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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
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2話

授業の終了を告げるチャイムの音が鳴ると教師は簡潔に次回の予告をし教室から去って行った、すると生徒達は一斉に動き出し少年の席を取り囲むと同時に彼に対する称賛の言葉をあらためて口にした。

「いや~ほんとにすごかったな!」

「この高校始まって以来の逸材だってこの前先生たちが話してたぜ!」

「あんまり褒められると恥ずかしいからやめろって、ほんとにもう!」

 少年は長めに伸ばしたボサボサの黒髪に手を当てると恥ずかしそうに言葉を制した。

「なあ、もう一度問9の問題の答えを教えてくれよ! 実はさっきボーっとしててよく聞いてなかったんだ。他にも聞いてなかった奴もいるかもしれないしさ、頼むよ!」

「実は俺も聞いてなかったんだ! 頼む!」

「全く、しょうがないな!」

 周りを取り囲む生徒達の声にやれやれとでも言わんばかりの態度で席を立ち肩をすくめると、問9の解答についてあらためて答える。

「答えはアルファベットの~」

 周りの反応を楽しむように答えをじらしながら言い放つ。

「Dだよ!」

 先ほどと明らかに違う解答を話す少年に対して生徒達は非難すると思いきや

「そっか~Dなのかぁ~」

「すげぇなぁ…」

 素直に感心しながら納得の表情を浮かべ、少年にいたっては言葉にこそしないが、自身の頭の良さに酔いしれていた。胸を張る少年の姿は平均的な男子高校生ほどの身長を持つ彼をより大きく見せた。

 違和感しか残さないこの空間において誰一人として間違った解答に訂正を加えないばかりか称賛の言葉を贈ったり、問題の質が大幅に低いなど明らかにおかしいこの高校の名は私立阿呆高校、近隣区域の別の学校に通う学生からは恐怖と畏怖の両方の対象であり、ある通り名がつけられていた。

(ああ! どうして俺ってこんなに頭が良いんだろう…)

 通称チンパンジーの楽園、と

 全国でも指折りのバカが集められるこの高校は入学できなければ人間以下、入学するくらいなら動物園の檻の中に入ったほうがましとまで言われていた。どこの高校にも入れなかった札付きの不良がここに入った後わずか一か月たらずで親に泣きつき別の高校に編入させてもらったという話は有名で、この学校に入ったことが転機となり後に哲学者にまで大成した彼は語る。

「普通のバカなら発狂するだろうね、なにせどんなバカにも備わるであろう一般常識や知性といったものがあそこでは通用しないし、また必要ともされない。いや、違うな…考えるという行為そのものが危険なんだよあの高校では…ね」

 そんな最強の底辺戦士たちが集うこの高校では普通の人ならば違和感を感じることも日常茶飯事であり少年を褒めちぎる彼らの行いもまたいつものことであった。

 そしていつもどうりの時間は流れあっという間に放課後となり、教室からはオレンジ色の夕陽の光が差し込んでいた。生徒達の大半は部活動や帰宅のために教室からいなくなっていたが、そんな中に一人だけ自分の席に座りながら手を組み窓を眺める人物がいた。

「……俺はなぜこんなにも優秀に生まれてしまったんだろう、そしてなぜこの世界に生まれ落ちたのだろうか。俺にはこの世界は狭すぎる、どこかにないだろうか俺のこの才能を活かせるそんな素晴らしい世界が」

 少年は窓の外を眺めたそがれながら独り言をつぶやく、その言葉は冗談ではなく本当に自身は優れているということを確信したもので、普通の人から見れば馬鹿馬鹿しくみえる発言だが彼にとっては深刻な悩みでありこの発言も真面目なものであった。

「……さて、そろそろ帰るか…おっと授業で使ったものを持ち帰らないと」

 机の中から据え置き型のゲーム機と携帯式のゲーム機、ラジコンの飛行機やロボットのプラモデルなどを鞄にぎゅうぎゅうに詰め込み身支度を整え、忘れ物はないか確認し席を立ち、帰るために教室を後にした。

「今日はどの道から帰るかなぁ…早く帰りたいし、近道するかな…」

 自宅まで徒歩で通学している少年は帰り道をいくつか知っていたが、荷物が重く早く帰りたい気持ちが強かったため家に着くまでの最短の距離の道を選択した。少年の住む田舎町は何もないというわけではないがショッピングモールなどの店やゲームセンターや映画館などの娯楽施設が比較的に少なく学生たちにとっては退屈な場所であったが、対照的に田んぼや畑などは数多く存在し、高校や彼の住む家の近くにも散在していたため、近道といえば田畑の脇道などに限られた。いつものように順当に道を進みながら家に向かっていると、突然彼の頭に声が響いてきた。

(…わ…し…の…え…が…き……え…す…か)

「な、なんだ!? 声が頭に響いて…」

(私の…声…が…きこえ…ます…か)

「まただ!? なんだこれ…」

 先ほどよりも明瞭になっていく声に驚きながら周りをキョロキョロと見回す

(私の声が聞こえますか? もし聞こえているのならどうか返事をください!)

「…聞こえてるけど…」

(聞こえているのですね!? 私の声がッ!!!!)

「で、でかい声出すな!! 頭に響くだろうが!?」

(すみません、つい興奮してしまいまして)

「…まぁ、いいけど…それで? お前はなんなんだよ」

(申し遅れました、私は…えーと…とある聖剣に宿る意思、的なものです)

「なんだよ意思的なものって……」

 頭に響いてくる可愛らしい少女のような声とは対照的にあまりにも胡散臭い自己紹介に眉をひそめる

(まぁまぁ、そこは置いておいて話を聞いてください)

「いや…重要だろ…でもまあいいか…それで話ってなんだよ」

(ありがとうございます! 実は私、とある世界を救う英雄をさがしていまして…)

「よしわかった! つまり俺にその世界を救ってほしいんだな?」

(…ええ、まぁ…そうなんですけど…なんでそんなに物わかりがいいんですか?…話の途中なのに)

「わかるさ…英雄、異世界、と来れば…最後のピースは俺、そうだろ?」

(いやーマジワケワカメですね)

「ん? なんか言ったか?」

(いやなんでもないです! でも話が早くてこっちもすごく助かります! 本当に単純、じゃなくて聡明な方でよかったです! それでなんですが…ぜひお力をお貸しいただけないでしょうか?)

「フッ…やはり…俺はこの世界には収まりきらないのか…まさか自身の才能の使い方に悩んだその日に異世界から招待状が届くとはな…因果なものだな」

(あのー…それで…力を貸していただけるんでしょうか…?)

「いいだろう! その願い、聞き届けてやろう…!」

(ありがとうございます! では詳しい説明を聞いていただくためにもまず私のいる場所に案内させていただけないでしょうか? 私のいる場所から貴方のいる場所に声を飛ばすのはなかなか大変でして、できればこちらにお越し頂けないかと…)

「いいだろう…案内しろ」

 すっかり英雄の気分になった少年は前髪を掻き上げると聖剣のある場所までの案内を促した。

(では、そのまま真っ直ぐ進んでください)

「真っ直ぐだな、だけど徒歩で行ける距離にあるのか?」

(はい! そんなに遠くではないので、時間もさほどかからないかと)

「よし、わかった!」

 元気よく返事をかえすと悠然と歩を進め、聖剣の存在する場所に向かう。少年の頭の中にはどうしてこんな片田舎の田畑しかないような場所に聖剣が存在しているのか、またどうして自分が選ばれたのかといった当然の疑問は浮かばず、代わりに自分が異世界で聖剣を振り回し敵をスタイリッシュに倒していく妄想という名のファンタジーが頭を支配した。

(ぐへへ、俺もついに世界に名を刻む英雄になる時がきたか…まぁ当然と言ったら当然だがな。むしろ今までのほうが不自然だったといえる。この平和すぎる日本に前世で戦いの化身であり、破壊の神だったこの俺が生まれ落ちたという事実はやはりこのためだったんだな…強力な力は戦いを引き寄せる…か、異世界での戦いまでも引き寄せてしまうとは…罪深すぎるな…俺の才能は…)

 頭のおかしい妄想がヒートアップしてきたところで聖剣から声がかかる

(もうすぐ着きますよ! 次の分かれ道を右に曲がってください)

「次の分かれ道を右…?…普通に畑しかなかった気がしたけど…」

(実はこちらの世界のこの場所に来てからまだ日が浅いので私がいることは誰も知らないかと…)

「ふーん…そうなのか…まぁいいや」

 脇道を進みながら言われたとおり右に曲がると少年は畑があるであろう方向に異常をとらえる。

「おお…!…なんだあの、神々しい輝きは…!!」

 彼の視界がとらえたその光景はあまりにも美しく形容しがたいものだった。例えるならば黄金の光の柱とでもいったところか、その美しさは並び立つものなど存在しないのではないかと思わせるほど圧巻であり本来ならば高層建築物がないこの田舎町においてこの時間にもっとも美しいであろう昼から夜に切り替わる際の幕間劇での主役の沈みかけた燃えるような夕陽ですらその輝きの前では霞んで見えた。

(もう案内は不要ですね…?…あとはあの光に向かい進んでください、英雄殿…いえ、勇者様!!)

「…クククク、あーはっはっはっはっはっはっはっはっは!!! まかせておけ!!!」

 姿勢を正し一歩一歩足を進めるその様子は英雄を意識したものなのか余裕に満ち溢れていた。しかしそんな悠然とした肉体の動作とは裏腹に顔の方は鼻の穴をカバのように広げ、口からは涎をたらし、目を血走らせるなど自身がこれから得るであろう力や名声といった欲望により英傑とは程遠いものだった。

(聖剣を手にする前に一つ確認したいことがあります、よろしいですか…?)

「なんだ…?」

(先ほどは軽い感じで世界救済のお願いをしましたが、私を手にするということは世界の命運を握ることと同じこと…つまり貴方はこの平和な日常を捨て壮絶な戦いの世界に足を踏み入れる選択をすることになります…この意味がわかりますか…?)

「…なるほどな…」

 覚悟、その言葉を自身に問うている、それだけは少年にも理解が及んだ。

「…俺はなぜ自分がこの世界に存在するのかという理由を考え、そして探し求めてきた。俺の天才的なまでの才能はこの平和で退屈な日常のなかで目的を見いだせないまま浪費されていく一方だったからな…だがそんな鬱屈した心が今日一つの解答を得たよ…平和とは普通の何の変哲もない人々が生きるもの、そして俺のような異端児は平和の中では生きられない…ならば、それならばどこで生きればいいのか」

 光の柱に近づきつつある彼の表情は先ほどまでとは明らかに違っており、引き締まった顔は決意の表れを物語っていた。そして自身で見つけた覚悟と在り方の解答の言葉を聖剣に対してゆっくりと紡ぎだす。

「それは…戦いの場だ! 普通の人々が生きられない過酷な戦場…そこでしか俺は生きられないし、生きることが許されない…きっと、この先もここにいたって俺は満たされないだろう…それに、そんな俺にしかできないことも同じように悟ったぜ…」

 歩き続けた少年の視界の先には目的地である光の柱がもはや目と鼻の先にせまっており美しい黄金の光の粒子が彼を祝福するように全身に降り注ぎ、同時に聖剣から放たれる暴風が進行を阻んだ。そんな状況のなか最後の決意を視認できないほど強烈な眩い光の柱を纏い中央に存在するであろう聖剣に自身の紡ぐ最後の言葉を叫ぶように言い放つ。

「俺にしかできないこと…それは、戦場を切り裂き普通の人々が生きられる平和をもたらすことだッ!!そしてこの時この場所で聖剣を引き抜くことでそれを証明して見せよう!!!」

(なんという覚悟…貴方の思いしかと受け止めました、この私も及ばずながら貴方の力となりましょう! これから先貴方の前に立ちふさがるものは私にとっても敵です!! この私を貴方に託します!!!)

 少年の覚悟に応じるように聖剣の意思は答え、見る見るうちに立ち上っていた光の柱は形を変え球状に変化していき、それと同時に暴風もさらに強力になり彼の体を襲うも、地面にうずくまるようにして何とか耐える、そしてその中で頭に響く自身の想像した流麗な形をもった美しくも猛々しい黄金に輝く聖剣の最後の言葉を聞いた。

(さあ! 双眸を見開きて、我が声に耳を傾けよ!! 我が名は聖剣!!!)

 ぎゅるぎゅると轟音を響かせながら光の球体は小さく圧縮するように徐々に変化していき、人一人入れるくらいのくらいの大きさになると、閉じ込めたものが限界をむかえるように勢いよく爆風とともに爆ぜる。少年は自身が待ち焦がれた聖剣を見ようと地面に這いつくばりながら学ランが土で汚れるのも気にせずにほふく前進するように聖剣のもとに向かった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! こんな風に負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 必死に聖剣の元までたどり着こうともがきながら何とか這いより近づく、何としてでも手に入れたいという決死の思いが通じたのか徐々に風は収まり服や顔を土で茶色に染めながらも何とかたどり着く。息を切らし汗だくになった顔を地面に向けたままうつぶせの状態という情けない体勢ではあったが聖剣は彼を称えるように自身の名を告げる。

「エクスカリバー!!!」

 頭に響く声ではなく初めて聞く肉声の可愛らしい少女の声によって発せられた伝説の剣の名は彼を歓喜へと導き、泥だらけで疲れた顔を満面の笑みへと変えさせた。そして自身が手にする聖剣を見ようと勢いよく顔をあげる、その表情は希望に満ち満ちており彼の期待通り美しい聖剣が出迎える、はずだった。

「俺のエクスカリバーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!…………あ………れ…?…………」

「はーい!!! エクスカリバーちゃんでーす!!」

 ハエのたかった肥溜めに突き刺さる小汚いトイレブラシが眼前に現れた。

「もう! そんな泥だらけになるまでに私が欲しかったなんて…そんなにがっついたらダ・メ・だ・ぞ☆女の子は丁寧に扱わなきゃだめなんですから!!」

 少年は絶句したまましばらく呆けていたが、自我を取り戻すと現状の確認を急いだ。しかし何度周りを見ても聖剣らしいものは見当たらず、やはり目測40センチほどのピンク色の柄にこぶし大で同色の卵型スポンジが先端に付いたトイレの掃除用具がスポンジを下にしたまま肥溜めに突き刺さっている光景しか発見できなかった。

「どうしたんですか…?…なんでそんな呆けた顔して…ははーん、さては恐れ多くて私に触れないんですね! 安心してくださいチェリーチェリーボーイな勇者様でも私が手とり足とり教えて差し上げます! さあ! やってみましょう!! まずは私を握ってみてください!!! レッツビギン!!!」

 聖剣の的外れな指摘になんとか保っていた少年の理性は限界をむかえ、美しい聖剣の姿に対する期待を裏切られたことだけでなく、寝る前にずっと考えていたかっこいい決意のセリフが見事に空振りに終わったこと、美しい聖剣を振り回し敵を葬り去る妄想、異世界にいるであろう美しい少女たちとハーレムを築く妄想、全てが台無しになったという厳然たる事実が彼を般若へと変貌させた。ゆっくりと幽鬼のように立ち上がると聖剣に向き直る。

「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!! ペッ!!!!!!」

「ちょッ…!? 汚ッ…!! なにするんですか……!?」

 聖剣という名前のトイレブラシに痰を吐きかけると足元に転がっていた2キロほどの石を持ち上げる。

「ちょッ……!? その石どうするんですか…ま、まさか投げたりしませんよね…?」

「……フフフ……あははははははははははははははは!」

「あは…あは、あはははは…あははははは…あはははは」

 一人と一本の笑い声が畑中に響き渡るもそれほど長くはもたなかった。

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 石を投げつけられた聖剣は体勢を崩し肥溜めの海に身を沈めた。

「死ねッ!!!」

 少年は罵倒の言葉を吐き捨てると踵を返して家に向かって歩き出した。

「え…ま…ちょ、待ってください…!?…ここまで盛大に演出したのに…!!…戻ってきますよね…!?…この仕打ちは30間際まで付き合った彼女を捨てて新しい女に走るが如き暴挙ですよ!?…勇者様!!…ゆうしゃさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 聖剣の絶叫は勇者の耳には聞こえたが心には決して響くことはなかった。 

 





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