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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
22/42

21話

 南門から砂漠へと旅立った勇者は学ランの上からフードの付いた厚手のローブを着ながらレムの上で地図を見ていた。

「今、ここの地点だから……えーっと……このまま西に15キロか……そしてついたら今度は北に20キロ……そのあとさらに……だー! 言いたくねえ! あー長い道のりになりそうだなクソ……」

「結構遠いですね。レムの速度的に考えても今夜は野宿になりそうです」

「車なら日帰りできる距離なのに……」

「異世界にそんなものありませんよ」

「なんでないんだ……パチンコ屋つくるくらいなら車作れよ……砂漠を走れる車をつくれよ……異世界にパチンコ屋さえなければパチンカスが借金して『火竜の剣』を持ちだすなんて暴挙に及ぶこともなかったろうに……!」

「いや……パチンコ屋が無くても違うギャンブルにはまって借金してたと思いますよ……」

 勇者は砂漠の熱い気温にやられてダウン寸前にまで陥っていた。灼熱の太陽は容赦なく体から体力を奪い、定期的に水を補給していなければ死んでいたのではないかと思うほどに、勇者は疲労していた。その後多少の愚痴を言いつつも勇者は目的地まで着々と距離を詰めていき、あと三分の一ほどの距離というところで進むのを止めた。

「勇者様、日も落ちてきましたし、今日のところはここまでにしましょう」

「そうするか。となると野営の準備だな……ん? なんだあれ……」

「どうしました?」

「いや……なんかあそこ砂が変に盛り上がってないか? それに隣になんか置いてある。なんだあれ、ドラム缶か?」

 勇者が目を凝らし、指差した先にはどういうわけか砂が不自然に盛り上がっていた。そして隣にはなぜかドラム缶が置いてあった。

「……確かになんか下にあるように思える形ですね……しかも隣にあるのはドラム缶、ですね」

「だろ? ちょっと見てみようぜ。お宝が埋まってるかもしんないし」

「多分大き目の石とかだと思いますけど……」

 トイレブラシは下に埋まっている物はたいしたものではないと予想したが、好奇心旺盛な勇者は瞳を輝かせながら砂を右手で払いのけて行った。やがて全ての砂を払いのけるとそこには、

「……人、だな」

「……人、ですね」

 干からびた人が姿を現した。

「……遭難者か……可哀想に……こんな干ぴょうみたいになっちゃって……」

「……そうですね……こんなあられもない姿になってしまって」

 死んでいると思われた人の格好はとても珍妙なものだった、それこそ砂漠にいるとは思えないほどに。上半身は半袖のピンクのTシャツ、下半身は白いトランクス一丁、それが遭難者の格好だった。そして遭難者の所持品はたすき掛けにした風呂敷に入れられたコップと鍋だけ、と所持品自体もかなり変わっていた。

「……安らかに眠ってくれ」

 手を合わせた勇者は先ほど砂がかけられていたのと同じように干からびた死体に砂をかけた。

「ふぅー……喉乾いたぜ……」

 ひと仕事終えた勇者は腰に下げた水筒のキャップを開けると、水をゴクゴクと喉を鳴らしながらおいしそうに飲み始めた。すると先ほど埋め直した砂の山がもぞもぞと動き出す。

「……今、動かなかったか……?」

「気のせいではないですか? あんな干からびた人が生きているはずはありませんし」

「……そうだよな……」

 勇者は再びグビグビと水を飲みだした、だがやはり砂が動く気配がし、飲むのを中断する。

「……便ブラ……動いたよな」

「……はい、私も見ました。もしかしたら生きているのかもしれませんね。勇者様の水を飲む音に反応しているように見えましたし、水が飲みたいのかも」

 勇者はゆっくりと砂の山に近づくと、砂を払いのけ、奇妙な恰好の男をひきづり出した。そして干からびた男の頭に水筒の水を垂らす。ぴくッ、というわずかな動作の後、男は、

「……ぴゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 奇声をあげながら勇者に飛びかかった。

「うわああああああああああああああ!? なんだあああああああああああああああ!?」

 勇者は飛び退くことで男から逃れることが出来たが、代わりに水筒をひったくられた。

「んく、んく、んく、ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!! うまい!!!」

 干からびた男は水筒に入っていた水を全て飲み干すと、つばを飛ばしながら生ぬるい水の味を絶賛した。見ると、水分を摂ったからか干からびていた皮膚が幾分か潤ったように見え、ここで勇者は始めて男の顔を確認した。

「お、おい! アンタ、もしかして……」

 勇者は男の顔を見るなり驚きの声を出し、男の方も勇者に向き直る。

「いやーかたじけない! どこのどなたかは存じ上げないが助けていただき感謝しますぞ! ありがとうございました!」

「あーいやいや、どういたしまし、ってそうじゃなくて!」

 勇者はレムに積んだ荷物の中からスティーブ将軍の写真を取り出し、目の前の男と見比べた。

「やっぱり! アンタ、パチンカス、じゃなくってスティーブ将軍だろ?」

 目の前の男は写真と見比べると若干やつれているようにも見えたが間違いなく探し人のスティーブ将軍であると勇者に確信させるほどによく似ていた。

「はい、確かに私がスティーブですが、なぜ我が名を知っておられるのですか? 見たところウルハ国の人間ではないようですが……」

「俺は異世界からウルハ国に召喚された勇者なんだ。ウルハ国と他の国がやってる目玉焼き戦争を終わらせるために俺はここにいる! ……言ってて最高にバカな気分になってきた……なんだよ目玉焼き戦争って……」

 勇者はこんな説明で大丈夫だろうか、と思ったが将軍はうんうん、頷きながら笑顔で勇者の説明に納得しているようだった。

「なるほど! そうでしたか! あなたが目玉焼きに何をかけるかという争いのために異世界より呼ばれた勇者様なのですね! 目玉焼きのために世界を超えてきてくださったのですね! 目玉焼きがあなたの存在理由なのですね!」

「……うん、まあそうなんだけどさ。そんなに目玉焼き目玉焼き連呼しないでくれない? すごく悲しくなってくるんだ……」

「なぜですか? とても立派な理由ではないですか!」

「どこがだよ……いや、いいや。それより聞きたいことがあんだけどいいかな?」

「はい、なんでしょうか」

 将軍は疑問を表情に出しながら勇者に問いかけ、勇者は本題を切り出す。

「アンタが物置からパクった『火竜の剣』のことなんだけ――」

 将軍は逃げ出した。

「待てコラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 後ろから背中目掛けてボディプレスした勇者は将軍をうつぶせのまま押し倒した。

「かかかか、『火竜の剣』な、なななななどししし知りませんぞ! わわわ、私は何も知りませんぞ!」

「往生際が悪いぞ! もうネタはあがってんだよ! 王様にも他の奴らにもバレてんだよ! いいから俺の話を聞けって!」

 暴れる将軍を取り押さえた勇者は強引に話を聞かせようとした。

「安心しろって、アンタは湖の噂を確かめるために『火竜の剣』持ちだしたってことになってっからさ。だから王様とかはアンタが国のためにしたって思ってる。逃げる必要はないんだよ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ、つまり『火竜の剣』さえ戻ればお咎めなしってことだ」

「よ、よかった。てっきり盗みがバレて私を討伐に来たのかと思いましたぞ」

「誤解が解けてよかったよ。それで『火竜の剣』は今どこにあるんだ? あるならさっさと俺に渡してくれ」

 勇者は手を将軍に向かって差し出した、が将軍はなぜか冷や汗をかきながら固まっていた。

「どうした? あ、もしかしてさっきの説明だけじゃあ俺の素性が知れないから渡せないってことか? だったら、っとほら」

 勇者はレムに付けられた王家の紋章が描かれた鞍を取り外すと、スティーブに見せた。

「これでいいだろ? 王家の紋章だぜ。 さあ、渡してくれよ」

 もう一度手を差し出した勇者だったが、やはり将軍は黙したままうつむき、脂汗を顔中ににじませるだけだった。

「……どうしたんだよ。まさか、湖で『火竜の剣』を投げ込んでマジで妖精だか精霊に願いを叶えてもらえたのか」

「……いえ、実はまだ問題の湖にはたどり着けていないのです。旅の道中、急な砂嵐に遭い、荷物もまとめてどこかにいってしまいまして……その時に『火竜の剣』も……」

「……マジかよ……」

「……マジです……ああああああああああああ!!! どうしたらいいんだ!!! 借金が残っているというのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! 湖の妖精に願いを叶えてもらえないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「……湖の妖精なんているかもわかんねーのに頼るくらいなら真面目に働けよ。はぁ、どうすっかなあ……これはもう絶望的だ。こんなバカデカい砂漠の中から剣一本見つけ出すなんて至難のわざだろ……多分どっかしらに埋まっちまってるだろうし」

 勇者はやみくもに探すことは無謀だと考え、トイレブラシに相談する。

「(なあ、お前『火竜の剣』の魔力反応探れる?)」

「(ちょっと難しいですね。ある程度範囲が絞り込めないと流石に……)」

「(やっぱりそうだよなぁ。お前的にこのまま探索続けて成果が出ると思う?)」

「(どうでしょうか……無駄足に終わる可能性がないとは言い切れないですね)」

「(そうか……ならやめるか。帰ろう)」

「(ええ!? 諦めるの早くないですか!? もうちょっと粘りましょうよ!)」

「(嫌だよめんどくせえ。バカな奴ほど諦めが悪いが、頭の良い奴は早々に諦めるのさ)」

「(なら勇者様は粘らないとダメじゃないですか!)」

「(なんだとてめえ!)」

「(なんですか!)」

「「((こんちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!))」」

 勇者とトイレブラシはスティーブ将軍の目の前で殴り合い始めた。そしてスティーブ将軍は突然トイレブラシ相手に一人で殴り合いを始めた勇者に奇怪な視線を向ける。

「……あのぉ……勇者様……何をなさっているのでしょうか……」

 将軍の視線と引き気味の言葉に気づいた勇者は喧嘩をやめると、ばつが悪そうに咳ばらいをした。

「……なんでもない……とにかく……もう妖精さんに頼むのは諦めた方がいいぜ。『火竜の剣』がどこにあんのかわかんないんだからさ。あれだ、噂を確かめるために『火竜の剣』は湖に投げ込んでしまいました、とかなんとか言って王様に説明すりゃあ大丈夫だよ。どうせ押し入れに入ってた名ばかりの国宝だし。国民の噂を鎮めるために涙を飲んでやりました、とかハンカチ噛む演技でもすりゃあ完璧よ」

「……やはり……諦めるしかないのでしょうか……くッ……借金が……」

「まぁ、あれだ、借金は地道に働いて返しなよ。将軍なんだし給料いいだろ?」

「……ぐうう……わかりました……『火竜の剣』は諦めます……」

「よし、決まりだな。じゃあ明日にでも帰るか。実をいうともうすでに疲れて帰りたくなってたんだよね。使命のために我慢してたけどさ。いや~でもしっかたないよね~これは、これは俺悪くないもんね~」

 悔しそうに歯噛みする将軍にあっけらかんとした様子で帰宅を提案した勇者は内心とても喜んでいた。

「……はぁ……せめて私の荷物だけでも見つけたかったのですが……」

「荷物? なんか大事なものでもあったのか?」

「……ええ……財布、家の鍵、将軍としての証の腕章……」

「へえ、大切なものばっかだな。でももう無理だよ、こんな砂漠に落としちまったのなら諦めるしか――」

「……エルフのヌード写真集……娘からのプレゼント……」

「ちょっと待て」

 諦めるしかない、という言葉を取りやめて勇者は将軍の言葉を遮った。

「……なんでしょうか……?」

「今、なんて言った? 今すごい命よりも大切なものを失くしたと俺には聞こえたんだ」

「……わかってしまいましたか。そうです、私にとって財布や将軍としての腕章より大切なものを失くしてしまったのです。そう、愛娘からのプレゼン――」

「それじゃない」

 勇者は即否定した。

「……いえ、これが私にとって最も大切なものなのですが……」

「いやプレゼントの前に言ったやつだよ。もう一回言ってくれる?」

「娘からのプレゼントの前ですか? ……もしやエルフのヌード写真集のことでしょうか? まぁ、あれは欲求不満にならぬようにと持ってきただけで所持品の中では価値的には劣るのでこれは諦められ――」

「駄目だよ」

 勇者は真顔で否定した。

「諦めるなよ!!! やれば出来る!!! なんで諦めちゃうんだよ!!! やろうじゃないか!!! 見つけよう荷物!!! よっしゃあああああああああああああああああああああ!!! やる気出てきたああああああああああああああああああああああああああああ!!! よーし、ついでに『火竜の剣』も見つけちゃうぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 呆気にとられる将軍をよそに勇者は荷物を探すことを選択した。

「(……ついでじゃなくてメインなんですけどね……まったく……任務よりもエッチな本の方が大切なんですね勇者様は……)」

「(当然だろお前! 押し入れに入ってたカビ臭い剣なんかよりも生エルフのエロ写真集の方がよっぽど魅力的だぜ! 合成じゃなくCGでもない生のエルフ、ああ~たまらんぜ~、ぐひゃ、ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!! あひょ、あひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!!!)」

「(……勇者様、前から言おうと思ってたんですが笑い方が気持ち悪いです……)」

 涎を垂らして白目を剥きながら笑う勇者にトイレブラシの冷たい言葉が突き刺さるが、勇者は意にも介さずひたすら気味の悪い笑いを続けた。

「じゃあパチンカス、じゃなくてスティーブ将軍!」

「は、はい」

「明日から一緒に探すよ、荷物」

「あ、ありがとうございます」

 ひとしきり気持ち悪い笑いをした勇者は、その様子を気味悪げに見つめていた将軍に声をかけると、ニタァと笑いかけ、荷物を共に探すことを約束した。

「と、ところで勇者様。腹が空きませんか? 助けていただいたお礼に私が今晩の夕食を作ろうと思うのですが、いかがでしょう?」

「料理? でも材料なんてないんじゃないの? 俺が持ってるのって乾燥してパッサパサの乾パンと水、あとは干し肉くらいだぜ」

「材料は私が持っているので問題ありませんよ。ただ、少しだけ水をお借りしてもよいでしょうか?」

「ああ、うん。それくらいなら」

「では少々お待ちください」

「わかったよ」

 勇者と将軍が話し終える頃には夕陽は沈み、すっかり辺りは暗くなった。勇者がラムラぜラスから持ってきた紙と拾った木の枝に火を付けることで辛うじて暗闇だけになるという事態は避けられたものの、それによる光のみがポツリと砂漠に灯った。そんな中、一人勇者は火の灯りから離れ空を見上げていた。

「……暗いな……でも星明りがあるから目が慣れてくれば違うのか」

「綺麗ですねぇ、星がいっぱいキラキラしてますですよ! 勇者様もなかなかロマンチストなところがありますね! 星を見上げて黄昏るなんて」

「これしか見るもんがないからな。テレビとかスマホがありゃあそっち見てるよ」

「現代っ子ですねまったく。ちょっとはロマンチックなところがあると思ったのに。素敵な大人の男性は女性と一緒に星空を見上げる時は美しい情景に思いを馳せるものなのに。このままじゃあ勇者様は素敵な男性になれませんよ?」

「何が情景に思いを馳せるだよ。男が女と空見上げてる時はラブホにどうやってチェックインさせるかどうか考えてる時だけだよ、決まってんだろ。そしてお前は女じゃなくて便所ブラシだろうが」

「なんという下衆な想像! 信じられません!」

「はッ、男は下半身で物事を考える生き物なんだよ。そして俺は今、星なんかよりもエルフのエロ写真集に思いを馳せているんだ! エルフっていうからには、ふふっひ、白くて透き通るような肌にたわわに実った巨乳、いや待てよ! ダークエルフの褐色の肌も実においしそうだ! グフフ、ふひひひひひひひひひひひひひひひひっひひひ! たまらんぜこりゃあ!」

「……最低です勇者様……女の子をそういういやらしい目で見るのはよくないと思います!」

「バカかお前は! エロ写真集をそういう目で見ないでどういう目で見ろっつーんだよ!」

 勇者がトイレブラシと言い争っていると、背後から足音が聞こえてきた。

「勇者様! お食事の準備がもう少しで整いますぞ!」

「あ、ああうん。あんがと」

 足音の主はスティーブ将軍で勇者は慌てて返事をした。トイレブラシは将軍が声をかける前にはすでに黙っていたが将軍は怪訝な顔で勇者を見た。

「……勇者様、先ほど誰かと話していませんでしたか?」

「いや、そんなわけないじゃん。独り言だよ、独り言」

「そうですか、可憐な声がしたような気がしたのですが……気のせいでしたか」

「そうだよ、気のせいだって。あははははは」

 勇者はまずい聞かれたかと思い、笑ってごまかしたが、トイレブラシは嬉しそうに勇者に話しかける。

「(勇者様、勇者様! 可憐な声ですって! えへへー! エンジェルボイスですよぉー!)」

「(ああ、お前は声だけは確かに可憐だよ。声だけはな)」

「勇者様……夕食がもうすぐ出来上がりますが、その前に少しお話をしませんかな」

「話? どんな」

「……私の話です」

「遠慮しておく」

「……そう、あれは私が将軍になる前の話です」

「おい話す前にこっちの話聞けよ」

「私は将軍になる前から賭け事が大好きでした」

「……ババアもそうだけど、この世界の人間って基本的に人の話聞かねえよな……」

 嫌そうな顔の勇者を無視するようにスティーブ将軍は静かに語り始めた。

「毎日仕事、パチンコ、仕事、パチンコ、仕事、パチンコ、キャバクラ、風俗、パチンコ、キャバクラ、風俗、パチンコ、キャバクラ、風俗、パチンコ、で妻や娘は愛想を尽かして出て行ってしまいました」

「……途中から仕事がなくなってるんだけど……首になったの?」

「ええ、無能な上司に腹が立って……ついアックスボンバーをくらわしてしまいました」

「つい、でやる技じゃないだろアックスボンバーは……でもそっからどうやって将軍になったんだよ? 将軍って中途採用するような職業じゃないだろ」

「いえ、ところがそうでもなかったのです。よいしょっ、と。これをどうぞ」

 将軍はパンツに手を入れると四角く折りたたまれた一枚の紙を取り出し、勇者に差し出した。

「……なんでそんなとこ入れてるんだよ……なんだこの紙……」

 嫌々だったものの紙を受け取った勇者はそれを広げた。

「……求人誌、だよな。これ」

「はい」

 勇者の広げた紙は、地球にいた頃何度も見かけた求人誌のチラシだった。

「ええー……マジかよ……求人誌に載ってんのかよ……」

 勇者はあらためて求人誌を見てみると、そこには腕を組んで、ねじりハチマキをした男たちがいかつい顔で写真に写っていた。

(……ラーメン屋かよ……)

 という感想が勇者の頭の中に浮かんだ。が気を取り直してチラシの条項を読み始める。

「……えーっと、なになに……初心者大歓迎……初心者大歓迎!? え!? なにこれ!?」

「どうかなさいましたか勇者様」

「いや、これ、おかしくない? 初心者が将軍やっていいっておかしくない? っていうかちょっと待ってスティーブ将軍ってもともと何の仕事やってたの?」

「私が首になった仕事ですか?」

「うん、そうそう」

 勇者は先ほどまではスティーブ将軍が首になった仕事は戦いに関連したものだと勝手に思い込んでいたが、チラシの初心者大歓迎という文字に驚き、確認を取ろうとした。

(さっきまで俺はこのパチンカスが傭兵団とか警備とかの荒くれ者がやるような仕事をやってたもんだと思っていたけど、もしかして違うのか……いや、でも流石にガチの初心者ってわけないよな……いやぁ、でもあのバカ国家なら適当に採用しそうだな。ありえそうなところが逆に怖いよ)

「私は前に傭兵団の……」

「おお! 傭兵団の隊長か! よかった! そうだよな!」

「事務員をやってました」

 スティーブ将軍は初心者であった。

「……なんだよ……事務員って……傭兵団の事務員ってなんだよ……つまり初心者じゃねーか……」

「ええ。私は学歴もあまりなかったのですが顔が将軍っぽいという理由で面接官だった王に採用していただいたのですよ」

「……あのアロハ馬鹿か……」

「そして採用されたことをきっかけに妻と娘とやり直したのですが……パチンコがやめられずまたもや借金をしてしまい、妻と娘はとうとう愛想を尽かして出て行ったきりどこに行ったのかわからないのです……ああああああああ私はなんて愚かなんだああああああああああああああああああああああああ!!! 借金をしてしまうなんてええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 スティーブ将軍は頭を砂の上に叩き付け始めた。

「……パチンコやめればいいじゃん……」

「たとえ妻が出て行こうとパチンコはやめませんよ私は」

 真顔でスティーブ将軍は否定した。

「……パチンカスの鏡だな……」

「ギャンブルが楽しくてしょうがないのです……あの銀色の玉がじゃらじゃらと溢れ出してくる快感を味わってしまったが最後、もう虜なのです……それからは、まあいろいろな事業に手を染めました」

「ああ、あの犯罪者の履歴書みたいな経歴ね……」

「しかし結局全ての事業は失敗に終わり、どうやって借金を踏み倒すかだけを考えてきました」

「返すことは考えないのかよ……」

「そんな時でした、町の人のうわさを耳にしました。砂漠にある湖に魔具を投げ込むと願いが叶うという話でした、私はそれを聞いた時に思いました、これだ! これしかない! これでやりなおせる! と」

「……そっか……奥さんと娘さんと……か……でもパチンコやめなきゃ意味な――」

「これでやりそびれた新台をやりなせる、と」

「マジでクズだな」

 勇者の目はもはや将軍を完全に見下していた。

「そして『火竜の剣』を盗んで意気揚々と砂漠に行ったものの荷物は砂嵐で吹き飛ばされてしまい、この様です。なので勇者様が来てくれなければおそらく死んでいたでしょう、本当にありがとうございました」

 スティーブ将軍は勇者に頭を下げて、感謝した。

「ああ、いや、うん。いいよ、別にそんな」

「いえ、あなたのおかげで生きているのですからこれくらいさせてください。今、生きている幸せを実感しています。町にいた時には感じなかったのですが、いざなくなってみると気が付くものなのですね。食料、衣服、そして水。この過酷な環境に身を置いて始めてわかりました」

「……確かに、そうかもしれない。俺もここに来て、水の大切さを実感したよ。当たり前にある時にはいつでも飲めるからっていう安心感から価値を落として見てしまうのかもしれないけど……こういう何もない場所に来て初めて理解したよ」

 二人は互いに見つめ合うと笑い合った。

「……では私は戻ります、料理の途中だったので。お話を聞いていただき、本当にありがとうございました」

「いや、全然いいよ。こっちこそさっきは適当に返して悪かった」

「いえいえ、それでは。晩御飯、楽しみにしていてください」

「うん」

 勇者は将軍に微笑むと、その背中を見送った。

「……途中まではただの頭の悪いギャンブル中毒者だとばかり思っていたが、最後はちょっと見直したぜ」

「そうですね。ちゃんと自分のことを見つめ返すことが出来る人だったんですね。私もびっくりです」

 いつの間にか勇者の独り言に答えたトイレブラシに対して、そのことを気にすることなく慣れてきたように会話を続ける。

「……パチンカスが言ったように、確かに水は貴重だよな。もしこんな場所で水を失ったらと思うと、恐怖を感じるぜ。多分一時間くらい水をとらなきゃ脱水症状起こして即ダウンするよな」

「ええ、定期的な水の摂取は砂漠を進むうえでの鉄則ですよ。よって砂漠において水は宝石よりも貴重な財産足りえるのです」

「だな。俺も水使いすぎないように気をつけねーと、気を抜くと速攻で使い切りそうだもん」

「いくらたくさん持ってきたと言っても、節約しないとですもんね。私も勇者様が使いすぎてるようならちゃんと言いますね」

「頼むわ、俺って結構大雑把なところがあるからさ」

「この美少女にまかせてください」

「ああ、そんじゃあ戻るか。でもパチンカス将軍はどんな料理を作るんだろう」

「行ってみればわかりますよ」

「それもそうだな」 

 話を切った勇者は将軍が料理をしているだろう場所に思案しながら向かった。

(水を少し使うって言ってたけど、鍋料理かな。鍋持ってたし、それなら水を無駄にせず作れるし、でも鍋だと材料がいるよな。将軍そんなの持ってたっけ……)

 まっとうな疑問を浮かべながら将軍に近づいた勇者は、鍋を沸騰させている最中光景を目にし、自分の考えは正しかったことを理解した。

 が、次の瞬間だった。

「まあ水を大切にする将軍のことだから……何か……考えが……!? 何やってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 将軍が鍋のお湯を豪快に捨てた。

 それを見た勇者はすさまじい勢いで駆け出し、阻止しようとしたが時すでに遅く、将軍は鍋のお湯を全て砂漠にぶちまけた。

「おい!!! 何やってんだよ!!!」

 勇者は将軍に向かって怒鳴りつけたが、惨事を引き起こした当人はなぜ怒られているのかわかっていないような顔だった。

「なんだその顔は! どうしてそんな顔がしてるんだコラ! 『なんでコイツ怒ってんの?』みたいな表情すんなよ!」

「どうして怒っていられるのですか勇者様」

「アンタが貴重な水を砂にぶちまけたからだよ!? さっきの言葉はなんだったんだ!? 水の大切さを理解したんじゃなかったのかよ!?」

「もちろん貴重な水です、しかし、これには理由があるのです」

 勇者は唾を飛ばしながらキレたが、将軍は特に気にした様子も無く、説明を始める。

「……いや理由ったって……どんな理由だよ……」

 将軍の真剣な表情を見た勇者は少し気持ちが落ち着いたのか、話に耳を傾け始めた。

「この鍋の中を見ていただければ納得していただけると思います」

「鍋の中?」

 嫌に自信満々な将軍の顔を見ながら勇者は多少の不安を持ちつつも、言う通りに鍋の中を覗き込んだ。

「……なにこれ……パスタ……の……麺……かな」

「ズバリその通りでしょう! これはパスタの麺です」

 言い当てられたことを嬉しそうに言う将軍を横目に理解不能な勇者はどうしてこれがあんな大量のお湯をぶちまける理由になったのかをひたすら考えたが結局わからなかった。

「あの……これがなんであんな大量のお湯をぶちまける理由になんの……?」

「アルデンテです勇者様」

 アルデンテ、パスタの茹で加減だったか、と思いつつ、将軍の話の続きを待つ。

「パスタのおいしさは茹で加減で決まります。今ようやく最高の茹で加減でパスタを茹で上げることが出来ました! これで美味しい夕食がいただけます!」

「……うん、それは……わかったよ……それで俺が聞きたいのはなんでアンタはこんな砂漠で、水を大量に使うパスタなんて作ろうと思ったのかを教えてくれるかな……?」

 勇者の顔は引きつり、今にも般若のように歪もうとしていたが、将軍はそんなことなどどうでもいいような爽やかな笑顔で返す。

「パスタが食べたかったんです」

 勇者の顔など見えていないかのように将軍は続ける。

「いやー先ほどまでに何度かアルデンテになるように試してみたのですが、勘が鈍ったのか何回も失敗してしまいました。その度に麺や水を台無しにしてしまいましたよ、たはー!」

 将軍の指差した場所には大量の容器が転がっており、そのことごとくが全て空になっていた。勇者はそれを見て、唖然としながらも、なんとか正気を保っていた、だが事態はさらに悪化する。

「勇者様は先に食べていてください。私は先に風呂に入って来ますよゆえ」

「……ああ……うん………………………………………は? ふ、ろ……風呂!?」

 茫然自失だった勇者を横切った将軍は颯爽といなくなったが、正気に戻ったあと、その言葉の意味を理解したためか遅れながらも走り追いかける。

 追いついた勇者が目にした光景は予想通り最悪のものだった。

「ふぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! いいお湯だーーーーーーーーーーー!」

 将軍は気持ちよさそうにドラム缶に入れた大量のお湯の中に浸かっていた。

「何やってんだてめええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 勇者は絶叫しながら、湯につかる裸の将軍に掴みかかった。掴みかかり、ひたすらに揺さぶった、ドラム缶が揺れるほどに。

「わ、わ!? なんですかな勇者様! そんな、つ、掴んで揺らさないでください。お、落ち着いてくだされ、貴重なお湯がこぼれますぞ!」

「貴重な水を台無しにした奴に言われたかないんだよこのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「わ、わかりました、勇者様も入りたかったのですね。すみません、気が付きませんでいた。今、どきますのでごゆるりとお湯につかってください」

 将軍はドラム缶から出ると、勇者に入るように促したが、中は真っ黒に濁っており、とても清潔なお湯とは言えない状態だった。

「こんなドブみてーなお湯に入れるか!!! ふざけやがって!!! パスタの後にこれか!!! 間髪入れずに余計な事をしやがってなんてことをしてくれたんだこんちきしょう!!! いったいどのくらいの水をつかったんでてめえは!!!」

「勇者様が持っていた荷物の中からタンクを四つほど拝借して使い切りました」

「ほ、ほ、ほ、ほぼ俺の手持ち全部じゃねえか!!! ああ~!」

 勇者はフラフラとその場に座り込んだ。

「大丈夫ですか勇者様! お湯の熱気に当てられたのですか!」

「アンタのバカさ加減に当てられたんだよ!!! 明日も探索しなきゃいけないのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! どうすんだもう水なんてないぞ!!!」

 勇者は頭を両手で掻き毟りながら嘆き始める。

「ええ!? もう水は無いのですか!? てっきりまだあるのかと……これでは……」

 もう水は無い、という言葉を聞いた将軍は驚き、暗い顔になった。

「今更遅いんだよ! 明日を生きるための水はもうな――」

「頭を洗えない」

「この野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 勇者は裸の将軍にチョークスリーパーをかけ始めた。

「どういう脳みそしてるんだよ貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぐえええ……!!! ぎ、ギブ、ギブです勇者様!!! もう、もうし、申し訳ありませんでした!!! 次からは気をつけます!!!」

「次なんてあるかボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! もう水がないんだから次なんてないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 次々に繰り出される勇者のプロレス技は的確に将軍を締め上げ、怒りが収まるまでの間は、砂漠に悲鳴が響き続けた。だが締め上げているうちにもうどうしようもない、と諦めたため、体力の無駄な消費と水分の消費を防ぐべく大人しくなった。そして、共に夕食を囲むことになった。

「……もう水のことはいいよ、許さないけどとりあえず置いておくことにする。今は飯を食おう」

「ありがとうございます勇者様! なんという寛大なお方だ!」

「……で、なんだけどさ……飯のこのパスタことなんだけど……ソースは?」

「ソース?」

「ミートソースとか、ホワイトソースとか、パスタにかけるやつだよ」

「……ああ、しまった! ソースを忘れていました! 私ソース持ってません」

「……はぁ……なんだそりゃあ……つーか初めに聞きたかったんだけどさ、このパスタどこから出したんだよ……持ってなかったじゃん……」

 勇者は味の無い麺をすすりながら将軍に問いかける。

「私のパンツの中です」

「ぶふぁッ!?」

 勇者は麺を噴き出した。

「汚ねえな!? どこまで人をおちょくるつもりだ!?」

「いえ、おちょくるつもりなど無いですとも。風に飛ばされぬようにパンツの中に入れて置いたのです」

 名案でしょう、と言いたげな将軍を勇者は睨め付けると自分の皿に残っていたパスタを将軍の口に無理やり突っ込んだ。

「んぶッ!? な、何をなさるのですか!?」

「こんなもん食えるかお前が処理しろ! ったく、俺は持ってきた保存食を食べる」

 勇者は立ちあがると、レムに積んでいた保存食を取り出そうとした。

「……あれ? ないぞ、どこいった……」

 だがいくら探しても干し肉や乾パンは見つからず、ゴソゴソと荷物を漁りながら首をかしげる。

「……マジでないぞ……えー……俺がどっかやっちまったのかな……なあ将軍、俺の荷物の中にあった保存食知らない? 入れといたはずなんだけど見つからないんだよ……」

「いや、知らないですね。先ほど、私が食べたおやつの他に食料など入っていませんでしたよ」

 将軍は心底わからないといった顔で、返した。

「そっか…………ん? おやつ? おやつなんて俺持ってきてないんだけど……」

「いえそんなはずありませんぞ。ちゃんと入っていましたよ。そして今は私の腹の中に入っていますからね。フフフ」

 将軍は腹をさすりながら満足そうに勇者に微笑む。

「……なあ、ちなみにその、おやつは、どんなのだった?」

「干し肉と乾パンでした」

「今すぐ出せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 勇者は飛びかかると将軍の腹を殴り始めた。

「ぐええええ!? な、ごえッ!? ぐぶううううううううううううううううう!?」

「なんてことをなんてことをしてくれたんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 水の次は食料まで奪い取りやがってえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 ゴス、ゴスッと殴打が連続で将軍の腹を襲う。

「ぐぶえッ!? ゆ、勇者様!? ほ、本当に、出てしまいまぶうううううううううううううう!!??」

「(勇者様、落ち着いてください! もう手遅れです!)」

 トイレブラシの言葉に振り上げた拳を止めると、勇者はその場に倒れ込んだ。

「ううう! ちきしょう! 最悪だ! 会ってわずか一時間足らずで俺の手持ちの水と食料全部台無しにしやがった! どんな疫病神だこいつは! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 白目を剥いて気絶した将軍を涙目で睨みつけた勇者はひたすらに怒りの雄たけびをあげつづけた。

 翌朝最悪の気分で目覚めた勇者は水と食料もないまま砂漠でドラム缶をヒモでくくり付け背負った将軍と一緒に荷物を探し始めた。

「どこにあるんだ! くそッ! 全然見つからん!」

「つ、疲れましたな。勇者様」

「……ドラム缶捨てて行けよ、なんで持ってるんだよ。そんなもん置いてもっと必死に探せ、必死に!」

 必死の形相で荷物を探す勇者を見つめる将軍は感動していた。

「昨日あれだけの失態をおかした私の荷物をこんなにも必死に探してくださるなんて、なんと素晴らしいお方なのだ! 私の娘からのプレゼントをまるで自分のことのように! 私は幸せです!」

(エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本エルフのエロ本!!!)

 将軍の感謝とは裏腹に勇者の頭の中はエルフの写真集のことでいっぱいだった。それから一時間ほど将軍の記憶を頼りに、目ぼしい場所に来てはレムを降りて砂漠を歩き回ったものの収穫は一切なく、ただ体力だけがなくなっていった。

「……つ、疲れた……あちい……」

「……わ、私も、疲れました……」

 いっこうに見つからない荷物に対して絶望した将軍と勇者はドラム缶越しの背中合わせで熱い砂の上に座りこんでいた。へたり込む勇者を見かねてトイレブラシが話しかける。

「(勇者様、いったんラムラぜラスに戻りませんか? もう水も食料もありませんし、このままでは最悪、力尽きてしまいます)」

「(……だけどいったん戻ったらさらに砂嵐とかで砂漠の地形が変わって将軍の記憶が今度こそ完全に当てにならなくなるんじゃないか……?)」

「(そうですねぇ、確かにそうなるかもしれません。ですが命には代えられないと思いますよ)」

「(いや俺はエルフのエロ本のためなら命だって賭けられる。それに話を聞くと、将軍の荷物の中には水とか食料もあったみたいだから見つけられれば一石二鳥だ)」

「(……はぁ……しょうがないですねぇ……じゃあもう少しだけ探しましょうか……)」

 トイレブラシの了解をとった勇者は将軍と共にさらに二時間ほど探索に費やした。

「……ない……な……将軍……ほんとに……ここら辺……なの……?」

「そ……その……はずです……が……お……おかしいですね……」

 勇者と将軍は砂の上で仰向けになって倒れていた。

「(勇者様……砂の中にもう埋まってしまって見つからないと思いますよ……諦めて戻りましょうよ……これ以上はちょっと危険かと……)」

「(まだだ……! まだ諦めない……! エルフのエロ本が俺を呼んでいるんだ……! 異世界に来てからおっさんとババアと野郎にしか出会っていない俺に差した一筋の希望なんだ……! 俺はまだ屈しない……!)」

「(そういうセリフはここぞという時に取っておいてください……エロ本探しに使う言葉じゃないですよ……というか本命はエロ本ではなく『火竜の剣』ですからね……ですが聞き分けそうもありませんし……じゃあこうしませんか? 先にとりあえず例の湖、といよりはオアシスですよね、オアシスに向かいましょう。ここからならそう遠くありませんし、水の補給が出来ますよ)」

「(おお、そうだなそうするか!)」

 トイレブラシの話を聞いた勇者は水が飲めるかもしれないと思い、元気よく立ち上がると、倒れている将軍に話しかけ、先に湖に向かう事を提案する。

「将軍、先に精霊だか妖精のいる湖に行こうぜ! 水が飲めるかもしれないからさ!」

「素晴らしい提案です勇者様! そうでしたね、湖に向かっていたんでしたね私たちは!」

 水という言葉を聞いた途端、ガバッと立ち上がった将軍は笑顔で勇者の提案を受け入れ、共にレムに乗り、最初の目的地である名もなき湖を目指した。水が飲めるという嬉しさもあったためか二人は楽しそうに会話を弾ませ、時には歌を歌いながら砂漠を進んだ。そしてついに念願の目的地に到着した。

「「ついたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 水ううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」」

 勇者と将軍の二人は砂漠の中でヤシの木に似た植物が生い茂る地帯を遠目で目にした瞬間、レムを飛び降り、全速力で走り出した。砂に足をとられ、何度も転びそうになる中想像する。澄んだ水を口に運び、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み体を潤すその様子を。体温が上がり、汗ばんだ体に冷たい水をかけて冷やすその様子を。イノシシのように突進する二人は言葉を交わすことなくただひたすら走り、まだ見ぬオアシス地帯に突入した。突入するなりすぐに、眼前に湖のようなものが広がり、勢いのついた二人は迷うことなくその中に飛び込もうとした、だがドラム缶を背負っていたからか、途中で将軍だけ派手にこけて転がり、勇者のみが飛び込みに成功した。

「うおっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ドボン、という音と共に派手にしぶきをあげながら湖に飛び込んだ勇者は飛び込む前に考えていた行為を実行に移そうとした。飛び込んだら口いっぱいに水を頬張ろう、そのあと飲み込もう。そう考えていた勇者だった、だがその考えは口を開け、湖を満たしていた液体を口いっぱいに頬張った瞬間に不可能であったことを悟る。

「……んぶッ!? おぼええええええええええええええええええええええええええええ!!?? うっぺっぺッぺッ!!! なんだこりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 水中から顔を出し、口いっぱいに含んだ液体を吐き出した勇者は、今自分が浸かっている液体が到底水などでは無いことを知る。体や服にからみつくようなそのヌルヌルとした液体の感触と味は勇者にとってはそれほど珍しくなく、地球にいた時から知っているものだった。

「あ、油じゃねえかこれ……!? なんで湖の水が油になってんだ……!?」

 巨大な湖を満たしていたのは清らかな水などではなく、黄ばんだ油だった。バタバタともがきながら油の湖から出ようとする勇者だったが思うように出られず、一見すると溺れているように見えた。そんな中、トイレブラシは冷静に湖の中の以上を考察していた。

(……湖の水が全て油になっている……しかもこれはただの油じゃない……魔力の残滓を感じる……つまり湖の水は魔術的な原因によって水から油に変化したということ……それも極めて強力な魔術によって……もしかしてウルハ全体を覆っている結界が原因……? ……もしそうなら今までの疑問にも多少説明がつく……この湖の水だけでなく、緑の楽園と呼ばれたウルハ国の周囲が荒野や砂漠に変化した、勇者様には黙っていたけど、荒野や砂漠にいたときも同じような魔力の痕跡が存在した……これはすなわちこの湖の水のように、地形が変形したということ……でも国全体の地形をまるまる変化させるなんてそんな常識外れの魔術……いや、ある……たった一つだけ……だけどありえない……あれは禁忌の力……でもそれが出来るなら……うーん……結果を知りながらそれに至る過程を知らない、というのは中々どうしてもどかしいものです……)

 状況を一つ一つパズルのようにつなぎ合わせたトイレブラシは心の中で深いため息をついた。

「(……おい! おい便ブラ!)」

「(……え? なんですか勇者様……)」

「(なんですかじゃないよ! 聞いてなかったのか!)」

「(すいませんちょっと考え事をしていたもので……私に何か御用ですか?)」

「(御用っていうかこの状況なんとかしてくれ! 陸地に上がろうにもヌルヌルして手が滑ってあがれないんだよ!)」

 勇者は泳いでなんとか陸地の近くまで行くことに成功したが、湖よりも少し上に位置する陸に手をかけるたびに手に付着した油が原因でツルツルと滑り、掴み損ねていた。

「(なるほど、でしたら将軍に引き上げてもらってはどうですか?)」

「(俺もそう思って声をさっきからかけてんだけど応答がないんだよ)」

「(そうですか……では私が引っ張るので勇者様は私に身をまかせてください)」

「(わかった、頼む)」

 トイレブラシの助力を得た勇者は何度も滑りずり落ちながらもなんとか油の湖から脱出した。

「で、出られた……はぁ……だけど体中油まみれだよクッソ……ヌルヌルして気持ち悪ぃ……うう……」

 顔はベトベト、髪の毛は頭に張り付き、着ていた学ランや肩にかけていた剣なども油まみれになった勇者は不快感に苛まれていた。

「……つか将軍どこいったんだよ……確か俺と一緒に飛び込もうとしてたはずだけど……」

 勇者はキョロキョロと辺りを見回しながら将軍を探した、するとあっさりと見つかった。木の近くで目を回していた将軍の頭には赤く腫れあがったたんこぶが出来ていた。なぜ気絶しているのか、という疑問を浮かべる勇者にトイレブラシが説明を始める。

「勇者様と将軍が湖に入る直前に将軍だけは転んで近くの木に激突したんですよ。気絶しているとは思いませんでしたが」

「そうだったのか……全然気が付かなかった……」

「よっぽど水が飲みたかったのか二人とも目がかなり危なかったですからね。飛び込むことだけ考えていたのでしょう。まぁ、でも失敗した将軍の方が運は良かったみたいですけどね。じゃあ将軍が気絶しているうちに服とか髪の毛を乾かしてしまいましょうか、油なので乾かしてもヌルヌルが完全に落ちるわけじゃないですけど今よりはだいぶマシになると思います」

「……そうだな……はぁ……水が飲めると思ったのに……それにこれじゃあ妖精だか精霊は絶対にいないな……」

 トイレブラシの言う通り魔術で油を飛ばし、完全とは言えないまでも服や髪の毛などを乾かした勇者は目を回す将軍を起こそうとした。

「将軍! 起きろ将軍!」

「……ん……んんー……はッ! 水! 水は! みずうううううううううううううううううううう!」

「ちょ!? 落ち着け! 水はないんだ!」

 湖に走り出そうとした将軍を捕まえた勇者は事情を説明し出した。

「水はあそこにない、湖の水全体がなんでか知らないけど油になってる」

「そんなバカな! 湖の水が油になっているなど聞いたことがありませんぞ!」

「……見た方が早いかもな……」

 将軍を連れ立った勇者は湖の近くまで歩いて行くと、その様子を見せた。本来ならば透明の液体で満たされているはずのその場所は黄色の液体で満たされており、正常な思考に戻った二人はそれをただ茫然と見つめる事しかできなかった。

「……な? 言った通りだろ? こんな油でギトギトの湖じゃあ妖精も精霊も住み着くわけない。噂はやっぱりデマだったんだよ」

「……そんな……ですが確かにこれは油……のようですね……しかもただの油ではない……こんな純度の高い油は初めてみましたぞ……」

 信じられないといった感じの将軍はしゃがみ込み、手で軽く油をすくい上げると一舐めし、味を確かめ湖の中が油で満たされている事を確認した。そして何を思ったのか背負っていたドラム缶を下ろすと、中に油を入れ始めた。

「……何やってんの?」

「これだけ純度の高い油ならば王都で高く売れるかと思いまして」

「それを借金に当てるのか」

「いえ新台に」

「……この状況でまだ新台にこだわるとはな……パチンカス恐ろしいわ……」

 嬉しそうに油を入れている将軍に対して呆れを通り越して一種の尊敬の念すら感じだした勇者は黙ってその行為を見届けた。

 それを終えた将軍はドラム缶にきつく蓋をすると再び背負った。

「これでよしッ!……ですが……水は……飲めないのですね……」

「……ああ……」

 二人は現実をあらためて認識すると、倒れ込んだ。ジリジリと照り付ける太陽の熱気、砂漠を歩き回った疲労感、水が飲めると勝手に期待し裏切られた絶望感、全てが一斉に押し寄せ、二人の戦意を喪失させた。

「(……勇者様、やはりいったん戻りましょう。水の補給が望めない以上このままこの砂漠にとどまるのは危険です。体力があるうちにラムラぜラスに引き返しましょう)」

「(……そう……だな……エロ本は惜しいが確かにこのままじゃ死にかねない……仕方ない……戻ろう……)」

 今度こそトイレブラシの言うことを聞いた勇者は立ちあがり、倒れている将軍に話しかける。

「……将軍、ラムラぜラス戻ろう。もう駄目だ、このままじゃ体力的にもたない。今ならまだ王都まで行く体力はギリギリある、レムもいるしさ。荷物のことは、まぁ、俺もかなり残念ではあるけど……」

「そう……ですね……戻りましょう……私の荷物の捜索にこれほど真剣に臨んでくださった勇者様のためにも見つけたかったのですが致し方ありません……ご協力ありがとうございました!」

 スティーブ将軍は勇者に頭を下げて感謝した。

「いいって。あれだ、物資調達したらまた来ようぜ」

「勇者様……なんという慈悲深いお方だ……私の娘のプレゼントのために……うう……」

(エルフのエロ本は絶対に見つけ出す……! 絶対にだ……!)

 涙を流して喜ぶ将軍の想像とは逆に勇者の頭はいまだにエロ本一色だった。その後、王都に帰還することににした二人は引き返し、先ほど乗り捨てたレムを見つけると乗り込み、来た道を引き返した。だが突然地響きと共に地面が揺れ出す。

「な、なんだなんだ!? 地震か!?」

「(いえ違います! 下です勇者様!)」

「し、下!?」

 トイレブラシの言う通り下を見た勇者だったが、突然地面の砂が盛り上がると、次の瞬間、盛り上がった砂が弾け、乗っていたレムごと上空へ跳ね飛ばされた。突然の出来事で一同が混乱する中、上空から先ほど自分たちがいた場所、すなわち砂が弾けた場所を見た。そこには大穴が開いており、中から巨大な生物が顔を出した。

「げッ!? な、なんだありゃあ!? い、イモムシか!?」

 巨大なイモムシに似た怪物が穴から出てくるのを空中から落下しながら見た勇者が気持ち悪そうに声を出す。そしてイモムシが完全にその巨体を穴から出し切ったところで勇者たちは地面に激突した。

「いっつつ……将軍……平気か……?」

「え、ええ……なんとか……」

 見たところ将軍やレムは無事であり、どうやら砂がクッションになり助かったようだった。

「……やっべえな、なんだよ、あれ……」

 将軍たちの無事を確かめ安堵したのも束の間、モゾモゾと動き出した巨大なイモムシを青ざめた顔で見た勇者は自分たちが今かなり危険な状況に陥っているのではないかと思った。

「(べ、便ブラ……あのイモムシって……もしかして……)」

「(はい、魔獣ですね)」

「(……やっぱりかよ……)」

 勇者は最悪だ、と毒づきながらも、異世界という場所に慣れてきたためかすぐに思考を切り替える。恐怖でガタガタと震え出した将軍をよそにトイレブラシに相談しだした。

「(どうすりゃあいい……?)」

「(そうですね……あれはワームタイプの魔獣でそれほど知性は無く、魔力自体もさほどないんです。まぁそのせいで先ほど発見が遅れてしまったのですがね。とりあえず気が付いてないみたいですし、声を出さずにそっとこの場を――)」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!?? お助けえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」

 将軍が絶叫した。

 ワームはそれに気が付ついたのか顔に付いた四つの複眼を赤く光らせ、口から生えた無数の牙をむき出しにしながら勇者たちに突進を開始した。

「パチカスてめえ何やってんだコラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……!!!」

「す、すみませええええええええええええええええええええええええええええん……!!!」

 大きく口を開け砂を飲み込みながら突進してくるワームに対して勇者と将軍はレムを連れて全速力で走り出すも、砂に足を取られているためか思うように速度が出ず、徐々に二人とワームの距離は詰まっていった。だが対照的にレムの方は徐々に加速していき、あっという間に勇者と将軍を抜き去った。

「レム速えな!? そんな速度出せんのかよ!? ちょっ!? 俺らも乗せ――」

 勇者が言い終わる前にレムは砂埃と共に彼方へ消え去った。

 走りながらも呆然とする二人に構うことなくワームはさらに速度を上げる。

「ひいいいいいいいいいいいい!? ゆ、勇者様、お、追いつかれてしまいますうううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」

 油がパンパンに詰まった重いドラム缶を背負いながら走る将軍は勇者よりも遅れており、今にもワームの口の中に飲み込まれそうになっていた。

「ドラム缶を捨てろよ!? そうすりゃあもっと速く走れんだろ!」

「ですがドラム缶を捨ててしまったら新台が!」

「まだそんなこと言ってんのか!? 命の方が今は重要だろ!!!」

 口論している間もワームの速度は上がり、その雄叫びが勇者と将軍を盛大にビビらせた。 

「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」

 悲鳴をあげて全力で走る勇者と将軍だったが朝から食事はおろか水分をいっさい摂っていなかった体は思った以上にいう事を聞かず、ついに二人の足がもつれ、盛大に転んだ。

「「ぐはッ……あ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」

 二人は転んだ後、すぐに後ろを振り返り迫るワームを見て泣きそうになっていた。

「(べ、便ブラ! メルティなんたらをやろうぜ、っていうかそれしかない!)」

「(いえ、それより急いで横に飛んでください!)」

「(横に飛んだって追いかけてくるだけだろ!?)」

「(いいからお願いします! 私の考えが正しければやりすごせるはずです!)」

「(わ、わーったよッ! クソッ!)」

「将軍、横に飛ぶぞ! 俺は左、アンタは右に!」

「え!? それはどういう……」

「いいから早く!」

「わ、わかりました」

 ワームが目前に迫る中、将軍と勇者は左右分かれて飛び、ワームの進行方向から間一髪離れた。

 当然ワームも勇者か将軍どちらかの方に進路を変更すると二人は思った、

「あ、れ……?」

 が、ワームは勇者と将軍に構うことなく、そのまま真っ直ぐ進んでいき、やがて見えなくなった。その様子を見た将軍は安心したのかぐったりと体を地面に預け、勇者は疑問の声を出した。そしてそんな中トイレブラシは自身の予想があたったことにため息をつく。

(はぁ……やはり……最初から狙いは勇者様や将軍ではなかったんだ……ということは……いやでもまだわからない……というか当たってほしくないなぁ……)

 この先の予想も合っているのでは、と思いつつも早計と思いトイレブラシは考え直した。

「(何が、どうなってんだよ? アイツ素通りしてったけど……)」

「(……まだ確定しているわけではないので断定はできませんが、おそらくあのワームは将軍が悲鳴をあげたから襲いかかってきたわけでは無く、単純に私たちが逃げた方向に用があったんだと思います)」

「(そう、だったのか……な、なにはともあれ助かったぁ……)」

 勇者も将軍に続いて体をぐったりと地面に預けた。だがしばらくしてから自分たちがどういう状況にいるのかを理解し、ガバッと体を起こした。

「……そ、そういえば……れ、レムがいないぞ……!? あんちくしょう俺達を置いて逃げやがったからな……ん? ……待てよ……ってことはラムラぜラスまでは……」

「(歩いて行くしかないですね)」

「マジかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 トイレブラシの無情な心の声に絶叫した勇者だった。

 将軍と勇者はその後歩いた、熱い砂漠の中をひたすら歩いた。方向こそトイレブラシが示してくれているため迷わないで済んでいたが、朝から水分をまったく摂っていないことに加えて先ほどの全力疾走で体から水分が汗としてほぼ出尽くしてしまい、二人はフラフラとした足取りのもと王都を目指していた。だが限界が来たのか一時間ほど経ったある時に、二人は倒れた。

「(勇者様しっかりしてください! 砂漠に来てから何回倒れれば気が済むんですか!)」

「(……もう、無理……一歩も動けん……水が……飲みたいぜよ……腹も減ったし……つーか魔結晶が体内に出来てから燃費が悪すぎるぞこの体……)」

 グルルゥと大きな腹の虫が鳴り、勇者は泣き言を言い始めた。

「(……便ブラ……魔術で水とか出せないのかよ……本音を言うと冷やし中華大盛、もしくはとろろそば大盛とキンキンに冷えたウーロン茶を出して欲しいんだけど……まあ無理だろうからせめて水だけでもなんとかならないか……?)」

「(私としても出してあげたいのは山々なんですが、水を生成できるのは水属性を持つ人だけなので。私と勇者様の属性はご存知の通り火属性、なので無理です)」

「(……なんでだよぉ……なんでお前は水属性じゃないんだよぉ……便所ブラシなんだから便所つながりで普通水属性だろそこはよぉ……じゃなかったら便所ブラシの召喚獣『公衆便所』を召喚して見せろよぉ……)」

「(そんなしょうもない召喚獣いませんよ……というか公衆トイレの水を飲むおつもりですか……)」

「(当たり前だろ! 今の俺にとって公衆便所はもはやオアシスだよ! ……はぁ……)」

 勇者はぐったりと仰向けに寝転んだ。

「(……ああそうだ、もしかしたら将軍が属性を持っていて水属性かもし――)」

「スティーブ将軍!」

 トイレブラシが言い終わる前に勇者は満面の笑みでぐったりとした将軍に近づいて行った。

「……はい、なんですか勇者様……」

「将軍は属性、持ってる?」

「はい、持っていますが……」

(キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!)

 勇者は心の中で歓声をあげた。

「(あの……勇者様……自分から言い出しておいてなんなんですけど、ぬか喜びはやめたほうが……)」

「(何言ってんだよ! 属性があるってことはだ、珍しい光と闇を除けば確率は四分の一じゃないか! 水属性の可能性は十分に――)」

「土属性なので水は出せませんよ」

 将軍の無情な言葉に勇者は絶望のあまり真っ白になった。

(……まあ確かに水属性なら最初から水に困って倒れてたりしませんからね……とりあえず元気が出してもらおうと思って少ない可能性を勇者様に言ってみましたけど……どうやら逆効果になってしまったようですね……)

 トイレブラシは心の中で後悔した。そして真っ白になった勇者を見た将軍はゆっくりと目をつむり、深呼吸した後、何かの覚悟を決めた様子で勇者に話しかける。

「……勇者様、喉が渇いているのですね……?」

「……ああ……そうだよ……」

「……そうですか……確かに今日の朝から飲まず食わずで砂漠を探索したり、湖まで走ったり、イモムシに追いかけられたりと動きっぱなしでしたからな……汗をかいて水分はほとんど失われてしまいました……本来ならばまだ余っていたはずの水がなくなってしまったのも、間接的に言えば私の責任……」

「いや直接的原因だろ……全部アンタのせいだよ……何ちょっと責任軽減しようとしてんだ……」

 勇者の言葉を聞いているのか、将軍は決意に満ちた表情で驚きの言葉を発した。

「ですから……水が間接的に失われる原因を作ってしまった私が責任を取ってこの場で水を用意しようと思います」

「だから間接的じゃなくて直接て、き……って、え!? 今なんて!?」

 怠そうだった勇者は将軍の言葉に目を見開き驚く。

「私がこの場で水を用意致します」

「できんのッ!?」

「ええ」

 将軍は静かだが自信に満ちた表情で肯定した。

「で、でも水は水属性じゃなきゃ作れないんだろ? アンタ土属性って今さっき言ってたじゃん」

「大丈夫です、お任せください。ですが私の行う方法ではおそらくコップ一杯分の水しか作れないでしょう、飲めるのは一人だけです。ですからどうかその一杯は勇者様が飲んでください」

「え……いや、だ、だけどそれじゃあ将軍が……」

 寂しげに笑うスティーブ将軍を見た勇者はためらった、自分だけがそんな貴重な水を飲んでいいのだろうかと。

「いいんです。希少な水を使ってしまったのはこの私、自業自得というものです。それになにより私は貴方に飲んでほしいのですよ、勇者様。貴方は水や食料を台無しにしたこんなダメな私の荷物探しにギリギリまで付き合ってくださった、会ったばかりだというのに借金まみれのこの私の身の上話に付き合ってくださった。だから、だからこそ貴方の優しさに少しでも報いたいのです」

「……将軍……だけど……俺だけなんて……」

 勇者は将軍の真っ直ぐな瞳を直視出来ず目をそらす。そんな勇者の肩に将軍はそっと手を置き、優しく諭すように語り掛ける。

「勇者様、どうかお気になさらないでください。受けた恩というものは返さなければ、その者の胸の中にくすぶり続けてしまうもの。だからこれは私のためにもなるのです。これから続いていくであろう貴方との交友関係に影を落とすことにならぬためにも今ここで私に出来る最大の恩返しと失態の償いをさせてください、どうかお願いします」

 将軍の言葉は勇者の胸に響き、涙腺をもろくさせた。

(……将軍だって喉が渇いているはずなのに……それなのにこんな極限状態の中で貴重な水を俺に……最初会った時から今に至るまでただのパチンカスのクソ野郎だとばかり思っていたけど……本当は良い奴だったんだな……普通こんないつ水が飲めるかわからない時に他人に水なんか差し出せるだろうか……俺には無理だ……このスティーブ将軍は他人に配慮が出来る懐の大きさを持っていたんだな……これぞまさに将軍の器……)

 勇者は腕で目に溜めた涙を強引に拭うと将軍に微笑む。

「……わかったよ。アンタの申し出、ありがたく受けさせてもらうぜ。ただし――」

「ただし?」

 将軍は勇者が言わんとすることがわからず、首をかしげる。そんな様子の将軍に勇者は告げる。

「半分ずつ、だ。半分ずつ飲もうぜ」

「……勇者様」

 勇者はニッと笑い、それを見た将軍も同じように笑った。

「フフ、では今から準備に移るので少々お待ちを」

「ああ、わかった」

 将軍は背負っていたドラム缶や風呂敷を地面に下ろし、風呂敷からコップを一つ取り出すと砂の上に置いた。それを見ていたトイレブラシが勇者に疑問を投げかけてきた。

「(しかしどうやって水を用意するおつもりなのでしょうか。水属性以外に水を生み出すことなど出来ないはずなんですけどね)」

「(きっとお前の知ってる常識とは違う手段なんだろうな。人間本気を出せば常識なんて容易く覆せるものなんだよ。将軍のあの目を見ろよ、マジだぜ)」

 将軍の目は鋭くコップを睨み付けていた、そして次に将軍は着ていたTシャツを脱ぎ半裸になった。

「(ほら便ブラ、完璧マジモードだぜ! 男が服を脱いだんだ、これは超絶マジな時だけだぜ!)」

「(そういうものなのですか?)」

「(そういうものなんだよ! これはあれだ、奇跡を起こすときの雰囲気だ! 間違いないぜ!)」

 Tシャツを脱ぎ、パンツ一丁になった将軍はTシャツを右手に持ったまま目をつむり、静かに呼吸を整え始めた。静かながらもその迫力は勇者をたじろがせた。

「(す、すげえ! いよいよ、は、始まるんだな!)」

「(確かにすごい迫力ですね。私も水属性じゃない将軍がどうやって水を作るのかとても興味がありますのでこれは見逃せないですね)」

 勇者とトイレブラシが固唾を飲んで見守る中、ついに将軍はつむっていた目をカッと見開いた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」

 将軍の気合の叫びが大気を震わせた。

「(くる、くるぞ便ブラ!)」

「(はい、勇者様!)」

 そして将軍は持っていた汗でビショビショに濡れたTシャツを、

「(Tシャツをどうするんだ!)」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」

 絞って汗をコップに注いだ。

「どうぞ勇者様! 半分と言わず全部飲んで――」

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェ……!!!!!」

 満面の笑顔で汗の入ったコップを差し出してきた将軍にキレた勇者は鳥の鳴き声のような奇声をあげて飛びかかり、締め上げる。

「ゆ、勇者様!? な、何をなさるのですか!? わ、私に男と絡み合う趣味はありませんぞ!」

「俺にだってねぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉ……!!! てめえ散々引っ張っておいてそれかコラァァァァ……!!! 俺の感動を返しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!!!」

「ぐわああッ!? ゆ、勇者様その絞め技はいけませんぞ!? 完全に落とす形のやつではありませんか!」

 勇者は将軍の首に腕を巻き付けて絞め始めた。

「ゆ、勇者様、こんなことに体力を消耗してはいけません! 何を怒っているのかは知りませんが私の作った聖なる水を飲んでどうか落ち着い――」

「何が聖なる水だ、ざけんなよオオオ!!! その汚ねえ水が原因でキレてんだよクソッタレェェェェェェェェェ……!!! そんなもん飲むくらいなら干からびて死ぬ方がマシなんだよぉぉぉぉぉぉぉ……!!! もうどうせ水が飲めないんなら、くたばる前に全ての体力を使い果たしてでもテメエを締め上げてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!! おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「どぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 勇者は将軍を絞め続け、トイレブラシはその様子ため息まじりで観察していた。

(……まぁなんとなくこんなことになるのではないかと思ってはいましたが……やれやれですね……とりあえず勇者様の気が済むまでは放置して…………え!?)

 勇者の気が済むまでは放っておこうと考えていたトイレブラシだったが、事態は急変する。

「(勇者様!)」

「(なんだ! 悪いが後にしてくれ! 俺は今この社会不適格者に制裁を加えるという使命に燃えている! だから邪魔をするな! 話なら後で聞いてやる!)」

 勇者はトイレブラシの言葉を無視すると、ひたすら将軍にプロレス技をかけ続けた。だがトイレブラシもそんな勇者にしつこく食い下がる。

「(今聞いてください勇者様! 大変なんです! 重要なことなんですよ!)」

「(俺にとってはこいつを締め上げることの方が重要なんだよ! 腹が減って、喉が渇いて死にそうなときにこういう命がけのくだらないギャグをやる奴にはこっちも命をかけて応えてやるぜこんちきしょうが!)」

「(もう! 聞いてくださいってば!)」

「(後で聞いてやるって言ってるだろうが、後、後、あとおおおおおおおおおおおおおおおお!)」

 だがやはり勇者は聞く耳を持たず、不毛なやり取り続き、そしてその時がやってくる。

 上空から何か大きな物体が勇者と将軍のいる場所に、ズドン! っと大きな音を立てて落下した。その衝撃にさらされて勇者と絞め落とされ気絶した将軍は共にバラバラの方向に吹き飛ばされ、ドラム缶などの荷物も吹き飛んだ。

「……げほッ……な、なにが起きたんだ……な!?」

 被った砂を払いのけ、立ち上がった勇者は衝撃波の原因である落下物を見て、顔を引きつらせた。

 ピクピクと痙攣しながら死にかけていたその巨大な生命体は先ほど勇者たちが必死に逃げ惑い、レムを失う原因を作った張本人だった。

「こ、こいつ……あの時のイモムシじゃねーか……なんでイモムシが空から降ってくるんだよ……」

 勇者の疑問にトイレブラシが答える。

「手段はわかりませんが、何かしらの打撃で殴り飛ばされてここまで飛んできたんだと思います」

「殴り飛ばされただと!? んなわけないだろ!? あの巨体だぞ!?」

 勇者は推定二十メートルから三十メートル近いイモムシを指差した。

「ワームのお腹の部分をよく見てみてください」

 トイレブラシの言う通りに腹を見てみた勇者の目に飛び込んだ来たのは何か凄まじい衝撃によって出来たであろう巨大なへこみだった。ワームの腹部は異常なまでへこんでおり、何かがめり込んでそうなったということは勇者にも理解できたが、この巨体を殴り飛ばした相手がいるなど到底信じられなかった。

「……確かにヤバイくらいの衝撃がこのイモムシの腹に当たったっていうのは本当みたいだな……でもこの化け物が殴り飛ばされてここまで飛んできたとか信じられないぜ……」

「まあ信じられないのも無理はないですね。私もかなり驚いています」

「だよなぁ……んん? あれれ? ……こいつが殴り飛ばされたんならさ、殴り飛ばした奴がいるんだよな?」

「ええ、そうですね。それで今更なんですけど私がさっき言おうとしたことを言っていいですか……?」

「……なんだよ……」

 勇者はとてつもなく嫌な予感を感じながらトイレブラシの発言を待った。彼女の発した言葉、それは驚くほど簡単かつ単純な言葉だった。

「敵です」

「……なんだって?」

「敵です。まだ姿は見せていませんし、私たちが肉眼で捕捉されたわけではありませんが、勇者様がプロレスごっこをしている間、向こうはこちらの魔力に気が付いたようで凄まじい魔力を発して威嚇しながらこちらに向かって来ています。おそらく、このワームを殴り飛ばしたのもその人でしょう。相当の使い手ですねこれは」

 勇者は固まった、どう考えても戦えるはずはないと思った。体はガタガタ、喉はカラカラ、腹はペコペコ、今の自分の状態で敵と戦えるはずはない、そう即座に結論を出し、トイレブラシに逃亡を提案しようと口を開いたが、先に言われる。

「ちなみにもう逃げられないですよ。あとちょっとでこちらに来ます」

「な、な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 勇者は顔面蒼白になり、叫ぶ。

「ててて敵がちかづいてきてるんだったらももももももっと早く言えよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「勇者様が後にしろって言ったんじゃないですかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 勇者とトイレブラシの絶叫が砂漠に響く。


 ガゼルは砂漠を猛スピードで駆け抜けていた、捉えた獲物を逃がさぬように。

「肌にビリビリ感じるぜ、確かにこりゃあ凄い魔力だ。こんな場所じゃあ会えないとばかり思ってたからな。楽しみだぜ、赤毛くん」

 二人目の刺客ガゼル・クロックハートが勇者に迫る。 












  

 



 

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