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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
25/42

24話

 重傷を負いつつもラムラぜラスに帰還した勇者はある程度回復した一週間後に玉座の間にやってきた。要件は取り戻した『火竜の剣』についての報告だった。相も変わらずアロハシャツを着て玉座に座る王とその隣で控えるドレス姿のアルトラーシャに事の顛末を報告する。

「いやあ勇者君、よくやってくれたよ! さすが私が認めた男だ! そんな包帯だらけになってまで戦ってくれるとはね! 目玉焼き戦士に恥じぬ功績だよ! 『火竜の剣』はこの大陸における古代に魔術によって作られた由緒正しいものでね、七人の偉大な魔女たちが悲劇の魔女を封印するために自らの魂の一部を入れて作られたとされるそれはたいそうなものだったんだよ」

(そんなすげーものだったら押し入れに入れて置くなよ……)

 勇者は心の中で非難した。

「本当ですわ! そんな包帯の怪人になってまで頑張ってくださるなんて! 悲劇の魔女を封印した七人の魔女のうち六人がこの大陸における六つの大国を作ったといわれているのですが、その六人が国を作る際に最初の王族たちに託したとされている六つの宝物の一つが『火竜の剣』でして、伝説の魔具といわれているほど貴重なものなのですわ」

(お前伝説の魔具を粗大ゴミに出そうとしてたじゃねーか……)

 勇者はアルトラーシャを王と同じように非難したのち、自身の体に巻き付けられた包帯を見た。

 勇者の焼けこげた学ランはトイレブラシによって修復されたものの、魔力の炎で焼かれた傷についてはそう簡単には治らないとトイレブラシに説明された勇者は手や足、顔といった体の部分ほぼすべてに包帯を巻きつけていた。そしてそんな痛々しいミイラ男に対して王とアルトラーシャは氷の入ったグラスに注がれたブドウジュースをストローを使って飲みながら称賛した。

「……ブドウ狩りは楽しかったっすか……?」

「ああ! こんなにブドウ取ってきたんだよ! あとで君にもあげよう!」

 王はブドウを勇者に見せびらかした。

「……あの重ねて聞きたいんすけど戦争中なんすよね……?」

「そうだ! 戦時中だ! 休戦中とはいえいつ悲惨な戦いが幕を開けるかわからない!」

「その悲惨な戦争中に、なんでブドウ狩りに行くんすか……」 

「だってブドウが食べたかったんだもん」

(張り倒すぞアロハ馬鹿……!!!!)

 ぷぅ~っと頬を膨らませた王に勇者は苛立ちを隠せずギリギリと歯噛みする。

「それからババア! お前が俺に送ってくれた増援はかなり役立ったよ、ありがとな……!!!」

「まあ、よかったですわ。きび団子を持たせられなかったのが心残りでしたの」

 嫌味に対して爽やかな笑みで返してきたアルトラーシャに脱力した勇者は盛大にため息をついた後、王に向き直った。

「……もういいや、本題話して牢屋に戻ろう…………俺が取ってきた『火竜の剣』なんすけど魔石が二つはまってないんすよ。将軍にも聞いたんすけど物置から持ちだした時にはすでにはまってなかったらしくて、何か知らないっすか?」

「魔石がはまっていなかった……だって……なんてことだ……一大事だぞこれは……」

「ええ、お父様。しかし我が国の国宝の魔石がどうして……」

「……魔石だけ盗まれたんじゃねえの? 国宝売ると足がつくかもしれないから重要な部分だけ抜き取って売っぱらったんじゃねえの? 物置なんかに入れて置くからこうなるんだよ……」

 勇者はアルトラーシャの疑問に合わせて答えた。

「そんなことはありえないよ勇者君! この城は常に兵士が待機して守って――」

「だから海に遊びに行ってたんでしょうが!!!」

「……そ、そうだった……しかしこの城には結界が――」

「将軍以上の人間には効かないんでしょ? パチンカスだって余裕で持ち出せてたんだからさ……貴族とか他の将軍が魔石だけ持ちだしたんじゃないの」

「……しかし……私の知る限り悪さをしそうな貴族など……」

「一人か二人くらいは性格悪いのがいるんじゃないっすか? 悪徳貴族なんてよく話で出てくるし、何人か心当たりくらい――」

「三十人程度しか思い浮かばないぞ」

「そんなにいるのかよ……」

 予想を軽く上回る容疑者の数に勇者は頭を抱えた。

「では私とアルちゃんで性格の悪い貴族たちの事を調べてみよう。勇者君、君は戦いの傷を癒しておきたまえ。先の見えぬ目玉焼き戦争だ、君も目玉焼き戦士の一人として戦いに備えておいてほしい」

「そんな戦いに備えたくはねーんですが……わかったっす……お言葉に甘えて休ませてもらいますわ……流石に今回は精神的かつ肉体的にも疲れたんで……」

「ああ、ゆっくり休み給え。貴族について調べ終わったらアルちゃんに君の部屋まで呼びに行かせよう」

「任せてくださいお父様。ですが勇者様、ワタクシをイカ臭くしようなどとは思わ――」

「思わねーよ。ババアに欲情するわけねーだろ……」

 勇者は頬を染めるおばさんを冷たく一瞥した後、牢屋に戻るべく踵を返した。

「あ、待ちたまえ勇者君」

「……なんすか……?」

 王に呼び止められた勇者は振り返る。

「もし仮に貴族が魔石を取っていた場合、こちらが返せと言ってもしらばっくれる可能性がある。なにせ取ったという証拠がないからな、そうなったら少々強引な方法で魔石を取り戻さねばならなくなる。それでそういった荒事が得意な将軍がいるんだ。彼を君に紹介したいと思うんだが、かまわないだろうか?」

「パチンカス、じゃなくて……スティーブ将軍じゃない……新しい……将軍っすか……」

「ああ、そうだ。四将軍のうちの一人で名をアランという。調べてみて仮に貴族が盗んでいたら彼と、彼の率いる特殊部隊と一緒に魔石を奪還してくれたまえ」

 勇者は新しい将軍という言葉を聞いて嫌な予感がしていた。

(またパチンカスみたいなクズじゃねえだろーな……いや、でももしかしたら今度は違うかもしれない。今度こそ有能な将軍かもしれない)

 ドラム缶が破壊されて油がなくなりワンワンと泣きじゃくっていた一週間前のスティーブ将軍を頭に思い浮かべながら深呼吸した後、勇者は王に向き直る。

「……ちなみにそのアラン将軍は海に遊びに行ったんっすか?」

「もちろん、スティーブ将軍とスイカ割りをして遊んでいたよ」

(駄目だ、クズが濃厚だ)

「あとブドウ狩りにもついて来て、働かずに食べるブドウは最高だ、と言っていたよ」

(間違いなくクズだな)

「アラン将軍にも君のことを伝えておくよ勇者君。呼び止めてすまなかったね、もう部屋に戻ってくれて構わないよ」

 スティーブ将軍を超えるクズを想像しながら勇者は牢屋に戻った。

「はぁ、疲れたぜ。こんな包帯だらけのミイラになったっつーのにエロ本は結局手に入らねーしよぉ、散々だよまったく」

「いいじゃないですか『火竜の剣』は手に入ったわけですし。苦労したかいあってすごい魔力を秘めた剣ですよこれは。まあ、魔女が作ったという話は少々驚きましたが……」

「そういえばアロハ馬鹿とババアが七人の魔女とか悲劇の魔女とか言ってたな。なんなんだよそれ」

「ずいぶん昔の話ですよ。魔族がこの大陸に突然現れたという話は以前したと思いますが、その魔族の出現よりもずっと前に八人の魔女がこの大陸を治めていたんです。偉大な魔女たちはその力を人々のために使っていました……ですが八人の魔女の一人で後に『悲劇の魔女』と呼ばれることになる魔女がこの大陸に災いをもたらし、人々や自然、動物を苦しめたんです。そして『悲劇の魔女』が引き起こす『悲劇』を止めるために残りの七人の魔女たちが力を合わせて『悲劇の魔女』をこの大陸の地下深くに封印した、そうです」

「封印? 倒せなかったのか?」

「ええ、『悲劇の魔女』を倒すことは誰にもできませんでした」

 トイレブラシは真剣な口調で勇者に話し出した。

「なんで倒せなかったんだ? 滅茶苦茶強かったとか?」

「いえ、『悲劇の魔女』の持つ魔力は確かに強力でしたが、彼女よりも強い人間や魔女は大勢いました」

「じゃあなんで倒せなかったんだよ?」

「『悲劇の魔女』には普通の人間とは違う力があったからです。他の誰も持ちえなかったあまりにも稀有な『特性』と言われる力が」

「なにそれ?」

「詳細は不明ですが、世界を変えてしまうほど強力な力だったそうです。その力の前には竜殺しの英雄や悪魔狩りの豪傑ですら及ばなかったといわれています。魔術的な強さでもなく肉体的な強さでもない不気味な力はあらゆるものを絶望させ死に追いやった、とされています。そこで倒せないのならばと七人の魔女たちは『悲劇の魔女』の肉体と魂を切り離し、魂を六つに分割し、六つの地の奥深く『悲劇の魔女』の肉体と六つに分割された魂のそれぞれを封じてその上に六つの大国を建国し、そのうちの六人は死ぬまでそれを守り続けて死んだ後も王族たちにその封印を守らせた、そうですよ」

「六人? あとの一人は?」

「最後の一人は別の世界に旅立ったそうです。八人の魔女はもともととても仲が良く、最後の一人は『悲劇の魔女』を封じたという罪悪感に耐えられなくなって別の世界に旅立ったんだそうです」

 トイレブラシの話す声はどこか悲し気なものだった。

「そうなのか。まあでも昔の事だろ、今は関係ないしな。ふぁ~、疲れたし昼寝でもしようかな」

「そうですね、ゆっくり休んでください勇者様」

 大あくびをした勇者はベッドに体を預けると間もなく寝息を立て始めた。

「……すみません勇者様……まだ本当のことは言えないんです……実際状況もさっぱりわかりませんし……ですがこの世界に異常が起こっているのは間違いありません……貴方の持つ『特性』が『悲劇の魔女』のそれと同等以上ならば……きっと貴方はこの世界を救えるはず……私に見せてください……貴方の力を……」

 眠る勇者に声をかけたのち、トイレブラシもまた深い眠りについた。

 二時間ほど眠った勇者は目を覚ますと『火竜の剣』を背負い、トイレブラシを持ったあと外に出かけた。

「(勇者様どちらに行かれるんですか?)」

「(眠ったら今度は腹が減ってきたんだよ。金はババアから少し貰ったしどっかで飯でも食おうかと思ってさ。何食うかな~、久しぶりに白飯が食いたいけどこっちにそんなの無いよな。いや、でもパチンコ屋があるなら牛丼屋とかもあるかも)」

「(いや、流石にそれは無いでしょう……牛丼屋はない――)」

「(あった!)」

「(ええ!?)」

 勇者は牛丼屋を発見した。

「(いやあ、探せばあるもんだな! 牛丼食おう!)」

 『牛丼あります』とポスターが張られた、いかにもな牛丼屋のチェーン店のような店の前に立ち止まった勇者は嬉しそうに笑った。

「(……勇者様……おかしいとは思いませんか? 異世界に『牛飯屋』なんて書かれたお店があるなんておかしいとは感じないのですか……?)」

「(いや別に。すでにパチンコ屋を見つけた時点でそういうのは感じなくなった)」

「(そうですか……)」

 あっけらかんとした勇者とは対照的にトイレブラシは深刻に悩み始めた。

(……前にも感じたことだけど勇者様の世界の建物や料理、概念がヴァルネヴィアに流れ込んできている……これはかなりの異常事態です……世界が混ざり始めている……もしかしたら勇者様の世界にもなにか影響が出始めてるんじゃ……それにしても勇者様ったら適応力高すぎでしょう……そりゃあパチンコ屋の件で私はとっさに異世界にもパチンコ屋はあるとか言っちゃいましたけど……だからって信じすぎでしょう……普段は妙なところで疑り深いくせに……だいたい牛丼屋ですよ牛丼屋、普通無いでしょ異世界には……)

 店の外に張り付けられたメニューを見ながら悩んでいる勇者を見ながらトイレブラシは嘆息する。

「(どれにすっかなぁ……特盛でトッピングはううーん……今回はいいか。普通に特盛でいこう)」

 勇者は決めると食券を自動販売機で買い、店内に入った。

 自動ドアが開き、勇者はまっすぐテーブルに向かった。店員が勇者に気が付き笑顔でいっらしゃいませと言いった後、食券を持っているか聞き勇者は店員に食券を手渡した。するとほどなくして店員がどんぶりに盛られた熱々の牛丼とみそ汁を持ってきた。

「(来た来た! ではいただきまーす!)」

「(あの勇者様……)」

「(なんだよ、用があるなら手短に済ませろよ。熱々を食べたいんだから)」

「(いや食券の自動販売機とか自動ドアとか……すでにツッコミどころ満載なテクノロジーが登場してるんですけど……なんとも思わないのですか……?)」

「(うん? ……ああ、確かに。まあ別にいんじゃね? じゃあ今度こそいただきまーす!)

「(ええー……それだけですか……)

 勇者は一瞬考え、そして止まったのちすぐに疑問をスルーすると手を合わせてから箸で牛肉を掴み、口に放り込んだ。

(こ、これは……!? 日本で食べた牛丼と遜色ない味付け、いやそれ以上だ……!)

 続いて味が染みてしっとりとした玉ねぎを口に入れる。

(や、柔らかい……! それにこのとろけるような甘み……! 絶妙な煮込み加減だ……!)

 そして牛肉と玉ねぎの下の白米を箸で掴み、口に入れると味わうように噛みしめる。

(う、うまい……! 牛丼のつゆがご飯に染みている、これはたまらない……!)

 辛抱たまらないといわんばかりにトイレブラシを持った左手を器用に使い、左手でどんぶりを持った勇者は右手の箸を使って豪快に牛丼を口の中にかきこんだ。甘しょっぱいタレで煮込まれた牛肉と玉ねぎ、ご飯を同時に味わいながら幸せそうに頬を緩ませる。

「(……そんなにおいしいですか牛丼って。私食べたことないんですよね)」

「(便所ブラシが牛丼食えるわけないだろ……つーか他の食べ物は食べてきたみたいな言い草だな)」

「(え? ……あ、あはは……そんなわけないじゃないですか……あれですよあの、言葉の綾、的な……なははははは……なははははは……)」

「(……あいっかわらず胡散臭い奴だな……でも今はいいや)」

 笑ってごまかすトイレブラシをジト目で見た勇者は特盛の牛丼にがっつく。牛肉本来の淡泊な味わいに甘いタレが絡みつき、よく煮込まれた玉ねぎと一緒に口に入れるとそのたびに勇者の舌を楽しませた。それに加えて久しぶりに味わう白米とみそ汁の味は勇者の心を癒し、精神的にも回復させた。

 十数分後、勇者は牛丼やみそ汁を食べ終えて腹をさすっていた。

「ふぅ、食った食った。いや~美味かった、今度は卵とかトッピングを乗せて食おう」

「(いい食べっぷりでしたね。ところで勇者様、さっきから勇者様のことをジッと見つめている人がいるんですが)」

「(なんだと!? どこだ!? も、もしかして美少女か!? 俺のファンの美少女!?)」

 勇者は嬉しそうに店内を見まわした。

「(いえ、おじさんですよ)」

 が勇者はトイレブラシの言葉を聞くなりそそくさと席を立ち店を出ようとした。

「待ってくれ……!」

 野太い声に呼び止められる、しかし勇者は止まらず店を出ようとする。

「待ってくれ!!!」

 しかし背後から腕を掴まれ逃亡に失敗した。勇者は嫌そうに後ろを振り向くと、トレンチコートにハットをかぶった老紳士のような男性を視界にとらえた。腕を掴んでいた四十代の紳士然とした男はにっこりと微笑みながら勇者を見ていた。

「……なんか用、ですか……?」

 勇者は顔をひきつらせながら嫌そうに問いかける。

「突然呼び止めてしまってすまない。牛丼をおいしそうに食べる君を思わず見ていたら私の目が君の持つ強力な魔力をとらえてね、それで声をかけさせてもらったんだ」

「目が魔力をとらえる……?」

「魔眼のことだよ。知っているだろう?」

(知らねーよ……)

 勇者はトレンチコートの男に少しだけ待ってくれと言い、トイレブラシに視線を向けた。

「(便ブラ、魔眼って何? ゲームとか漫画で出てくるあの魔眼か?)」

「(そうですね。基本的に勇者様の世界に出てくるのと同じで特殊な力を持った目です。こっちの世界だと主に相手の内在する魔力を見たりできます。多分この男の人は勇者様の、っていうか私の保有する魔力を魔眼で見て声をかけてきたんだと思います。自分で言うのもなんですが私の魔力量ってすごいですから勇者様を一流の魔術師だとでも思ったんじゃないですかね。何かしらの依頼だと思いますよ)」

「(厄介ごとか……美少女ならともかくなんでおっさんの頼みを聞かねばならないんだめんどくせえ……)」

「(とりあえずお話だけでも聞いてみましょうよ。無理だと思ったなら断ればいいだけですし、もしかしたら豪華な報酬が貰える仕事かもしれませんよ)」

「(豪華な報酬、か……まあどうせアロハ馬鹿とババアが魔石の場所を調べるまで暇だしな、話だけでも聞いてみるか……)」

 勇者は決めるとトレンチコートの男の方に視線を向けた。

「すんません、お待たせしちゃって。それで俺に何か用なんすか?」

「実はある依頼を頼みたくて君に声をかけたんだ。その秘めた莫大な魔力は一流の魔術師、いやそれ以上の使い手だとお見受けした。ぜひとも力を貸して欲しい、もちろん報酬も用意させていただく」

「おお! なるほど! ……それじゃあとりあえず依頼の内容と報酬の話を聞かせてもらえないっすか? 受けるかどうかはそれを聞いてから判断させてもらうんで」

「わかった、聞いてくれ」

 想像通りの展開だったものの、大げさに驚いた勇者は腕を組んで考えるふりをしながら男の話を聞き始めた。

「事情を説明する前にまず自己紹介させてほしい、私の名はカルチェ。王都のとある貴族の家の警備を私的に任せられている警備員だ」

「へえ、警備員さんなんすか。それで貴族のお屋敷を守っている警備員の人が俺にいったいどんな依頼を?」

「ある男たちから貴族の財宝を守って欲しいんだ」

「ある男たち?」

 カルチェは頷くとゆっくりと話し始めた。

「珍妙な恰好をした連中が貴族や王族の屋敷、別荘などに忍び込んで財宝を盗み出しているという話を君は聞いたことないかい?」

「いや、すんません。俺、田舎からこの王都に来たばかりでして、世情にはあまり詳しくないんすよ」

 勇者は平然と嘘をついた。

「そうか、聞いた事がないなら仕方ない。一から説明しよう」

「お願いします……あ、一つ確認したいんすけど。サラマンダー盗賊団ではないんすよね? その珍妙な恰好をした男たちっていうのは」

「違うよ。盗みのやり方も盗賊とは一線を画すような鮮やかさなんだ。怪盗とでも言ったほうがいいのかもしれない」

「怪盗……」

 勇者は自身の知りうる限りの怪盗のイメージをしてみたが異世界の怪盗のイメージなどそうそう思いつかず考えるのをやめた。

「……奴らは名のある盗賊に引けを取らない強さを持ち、一流の魔術師を凌駕するほどの魔術の腕を持っている……王族や貴族の館には通常結界が張られているのだがそれすらも意味をなさないほどにすごい連中なんだ……」

「(サラマンダー盗賊団より凄そうですね勇者様)」

「(ホントにな。しかしそんな凄そうな奴らがいたとは……もしかして『火竜の剣』にはまってた魔石盗んだのって貴族じゃなくてそいつらなのか……?)」

「(可能性はあるかもですね。もっと詳しく聞いてみましょう)」

 勇者とトイレブラシは真剣にカルチェの話を聞き始めた。

「魔術の腕や戦闘能力の高さはもちろん脅威なんだが……何よりも一番の特徴は奴らの格好なんだ……」

「珍妙な恰好してるって言ってましたもんね……どんな格好してるんすか……?」

 勇者は興味深そうに怪盗の格好について質問したが、カルチェは眉根を寄せて腕を組み黙した。

「……どうしたんすか……?」

「……突然黙ってすまない。なんというか……上手く表現できる言葉が見つからなくてね。変わっている、というか不快な恰好というか……見るもの全てに衝撃を与えるような格好なんだ。そうだな……一言で言い表すならばそれは――」

 勇者はカルチェの言わんとする言葉をなんとなく、直感的に理解していた。

(……嫌な予感がする……その珍妙な連中に関わってはいけないと俺の直感が……)

「変態だ」

(やっぱり……)

 勇者は自身の直感の正しさを再確認するとため息をついた。

「どうかしたのかい……?」

「ああいや、なんでもないっす。すいません、続きをお願いします」

 勇者はカルチェに続きを促し、話は続く。

「……私が警護をしている貴族の屋敷はアンサム様という貴族が所有しているものなのだが、数多くの宝や美術品が屋敷には飾られている。そしてそのことを知った奴らに狙われたのはちょうど一週間ほど前の話だ、ご丁寧に盗みに入ると予告の手紙が送りつけられてきた。予告された時、最初私はウワサはウワサでしかないと侮り、奴らのこともただの変態だとしか思っていなかった……簡単に捕らえられるとそう思っていたんだ……だが私の考えた罠や作戦はことごとく破られ、屋敷の宝の半分が盗まれた……」

 カルチェは握った手をワナワナと震わせ悔しそうにうめく。

「……だが不幸中の幸いと言うべきか屋敷にあった最も貴重な宝だけは守ることが出来たんだ。だが奴らも諦めていなかったらしくまたしても予告状が届いた、今度こそアンサム様の屋敷の中でも最高の宝を盗むとね。宝の名前は『暁の涙』という宝玉なんだが、それを盗まれてしまえば今度こそ私はアンサム様に仕事を解雇されてしまうかもしれない……いや、解雇で済めばまだいい方か……下手をすれば……」

 カルチェは口をつぐむと顔を青くして震え出した。

「(命にかかわる、ということですかね。おっかないです)」

「(……下手すりゃ仕事だけじゃなくマジもんの首を切られるってことか……どんだけブラックな仕事だよ……やべーな……)」

 勇者とトイレブラシはガタガタと震えるカルチェを見ながら異世界の厳しさを思い知らされた。

「……そして予告が届き……どうしよう、死にたくないなーと思いながらも腹が減り牛丼屋に入った時に君を見つけたんだ。その凄まじい魔力、間違いなく最強クラスの魔術師だろう? 頼む、力を貸してくれ、見事『暁の涙』を守ったときには豪華な報酬を約束するよ」

 カルチェの話を聞いた勇者は目をつむり、腕を組んで数分考え込んだ。

 トイレブラシはそんな勇者を見ながら思う。

(まあ勇者様のことだから報酬目当てにすぐにでも承諾するに決まって――)

「お断りします」

(あれええええええええええ!?)

 トイレブラシの予想とは異なり、勇者ははっきりとした口調で断った。

「な、なぜだい? 理由を聞いてもいいかな?」

「貴方の話を聞くと確かにおいしい話に思える、豪華な報酬はとても魅力的だ」

「だ、だったら――」

「が、雇い主の貴族が信用できない。アンサムという方がどういう方なのか俺は知らないが、警備に失敗したら殺すなどと言う非人道的な発言をする人物がおよそまっとうだとは思えない。それに俺は変態共の能力もほとんど知らない、そんな状態では警備に失敗する恐れがある。そして失敗したら俺も責任を問われるかもしれない。責任取って殺されるなんてそんな話はあんまりだし、何よりもそういう信頼関係の無い雇用は好きじゃないんですよ僕は。たとえただの雇用契約であっても人付き合いは誠実でなければいけないと思うんです」

「(ゆ、勇者様がまともな事を言っている……だと……!?)」

 トイレブラシはまっとうなことを言っているだけの勇者を珍獣でも見るかの如く凝視した。

「た、確かに君の言う通りアンサム様は少し、いやかなり残忍なところがあるが……しかし警備に成功し、見事信頼を得られれば莫大な富を得られるんだ。アンサム様は王族に匹敵する権力と財力をお持ちだからね。どうだろう、望むものは全て思いのままに出来るんだ。どうだいすごいだろう?」

 ダメ押しといわんばかりにカルチェは畳み掛ける。

「その上、アンサム様はいくつもの豪邸持っていたり、絶世の美女と呼んで差し支えないメイドを雇っているんだ。もし『暁の涙』を守りきることが出来たのならその時はきっと、いや確実にと言っておこう。屋敷やメイドをいただけるように私が口添えする」

「(ああー……今度こそ堕ちましたね……きっと発情したお猿さんのようにスケベなお顔で即答――)」

「お断りします」

「(なん……だと……!?)」

 トイレブラシは勇者の誠実な発言に対して再び驚愕した。

「ど、どうして……」

「言ったでしょう? そういった欲の問題じゃないんです。そう、言うなればこれは――心の問題。僕の心があなたの提案を拒絶しているんですよ。カルチェさん、貴方から出る提案は本当にどれも魅力的で喉から手が出るほどに欲しいと思います。しかし――」

 勇者はカルチェの目をまっすぐに見据えながら続きを言うべく口を開いた。

「僕は欲望の赴くままに動きたくない、それに何よりその女性を物のように扱う発言はよろしくないと思いますよカルチェさん……まあとにかく、僕は依頼を受けません。これで失礼させていただきますよ」

「(そんな……何かの間違いですこれは……勇者様がこんなに綺麗なはずはない……下水道に流れるドブみたいな精神構造の勇者様が誠実だの欲望の赴くままに行動したくないだの言うはずがない……何が……いったい何が起こったというんですか……! 勇者様正気に戻ってください!)」

 トイレブラシは失礼なことを思いながら勇者の心に語り掛けた。

 勇者は短く言葉を切ると牛丼屋に備え付けられた椅子から立ち上がると、自動ドアの方へと歩き出した。

「ま、待ってくれ! わかった、ではこの紙だけでも持って行ってくれないか!」

 カルチェは懐から一枚の紙を取り出すと、立ち止まった勇者にそれを手渡す。

「これは……?」

「アンサム様の屋敷の場所がここに書かれている。もし、もしも気が変わった時はこの場所に来てくれ。君ほどの魔術師をそうやすやすと諦めることなどできないんだ。怪盗が予告した時間まであと三日ある、今日を入れて三日後の夜に奴らやってくると言っていた。だからそれまで私は待っている」

「……わかりました。一応、受け取っておきます。行くかどうかはわかりませんが、ここまで熱心に勧誘し、僕の力を高く買ってくれたことには感謝しますよ、カルチェさん。それでは失礼」

 勇者は牛丼屋から出ると城に向かった。

「(勇者様、どうしちゃったんですか! 牛丼食べて頭がおかしくなったんですか! 勇者様らしくありませんよ! 涎をダラダラ垂らしていやらしい顔を浮かべながら目先の欲望に飛びつく薄汚い心を持つ勇者様だったらさっきの提案を速攻で受け入れていたはず、うきゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!?? い、痛いからやめてくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??)」

 勇者は無言で路地の壁にトイレブラシを叩き付け始めた、そしておよそ六十回ほど渾身の力を込めて叩き付けた後でトイレブラシに対する制裁を取りやめた。

「(な、なにをするんですか! せっかく勇者様のことを心配してあげたというのに!)」

「(何が心配だボケ。さっきから人が良い事言うたびに過剰に反応しやがって)」

「(いや、だって低脳ゲス野郎の勇者様のくせに生意気にも普通の人のような爽やかな発言するか、らあああああああああああああああああああ痛い痛いですってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええごめんなさいですうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!)」

 再びトイレブラシを全力で壁に叩き付け始めた勇者の脳内に可愛らしい悲鳴が木霊する。

 そして何度となく壁に叩き付けられたトイレブラシはからかうことを止め、勇者もトイレブラシを叩き付けるのを止めて城に戻り始めた。

「(でも本当にどうして勇者様はカルチェさんの依頼を受けなかったんですか?)」

「(ああ、それはな――)」

 トイレブラシの疑問に勇者は答えるべく口を開く。

「(もったいつけた方がいいと思って)」

「(え? ……それ、は……どういう……)」

 トイレブラシは勇者の予想外の言葉にどもった。

「(だからもったいつけた方が報酬とかその他もろもろが釣り上げられるんじゃないかと思ってさ。ほら俺って凄腕の魔術師だって勘違いされてるんだろう? まあ凄腕の魔術師っていうか前世で最強の武神にして最悪の破壊神である俺から見たら魔術師なんて――)」

「(そういうのいいんで続き話してください)」

「(……お前って人の気分を盛り下げるの得意だよねマジで……まあいいや……とにかくああやって渋ったほうが交渉の主導権を握れるって前に漫画だがアニメだかで見たことがあるんだよ。それになんかああいう誘いに真っ先に飛びついてバカを見てきた過去があったからな……)」

 勇者は遠い目をしながら歩く速さをゆっくりとしたものに変えた。

「(……だが今回は違う! 交渉を有利に進めるために俺は頭を使った! この天才的な頭脳をだ! そしてこの紙を手に入れたわけだよ!)」

 勇者はポケットから一枚の紙、カルチェから渡されたアンサムの屋敷の住所が書かれた紙を取り出しひらひらとさせながら手で弄ぶ。

「(最強にして至高の才能を持つ俺は見事チャンスを手に入れた。これでアンサムとか言う性格の悪そうな貴族と会うときに色々とわがままが通る可能性が高くなった。なにせカルチェのおじさんがあんなにも熱烈に押してくれてたからな! きっと屋敷に俺が行って報酬の交渉になった時にきっと俺の味方をしてくれるだろう。なにせこんな紙まで渡すくらいだからな、きっと自分の首がなくなる可能性を考慮に入れてのことなんだろうけどまあどうでもいいや。俺は報酬が欲しいだけだし、美人なメイドさんやお宝、屋敷か……ぐひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!! たまらんぜこんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! みなぎってきたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」

「(……はぁ……なんだ、いつも通りの勇者様だったんですね。ほっとしたような……いやでもよくよく考えて見たらあの時の性格の方がよかったような気がしてきました……今の勇者様を見ているとね……)」

 下品な顔で白目を剥きながら涎を垂らす勇者を見ながらトイレブラシはため息をついた。

 気味の悪い顔で歩く勇者に町の人々の視線が突き刺さったものの、笑っている当の本人はそんなことは気にせず歩き続け城の中の自分の部屋に到着した。

「さて……流石に紙もらってから一日も経たずに行くのはちょっと駄目だよな。しかしもったいつけるにしても期限はあと三日……明日と明後日は見送って三日後の当日に颯爽と現れた方が俺の格好良さが際立つし、ワガママがさらに通りやすくなるかもしれない。くふふ、決まりだぜ。今日入れて三日後の夜にこの住所に行こう」

「しかし、いいんですかね」

「なんだよ、なんか問題でもあんのか」

「いえ、だって勇者様は王様からの依頼を受けてる最中じゃないですか。目玉焼き戦争を終わらせるっていう長期契約を結んでいる以上、依頼の最中に新しい依頼を受けるのはどうなのかなーって思いまして」

「そんなことか、大丈夫だろ。あれだよメインストーリー中のサブイベントみたいなもんだよ、だからストーリーの進行に問題は無いはずだ」

「いやそれゲームの話じゃないですか……契約の重複は色々とマズいような気がしますけど……」

「平気だって、別に勇者って公務員じゃないんだから副業したって問題ないって。騎士とか将軍とかはやっちゃだめかもしれないけどさ」

「それはまあそうかもしれませんが……」

「だろ? そんじゃあ明日に備えて今日はもう寝るかな」

 城に戻る途中で空が赤く染まり夕方になっていたため、そろそろよるだろうと当たりをつけた勇者はベットの上に身を投げ出した。

「もう寝るんですか? ずいぶん早いですね」

「明日一回アンサムの屋敷に下見に行くからな。当日だと迷うかもしんないし、でも日中だとカルチェのおっさんに見つかるかもしんないから朝早めに行こうと思ってさ」

「ああそれでですか。なるほど」

「そういうことだ、だから邪魔すんなよ。おやすみ」

「わかりました、おやすみなさい勇者様」

 説明に納得したトイレブラシを見た勇者は目をつぶると体の力を抜いた、するとしだいに瞼が重くなり深い眠りについた。

 翌朝、早起きした勇者は朝食もとらず早速アンサムの屋敷に向かった。

「下見のためとはいえ、ふぁ~……ねみーな……」

「昨日夕食もとらずに結構早めに寝てたと思いますが……」

「そうなんだよ、昨日晩飯食わなかったせいで夜中に腹が減って目が覚めちまったんだよ。けど実家と違ってこの城のどこに食料があるかわかんねーし……そのせいであんま寝られなかったんだよな……今度からはちゃんと晩飯食っとこう……あと城にある食料の場所もババアに聞いておこう。しかし昼飯食ったのが結構昼過ぎてからだったから大丈夫だと思ったんだけどな……牛丼だって特盛十五杯食べたのに……マジでどんだけ燃費悪いんだよ……魔結晶出来るとこんなに大食いになるもんなのか?」

「どうでしょうか。魔結晶を体内に持っている人が全員大食いってわけではないのですよ。たぶん勇者様はもともと無かったものが体に出来てエネルギーの効率が少しだけ悪くなってしまっただけかと。そのうちきっと食事の量も元に戻りますよ。ええ、たぶん、きっと、おそらくは」

「希望的観測じゃねえか……」

 およそ四時ごろ、早朝の道には人がほとんどおらず、勇者とトイレブラシは人目をはばかることなく歩きながら会話していた。しかし朝早いという理由ももちろんあったが、人通りがほとんどないというのは勇者の向かっている場所にも関係があった。

「……なあ、アンサムの屋敷ってこっちで本当にあってるんだよな?」

「あってますよ。カルチェさんが嘘の住所でも書かない限りは、ですけどね」

 勇者はカルチェの必死さからその可能性を即座に排除したものの、やはり納得いかない顔をする。鬱葱とした森の中を歩く勇者は予想外の道筋に戸惑っていた。

「王族に匹敵する権利を持った貴族っていうからてっきり俺はラムラぜラスの中でも城に近い場所に屋敷があるとばかり思ってたよ……なのになんでこんな郊外の森の屋敷なって建ててんだよ……」

 勇者はカルチェの書いた住所を恨めし気に見つめながら湿った土を踏みしめる。

「お宝がたくさん屋敷に置いてあるって言ってましたからたぶん防犯のためではないでしょうかね。まあ……こんな町から離れた森の中に屋敷を建てるのは流石にやりすぎのような気がしないでもないですが」

「やりすぎだっつの……はぁ……やけに遠い上に腹も減ってるしよぉ……やる気がそぎ落とされ――」

「ッ!? 勇者様危ないッ!?」

「へ……?」

 トイレブラシにとっさに操られる形で横に倒れた勇者の頬をかすめて何かが通り過ぎた。

「な、なにが……」

 とっさに何かがかすったと思われる頬に手を当てた勇者は気が付く。

「なな、なななななななななッ!?」

 血が頬から流れ出ていることに。

 そして勇者はビビりながらも通り過ぎて行った何かを見るためにゆっくりと後ろを振り返った。

「……矢、か……あれ……」

「そうみたいですね」

 後ろの木に刺さった矢を確認した勇者は口を開けたまま驚愕する。

「な、なんで矢が俺に向かって飛んでくるんだ!? ててて、敵襲か!? 目玉焼きバカ三号が早朝出勤して攻めてきたのか!?」

「いや、たぶん違うと思いますよこれは。推察するかぎり、おそらくトラップですね」

「トラップって、この森にトラップが仕掛けられてるってことか!? なんだってそんなもんが……」

「そりゃあ怪盗対策でしょう。森の中に魔術によって設置されたトラップの痕跡を感じます」

「……カルチェのおっさんは俺に来てほしいみたいなこと言ってたクセに……こういうことは事前に教えておけよ……危うく矢が頭に突き刺さるところだったぞ……」

 勇者は青い顔をしながら右手の甲で頬から流れる血を強引に拭った。

「どうしますか勇者様、引き返しますか……?」

「……いや、進むぞ。カルチェのおっさんの意図がなんとなく読めたぜ」

「勇者様もわかりましたか、実は私も」

 勇者とトイレブラシは互いに頷き合うと森の中を慎重に進んでいった。

 その後、勇者は数々の罠に襲われた。毒蛇の群れが頭上から大量に降り注ぐこともあれば、弓矢がマシンガンのごとく放たれることもあり、巨大なイノシシのような魔物に追いかけまわされることもあった。様々な障害が立ちふさがったものの、なんとかして切り抜けようやくアンサムの屋敷に到着する。

「……つ、つい、たな……げほッ、ゲホ……ぐう……」

「だ、大丈夫ですか勇者様……? ……まあ、あれだけのトラップを切り抜ければそうなりますよね」

 勇者は満身創痍になりながらも屋敷に来るまでの数々の困難を思い出す。それは両の手の指を使っても到底数えられるようなものではなかった。

「……しっかし、着いたのはいいけど……不気味な屋敷だなここ……」

 勇者はアンサムの屋敷を見上げながら眉を寄せた。朝陽を遮るような深い森の中にそびえ立つその屋敷は一見すると豪華な造りになっていたが、よくよく見ると不気味さが際立っていた。ツタが絡みついた五階建てのその屋敷は外面の手入れがまったくされておらず、まるで幽霊屋敷のようにも見えた。

「……本当にここであってるんだよな……?」

「ええ、そのはずですよ。住所は間違いなくここを指していますから。あ、ほら、あれってカルチェさんじゃないですかね」

 トイレブラシは屋敷から出てくるカルチェの姿を見つけ、勇者はそれを聞いてすぐに近くにあった木の後ろへと身を隠した。

「(……あっぶねー……見つかるところだったぜ……)」

「(依頼を受ける気があるなら早く交渉しちゃえばいいのに。じらさなくても向こうは切羽詰ってるんですから大抵の要求はのんでくれると思いますよ)」

「(それじゃあなんかちょっとカッコよくないだろ。こう、なんていうかもうどうしようない、助けて、みたいな状態で登場してこそヒーローだろ。だからギリギリまで待つ)」

「(またしてもわけのわからないことを……っと、カルチェさんはどこに行くんでしょうかね)」

「(……追ってみるか)」

 勇者はどこかに向かおうとしているカルチェの後をつけ始めた。

「(カルチェのおっさんはおそらく俺の実力を試すつもりで森のトラップをそのままにしておいたんだと俺は睨んでいるわけだが。お前はどう思う?)」

「(私もそう思います。あれくらいのトラップを乗り越えられない者に依頼を受ける資格はない、とそういっているのではないかと思います)」

「(だよな、やっぱりそういうことだよな。くくッなかなか憎い演出をしてくれるじゃねえか)」

 勇者は温和そうな老紳士であるカルチェの背中を見ながら、中々の食わせ物だとそう思った。

「あッ!」

 カルチェが突然立ち止まり、何かに気づいたような声を出した。

「(なんだ、いったいどうした。まさか、気づかれたか!? この天才である俺を試すばかりか、完璧な尾行すら見破るとは……とんでもないおっさんだぜ……)」

 勇者はカルチェの頭の良さと勘の良さに戦慄した、

「森に仕掛けてたトラップ解除すんの忘れてた。トラップの無い抜け道の場所も教えてないし……黒い服の彼がここに来たときマズイじゃん……やっべー、まじやっべー……まあいっか、きっとうまく回避すんだろ」

 と同時に別の意味で戦慄させられた。

「(……なんだよあのオヤジ……バカ共と一緒じゃねーかちくしょう……つーか何しに出てきてどこに向かってんだよ……)」

 カルチェの評価を一転させた勇者は冷たい目で動向を見守った。

「めんどくさいなあ、はぁ、めんどくさいなぁ、はぁ、めんどくさいなぁ、マジだりーわ」

 一見すると仕事が出来そうな雰囲気を持つ老紳士は十代の若者が言いそうな言葉を言いながらしゃがみ込むと変わった形の草を抜き始めた。

「(……なにやってんだあれ……雑草の処理か?)」

「(いえ、あの草はおそらく薬草のたぐいかと)」

 トイレブラシの言葉を聞いた勇者はカルチェの引き抜いている草を注視した。

「(確かになんか薬草っぽい形してるけど……でもなんでそんなもん摘んでるんだ)」

 勇者は歯車のような形をした草を摘むカルチェを見ながら首をかしげる。

「……ふう、こんなものかな。毒消しの薬草採りなんて警備員のすることじゃないだろうに……めんどくさかった……しかしやっておかないとアンサムがうるさいからなー……弓矢に毒なんて塗るからこういう手間が増えるんだよなー……しっかしトラップで仕掛けて置いた毒矢をくらった人は可哀想だな……最悪一、二時間もすれば肉が腐り落ちる猛毒だからなー……毒蛇の大群とかも設置しちゃったし……あー……やっべー……黒い服の彼にそういうのまったく伝えてなかったわー……まあ来るかどうかわかんないし……もし来て毒矢をくらっちゃったら、まあドンマイってことでいいか……ってか凄腕の戦士っぽいし避けられるだろうたぶん」

 適当な調子でつぶやいた後、カルチェは屋敷に戻って行った。

 そして数分後。

「…………あの、勇者様……大丈夫ですか……?」

 毒矢と毒蛇のコンボ攻撃を食らっていた勇者は顔を青くしながらブルブルと震えていた。

「な、ななななな、なんだよ……お、お前、どうしたの……何、俺が、おおおお俺が今の発言で動揺したと思ってるわけ? 毒矢を食らってににににに、肉が腐り落ちるって、ははは、いや、でもちょっと頬をかすっただけだし、蛇の大群に襲われたけど、あれがおっさんの言ってた毒蛇とは限らないじゃん? そそ、それにほら、この通りさっき蛇に噛まれたとことか矢がかすった場所だってこの通りなんともな――」

 服をまくりながら勇者は腕の傷や体の傷を見た。

 青紫色に変色した毒々しい傷跡を見た。

「……ちなみにほっぺたの傷もだんだん青紫色になってきてますよ勇者様」

「ひゃあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 どんどん青紫色に染まっていく自身の体を見た勇者は悲鳴をあげながらカルチェが毒消しの薬草を摘んでいた場所に駆け寄り、薬草を強引に手で引き抜くと手でひねりつぶしながら傷口に塗り始めた。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイこれはマジでヤバイやばすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」

 勇者は服を脱ぎ捨て全裸になると薬草を潰して、傷口全てに緑色の汁をかけ出した。

「なんかめまいと寒気が急にしてきたんだけど!? 便ブラ便ブラマジでどうしようこれ!?」

「……マズいですね……ちょっと処置が遅かったのかもしれません……体内に入り込んで結構時間が経ってしまっていますから……どうしましょうか、魔術についてはエキスパートの私でも……毒や薬草についてはあまり知識がないので……今回ばかりはちょっと本気であれですね……」

「魔術で体内に入り込んだ毒を解毒とかできないのか!? ゲームとかだと出来るだろ!?」

「解毒は魔術でも可能ですが……それを行うには毒の種類を特定しなければいけないんです、つまり毒物に対する深い知識が必要不可欠なわけでして……それで申し訳ないんですが私は専門外なんです……」

「おいおいおいヤバイじゃないか掛け値なしにやばすぎるだろ!? このままじゃ俺死ぬぞ!? サブミッションの下見に行って毒死とか笑えないぞ!?」

「ああいえ、でも選択肢としては無理やり魔力を体に流し込んで毒を洗い流すっていう方法があるにはあるんですが……」

「やってくれ!!! 頼む、やってくれ!!!」

 勇者はトイレブラシに顔を近づけながら懇願した。

「ゆ、勇者様、か、顔が近いですよ! わ、わかりました、わかりましたから! でも副作用があるんですが……」

「かまわんかまわん! やっちゃってどんどんやっちゃいなさい!」

「そうですか? まあでもよくよく考えて見たら大した副作用でもないかもしれませんね」

「そ、そうか。よくよく考えてみたら大したことはないのか……よかった」

 勇者は内心で副作用があると聞いて多少ビビッていたがトイレブラシの説明に安堵した。

「はい、副作用で勇者様の股間の魔剣が腐り落ちるだけですから大したことはな――」

「ふざけんなボケえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!?????」

 勇者は発光し始めたトイレブラシを右手で地面に押さえつけた。

「今すぐ止めろバカ野郎!!! ってかなんで毒を洗い流すことで俺の股間の聖剣が腐り落ちるんだよ!?

 説明しろ!!!」

「魔力の流れを変えて毒素を膀胱に集めて一気に尿と一緒に放出させてしまおうかと思いまして」

「思いましてじゃねーよ別の方法にしろよ!?」

「これが一番確実なんですよ。他にも毛穴から毒素を放出するという方法があるにはあるんですが、それをやると放出した毛穴の部分が腐り落ちてしまう可能性が高くて」

「じゃ、じゃああれか……? 毒素を出すことは出せるが、毒素が通った部分は腐り落ちる可能性が高いと……そういうわけか……?」

「ええ、そういうことですね」 

 勇者は聞いた瞬間地面に崩れ落ちた。

「そ、そんな……どこか確実に俺の体が腐り落ちるということになってしまうじゃないか……」

「そうなんです。ですからこの先間違いなくエターナル童貞の勇者様の股間に犠牲になってもらおうかと思ったのですよ。どうせ放尿くらいしか使い道のない剣じゃないですか、大丈夫です。放尿は別の部分を作り変えてうまくできるようにしますから。勇者様の使い道のない汚らわしい一物を犠牲にする決断をしいいいいいいいいいいたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 話の途中でキレた勇者はトイレブラシを地面に叩き付け始めた。

「痛いじゃないですか!? 何するんですか!!」

「何するんですかじゃねーよ!!! てめーがケンカ売ってきたから買ったまでだ!!! ……うぐ、や、やべー……う、動いたら毒が回ってきた……く、クラクラする……」

「大丈夫ですか勇者様!? 興奮するからですよ!」

「誰のせいだ、誰の……! ぐうう、もう、ダメ……だ」

 体が青白くなった勇者はうつぶせに倒れた。

「勇者様しっかりしてください! こんな青空の下で汚いお尻を野にさらした状態で死んでいいんですか!? 完全に変態のそれですよ!? 誰得ですか!?」

「俺の美しい全裸を拝める奴らは得するだろうな……フッ……」

「だ、駄目です、頭まで完全に毒にやられてしまっています……あ、でももともとこんな性格だったっけ……ってそんなこと言ってる場合じゃないですね、急いで股間をパージさせなくては!」

 トイレブラシが気絶した勇者の体の毒を洗い流そうとしたその時だった。

「人が倒れている!? これは、なんということだ!? この傷、もしや毒にやられたのか!?」

 何者かの声が響くと同時に、一人の男が勇者のもとに猛スピードで駆け寄ってきた。

「ひゃッ!?」

「ん?」

 人前では声を出さないようにしていたトイレブラシだったが思わず声を出してしまい、男は怪訝そうな顔で勇者の左手に握られたトイレブラシを凝視した。

(し、しまった。思わず声を出してしまいました)

 トイレブラシは後悔したが、男の視線はすぐに勇者へと移り安堵する。

(あぶなかった……それにしてなんて恰好してるんですかこの人は……)

 目の前の人物の珍妙、というよりは明らかに変態的な恰好にトイレブラシは内心驚き、ドン引きしていた。しかしそんな彼女の様子など知らないかのように男は勇者の傷口に魔術をかけ始めた。

(これは、解毒の魔術の詠唱。それも毒の種類や性質を完全に理解した適格な解毒魔術……毒に詳しい人なのでしょうか……学者さん、にはどう考えても見えないですね……っていうか一般常識を兼ね備えた人にも到底思えない……なぜこんな格好した人が複雑な解毒魔術を……)

 勇者の体に解毒魔術をかけ始めた男の格好をトイレブラシは見つめた。男の格好、それは一言で言うならば全裸。そして全裸だけでも相当危ない恰好にもかかわらず、もう一つ特徴があった。本来ならば肌色をしているはずの男の肌は目に刺激を与える赤い色していた、それはおそらく裸体の上から全身を真っ赤なペンキか絵の具のようなもので塗りたくっているかのようだった。

(……これはヒドイ……今の勇者様も通報ものの格好ですが、それすらも上回る変態っぷりですね……)

 トイレブラシから散々な評価を下されていた男だったが、見事勇者の解毒に成功した。

「ふぅ……これでひと安心だ。よかったよ、貴重な命が失われずにすんで」

 男は意識を失った勇者に嬉しそうに微笑んだ。

(……もしかしたら恰好が変なだけで根はすごくいい人なのかもしれませんね。見ず知らずの勇者様をこんなに手厚く治療してくれるなんて。普通にいい人――)

「本当によかった、私と同じ貴重な裸族が失われずにすんで」

(普通ではないですね……)

 男はどうやら全裸の勇者を自分と同じ変態と認識しているようだった。

「さて……君が目覚めるまでここにいたいところだが、いかんせん仕事の途中なんだ。この辺で失礼させてもらうよ……だが、どうしてだろうね……君とはまたどこかで出会うような気がしてならないよ、それではさらばだ裸族の少年よ」

 うつぶせで眠る勇者に敬礼した赤い男はいづこかに走り去って行った。

「……なんだったんでしょうかあの人は。勇者様を無償で助けてくれたわけですから悪い人ではないと思いますが……あまりにも変態的すぎて純粋に良い人っていいづらいです……でも勇者様を助けてくれてありがとうございました」

 男がいなくなった後、トイレブラシは男の走り去っていった方向に頭を下げた。

 数分後、解毒の魔術が効いたためか勇者は目を覚ました。そして学ランを着たあとトイレブラシから事情を聞きながら森の中を歩いていた。

「――なるほどな。つまりその赤いペンキだか絵の具を体中に塗りたくった変態に俺は助けられたわけか…………なあ、一応聞くけど俺をからかうためについた嘘ではないんだよな?」

「違いますよ! こんなしょうもない嘘ついてなんになるって言うんですか!」

「そりゃあまあそうなんだけどさ。お前の説明を寝起きに聞いたら誰だってこういう反応になると思うぜたぶん……」

「なんと言われようと事実は事実ですよ!」

「わかった、わかったよ。とりあえずは信じるよ。んでさ、こっちで本当にあってるのか。トラップが無い道はさ、またトラップ食らって毒にやられたら元の木阿弥だぜ?」

 勇者はトイレブラシの話を半信半疑ながらもとりあえず信じ、城に戻る道の話に切り替えた。

「大丈夫ですよ。こっちにトラップは無いはずです」

「やけに自信ありそうだけど、なんか根拠とかあるのか?」

「勇者様の命の恩人がここを通って行ったみたいだからです」

「……全裸の変態がここを通って行ったってことか?」

「ええ。恰好こそ変態的でしたが内在する魔力は結構すごかったですよ。なにせ今でも魔力の残滓が道に残っているくらいですからね。私はそれをたどって行っているわけですよ。そして方向的に私たちが来た方に向かっていますからこの魔力をたどれば元の場所に戻れるって寸法です」

「へえー、お世話になりっぱなしだなその変態には。今度会ったらお礼言わなきゃじゃね」

「そうですね、そうしましょう」

 勇者はまだ見ぬ変態に感謝しながら城に帰還した。

「あー、疲れたー、つーか死にかけたー」

 牢屋のベッドに倒れ込むようにして身を投げ出した勇者はため息をついた。

「……勇者様、今回の依頼は受けるのをやめませんか? ちょっと、っていうかいかにもあの屋敷は怪しすぎますよ。カルチェさんの対応もそうですけど、いろいろとずさんすぎます」

「いや、それを言い出したらこの国の存在そのものがずさんだろ……」

 勇者は今まで自分が受けてきたふざけた対応の数々を思い返しながら苦い顔をした。

「……うーん……それを言われると返す言葉もないですけど……」

「だろ? それにこういうヤバイ仕事は報酬もヤバイと相場が決まっている。リスクとリターンは釣り合うものだからな。ふひひひひひひひひひひっひひひ」

「まったく……死にかけたっていうのに……」

「もう大丈夫だろ。だってトラップの無い道だって覚えたし」

「覚えたの私なんですけどね……」

「お前のものは俺のもの、つまりお前の知識も俺のものだ。何度言わせればわかるのか。それよりも依頼を受ける時に着ていく服がないな、どうしよう」

「学ランのままでいいじゃないですか。日本の学生服は丈夫でいい生地を使っていますから貴族の屋敷に行くとしても問題ないと思いますよ。異世界基準的にパッと見てもそこそこのものとわかりますから」

「そうなの? でもなぁ、どうせ行くならこうビシッとした格好で行きたいんだよね。気分を変えてさ。この際だから服とかその他諸々を買おうかなぁ」

「でも高価な衣類を買うお金なんてないですよ。やはりそのままのほうが――いや……」

 トイレブラシは言いかけた言葉を途中でやめた。

「なんだ? どうかしたか?」

「……すいません。一か所だけ取り替えた方がいいと思います」

「どこをだよ?」

「顔です」

「資源回収に出すよお前」

 勇者は真顔でトイレブラシの柄を膝に当てて、上から両手で体重をかけ始めた。

「いたたたたああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?? じょ、冗談です!? 冗談ですってばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!? ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 しばらくの間トイレブラシの悲鳴が牢屋の中に響いた。

「ひどいですよ! ちょっとした冗談だったのに!」

「何が冗談だよこの不潔ブラシが! 俺の超絶イケメンフェイスをディスったことを冗談で済まそうなんてつくづくふざけた野郎だぜ!」

「野郎じゃないでもん、女の子ですもん! ……まあ言いたいことはたくさんありますが、それはさておき本題に入りましょうか」

 トイレブラシはなぜか真剣な口調になり、勇者は眉をひそめた。

「どうした急に。本題ってなんだよ」

「取り替えなければいけない部分についてですよ」

「貴様二度目はないと思えよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? 違いますよ!? 顔じゃない部分です!」

 再び柄の部分に力を入れ始めた勇者にトイレブラシは慌てて言葉を付け足した。

「……顔じゃないならどこだよ」

「靴ですよ、靴」

「靴だとぉ?」

 勇者は履いている靴を見た。

「なんで靴だけ取り替えなきゃいけないんだよ。むしろ靴はこのままでいいと思うけど。最高にクールでファンキーな靴だぜ、俺の一番のお気に入りだ」

「……本気で言ってますかそれ」

「俺はいつだって本気だ。つーかなんだその引っかかる言い方は。言いたいことがあるならハッキリ言いたまえよ」

「そうですか……ではハッキリと言わせていただきます」

 トイレブラシは一旦言葉を切った。

「その靴ダサいです」

「なん……だって……」

 トイレブラシの言葉に勇者は絶句した。

 ダサい、という言葉が脳内に響く。

「正直私も最初の方はネタで履いてるのかなって思っていたんですが……今の勇者様の言葉で本気で気に入ってるってことがわかったので心を鬼にしてあえて言わせていただきました」

「な、なにが、どこがダサいっていうんだ貴様! 俺の靴のどこにダサいなんて言葉が当てはまるのか納得のいくように説明しやがれ!」

「……いや、納得もなにも……勇者様、その靴は大半の人が見たらまず間違いなくダサいと口をそろえて回答すると私は思います。というかファッションセンス無さすぎでしょういくらなんでも。そんなんだから髪の毛をクレンザーで洗ったらワックスがうまくつけられるようになるなんてデマに騙されるんですよ」

「てめえが騙したんじゃねーか!? てめえがデマを流したんだろうこの俺に!!! いいから説明しやがれ、俺の靴のどこがダサいかを!!!」 

「はぁ……仕方ないですね。じゃあ靴をよく見てください」

 勇者は自身が履いている最高にクールでファンキーな靴を凝視した。

「見たよ。カッコいい靴だ、我ながら自分のセンスの良さに惚れ惚れしてしまいそうだぜ」

「……学ランから私服に着替えているときにも思いましたが……ウケ狙いではないんですよね?」

「お前ナチュラルに失礼な事言ってるってわかってるかコラ」

「いえそういうつもりはないんですが……私服のセンスもあまりにあれだったもので……」

「あれだと!? あれってなんだよあれって!? 俺を傷つけないように配慮して言ってみろ!」

「そうですね、勇者様を傷つけないようにオブラートに包んで言うとするならば――」

 トイレブラシは勇者を傷つけないように配慮し、言葉を選ぶ。

「なんていうか、ゴミ袋、あ、いや違くて……えっと雑巾の方がマシ、でもなくって……ホームレスの方がまだまともに見える、じゃおかしいからー……」

「もういいよもうやめろ!? オブラートに包めてもいねえし、配慮もできてねえよ!?」

 勇者はトイレブラシの控えめな罵詈雑言を受けて消沈した。

「なんだよ……そんなに変なのかよ……俺の靴と私服は……」

「はい」

「なんて容赦のない奴……」

 落ち込む勇者に対してトイレブラシは即答した。

「っていうか誰だっておかしいって言いますよ。私服のガラもそうですけどなんですかその靴の絵は、なんでオバケと恐竜がバスケットボールしながら卓球してるんですか……」

 トイレブラシは勇者の靴に描かれたコミカルなオバケと恐竜の絵を見ながら嘆息した。

「かっこ良いだろコレ! どこがダサいっていうんだ!」

「全部です」

「ぜ、んぶ……だと……」

 勇者は信じられないといった表情を浮かべた。

「勇者様の持っている服や靴全部が等しくダサいです。例えば昨日寝る前に着替えていたフンコロガシが交尾しているTシャツとか生ゴミとゴミ箱が描かれたワイシャツとか、他にも色々変なのがたくさんありましたけど真面目に酷いと思います。てっきりお母さんが買ってきた靴や服を適当に着ているものと私は思っていたんですが……まさか気に入っていたとは思いませんでした」

「ちょ、ちょっと待てよ! そ、そこまで言うほど酷いかこの靴は!」

「ファッションデザイナーの人が見たらあまりのダサさに目が潰れると思いますよ」

「そこまで言うか!? だいたい今までダサいなんて言われたこと……は……」

 勇者は何かに気づいたようにハッとした。

「……何か心当たりがあるんじゃないですか?」

「いや、いやいや! そんな、ことはない! ただ、ちょっと駅とかショッピングモールとかに行くと、俺の服を見た奴らがプークスクス、って笑い声を響かせていたのを思い出しただけだ!」

「いや完璧にそれでしょう!? バカにされてるじゃないですか完璧に!?」

「そんな……バカな……じゃあ、クラスの奴らが俺の靴を見て眉間にしわを寄せていたのも……母ちゃんが俺の靴や新しく俺が買ってきた服をを見た瞬間、鼻で笑ったのも全て……俺のセンスがダサいからなのか……」

「思い返すと心当たりが滅茶苦茶ありそうですね……」

 勇者は手で顔を覆いながら悲しみに暮れていた。

「でもまあ、あれですよ勇者様。今のうちに気づいてよかったじゃないですか、大学生になる前に気が付いたのは不幸中の幸いですよ。大学生には制服がありませんから、ごまかしが効きません。勇者様の今のファッションセンスで大学に行ったら、ぼっちまっしぐらか似たような服を着た珍獣の仲間入り確定ですよ間違いなく」

「いやいやいや!? 大学生の私服なんて俺と似たようなものだろ!? それにウェーイとか、とりまとかねぎまとか言ってればやっていけるのが大学生だろ!!! それにお前はバカにしてこき下ろしてばっかりだが、この靴は体育の時間に走る時にコーナーで差をつけることのできる優秀な運動靴なんだぞ!!! どうだすごいだろう!!!」

「その靴を履いている限り一生童貞で、勇者様のお友達たちに人生のコーナーで差をつけられることは間違いないでしょうね」

「な……!?」

 勇者は口をあんぐりと開けたまま固まった。

「聞いてください勇者様。大学生というのはよくも悪くも人生の分岐点、つまりここをうまく乗り切ることが出来た人間こそまさに勝ち組。そしていい大学生になるには努力が必要なのです、これを見てください」

「便ブラ、何を……」

 トイレブラシはスポンジの先端から光を出して、勇者の額を照らした。すると、勇者の脳裏に映像のようなものが駆け巡った。

「これは……」

「私がシュミレートした勇者様の今後をイメージ映像として脳内に送りました。勇者様が今のクソダサファッションを続ける限り、かなり高い確率で起こりうる未来の映像といったところでしょうか」

 勇者の脳裏に浮かんだ映像は大学の教場のような広い場所で、無数にある人の座っている椅子の中からある集団に視点が集中していった。その四人の集団は何やら話をしているようで人目もはばからず大きな声を出していた。その中の特に気持ちの悪い声を出す人物に焦点が絞られる。無駄に大きい丸メガネをかけた脂ぎった顔、この世のものとは思えないダサい服、そして赤いバンダナを額に巻いたその人物は薄気味の悪い笑顔をしながらカードゲームで興奮していた。

『デュフフフフフフ! 拙者のターンでござるな! ドロー! オフ、おふふふふふふふふ! 来た、来てくれたでござる! 我が嫁にして女神! プリンちゃん召喚! 我が世の春が来たでござるー!』

 赤いバンダナを巻いた勇者が美少女カードゲームをしていた。

「ちょっとまてやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 勇者は激怒した。

「ふざけんなてめえ!!! なんだこれ!!!」

「ちょっと、まだ終わってないんですから静かに見ててください。これからが気持ち悪いところの本番なんですから」

 トイレブラシは勇者を無視すると映像のイメージを強くした。

「おうふッ! これはすごいでござるなバンダナ氏! プリンちゃんをこの状況で引き当てるとはさすが天性の引きを持つ美少女カードファイター!」

「ぷぷぷ、プリンちゃんかわゆす! めっちゃかわゆす!」 

 気持ち悪い勇者の周りを取り囲む小太りの男やガリガリの男がこれまた気持ちの悪い笑顔でバンダナ氏という名称のバンダナを巻いた勇者に声をかけた。

「ほう、この状況でプリンちゃんを引くとはさすが我がライバル。だがぼくチンの場にいるラララたんの攻撃力は3000。それに対してプリンちゃんの攻撃力は2800、このままでは勝負にならんぞ」

 勇者の向かい側の対戦相手の男はそばかすまみれの顔を歪ませながら挑発した。だがバンダナを巻いた勇者は不敵に笑う。

「――確かに、このままでは勝てないでござるな。このままでは、ね」

 勇者の余裕たっぷりの発言にキモオタたちの間に緊張が走る。

「な、なにやら企んでいるご様子」

「策士、策士がここに! 策士がおうふ!」

 小太りなキモオタとガリガリなキモオタが騒ぎ始めた。

「ふ、ふッ! つ、強がりはやめたほうがいい!」

「強がりかどうかはこのコンボを見た後で判断するでござそうろう!」

 怯える対戦相手に叫んだキモヲタ勇者は目をカッと見開くと五枚の手札の中から一枚のカードを取り出した。

「美少女マジックカード発動! 『搾取されるキモオタ』!」

 『搾取されるキモオタ』と書かれた豚のような絵柄のカードを勇者は発動した。

「搾取されるキモオタ、キター!」

「搾豚! 搾豚コンボキタコレ!」

 取り巻きの二人が騒ぎ出すと勇者は華麗に手札から発動する。

「『搾取されるキモオタ』の能力はお主も知っての通りでござるが、あえて説明させてもらうでござるぞブフォ! このカードが発動した瞬間にこのカード以外のフィールド上のマジック、トラップカードを全て破壊、そして拙者のデッキからキモオタのカードを四枚まで手札に加え、フィールド上に特殊召喚できるでござる!」

「ぐうッ!」

 トラップとマジックを場に伏せていなかった勇者とは対照的に、そばかす男は悔し気に呻くとフィールド状のマジック、トラップカードをセメタリ―に送った。

「まだまだ拙者のターンは続く、さらにこのカードを発動するでござる! フィールドマジック『除菌は必須の握手会』!」

 勇者はさらにもう一枚のカードを場に出した。

「ぶひゅひゅひゅ! 『除菌は必須の握手会』、このカードの効果もあえて説明させていただくでござるよ! このカードがフィールド状に存在する限り互いのプレイヤーは自身と相手のターンと関係なく効果を使用できるでござる! 自信のフィールド上にある美少女カード一枚を対象として発動、指定した美少女カード以外のカードを全て破壊し、指定したカードに破壊したカードの攻撃力分の数値の合計を上乗せすることができる! 拙者はフィールド上のキモオタ四枚を犠牲にプリンちゃんの攻撃力を二千ポインツアップさせるでござる! ぶひょひょひょ! お主はどうする?」

「くッ! どこまでも白々しいことを!」

 そばかす男の場にはラララたん一枚しか存在していなかった。

「おっと失礼つかまつったな! では攻撃させていただく! ゆくのでござるプリンちゃん! キモオタから金を巻き上げて強くなったその力をみせるでござる! 尻軽ビッチアタァァァァック!!!!」

 プリンちゃんの攻撃を受けてラララたんは破壊された。

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああ!? ぼ、ぼくチンのぼくチンのラララたんがあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 そばかす男は椅子から転げ落ちると、地面に寝転び頭をかきむしり、フケを飛ばしながら暴れ始めた。

「さらに追加効果! プリンちゃんの効果発動! 破壊した相手の美少女カードの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える! ひょおおおおおおおおおおおお!!! デュクシッ!!! デュクシッ!!!」

 勇者は倒れたそばかすの上に馬乗りになると、口で効果音を出しながらわき腹を小突き始めた。

「ぐえええええええええええええええええええええええええええええええ!? おたすけええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

「勘弁ならぬ! 勘弁ならぬ! これはダークネスゲームゆえ罰ゲームは必須!!! 今更遅し、いと遅し!!! デュクシッ!!! デュクシッ!!!」

 勇者はひどく興奮し、顔を赤く染めて唾を飛ばしながらわき腹を高速で小突く。

「これぞまさに鬼畜の所業! お代官様も真っ青!!!」

「鬼畜王!!! 鬼畜王が降臨なされた!!! なんまいだぶなんまいだぶ!!!」

 小太りとガリガリも奇声をあげて興奮しながら両手を擦りつけ始めた。

「「「「でゅふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」」」」

 気味の悪いキモオタたちの笑い声が教場に響き渡った。

 そんなキモオタたちを冷たい目でまわりは見ていたが、本人たちは意に介さずこのまま気持ちの悪いやりとりが続くかと思われた、

「「「「うぇーい!!!!」」」」

 が茶髪のイケメングループが教場に入ってきた瞬間、

「「「「でゅふふふ…………でゅふ……………………………………………………………………………………………………………………」」」」

 キモオタたちは黙り、椅子に静かに座りなおすとカードを片付け始めた。

 映像はここで終わり、勇者はトイレブラシを睨み付けた。

「……おい、コラ。なんだこれは」

「いや~、気持ち悪かったですね!」

「ですね! じゃねえんだよ! ふざけた映像見せやがってテメエこら!」

「別にふざけた映像を見せたつもりはありませんよ。今のままのファッションセンスで大学に行った場合、ああなる可能性が高いということを知ってもらいたかったんです。あれですよ、未来予測的な」

 今にも掴みかかってきそうな勇者に対してトイレブラシは軽い調子で言い放つ。

「何が未来予測だ、俺があんなキモオタになるはずねえだろうが! 未来の俺があんなんとかマジないわ! いろんな意味で負けてるよ! 冗談にしてもタチ悪いわー、落ち込むわー! 気分を害したわー!」

「大丈夫です! 今の勇者様でも気持ち悪さなら負けてません! 元気出してください!」

「フォローになってねえし、そういうことを言いたいんじゃねえよ!?」

 勇者はベッドに倒れるようにして横になった。

「……ちなみにもう一つ、別の未来予測もあるんですが。見ますか?」

「どうせ、またキモオタだろ……もういいよ……」

「いえ、一応リア充グループの一員で――」

「見せてくれ」

 勇者は期待に胸をはずませながらキラキラした瞳でトイレブラシを見つめた。

「……そうですか、では、勇者様の感動のキョロ充ライフを今見せ――」

「やっぱりやめろ」

 勇者は光を放ち始めたトイレブラシを右手で押さえつけた。

「なんなんだよお前は! 期待させておいてキョロ充とかあんまりだろ! そんなにファッションが大学生活を左右するっていうのか! ファッションがひどすぎて俺がキモオタかキョロ充の二択しかないっていうのか!」

「いえ、確かに普通のファッションセンスの人ならそれほど気にする必要はないと思いますが……勇者様はちょっと常軌を逸しているいるというか、あまりにもあれすぎるので」

「認めない! 認めないぞ! 仮に、万に一つ俺のファッションセンスがひどかったとしてもだ、髪を金色とか茶髪にすれば服のダサさくらい誤魔化せ――」

「今の勇者様が髪を染めたところでさほど意味はないですね。というか染め方知ってるんですか?」

「び、びび、美容院とかででで、できるんだろ!」

「でも勇者様は美容院行ったことないですよね?」

 トイレブラシは勇者に対して問いただすように言った。

「いい、行ったことくらいあるぜ! っていうか髪はいつも有名なヘアースタイリストにカットしてもらってるんだ! どうだ、すごいだろう!」

「へえ、それはすごいですね。ところでシャンプーハットとシャンプーとコンディショナーはちゃんと持参していきましたか?」

「え? なにそれ」

「え? 美容院に行くときはシャンプーハットとシャンプー、そしてコンディショナーを持っていかなきゃいけないんですよ。知らないんですか?」

「し、ししし知ってるし! あーど忘れしてたわー! ちゃんと持って行ってたよ! だよなー! シャンプーハットとシャンプーとコンディショナーを持参するのは常識だよな!」

「嘘ですよ」

 勇者は凍り付いた。

「別に美容院にシャンプーハットとシャンプーとコンディショナーを持っていく必要はありません。こんな簡単な嘘に引っかかる勇者様が髪を染めたらどうなると思います? 知識のない勇者様がどこともわからない美容院を選んだ結果、ヘアースタイルのへの字も知らない勇者様が髪だけおしゃれにしたらどうなると思いますか?」

「どどどど、どうなるっていうんだよ!!!!」

「洗ってないゴールデンレトリバーみたいなのが美容院から出てくるでしょうね」

 勇者はあまりの衝撃に頭が真っ白になった。 

「だからといって今のままでいいとは思いません。今のまま、そのどこで切っているのかわからない髪型でも女の子にはモテないでしょう。このまま行くとキモオタルートまっしぐら、千円カットの刈り上げトンボメガネが関の山でしょう」

 ガクガクと震える勇者にトイレブラシはとどめを刺すように続ける。

「高校の時に同級生がみんなおしゃれを学んで彼女をつくり童貞を捨てていくなか勇者様だがエターナル童貞、永久名誉童貞」

「ごふッ!!!」

 勇者は衝撃をさらに受けた。

「ファミレスに高校の時の友達と集まる時、みんなは彼女の話をするんですよ。ヤッた後、一緒に寝てると暑苦しいとか。便座を下げろとうるさいとか。彼女の作る料理があんまりおいしくないとか。みんな愚痴と言う名の惚気話をしてくるわけですよ、グラスに入った飲み物が無くなったとしても取りに行くこともしないでひたすら自慢話。だっていうのに、だっていうのに勇者様はせっせと一人だけ飲み物を取りに行けるわけですよ。だって話すことないんだから。一人だけ話すことが無い、一人だけ蚊帳の外、一人だけドリンクバー全開」

「ぐぼあッ!!!!」

 勇者は血を吐くように倒れ込んだ。

「それで居心地が悪くなってジュースで錬金術とか始めたらいよいよお終いですね。ドリンクバー、座席、ドリンクバー、座席、トイレ、ドリンクバー、座席、ドリンクバー。座席、トイレ、トイレとドリンクバーと座席をを絶え間なくひたすら行き来するだけのファミレス」

「もう、もうやめてくれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

トイレブラシの語る悲惨な未来を想像した勇者は悲鳴をあげた。

「今のままでは確実にそうなります。現実から目をそむけても、しょうがないのですよ勇者様。そうだ、ちょうどいい機会です。自分のクソダサいファッションセンスを見つめ直してください。そして――」

「……そして……?」

 勇者は捨てられた犬のような目でトイレブラシの言葉を待った。

「磨くのです、ファッションセンスを。目指すのです、モテる男を!」

 トイレブラシの力強い言葉を聞き、勇者の目に光が宿った。

 そしてトイレブラシと頷き合った勇者は牢屋を出て、町に向かった。

 ファッションを勉強するために。

 だが時を同じくしてグラム隊、三番目の刺客シャルゼ・ベルト―ルが密かに動き出していたことを勇者は知る由も無かった。

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