28話
勇者はカルチェに切りかかり、カルチェは剣でそれを受け止め、切り返すと勇者を弾き飛ばした。
「ぐうッ!」
「さあ、あまり時間はかけていられない! ここで決着をつけさせてもらう!」
『暁の涙』が置かれた台の前に立ちふさがったカルチェを勇者は憎々しそうに睨む。
「(ちくしょう、後一歩なのに! どうにかならないのか便ブラ!)」
「(難しいですね。上位魔術を使うとなると時間が最低でも十分以上かかりますから。かといって『メルティクラフト』は使えませんし。というかたまには勇者様が物理攻撃でどうにかしてくださいよ。もしそれでもだめなら、相打ち覚悟で私がなんとかしますから)」
「(何が覚悟だ相打ちになるの俺じゃねーか!? って、うわあああああ!? またきたぞおおおおおおおおおお!?)」
勇者とトイレブラシの密談を邪魔するように、カルチェは再び魔力の渦による攻撃を放ってきた。しかし高速詠唱で魔術を発動したトイレブラシのバリアがまたしてもカルチェの攻撃を防ぐ。その様子を神妙な面持ちでカルチェは見ている様子だった。
「……君は何者だ。私のように魔眼の力があるわけでもない、かと言って詠唱している様子もなく魔術を発動している。もしや、脳内で詠唱しているのか? 言葉に出さずに脳内で高速詠唱するなど聞いたことがないが……それもこれだけ激しい戦闘の最中に……不可能のはずだ……魔術を行うには制止した状態でなければならないというのに……」
「ふふん、まあ凡人には理解できないだろうな! この天才の力は!」
「(あのぉ、ナチュラルに私の手柄をさも自分がやったことのように言わないでくれませんかねぇ。まあ勇者様が動いてくれているおかげで私は制止した状態で詠唱に集中できるんですけど)」
「(そうだろうそうだろう。つまり突き詰めれば全て俺のおかげって、またかコンチクショウがあああああああああああああああああああ!? だがそうそううまくいくと思うなよぉぉぉぉぉ!!!!)」
再び隙を狙ったようにカルチェの攻撃が勇者を襲うが今度はトイレブラシの力を借りることなく勇者自身が魔力の渦を避けてカルチェに反撃する。四つほど発生した魔力の渦の隙間を縫うように走り抜け、カルチェのもとに駆ける。
勇者は右手に持った剣を後方に大きく引くと、すでに防御態勢を固めていたカルチェの剣目がけて振り下ろす。
ガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!
「くらえ、そして我が斬撃のもとに果てよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ぐううううううッ!!!!」
想定外だったのか、勇者の剣の重みに耐えかねたカルチェが苦し気に呻きながら後ろに下がったが、勇者は逃がさずさらに力を込めて剣を押し込める。
バキィィィィィィン!!!!!
「ぐわああああああああああああッ!?」
金属が砕けるような、かん高い音が鳴り響くと同時に勇者の『火竜の剣』がカルチェの剣をへし折り、カルチェの体をその余波で吹き飛ばした。
「はーーーーっはっはっはっはっはッ!!! 見たかこの天才の力を!!!」
勇者は勝ち誇り、剣を大げさに掲げる。
「(すごいだろう便ブラ! ご主人様を褒めたたえる栄光を貴様にやろう、さあ褒めたたえろ!!!)」
「(すごいですね!!!)」
「(そうだろうすごいだろうかっこいいだろう!!!)」
「(流石国宝『火竜の剣』です!!!)」
「(武器じゃなくて俺を褒めろよ!?)」
武器が砕け、カルチェの体が壁に激突したことで勝敗は決したかに見えた。
「(いやぁ、相打ちになるかもしれない作戦を実行しなくて済んでよかったですよ。これもひとえに『火竜の剣』の性能のおかげですね!)」
「(貴様頑なに俺の活躍を認めない気だな……)」
「(アハハ、冗談ですよ。しかしあの魔力の渦の中をよく回避しながら突っ込めましたね)」
「(ふん、何度も撃ってきたからな、あの魔力の渦がどう動くのか感覚で分かったのSA☆ッ!)」
「(勇者様って本当に魔力の感覚に鋭くなりましたよね。これならこの先の戦闘もだいぶ楽になるかもしれません)」
「(だいぶ楽? 超楽勝の間違いだろ? なははははははッ!!!)」
「(まったく、すぐ調子に乗るんですから……)」
勇者の様子に呆れつつも、戦いが終わった安堵からかトイレブラシの声は柔らかいものだった。
そして勇者はとうとう『暁の涙』の前に立った。
「……しかし滅茶苦茶だな……宝とかその他諸々が……」
「カルチェさんがあの魔力の残滓を利用した方法を最初から使わなかったのはこの場所が滅茶苦茶になることを恐れたからでしょうね。本当は最初の魔力の渦で勇者様を部屋の外に弾き飛ばしたかったんでしょうけど、勇者様が動き回るからこんな惨状に……」
宝物庫の中はすでにグチャグチャになっており、まばゆい光を放っていた宝たちは、粗大ゴミに等しいガラクタへと姿を変えていた。
「悪いなカルチェのおっさん。俺が速くてカッコよすぎるせいで……」
「そうですね、台所の隙間を移動するゴキブリのようなスピードでしたよ」
「お前はもうちょっと人の喜ぶ表現を学んだ方が良いぞ掃除用具……」
「じゃあ下水道を移動するドブネズミの、痛、痛いですううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」
トイレブラシの言葉に激怒した勇者は無言で地面にブラシを叩き付ける。恒例のおしおきを終えた後、勇者は『暁の涙』があった場所へと戻った。
「あったあった。とっとと回収して帰るか。アンサムの不正の証拠とか掴むのは無理そうだけど、とりあえず目的達成だな」
「そうですね。でもこんなに上で騒いでいるのに下の人たちはどうしてここに来ないんでしょうか。普通来ると思うんですが……」
「さあな。防音になってて下に響かないだけなんじゃね」
「いや壁に穴が開いてる時点でそれは無いと思います……それに屋敷の主であるアンサムさんはどこにいるんでしょうか。一階で聞いた料理長の話では食事を待ってるらしいですけど」
「どうでもいいだろそんなこと。早くこれを持って帰ろうぜッ、と」
勇者は『火竜の剣』の柄でガラスを殴打して破壊すると、中から『暁の涙』を取り出した。
「これで任務かんりょ――」
「渡しはしないと言ったはずだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」
「うわ、ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお待、うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
が突如体当たりするようにして突っ込んできたカルチェに突き飛ばさ、勇者はカルチェもろとも壁の穴から外に落下した。
「うわあああああああああああああああああああ、ごふん!?」
「ぐふッ!?」
五階から地面に落下し、体を地面に激しく叩き付けられた両者だったが、地面が柔らかい土だったためかそれほど重傷を負わずに済む。
「……ぐぬぬ、いい加減、しつこいぜ……」
「潰しの利く職業じゃないのでね……ここで失態を犯すわけにはいかないんだよ……」
勇者とカルチェは互いに睨み合いながらゆっくりと立ち上がった。勇者は『火竜の剣』を構え、カルチェは折れた剣を構える。
「……もう勝負はついてるんじゃないか? その剣でやったところで勝敗は見えてるぜ? それにその剣じゃ勝負どころか下手すりゃあ――」
「危険なのは百も承知。だが先ほど引かなかった君と同じだ、今ここで引けば私は同じ場面に遭遇した時に逃げ出すだろう。それでは部下に示しがつかない。それにそんな情けない人間に成り下がるのは御免被る。それから『暁の涙』のケースには特殊な結界が張ってあってね。この鍵が無ければ決して開かないようになっているんだ。例え君であっても力づくで開けるのは容易ではないよ」
カルチェはカギを取り出し、勇者に見せつけるとズボンの中に隠した。
「私の覚悟はとうに出来ているよ、侵入者くん」
「……そうか、ならもう何も言わないぜ」
カルチェの気迫と覚悟をその言葉と表情から読み取った勇者は腰を落として臨戦態勢に入る。
「(すごい覚悟ですね、さすが警備隊長。人の上に立つ存在ですね)」
「(ああ。どっかの赤唐辛子変態フルチンとかパチンカスとかアロハ馬鹿に聞かせてやりたいぜ……)」
勇者はこの世界に来て初めて人の上に立つ役職の人間に畏敬の念を抱いた。
「私の全てを賭けて、君を倒す……!!!」
「いいぜ、俺も俺の全てを賭してアンタを倒す……!!!」
構えたまま動かない二人の間に緊張した空気が流れる。
「(シリアスな展開ですね)」
「(ああ……! この戦いの命運を分けるのはきっとわずかな覚悟の差……! 俺も覚悟を固めなければいけない……! だから俺の覚悟に水を差すつもりがないなら少し黙っていてくれ……!)」
「(わかりました、少し黙ってます)」
そして数分から十数分の時が流れるが、依然として両者は動かない。
「(……勇者様、もう結構経ってるんですけど……)」
トイレブラシは勇者に話しかけたが答えない。
「(もう、いいんじゃないですか。早く動いてください)」
トイレブラシは勇者に話しかけたが動かない。
「(むぅ……無視しないでくださいよぉ……!)」
トイレブラシは可愛らしく、むくれたような声で勇者に言ったが、勇者は完全に自分の世界に入り込んでいるようで、うんともすんとも言わない。
「(勇者様! 勇者様ってば! ……もう。こういう展開大好きそうですからね、勇者様は。きっとすごい妄想をしてるんでしょうね。どうすればこっちに戻って来てもらえるんでしょうか……うーん……むーん……あ、そうだ! 顔をディスれば戻ってくるかも!)」
トイレブラシは名案と思い、さっそく実行する。
「(勇者様って、横顔がスベスベマンジュウガ二にそっくりですよね)」
だが答えない、しかし体がびくっと反応する。
「(お、反応あり。では続けて、ごほん、勇者様って正面から見ると、机につっぷして寝てそうなモブ顔ですよね)」
勇者の体がプルプルと震え出し、顔が赤くなっていく。
「(これでとどめです! 勇者様ってハダカデバネズミの生まれ変わりですよね!)」
「誰がハダカデバネズミだてめえええええええええええええええええええええ!!!! つーかちょっと黙ってろよてめえはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
勇者が大きな声でわめき始めたのを見たカルチェは好機と思ったのか、すり足で少しずつ前に進み出す。
「(少しは黙ってましたよ。でも長いんですもん。ずっとほっとかれるのはエクスカリバーちゃんさみしいです!)」
「隙ありッ!!!」
カルチェが勇者の隙をつき、地面を蹴ると、凄まじい速度で向かってきた。そして飛びかかると同時に折れた剣で勇者ののど元を狙ってきた。
狙いは正確、加えて勇者はあらぬ方向を向いており、攻撃は確実に決まるはずだった。カルチェ自身もそう確信していたからこそだろう、攻撃のみに特化した構えから繰り出されるそれは迷いなく勇者に向かって行った。
「ってか俺の顔面をディスりやがったなてめええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!! 絶対に許さない、絶対にだ!!! うおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「な、ぐるぶはあああああああああああッ!?」
が、キレて見境のなくなった勇者がトイレブラシは滅茶苦茶に振り回した結果、偶然ブラシの先端がカルチェの頬に勢いよく突き刺さり、その体を彼方に吹き飛ばす。
「てめえええええ!!! 便所ブラシの分際で人間様の最も重要な部分である顔を貶めた罪は重いぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! その上てめえが俺の顔をディスったのはこれが初めてじゃないときている、堪忍袋の緒が切れてキレてぶっちぎってるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「だって勇者様が動かないのがいけないんじゃないですか!!!! 私悪くないですもん!!! もんもんもおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!」
勇者とトイレブラシの喧嘩が始まった時には、すでに木に激突してカルチェの意識は無くなっていたが、勇者がそれに気が付いたのは喧嘩が終わってしばらくしてのことだった。喧嘩を終えた勇者は安らかに眠っているカルチェに優し気な目を向ける。
「何が勝敗を分けたんだろうな……やはりさっき俺が言ったように、覚悟の差か……」
「いや、単なる偶然でしょう……勇者様って悪運だけは強いみたいですから……」
しかし自分に酔っている勇者には響かない。
「……カルチェのおっさん……アンタはまごうことなく立派な戦士だったよ……惜しい人を失くしたぜ」
「いや、生きてますから……気絶してるだけですよ……」
だが頭の中で最終決戦を終えた主人公のような気分で痛々しい妄想をしている勇者には伝わらない。勇者が自分を取り戻したのはそれから数分後であった。
「とりあえずカギを探すぞ。『暁の涙』のケースを開けるにはカギがいるらしいし」
「ですね。さっきズボンのポッケにいれてましたよね」
カルチェに近づいた勇者は右ズボンのポケットをまさぐった。
「……あれ? 見つからない。おかしいな……」
「右じゃなくて、左なんじゃないですか?」
「……左もないぞ……どこいった……」
両方のポケットをまさぐってみたがやはり見つからず、勇者は途方に暮れる。
「おっかしいな。ちょっとズボン脱がしてみるか」
勇者はカルチェのズボンに手をかけると強引に脱がし始めた。
「それにしても脱がしにくいなこのズボン、くぬ、この、うごご……!」
ズボンのベルトの部分が非常に複雑になっており、構造を知らない勇者にとってはとても脱がしにくいものとなっていたために、手間取りイライラがつのる。
「く、くこぬ、くううう、うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ちょ、勇者様静かにしてくださいよ!」
イライラが限界に達した勇者はさらに強引にズボンを引っ張った。その結果、
ビリビリッ!
「あッ……」
ズボンもろともパンツが引き裂かれた。
「やべッ……」
「なにやってるんですか……」
下半身裸のカルチェが地面に転がる。
「……すまない、おっさん。事故だったんだ……勘弁してくれ……」
パンツが中に入ったままのズボンを片手で持ちながらカルチェに謝る。
すると不意に破れたズボンの中からカギがポトリと地面に落ちた。
「あ、カギだ」
「……なるほど。ポケットの底が二重になってたんですね。魔力で糊付けして蓋が出来る隠しポケットになってたんですよ。本来なら見つからなかったんでしょうが勇者様が強引に破いちゃったからあまり意味がなくなっちゃいましたけど」
「なるほど、そういうことか。食えないおっさんだぜ」
勇者はあらためて下半身裸のカルチェを見た。
「ホントごめん……」
そして深々と頭を下げたあと、ズボンとパンツを下半身が見えないように上からかけた。
「……そろそろ行くか。あとは『暁の涙』を手に入れればミッションコンプリートだ……それにしてもなんか静かだな。っていうか屋敷の周りを巡回してた警備員と犬はどこいったんだ?」
「そういえば見かけませんね。勇者様が結構騒いでたのに見つかりませんでしたし……あんなにいたのに、どこいったんですかね」
「……気にはなるけど、考えてもわかんねーし、先に進むか」
「そうですね、とりあえず魔石だけでも入手しちゃいましょうか」
「よし、ここから登って――」
「あ、それはやめてください。外部から上層部への侵入を防ぐためか、結界が六重に張り巡らされているので」
「……解除はできないのか?」
「出来ますが、時間がかかります。ぶっちゃけ普通に階段使って上ったほうが楽ですよ」
「……そうか。つまりまたやり直しかよ。セーブポイントが欲しい……」
勇者は座り込みながら絶望した。
絶望感はぬぐえなかったものの勇者は先を急いだ。勇者がカルチェによって落とされた場所は屋敷の入口から反対の場所にあり、屋敷に沿って入口まで進む。
「しかしまた屋敷内部を透明化して進まなきゃいけないのかよ、面倒くさい……」
「我慢してください。それに急がないと、上の階の異変に気付いた人たちが増援に来てしまうかもしれませんし、いや……勇者様とカルチェさんが五階から落ちてから外で戦ってる間にもう増援が来ていて上の階の警備をかためてしまったのかもですね」
「嫌な事言うなよ……」
「だけどそう考えれば庭に警備員さんとワンちゃんがいなくなったことにも説明がつきます」
「庭の警備を五階の宝物庫にあてたから、か」
「そうです。でもまだつけ入る隙はあるはずです、なにせ急ごしらえの警備ですから。ですが時間が経てば警備は強固になってしまいます」
「どのみち急がなきゃなんねーってわけだ!」
勇者は速度をあげて屋敷の周りをぐるっと回りながらかけぬけた。
「ぜぇ、はぁ……ホントデカすぎこの屋敷……周りを一周するだけで二十分もかかるとか……」
「アンサムさんは貴族の中でも王族に匹敵する地位を持ってらっしゃるみたいですからね。屋敷がお城並みでも不思議ではないでしょう」
「王族に匹敵するか……普段アロハ馬鹿やババアの事を目にしている俺からするとそんなに大したこと無さそうに思えるけど……世間的に、っていうかよくよく考えたら俺って結構やばい事してるよな……」
「今更でしょうそんなこと」
「さらっと流すなよ……一人で大貴族に挑まなきゃとか、結構すごいことしてるよ俺……ホントなら一人じゃなくて変態共と一緒に来るはずだったのに……あいつらのなんもしてねーじゃねーか……帰ったらアイツの給料から俺が苦労したぶんをしょっ引いてくれるように直談判してやる」
恨み言を言いながらも巨大な屋敷の周りをまわった勇者は屋敷の入口にようやくたどり着いた。
「つきましたね」
「ようやくな、でも入口はどうせ見張りがいるだろうから。またゴミ捨て場のパイプから……って、あれ、おかしくね」
勇者は入口の周りを見て違和感を感じた。
「……見張りがいないぞ。どうなってる」
「……入口の見張りを上の階にまわした……って可能性は低いですよね」
「いくらなんでもそりゃあ無いだろ。庭の警備を少し上にまわすくらいならわからないでもないが入口くらいは最低限固めとかないとだろ」
「でもいないですよね、見張り」
「……うん」
何度見ても入口付近に人影や気配のようなものは感じられなかった。
「人手不足……もありえないよな。カルチェのおっさんがアンサムの屋敷にはたくさん警備員がいるからどうせ逃げられない的なことを俺に言ってたよな?」
「言ってましたね、でも現状、見張りが少なくなっているわけですもんね。もしかしたら私たちの知らない所でこの屋敷に何かがあったのかもしれません。私たちが上で戦っている間くらいに」
「何かって……なんだよ」
「それは屋敷の中に入ってみればわかることですよ。さあ、いきましょう。今なら入口からどうどうと入れますよ。もし誰かと鉢合わせしそうになっても私が透明化の魔術の詠唱をして準備しておくのでご安心ください」
「ご安心くださいって言われてもめっちゃ不安なんだけど……はぁ……でもいくしかないのか」
勇者は警戒しながらも屋敷の入口から再び内部に侵入した。
「……おいおいおい。どうなってんだこりゃあ……何があったんだよ……」
「ひどいものですね……」
勇者が屋敷に入って最初に目撃したものは明らかな戦闘の痕跡だった。魔術によって引き起こされたであろう爆発の痕跡は凄まじく、周囲は焼けこげ、所々に穴が開き、そしてその結果として爆散した壁の破片が廊下中に散らばっていたのだった。
「……俺の他にも侵入者がいたのか」
「そのようですね。これだけ派手に暴れれば確かに警備員は別の侵入者さんに集中せざるを得なくなりますよ……でも誰なんでしょうか……」
「わからん……とにかく五階に戻ろうぜ。侵入者の目的は知らないが、もしかしたら『暁の涙』が目的かもしれない。そうだとしたら急がねーと、横取りされてたまるか!」
勇者はダッシュで階段を駆け上り、次々にフロアを上って行った。かなり大きな音を立てて走っていた勇者だったが、人の気配が微塵も感じなかったためトイレブラシも特に咎めることはなかった。だが人の気配がなくとも勇者は緊張していた。なぜならば、階を上るたびに倒された多くの警備員たちを見かけ、侵入者はかなりの手練れであると勇者に認識させたためである。カルチェやブブルを超える第三の敵、勇者の脳裏に金髪の騎士と褐色の戦士の影がよぎる。そうこうしているうちに勇者は再び五階に到着した。
「……いるな……ここに」
「ええ……いますねここに」
勇者とトイレブラシは奥の方から感じるたくさんの魔力と人の気配に気が付く。感じる魔力と気配は奥、すなわち五階フロアの宝物庫の方から発せられていた。そして同様に怒鳴り声が宝物庫の方から聞こえ、勇者はゆっくりと足音を立てないように宝物庫に向かう。
宝物庫に行くまでに見張りが廊下にいるのでは、と若干警戒していた勇者だったが、幸いにも一人もおらず、全て宝物庫に集められているようだった。誰にも見つからず、うまい具合に宝物庫の扉の前にたどり着いた勇者はこっそりと部屋の中を覗き見た。
「やっと追い詰めたデフよー! 変態共めー! ボクちゃんの宝を狙うなんて絶対に許さないデフ! 全員打ち首にしてやるデフーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
巨大な豚、と表現する方が適格と思われるデップリと太った中年の男が唾を飛ばしながら宝物庫の中心にいる人物たちに怒鳴っていた。罵倒されている侵入者の姿を確認するために目を細めた勇者は驚愕する、まだ倒されていない屋敷中の警備員たちに取り囲まれていたのは自身が役立たずと思っていた人たちだった。
「(侵入者ってアイツらだったのかよ!?)」
警備員たちが取り囲んでいたのは、屋敷に潜入するまでに一緒にいたアラン将軍たちだった。
「(ちゃんと後を追いかけてきてくれたんですね)」
「(マジかよ……道に迷ってそのまま帰ったと思ってた……)」
後から向かうという約束をしっかりと守ったアラン将軍に対して勇者は不覚にも少し感動していた。
「(でもさ……来てくれたのは嬉しいんだけどさ……なんか状況悪化してないか……?)」
「(それは……)」
大量の警備員に囲まれた宝物庫の内部は先ほど勇者がいた時よりもかなり狭く、『暁の涙』を入手するのは困難をきわめた。
「(で、でもきっとあれですよ! 頑張って潜入しようとしたけどきっと運悪く見つかってしまったんですよ! 私たちだって透明化の魔術がなければかなり難しかったですし!)」
「(ま、まあそうだよな。きっと頑張ったけど運悪く見つかっちゃったんだよな。それを責めるのは酷だよな。しょうがな――)」
「それにしても堂々と玄関から入ってくるとはなんのつもりデフか!!!」
「ホント何のつもりだクソカスッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
「「「え」」」
怒鳴った勇者の方に一斉に視線が集まった。
「……あれ? おかしいデフね……さっき声がしたんデフが……」
が、トイレブラシの透明化の魔術が寸でのところで発動し、勇者は身を隠すことに成功した。
「……まあ、いいデフ。それより質問に答えるデフよ!」
太った大柄の男は釈然としないといった顔をしていたが、切り替えたのかアラン将軍たちに向き直った。そしてトイレブラシのファインプレーに救われた勇者はようやく我に返る。
「(……あ、危なかったぁ……)」
「(まったくですよ。エクスカリバーちゃんがいなければ見つかってたところですよ)」
「(悪い。でもさあ、今のはキレてもしょうがないんじゃないかな。アイツらなんでわざわざ正面から入ったんだよ、おかげで見つかってこのザマじゃねえか)」
「(何か理由があるんですよきっと。今質問されてますし、答えはすぐにわかりますよ)」
「(……理由ねぇ)」
勇者の視線は詰問されているアラン将軍に向けられた。
「どうしたんデフか! さっさと答えるデフ!」
「……理由、か。そんなこと、聞かなくてもわかると思うがな」
「な、何デフか! その余裕は! なんで堂々としてられるんデフか! 追い詰められて袋のネズミになっているコソ泥の分際で!」
「ふッ、わからないかアンサム。私たちがなぜ屋敷の正面から入り、そして今こうして堂々としていられるのか」
「だ、だからそれを聞いてるんデフよ!!!」
なんとなく、着ているバスローブや身に着けたゴージャスな宝石から太った男の正体を予測していた勇者だったが、どうやら正解のようで、アラン将軍に対して怒っている太った人物はやはりアンサムだった。
「ふふふ、あははははははははははははははははははははははははははッ!!!!」
「な、何を笑ってるんデフ!」
うろたえるアンサムに対してアラン将軍は高らかに笑った。
「(なんだ、もしかして本当になにか作戦的なアレがあってわざとこんな状態になったのか? だとしたら相当の策士じゃねえか……さすがの俺でも脱帽だぜ)」
「(なんですか、さすがの俺って……ド低脳の勇者様には策士のさの字も関係ないたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者はトイレブラシを静かに締め上げながら宝物庫の状況を静かに見守った。
「無知蒙昧かつ愚かの貴様に教えてやろうアンサム! 私たちがなぜ堂々と正面入り口から入り、そして今見つかり追い詰められているにも関わらず余裕な理由をな!」
「追い詰めてるのはこっちなのに、なぜ、何なんでデフか! さっさと理由を言うデフ!」
「さあ答え合わせの時間だ。その薄汚れた欲汚い耳で聞き取れるかどうかはわからないが、よく聞け、堂々としている理由、それは私たちが――」
「(私たちが? なんだ? どういったたくらみがあるんだ?)」
「(ドキドキですね! どんな理由でしょうか!)」
アンサムだけでなく警備員たちや、勇者とトイレブラシといった面々が固唾を飲んで見守る中、アラン将軍はゆっくりとその口を開いた。
「怪盗、だからさ」
アランは口を釣り上げながら笑い、そして言った。
答えを聞いたアンサムは口を開けたまま目を見開き、絶句していた。
「(………………え……理由の続きは……?)」
怪盗だから、の次の言葉を待っていた勇者だったがアラン将軍はいっこうに話そうとしない。
「(………………おそらく続きは無いと思います……)」
「(いやいや続きは無いってそんなわけないだろう!? それじゃあアイツは怪盗だからコソ泥とは違って堂々と正面から盗みにきた、とかいうトンチンカンな理由を長々ともったいつけた挙句に話しくさったことになるじゃないか!? そんな、そんなバカなことがあるはずないだろ!? 一国の将軍だぞ!? そんな、そんなことが――)」
「怪盗だからコソ泥のようにコソコソと隠れたりはしない、これが私の流儀だ。常に威風堂々と正面から行く」
「(はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
ドヤ顔のアラン将軍の言葉に勇者は脳内で奇声をあげる。
「…………つまりこういう事デフか? 怪盗だから堂々と正面から入ってきた、と」
「最初からそう言っている」
「……ふ、ふ、ふざけるんじゃあないデフよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「(ホントだよふざけんなよ!!!!)」
敵ではあるが勇者はアンサムの気持ちが痛いほどわかった。
「ふ、気持ちはわかるが、そう怯えるな」
「(怒ってんだよタコ!!!!!)」
勇者はいまだになぜかドヤ顔でいるアラン将軍を声に出さないように罵倒した。
「ぼくチンはディナーの途中だったのに!!! お前のせいで食べそこなったデフ!!! だいたいどうしてぼくチンが直接出向かなきゃいけないんデフか!!! カルチェはどこにいったんデフか!!!」
アンサムは苛立ちを表すように地面をドスドスと音を立てて踏みつけた。
「お前たち変態を追い詰めてここまでやってきたと思ったら宝物庫はすでにボロボロ!!! 五階を警備していた警備員たちは全員眠っているデフし、もしやこれをやったのもお前たちの仲間デフか!!!」
穴の開いた壁や床に散乱した宝の残骸を指差して、アンサムは顔に青筋を浮かべる。
「ハハハ! その通りだ! これをやったのは我が半身にして頼りになる相棒!!! おそらく警備隊長であるカルチェを殺ったのは彼だ!!!」
「(殺ってねえよ……)」
勇者は外で気絶しているカルチェを思い出す。
「ば、バカなことを言うなデフ!!! カルチェの実力はラムラぜラスでも指折り、倒せるはずないデフ!!!」
「ふはははは!!! 相棒は強いんだ!!! その上彼は仕留めた獲物のケツを、死体のケツを舐めまわすという性癖まで持っている!!!」
「(そんなやべえ性癖持ってねえよ!?)」
「し、死体のケツの穴を、な、舐めまわすデフか!?」
「そうだ! もはやカルチェのケツは彼に蹂躙されつくしているだろう!!!」
「(されつくしてねえよ!?)」
「そ、そんなヤバイ奴がお、お前らの仲間の中に……」
「その通りだ!!! 今もきっと私たちのことを陰で見守っていてくれているはず!!!」
「(いや確かに陰から見てるけどさ……)」
以外にも一部を除いてアラン将軍の言っていることは正しかった。
「怪盗だからという理由もだが、相棒がいるから私たちは今こうして堂々と胸を張っていられるというわけさ! 相棒がきっとこの絶望的な状況を何とかしてくれる!」
「(完全に他力本願じゃねーか……)」
アラン将軍のあまりにも適当かつ大雑把な理由に思わず頭を抱える。
「ふ、ふん!!! だとしても、そんな異常な奴が仲間だったとしても関係ないデフ!!! ぼくチンの宝を狙う奴は誰であれ許さないデフ!!! 警備員共、奴らをぶちのめすデフ!!!」
「ほお、気概だけは一人前だな。だが所詮は人任せ、情けない奴だ」
「(お前が言うな……)」
勇者はアラン将軍を冷たい目で一瞥した後ため息をついた。
「(どうしますか勇者様、助けますか?)」
「(うーん……)」
今にも戦いが始まりそうな緊張感の中、勇者はアラン将軍たちを助けようか悩み、そして結論を出す。
「さあ、やってしまうデフよ!!! こいつらはさっきの一階からここまでくるまでの戦いでほとんど魔力を使い果たしているはずデフ!!! 今なら簡単に倒せるデフ!!!」
「くくく、言ったはずだ!!! 相棒が来てくれるはずだとな!!!」
「呼べるものなら呼んでみるデフ!!! 来たとしてもまとめてぶっ潰すだけデフ!!!」
「ならばお言葉に甘えさせてもらおうか――さあ、相棒!!! もう隠れてる必要はないぞ!!! 今こそこの悪党どもを一網打尽にする時だ、カモン相棒!!!!」
アラン将軍の叫び声が宝物庫全体に響いた。
しかし、
「………………あれ、おかしいな。相棒!!!! もういいんだぞ!!!! 出てきておくれ!!!!」
勇者は姿を見せることはなかった。
「…………相棒、いや、コードネームで腕輪に呼びかければいいのか、皮カムリのチェリー!!! どこにいるんだ!!!! 私たちは全裸の誓いをかわしあった中で――」
「かかるデフぅゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「うわ、ちょま、あいぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
警備員たちが一斉にアラン将軍たち目がけて飛びかかり、その場は乱戦状態になった。
そんな中、透明化した勇者はゆっくりと宝物庫の中を進んでいた。
「(……本当に助けなくてよかったんですか?)」
「(問題ない。俺が助けなくても死体のケツを舐めまわす変態がきっと助けてくれるだろ)」
性癖をねつ造されたことはもちろん、正面から突っ込み状況を悪化させた将軍たちを勇者はバッサリと切り捨てた。
「(まああれだ、『暁の涙』手に入れたらついでに助けてやんよ。それまではせいぜい敵を引き付けておいてくれや)」
大勢の警備員たちを相手取りながらも善戦しているアラン将軍たちをよそに、勇者はわき目もふらず『暁の涙』のある場所に急いだ。
「(もうちょっとだよな。確か、ここら辺に……あ、あったってぶふぁッ!?)」
『暁の涙』を見つけた勇者が手を伸ばそうとした瞬間、何者かが勇者にぶつかってきた。
「(だ、誰だッ!?)」
「くう~、効いたよ。だがまだまだ!」
アラン将軍が勇者の上で仰向けで倒れていた。やられながらもさわやかな笑顔を敵に向ける将軍に対して、下敷きになっていた勇者はキレる。
「(お前かよ!? 邪魔すんな!)」
「ぐはッ!? な、なんだ!? 何事だ!?」
勇者は将軍を蹴り飛ばすと、再び『暁の涙』が設置された台に手を伸ばす。
「「くわっぷッ!?」」
「(ぐふっぷッ!?)」
しかしまたしても邪魔が入る。今度はアラン将軍の仲間の二人が勇者に突っ込んできた。
「(こ、んの野郎! 邪魔だッつの!!!)」
「「ぶわっぺッ!?」」
勇者はアラン将軍にやったのと同じように二人を蹴り飛ばし、もう一度『暁の涙』に手を出す、
「「「うわあああああああああああああああああああああああああああッ!!??」」」
「(くはぶッ!? こ、今度はてめえらかあああああああああああああああああ!!!)」
がボブ、ブラック、ゴンザレスの三人が勇者を押し倒すような形で倒れてきた。
「(どけ、このボケがああああああああああああああああああああああああッ!!! ふんぬッ!!!)」
「「「ぶはあああああああッ!!!」」」
三人を手で払いのけ、今度こそ、今度こそはと『暁の涙』に手を伸ばす、
「「「「「「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」」」」」
「(えぶしッ!!??)」
だが今度は六人全員で勇者に激突してきたため、『暁の涙』に手が届く前に再び下敷きになった。
「(……こ、こいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!! わざとやってんじゃねえだろうなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!)」
怒りではらわたが煮えくり返りそうになった勇者だったが、その前に別の方が限界であることに気づく。
「(や、ヤバイ! 息が、もう……!)」
「(勇者様、頑張ってください! もうちょっとです! もうちょっとですから!)」
「(そ、そうだな、もうちょっと……もうちょっとだ……)」
トイレブラシの声援を受けながらなんとか六人を押しのけて前に進もうとする。
息はすでに限界だったが、それでも、顔を真っ赤にしながらも、勇者は前に進もうとしていた。
「(もうちょっとで抜けられ――)」
あとはアラン将軍の尻を押しのければ終わりだった。
だが尻を押しのけようと手で触れた瞬間。
ぷぅ~、っぷっぷっぷ~!
「ひゃうッ!」
「(くさッ!?)」
アラン将軍の気色の悪い声と共に激臭が広がる。
「しまった! 屁が出た!」
「またかよ、おえッ!? や、やべッ!?」
そして勇者がその姿を現した。
「あ、相棒! そんなところに隠れていたのか!」
アラン将軍はいい笑顔で勇者を迎えた。
「「「「「「心配したぜ!!!!!」」」」」」
「くそ、あとちょっとだったのに……」
笑顔で親指を立てている将軍たちとは違い、勇者は地面に手をついてむせび泣いた。
突然現れた勇者に驚いた警備員たちは動きを止め、アンサムも同じように驚き立ちすくむ。
「だ、誰でデフか! 急に現れて!」
「はっはっはっは! アンサムよ! 形勢逆転だな! 彼がさっき話していた男だ!」
「し、死体のケツを舐めまわす変態デフか!?」
「違うわ!? そんなことするわけねーだろ!? こいつがホラ吹いただけだっつの!!! ……まあ、カルチェのおっさんを倒したり、宝物庫を荒らしたのは俺だけど……」
「な……!? じゃ、じゃあカルチェは本当にやられたというんデフか!? し、信じられないデフ!?」
「アンサム様! に、庭でカルチェ隊長が発見されました!」
カルチェを捜索に向かわせていたらしい警備員が血相を変えてアンサムのもとに現れた。その報告を聞くや否やカルチェの顔はみるみる青ざめていった。
「ふはははははははははははははッ! どうする? 続けるか? このまま続けて彼の、『肛門ぺろぺろマン』の餌食になりたいのか?」
「変なあだ名つけてんじゃねーよぶっ殺すぞッ!?」
アンサムを含む警備員たちは自らの尻を押さえながら勇者から距離をとった。
「おい引いてんじゃねえよッ!? やってないからね!? そんな気色悪い事やってないから!?」
「「「ひッ!?」」」
必死な顔でアンサムを含む警備員たちに詰め寄る勇者に、アンサムたちは恐怖した顔で後ずさる。
「(ノンケに迫るクレージーサイコホモ)」
「(ぶっ壊すぞ)」
勇者はトイレブラシを黙らせると再び弁解しようとした。
「いや聞いてくれよ、俺は――」
「ぐふッ!?」
勇者はだいぶ距離を取られたことにショックを受けながらも前に進もうとして、何かを踏みつけた。踏みつけていたのは人間で勇者は慌ててどいた。踏まれた相手はうめき声をあげたものの、気絶したままだった。
「あ、ごめんッ!? ってあれ? お前は――」
「ブブル! ブブルじゃないデフか! って臭い!?」
気絶したブブルに近づいたアンサムは異臭に気が付き、後ろに下がった。
見ると、うつ伏せで倒れたブブルの、尻の部分が茶色くなっており、異臭の原因はそれと思われた。
(またこいつ漏らしたのかよ……)
勇者は心の中でブブルを侮蔑した。
「……こ、これをやったのもお前デフか?」
「ん? ああ、確かにブブルをやったのは俺だけど――」
瞬間、ザッ、と一斉にアンサムたちは勇者からさらに距離をとった。
「……なんで下がるの?」
「お、お前、本物の変態デフね!? 尻から脱糞するほど舐めまわすなんて!?」
「なんでそういう解釈をするのかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
アンサムたちの眼には常軌を逸した変態として勇者が写っていた。
「いやちげーんだって!? 倒したのは俺だけどさ!? 脱糞は俺のせいじゃねえよ!?」
「そ、そうなんデフか……?」
「そうだよ!」
「(勇者様、勇者様。倒したのは勇者様じゃなくて虫さんでしょう? それにたぶん虫に驚いて気絶するときに脱糞しちゃったんだと思いますよ。そのことを説明すれば変態疑惑が払拭できるのではないでしょうか、クレイジースカトロサイコホモ様)」
「(素晴らしい提案だと思うけどお前後で覚えてろよ?)」
勇者はごほん、と咳払いするとアンサムたちに向き直った。
「聞いてくれ! 俺はケツを舐めまわす変態なんかじゃないんだ! カルチェのおっさん相手にだってそんなことはしていない! 俺は無罪だ! カルチェのおっさんの安否を確認したアンタならわかるだろ? 彼のズボンは乱れていたか? パンツは脱がされていたか?」
「脱がされてました……」
ザザッ、一斉にさらに遠のいた。
「さらに言うとパンツごとビリビリに破かれてました……」
ひぃッ、と悲鳴が漏れる。
「(そういえばカギを取り出すときに勇者様ズボンとパンツ破ってましたもんね……)」
「(し、しまったそうだったああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者は下半身を野にさらしていたカルチェを思い出す。
「ち、違うんだって! あれはカギを、そうカギを取ろうとしてああなったんだ!」
勇者の弁明はむなしく、誰も目を合わそうとしない。
「ええっとね、あのアレなんだよ! その、聞いてくれ! カルチェのおっさんのやつは事故で、ブブルのやつは、虫が、そう俺が虫を使ったせいなんだ!」
「む、虫が……虫がぁ……」
「ブブル! ブブル! 起きてるんデフか!」
話の途中でブブルの言葉が聞こえてきた、だが寝言のようでありアンサムの問いかけに対してはいっこうに答えようとしない。それはまるでひどい悪夢にうなされているようであった。宝物庫の人間が固唾を飲んでブブルの発言に注目していた。
「そ、そうだ! ブブルに聞けばいいんだよ! 俺がこいつ起こしてちゃんと説明させっから! 俺がこいつのケツを舐めてないって証明させっから!」
勇者はブブルを揺さぶって起こそうとした。
「おい! おい! 起きろ脱糞男! お前が起きて俺の無実を証明しやがれ!!!」
だが揺さぶってもブブルはいっこうに目覚めず、時間だけが無駄に過ぎた。
「くっそ! こいつ全然起きないぞ! 早く起きてくれよ!」
そんな時だった、ブブルが寝言で大声を出し始めた。
「や、やめろ……む、虫が、虫が、虫……」
「寝言か……まあいいや、寝言でもいいから俺がお前に変なことをしてないって証明できれば――」
「む、虫がケツに……や、やめろおォォォォォォォォォ!!! 虫を俺のケツに詰め込むのはやめてくれええええええええええええええええええええあああああああああああもう、もう入らないよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! んほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
宝物庫の中の空気が一瞬凍った。
勇者はゆっくりと、ゆっくりとした動作でブブルから視線を外し、アンサムを含む警備員たちを見た。
そこにあったのは恐怖だった。
アンサムたちの瞳に映っていたのは異物に対する嫌悪、だけではなかった。恐怖、絶望、悲しみ、あらゆるものがない交ぜになったぐちゃぐちゃの目で勇者は見つめられていることに気が付く。
気が付くと勇者は口を大きく開けていた。
その言葉を言うためだけに喉の奥から言葉を振り絞る。
「え、え、え、冤罪だぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
魂の叫びだった。
だがやはり意味がない。
「お、俺は無実なんだよ!!! 本当だ!!! こいつがあまりのショックで記憶を捏造したに違いない!!! 信じておくれよ!!!」
勇者が何を言おうとすでに手遅れだった。
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!! もういいよッ!!! あれだ、勝負だッ!!! 『暁の涙』をめぐっての戦いの最中だった!!! いくぞッ!!! 俺の剣技をみせ――」
「「「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??」」」
勇者が駆け出そうとした瞬間、アンサムたちは悲鳴をあげながら逃げ出した。
宝物庫は一瞬のうちに静寂を取り戻した。
「我々の勝利だ!!! 勝鬨をあげよ!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」」
アラン将軍たちは跳びあがり、勇者は床に崩れ落ちた。
「やったな相棒! 宝を手に入れたぞ!」
「俺は大事な何かを失った気がする……」
喜んでいる将軍たちに比べて、勇者はなんともいえない気持ちのまま任務を達成することになった。
その後、失意の底からなんとか復活した勇者は『暁の涙』を手に入れるべく動き出した。『暁の涙』が入れられたケースの前に立って鍵穴を確認する。
「あったあった。確かにカギがかかってるっぽいな。これで、っと」
ポケットからカギを取り出した勇者は鍵穴に差し込み、カギを回す。
ガチャリ。
確かな手ごたえと、カギの開く音を聞いた勇者は笑顔になる。
(これでようやく終わりだぜ)
これでもう役立たずな変態たちと一緒にいなくて済む、それが表情に出ていた。
「よし……ってあれ……?」
疲労感から早く帰って休もうと、ガラスケースに手をかけて持ち上げようとした時だった。
「(どうかしましたか……?)」
「(いや、開かないんだよケースが)」
力を込めて持ち上げようとしてもガラスケースはいっこうに開かない。
「……どうなってんだよ……」
「どうかしたかい、相棒」
「ガラスケースが開かないんだよ。カギがかかってることをカルチェのおっさんから聞いてカギを奪って、そんで開錠してはみたんだけどさ……」
「……カギは鍵穴にしっかりはまっているし、確かに開錠されてはいるようだが……ふむ……」
アラン将軍は『暁の涙』の置かれた台の周りを調べ始めた。そして何かに気が付いたように立ち止まった。
「……なるほど。わかったよ、相棒」
「本当か?」
「ああ。至極複雑に見えて単純、それでいて美しい仕組みだ。我ながらこれに気づいた自分を褒めてやりたいくらいだ。怪盗にとってこの上ない――」
「そういうのいいから早く教えて」
「……カギがもう一つかかっている」
「なんだと!?」
勇者は自分のいる場所からちょうど反対にいるアラン将軍の場所に移動した。見ると、アラン将軍が指差している場所には確かにもう一つ鍵穴があった。
「マジかよ……」
「一応、今相棒が持っているカギで試してみよう」
「そうだな……一応やってみるか……」
勇者は刺さったままのカギ引き抜き、別の鍵穴にいれようとしたが、
「「やっぱり……」」
鍵穴には入らず、別のカギが必要なようだった。
「もうめんどくせえから叩き壊しちまおうぜ! カルチェのおっさんは特別な結界が張ってあるとか言ってたけど、たぶん余裕っしょ! なにせ俺の持ってる剣は国宝にして最上級の魔具『火竜の剣』だぜ? ってわけでうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
「(勇者様、待ってくだ――)」
「相棒、危険だ。やめ――」
「俺は誰にも止められないぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!!!」
トイレブラシとアラン将軍の制止を振り切った勇者は背中の『火竜の剣』を引き抜くと、ケース目がけて勢いよく振り下ろした。
勇者の力任せの斬撃はガラスケースに直撃した、
「ぐッ、なんだ……!?」
だが突然台が光り輝くと、丸みを帯びた柔らかい光のクッションのようなものが現れ剣を受け止めた。そして受け止められた剣の衝撃は光のクッションに吸収され、剣はガラスケースの上にぽとりと静かに下ろされた。衝撃を殺され、ゆっくりと置かれた剣ではガラスケースに傷一つつけることは出来なかった。
「これってつまり……衝撃を吸収する結界かよ……」
普通のガラスや鉄で出来た剣ならば容易に破壊できたであろう『火竜の剣』の一撃をもってしても『暁の涙』を守る最後の守護者には及ばなかった。
「(そして、おそらくこれだけではないですよ。注意してください勇者様)」
「(注意? なんでだ――)」
勇者がちょうど言い終わる前に光で出来たクッションが剣に形を変えて勇者に襲いかかる。
ザシュッ!!!!
「ひでぶッっはあああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
光の斬撃を真正面から受けた勇者は後方に吹き飛ぶと壁に激突した。
凄まじい衝撃に体が壁にめり込む。
「……ご、ごふぁッ……な、なんだこれ……」
「(受けた攻撃を吸収して跳ね返す結界ってわけですよ)」
「やはり反射の結界だったか……」
「き、気づいてたんなら止めて、くれよ……」
「(切りかかる直前に言ったじゃないですか)」
「切りかかる直前に言ったじゃないか」
「うう……」
ぐうの音も出ない勇者は壁からずり落ちて床に倒れた。
結界を壊すのは不可能であることに気が付いた勇者は今後どうするかアラン将軍と話し始める。
「結界壊せねーならもう一つのカギを探すしかねーよな。警備隊長であるカルチェのおっさんの他にもう一つカギを持ってそうな奴と言えば……」
「この屋敷の主であるアンサムくらいのものだろうな」
「やっぱそうなるよな。ってことは逃げたアンサム見つけなきゃなんねーのかよ。しんどいなぁ……ここは手分けして探し、ってあれ? そういえば他の奴らはどこいったの?」
宝物庫にいるはずの他の変態たちが見当たらない。
「彼らはこの屋敷の探索にあたらせている。アンサムが不正を行い、宝を手に入れたことを証明する重要な証拠を探させているんだ」
「見つかんのか? 処分しちゃってるんじゃねーの」
「調べてみなければわからないさ。とにかく今はカギを持っている可能性の高いアンサムを確保しよう。私が今から部下たちに腕輪で連絡する」
「オッケー! じゃあ俺もアンサム探してくるぜ!」
「いや君はやめた方が良い」
「なんで?」
その疑問に答えるためにアラン将軍は横目でブブルを見た。
「……む、虫を、ケツに……ああ直腸にはいっちゃうぅぅぅぅぅ……」
今だにブブルは悪夢にうなされていた。
「君に発見されたらアンサムは自殺しかねない」
「わかったよチクショウ……」
勇者は再び泣きそうになった。
「……じゃあ俺はどうしようかな……」
「君の動向を決める前に一つ聞きたい、カルチェを倒したと言っていたが……殺したのか?」
「いや、生きてるよ。気絶してるだけだ、殺してぺろぺろしてねーよ……」
「そうか、ならば君はカルチェのところに行って身柄を確保してきてくれ。アンサムがカギを持っている可能性がある、というのはあくまで私と君の推論に過ぎないからね」
「カルチェのおっさんを起こしてもう一つのカギを持ってる奴を聞き出すわけね」
「そうだ。二つのカギのうちの一つを託されたカルチェならばカギの在りかについて何か知っているはず、だから君にはそちらのほうをお願いしたい」
「わかった。それじゃあ、善は急げっていうし、早速行ってくる」
「待ってくれ相棒」
「ん、なんだよ?」
宝物庫の破壊された壁から外に飛び降りようとした勇者をアラン将軍は呼び止める。
「さきほどアンサムたちの反応を見て傷ついていたが、我々はアンサムたちがしたような、拒絶するような、そんなことはしない。君が男の肛門に虫を押し込んで興奮するド変態じゃないってことを私や隊員たちはちゃんと信じているよ」
「アラン将軍……」
「それだけは伝えておきたかったんだ」
アラン将軍の柔らかな微笑みを見た勇者は不覚にも、じんときた。
「……でも元はといえばアンタが俺に『肛門ぺろぺろマン』とかいうふざけたあだ名をつけたせいだよな……」
「さて、それでは私もアンサム捜索にあたるとしよう! 何かわかったら腕輪で連絡してくれ!」
アラン将軍は風のように走り去って行った。
「ちッ、逃げやがった」
「私たちも行きましょう。カルチェさんがさっきの場所にまだいるといいんですけどね」
「行って確かめてみるか」
勇者は今度こそ壁に開いた穴から飛び降りると、地面に着地した。
「……しっかし五階から飛び降りても無傷とか、あらためて考えるとすげーよなこれ。ホントに肉体強度あがってんのな」
「魔力が体に馴染んできてますからね。日を追うごとに肉体は強化されて、感覚も鋭くなってきてるんですよきっと。勇者様が魔力の気配を感じ取れるようになったのがその証拠です」
「……今更だけど体に害はないだろうな? 寿命が急激に短くなったりとか……体のどこかが悪くなったりとか……」
「大丈夫ですよ、勇者様の体は私とつながってますからそういうのはないってちゃんとわかります」
「そ、そうか。ならよかった」
「ええ、顔と頭以外悪いところはどこもな――いひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
勇者はトイレブラシを地面に強くこすり付けながらカルチェを倒した場所に向かった。
「痛いです……ひどいです……聖剣虐待です……」
「うるさい。俺の美しカッコいい顔面をディスったお前が全面的に悪い。極刑にならないだけでもありがたく思え」
ブツブツと恨み言を言うトイレブラシの言い分を勇者はバッサリと切り捨てた。
「……前にも言いましたけど私が壊れたら勇者様も死んじゃうんですからね?」
「だとしても俺はお前を殴るのをやめない。俺の美しいザ・美少年顔を侮辱した奴は命に代えても八つ裂きにすることを信条としている」
「どんだけ顔を侮辱されるのが嫌なんですかまったく……人間顔じゃないですよ?」
「いや人間は顔だろ。何言ってんだ」
「そんなことありませんよ! 顔が良くない人だって一生懸命生きてるんですよ! そういう人を私は知っています! 顔は微妙ですが私の大切な人です、その人を侮辱する事だけは私は許しませんよ!」
「誰のことだよ」
「勇者様ですよ」
「てめーの言葉が一番の侮辱だよコラ。やっぱへし折ってやろうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 聞いてましたか、大切な人って言ったじゃないですか!?」
「でも顔は微妙なんだろ?」
「はい」
「やっぱ折ったる」
「いや、ちょとまって、あ! あそこですよ! あそこでカルチェさんと戦いましたよね!」
勇者が凄んでトイレブラシをへし折ろうとすると、トイレブラシは勇者の気を逸らそうとした。
見ると、確かにそこは勇者とカルチェが戦った場所のようであった。
「ふん、こんなことで誤魔化されると思うなよ! お前の俺への侮辱はいつも寝る前に『滅殺恨み言ノート』に書き記してあるんだからな! 後で覚えておけよ!」
「ド底脳のクセにそういう陰湿なことについては頭が回るんですねまったく……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないですぅ! えへへ!」
猫なで声のトイレブラシを冷たく一瞥した勇者はカルチェのいるであろう場所に足を踏み入れた。
「……いないな……」
「いませんね……」
しかしカルチェの姿はすでにそこにはなかった。
「さすがに見つかったときに部下が運んだんだろうな……」
「そうみたいですね。どうしますか?」
「しゃーないからいったんもど――」
勇者は言いかけた瞬間、何か強大な気配のようなものをどこかから感じた。
「……便ブラ……これってよ……」
「……ええ、敵ですねこれは。私たちをどこかから見ているみたいです」
「す、すげえ重圧なんだけど……カルチェのおっさんやブブルなんかとは比較にならねーぞこりゃあ……」
「金髪のイケメンさんやワイルドなイケメンさんと同格の相手ですね、間違いないです」
「ええー……あいつらってこんなすごい気配発してたのかよ……け、けた違いじゃねーか……」
勇者が感じた魔力の気配は重圧のようなものであった。それは勇者の体を押しつぶさんばかりの迫力で、一瞬だが勇者は漏らしかけた。
「これやばすぎだろ……骨がきしむような圧迫感をめっちゃ感じる……」
「ええ。これはもう『メルティクラフト』を使うしかな――勇者様ッ!!!」
「え? うびゃあああああッ!?」
トイレブラシが『メルティクラフト』を使う決断をした瞬間、勇者のもとに一本の風を帯びた矢が高速で飛んできた。勇者の足を狙ったその矢はトイレブラシの機転によりかわされたが、勇者の横の地面に着弾すると同時に、辺り一帯を吹き飛ばした。
勇者はその余波で吹き飛び、転がると木に激突した。
「ぐぶべふッ!? ……先制攻撃か……いってて……」
「勇者様、平気ですか?」
「問題ない。それよりどっから攻撃してきてるんだよ……」
立ち上がった勇者は魔力の気配を探り、敵の位置を特定しようとしたが、わからなかった。
「……なるほど、そういうことですか。今『メルティクラフト』するのは悪手ですね」
「どういうことだよ?」
「敵は――勇者様また来ます! 右です!」
「またか!? だけど、右だな、よし!」
勇者は剣を引き抜き、右を向いて構えた。すると、先ほどと同じように風を纏った矢が勇者のもとに飛んできた。
「はん、来る方向さえわかれば、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
勇者は野球のバットを構えるように剣を構えると、タイミングに合わせて矢を打ち返そうとした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
片手ながらも腰を上手く使い、全力で剣を振る。
ガギイイイイイイイイイイイイインッ!!!!
そして結果として、勇者のもくろみ通り剣は矢の矢じりの部分に当たり、勇者はほくそ笑む。
(もらったぜ!)
思い通りに事がうまくいったことに内心喜びながら、そのまま打ち返そうと腕に力を入れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……ってあれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
だが勇者のもくろみがうまくいったのは剣を矢じりに当てるまでだった。
「お、重いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!! ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」
風が渦巻く矢の威力は勇者の想像の遙か上をいっており、徐々に後ろに押され始める。
「勇者様! 待っててください! 今腕と足に魔力を集中させます!」
「た、頼むぅぅぅぅぅぅぅぅ! こ、このままじゃ押し負けるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
勇者の上半身は矢の勢いに負けかけており、盛大に後方にのけぞっていた。だが剣を引いてよければ風の余波で再び吹き飛ばされることが分かっていたので、引くにひけなかった。
勇者の腕がプルプルと震え出す、限界の合図だった。
「もう、限界だ――」
「お待たせしました!」
トイレブラシが勇者の腕と足にありったけの魔力を注ぎむ。
その結果、勇者の両腕がと両足は真紅の光を帯び始めた。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!! これなら、今度こそ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
雄たけびと共に顔を真っ赤にした勇者は全身の筋肉を使い、矢を押し返し、そして――
「きえりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「おお、本場の剣道部員みたいな叫びですねッ!」
ザンッッッッッッッ!!!!!
矢を矢じりごと一刀両断した。
真っ二つに分かれた矢は勇者の両脇を通り過ぎると木に突き刺さった。
「ふ、またつまらぬものを切ってしま――」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
「なッ!? ぶるばぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!??」
切り裂かれ、木に突き刺さった矢は先ほどよりも強力な爆風を巻き起こし、勇者どころか周りの地形そのものを暴風で消し飛ばした。
数十メートル近く吹き飛ばされた勇者は先ほどよりも強く木に叩き付けられた。そして木の枝の上に落下した勇者は、枝の上で干される布団のような体勢になった。
「ごふぃッ……!? ……き、切ったはずなのに……なんでだ、ぐ、ぐぞ……ぐぶぶ……でもここなら木が俺の身を隠してくれるから安全だ……」
「そうですね。しかし避けても風の余波で吹き飛び、破壊したらしたで矢に巻き付いた風が爆発し、さらに強い暴風を発生させる。厄介な能力ですね。そしてこれがおそらく敵の『メルティクラフト』でしょう」
「……向こうはもう最初からメルクラしてるってことか……」
「なんですかメルクラって……略さないでくださいよ、なんかイメクラみたいで不潔です!」
「雑菌まみれの不潔な便所ブラシが何を言ってるんだまったく……」
「失礼な! 私こうみえても聖剣の中ではトップクラスに清潔なんですよ!」
「そりゃあ聖剣は聖なる剣なんだから清潔なんだろうけどおめーはばっちい便所ブラ――」
ヒュウ、と勇者の近くに風が吹いた瞬間の出来事である。
ゴォォォォォ、と音と共に、木がバキバキとなぎ倒される音が聞こえてきた。
「……なんだろう……すごい、嫌な予感がする……」
「……そう、ですね……」
そして勇者の予感は的中する。
木を次々とへし折り、粉砕しながら風を纏った矢が勇者のもとに飛んできていた。
「やっぱりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??」
勇者は急いで木の上から飛び降りようとしたが、それよりも先に矢や勇者のもとに飛来し、勇者が上に乗っていた枝に突き刺さった。
バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
そして着弾した瞬間に先ほどと同じように風の嵐が発生し、勇者は風の波の中で木々に体をあちこちぶつけながら地面に落下した。
「勇者様しっかりしてください!」
「……ま、まだ大丈夫だ……うぐぐ……でもなんで俺の位置がわかったんだよ……葉っぱとか木で体が完全に隠れてたはずなのに……それに魔力の気配は感じるのに、位置を探れない……どうなってやがる……」
「位置を探れないのは、たぶん敵が魔力の気配を探れるほど近くにいないためと思われます」
「ち、近くにいないだと!? どのくらい離れてるっていうんだよ!?」
「最低でも一キロ以上は離れているでしょうね。正直私にも敵がどこから攻撃しているかわかりません」
「い、一キロ以上!? おいおい、伝説の13の異名を持つスナイパーですらそんなん無理だぞ……」
「……通常なら無理でしょうね。私の推測が正しければおそらく敵は魔眼持ちです。それもカルチェさんよりも強力な魔眼を持っているのかもしれません」
「ま、魔眼で俺の位置をそんな遠くから捕捉してるっていうのか?」
「ええ。かなりやっかいですよ……それにしてもおかしいですね……『メルティクラフト』を使ってる割りにはずいぶん攻撃されるまでに間が開いているような――」
トイレブラシが言いかけた瞬間、再び矢が勇者に飛んできた。
「くっそ! また来たぞ!」
「もしかして――」
「おい、便ブラどうするよ!?」
「え? ああ、そうですね。とりあえず剣で受け止めてください。私に考えがあります」
「わ、わかった!」
勇者はトイレブラシに言われた通りに剣を構え、そして矢を剣で受け止めた。
ズシン、と右手に凄まじい重量が加わり、腕がきしむ。
「やっぱ重ッ!? 便ブラ! このままだと、さっきの、二の舞だ、ぞ!」
「だいじょぶです。私の推測が正しければこれで――」
受け止めてすぐに後ろに吹き飛ばされそうな重圧を受けた勇者はトイレブラシに切迫した状況を伝えた。しかしトイレブラシは自分の考えを推論と言いながらも矢を何とかできる自信があるかのような声音で返しながら勇者の手に魔力を集め始めた。
「あ、ヤバイヤバイもう限界――っと思ったけど、あれ……軽くなってきた……」
風を纏いながら回転する矢の威力に音をあげた勇者だったが、突然腕に伝わる衝撃が弱くなった。
異変に気付いた勇者は矢に注目する。
「風が、分解されていってる……」
勇者は矢に巻き付いていた風が分解され、自分の腕に吸収されていく光景を目の当たりにした。
そして勇者の腕にかかる負担がなくなって行くと同時に全ての風が消え失せ、魔力を失った矢は地面に落下した。カラン、と言う音と共に矢が地面に転がる。
「私はさっき勇者様に相手は『メルティクラフト』していると言いましたが、すみません、あれは間違いでした。これは単純にただの付加魔術にすぎませんでした。おそらく自分の属性を魔術で矢に付加して私たちを狙っていたのでしょう。攻撃してから次の攻撃に移るまでの間にインターバルがあったのでもしかしてと思ったのですが、やっぱりそうみたいですね。これだけの威力を持たせるには上位魔術、それも属性魔術の上位魔術じゃなければ不可能です。ですが上位魔術は詠唱に時間がかかります、しかし相手が魔眼持ちならばその眼の力で詠唱を短縮できるってわけですね。でもこれは嬉しい誤算です、『メルティクラフト』じゃないなら防げるので」
「じゃ、じゃあ、つまり、こ、これはメルクラ状態の時の攻撃じゃないって事か? でもメルクラじゃないってだけでなんで防げるようになるんだよ?」
「術者の手から離れた魔術やそれに類するものなら私にかかれば速攻で解析し分解できます、時間さえあればですけどね。前に戦ったイケメンさん二人は体術も組み合わさってましたからそういうのは出来ませんでしたが、ただの矢に魔術を込めたものなら余裕で分解できますよ、勇者様が時間さえ稼いでくれれば。それでどうして『メルティクラフト』は防げないのかっていう話になるんですが――」
話の途中で、ゴォォォォォ、と音を出しながら先ほどよりも強い風を纏った矢が飛んできた。勇者は急いで剣を構え、跳んできた矢を受け止める。
「は、話聞いてる暇もねえぞ!」
「大丈夫です。もうこの人の魔術は私には効きません」
トイレブラシがなんでもないように言うと赤い光が勇者の手から発せられ、矢を飲み込んだ。
「……おお!」
すると今度は数秒もかからずに風の矢は地面に力なく転がった。
「――で、話の続きなんですが『メルティクラフト』の状態から放たれる魔技っていうのは魔術ではなく特殊能力に分類されてしまうからなんです。その人間独自の能力、勇者様は必殺技って言ってましたけど、それはあながち間違っていないんですよ。二つの魔具と人間が合体することでその人間の持ってる潜在的な固有能力も同時に引き出され、魔術から魔技という必殺技に昇華するわけです。それで、ある程度共通の術式から組まれ、その方程式を術から理解できる魔術と違って、独自の能力となってしまった魔技を解析するのはほぼ不可能なので、魔技を分解することは出来ないのです」
「そ、そうなのか……」
勇者はトイレブラシの話を聞きながらも次にどこから矢が飛んでくるのかわからない状況に戦々恐々としていた。いくらトイレブラシが敵の魔術を解析し、分解できたとしてもその分解されるまでの間に自分が矢を受け止め、時間を稼がなければいけなかったからである。
しかしそれ以降、断続的に続いていた矢による狙撃はぴたりと止まった。
「……矢が飛んでこなくなったな」
「魔術が通用しないことがわかったんでしょうね。無駄なことに魔力を消費するのをやめて次の手段を考えているんだと思います、中々切り替えの早い人ですね。おかげで私たちにも作戦を考える時間が出来ましたよ」
「いや、考える時間が出来たっつってもさ……どうするよ? 敵の場所がわかんねーなら仕掛けようがないぞ。メルクラして俺の『冥王紅炎斬撃波』で森中を手あたり次第ふっ飛ばすか?」
「いえ、やめておきましょう。正確な場所がわからない以上、徒労に終わる可能性が高いです。それに『メルティクラフト』は発動するだけで大量の魔力を消費してしまいますから長期戦には向きません、相手の位置がわからないこんな状況では危険すぎます」
「じゃあどうすんだよ?」
「そうですね、まずは相手の位置を特定するところから始めましょうか」
「始めましょうかって、そんなことできるのか?」
「ええ、次に敵が仕掛けて来た時が勝負になります」
勇者からおよそ五キロほど離れた森の中でシャルゼは驚愕していた。
「信じられない……魔術を、分解した……」
人生の中で攻撃を防がれること自体はあった、だが分解されたことなど一度も無かったシャルゼは勇者の能力の高さに目をみはっていた。
攻撃を仕掛けるまでに準備を怠らず、入念に計画を練って行った射撃は規格外の怪物によってあっけなく防がれてしまった。
(僕の弓の力を最大限に引き出せる最高の場所を見つけられたのに……こんなことが……)
『呪界』に侵入した後すぐに勇者の巨大な魔力に気が付いたシャルゼは勇者から距離を取り、自身の得意とする弓が生かせる絶好のポイントに陣取った。そこは森の中ではあったものの中心から少し離れた場所にある巨大な枯れ木の上であった。枯れながらも太く巨大な幹と枝はシャルゼの細身を支えるには十分すぎるほどであり、三十メートルほどの木の枝の上に乗ったシャルゼは森の中を見下ろしていたのだった。
(僕の魔術を解析したというのか、たった数本矢を受けただけで……ありえない……本当に人間なのか……)
人間離れした離れ業に思わず背筋が寒くなったが、深く深呼吸しながら気持ちを落ち着かせる。
(いや……ありえない、なんてことはないか……なにせ相手は光の属性を持つレオン君や巨大な要塞のようなゴーレムを作るガゼル君をことごとく撃退しているのだから)
シャルゼは二人の実力を知っていた。
レオンとガゼル、確かに二人ともまだ経験は浅いのかもしれないが、それでもその身に秘めた凄まじい才能を身近にいたシャルゼはよく知りえていたのである。
(……二人を倒し、『呪界』から追放するだけの技量を持っているのなら魔術の分解という信じがたい技術も納得がいく。それにあの魔力量……二人に話は聞いていたけど……)
シャルゼの青紫色に光る魔眼は遥か先にいる勇者の魔力をとらえていた。
(……ここまでとはね)
シャルゼ・ベルト―ルの魔眼はたとえ遠方にあるものだったとしても最大五キロほどならば、視界に映る対象の魔力を正確に見ることが出来る特別なものだった。ただし、発動中のその眼はあくまで魔力そのものしか見えず、対象の形や大きさなどはいっさい見ることは出来なかった。今のシャルゼには木々や岩といったものの形が見えず、その物体に内包されている魔力だけが小さな炎のように映っていた。
ゆえにシャルゼの瞳に勇者の変態的なピーマンファッションが映ることはなかった、だが魔力そのものしか見えないという制約があったからこそシャルゼの眼には勇者の内包する莫大な魔力だけが純粋に映っていたのである。レオンやガゼルはあくまでも勇者から発せられる魔力の気配から魔力量を推測していただけだったが、強力かつ特殊な魔眼を持つシャルゼは二人よりもさらにもう一段階踏み込んだ場所にいた。
(……最初に見たときは自分の眼を疑った。こんな、こんな怪物がこの世に存在するなんて……)
小さな炎のきらめきが無数に存在している森の奥で、一際強く、おぞましい魔力が荒々しく輝いている様子がシャルゼには見えていた。
それは一言で言い表すならば巨大な真紅の竜だった。
全長30メートルを超える六つの翼を持つ赤黒い竜、それがシャルゼの見た勇者の魔力だった。ひとたび暴れ出せば全てを破壊しつくすまで決して止まらないであろう巨大な翼竜を見据えながら冷や汗をかく。
(最初の数発は実力を確かめる小手調べのつもりだったけど、最後の矢はかなり強めに撃った。だがそれさえも分解されてしまった、もうこうなったら――)
シャルゼは手に持っていた薄い緑色の弓を枝の上に置くと、背負っていた濃い緑色の弓を外して手に持った。
(『メルティクラフト』を使うしか……だけど……)
決断しかけたシャルゼだったが、唇をかみしめながらかつての記憶を思い起こす。
(……だめだ……使うのは最後の手段にしよう。今はまだ、使う時じゃない……全て、できることをやって駄目だった時……その時に使おう……でも出来れば使いたくない……)
シャルゼは『メルティクラフト』を使うのをやめた、やめざるを得なかった。
シャルゼ・ベルト―ルは『メルティクラフト』を発動すると、自分自身に抑えが効かなくなることを知っていたからである。自分に秘められた忌み嫌われた力であり、呪われた瞳を両手で覆い隠しながら震える。
(……もう、暴走したくない……もうアレには、なりたくないんだ……)
カーマインの町から逃げた物取りの男とその仲間たちを倒した時も、シャルゼは一度として『メルティクラフト』を使うことは無かった。
物取りの男はシャルゼが『メルティクラフト』したと勘違いしていたが、それは誤りであり、三年前を期に、シャルゼ・ベルト―ルは今の今まで一度として『メルティクラフト』行ったことは無かったのである。
だが『メルティクラフト』を行わなくともシャルゼは強かった。魔眼による詠唱短縮能力、遠隔透視能力、魔力で強化した弓による精密射撃、これら三つが通用しなかった時は一度として無かった。
(……けどそんなことを言っていられるような相手ではないのかもしれない……最後の最後、本当に打つ手がなくなったのなら、『メルティクラフト』を使おう、例えどんな姿になろうとも任務は必ず達成する)
勇者の力を認めたシャルゼは決意を固めると、薄い緑色の弓を再び手に取り矢を携えた。
シャルゼが弓を構え直したその時、トイレブラシとの作戦を終えた勇者は剣を片手に不安そうな顔をしていた。
「……それ本当にうまくいくのか?」
「必ずうまくいきますですよ、はい」
「でもお前がミスったら俺は速攻であの世行きじゃん……」
「信じてください、大丈夫です。信じる者は救われるのです!」
「胡散臭い宗教勧誘のババアみたいなこといいやがってからに……」
勇者はジト目でトイレブラシを睨んだが、かといって自分に得策があるとは言えないので言う通りに剣を地面に突き刺して右手を空けた。
「なんだかんだ言いつつちゃんと私のいうこときくんじゃないですか、もう、うりうり♪」
「汚いうえにうっとうしいわ! 代案が無いから仕方なく従ってるんだっつの!」
左手を操り、スポンジで顔をぐりぐりしてくるトイレブラシを強引に払いのける。
「それでは始めましょう。そろそろ敵さんもやり方を変えてくるでしょうからね。『メルティクラフト』をして魔技を使ってくるのか、はたまた別の手段で来るのかはわかりませんが、次の一手で状況は一変しますよ。もちろん、私たちの有利な方にね」
「だといいんだけどな……俺もうまくやんねーとだけど、お前が一番重要なんだから頼むぜ、便ブラ」
「お任せください!」
トイレブラシは元気よく返事を返すと、シャルゼに語り掛けるように話し出す。
「……姿の見えないロビンフットさん、貴方の居場所はこの美少女聖剣エクスカリバーちゃんが必ず特定しちゃいますからね、お覚悟を」
トイレブラシがシャルゼに宣戦布告すると、勇者は目を閉じて右手を開いた状態で前に突き出した。
木の上にいたシャルゼは矢を引いた状態のまま勇者の魔力の変化を感じ取っていた。
(向こうも何かを仕掛けてくる。何かはわからないが、脅威であることに変わりはない。何にせよ、次で仕留めてみせる)
シャルゼの青紫色の瞳が一層輝き、矢に込める力も心なしか強くなる。
勇者の身に宿った炎の竜がシャルゼに吠えたようにシャルゼには見えた。
シャルゼは強く矢を引いた後、魔眼で詠唱を短縮し、矢を放った。
勇者とシャルゼの戦いはまだ始まったばかりである。