ハア……ハア……ついてるぜ、クク……まだ……俺は生きて、いる……それに全部吐き出したからか体調も元に戻ってる……」

 何かに焼かれたように全身から湯気を出しながら、もともと黒かった竜の鱗を赤く変色させた魔族は血だらけの肉体でなんとか立ち上がる。見ると、周囲には数人の騎士たちと共に鎧に身を包んだ金色の髪の青年と褐色肌の大柄な青年が武器を携えてつらそうに表情を歪めていた。

「シャルゼ!!! 気をしっかり持て!!! 君はシャルゼ・ベルト―ルだろう!!!!」

「レオンの言う通りだ!!! 戻ってこいシャルゼ!!!!」

 レオンとガゼルは魔族の中に眠っているであろうシャルゼの人格を呼び戻そうと必死に呼びかける。

「ハハハハハ!!! 無駄無駄!!! 小僧なら俺の中で眠ってるよ!!!」

「てめえ……!!!」

 ガゼルが悔しそうに歯噛みする横でレオンは二本の槍を十字に重ねようとしていた。

「シャルゼは返してもらうぞ……!」

「だな。ボコってシャルゼを取り戻す!!!」

 ガゼルも同じように籠手を重ねようとした時――。

「待って二人とも! 僕の意識はあるよ! だから攻撃しないで!」

 シャルゼの声が魔族から出された。

「シャルゼ! 意識が戻って――」

 レオンが槍を十字の状態を解除した瞬間――。

「なッ!?」

 魔族が消え、レオンの背後に一瞬でまわる。

「うっそだよォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 そのまま魔族の手刀がレオンの背中目掛けて突き刺されそうになったが、レオンがいち早くこれに気づき後ろへ跳んだことでこれは未然に防がれる。

「てんめえぇぇぇぇぇ!!!」

 ガゼルが再び『メルティクラフト』を発動しようとした時。

「やめて! 本当に僕の意識はあるんだ! まだこいつを抑えつけられるまでじゃないけど、でも時間さえあれば抑えつけられると思うんだ! 君たちの魔力を少し分けてくれればすぐにでも魔族を僕の中に押し込めることができるはずだよ! 体だってもとに戻せる!」

 手を地面について非力さを示しながら魔族はレオンとガゼルに救いを求めた。

「お願いだよ、レオン君、ガゼル君、魔力を分けて……僕を助けて」

 涙声で助けを求める魔族にレオンとガゼル、他の騎士たちは動揺する。

「れ、レオン、どうするよ?」

 ガゼルに促されるようにして辛そうに考え込んでいたレオンは口を開いた。

「……本当に君はシャルゼなんだな?」

「うん、さっきのは魔族のだけど……今はなんとか抑え込めてるよ……でも時間がないんだ……だから早く、お願いだよ」

 レオンはしばらく考え込んでいたが、やがて答えを出す。

「わかった、それなら僕の魔力を――」

「いや、その必要はない」

 冷たい氷のような声が場に響いた。

 ヒュンと風がレオンの横を通り過ぎたその時だった。

 一瞬のうちに魔族の体、特に腰から足にかけての下半身が氷漬けになっていた。

 レオンは急ぎ後ろを振り返る、するとそこには銀色の髪をたなびかせながら一人の騎士がこちらに歩いてくる姿が映った。

「フリードッ!」

「おま、急に来てなんてことすんだ!」

 レオン、ガゼルがそれぞれの反応を見せる中、それを無視したフリードは氷漬けになっている魔族の前にやってきた。

「ひどいよフリード君! こんな、どうしてこんな酷いことを!」

 魔族ははフリードに訴えかけるように言ったが、当のフリードは冷たい目をいっさい曇らさせなかった。そして続けざまに氷の魔技をシャルゼの体にかける。

「なッ!?」

「おいおいおいッ!?」

 レオンとガゼルの驚きなど気にも留めずにバキバキと音を立てて氷は魔族の体を飲み込み始める。

「な、やめて! やめてよ! お願いだよ!」

 だがフリードはいっさいためらいなく魔族の体を氷漬けにしていった。

「フリード! いい加減に――」

「いい加減にするのはお前の方だレオンニール。状況を考えろ、奴は魔族。シャルゼではない」

 レオンに反論するフリードも声は恐ろしいくらい抑揚がなく、淡々としていた。

「なぜ彼がシャルゼではなく魔族であると断言できるんだ!?」

「姿形が魔族だからだ」

「それは理由になっていない! シャルゼの意識が魔族に残っている可能性だって――」

「それはない。魔族の肉体には魔族の意識しか宿らない、シャルゼ自身がそう言っていた。それにこれはシャルゼに頼まれたことでもある」

「ど、どういうことだ!?」

「もし自分が魔族の姿で戻ってくようなら容赦なく氷漬けにしてほしい、そう頼まれていた」

 レオンは今度こそ絶句した。

「お前やガゼルではもし仮に頼んでいたとしても結局は情にほだされていただろう。俺に頼んだこと自体はどうやら間違いではなかったらしい、面倒だが来て見て正解だった。というわけだ、残念だったな魔族」

 フリードの言葉と同時にレオンとガゼルは首近くまで氷の柱に埋め込まれていた魔族を見た。

「…………ちッ、なんだよ。心優しいお友達しかいないと思ってたんだがな、中々の鬼畜がいるじゃねーか。外だと吸収が使えねーから分けてもらおうと思ったのによー」

 その言葉を聞いた瞬間、レオンとガゼルは騙されていたことを悟る。魔族はそのまま心底残念そうに語り始めた。

「あーあ……一足先に完全体になるつもりだったっつーのに……赤毛といいお前といい……ついてないな俺は…………まあいいや、遅かれ早かれ俺たちは復活する。今は人間同士で殺し合ってろ、かつての希望がお前たちを絶望に叩き落す、悲劇の幕は上がったばかりだ!!!! アハハハハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハ!!!!」

 笑い狂う魔族に向けてフリードはつまらなそうに最後の一撃を加え、完全に氷の柱に埋めた。

「……フリード」

 レオンはフリードに声をかけると頭を下げた。

「すまなかった。副隊長失格だ、本来ならシャルゼの頼みは僕が引き受けなければならなかった」

「……頼み?」

「シャルゼが君に氷漬けにしてほしいといった頼みだ」

「……ああ、あれは嘘だ」

「な、嘘、だと……!?」

 抑揚の消えた声でそう言ったフリードはまたしてもレオンを無視し、踵を返すと来た道を戻り始めた。

「――待て!!!」

「……なんだ?」

 レオンはフリードの胸倉を掴み上げ、睨み付ける。

「ウソだと!? ふざけているのか!!! 根拠もなく仲間を氷漬けにして!!! 下手をすれば死――」

「戦士とは死ぬものだ」

 フリードはレオンの手を振り払うと凍えるような瞳でレオンを見つめる。

「シャルゼは人よりも遥かに危険な体質。騎士団に入る時にも誓約書を書かされ、皆の前で読み上げられた。その内容はお前も知っているはずだ」

「知っている! だからこそ魔力を与えてシャルゼを戻そうと――」

「だが結果的に言えばお前の行動がシャルゼをかえって危険にさらした。アイツが完全に魔族と化す原因をお前は与えかけた。そうなれば俺たちは総出でシャルゼを始末しなければならなかった、誓約書に書かれた内容に従ってな」

 痛いところをつかれ、レオンは黙るしかなかった。

 それに対してフリードは続ける。

「……副隊長失格、と自分で言ったな。だがそうじゃない、お前はそれ以前に戦士失格だ。冷酷な判断が下せないお前ではいずれ仲間を死なせる。お前は無能を晒すために騎士団に入ったのか?」

「おい言いすぎだろ!」

 ガゼルがレオンとフリードの間に入り込み仲裁をしようとしたが、フリードはそのまま来た道をなんでもないように戻り始めた。そしてその場に残されたレオンとガゼル、数名の騎士たちはただ、立ち尽くすしかできなかった。


 フリードは歩きながら考えていた。

(赤毛の剣士……魔族になったシャルゼをあそこまで追い詰めるとは……やはり普通のやり方では捕らえるのは難しいだろう……レオンやガゼルは実力は確かだ、そしてシャルゼもまた同じ……だが奴らは甘い。俺は奴らとは違う、必ず赤毛の剣士を捕らえる)

 フリードは虚空を見上げながら鋭い目つきをより鋭く細める。

「例え、どんな手を使っても」

 目標を捕らえるようにして空に掲げられた手は力強く握りしめられた。     

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