26話
勇者がアラン将軍と出会ってから数日後、二人は再び檻の中で会合していた。
アラン将軍は何かが入った白い紙袋を持参し、勇者の部屋に来ていた。
「相棒、いい加減諦めて私の仲間になってくれないか?」
「断る、断固として断る」
牢屋から救出された後、執拗に仲間になれと言ってくるアルトラーシャとアランに勇者はハッキリと断って仲間になるのを拒否した。仲間になれば変態の烙印を押される事は間違いないと思っての判断だった。
だがアラン将軍は諦めずに勧誘を続け、こうして今も勇者の部屋である牢屋で話し合いを始めていた。
「どうしてそんなに仲間になるのが嫌なんだい?」
「自分で考えろよ……常識的に考えればわかるはずだ……」
現在でも赤いペンキを全身に塗りたくっている全裸のアラン将軍にわずかでも常識が残っていることを勇者は期待した。
「……そうかッ!」
「おお、もしかしてわかってくれたのか!」
少し悩んだ末に将軍は結論を出した。
「職場でのイジメが心配なのか!」
「ちげーよッ!? アンタが服着てない変態だから仲間と思われるのが嫌なんだよ!?」
「変態などと言われるのは心外だ、いったい私のどこが変態だと言うんだ……!」
「全部だよ……」
勇者はフルチンを直視しないように努めていた。そしてアランはブツブツとどうすれば仲間になってくれるのだろうと、口に出して悩み始めた。
そんな時、トイレブラシが心の中で声をかけてきた。
「(勇者様、仲間になってあげましょうよ)」
「(ふざけんな! こんな全身真っ赤な露出狂の仲間になんて死んでもなるか!)」
「(いやぁ、勇者様も似たような格好してたじゃないですか。人のこといえないと思います……)」
「(こんな狂った感性のファッションと一緒にするな! 俺はちゃんと前は隠してたし、あれは芸術性満点のファッションだった!)」
「(十分狂ってましたよ……それに『火竜の剣』の魔石も探さなくちゃいけないと思います。敵がいつ襲ってくるともしれないですからね、パワーアップは必須ですよ)」
「(そりゃあそうかもしれないけど……)」
「(でしょう? とりあえず仕事の内容とか聞いてみましょうよ)」
「(うーん、確かにお前の言う通り、強くなっといた方がいいっていうのはパツキンとかガングロと戦ってみて痛感したけど……コイツのこの変態的な格好を見ているとやる気が失せていくんだよな……今見てるだけでもなんか七十パーセントくらい失せてきてるもん……)」
トイレブラシに促された勇者はアランの方をチラッと見た。
「そうだ! 仲間になってくれたら特別に豪華な副賞をプレゼントしようじゃないか!」
「え!? 豪華な副賞!? やる気が九十パーセントくらいあがってきたぜ!」
勇者は宝石などの金目の物を想像した。
「仲間になってくれたら特別に私が今体中に塗りたくっている赤い汁を特別にプレゼントしようじゃないか!」
「帰ってください」
やる気が0パーセントになった勇者はベッドでふて寝をし始めた。
「ま、待ちたまえ! では私の履いている靴下をあげよう!」
「いらねーよそんなもんッ!?」
「ではパンツを!」
「パンツ履いてねーじゃねーかッ!?」
勇者はアラン将軍の下半身を指差した。
「……では、こういうのはどうだろうか……?」
ふむ、と冷静に思考し始めたアラン将軍の顔を見た勇者は思う。
(お? もしかしてちゃんとした対価を思いついたのか?)
「では私の体を好きにしてくれてかまわない、というのはどうだろうか?」
「ふざけんなてめえッ!!?? 期待して損したわ!!?? どうだろうかじゃないだろうがッ!? おっさんの体好きにしていいなんて言われてもまったくときめかねーから!? しかもなんでちょっと自信ありげなんだよ腹立つんだよ!?」
「しかし君に仲間になってもらわねば困るんだ。さあ、私の体を好きにしてかまわないから仲間になってくれたまえ! そして任務の内容について話をしようじゃないか!」
「うわああああああああああ来るな寄るな近づくなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! わ、わかった、任務についての話は聞くから、聞くから近づいてくるなああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
頬を染めて近づいてくる将軍の顔を押しのけながら勇者は叫ぶ。
勇者はアラン将軍の任務について話を聞くことに決めた。二人はベッドに座りながら静かに対話し始める。
「最初に言っとくけどアンタの仲間にはならないからな。でも仕事だし、俺も必要だから『火竜の剣』の魔石を手に入れるまでは協力する、けど勘違いするなよ。一時的な協力関係ってやつだからな」
「な、なるほどこれがツンデレというものか」
「赤くなってんじゃないよ気持ち悪いわッ!? あとツンデレとかじゃねーからッ!?」
「わかってる、わかってるよ相棒。私もかつては相棒と同じように下半身を野にさらすことにわずかながら抵抗があったからね、全裸を他人に見せるのはすごく気持ちが良い反面恥ずかしい。若いうちはそんなものだ、君の気持はよくわかる」
「いやまったくわかってねーだろッ!? 俺は変態の仲間になるのが嫌なだけで――」
「わかってるわかってるとも。君も本当はフルチンになりたいんだね」
「だからわかってねーだろ!? 俺は――」
「(勇者様、言いたいことはわかりますが長引きそうなので後にしましょう。今は仕事の話をしましょうよ)」
「(……く、わかったよ)」
勇者はトイレブラシからの忠告を受け入れ黙った。
「……ま、まあいいよ。とりあえず仕事の話をしようぜ」
「おお、そうだったね。フルチンについては後でじっくり話し合おう」
勇者は話が終わったら即刻追い出そうと心に決めた。
「それで仕事というのは貴族の屋敷に忍び込むことなんだ」
「やっぱり悪徳貴族が『火竜の剣』の魔石を盗ってたのか」
「いや、調べたところスティーブ将軍が『火竜の剣』の魔石を貴族に売り払ったことが判明した」
「あのパチンカス殺す……!!!」
『火竜の剣』を持ちだしただけでなく自分に虚偽の報告をしたスティーブ将軍に怒りの炎燃やす勇者だった。
「おいコラあのギャンブル中毒者とっとと首にしろや! 調べて証拠があるんならアロハ馬鹿、じゃなくて国王に直訴すれば首に出来んだろ!」
「落ち着いてくれ。彼も悪気があったわけじゃないんだ、借金に追われて仕方なくやったことなんだ。国王もそのことを考慮して今回の事は許すとおっしゃっている」
「……じゃあさ、売っぱらった金は何に使ったか聞いてる? ちゃんと借金返済に使ったんだよな?」
「いや、確かスロットでスッたらしい」
「今すぐ首にしろよッッッ!!!!!」
勇者はこの国の雇用形態に対して怒りと憎しみを抱いた。
アラン将軍になだめられた勇者はなんとか怒りを抑え、話に集中した。話の内容は至極単純で魔石を買った貴族がスティーブ将軍から魔石を買ったことを認めておらず、そんなものはないと言い張っている、というものだった。
「国宝の魔石をかった貴族は白を切り続けているんだ、その上その貴族はなかなかどうして貴族として国王に勝らずとも劣らぬような権力を持った大貴族なんだ。彼にたいして懇意の貴族も多数いてね、こちらとしてもおおっぴらな強行手段が取れずにいる」
(はあ……多分うまくいってれば貴族の屋敷の警備に採用されて変態共を捕まえ、ご褒美に財宝とか色々手に入れられる契約を交わしていたはずなのになぁ……)
勇者は憂鬱な気分になっていたがアラン将軍の話はしっかりと聞いていた。相槌をうちながら話を進めようと口を開く。
「……んで、おおっぴらには動けないから裏で特殊部隊を動かして魔石買った貴族から魔石を奪還か」
「そういうことだ。その特殊部隊が私の率いる部隊でね、この前も私はその貴族の屋敷に忍び込めるよう下見に行っていたんだ。そういえば君と初めて出会ったのはその貴族の屋敷付近の森だったね。尻を丸出しにして、全裸で森の中にいる君は裸族の戦士として申し分のない存在感を放っていた」
「……え……?」
勇者の思考が一瞬止まった。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ……今、何て……」
「尻を丸出しにして――」
「それじゃない」
「裸族の戦士として――」
「貴族の屋敷の下準備に行ってたってところだよ察しろよ……!!!」
勇者は自分が裸で森の中に転がり、変態に助けられ大きな借りをつくってしまったことを思い出した。
「そこか、下準備に行っていたのは確かだがそれがどうかしたのかい?」
「……その、パチンカスが魔石を売って、買ったことをしらばっくれてる貴族の名前ってさ……もしかしてアンサムとかいう貴族?」
「その通りだ。なんだ、知っていたのか君は。カルチェとかいう警備のリーダー格の男が中々やりてでね、屋敷の中に忍び込むのは容易ではなさそうだったよ」
「……マジかよ……」
勇者は諦めかけていた警備の仕事やアンサムやカルチェといった関係者と意外な形で繋がっていたことに驚いた。
「……あれ、待てよ……確か巷を騒がせてる怪盗が屋敷に予告を送り付けてきたって……もしかして……」
「それも知っているとは情報通だね君。そう、何を隠そうその怪盗こそ私と、私の率いる特殊部隊の仲間の事なのだよ」
「お前らのことかよ変態の怪盗ってッ!? 何やってんだよ将軍と兵士だろお前らはッ!?」
「まあ聞いてくれ。怪盗と言っても盗むモノは悪徳貴族や王族が市民から巻き上げた金や資産の類に限っているんだ。王やアルトラーシャ姫、私の他の将軍、一部の兵士たちはそのことを知っている」
「……義賊ってやつか」
「義賊、か……そうだね、そう呼ぶ者もいてくれる……だが聞こえはいいがやはり犯罪は犯罪さ……心の中で後ろめたいことがあるからだろうね、普通に歩いているだけでも町の人々がすごい目で私のことを見ているような気がしてならないんだ……はは、気のせいかな」
「気のせいじゃないと思う……」
勇者は赤い全裸の露出狂をすごい目で見ていた。
「気のせいじゃないか……君もなかなか厳しいことを言うね。だが、何をしようとも今までの盗みの罪が消えることはないんだ。もうどうしようもないんだよ」
「服を着ろよ……」
「さあ、もうこの話は終わりだ。任務の話をしよう」
「話も聞けよ……」
勇者の言葉を無視しているのか聞こえていないのかアラン将軍は話題を変えた。
「それでは話を進めようと思う。スティーブ将軍が売った『火竜の剣』の魔石は今アンサムという大貴族の屋敷に名を変えて存在している。その名は『暁の涙』という」
(ああ、そういえばカルチェのおっさんが言ってたな……まさかこんなことになるとは……)
勇者は警備するはずだった秘宝を奪わなくてはいけなくなった事実に困惑した。
「どうかしたのか相棒、遠い目をして……」
「いや、なんでもない。ちょっと展開が変な方向に行ってるなぁと思って。悪い、続けてくれ」
「そうか、わかった。もともとアンサムには良くない噂が多数あってね、調べたところ裏金やら脱税やらで溜め込んだ金で不正な取引を行い、財宝を買い占めていることがわかった。そこで私と仲間で奴の盗みに入る計画を立てて実行に移していたところに王から『火竜の剣』の魔石が貴族に盗まれたかもしれないから調査してほしいとの依頼を受けたのだよ。まあ、実際にはスティーブ将軍がアンサムと取引していたことがわかったわけだが。そしてさらに調べ上げたところ、『暁の涙』という宝石にいきついたわけだ」
「(ね? 私の言った通りまともな人ではなかったでしょう?)」
「(うーん、確かにお前の言う通りだったな……それにしてもよくこの短期間で調べ上げたな……もしかして格好は変態だけどパチンカスと違って優秀な将軍なのか……)」
「(そりゃあ複雑な解毒魔術で勇者様の命を救っているわけですし、優秀でしょう)」
「(う……そういえばこいつに命を救われてるんだったな……)」
勇者は少し嫌そうな顔をすると将軍の方を向いた。
「どうかしたか相棒」
「……いや、そのえっと牢屋でもお礼言ったけどもう一度あらためてお礼を言わせてくれて。助けてくれてありがとう」
「気にしないでくれと言ったじゃないか。この世は持ちつ持たれつだ」
勇者のお礼を受けたアラン将軍は爽やかに笑った。
「(すごいいい人ですね勇者様!)」
「(……見た目さえ気にしなければやっぱいい奴なのかもな……)」
勇者はアラン将軍の優しさに触れて見る目を変えた。
(そうだよな……実際無償で俺を助けてくれたわけだし……変態だから仲間に加わるのが嫌だったが……能力は優秀、人柄も温厚で親切ときてる。どこぞのパチンカスやワキガ三騎士とは違ってこのアラン将軍とその仲間たちなら信頼してもいいのかもしれない……)
勇者の心の中にアラン将軍の仲間になってもいいのではないか、という気持ちが芽生え始める。
「――アラン将軍、さっきは協力関係だけって言ったけど……やっぱり、その……」
「おお! 協力関係と言えば思い出したことがある! さっき渡そうと思っていたんだが――」
「うん?」
アラン将軍は緑色のネクタイと地球ならばどこでも売っていそうな普通のストッキングを紙袋から取り出し、勇者に手渡してきた。突然の出来事に思わずそれを受け取ってしまう。
「……これってネクタイとストッキングだよな……?」
「いかにもその通り。仲間になるにあたって君にはそれをつけてもらいたいんだ」
「ネクタイはわかるけど……なぜストッキング……」
「(勇者様、あれですよ。ストッキングじゃなくてこれはレギンスというものですよきっと)」
「(れ、レギンス……なんか、聞いたことある格好よくておしゃれな響き……)」
勇者はトイレブラシから言われた言葉に胸をときめかせた。
「(確かストッキングみたいな生地のものとファッション雑誌で見た記憶がありますよ私。上級者でしか着こなせないファッションだとかどうとか)」
「(そ、そうか……上級者……選ばれしイケメンのみが着ることを許される服か……確かにレギンスという響き枯らしてカッコいいもんな……勇者であるこの俺に相応しい装備なのかもしれない)」
勇者はレギンスを装備し、女にモテる自分を想像した。
「ぐひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!!! いいねいいねすごくいいねッ!!!」
「その笑顔から察するに私のプレゼントはお気に召したようだね?」
「ああもちろん! 気に入ったぜ! ありがとう将軍!」
「どういたしまして。喜んでもらって私も嬉しいよ」
「あ、でも俺これの着け方知らないんだよな……」
「安心してくれ。ちゃんと教えるつもりだったさ。ちなみにストッキングは頭からかぶるんだよ」
「そうか」
「(……え!? いやおかしくないですか!? なんで頭に!?)」
アラン将軍は無知を恥じる勇者に向かって慈愛に満ちた笑顔を見せ、トイレブラシの疑問はスルーされた。そして勇者は面倒見のいい将軍に感動していた。
「将軍……! ありがとう……! 俺誤解したよ……! アンタの事見た目でしか判断してなかった……! ごめん、本当にごめん……!!!」
勇者は土下座すると将軍にひたすら謝った。
「やめてくれ相棒。私たちはもう仲間だ、そんなことをする必要はないよ。そんなことよりそれの着け方を今すぐ教えるから、よく聞いてくれ」
「うん、わかった!」
「まずネクタイだが――」
(そういえばレギンスの着方だけじゃなくてネクタイの着け方も知らなかったな。俺が通ってた中学と今通ってる高校は学ランだからネクタイなんか結んだことなかったし)
勇者は中高一貫して学ランだったためネクタイの着け方を知らなかった。そのためスーツなどを着る際に役立つだろうとアラン将軍の話に真剣に耳を傾ける。
「まず股間に巻き付けて――」
「ちょっと待ってッ!!??」
紙袋から取り出した赤いネクタイを自前のイチモツに巻き付けようとする将軍を慌てて止める。
「どうしたんだい相棒、結び方が難しかったかい?」
「いやそれ以前の問題だよッ!? 首じゃなくてなんでち〇こに巻き付けてるんだよ!?」
「何を言ってるんだネクタイというものはち〇こに巻き付けるものだろう」
「何を言ってるんだってのはこっちのセリフだよ!? ち〇こに巻き付けるはずねーだろ!? ち〇こはそういうことをするためにあるんじゃねーから!?」
「いいや、ここは譲れないよ相棒! ち〇こにネクタイは譲れない! ち〇こはネクタイを結ぶために存在しているようなものだ!!! 私はち〇このことは全て知っている!!!」
「違う絶対違う! お前にち〇この何がわかるんだ! ち〇このいったい何がわかるって言うんだよ!!!」
「(ち〇こち〇こ連呼するのやめてくれませんか……)」
「「ち〇こォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」」
トイレブラシの制止の言葉すら耳に入らなかった勇者はおかしなテンションのままアラン将軍と叫び続けた。ち〇こ論争はしばらく続き両者の声が枯れ始めた時にようやく終わった。
「と、とにかく俺はち〇こにネクタイは結ばないからな!!! 絶対にお断りだ!!!」
「な、なかなか強情だね君も。だが君は必ずち〇こにネクタイを結びたくなるはずだ、私の言葉を聞けばね」
強情な勇者に対してアラン将軍は不敵な笑みを浮かべて大人の余裕を見せた。
「な、なんだよ。その自信は……」
「私はね、相棒。今の今まで何かに成功したということがなかったんだ」
「何の話だよ……」
「まあ聞いてくれたまえ。私は十代の頃、何をやるにもうまくいかずその上根暗で彼女がいなかった」
「(根暗じゃないのに彼女いない人がここに――)」
「(へし折るぞ便所ブラシ)」
茶化してくるトイレブラシをどつきながらも勇者は無意識のうちにアラン将軍の話に聞き入っていた。
「いや、正確に言うと暗かったのは子供のころからなんだが、なぜだかいつも窮屈でね、それが性格の暗い理由だったんだ。ああ、窮屈といっても太っていて服がパツンパツンだったというわけじゃないんだ。なぜか精神的に締め付けられるような不快感に小さい頃から悩まされていた、締め付けられる不快感にさらされているうちに自然と性格まで締め付けられて暗い性格になっていったんだ」
「へえ、そうだったんだ……」
「そうなんだよ、だが転機が訪れた! 二十三歳の時、就職に失敗し続けた私はなにもかもが嫌になり川に身投げした。死んでもいいと思っていた、しかし偶然にも助かってしまった。だが自殺に失敗し、ネクタイ以外の荷物や服、金銭全てを川に流され全裸で川べりに寝そべった状態で助かった私が感じたのは絶望ではなかった。何を感じたかわかるかい相棒?」
「いや、ちょっと……」
勇者は想像以上に重い話に若干顔を引きつらせていた。
「解放感だよ。それはまさに自由への翼を得た瞬間だった。私が感じていた窮屈の正体を知ったがゆえの感覚だったんだその解放感はね。全てを失って初めて気が付いた、私が息苦しさを感じていた正体、それは道徳、規律、規範、を含むつまるところ社会という人間が作り出した檻そのものだったんだ。生まれたときから私はそれを無意識に感じ取っていたことに気が付いた、常識、理性、観念、それを当たり前のものとしていた人間社会に私は嫌悪感を抱いていたんだ。それに気が付き理解した瞬間、あらゆる物事から解放された気がしたよ。そして人間が服を着なければいけないという常識からすら解放された私は長年の苦悩の末に答えを出し、その足でこの城の門を叩いた。ここで働こう、ここで働いていつかこの国の、世界の常識かえてみせようという目的をを見出したんだ。社会に囚われた人々を開放するのが私の仕事、そのために私はきっと生かされたのだと思った」
(だ、駄目だ、意味わかんねー……つまり生まれた時から変態で常識に馴染めなかったから根暗だったけど死にかけて自分の変態性を理解して開き直ったってことかこれ……つーかち〇こにネクタイを結ぶ理由が出てきてねー)
常識的観点から勇者はアラン将軍の話をまったく理解できなかった。
「……ってちょっと待って!? その足でって、ことはまさかそのまま全裸で……!?」
「いや、さすがにそのままではマズイと思って――」
「だ、だよな。流石にそのままじゃマズいよな」
「ち〇こにネクタイを結んで行った」
勇者は言葉を失った。
「……もしかして……それ、受かったの……?」
「もちろんだ」
勇者は口を大きく開けて驚愕し、固まった。そんな勇者のことなど気にすることもなく将軍は続きを話し始める。
「最初は兵士たちが私を拘束しようとしたんだが――」
「……そりゃあそうだろうよ……」
「寛大な王が私の拘束を解き、面接を受けさせてくれたんだ」
「……アロハ馬鹿か……」
「あの時の面接は今でも覚えているよ。王は私の魂の慟哭のような叫びを聞いて一発でここで働くことをOKしてくれたんだ、感動したよ」
「なんて言ったんだよ……」
勇者は
「全裸で働きたいです」
「ただの変態じゃねーか!!?? なぜそれでOKが出るんだよ何考えてんだあのバカキングは!!??」
「王は全裸で働きたいと言いながらち〇こにネクタイを結んできた私の礼儀正しさに感動してくれたんだ」
「余計変態性が増しただけにしか思えないんだけど……」
変態性に関してはさっぱりだったものの勇者はアラン将軍の言いたいことがなんとなくだがわかってきた。
「……言ってることはやたら小難しい上に将軍の過去の身の上話とかいらないと思ったけど、つまりあれか……ち〇こにネクタイ結んだおかげで就職できた、成功を掴んだ。だから俺もち〇こにネクタイを結べば成功を掴むことができる、ってことか?」
「その通り。わかってくれたかい?」
「いや全然」
「そ、そんなバカな!? なぜだ!? 今私はすごいいいことを言っていたじゃあないか!?」
「いやそもそもアンタがいろいろ失敗してたのはただ単に生まれついての変態だったってだけであって……成功した理由に関してもアロハ馬鹿がバカだったからだと思うよ……断じて全裸になったからでもないし、ち〇こにネクタイを結んだからでもないからね」
勇者はひどく憐れみを感じながらもアラン将軍に真実を言った。
「そ、そんな……私の感動的な身の上話を聞いて落ちなかった相手はいなかったのに……みんなち〇こにネクタイを結んでくれたのに……」
「そりゃあ余程のアホだったんだろ……」
勇者は呆れた顔でため息をついた。
(なんだよ……いい奴だと思って仲間になろうかと思ったのに台無しだぜこれ……はぁ……やっぱ仲間になるのやめようかな……)
勇者は将軍への認識を再びあらため、幻滅すると体をベットに投げ出した。
「ま、待ってくれたまえ相棒! 就職できただけじゃあないんだ! 他にも変化はあったんだ!」
「いやもう結構、何を話したって俺は絶対にち〇こにネクタイを結んだりはしな――」
「女にモテるようになったんだ!!! 女とやりまくれるようになったんだ!!!」
アラン将軍の叫びが牢屋に響き渡った。
「おいおい、そんな嘘にこの天才が引っかかるとでも?」
「本当なんだ! ち〇こにネクタイを結んだら美女が寄ってくるようになったんだ! そう、例えばエルフみたいな美少女が寄ってきたこともあったんだ!!!」
将軍の迫力は凄まじかった、だが説得力に欠けているうえ頭がおかしいと思われても仕方ないものだった。普通の人間なら鼻で笑うような絵空事だった。
「(……ありえないでしょういくらなんでも。そんなことが嘘だってことくらいド低脳の勇者様だってわかりますよ。ねえ勇者様――)」
「詳しく聞こうか」
トイレブラシの想像を超えるほどに勇者はド低脳だった。
「興味を示してくれてよかった! では聞いてくれ、私は城に向かう前にこのままではまずいんじゃないかと思ったんだ。いくら全てから開放されたパーフェクトフォームでも全裸で、しかもち〇こにネクタイを結んだまま王族の住む城に行くのはちょっと失礼にあたると思ったんだ」
「打ち首ものだな」
「だからまじないをかけたんだ。だからきっとそれが原因で私の人生はうまくいったんだと思う。王が私の面接をしてくれたのも、将軍になれたのも、女をとっかえひっかえ出来たのもきっとそのまじないが原因だと思うんだ。だから相棒、ち〇こにネクタイを結んで私が今から教えるまじないをしてくれ」
勇者は手に持った緑色のネクタイを虚ろな目で見つめだした。
「(……勇者様、まさかとは思いますが……やりませんよね……?)」
「(……こいつの話を百パーセント信じてるわけじゃないさ……こいつが口八丁手八丁で俺を変態の世界に引きづり込もうとしていることくらいわかるからな……確かにこの変態のファッションセンスは俺の常識的なファッションセンスからすれば吐き気を催すようなものだよ)」
「(いや勇者様も大概だと思います……)」
「(だが、だがね、コイツは命の恩人。できるだけ言う事はきいてあげたい。ついでにエルフにモテる可能性がわずかでもあるなら俺はそれに賭けたい!!! 例えそれがち〇こにネクタイを結ぶなんて明らかに嘘くさい上に胡散臭いまじないであったとしても!!!)」
「(ついでの方が本心でしょう絶対……)
勇者はエルフとやりたかった。
「教えてくれ将軍! どうすればエルフにモテるのかを!」
「まかせてくれ! ではまずパンツを脱いでくれ!」
「わかった!」
勇者は着ていた服を全て脱ぎ捨てるとパンツ一丁になり、それにも手をかけると一気に脱いだ。
「ではまず最初にち〇こにネクタイを――」
将軍は嬉しそうにネクタイを勇者のち〇こにネクタイを結ばせようとした。
だが、
「……だ、駄目だ……」
勇者のイチモツを見た瞬間、将軍は一言つぶやくと悲しそうに目を逸らした。
「え? ダメなの? なんで?」
勇者はなぜ駄目なのかわからずしきりに将軍に問いかけるも、何も答えてはくれなかった。
「おいってば! 何も言ってくれなかったらわかんないだろうが! なぜ駄目なのか理由を言え、理由を!」
「……君の剣は立派だ……本当だよ、大きさや長さは申し分ないんだ……ただ……」
「ただ……?」
将軍は言いよどむと、視線をあちこちにさまよわせたあとに覚悟を決めたように勇者を見た。
「ただ……まじないをするには抜身の……鞘の無い剣でなければならないんだ……つまりは……」
勇者は将軍の言わんとすることがなんとなくわかるようになり、ショックを受けた顔をした後、自らの聖剣を凝視した。
「ズル剥けじゃなければいけないんだ……」
将軍の言葉を無言で聞き届けた勇者は皮の被った自らの聖剣を見た。たいそう悲しそうに顔を歪めながら自分の息子を見続けた。
「……すまない、こんな結末になるなんて思わなかったんだ。私と君が再開し、アルトラーシャ姫がいたあの時に君のパンツを剥ぎ取ったあの時にちゃんと君のイチモツを見ておくべきだった。これは私の責任だ、本当に申し訳なかった。君が最初に言っていた通りネクタイを結ぶのは諦めよう」
将軍は勇者のち〇こにネクタイを結ばせることを諦めた。
「(よかったですね勇者様! 変態的な格好しなくて済みましたよ!)」
「(……うん……でもなんか……どうしてかな……あんまり素直に喜べないんだけど……どうしたらいいのかな……どうすればこのやるせない気分を晴らせるのかな……)」
変態的な恰好をせずには済んだものの、勇者の心に言いようのない悔しさが残ったのであった。
アラン将軍が勇者に変態的な恰好をさせることを諦めたため、話は自然と任務の内容へと移って行った。
「ではそろそろ任務についての話をしよう」
「アンサムの屋敷に侵入して魔石を奪い返す、か。でもさ、実際出来そうなのか? 厳重に警備されてるんだろ? 俺もアンサムの屋敷周辺の森に行ってみたけどトラップで毒の矢が飛んでくるわ、毒蛇が上から降ってくるわで屋敷に入る前からすでに死にそうだったんだけど……」
勇者は森に行った日のことを思い出して身震いした。
「確かに屋敷内部の警備は厳重で内部も非常に入り組んでいる。普通に突破するには難しいかもしれない、がやるしかない。アンサムは表では温厚で優秀な貴族で通っているが、裏では危険な魔物の密売をして私腹を肥やしているんだ。そうだ、君はサラマンダー盗賊団を知っているかな?」
「知ってるけど、アイツらがアンサムとなんか関係あんの?」
『火竜の剣』を探す過程で戦ったむさくるしい男たちを脳内に思い浮かべる。
「関係あるなんてものじゃない。アンサムがサラマンダー盗賊団とつながり、大々的な魔物の裏オークションを開催しようとしていたことを私たちはつきとめたんだ」
「へえ……ああ、そういえば……」
サラマンダー盗賊団の屋敷に入った時に戦った怪物や檻に入っていた魔物たちを勇者は思い出す。
「(思いがけぬところでまたつながりましたね勇者様)」
「(そうだな……また嫌な事を思い出したぜチクショウが……)」
魔物に食い殺されそうになったり、ケツを掘られそうになった苦い記憶がよみがえる。そんな勇者の気持ちなど知る由もないアラン将軍は続ける。
「だがサラマンダー盗賊団のアジトが何者かによって破壊されたらしくてね、売られる予定だった魔物たちは皆、どこかに逃げ出してしまったらしいんだ。まったく、狂暴な魔物もいたというのに。あ、そうそう、そういえば今私はそのサラマンダー盗賊団のアジトを壊した犯人を捜す任務も受けているんだ。捕まったら終身刑は免れないだろうね。でも自首するなら刑が軽くなるかも――って聞いているかい相棒?」
勇者は青い顔をしながら顔中に脂汗をにじませてブルブルと震えていた。
「(……これはあれですかね、暗に自首するようにほのめかしてるんですかね)」
「(待てよあれは違うだろう!? 俺のせいじゃないだろう!? だいたいお前が変な魔術使うからだろう!?)」
「(何言ってるんですか、勇者様は私のご主人様なんでしょう? 私のものは勇者様のもの、私の罪も勇者様の罪ですよこれ)」
「(ジャイアニズムを逆手に取るなんてなんて性格の悪い奴なんだお前は!!!)」
「(性格の悪い者同士お似合いですね私たちは。にょほほほほほほほほほほほほッ♪)」
「……相棒……?」
「ひゃうッ!? ななな、なんだよ俺は無実だぞ不可抗力だったんだあれは!?」
「無実? なんの話だい?」
「え……?」
勇者は将軍のきょとんとした顔を見ながら思う。
「(……もしかしてバレてないのか……)」
「(そのようですね。いやーよかったですねー、豚箱に入らずに済んで――ってここ豚箱でしたねそういえば)」
「(失礼なことを言うなマイルームだぞ! 断じて豚箱ではない! ……でも、まあ今はいい。とりあえずバレてないみたいだしこのまま白を切る)」
勇者は決めると不思議そうに自分を見つめる将軍に向き直った。
「いやーごめんごめんご! 続けて続けて!」
「そうかい? では続けさせてもらおう。それでサラマンダー盗賊団とつながっていたことを知った私とその仲間はアンサムの屋敷をさらに調査しようとしたんだ。だが屋敷の外部、つまりは森周辺に配置されたトラップしかわからなかった。屋敷内部を魔術で透視しようにも結界が幾重にも張り巡らされているため実質的に不可能、ゆえに屋敷にどんなトラップが仕掛けられているかわからないんだ。その上警備長のカルチェがどこからか集めてきた新しい警備員たちは皆超凄腕ときている。正面からやりあえばこちらもただでは済まないだろう」
「(勇者様の他にもカルチェさんにスカウトされた人がいるみたいですね)」
「(そうみたいだな……俺も本来は警備する側だったんだけど……将軍には黙っておくか、めんどくさそうだし)」
勇者は思ったよりもカルチェが優秀だったこと、そして屋敷から魔石を取り戻すことが困難であることを再び思い知らされた。
「しかしあらためて聞くとすげえ厳重な警備だよな。よっぽどのお宝が屋敷にあるんだろうな」
「確かに財宝が山ほどあり、前から警備が厳重ではあったんだがここまでではなかったんだ! クソッ! 予告状を送り付けるまではこれほど厳重な警備ではなかったというのに! いったい何が原因なんだ!」
「自分で答え言ってんじゃねえか……」
勇者は予告状を出して余計に警備を厳重にしたマヌケな怪盗をジト目で睨んだ。
「……つーかなんで予告状なんて出したんだよ……」
「怪盗は予告状を出さねばならない。予告状を出さず盗むのはコソ泥のすること、私は犯罪者だがコソ泥にはなりたくないんだ! 犯罪者にもランクがある! 私にだってプライドがあるんだ! コソ泥は最底辺の性犯罪者とほぼ同列なんだよ!!! わいせつ物陳列罪なんかを犯しているような変態ばかりの最底辺に落ちたくはないんだ!」
「もう落ちてんだろ……わいせつ物陳列してんだろ……」
勇者は全裸の赤い変態を冷たい目で見た。
「そんな目で見ないでくれ給え相棒。もう出してしまったものはしょうがないんだ。過去は変えられない」
「そうだな……でも未来は変えられるだろ? 服着ればわいせつ物陳列罪にはあたらなくなるんじゃないかな服を着れば」
勇者は股間を突き上げるようにしてイチモツを見せつけてくる将軍に辟易していた。
「未来は変えられるか――いい言葉だ。確かにその通りだな、アンサムの屋敷から宝や魔石、悪行を犯したであろう数々の証拠を盗み出して奴の悪逆非道に満ちた人生にピリオドを打とう! 罪を認めぬ悪党をこらしめて共に罪を暴き出そうじゃないか相棒!」
「……なんかいい感じのこと言ってるけど一番重要な言葉をスルーしないでもらえるかな? 服を――」
「未来を変えよう!!! 私と私の仲間と共に犯罪者のいない未来を目指そう!!! チェンジ!!!」
「おい聞けよ!!! 未来変える前にその変態的な恰好を変えろよ!!! 未来変える前にパンツ買えよ!!! 頼むからせめてパンツ買って履いてくれよ犯罪者!!!」
「ではそろそろおいとましようかな。ちなみに任務の決行は今夜だ」
「だから話を聞け――って、はぁ!? 今夜!? ちょっと待てよ急すぎるだろ!?」
勇者は当然なんの準備もできていなかったため動揺した、だが将軍は待たなかった。
「集合場所はサムウェルス公園東口だ。夕刻にはくるようにしてくれ。それから出来るだけ目立たない格好で来てくれ、ではッ!!!」
言いたいことを言い終えたアラン将軍は牢屋を飛び出して行き、勇者は急すぎる将軍の物言いに立ち尽くすことしかできなかった。
「……もう、なんなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
理不尽な展開に対して勇者は叫んだ。
夕刻まで残りおよそ四時間。
「……結局来ちまったぜ……」
勇者は将軍に言われた通りサムウェルス公園にやってきていた。相変わらず公園一帯には誰もおらず、一人立ち尽くす。そして夕焼けが公園一帯を照らすのをみていた時、ふいに子供の頃の記憶がよみがえる。
「……懐かしいな、子供の頃は日が暮れるまで遊んでたっけ。もうあの頃には戻れないんだろうな、なんて感慨にふけっちまうくらい俺も大人になったってことか」
「……勇者様、黄昏るのは別に構わないんですが、一つよろしいですか?」
「なんだよ?」
「……なんでその格好にしたんですか……普通に学ランでよかったと私は思うんですが」
「学ランはこの世界に来てからの俺の普段着みたいなものだぞ? もし屋敷に忍び込んで誰かに見つかったりしたら顔を隠しててもバレる可能性がある、だから普段とは違う恰好にしたんだよ」
勇者は胸を張って、頭がいいだろ? といわんばかりのドヤ顔を見せた。
「いや、普段とは違う格好なら別にTシャツを変えたり、ズボンを変えればいいと思うんですけど……」
「なんだよお前はさっきから。俺の格好に何か問題があるみたいな言い草だな」
「あるに決まってるでしょ!? なんなんですかその変態的な恰好は!? これじゃあアラン将軍のこと言えないでしょうが!?」
トイレブラシは顔を含む全身に緑色のペンキを塗りたくり、ボロ布で股間を隠した勇者を非難した。
「まったく、これだから便所ブラシは嫌なんだ。こんな芸術性に富んだファッションは他にないぞ?」
「そんな頭のぶっ飛んだファッションはそりゃあないでしょうね他には……もうすっかり変態の仲間入りですよ……赤い変態と緑の変態、これで黄色とか青いのとかが出てきたら変態戦隊ヒーローの出来上がりですよ……アラン将軍の他の仲間が少しでもまともであることを祈るばかりで――」
「「おーーーーーーーーーーい!!! 君が新入りかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
それぞれ青と黄色いペンキを塗りたくった二人の全裸の男たちが駆け寄ってきた。
「(……もう、嫌です……)」
トイレブラシのわずかな希望は瞬く間に崩れ去った。
「(元気出せよ、変態の仲間が変態なんてことはよくあることだって。お前だけじゃない俺だって普通の感性をもっているからな、コイツらと仕事をするのは嫌だし、ショックだよ。俺たちは仲間だ)」
「(一緒にしないでください、鏡見た時にショック死しない限り貴方と私は同じ感性ではないです……)」
トイレブラシはそれ以降何も言わなくなり、勇者は駆け寄ってきた男たちに目を向けた。
(いやぁ……しっかし……あのトマト野郎の仲間だけあって、見れば見るほど変態じゃねーか……ふぅ、やれやれ……)
自分の事は棚に上げて目の前の変態たちをこき下ろした勇者は心の中でため息をついた。
「「君が新入りだね?」」
「ああ、一応今回の任務で手を組むことになってる。あ、でも勘違いするなよ? 仲間になるわけじゃないからな」
「「ツンデレか! 我々の中にいなかった属性だよ!」」
「いや、別にツンデレじゃないんだけど……ん?」
勇者は黄色い変態と青い変態をどこかで見たような、そんな妙な既視感を感じた。
「なあ、俺とどっかであったことある? なんか二人とも見覚えがあるんだけど……」
「「私たちは任務の時以外は正体を隠して町で普通の仕事をしているからね。その時に会ったのかもしれない」」
「そうなのか……いやでもなんかものすごい最近に会ったような……でもどこで会ったのか思い出せない」
勇者は頭に手を当てて考えたが、結局わからなかった。
「……ま、いっか。それよかアラン将軍はどこにいるんだ? そろそろ日も暮れて来たのに」
「「将軍はすでにアンサムの屋敷周辺の秘密の場所で他の仲間たちと待機している。我々は君を迎えに来たんだ」」
「そうなのか、でもなんで現地集合じゃなくてここに来させたんだ?」
「「アンサムの屋敷周辺の警備が昨日からさらに厳重になったんだ。屋敷周辺の森に普通に入るだけで捕まる恐れがある」」
「なるほど、つまりアンタらが抜け道を教えてくれるってわけか」
「「そういうことだ。では行こうか」」
「ああ!」
「「あっ、と。そういえば忘れていた。これを付けてくれ」」
二人のうち、黄色い変態の方がどこからともなく腕輪を取り出し勇者に手渡してきた。
「なんだよこれ」
「「これは魔具だ、離れた位置にいてもこの腕輪をつけた者同士ならば会話が出来るという優れものだ。ただ半径二、三キロほどだがね」」
「なるほど、距離の限られた腕輪型の携帯電話みたいなもんか」
「「携帯電話……?」」
「悪い、なんでもない。それより行こうぜ」
勇者は思う。
(本来なら俺がアンサムの屋敷の警備員になるはずだったのに、わかんないもんだな。まあ、でも魔石がなきゃ『火竜の剣』が完成しねーし、仕方ないか。腹きめて行くぜ!)
勇者は覚悟を決めて前を歩く二人に並んだ。
「「ふッ、なんだかいい顔になったじゃないか、覚悟を決めた男の顔だ」」
「ああ! ここに来るまではあんまりやる気がでなかったんだけど、なんていうかこう、難攻不落の城を落としにいくような妙な緊張感がしてきてさ! 難易度の高いゲームに挑むようでなんかちょっと興奮してきたんだ! 絶対攻略してやるぜ!!!」
「「ほお、死ぬかもしれない危険な任務だというのに。言うじゃないか、その自信、任務で見せてもらおうか、新入りくん」」
「ふッ、俺の天才的な実力を見て腰を抜かすなよ? それからアンタらの実力の程も任務でしっかり見せてもらうぜ先輩」
「「本当に言ってくれるな君は。ふッ」」
互いを試すように含み笑いをした三人は立ち止まると見つめ合う。
「「「行こう!!!! 私たちの戦場へ!!!」」」
決意の程を述べた緑、青、黄色の変態は歩き出す。
「あ、そこの三人ちょっと止まってくれるかな?」
決戦の地へと向かいだした三人は何者かに呼び止められ振り返った。
振り返った先にいたのは町の警備兵だった。
「「「ここから出せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」」
勇者たちは逮捕され檻に入れられた。
「おいどうするんだよ!? 屋敷に入る前どころか屋敷周辺の森に行く前に捕まったぞ!? アンタらが変態的な恰好してるのが悪いんだよ!?」
「(勇者様は人のこと言えないでしょう……)」
トイレブラシはピーマンのような緑色の体を非難したが、勇者は聞き届けなかった。
「「……確かにこのままでは作戦に間に合わないな。仕方ない、不本意だが脱獄しよう」」
「え、で、出来るのかッ!?」
勇者は藁にも縋る思いで二人に駆け寄った。
「「出来る、簡単なことだ。騒ぎを起こす演技をして看守をこの中におびき寄せるんだ」」
「なるほど! 映画とかで見たことあるぜそれ! ケンカしてるフリして看守を牢屋の中に入って来させるアレだな! よし、さっそくやろうぜ!」
勇者は指をボキボキと鳴らした後に拳を二人の前に突き出した。
「「よし、では行くぞ!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
二人は勇者に飛びかかると抱き着き、プロレス技をかけはじめた。
「あ、いや、ちょ、ストップ、ストップッ!? お前ら抱き着くのはやめろ!? 当たってる、お前らのアレが当たってるんだよ!? キモイキモイってやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
二人の股間のイチモツが勇者の腕や体に当たり、吐き気がこみ上げてくる。
そんな時だった、叫んで暴れ回る勇者の悲鳴を聞きつけたのか、看守がやってきた。
「おい、うるさいぞ! 何やって……うわッ……」
緑、黄色、青の変態たちが絡み合っている様子を見たためか、気分を害した様子の看守は顔を青くしながら口に手を当てていた。
「……わ、悪い……邪魔したな……」
看守は汚物を見るように顔を歪めた後、三人に謝罪して去って行った。
三人はその場で絡み合ったまま動きを止めた。
「……ダメじゃねーかッ!? 見たかあの顔!? 完全に勘違いしてたよ完全に俺らが合体しようとしてたって思われたよどうすんだよ!?」
「「おかしいな……そうか、絡み具合から嘘だと判断されたのかもしれない。ならばもっとこう複雑に絡み合おうか新入りくん」」
「ば!? おい!? や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
二人が勇者に絡みつき、その気持ちの悪さに絶叫した。
それから何度も同じように三人は絡み合ったが、いくら叫ぼうがわめこうが看守は訪れなかった。残ったのは作戦失敗の虚しさと憔悴しってゲッソリとした勇者だけだった。
「……結局無駄骨だったじゃねーかちくしょう……」
「「仕方ないな、最後の手段だ」」
二人の男は腰に下げていた巾着から二つの野球ボールほどの大きさの玉を取り出し、牢屋の鉄格子とは反対側の壁に投げつけた。すると壁が一瞬で腐敗し、ボロボロと崩れ出す。数十秒後には壁はすでになくなりっていた。
「「さあ、行こうか」」
「そういうのがあんなら最初から使いやがれよちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 絡み合おう必要なかったじゃねーかあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
勇者が叫びながら二人に掴みかかり絶叫したが、やはり看守は現れなかった。
それからおよそ五十分ほどの間、三人はひたすらに目的地まで走った。森に通じる抜け道であるジメジメとした吸血コウモリの住む洞穴や流れが激しく底が深い川、断崖絶壁を登りきり、ついに目的のアンサム屋敷周辺の森に到着した。
「つ、疲れたー……普通に来れば五、六分の距離なのに……マジで疲れたぜ……」
「「流石だよ新入りくん、私たちの走りについてくるとはくるとね。隊長が言っていた通り逸材だ」
「そりゃどーも……で、その隊長さんはどこにいるんだよ? 見当たらないけど……」
勇者は周りを見回したが、アラン将軍はおろか、その仲間の姿も見当たらなかった。
「「ここにはいない。もう少し先が秘密の集合場所の入口になっている。こっちだ」」
勇者は促されるままに二人の後を追った、そして到着した。
「……やっぱり誰もいないんだけど。もしかして俺らが遅れたせいで先に行っちまったのか? もしくは全員捕まってるとか?」
ついた場所は森の中にしては開けた場所だった。少数の木と大きな切り株、それ以外は半径十メートル以内に何も無かった。だがやはり人っこ一人見当たらず、勇者は肩の力が抜けていくのを感じた。
「「両方とも違う、隊長たちはこの先にいる」」
「いや、この先って……」
二人が指差した場所は一メートル近い巨大な切り株だった。
「……なんで切り株……?」
「「見ていたまえ、そして我々の後についてきたまえ、とうッ!!!」」
二人は叫ぶと切り株に向かってジャンプし、そして切り株の表面、中央の位置に飛び乗った。その瞬間だった――
「え……?」
二人は一瞬で消えた。
「あ、あれ!? アイツらどこいった!? ええ!? き、消えたぞ!?」
「落ち着いてください勇者様。切り株を調べれば仕組みがわかりますよ」
「仕組み?」
二人がいなくなったため、話しかけてきたトイレブラシは切り株に秘密があると勇者に話す。それを聞き、切り株のそばに歩み寄る。
「ここに仕掛けがあるってのか……」
勇者は切り株の表面を手でさわってみた、すると――
「あ……」
切り株の表面がクルクルと回り、下に伸びる空洞が勇者の目に映る。切り株の正体は表面が回転するように作られた隠し扉のようだった。
「こういう仕掛けかよ……手がこんでやがるなぁ……」
「そうですね。おそらく地上からでは結界に引っかかってしまう恐れがあるから地下から行くことにしたのでしょう。結界は地上までしか張れませんからね」
「結界に引っかからないように、ね……でもさ、お前だったらバレずに結界に穴が開けられるんだろ? 地下から行くよりそっちのほうが楽じゃないか?」
「確かに結界のような魔術的防御措置になら対処は出来ますが、物理的な防御措置には対処できないですよ私。その証拠に勇者様は毒矢やら毒蛇やらを雨あられのように浴びてしまったでしょう?」
「……言われてみれば確かに……」
「普通に正面きって行けばまた物理的なトラップを浴びてお終いですよ。ここはアラン将軍たちについて行った方が賢明だと思います」
「そ、そうだな。そうするか……でも……」
勇者は切り株の隠し扉の先を見つめた。穴の先は真っ暗で何も見えず、底の無い闇を見ているような奇妙な錯覚をさせるほどに深そうだった。
「……ビビってますか……?」
「な、そんなわけないだろ!? よ、余裕だよ! こんなもん全然怖くな――」
「だったらさっさと行きましょう。おりゃあッ!」
「う、うわ、おま、ちょ、心の準備が、ってうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
勇者を操ったトイレブラシがその体を深い闇に突き落とした。
「いだ!? あだッ!? 痛い痛い、ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
落下しながら木の壁に体中をぶつけながら勇者は底の底まで落ちて行った。
ドスンッ!!!!
「ぐえッ!? いっててて、クッソてめえ何しやがる!!!」
「(勇者様、私に怒ってないで周りを見てください)」
「周り?」
何も見えない暗闇の中、勇者は自分が数人の男たちに囲まれていることに気づいた。瞬間、周囲がまばゆい光に包まれる。
「「「ようこそ、我が隊に!!!!」」」
「へ、変態だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
全裸の変態たちが勇者に満面の笑みを浮かべて歓迎の言葉を述べてきた。
「(だから勇者様も人の事言えないでしょうに……)」
トイレブラシの小さいな非難の声も今の勇者には届かない。
赤、青、黄色、黒、ピンク、銀色の全裸の男たちに勇者、もとい緑色の変態は恐怖した。
「ここに来るまで大変だったね相棒、話は彼らから聞いているよ。それでは早速任務、といきたいところだがその前に互いに自己紹介を済ませておこう。なにせこれから命を預け合うわけだからね。私の名は知ってると思うので飛ばすとして、まず彼から」
勇者の目の前に青いペンキを全身に塗った男が立つ、ここまでの道案内の一人であった。
(そういえば名前聞いてなかったな……)
捕まっていた時間がそこそこ長かったためか、脱出してからはほとんど走りっぱなしだったため互いに名を名乗る暇がなかったことを思い出す。
「私の名前は斬滅のウルスラだ。よろしく」
「ああ、よろし――ごめん。もう一回名乗ってくれる?」
差し出してきた手を握る直前でもう一度聞き返す。
「斬滅のウルスラだ」
「……実名じゃないだろそれ……」
「その通りだが。隊長、彼にコードネームの話はしていなのでしょうか?」
「おっと、そうだったそうだった。すまない、まだ話してなかったよ。相棒、実は私たちのチームは全員コードネームを持っているんだ。だから名を呼ぶときはコードネームで呼び合う。ちなみに私のコードネームは冥界のブレイズだ」
アラン将軍は舌を出しながら自らの額を小突くと勇者に説明した。
「(おい、コードネームってあれだよなスパイ映画とかで出てくるアレと同じ認識でいいんだよな?)」
「(その認識でいいと思いますよ。敵の屋敷で実名で呼び合うわけにもいかないんでしょう)」
勇者は納得するとウルスラの手を握った。
「よろしくウルスラ! 俺は――」
名乗ろうとした勇者だったが考える。自分も一時的にとはいえ仲間になるのならコードネームが必要ではないのかと。
(どうするか……適当にカッコよさげなコードネームを自分で付けちまうか)
「相棒、君のコードネームはちゃんと考えてあるから安心してくれ」
だが言い出す前にアラン将軍の言葉に遮られる。
「え? そうなの?」
「ああ。だが先に他の者の自己紹介を済ませてしまおう。そのあと私が大々的に発表するよ」
「そ、そっか。わかったよ」
勇者は自分にもカッコいいコードネームがつけられるのかと思い、内心喜んだ。そして照れたように頬を掻いていると黄色い変態が正面に立った。勇者を案内した最後の一人だった。
「私は開闢のレゾナンテだ。よろしく、頼む」
「よろしく、レゾナンテ」
握手を交わしていると、レゾナンテがジッと勇者を見つめてきた。
「どうした?」
「いや、やはり私の考えた通りだと思ってな。その格好は君によく似合っている」
「私の考えた通り? 何言ってるんだよ、この格好を考えてくれたのは――あれ……そういえばどっかで会ったことあるなと思ってたんだけど……もしかして服のコーディネートしてくれた店員か!?」
勇者はここにきてようやく気が付く、目の前の変態が自身の気に入っている緑色のピーマンファッションを施してくれていた人だということに。
「ふふふ、やめてくれ。今はレゾナンテだ」
「おいおいおい……ってことはウルスラも……あ! 最初に会った服屋の店員かお前!」
「その通りだ。よくぞ見破った」
ウルスラとレゾナンテは嬉しそうに笑い、勇者は驚き口を開けたまま呆けた。
(嘘だろ……ってことはまさか他の奴らも俺の知り合いだったりして……でも流石にそれはないよな……いくらなんでも……)
勇者は黒い変態とピンクの変態と銀色の変態を見た。
じっと見つめた、じーっとひたすらに。
すると三人は顔を赤らめて、もじもじし始めた。実に気持ちが悪いと思いながらも勇者はその三人をどこかで見たことがあるのではないかと思い始めたその時。
(こ、この臭いは……!? まさか……!?)
甘い香りが漂ってきた、それはかつて自分を発情させた臭いだった。
「……お前ら……俺と会ったことあるよな?」
「「「……いや。知らないぜ」」」」
「嘘つけ! てめえらボブとブラックとゴンザレスじゃねーか!? なんでここにいるんだよ!?」
勇者は任務を共にした役立たずの三騎士の名を呼んだ。
「「「違うぜ、俺たちは黎明の三騎士だ。ゼクス、キュロン、バベルだ。それ以上でもそれ以下でもない」」」
「何が黎明の三騎士だよ、ワキガ三騎士め! おいアラン将軍、どういうことだよ! こいつらパチンカスの部下だろ!」
ボブがゼクス。ブラックがキュロン。ゴンザレスがバベルとそれぞれ名乗るも、勇者は納得がいかず将軍に食ってかかる。
「いや、実はね。本来来るはずだったメンバーが急に来れなくなってね。急遽彼らに助っ人を頼んだんだ」
「……今回って結構重要な任務だったよな?」
「その通りだ。権力を持った悪党をこらしめる任務だからね、だがそれ以上に重要な任務が入ったんだ。王からの緊急任務でね、いろいろと専門知識を持ったメンバーが大多数その任務に連れていかれてしまったんだ。だからスティーブ将軍に頼んで部下を貸してもらったわけさ」
「マジかよ……一体どんな任務なんだよ……こんな役立たず共に頼らなきゃいけないほどメンバー引き抜かれるって相当だろ……」
勇者は様々な可能性を考えた。巨大な魔獣の討伐、暴動の鎮圧、多数の人々を巻き込むような自然災害。
どれも最悪の可能性ばかりだったためか勇者は表情を硬くした。
「……どんな、任務なんだ?」
「王と一緒にバーべキューに行く任務だ」
「あのアロハ馬鹿がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
勇者はアロハシャツを着た王の姿を思い浮かべながら壁を蹴り始めた。
「相棒落ち着いてくれ! バーベキューに行きたかった君の気持ちはよくわかる!」
「わかってねーよ全然わかってねーよ!? つーかなんでこの大事な局面で優秀な部下をバーベキュー要員にされて怒らねーんだよ!? 専門知識いるのか!? いらねーだろ!? 肉と野菜焼くだけじゃねーかチクショウが!!!!」
「いや焼きそばも焼くと言っていた」
「そんなことはどうでもいいんだよ!? ってかホントに大丈夫か今回の潜入は!? だって専門知識持ってる奴がバーベキュー行っちゃってるんだろ!?」
「問題ない。この人数でもやれるようにしっかりと計画を立てた、大船に乗ったつもりでまかせてくれ!」
(泥船としか思えない……)
勇者は果てしなく不安だった。
「それじゃあ自己紹介も終わったことだし、相棒のコードネームについて発表しようか!」
「……そ、そうだな。うん、落ち込んでたってしょうがない。どうせやるしかないんだし」
勇者は気持ちを切り替えると、発表されるコードネームに期待し、胸を躍らせた。
(どんな名前になるんだろうか……ワクワクするな……カッコいいのだと嬉しいぜ……例えば神剣のブリューナク、漆黒のデュランダル、創世のガブリエルとか……デュフ、でゅふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!)
中二臭いネーミングを求めていた勇者の頭には様々な呼び名が羅列されていった。
「ではみんな聞いててくれ、ここにいる新人のコードネームは――」
(来る! かっこいい名前が来る!)
「皮カムリのチェリーだ。仲良くしてやってくれ」
「「「「「よろしく、皮カムリのチェリー」」」」」
全員が勇者の肩を叩き、歓迎の言葉を述べた。
「よし、じゃあ自己紹介も終わったところでそろそろ任務に――」
「ちょっと待てやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
勇者はアラン将軍の言葉を遮り叫んだ。
「どうしたんだい相棒?」
「どうしたんだい、だって? 俺のコードネームがおかしいと思わないのか? どういうことなんだこれは? ちゃんと説明してもらおうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
勇者は腹の底から響くような唸り声をあげて、将軍に掴みかかる。
「あ、相棒、落ち着いてくれ! コードネームには皆重要な意味があるんだ! 君のコードネームにもきちんと意味があるんだ! た、大切な意味と理由がそこにはある!」
「大切な意味と。理由、だと……」
勇者はアラン将軍の襟首から手を離した。
「わ、悪い。ちょっと取り乱し過ぎたかもしれないな……それで、どういう意図があるんだ?」
「それは君が包茎だからSA☆!」
「殺す」
勇者は火竜の剣を引き抜くと構えた。
「わああああああああああああああああああ!? 相棒、だから落ち着いてくれ!?」
「「「「「やめるんだ皮カムリのチェリー!!! 隊長なんだぞ!!!!」」」」」
「離せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
勇者は他の変態たちに取り押さえられながらも暴れ続けた。
ほどなくして抵抗は無駄だと理解した勇者は暴れるのをやめて、大人しくなった。
「……くッ……ちくしょうが……」
「ようやく落ち着いてくれたか相棒。っというかなぜそんなに怒っていたんだい?」
「コードネームに包茎童貞なんてつけられて怒らない奴がいるのか!? いないだろ!? つーかなんで俺が童貞って知ってるんだよ!?」
「見た感じ童貞じゃないか」
「やっぱりぶっ殺してやるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」
「「「「「やめろ皮カムリのチェリー!!!!!」」」」」
「そのコードネームで呼ぶんじゃねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
再び剣を引き抜き、アラン将軍に切りかかった勇者を隊員総出で取り押さえる。
その後幾度かの攻防ののち、勇者は攻撃を諦めた。
「はぁ……はぁ……くそが! もういい! あれだ、他のコードネームにしろ! それで許してやる!」
「無理だ、もう登録してしまった。解除もできない」
「なんだとォォォォォォォォォォォ!? ふざけるな!!! だいたい登録ってなんだよ!?」
「君の付けてる腕輪の登録だよ。皮カムリのチェリーで登録してしまったから、君に呼びかける際には他の隊員は腕輪に向かって『皮カムリのチェリー、応答してくれ』と言わなければならないんだ」
「な、なんだと……!?」
通信機器、この場合は魔具だが、その勇者に対する呼びかけに必要なコードネーム、それが皮カムリにチェリーらしい。
「なんで俺だけこんなふざけたコードネームなんだよ……最悪だぜ……」
勇者は力なく地面に座り込み、呆けたように宙を見上げた。
「そんなに嫌かい? 中々的を射た名前だと思ったんだが」
「それ以上言ったらお前にコブラツイストをかけてやるからな?」
「う、うむ。あ、そういえば予備用に別のコードネームも登録していたんだが、もしよかったらそれに――」
「それにする!」
勇者は即答した。
「なんだよ! まだあるんなら先に言えよ! もう!」
「そうか! では君のコードネームは『マス掻きマスカレード』にけって――」
「チェリーでいいです。もう……チェリーで結構です」
勇者は恨めしそうな声で自身のコードネームを決めた。
もはやさっさと終わらせて帰ろうという気持ちしか存在しなかった。
それから間もなく、勇者たちは任務について話し始めた。まずアラン将軍が作戦の概要を説明するために壁に木の枝で図を描き始めた。
「まず今回の我々の任務だが、アンサムの屋敷に忍び込み奴が手に入れた財宝や不正を行っていたであろう証拠となるものを盗み出すことだ。ここまではいいな?」
皆一様に頷き、将軍に同意する。
「よし。では問題のどうやって見つからずに潜入するかについて説明しよう。知っての通り、アンサムの屋敷は結界に覆われ、警備も厳重だ。だが地下は結界の範囲外だ。もうここにいる時点で察しているものがほとんどだろうが、我々は地下のトンネルを用いてアンサムの屋敷内部に潜入する」
「(お前の言った通りだな)」
「(そうでしょー! エクスカリバーちゃんの慧眼はすごいでしょー! えへへー!)」
「(でもよくこんなデカいトンネル掘ったよな……この作戦のためだけに……滅茶苦茶苦労しただろうに……アロハ馬鹿が優秀な隊員をバーベキューになんか連れて行かなきゃもっと質の高い仕事になってただろうな……そう考えるとこの変態共が可哀想になってくるぜ……)」
勇者は自分のいるトンネルの大きさをあらためて認識する。天井の高さは五メートル以上あり、横幅も七人の人間が同じ個所にいてもそれほど窮屈に感じないほど広かった。
「このトンネルって全部アンタらが掘ったの?」
「いや違うよ相棒。切り株から地下に続へと続く穴を掘ったのは我々ではないし、今いるこのトンネルも元々あったものだ。どうも知性の高いモグラ型の魔物が巣穴として使っていたらしい。作戦のために穴を掘っていて、疲れた時に切り株に腰掛けたら穴に落ちてね、偶然ここにたどり着いたんだ。調べると、アンサムの屋敷の真上にいくつも枝分かれしたトンネルが広がっていたんだ」
「……つまりアンタらは何もやってないわけね……」
「失敬な。我々だってちゃんと仕事はしたぞ。今私たちが立っている場所は掘って広くしたんだよ。当初のこの場所はあまりにも狭くて人が立っていられるような場所じゃなかった。この先に通路や休憩できる場所だって掘って作ったんだよ?」
「あ、そうなんだ。ごめん、かなり頑張ったんだな。将軍とウルスラとレゾナンテが掘ったの?」
「いや、バーベキューに行った部下たちが一晩でやってくれたよ」
「その人たちには思う存分バーベキューを楽しんでもらいたいよ……」
勇者はどれだけ優秀な人材を失ったのかを痛感し、またそれと同じくらいバーベキューに行った人たちが今までの疲れが取れるほど楽しむことを願った。
「……まあとにかくトンネルがあったってことはすげーとは言わないまでもそこそこ運がよかったんだな。ところでそのモグラは退治したのか?」
「いや、我々がここに来た時はすでにいなかったよ」
「ふーん、そっか。教えてくれてあんがと。じゃあちゃっちゃと始めようぜ」
「待ちたまえ、まだ作戦の概要について全て説明していないぞ。聞くんだ相棒、我々はこの穴を通って別々にアンサムの屋敷に侵入する」
「あれ? 一緒に行くんじゃないんだ?」
「そうだ。アンサムの屋敷は外部の警備が厳しい、だが内部の警備も外に劣らず激しい。ゆえに、仮に内部に侵入できたとしてもバレる恐れがある。そうなった時に一網打尽にされないように隊を二つに分ける」
「なるほど、じゃあ俺は誰と行くんだ?」
「「「俺達とだぜ!!!!!」」」
「チェンジで」
ボブ、ブラック、ゴンザレス、もとい黎明の三騎士を勇者は拒絶した。
「いいじゃないか。彼らとは任務を共にした旧知の中なのだろう?」
「旧知の中ってほど付き合い長くねーよ。一回任務一緒にやったって程度だし」
「『火竜の剣』を捜索する任務か。詳しくは知らないがサラマンダー盗賊団の屋敷でクベーグ達と接触したらしいね。そういえば三人に直接聞くのを忘れていたが屋敷崩落の原因を作った犯人に心当たりはないか? ボブくんたち、いや黎明の三騎士からだいたいの報告は受けているが……」
「「「屋敷の崩落? それなら勇者様、じゃなくてチェリーが――」」」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! なんか一緒のチームに入りたくなってきたな!!!! 久しぶりに一緒に組もうか!!!! さあ、チームの結束を深めるためにOHANASHIしようぜ?」
勇者は三人の言葉を遮ると、三人を強引に連れて壁際にやってきた。
「おい、いいか? アイツらは屋敷崩落させて魔物逃がした犯人も追ってるらしいんだよ。つまり俺の事を追ってるわけだ。でもあれは俺だけの責任じゃないだろ? お前らを助ける過程でああなったともいえるわけだしさ、つまり俺だけじゃなくてお前らの責任でもあるわけだ。連帯責任だ、わかるだろ?」
「「「わ、わかったぜ……お口チャックしておくぜ」」」
「それでいい」
勇者は一緒に豚箱に入りたくなければ黙ってろと口止めした。その後、洞窟の地図を受け取った勇者は今度こそはと三騎士と共に先に進もうとしたが――。
「待ちたまえ」
勇者が洞窟の先に進もうとした時、アラン将軍に止められる。
「またかよ、なんだよ?」
「まだ作戦決行まで時間がある。今のうちにリハーサルをやっておこう、なにせこの洞窟は複雑だ。本番で道を間違えては意味がない、別々に動くとはいえこの作戦は連携が重要なのだから」
「リハーサルって、そんなことしてる時間あるのか? 俺らが遅れたせいで待ち合わせの時間結構過ぎちゃってるんだろ?」
「あらかじめ早めの時間に集合をかけておいたんだ。前にも私や私の部隊の人間が捕まったことがあってね。なぜだか我々の部隊の人間は兵士によく捕まるんだよ、なぜだろうか」
「そりゃあその格好じゃ当然だろ……」
「(勇者様も同類で――)」
「(黙ってなさい便所ブラシ)」
トイレブラシを黙らせた勇者はアラン将軍の言う通り、リハーサルを行うべく手渡された地図を見た。
「相棒、黎明の三騎士を含む他の隊員たちはもう何度かここに足を踏み入れているから問題ない。だが君は初めて来たばかりだ、まず一回目的地であるアンサムの屋敷の真上まで一人で行ってみたまえ」
「でもボブ、じゃなくて黎明の三騎士とチーム組んでるんだからこいつらの後に俺がくっついて行けば迷わないんじゃねーの?」
「残念だがそれは無理だ。地図をよく見てくれ」
「地図って……なんか印がつけられてるな」
勇者の手元にある手書きの地図は洞窟内部の構造を事細かに描いていた。そしてその地図の中央に七つの点がつけられていた。
「そう。そこがクベーグの屋敷に入るための入口となる場所だ。見ての通り七つある、だがこの場所は一人一回までしか使えない。つまり我々は別々の離れた入口から侵入しなければいけないんだ」
「マジかよめんどくせえ……でもなんで一回しか使えねえの?」
「この入口がとにかく狭いんだ。そのうえ穴自体がもろくなっているため一人通るだけで崩れてしまいかねないんだよ」
「片道で、それも一人だけしか通れないか。まあモグラが掘った穴だし仕方ないのか……でも入口が離れちゃってたら出口も結構離れちゃうんじゃねーの?」
「いや、その心配はない。そのモグラ型の魔物はどうやらアンサムの屋敷から頻繁に食べ物を盗んでいたらしくてね、ゴミが洞窟に散らばっていた。これがどういうことかわかるかい相棒?」
「……穴の出口は全て食べ物がある場所の付近に開いているってことか」
「その通りだ。ゴミから察するにおそらく厨房の近くに穴の出口が集中しているはず。それもバレないように巧妙に隠してあるに違いない」
勇者はここにくるまでに通った切り株に偽装された隠し扉を思い出した。
「……じゃあ誰かに今のうちに誰かに案内してもらって、時間まで俺がその場所で待機するってのは?」
「それもやめておいた方がいい。入口も狭いが入口近くの通路も狭くてね、部下たちがバーベキューに行ってしまったせいで途中までしか広くないんだ。入口近くはこことは違って普通に立っていられるような広さはないんだよ。作戦時間まで待っていられるような場所じゃない」
「そんなに狭いのかよ……じゃあ仕方ないか」
「よし決まりだ。質問はもういいかな? 時間にまだ余裕があるとはいえこういうことは早めに済ませておいた方がいい。早々にリハーサルを始めようじゃないか。ちなみに相棒の侵入する入口は☆のマークがついている場所だ」
「……わかった。それじゃあやろうかリハーサル」
地図を見て、洞窟内部の複雑さをあらためて理解した勇者はリハーサルを行うことにした。
そしてリハーサルが始まった。地図を見ながら進んでいた勇者だったが想像以上に入り組んだ洞窟ゆえに眉間にしわを寄せながらなんとか進む。
(なんだよこれ……複雑すぎるだろ……えーっと……)
前方に出現した四つの分かれ道を地図を見ながら選び、右の穴に進んだ。
「「「「「「そっちの穴じゃないぞチェリー!!!!」」」」」」
「おいやめろ!? 童貞が失敗したみたいなるからやめろ!?」
勇者は他の隊員の物言いに異議を唱え、別の正しい道を選び直し再び進み始める。
(……ちょっと進むスピード遅いかな……俺のためにやってもらってるわけだしもう少し速度を上げるか)
勇者は小走りで洞窟内部を進もうとした。
「「「「「「早すぎるぞチェリー!!!!! 本番で失敗したらどうするんだ!!!!」」」」」」
「だからやめろって言ってんだろ!!??」
しかし言われた通り速度を落とした勇者はじっくりと進み、なんとか目的地にたどり着いた。アラン将軍の言うように侵入口に近づけば近づくほど道は狭くなり、たどり着いた場所はホフク前進しなければ進めないような場所だった。アンサムの屋敷は真上にあるようで、見上げるとかすかだが部屋の明かりが漏れていた。
「ふう……なんとかたどり着いたぜ……」
「「「「「「賢者タイムになるのはまだ早いぞチェリー!!!!! 何度もシコシコと繰り返すんだ!!!!! そうでなければ道は覚えられない!!!!!」」」」」」
「わかったから通信以外でチェリーって言うのやめろ……」
勇者はおざなりに返すと、来た道を戻り。そして何度か同じことを繰り返した後、道を覚え、ついに本番を迎えた。
「よし、道は完全に覚えたぜ!」
「よくやった相棒、いや皮カムリのチェリー!!!!! 一皮むけたよ君は!!!! あっちは被ったままなのに!!!!」
「ぶっ殺すぞお前」
「じょ、冗談だよ相棒! あはは! じゃあまだ時間結構が余っているし、休息できる場所にいってみようか!」
握りこぶしを見せながら脅迫する勇者に怯えた将軍は休息するために皆を連れて開けた場所に向かった。
将軍に連れられて行った場所は広く、ベッドやソファー、雑誌の詰まった本棚が置かれており、そこはもうちょっとした部屋と呼んでも差し障りのないものだった。
「なんだこれ。休憩できる場所っていうからちょっと広い場所だと思ってたら……こんなホテルの部屋みたいな場所まで作ってたのかよ……」
「すごいだろう?」
「これもバーベキューに行った人たちが作ったのか?」
「そうだ! いやー、彼らは私やウルスラ、レゾナンテと違ってあまりにも非常識な恰好をするから裏方として働いてもらってたんだが、まあまあの仕事ぶりだ!」
「……非常識な格好ってどんな格好?」
「服を着ているんだ。まったく困ったものだよ」
ため息をつくアラン将軍を勇者は愕然とした表情で見続けた。
アラン将軍は何もしていないにも関わらず胸を張り、勇者はそれを冷たい目で見た。
(……俺は勘違いしていたのかもしれない……変態だけど優秀だとか思ってたけど……それってこいつらが優秀ってわけではなく、単純に裏方の仕事に徹してくれていた普通の人が優秀だっただけなんじゃ……) 作戦決行直前になって勇者は思う、間違いなく何事も無く無事に終わるなどということはないだろうと。だが勇者以外の者は作戦の成功を確信しているのか、余裕そうに談笑していた。
「……どうしよう……帰りたくなってきた……」
しかし時すでに遅く、作戦決行の時となった。休憩部屋にてアラン将軍が六人の前に出る
「さてみんな、時間となった。これから作戦を開始する、作戦遂行のために各自全力をつくしてくれ。だがそれとは別に矛盾するかもしれないが一言だけ言わせてくれ」
将軍は目をつむり、深呼吸をすると目を再び開いた。
「必ず生きて帰ってきてくれ! 作戦の成功よりも君たちの安全が最優先だ! もし、危険だと判断したその時は任務遂行よりも離脱に全力をつくしてくれ!」
「(アラン将軍、本番になるとすごい頼りになるリーダーに変身しますね!)」
「(……確かに。バーベキューに行った部下達の能力がたまたま目立っただけでコイツやウルスラ、レゾナンテは優秀なのかもな。まあワキガ三騎士は置いておいて)」
勇者は部隊の士気をあげるアラン将軍を見直した。
「では話は以上だ! 作戦開始!」
将軍が叫ぶと、全員が休憩部屋を出てそれぞれのポイントに向かって走り出す。
「よっし! ちょっと不安だったけど、将軍の話を聞いて安心したぜ! ちゃんと部隊全体を見てくれそうだ! パチンカスよりかは何倍もマシだ!」
勇者は軽快な足取りで目的地に向かい、そして位置についた。
「あとは合図と共に飛び出してアンサムの屋敷に潜入だ」
緊張でカラカラになった喉に唾を流し込み、合図を待つ。
だがいつまでたっても腕輪からは何も聞こえてこなかった、
「……遅くないか」
「そうですね。何かあったんでしょうか?」
トイレブラシの言葉を聞いた勇者は腕輪でこちらから呼びかけようとしたが、その時。
ピピピッ。
腕輪にはめられた赤い魔石が輝き、勇者は魔石に手を触れる。
『こちら勇者、じゃなくて……チェリー。遅いぞ、これが合図か? それともなにかあったのか?』
『こちらブレイズ、言い難いが……私を含む他の隊員たちの間で大変な事が起きた……』
腕輪から聞こえる将軍の声は焦りが感じられ、勇者は何か深刻な事態が発生したことを理解する。
『どうしたんだ!? 何があった!?』
『道に迷った』
『ぶち殺すぞ』
勇者は激怒した。
『お前ら俺に言ったよな!? 初見の俺とは違って自分たちは大丈夫みたいなこと言ったよな!?』
『いやー……大丈夫だと思ったんだが、久しぶりだったから忘れてしまっていたよ、あっはっはっはっはっはっはっはっは!』
『笑い事じゃねえんだよ!? どうすんだよ!? 一度休憩部屋に戻るのか!?』
『いや、君一人で先に行ってくれ』
『ふざけんな!? 俺一人で行けってのか!? 滅茶苦茶警備厳しいんだろ!? 無理だって!?』
『大丈夫だ。君ならやれる。他の者たちはこの私、冥界のブレイズが責任を持って後から連れて行く』
『だからざけんなって!? 俺がお前ら冥界に連れて行ってやろうかコラ!!!!』
『それでは頼んだチェリー!』
ピッ。
通話がキレた。
「おい! おいってば! ふざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
勇者がキレた。
「……どうしますか勇者様。一度戻って将軍たちと合流しますか?」
「……いや、いいや。一人でやった方が早そうだぜ……なんだったんだ今までのやり取りは……」
勇者は盛大に脱力すると、上に開いた穴に向かって行った。
穴の外を警戒し、近くに誰もいないことを確認すると狭い穴から勢いよく飛び出す。
通った瞬間、穴は崩れ、連鎖的にもろくなっていた土もろとも土砂に埋まった。
「……さて、クソの役にも立たない連中は放っておいて、仕事を始めるか」
勇者は顔を右手ではたくと、気合を入れ直した。アラン将軍から手渡されていた洞窟とは別の地図を取り出す。
「館の地図を手に入れられたのは行幸でしたね勇者様。将軍たちが入手してくれていたおかげですよ」
「将軍たちっつーか多分バーベキューに行ってる優秀で普通な人たちのおかげだなたぶん」
勇者は地図を見ながら自分の位置を確認する。将軍の推測通り館の厨房近くのようで、外にいる勇者の耳に料理長と思しき人の声が聞こえてきた。
「急いで動け! 手を休めるな! アンサム様は空腹だ、早く料理をお持ちしろ!」
料理長らしき人の声を聞きながら勇者は微笑む。
「ミッションスタートだ」
ストッキングをパンツの中から取り出した勇者は頭に被った。
「それやめませんか……」
トイレブラシの言葉を無視し、たった一人、勇者の屋敷攻略が開始した。
勇者がアンサムの屋敷の攻略を開始してから数時間後。アイオンレ―デ国カーマインの外れにある『呪界』近くでシャルゼ・ベルト―ルは静かに目を閉じて瞑想していた。
「……シャルゼ、そろそろ時間だ」
「……わかったよ。ありがとう、レオン君」
後ろから話しかけてきたレオンに笑顔で返したシャルゼはグッと背伸びするとレオンに連れられてグラム隊のいる場所までやってきた。隊長のディーズがやってきたシャルゼに歩み寄る。
「シャルゼ、お前が『呪界』に侵入した瞬間、お前は赤毛の剣士の近くに飛ばされるだろう」
「ガゼル君が戦闘した際に魔具によって測定した赤毛の剣士の魔力データ、そして赤毛の剣士が落とした『呪界』に関する手帳の解析が進んだ結果それが出来るようになったんですよね?」
「そうだ。もう少し手帳の解析が進めば二人以上同時に『呪界』侵入できるようになるかもしれない、だが今の段階ではまだ無理だ。すまないなシャルゼ」
「いいんですよ。僕一人じゃ頼りないかもしれませんが、全力を尽くします」
シャルゼは言葉を切ってディーズに会釈すると、視線をレオン達に向けた。
「わりぃなシャルゼ。俺が赤毛くんを捕まえられればよかったんだけどよォ」
「気にしないでガゼル君。君のせいじゃないよ、それに僕も捕まえられるかわからないしね。戦闘訓練だとみんなにいつも負けちゃうし、この隊の中だと僕は間違いなく最弱だからね」
「いやいやいや……レオンやフリードが滅茶苦茶強いってのは認めるけどよ……俺は正直お前と戦うのが一番怖いぜシャルゼ……」
「あはは! またまたぁ!」
「いやあ、冗談で言ってるんじゃないんだけどな……」
シャルゼが声をあげて笑うと、ガゼルは肩をすくめた。そして二人の会話が終わるとシャルゼはレオンの方に顔を向けた。
「……シャルゼ、僕がこんなことを言わずとも君ならわかると思うが……魔眼を使うときは相手の魔力や位置を探る時だけにした方が良い。くれぐれも『あの力』だけは使うな」
「うん、わかってる。心配してくれてありがとうレオン君」
「シャルゼさん、そろそろ準備の方お願いします」
「わかったよ、テッド君」
レオンの忠告を素直に受け入れたシャルゼにテッドの声が響く。シャルゼは最終確認に入り、黒い結界の前に立った。
「『呪界』開きます! シャルゼさん!」
ドーム状の黒い結界にヒビが入り、やがて巨大な穴が開いた。
「それじゃあ、みんな、行ってきます」
シャルゼは皆に頭を下げると、『呪界』に開いた穴に飛び込み、姿を消した。
取り残されたグラム隊の中でレオンは『呪界』中を見続けていたが、肩にガゼルの手が置かれたことでようやく目を逸らす。
「アイツなら大丈夫だよ。お前は『あの力』のことを心配してるんだろうけど、前に暴走したのって十年以上前のことなんだろ?」
「……そうだね。あれ以来シャルゼは己の力を封じてきた、そして今日まで一度として『アレ』にはなっていない。『呪界』が発生し、その中を探索することになっても戦うのはせいぜい魔獣程度、本気で力を使うほどの敵に出会うこともなかった。だが……」
「赤毛くんは別、か?」
ガゼルはお見通し言わんばかりの顔をし、レオンは肩をすくめた。
「……僕も一度戦ったが赤毛の剣士の実力を測ることはできなかった。会議の時にも聞いたが、あらためて聞かせてくれ、君は彼をどう思った?」
「くはは、相変わらず赤毛くんにぞっこんだなお前は」
「茶化さないでくれ……」
「悪い悪い! っで、えーと、戦った感想だっけか?」
ガゼルは両腕を胸の前に組み、うーんと唸り声をあげて考え出した。
「……まず戦ってて思ったのは、なんつーか、純粋っつーのかな……一切の迷いが感じられなかった。俺の戦いたいって気持ちに全力で答えてくれてたよ。ただ、そこに悪意みたいなものは感じられなかった。俺が思うに赤毛くんは悪人じゃない」
「悪人ではないか……」
「俺と戦ってた時も悪意のある戦いはしてこなかった。あくまでも真正面から俺を倒しに来たからな」
「……ガゼル、つまり君は赤毛の剣士が『呪界』を展開した術者の一人だとは思っていないんだね」
「ああ。だが『呪界』に関係してるのは間違いないと思うぜ。じゃなけりゃ、あんな平然とした顔して魔力の渦がひしめき合ってる溶鉱炉みたいな場所にいられないだろうからな」
「そうだね。『呪界』に呑まれた人々ならともかく、尋常ならざる魔力を持っていようがあの中で普通に生きて、そして『呪界』に侵入してきた僕たちを認識できる人物がなんの関係もないなんてこと、あるはずがない」
「まあ、とにかく赤毛くんを捕まえないことには始まらねーってことだよな。シャルゼに期待しとこうぜ」
「そうしよう。しかし――」
レオンは周りを見回し、ため息をついた。
「まったく、今日もまたフリードはいないとはね」
「ま、アイツは単独行動よくとるからな。多分一人で何か調べてるんじゃね? ほら、アイツって頭がキレるからさ」
「……いくら優秀と言っても独断専行は隊や周りの騎士たちの調和が乱す」
「くくく、かもな。でもいないもんは仕方ねえし、俺達だけでもシャルゼのバックアップしようぜ」
「ああ」
レオンは先に歩き出したガゼルに同意し、後を追った。
勇者と呪われた力を持つシャルゼ・ベルト―ル、二人の戦いの幕が上がる。