23話
砂の巨人を見上げながら勇者は絶望的な気分に浸っていた。巨大な魔獣に追いかけられたのは計二回、狼の魔獣、イモムシの魔獣の二体だった。いずれも三十メートル近い巨体をほこっており、迫力として十二分に凄まじいものだった。だが目の前の巨人はその三十メートルすら上回る巨体を勇者の前にさらしていた。その体に足は生えておらず、円柱のような巨大な胴体が地面と一体化していた。上半身は人間の体のそれと大差なかったものの目の代わりなのか顔付近についた一つの穴から覗く黄色い光が不気味さを放っていた。
「(……な……なんだありゃあ……)」
「(砂の巨人ですね)」
「(そんなもん見りゃわかるよ!? あの大きさはなんなんだってことだよ!?)」
「(五十メートルくらいはありそうですね。倒すのには骨が折れそうです)」
「(た、倒すだとぉおおおお!? 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理、無理に決まってんだろ!? 人間には無理だからね絶対!? 巨大ヒーローでも呼んで来いってレベルだからね!?)」
「(またまた、あはは!)」
「(何があははだ!? 冗談で言ってるわけじゃな、なああああああああああああああああ!?)」
突如、巨人が腕を振り上げ、勇者に振り下ろした。
ズドンッッ!!!!!
「(ぷぴゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
直撃こそしなかったものの、地面にあたる瞬間、その衝撃波を受けて勇者は吹き飛ばされた。何度も地面を転がり、砂まみれになる。しばらく転がった後になんとか立ち上がり、今しがた自分が居た位置を見た。
「(……え……えーーーーーー……)」
巨人の手が突き刺さった場所には巨大な穴が空いていた。砂漠にぽっかりと空いた穴は、勇者に巨人の力のすさまじさを即座に理解させ、ある決断をさせた。
「(逃げよう)」
「(え、逃げるんですか!? 逃げても無駄だと思いますが。それに『火竜の剣』はどうするんですか? せっかく近くにあることがわかったのに。あとイモムシの魔獣が降ってきたときにはぐれた将軍だってまだどこかにいますよ。置いて行ってしまっていいのですか?)」
「(俺だって悲しいんだ! 『火竜の剣』の近くにはきっとエルフのエロ本があるはずだし、将軍にエルフのエロ本を譲ってもらう前にこんな形でわかれてしまったことに対しては後悔の念を覚えずにはいらないよ!)」
「(どこまでいってもエルフのエロ本のついでなんですね……)」
「(だが人は悲しみを乗り越えて前に進まなくてはいけない。失われてしまった将軍や『火竜の剣』のためにもここは一度引くべきだ!)」
「(いやまだ両方とも失われてないんですが……)」
「(俺生きるよ……将軍、『火竜の剣』……君たちの分まで俺生きるよ……)」
「(私の話聞いてますか勇者様)」
「(さようならああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 君たちの犠牲は忘れないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」
勇者は巨人がいる方とは反対の方向に逃げ出した。
だが巨人の巨大な腕が逃げる勇者の背後から迫る。
「(勇者様伏せてください!!!)」
「(うおおおおおおおおおおおおお!?)」
飛び込むようにして勇者は前に倒れて巨人の腕を回避した。トイレブラシの指示に従った結果、難を逃れた勇者は立ちあがり巨人の方へ振り返る。
「(……あ、あっぶねー……貴様なんてことしやがるんだ! 友との悲しい別離を終えたばかりのこの俺になんて酷い奴! 貴様には血も涙もないのか!)」
「(正直イケメンさんも勇者様にだけは言われたくないと思いますよ……)」
「(お前は人を非難している暇があったら逃げ切れる作戦を立てなさい作戦を!)」
トイレブラシの非難を非難で返した勇者はそのまま再び走り出した。だが再びすぐに砂の巨人の手が勇者に襲い掛かる、しかしこれもまた地面に伏せることで回避する。
「(大丈夫だ! 奴は足がないから動けないはず! このままこの動きを続けていればいずれ引き離せるはずだ! なはははははははははははマヌケめ! そんな足の無いゴーレムなどおそるるに足らぬわ! ガングロめ、欠陥工事によって生まれたゴーレムと一緒に砂漠に根を生やしたまま干からびるがいい! にょははははははははははははははは!)」
勇者は心の中で高笑いしながら走り続けた、このままなら逃走可能、そう思っていた勇者だった。
だが事態は急変する。
砂の巨人の生えた地面が揺れ出すと、
「(にょはははははははは……にょは……?)」
砂の巨人が動き出した。
足を止めた勇者は自分を追いかけだした巨人の方を呆然と見た。
足がなくとも轟音を立てて、移動を開始した巨人を見た。
「(……は……なにあれ……)」
「(言い忘れてましたが足なんて無くてもゴーレムは動けるんですよ勇者様)」
トイレブラシはあっさりと衝撃の事実を言った。
「(……き、きききききききキッサマァァァァァァァァァァァァァァァァ……!!!! そういうことはもっと早く言えとなんど言わせればわかるのかぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!)」
「(逃げても無駄だとさっき言ったじゃないですか)」
「(無駄とはなんだ無駄とは! 無駄とか無理とかそういう言葉が可能性を潰すもっとも悪しきものだと俺は考えている!)」
「(今さっき巨人と対峙した時、無理をマシンガンのように発射してたくせに……)」
「(揚げ足ばっかとってないでなんとかしろ!? マジで追いつかれるッ!?)」
巨人の移動速度は勇者の走力を上回り、徐々にだが後ろから迫って来ていた。やがて巨人の砂の腕が勇者に襲いかかる。
「(うっわッあああああああああああああああああ!?)」
「(勇者様こっちです)」
あわや直撃といったところで、トイレブラシが勇者を右側に転ばせることでなんとか回避させる。
「(勇者様、逃げることはもう諦めてください。砂漠でいくら頑張って走ったって砂に足を取られてうまく進めないはずです。砂の上をすべるように移動するゴーレムの移動速度には勝てません、ここはやはり戦って勝利することを考えるべきです)」
「(バカ野郎あの大きさを考慮に入れてモノを言え! 無理に決まってんだろ! 無駄で無理なんだよ! 無理無理無駄無駄!!!)」
「(勇者様、ド低脳とはいえお願いですから数十秒前の自分の発言くらいは覚えていてくださいよ……)」
「(誰がド低脳だ!? ってまたきたあああああああああああああああああああああ!?)」
勇者は振るわれる巨人の腕をひたすら回避しながら逃げ続けた。途方もない鬼ごっこの末に勇者は巨人にとうとう追いつかれ、向かい合う形で対峙した。
「(……ちくしょう……目玉焼きバカ2号の分際で……なんてチート能力だ……つーか急に巨人動き止まったけどどういうことだ……)」
「(向こうもあの巨体を維持するのに魔力と体力が要るんですよきっと。定期的に休息して動きを止めなければ体を維持できないんだと思います)」
「(なんだと!? じゃあその隙に逃げ――)」
「(無理です。休息と言ってもあと二、三分程度で動き出すと思いますから仮に今から全力疾走したとしても余裕で追いつかれます)」
「(……んだよちくしょうめ……つまりもう詰んでるってことじゃねーか……逃げられないんじゃ戦うしかねーじゃん……勝てねーよ絶対……無理だよ絶対無駄だよ……ああ……俺の人生ここまでか……)」
戦意を喪失しかけていた勇者に代わってトイレブラシは作戦を考える。
(確かに勇者様の言う通りこのままやってもまず勝ち目はない。せめてこっちも『火竜の剣』とメルティクラフト出来ればまともな魔技が使えていい勝負になると思うんだけどなぁ。でもここら辺とはいえ肝心の『火竜の剣』がどこにあるのか正確にわからないんじゃ手の打ちようが……あれ……あ、あああああああああああああああああああ!!!!、やっぱり……そうだ、間違いない!)
トイレブラシは何かを見つけたのか急にはしゃぎ出す。
「(勇者様! 勇者様、勇者様!!!)」
「(……なんだよお前うるさいな。逃げられる手段でも思いついたか?)」
「(違いますよ! 見つけたんです! 私たちが探し求め、そしてこの状況を打破しうる重要なものを見つけてしまったんですよ!)」
「(打破しうる重要なものぉ……? ……あ、もしかして――)」
勇者はトイレブラシが言わんとしているものに気が付いた。
「(わかってくれましたか! そうです! か――)」
「(エルフのエロ本か!)」
「(違いますよそんなわけないでしょ!? 『火竜の剣』ですよ『火竜の剣』!!! エロ本でどうやって状況を打開するつもりですか!?)」
「(なんだ『火竜の剣』か……がっかりだよ……)」
「(何言ってるんですか! あの巨人を倒せるかもしれないっていうのに!)」
「(え、マジで!? 倒せんの!? なんだよ先に言ってよ! よく見つけたな偉いぞ便ブラ! で、どこにあんの?)」
勇者は態度を急変させ、トイレブラシを褒めた。そしてキョロキョロと周りを見回しながら『火竜の剣』を探し始めた。
「(なあ、どこにもないんだけど……)」
「(どこ見てるんですか、そっちじゃないですよ)」
「(じゃあどっちだよ)」
「(上です)」
「(上? 上って、何言ってんだよ! 空の上にあるとでも言うつもりかお前は!)」
「(違いますよ。真上ではなく前方にいる巨人を見上げてみてください)」
「(巨人を見上げてなんで『火竜の剣』が見つかるんだよ……ったく……)」
そう言いつつも巨人を見上げた勇者はしばらく見たのち頭部に何かが刺さっていることに気が付いた。
「(……おい……まさかとは思うが……あれか……? あの、頭に刺さってる……)」
「(ザッツライトです! あれが『火竜の剣』です! 多分イケメンさんが魔技を使って砂を巻き上げた時に一緒に混ざってしまったんだと思います! あれと私を『メルティクラフト』で融合すればあの巨人に対抗できるすごい魔技が使えるようになるかもです!)」
「(……いや、そりゃあたいへん結構なことだと思うけど……)」
「(でしょうでしょうそうでしょう! そんなすごいものを発見したエクスカリバーちゃんをもっと褒めてもっと可愛がってくれてもいいんですよ? なんだったらいい子いい子してもいいですよ! あ、でも今だけですよ! てへへ~!)」
「(……いや……そうじゃなくて……メルティなんとかするにはあれとお前を重ねなきゃいけないんだろ?)」
「(そうですよ)」
「(……どうやって重ねりゃいいんだよ……)」
「(……勇者様、お猿さんだって手に持って重ねることくらいでき――)」
「(失礼な事言ってんじゃねえよそれくらいわかるっつーの!? どうやってあそこから『火竜の剣』を持って来て重ねんのかっつー話をしてるんだよ!?)」
勇者は怒鳴ると砂の巨人を見上げた。砂で出来た直立不動の塔のような巨人は50メートル以上は確実に超えていた。
「(登って取りに行くしかないと思いますが。ほら、幸い勇者様はロッククライミングの経験がお有りじゃないですか)」
「(……前登った岩山とはわけが違うだろ。砂だぞ砂、どこに手と足をかけて登ればいいんだよ。とっかかりなんかどこにもねーぞ……)」
まっさらな砂で出来た巨人にはへこみやデコボコは存在せず勇者は途方に暮れる。
「(……しかし動き出すまでもうあまり時間はありませんよ。とりあえずやってみましょうよ)」
「(まあ、何もしないで潰されるよりマシか……)」
勇者は言うと、砂の巨人に剣を突き刺して登り始めた。しかし、
「(……だ、駄目だ……登れねえ……)」
すぐにずり落ちてしまい、数メートルも登れずにいた。何度かチャレンジしてみたがそのたびにことごとくずり落ちてしまい、『火竜の剣』のあるてっぺんまでには到底及ばなかった。そして勇者が果敢に挑戦し続けていると、ついに砂の巨人が動き始め、勇者は巨人から離れた。
「(くっそ! ダメだったよ!)」
「(まあ、しょうがないですね。仕方ないですから――ん?)」
「(……どうした?)」
「(いえ、巨人の口の部分が変形していってるみたいなんですよ)」
「(口? あ、マジだ……)」
トイレブラシの言う通り、砂の巨人の顔の口にあたる部分が変形していき、大きな穴が空いた。
「(……あそこからビーム撃ってきたりしないだろうな……)」
「(大丈夫だと思いますが……多分……土属性にビーム攻撃はないはずですから……でもビーム以外は撃ってくる可能性高いですね……岩とか。なので注意してください)」
トイレブラシの発言を聞き注意した勇者だったが、予想に反して砂の巨人の口から放たれたのは攻撃ではなく言葉だった。
砂の巨人と一体になったガゼルは勇者を見下ろしながら語り掛ける。
「赤毛くん、聞こえるか! これから俺は全力で、それこそお前を殺すつもりでこの巨人を動かす! 今までの追いかけっこは俺の魔技の威力を見せるためのものだったが、今度は違う! だからその前に言う、これは最後の警告だ! 投降してくれ、俺はお前を殺したいわけじゃないんだ! 戦ってみてわかったが俺はお前が嫌いじゃない! 出来れば今ここで降りて欲しい! 投降する場合は剣を捨てて手を頭の上にやって地面に伏せてくれ!」
ガゼルの言葉を聞いた勇者は思う。
「(相も変わらずわかんねーな……意思疎通できる言葉って重要だわ……)」
「(そうですね。これじゃあ会話に……ん? んん?)」
「(どうした……あれ、これは……)」
勇者とトイレブラシの耳にザアーっと音を立てて砂嵐のようなノイズが走り出す。
「(これ、パツキンと戦った時と同じ……)」
「(そう、ですね……確かこの直後に一瞬だけちゃんと言葉が翻訳されたんでしたよね)」
勇者とトイレブラシの耳に響いたノイズはしだいに落ち着いていった。
ガゼルは勇者を見下ろしながら感慨にふけっていた。
(……投降する意思はなし、か……ふ、まあ期待はしてなかったがな……それにしても……)
巨人を見上げる勇者の目を見ながら巨人の中からガゼルは微笑む。
(恐れはかけらも感じられねえ。堂々としたあの雰囲気、静かでそれでいて強く鋭い気迫……)
ガゼルは最後に勇者に向かって、敬うように話した。
そしてその言葉を勇者とトイレブラシは狂った言語翻訳で聞く。
「お前本当にいい目をしているな。全力で挑ませてもらうぜ」
以下誤翻訳
「『お前本当にイモみたいな顔してるな。合コンの引き立て役にはちょうどいい』
「(ブッッッッ殺すッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)」
勇者はキレた。
そして言語翻訳はまた元に戻り、ガゼルの言っていることはわからなくなった。
だが勇者の心に怒りという名の火が灯る。
ガゼルは巨人の腕を振り上げ始めたが、勇者はそんなことはおかまいなしと言わんばかりに怒りに燃えていた。殺意を心の中で煮えたぎらせる。
「(おいおいおいおいおいおいおいだれがジャガイモみてえな顔してるってええええええええええええええ!!!! だれがサツマイモみてえな顔してるってえええええええええええええええええ!!!! だれがイモの煮っ転がしみてえな顔してるって言ったんだてめえコラァァァァァァァァァァァァァァ!!!! より、より、よりにもよってこの、この絶世の美少年を捕まえてポテトフェイスだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!)」
「(ゆ、ゆう、勇者様ちょ、ちょっと落ち着いてください)」
「(これが落ち着いていられるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
トイレブラシは勇者をなだめようとしたが、もはや不可能だった。
「(合コンの引き立て役にちょうどいいとかほざきやがったんだぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 合唱コンクールじゃねえんだぞ!!!! 合同コンパの方の合コンなんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」
「(いやそれくらいわかりますけど……)」
「(ちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ちょっと、ちょーーーーーーーーっと顔がいいからって調子に乗りやがってえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!! 女を中古の車みたいに乗り替えられるからって調子に乗りやがってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!)」
勇者は続ける、熱いシャウトをひたすらに続け続けた。
「(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないゆるさないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 十代の男子高校生は社会的な地位をもたない、ゆえに持ちうるのは生まれ持った能力、それを誇るしかない!!!!!! そして学生時代に重要視される生まれ持った才能、すなわちそれは顔と頭の良さ!!!!! それを傷つけることは魂を傷つけることも同じこと!!!!!!)」
「(落ち着いてくださいってば、勇者様は両方持ってないんだから何の問題もな――)」
「(全てを持って生まれたこの俺に奴はあろうことかポテトフェイスとほざきやがった!!!!!!!)」
「(まったく聞いてないですね……って、うきゃあああああああああ!? 勇者様上上上!!??)」
怒る勇者に向かってガゼルの操作する巨大な砂の巨人の拳が真上から迫る。
「(この俺のかっこいよくて美しくて神々しいまさに美の結晶そのものというしかない顔をディスった奴は例え神や仏であろうと許さねえ!!!!!! ガングロォォォォォォォ、てめえは大罪を犯した、ゆえに八つ裂きにしてくれるわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)」
やる気が戻った勇者だったが、すでに巨大な腕が真上にあり、落ちる寸前だった、
そしてついに落下する。
ズッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
巨大な音と共に砂漠に大穴が空いた、
ガゼルは思う。
(流石にこれをくらってまともでいられる奴はいない……これで終わりだ……)
ゆっくりと、拳を地面から引きはがしたガゼルは潰されたはずの勇者を確認しようとした、
(な……!?)
だが勇者の姿はどこにも見当たらなかった。
(どこに、どこにいった!?)
ガゼルは辺りを見回したが、やはり勇者の姿は見当たらない。
(まさかどこかに移動して回避したのか!? いや、あの一瞬でどこかに移動するなんてありえない! なら赤毛くんはどこに行ったんだ!? 駄目だ、落ち着け、冷静になれ!)
混乱する頭を落ち着かせようと、拳を引きはがした状態で巨人の動きを止め、巨人の中で深呼吸をする。
深呼吸しながらもう一度、拳の下を見た、すると違和感に気が付く。
(……なんだ、あれは……穴……)
ガゼルは小さな穴を見つけた。
それは巨人の付けた拳の後よりも深く地面を抉っており、穴の周辺がなぜか焼けこげていた。
(まさか、炎の剣で穴を先に掘り、地面に身を隠し――)
ガゼルの考察が終わる前に、小さな穴が吹き飛ぶ、瞬間、勇者が穴から飛び出し、巨人の腕に剣を突き立てる形で飛び移った。
(しまっ――)
ガゼルが心の中で言い終える前に勇者は行動を開始した。そして、トイレブラシは先ほどまでの勇者の一連の行動に感心していた。
「(いやあびっくりしましたよ。まさか穴を掘って地面に身を隠すなんて。ド低脳の勇者様にしては中々の頭脳プレイ、私ちょっと感動してしまいました。それになんだかんだと意外に冷静に判断でき――)」
「(ぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺す)」
「(……判断出来てないみたいですぅ……もしかしてさっきのは本能みたいなものだったのでしょうか……)」
「(おらああああああああああああああああああああ!!!! 今行くぞガングロおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」
勇者は腕にぶら下がったままの状態から、這い上がり始めた。凄まじいまでの速さで砂の巨人の腕を剣を使い登り始めたその姿は油で黒光りする学ランと相まってまさにゴキブリそのものだった。
「ぐッ……!」
ガゼルは勇者を振り落とすために巨人の腕を振り回したり、地面に叩き付けたが、動き出したゴキブリにはいっこうに効果はなくシャカシャカと手足を動かしながら勇者は頂上を目指し続けた。
「(勇者様すごいです! ゴキブリみたいです! カッコよくはないですが、すごいです!)」
トイレブラシは称賛か批判かわからないような賛辞を勇者に送ったが、当の勇者は聞こえていないのか、憎き相手を滅するべくただひたすら手足を動かす。
それほど時間は経っていないにもかかわらず、胸付近までよじ登った勇者は休む間もなく、頭部を目指して登り続けた。ガゼルもそれを見て焦ったのか、別の方法で勇者を振り落とそうとしてきた。
「だったらこれならどうだ……!!!」
ガゼルは砂の巨人の体から砂の触手のようなものを無数に出し、登ってくる勇者を捕らえようとした。
「な、なにぃ……!?」
「(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!)」
勇者は迫りくる触手をあしらうように剣を使って回避し登り続ける、その動きは華麗の一言に尽きるほど見事なものだった。触手が頭上から迫れば、突き刺した剣を引き抜くと同時に巨人の体を蹴り、今いる自分の場所よりも上に飛び移る。左右から触手が迫れば、先に巨人の胴体を蹴り、跳躍しながら剣を引き抜くと同時に体を回転させ、剣で触手を薙ぎ払い、上にのぼる。下からくる触手に対してはそれを踏み台にすることでさらなる前進を遂げる。剣のみを使った三次元立体機動は鮮やかなもので、縦横無尽に勇者は巨人の体を飛び移りながら頂上を目指す。
「(……そういう動きが出来るんなら最初からしてくださいよ……お顔をけなされただけでなんでこんな人間離れした動きができるようになるんですか……しかし……これがイケメンに対する嫉妬の力ですか、中々バカに出来ないですねこれは……ちょっと見惚れてしまいそうです……)」
トイレブラシは内心呆れながらも驚異的な動きでガゼルを翻弄する勇者に対して一種の尊敬の念のようなものを抱いた。そして数多の砂の触手を潜り抜けた勇者はついに巨人の肩にたどり着いた。
「(勇者様頑張りましたね! 偉いです! さあ、『火竜の剣』を引き抜き、『メルティクラフト』を完成させて鮮やかな逆転劇おば――)」
「(おらあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! ガングロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!! こんにちわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! 男爵イモが到着しましたよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)」
「(勇者様ちょッ!?)」
勇者は巨人の頭に突き刺さった『火竜の剣』に目もくれず、巨人の頭を足で攻撃し始めた。
「(きっさまあああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 人を、人をイモみてえな顔とかほざきやがる頭はここくわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 大学イモばんざあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!!)」
ズドン!
ズドン!!
ズドン!!!
『メルティクラフト』によって強化された勇者のヤクザキックが巨人の頭を揺さぶる。
「(ゆ、勇者様、目的、目的を思い出して冷静になってくださ――)」
「(イモなめんなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお北海道産のジャガイモはおいしいんだああああああああああああああああああああああああああ!!!! コロッケはホクホクしてて最高なんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)」
「(もうなんの話ですか!!?? 落ち着いてくださいってば!!!!!!)」
トイレブラシは勇者の体に魔力を無理やり流し込む、すると勇者の肉体に電流のような痛みが走る。
「(あびゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?? ……か……は……って、てめえ何すんだ便ブラ!!!)」
「(やっとまともに会話できるようになりましたか。どんだけキレてたんですかまったく! 早く避けてください!)」
「(避ける、って何言って、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
巨人の腕が自らの頭めがけて迫って来ていた。
勇者はずり落ちながらも剣を胸の部分に突き刺し、なんとか攻撃を回避する。
「(あ、あっぶねー……危うく死ぬとこだったぜ……)」
「(攻撃するのは構いませんけどちゃんと周りみてくださ……あああああああああああ!!!!)」
「(な、なんだよお前は!? びっくりするだろうが!!!)」
「(勇者様! か『火竜の剣』が!?)」
見ると、巨人の腕が巨人自身の頭部を破壊したことで、『火竜に剣』が空中に投げ出されたらしく、上空に吹き飛んだ棒状のものが勇者の視界に入った。
「(ああ……そういえば刺さってたっけ、まあいいや。それよりガングロをこの砂の巨人の中から引きずり出して顔面を攻撃しなけ――)」
「(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)」
「(は、おま、ちょ、人の体つかってなにす――)」
勇者が反論する前にトイレブラシは体を乗っ取り、巨人の体を登り切ると、『火竜の剣』を手に入れるべく飛んだ。
「(おまちょおわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
「(はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
悲鳴をあげる勇者とは違いトイレブラシは気合を入れて叫びながら勇者の手を動かし『火竜の剣』をその手に収めるべく必死に手を伸ばした。
「今度こそ終わりだ赤毛くん!!!!」
空中で落下しながら『火竜の剣』を手に入れようとしている勇者、の体を乗っ取ったトイレブラシにガゼルの巨人の腕が上から勇者を押しつぶすべく放たれた。
「(届いてくださああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!)」
トイレブラシの想いに応えるように、その手は『火竜の剣』を掴んだ。
「(やった! 解除!)」
トイレブラシは即座に『メルティクラフト』を解除し、その瞬間勇者は黒髪に戻り、剣とトイレブラシは分離した。先ほどまで素材にしていた剣は解除と共に壊れ、空中へ吹き飛び、勇者の手には『火竜の剣』とトイレブラシが握られた。巨人の大きすぎる手によってそれらの動作が見えなかったガゼルだったが勇者の落下の瞬間を狙い、押しつぶすべくさらに拳の落下を早め、そしてついに巨人の拳は空中に落下する勇者をとらえた。
「便ブラ便ブラこれはまずいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「大丈夫です! 私に任せてくださいな!」
『メルティクラフト』が解けたことで普通に話せるようになった勇者は叫ぶ、トイレブラシもそれに答えてからすぐに新たな『メルティクラフト』の準備に入るため、詠唱を行おうとした。
(普通にやっても間に合わない、ここは私の腕の見せ所ですね!)
地面に落下するまでおよそ一分無い時間の中でトイレブラシは高速で詠唱を行い始め、勇者の肉体に変化が表れ始めた。
「が、あ、ついなんだ、なんだあつぶわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
勇者の体に最初に『メルティクラフト』した時よりも遥かに強力な魔力が循環を始める。まるで血管をマグマが流れるような凄まじい熱さ勇者の全身を隈なく襲う。そしてしだいに勇者の肉体が赤く発光し始めた、光はしだいに巨大な繭へと形を変えていった。
だがその前にガゼルの拳に押されるように勇者の肉体はとうとう地面に叩き付けられる。
ズッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
拳が勇者ごと地面に叩き付けられて砂漠に大穴が空いた。
ガゼルの操る巨人による全力のパンチは見事に決まり、勇者は潰れた、
「なんだ……この異常な……ありえない……本当に魔力……なのか……!?」
だが、拳を持ち上げるようにして徐々に巨大な、血のように赤い真紅の炎でできた膜がその姿を現す。
やがて炎の繭に触れていた巨人の腕は赤い炎で焼き尽くされていき、三十メートル近く膨れ上がった丸い炎の球体は膨張の限界をむかえるように破裂する。
その瞬間、勇者はトイレブラシの声を再び耳にした。
「(魂の契約の名のもとに命じる、交われ!!!!)」
炎の繭が割れると同時に色白の勇者が姿を現した。しかし先ほどとは明らかに違う様相をしていたためガゼルは目を見張った。
「……なるほどな。『メルティクラフト』し直したのか、ってことはようやく本気になったってことか」
目をつぶっていた勇者は赤い髪と白い肌をしておりそれ自体は変わっていなかったが持っていた武器や左腕が変化していた。持っていた両刃の大剣の刀身は黒でじゃなく鮮やかな赤に染まり、赤い魔石が埋め込まれていた左手は黒い鱗のようなものが指の先から肩まで腕全体を鎧のようにびっしりと覆い尽くしていた。赤い魔石は鱗の鎧に埋め込まれるようにして左手の甲にはまり、赤く輝く。
「(勇者様! 勇者様起きてください!)」
「(……あれ……朝飯……?)」
「(何寝ぼけてるんですか! 敵の前だというのに! 戦闘中ですよ!)」
「(戦闘……あ、そうだ俺はお前のせいで落下して、んで空中でメルティなんたらをやって、ってうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
ガゼルが巨人を操り、残った手で勇者を殴り潰すべくパンチを放った。
「(ぬわあああああああああああああああああああああああああああああくるなくるなくるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
ゴォォォォォォォと音を立てながら空気を豪快に振るわせて迫る巨人の腕に勇者は持っていた剣をぶんぶんと振り回して悪あがきをしようとしたが次の瞬間、勇者の持つ真紅の剣が赤く光るのと同時に剣から巨大な三日月形の斬撃が飛び出した、そしてガゼルの砂の巨人の腕と衝突する。
ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!
赤い爆炎をまき散らしながら爆音と共に巨人の砂の腕が消し飛んだ。
「(……まさかこれは……破壊神だった時の力が覚醒して俺の――)」
「(違います)」
「(なんだよ!? じゃあなんだっていうんだよ!?)」
「(ようやくまともな魔技が使えるようになったってだけですよ)」
「(魔技って、じゃあこれが俺のメルティなんたらの時の必殺技なのか)」
「(ええ、おそらく)」
トイレブラシは勇者には肯定の言葉を返したが内心では妙な違和感を感じていた。
(確かに強力な魔技だけど……なんだが妙な感じですね……なんでだろう……)
「(おい便ブラ!)」
「(え、あ、はい。なんですか勇者様)」
「(今の炎の斬撃飛ばすやつってどうやんの?)」
「(心の中で強く念じながら剣を振れば出るはずですよ)」
「(ほほォ、なるへそ……)」
「(ああでも――)」
「(ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!)」
トイレブラシが言い終える前に勇者は剣を大きく振りかぶると念じながら勢いよく振り下ろした。赤い剣から飛び出た炎の斬撃は巨人の胴体に直撃し爆風と共に炎と砂が舞い上がる。
バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
「(……くくく……うひひひっひひひひひひひひひ……)」
「(……どうしたんですか勇者様……あと魔技を使う際の注意事項をちゃんと聞いて――)」
「(ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!)」
「(ちょっと聞いてますか!?)」
再び剣を振り下ろすと、斬撃は巨人の肩部分を消し飛ばす。
ズッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
鮮やかな赤い爆炎に彩られながら巨人の体は崩れかけていた。
「(う、うううううううううううううう……た、たまらん……あひゃ、あひゃひゃひゃ……)」
「(あの……勇者様……?)」
再び勇者は剣を振り上げ――
「(勇者様! 私の話を聞い――)」
振り下ろした。
バッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
炎が巨人に当たり、火が燃え広がる様を見た勇者は体を震わせた後、
「(あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!! 斬撃を撃つのって楽すぅぅうぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!! 撃つ際に手に伝わるほどよい振動、放たれた直後の鼻を衝く焦げ臭い香り、そしてそしてそそそそしてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!)」
勇者は一心不乱に剣を振り回しながら斬撃を撃ち続けた。
ズッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
バゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
「(この爆炎がたまらんぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!! ひゃっはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)」
「(な、なんかトリガーハッピーみたいになってる……!? 勇者様あんまり乱発しないでください……! 魔技にだってそれ相応のリスクが――)」
「(オラオラどうしたこのデクの棒がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! 俺様の必殺技を受けて身動き一つできねえかこらあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! この天才美形イケメン元破壊神の攻撃を受けて爆散しやがれえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!! 人様のことを言うに事欠いてイモ呼ばわりしやがったテメエは重罪だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! もう二度と日焼けサロンには行けないものと思えよガングロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!!!!!!)」
勇者はトイレブラシの言うことなど聞こえていないかのように無数の炎の斬撃を矢継ぎ早に放ち続けた。巨大な砂のゴーレムを赤い爆炎が覆い隠していき、三十発ほどの斬撃の後勇者は攻撃を止めた。
「(……こ、これだけやりゃあもう安心だな……圧倒的勝利……!)」
「(……いえ、まだ終わってないですよ勇者様)」
剣を地面に突き刺してそれを支えに立っていた勇者にトイレブラシは言い、それを受けた勇者は爆炎による煙が晴れると同時に驚愕する。
「(な、なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!??)」
ガゼルの巨人は全くの無傷だった、いつの間にか先ほど吹き飛ばした両腕も元に戻っている。
「(ど、どういうことだ……!? 結構吹き飛んでたはずなのになんで……!?)」
「(よく見てください勇者様)」
トイレブラシの言う通り巨人に注視した勇者の目にある光景が飛び込んできた。
ザアア、と砂が地面から巻き上がり崩れかけていた巨人の体を断続的に修復していた。
「(じ、自己修復機能……だと……)」
「(はい。砂がある限りあの巨人は再生を続けることができるようですね、このまま今の火力で攻撃を続けても決定打にはならないでしょう)」
「(だったらもっと火力を上げ――)」
「(無理です)」
「(なぜだ……!?)」
「(どういうわけなのかは知りませんがこれ以上火力が上がらないんですよ)」
「(なんだとォォォォ……!? お、おま、『火竜の剣』を手に入れれば勝てるとか言ってたじゃねーかコラ!! どういうことだ!!)」
「(私もそう思ってたんですけどね☆ エクスカリバーちゃん超誤算☆)」
「(へし折るぞこのプラスチックぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!!!)」
可愛らしい声を出して誤魔化そうとするトイレブラシを恫喝していた勇者だったが、再生を終えた巨人の両腕が襲い掛かってきた。
「(クソがもう一回ふっ飛ばしたるッ!!!! おらああああああああああああああああ!!!!)」
気合の叫びと共に勇者は剣を振り下ろし、振り下ろしてすぐに上段に切り上げて斬撃を二度放った。撃たれた炎の斬撃は二発とも巨人の両腕に命中し爆発した。
「(どうだッ! この天才の天才による天才のためだけに編み出された《冥王紅炎斬撃波》の威力は!)」
「(別に名前は付けなくていいんですけどね……)」
「(バカを言うな必殺技は名前が一番効果が二番と相場が決まっている。これで腕は吹きと――)」
勇者が巨人の腕は吹き飛んだと高をくくって安心し、剣を構えたまま格好をつけたポーズを取っていた時だった、爆炎の中から吹き飛ばしたはずの巨人の腕が現れ勇者を殴り飛ばす。
グシャッッッッッッッッッッッ!!!!!!
「(ぼげえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんぶるべばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??)」
化け物染みた巨大さとそれが生み出すバカ力によって生み出される衝撃に勇者はさらされ殴り飛ばされると二百メートル近く弾き飛んだ後、地面に落下するとさらに五十メートル以上転がりながら砂の摩擦によってようやく転がるのを止める。
「(えば、かぱ、ぷぷか……ぽぴい……ぷぷぺ……)」
「(勇者様!? お気を確かに!? しっかりしてくださいよ!?)」
巨人の一撃を受けたことが原因で精神に著しいショックを受けながらも勇者の肉体に大した損害はなかった。痛みで激しく精神こそ揺さぶられたものの肉体に被害が出なかったことにトイレブラシは安堵する。
「(精神の方は痛みでショックを受けていますが、よ、よかったー…、肉体の方は全然平気です…流石に上等な魔具なだけありますね『メルティクラフト』の精度も実に素晴らしい。肉体の頑強さは先ほどと比べ物になりませんね。もしさっきの状態のままだったらつぶれたあんぱんみたいになってましたよ。っとさっさと起きてもらわなくては……勇者様! 勇者様!!!)」
「(うぐぐぐ……ここはどこ……私は誰……)」
「(ベタな事やってないで早く起きてください。イケメンさんが来る前に作戦会議です)」
「(……作戦……ああ! そうか、ガングロとバトってたんだった!)」
勇者はようやくまともな思考状態に戻り、トイレブラシと作戦会議を始める。
「(……つーかずいぶんぶっとばされたな俺……あのファッションサーファー野郎……許すまじ……!)」
勇者は自身のいる場所に高速で向かって来ているガゼルの巨人を見ながら毒づく。
「(気合は十分みたいですね。では勝つための作戦を提案します)」
「(勝つための作戦って……そんなのあんのか? あいつ速攻で再生すんじゃん……火力上げられないなら完全に詰んでるだろこれ……しかもさっき攻撃した時なぜか腕が吹き飛ばなかったし……どうなってんだよホントさ……)」
「(さっき腕が吹き飛ばなかったのはおそらく再生と同時に硬化しているからかと)」
「(どういうことだ?)」
「(つまり再生前より防御力があがって復活するってことです)」
「(なんだよそれ!? 反則じゃねーか!? どうしようもなくね!?)」
勇者はトイレブラシの説明を聞き取り乱す。
「(落ち着いてください。確かに凄まじい能力ではありますが、勝つ見込みがないわけではありません)」
「(でもどうやって勝つんだよ? 攻撃効かないんだぜアイツ、火力でごり押ししようにもさぁ……)」
「(確かにこのままではジリ貧でこっちが負けるでしょうが、その前にこちらの火力を増幅して再生より早く巨人を吹き飛ばせば勝てます)」
「(増幅? いや増幅っつったって……なにで増幅すりゃあいいんだよ)」
「(思い出してください、あのイケメンさんのアルマジロみたいな鎧を吹き飛ばした時のことを。何か使ってたでしょう? 私が説明したでしょう?)」
「(……使ってたっけ……説明してたっけ?)」
「(……まったくこれだから低脳は……)」
「(なんつったてめコラ!!! 誰が低脳だ!!! アインシュタインが提唱した万有引力の法則は実は俺が前世ですでに発見してたんだすごいだろ!!! 断じて低脳ではない!!!)」
「(いえすでに低脳であることをご自分で証明したじゃないですか。万有引力の法則はニュートンですから)」
「(なん……だと!? いや嘘だ!!! そんなはずない!!! エジソンが相対性理論をつくってソクラテスがソーラーパネルを開発した後に織田信長がエアコンを普及させたのは世の中の常識!!!!!)」
「(ああもう結構です、低脳の押し売りは止めてください。じゃあ簡潔に説明しますが油の湖にあの砂の巨人もといイケメンさんをおびき寄せて魔力で引火して吹き飛ばすって寸法なんですけどいいですよねそれでって勇者様聞いてますか……)」
「(松尾芭蕉がウーロン茶をつくり徳川家康がコーラを取り寄せ、豊臣秀吉が日本にカップラーメンを普及させたあと……)」
勇者は自身が優秀であることを示すためにトンチンカンな毒電波を垂れ流し始めた。それを見たトイレブラシは小さきため息をつくとガゼルの巨人を見据える。
「(仕方ないですね。ここは私がやるしかないようです)」
トイレブラシは勇者の肉体を操り駆け出すと、油があった湖を目指して猛スピードで走り抜ける。だがガゼルのゴーレムも巨体を震わせながら勇者に追いつくと攻撃を仕掛けてきた。トイレブラシが操る勇者は攻撃をかわし続けるもリーチも違う巨人の攻撃に苦戦する。
「(くッ流石にきついですね。仕方ないですこうなったら奥の手!!!! はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)」
トイレブラシは吠えると自分のいる地面に向かって炎の斬撃を放った、すると当然地面が爆発し勇者もろとも吹き飛ぶ。巨人の手から逃れた勇者は六十メートル近く吹き飛び、砂に顔を突っ込む。
「(ぶはあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?? て、てめえ今度はなにやりやがった!!?? 滅茶苦茶体痛いんですけどおおおおおおおおおお!!??)」
「(おお、やっとド底辺な妄想から解放されたようですね。なによりなにより)」
「(なによりじゃないんだよこのすっとこどっこい!!!! 質問に答えやがれ!!!!)」
「(地面を爆破して爆風を利用することによって遠くに移動したんです、美少女策士エクスカリバーちゃんのおかげで移動距離と時間を短縮できましたよ。えっへんッ!)」
「(えっへんじゃねえよ!? つーか移動ってなんだ!? どこに向かってんだよ!?)」
「(それもきいてなかったんですかまったく……今度はちゃんと聞いてくださいね、勇者様が先ほど飛び込んだ油の湖を利用してイケメンさんのゴーレムを倒そうって話です。それで今私が勇者様の体を操作して湖に向かっているのですよ)」
トイレブラシが勇者に説明しているとガゼルが操る巨人が再び追ってきた。
「(おっと、説明している暇はありませんね。うっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)」
「(は、おま!? 何を!?)」
トイレブラシは勇者の肉体を操作すると剣を上に振り上げ、振り下ろすと炎が地面に衝突し爆ぜる。
ボッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!
「(おぶるあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者の体は衝撃で吹き飛び八十メートル以上空を飛んだあと砂に激突した。
「(おぶッぶ……き、き、きっさまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 何をしやがる!!!!!)」
「(いや仕方ないんですよ。勇者様がさっき魔技を連発したせいで『メルティクラフト』していられる時間があと数分から十数分くらいしか残っていないのです。魔技は詠唱しないで強力な魔術が使える優れものではありますが、魔力を大量に消費する大技でもあるんです。なのに勇者様が話を聞かず無計画にバコンバコン撃つから『メルティクラフト』を維持する魔力が残り少ないのです。それで私が魔力を計画的に使った最小限の威力の魔技での移動という神がかり的な発想を得たわけですね、はい。これなら湖までものの十分ほどで着きますですよ。それではもう一発――)」
「(ちょっと、ちょっとまて!? わかった俺が話を聞かなかったのは謝る、だからちょっとま――)」
「(いえそんな時間はありません。とりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!)
トイレブラシは勇者の言葉を遮ると剣を振り上げたあと振り下ろす。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!
「(くわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者の体は放物線を描きながら空高く舞い上がった後、地面に落下した。
ドスンッ!!!
「(ぐえッ!!! ……お、おいおいおい!!!! その頭の悪い移動方法をやめろと言って――)」
「(てやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
「(話聞けプラスチックううううううううううううううううううううううううううううううう!!??)」
ボゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!
「(ぽげらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)
勇者は吹き飛んだ。
そして何度となくそれは繰り返される。
「(おりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!
「(ぬわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者は再度吹き飛ぶ。
「(おらおらおらああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
「(こぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??)」
勇者はさらに吹き飛ぶ。
「(でりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
「(ぬぺええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??)」
勇者は華麗に空へと舞い、ガゼルの追撃を見事かわしきり、何度目かの爆発を経て油の湖に到着した。ヤシの木に似た植物が生い茂る草に囲まれた地帯に勇者は寝そべる。
「(到着しました! これで逆転できますよ!)」
「(て、てめ……お、ぼとけよ……いつかスクラップ工場に送ったる……)」
明るいトイレブラシの声に勇者はどす黒い怨念のこもった声で応答する。
「(何を怒ってらっしゃるのですか。殺されそうになっていたのをこの美少女の奇策が救ったというのに)」
「(何が奇策だてめえに殺されそうになったっつーの!? ったく心も服も体もボロボロだぜ……)」
勇者の学ランとワイシャツはすでにボロボロになっており、上半身裸のようなものだった。
「(服と体はあとで治しますよ)」
「(心は治らない!!!)」
「(ドラマのセリフじゃないんですから……っと、そんなこと言ってる場合じゃありませんよ)」
トイレブラシの言う通り、ガゼルが操る巨大な砂の巨人が砂漠を滑るようにして勇者に高速で近づいて来ていた。どこまで逃げてもガゼルには追いつかれるということを理解した勇者はため息をついた。
「(し、しつこい奴だ。ってか本当に油使ってあの化け物倒せるんだろうな? いや、確かにさっきはアイツのアルマジロみたいな鎧は壊せたのかもしれないけど、あの巨人を回復がおっつかないほどに吹き飛ばせるとは到底思えないんだけど)」
「(理論的には可能なはずですが、まああれですよ。百聞は一見に如かずっていうじゃないですか、とりあえずやってみましょうよ。このまま何もしなければ間違いなくマッシュポテトですよ、ミスターポテトフェイス殿)」
「(変な呼び方すんな!!! ……まあいいや、どうせ他に作戦なんてねえしな。これであのガングロに俺の顔を侮辱した罪を償わせられるのならなんでもいいぜ)」
「(決まりですね、ではさっそく取り掛かりましょう! まず油の湖がある場所に向かってください!)」
トイレブラシは言うと勇者は無言で従い、木々が生い茂る場所を抜けて湖に出た。
「(で、どうする?)」
「(イケメンさんと向かい合う形になりたいので湖の反対側に移動したあと、剣の切っ先を湖の中に入れてください。あとはイケメンさんが到着するのを待ちます)」
「(なんだ意外と簡単だな)」
勇者は言われた通りに動き、湖の反対側に到着すると剣の刀身を油につけてガゼルを待った。しばらくすると砂煙をあげながら巨大な砂のゴーレムが突進し、数少ない緑を押しつぶしながら現れる。
「(来やがったぞ便ブラ!)」
「(はい、でもギリギリまで引き付けてからにします。なにしろこれが私たちの使える最後の魔技になりますから。確実に決められる距離までは待ちましょう)」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ。
ガゼルの巨人の音が勇者を内心焦らせたがトイレブラシはまだオーケーサインを出さず、距離は詰まる一方だった。
「(おい!? まだか便ブラ!?)」
しびれを切らした勇者は叫ぶ。
「(もうちょっと待ってください。あと少し)」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ。
ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
「(べ、便ブラ!? も、もういいだろ!!??)」
巨人は油の湖の中に突入してもなお直進を続け、とうとう勇者の目の前に迫った。だがトイレブラシはいっこうに指示を出さず、押しつぶされる寸前までの距離になる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
「(わああああああああああああああああああああああああああああ便ブラああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
「(よし、着火☆)」
トイレブラシが軽く呟いた瞬間だった。
真紅の焔が湖と巨人を覆い尽くした。
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
真っ赤な火柱が立つと同時に火の勢いが縦から横に変わってゆき、巨人を正面から焼き尽くそうとしていた。轟音をたてて燃え盛る炎に押され、巨人は勇者から徐々に遠ざかって行った。
「(うおおおおおおお! す、すげえッ! あの巨体を炎の勢いだけで押しのけやがった!)」
「(えへへー、当然ですよ。まあ私にかかればこのくらいは朝飯前ですね)」
「(し、しかし剣が炎の噴射してる反動で滅茶苦茶重い……! 俺まで巨人と反対方向に吹っ飛びそうだ……!)」
噴き出す炎の勢いは勇者にも襲いかかり、今にも剣を投げ捨てたい衝動にかられる。
「(我慢してください! これが最後のチャンスなんです! 今剣を手から離したら間違いなくイケメンさんの巨人を倒せず、そして殺されてしまいます! 今が踏ん張りどころですよ勇者様!)」
「(た、確かにな……! チキショウやってやんよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」
勇者は気合を入れ直すと剣を力強く握りしめ腰を落として踏ん張った。
そんな時、ガゼルは炎に押される巨人の中で歯をくいしばって耐えていた。
「ぐううううううううううううううううううううううう!!!! なんつー火力だ!!!!! こんな奥の手残してたのかよ!!!!! ただの魔技の火力でここまでなるのか!!!!! くっそおおおおおおおお負けるかああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ガゼルの咆哮とともに巨人は炎にあらがうために進みだし、勇者は驚く。
「(進んできやがった!? 便ブラどうする!?)」
「(魔力で火力をさらにあげます! 勇者様はしっかり剣の柄を握っててください!)
勇者が剣を握る力を強くした途端、剣から噴き出る炎の威力がさら増強された。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
砂の巨人は再びその威力に押し返される。そして次第に巨人を形成していた砂が焼けこげてはがれていき、徐々にだが巨人の体が崩れ始めた。
「(おおすごいぞ!!! これなら吹き飛ばせる!!! 勝てるぞ便ブラ!!!)」
「(はい! 私は魔力制御をやっておくので勇者様もしっかり剣を握っていてくださいね!)」
「(まかせておけ!!! って言いたいけどそろそろキツイィィ……!!!)」
「(頑張ってください! あと数分もすれば勝てます!)」
「(そ、そうだな……!!!)」
勇者は崩壊していく巨人を見据えながら腕に力を入れる。
ガゼルは崩れゆく巨人の中で自らの敗北を覚悟した。
「く……そ……ここで終わるのかよ…………いや、まだだ……まだやれる!!! まだ負けられねえ!!!!!」
だがガゼルはアイオンレーデや他の国々の惨状思い浮かべ、負けられないことを思い出し、吠えると全ての魔力を巨人の肉体維持にまわした。
すると黄土色だった巨人の肉体が灰色に変化した。纏う砂の量も跳ね上がり、刺々しい鎧を纏った武士のような外見に変身した巨人は赤い炎を両手で押しのけながら勇者のいる方向に向かい始めた。
「(うぇえええええええええええええええええ!? なんだれ!? 覚醒か!? 追い詰められて覚醒したのか!? 追い詰められて覚醒するとか主人公なのかアイツは!?)」
「(魔技は使い手の感情に応じてその力を強化されると聞いた事はありましたが実際に見たのは初めてです……勇者様よりも主人公力が高いですね)」
「(なんだとてめえ!!! だったら俺だって、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)」
勇者は感情を吐き出すように叫んだ。
「(すごい気合ですね! これなら――)」
何の変化も起こらなかった。
「(……やはり底辺の叫びでは駄目みたいですね。天才が叫ばなきゃそういう展開にはならないみたいですね、世知辛い世の中です)」
「(バカなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
勇者がありえないと思いながら声にならない絶叫をしている間にも覚醒したガゼルの灰色の巨人は炎をかきわけて進み続ける。
「(おいやべえよこっち来るぞ!? どうすんだこれ!?)」
「(土壇場で覚醒してくるとは完全に予想外でしたよ。ふぅ、やれやれ)」
「(やれやれじゃねえよ!? おまッ!? まさか万策尽きたとか言わないよな!?)」
「(いえ、最後の手段がまだ残っています)」
トイレブラシは勇者に神妙な声で最後のプランの存在を告げた。
「(なんだあるのか! だったらさっさとやろうぜ! もうすぐきちゃうよアイツ!)」
「(……そうですね。では勇者様、自爆攻撃の準備に入り――)」
「(ちょっと待て!!??)」
巨人が徐々に自分に向かって進んでくる中で勇者はトイレブラシの放った言葉に耳を疑った。
「(……今、なんつった?)」
「(自爆攻撃の準備に入ると言ったのですよ)」
「(ふざけるなボケ!!!! 最後の手段って自爆かよッ!!!!)」
「(しかしもうこれしかあのゴーレムを打ち倒す手段がないのですよ。勇者様がゴーレムに向かって前進し、威力を倍増させた爆炎をぶつけることで勇者様もろとも吹き飛ばすしかないのです。というわけで、よいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)」
「(て、てめ、やめろ、か、体を勝手に動かすんじゃない!!??)」
トイレブラシは勇者の肉体を乗っ取りゴーレムに前進しようとしたが、他ならぬ勇者自身がそれを拒否して抵抗したため、二つの意思がぶつかりあい肉体が硬直した。
「(勇者様! いい加減諦めてください! 大丈夫ですよ、私たちの体は炎の耐性があるので爆発しても死にはしませんから!)」
「(私たちの体ってなんだてめえの体じゃねえだろが! 俺の体なんだよ! それに耐性があるっつっても滅茶苦茶痛いじゃねえかボケ! 痛みを感じんのは俺なんだぞ、もっと別の案を考えろ! 皆が幸せになる案以外は認めませんよ!)」
「(何がみんなが幸せになる案ですか! 痛いのくらい男らしく我慢してください!)」
「(黙れ! 今のゆとりは痛みと苦しみにたいそう弱いんだよ! 俺もその例に漏れないんだ!!!)」
「(威張ることじゃないでしょう! この土壇場に来てビビッてどうするんですか!)」
「(大事な場面で一歩引くことも勇気なんだよ!!! とにかく自爆は却下す……る、あれは……いや、そんなまさかいやでも……)」
「(どうしたんですか勇者様急に……)」
勇者は巨人の頭の部分を見た瞬間、動揺し始めた。
「(頭の部分……本みたいなものが見えるだろ……?)」
「(頭の部分ですか? ……ああ、確かに何かの本、というか雑誌のようなものが見えますね)」
ガゼルが覚醒したことにより巨人の体が変形したためか、砂に埋もれていたものが露出して頭部から飛び出る形で勇者とトイレブラシに見えた。
「(そんなことより巨人を倒すために前進を――)」
「(ちょっと魔力で視力強化してくんない? あの雑誌のことをもっと正確にこの目で捉えたい)」
「(いえ、ですからそんな場合では――)」
「(いいから)」
「(……わかりましたよ。でも時間がないので一瞬だけですよ)」
時間や魔力がないにもかかわらずトイレブラシは勇者の真剣な声に押される形で死力を強化した。勇者の赤い瞳が燃えるように輝き、ガゼルの頭部にあった雑誌の正確な形や本の内容が目に映った。
「(……やはり……そうだったのか……)」
「(……あれって……エルフの……えっちな本ですよね……)」
『爆乳エルフ全集~えっちなエルフは嫌いですか? エロエルフの全て~』
とタイトルが書かれ、金髪で肌の白いエルフと銀髪で褐色のダークエルフがくんづほぐれつした表紙のアダルト雑誌が巨人の頭部にはまっていた。
「(……将軍の荷物の中身、でしょうね……まあそんなことはどうでもいいです! それよりも勇者として前進する覚悟を持っていただきた――)」
ザッ。
トイレブラシが言う前に勇者は一歩踏み出した。
「(え、どうして、勇者様……)」
「(……将軍の奴、いい趣味してるじゃねえか……タイトルからしてそそられるぜ……早くこの手でページをめくって中身が見たい……淫乱エルフの写真が見たい……)」
ザッ。
ザッ!
ザッ!!
ザッ!!!
勇者は炎の反動で押されながらも歯をくいしばりながら進み始めた。
「(俺は勇者!!! 勇敢なる者!!! 命を賭して奴を倒す!!! 例え体が自分の能力で焼けようが必ず奴を倒し、そして――)」
ザッッッ!!!!!
「(あの化け物《砂の巨人》から彼女《エロ本》を救い出すッ!!!!!!)」
一際強く地面を踏みしめた勇者は油が消えかかり、底が見え始めた湖の中を歩き出した。
「(……動機は最高にカッコ悪いですが……まあやる気出していただけたのなら結構です……)」
「(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!)」
トイレブラシの冷たい言葉など聞こえていない勇者はエロ本を手に入れるために動き出した。
ガゼルは前進してくる勇者を見ながら巨人の中で笑う。
「真向勝負か、いいぜ受けて立つッ!!!!!」
ガゼルは叫びながらさらに巨人の速度を上げた。
「(貴様の中にあるエロ本は俺がもらうぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!)」
「俺は負けられない!!! アイオンレーデや『呪界』に飲み込まれた他の国々のためにも負けられねーんだよ!!!! ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
勇者とガゼルは叫びながら進み、湖の中央付近で両者は身動きがとれなくなった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
赤い炎の衝撃が生み出す反発は凄まじく、勇者は剣から噴き出る炎の反動で一歩も動けなくなり、ガゼルは剣から放たれる炎の威力で巨人の動きを止めざるを得なかった。
勇者から二十メートルほど距離をとっていたガゼルは考えていた。
(く……! ここが限界ギリギリのラインか……! ここから先には進めねえ……先に進めば巨人が灰になりかねない……だがそれは赤毛くんも同じはず……! 放つ炎の衝撃が生み出す魔力の反発が凄まじいうえにこれ以上進めば炎の攻撃を自分の体にも受けかねない……! 何かを仕掛けるならばこの距離が最低のライン……赤毛くんが何かを仕掛けてくる前に俺が先に決める……!!!!)
ガゼルは心の中で決めると巨人の体がさらに変形し始めた。
一方、トイレブラシも勇者に指示を出そうとしていた。
「(勇者様ストップです! ここからは先に進まないでください。これ以上進むと魔力の反発で死にかねません、ここから私がフルパワーで炎を巨人にぶつけて吹き飛ばします。でもおそらく炎の余波がここまでくるでしょう、無傷で勝利とはいえませんが勝つためにはこれしかないのです。まあでも、ここから先に進まなければ死ぬことはないので安心してください。だだ一歩でも進んだら命の危険があるので注意してくださいね)」
「(わかったよ。でも狙うなら首から下だけを狙えよ、エロ本が燃えるからな)」
「(この期に及んでまだそんなことを……出来る限りは考慮します)」
「(絶対と言いなさい絶対と。絶対に成功させなさい)」
「(……約束はできませんがとにかくいきますよ! はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)」
トイレブラシの気合の叫びと共に紅蓮の炎が勢いを増していき、巨人全てを覆い尽くした。勇者と巨人の周辺地帯は灼熱の炎により燃え上がる。息をするのも苦しいほどの熱気が場を満たし、ガゼルもその炎を受けて苦しそうに巨人の中でうめいていた。
「なんつー炎だ……!!! 隊長と同格か……!!! いや、もしかしたらそれ以上かもな……!!! これ以上は俺のゴーレムがもたねえ……!!! だがその前に決めさせてもらうぜ……!!!!」
ガゼルの操る巨人は真紅の炎を手で受け止めていたが、しだいにその手は形を変えていき、右手と左手の形が変形していった。その形状はまるで槍のようで、巨人はそのドリルのような手を回転させながら炎をえぐり勇者に攻撃を開始した。両手のドリルは炎の壁を突き破ると勇者の眼前に露わとなった。
「もらったッ!!!! 俺の今撃てる最強の一撃だ!!!! これで今度こそお前を倒す!!!!」
ガゼルの巨人のドリルが高速で回転しながら炎を押し返し始めた。
「(く……!!! やりますね……!!! ですがこちらも負けないですよ……!!!)」
トイレブラシも気合を入れ直し、放つ炎の勢いを激しくすることでドリルを押し出そうとした。
「貫けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
「(そんな!? 破られる!?)」
炎とドリルのぶつかり合いはドリルの勝利で幕を閉じ、勇者の眼前にドリルが迫ったその時。
「(ん……またノイズかよ……くそこんな時に……!!!)」
ザアアアア。
ガゼルの叫びが木霊した時だった、ノイズと共に再び勇者の言語機能は回復した。
そしてガゼルの魂の叫びをまたもや勇者は聞き違える。
「『この脂ぎった揚げポテトが!!!! 油ぎっしゅなその顔面は不細工な顔によく合っているぜ!!!! このドリルで今度こそお前のギッシュなイモ顔をマッシュしてやるぜポテト野郎!!!!』
「(き、キッ様ぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ 一度ならず二度までも、もう許さんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!)」
超えてはいけないラインを踏み越えて罵声を浴びせてきた、とそう勘違いした勇者はトイレブラシに言われた超えてはいけないラインを踏み越えてガゼルに突進していった。
「(ちょっと勇者様!? だ、ダメですよ!!! 本当にこれ以上進んだら余波で――)」
「(知るかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ奴は超えてはいけないラインをさらに超えてきやがったつまりは死刑にしてくださいと言ってるようなものなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)」
ドリル攻撃をかわしながら巨人の足元にやってきた勇者は油がまだわずかに残った湖の底に剣を突き刺した。
「(やれ便ブラ再点火しろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!)」
「(勇者様……わかりました。しょうもない理由ではありますがその覚悟、確かに受け取りました。いくら耐性があるからといってこの距離では間違いなく私たちも致命傷を負いますが……共に散りましょう!)」
トイレブラシは静かに勇者に言葉を返すと、剣の炎が再び燃え上がり大地を赤く染め始めた。
ガゼルは勇者の行動を見て驚きを露わにする。
「な……!? この距離であれをもう一度やるつもりか!? 自分も吹き飛ぶぞ!?」
「『なはは! その距離で撃ったらてめえも焼けるぜ、焼き芋になりたいのか?』」
「(焼き芋になってでも貴様だけは倒してやるぜえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!)」
勇者の翻訳機能は焼き芋の罵声を最後にもとに戻った。
そしてトイレブラシは最後の魔力全てを使い果たすつもりで叫ぶ。
「(いきます勇者様! ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!)」
ボオオオオイオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!
炎が巨人の足元から噴き出しその巨体を覆い尽くし、そして勇者もろとも焼き尽くす。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ガゼルはその身を焼かれる苦しみで絶叫しながら勇者に対して心の中で思う。
(……くっそ……あと一歩だったのに……よ……自分の身も顧みずに……大した奴だぜ……これも信念のなせる業か……完敗だな……)
ガゼルは表情一つ変えずに炎に焼かれる道を選んだ勇者の信念を称えた、
「(あああああああああ熱いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやっぱりやるんじゃなかったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?? つーかエロ本があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??)」
が早速勇者は炎に焼かれながら後悔し始めていた、そしてエルフのエロ本が火に焼かれていることに気が付いた。
勇者とガゼルを包みながら炎はしだいに火柱から球体に変化し、そして爆発した。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
周辺一帯はその爆発に巻き込まれ、完全に吹き飛び勝負は決着した。ガゼルは一定以上のダメージを受けた影響で胸の魔法陣が輝き、アイオンレーデまで飛ばされた。そして勇者は自身の起こした爆発に巻き込まれ彼方まで飛ばされた、と同時に『メルティクラフト』も解けて砂漠の地面に激突した。
「……な、なんとかなりましたね。いや~、危なかった。流石金髪のイケメンさんのお仲間なだけありますね、割と真面目に死ぬかと思いました」
トイレブラシは勇者の左手に握られながらほっと一息ついたが黒髪の勇者本人は『火竜の剣』を右手に握りしめたまま黒焦げでのびており、会話できる状態ではなかった。
「それにしても辺り一帯吹き飛んでずいぶん遠くまで飛ばされちゃいましたね。ここは……ってここラムラぜラスの入口じゃないですか。戻ってこれたみたいですね、不幸中の幸いです。それに……」
トイレブラシは横目で砂に埋もれているパンツ一丁の人物を見た。
「将軍も一緒に吹き飛んできたみたいですし。エロ本は燃えてしまいましたが、まあ全体的に見ればいい結果ですよねこれは。よかったよかった、しかも『火竜の剣』も手に入ったんですし万々歳で――」
トイレブラシは勇者の手に握られていた『火竜の剣』を凝視した。
「……あれ……魔石が……足りない……」
『火竜の剣』の柄にはめられているはずの魔石が足りていなかった。柄の下の部分に一つ入った魔石だけが輝いており、鍔の近くにある表と裏の二つのくぼみには何もはまっていなかった。
「はぁ……どうりで違和感を感じたはずですよ……火力も上がらないし……まだ完璧な『メルティクラフト』にはほど遠いってことですね……」
トイレブラシはため息をつきながら黒焦げでボロボロの勇者の体を操作すると将軍の体を掴み王都に戻った。
一方ガゼルはカーマインの近くの『呪界』の入口に帰還し、レオン達に抱きかかえられていた。
「ガゼル! しっかりしろガゼル!」
レオンはガゼルの焼けこげた体を抱きかかえながら呼びかけた。
「……わ、わりぃ……負けちまった……赤毛くん、マジでつえーわ……」
言った途端ガゼルは意識を失い、レオンはそれを見て目を見開いた。
「ガゼル! ガゼル!」
「大丈夫ですよ、レオン君」
「シャルゼ……」
ガゼルの体を激しく揺さぶったレオンを止めたのは穏やかな笑みを浮かべたシャルゼだった。
「気を失っているだけのようです。魔力の流れも正常で命に別状はありませんよ」
シャルゼは青紫色に光る眼でガゼルを見た後レオンに告げる。
「……そうか……すまない。取り乱した」
「仕方ないですよ。気にしないでください」
シャルゼがレオンの肩に手をかけ、二人の後ろにいたディーズが部下を手で呼びガゼルを運ばせた。
「……よく戦ったなガゼル。ゆっくり休め」
ディーズは担架で運ばれるガゼルにねぎらいの言葉をかけ、レオンとシャルゼもガゼルに対して手を胸に当てて敬礼した。
「……しかしガゼルが敗れるとはな……」
「ええ。鉄壁の防御力と再生力、そして要塞のようなガゼルのゴーレムを破壊して傷を負わせるとは……やはり僕と戦った時は本気を出していなかったのだと思います……」
ディーズが腕を組みながら言った言葉にレオンが即答した。
「……ガゼルの回復を待って赤毛の剣士の魔技を聞き出し対策を立てよう。シャルゼ、次に『呪界』に侵入するのはお前の番だったな?」
「はい、そうです」
「ならばお前は特にガゼルからよく話を聞いておけ」
「わかりました」
シャルゼは微笑むと、瞳を青紫色に光らせた。
二人の会話の途中、レオンは黒い結界の中にいる赤毛の剣士に思いを馳せる。
(ガゼルの絶対防御を破るなんて……赤毛の剣士……いったいどれほどの力を秘めているというんだ……)
金色の髪を風になびかせながらレオンは虚空を睨み付けた。




