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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
21/42

20話

 アイオンレーデ国に存在するとある町カーマイン、そこはウルハ国との国境付近に位置し、かつては人々の行き交う活気に満ち溢れた町だった。そしてその町の中には民家とは一線を画する大きな屋敷があった。ラモット伯爵邸宅、そう呼ばれていた豪華絢爛な屋敷の造りは外側、内側共に非の打ち所の無い見事なもので、特に屋敷内部の荘厳さと美しさを兼ね備えた建築様式は間違いなく一級品の腕を持つ建築家を呼び寄せて作らせたのだろう、と思わせてしまうほどのものだった。

 そんな伯爵邸の内部を歩く一人の青年がいた。簡素な鎧を身に纏い、二本の槍を背負ったその青年は肩にかからない程度の金髪のショートカットを揺らしながら厳しい表情で二階の廊下を黙々と進んでいたが窓から見えたとある光景が彼を立ち止まらせた。睨み付けるように窓の外を見ていた青年だったが、ふいに何かに思いを馳せるように目をつむった。

「……ン……オン……」

 誰かが後ろから青年を呼んだが、聞こえていないのか当の本人は依然として目をつむったまま動かず、石造のように沈黙を続けた。

「……レオン……レオン!! おいコラ聞いてんのかレオンニール・ヘル・シュライゼン!!!」

 ぴくっ、と一瞬青年は体を震わせると硬直を解き彼の名を呼んだ人物の方へ振り向いた。

「……ガゼル、か……」

 振り向いた青年、レオンは自身を呼んだ人物を見つめ、名を呼び返した。

「ガゼルか、じゃないっつの! ったく何回呼んだと思ってんだ」

 色白のレオンとは対照的な褐色の肌をした青年ガゼルは短めの茶髪をかきむしりながらため息をついた。

「すまない。少し考え事をしていた」

「お前と戦った例の赤毛くんのことか?」

「それもある……だが……起こっている事態そのものについてが一番の悩みだよ」

「ま、気持ちはわかるけどな。だけど今は悩むより行動あるのみだぜ。せっかく手がかりを見つけたんだからよ。それにほれ、会議に遅れちまうぜ。副隊長のお前が遅れてどうすんだ」

「……そうだな。行こうか」

 レオンは窓の外の景色を振り切りガゼルと共に歩き出すと、ある部屋に入った。部屋の内部は貴族がパーティでも開くために造ったと思われる非常に大きな空間だったが部屋の中にあったのは大き目の円卓と備え付けられた五つの椅子といくつかの予備の椅子のみであり、その椅子にはすでに二人の先客が座っていた。

「レオン君、ガゼル君。おはようございます」

 椅子に座っていたうちの一人がレオンとガゼルの二人が入ってくるのに気付くと立ち上がり、にこやかにあいさつをしてきた。

「おはようシャルゼ」

「よっす」

 長めの緑色の髪を前で分けた優し気な雰囲気の青年シャルゼにレオンとガゼルは挨拶を返し席についた。一方、挨拶をしたシャルゼとは対照的に先に座っていたもう一人、銀色の髪を腰まで伸ばした気怠そうな青年は挨拶もせずに目を別の方向に向けていた。だがレオンとガゼルは特に気にした様子もなく、これが彼らにとって普通であるかのように最後の席に座る五人目を待った。

「……おせぇな隊長」

「そうだな。何かあったのかもしれない」

「そういえば王都から緊急の連絡が入ったらしいですよ。つい先ほどの話らしいですが」

 ガゼルとレオンは最後の一人が現れないことを疑問に思い、それに対してシャルゼが良かれと思い答えたがレオンは表情を硬くし、ガゼルは嫌そうに顔をしかめた。

「マジかよ……前みたいに無茶な命令じゃねえだろうな……」

「大丈夫ですよ、さきほど小耳にはさんだところどうも議会からではないみたいですから」

「そっか~。よかったー」

 シャルゼの説明に安心したのかガゼルはテーブルに突っ伏した。だがレオンは納得していないのかシャルゼに問いかける。

「議会からではないのならどこからなんだ?」

「それは……」

 シャルゼが話し出そうとしたその時、外から部屋の扉が開けられ一人の人物が中に入ってきた。それを確認した四人は一斉に立ち上がった。

「遅れてすまなかった。他の国の『呪界』を調査していた別の隊から緊急の知らせが入ってな、その報告を聞くことに時間をかけた。遅れてきた身分で言えたことではないが会議を始めようか」

 そのことを聞いたレオンは納得すると入ってきた人物に対して四人を代表して話しかける。

「了解しましたディーズ隊長。それではまず点呼を取ります」

「何も毎回とらなくてもいいんだぞレオン。この場には我々しかいないのだから」

「いえ、規則ですので」

 苦笑するディーズに硬く答えたレオンはこの場にいる人物の名を呼び、点呼を取り始めた。

「ガゼル・クロックハート」

「おう」

 短めの茶髪を前髪ごと逆立たせたツンツン頭に190センチメートルを超える大柄で筋肉質な青年、ガゼル・クロックハートがレオンの点呼に答えた。

「シャルゼ・ベルト―ル」

「はい」

 四人の中では低めの170センチほどの身長、レオンと同程度の長さの深い緑色の髪、垂れ目がちな優し気な瞳をした青年、シャルゼ・ベルト―ルは笑顔でレオンの点呼に応じた。

「フリード・アイアス」

「……ああ」

レオンと同程度の身長に銀色の髪を腰まで伸ばした青年フリード・アイアスは、切れ長の目で一瞬だけレオンを見た後、短く言葉を返しすぐに目を閉じた。

 そして最後にレオンは自らの名を呼ぶ。

「レオンニール・ヘル・シュライゼンが点呼を取りました。ディーズ・グラム隊長、確認をお願いします」

「確認したよレオン」

 ガゼルと同じかそれ以上の長身と鍛え上げられた肉体を持つ狼のような顔をした壮年の男性、ディーズ・グラムが厳しいながらも優しい顔で答えた。それを見たレオンは再び口を開く。

「それではグラム隊、全員揃いました」

「ああ、では会議を始めようか」

 ディーズが席に着くと他の四名も座り、会議が始まった。

「まずは私が先ほど聞いた報告から話そう。結論から話す、各国に展開中の『呪界』の進行速度が遅くなっていることは知っていると思うが、今朝進行が完全に停止した」

 ディーズから話を聞いたレオン、ガゼル、シャルゼは驚いた顔をしたが、フリードは依然として怠そうな態度を変えなかった。

「驚く気持ちもわかるが続きを聞いてくれ。進行は停止したが『呪界』に飲まれた国の状態は変わっていない、つまり事態が好転したわけではない」

「……そうだよな……そう簡単にはいかないよな」

「残念ですね」

「そうだな。だが進展がないわけではないだろう」

 ガゼル、シャルゼが気を落としながら言ったが、ディーズは励ますように二人に声をかけるとレオンの方を見た。

「レオン、お前が戦った赤毛の剣士が落としたという手帳の解析はどうなっている?」

「解析は順調に進んでいるとのことで、今日中にも結果が出るそうです」

「そうか。わずかでも掴んだ手がかりだ、結果が出次第すぐにでも報告してくれ」

「わかりました」

 レオンの返答を聞いたディーズは次にガゼルに視線を向けた。

「ガゼル、わかっているとは思うが……」

「レオンの次は俺って事でしょ? わかってるっすよ隊長。ちゃんと準備しておきますって」

「頼むぞ。では次に侵入するガゼルのためにも赤毛の剣士について情報を……」

 ディーズが次の話をしようと口を開けた時、ドタドタと廊下を走る声が響き、突然ドアが開け放たれた。

「大変です大変です大変ですううううううううううううううううううううううううう!!!」

 白衣をきた丸メガネで天然パーマの男が会議の途中で割り込んできた。

「……何があったテッド」

 ディーズがため息をつきながらせわしない白衣をきた男、テッドに話しかけた。

「解析の結果が出ました! 手帳の内容がわかったんです! だから急いで伝えようと、ゲホッゲホッ!」

「大丈夫か? 急いで報告に来てくれたのはありがたいが、いったん落ち着け」

「す、すみません。もう大丈夫です。あの、嬉しさのあまりいきなり飛び込んできてしまったのですが、報告は後に回した方がいいでしょうか……」

「いや構わない、今伝えてくれ」

「わかりました。まず手帳の内容ですが、やはり『呪界』の術式に関する事が事細かに記述されていました。まだ全ての内容を理解したわけではありませんが、解析を続ければ間違いなく『呪界』の調査に役立つと思われます」

「そうか、よくやってくれた。引き続き解析を頼む」

「はい。では僕は失礼します、お騒がせしてすみませんでした」

「待ってくれ」

 テッドは頭を下げてそそくさと出て行こうとしたが、ディーズに呼び止められる。

「これからテッドが調査している手帳を落とした赤毛の剣士についての情報をまとめようとしていたところでな、手帳の解析途中で悪いがお前の意見が聞きたい」

「わ、わかりました」

 テッドはディーズに促されるように予備の椅子に座った。

「さて、これで件の赤毛の剣士が『呪界』に関係していることが明白になった。レオン、お前が入手した赤毛の剣士に関する情報を整理しつつもう一度説明してくれ」

「了解しました。特徴としては膨大な魔力量がまずあげられます。おそらく単純な魔力の量ならここにいる隊長を含めた六人全員を合わせても到底及ばないほどです。そして属性は火属性でした。今はっきりとわかっていることはこれくらいですが、戦ってみた自分の推測としては赤毛の剣士は今だ底知れぬ実力を隠していると感じました。特に『魔技』に関しては確認した限りではとても弱弱しく本気で戦っているとは思えませんでした」

 レオンの説明をあらためて聞いた五名はフリードを除き信じられないといった様子を示した、そしてガゼルがレオンの説明に口を挟もうとした。

「正直信じられねえよ。魔力量が化け物じみてる上に、魔獣との連戦で体力や魔力を消費していたとはいえ光の属性を持つレオンと戦っておきながら本気も出さずに撃退するなんてよ」

「事実だ。特に体術に関していえば達人と呼んでもいいレベルだった。それに傷ついているにも関わらずまるでこちらを試しているかのようなそんな余裕すら感じられた。もしかしたら僕の実力を測っていたのかもしれない」

「相当の使い手ってことかよ、厄介だな。せっかく手がかり掴んだってのに」

「……その割には嬉しそうに見えるが」

 レオンはジト目で口角をわずかに釣り上げるガゼルを睨んだ。 

「なはは! わかるか? 実はちょっと戦うの楽しみだったりするんだよな! 魔力量については聞いたからよ、外見的な特徴ももう一回説明してくれよ。次は俺が戦う可能性が高いからよ」

「……赤い髪に黒い服と黒い大剣を持った色白の少年だ。体型は普通で背はそれほど高くはなかった、シャルゼと同じくらいだ」

「赤い髪ねぇ、結構ブルグゾン大陸では珍しいよな。俺十九年生きてきたけど見たことねぇし」

「ああ、非常に珍しい特徴だ。僕も見るのは初めてだった」

「だよな。遭遇すれば一発でわかりそうだ」

 ガゼルは笑みを浮かべて戦いを楽しみにしている様子だった。それを見ながらディーズはレオンに話しかける。

「レオン、赤毛の剣士は『呪界』の影響を受けているように見えたか?」

「影響を受けているようには見えず、見たところでは我々のように時間制限を設けているようには思えませんでした」

「そうか。テッド、例え魔力がいかに高くとも一定時間経過すれば『呪界』の中にいるものは浸食を受ける、という我々の見解は数々の実験により間違っていないはずだが、それを踏まえてどう思う?」

「は、はい。おそらくですが、『呪界』の一部として認識されているのではないかと思われます」

「どういうことだ?」

「推測にすぎないのですが『呪界』は生物の体内のように出来ており、何らかの信号を受けて浸食をする人物としない人物を分けているように思えてならないんです。まだ詳細は不明なので僕の推測にすぎないのですが」

「つまり『呪界』は展開している術者とそうでないもの選別しているということか。そして赤毛の剣士は『呪界』の影響を受けてはいなかった。展開されている『呪界』の規模から考えて術者は複数いると考えられていたが、その赤毛の剣士が複数いる術者の一人なのか」

 ディーズは顔を厳しいものに変えながら考え込み始めたが、レオンがそれを止めるように声をかける。

「隊長、赤毛の剣士が術者かどうかはわかりませんが、関係している人物であることは違いありません。ならば我が隊の方針はおのずと決まるのではないでしょうか?」

「……そうだな。ただでさえデタラメな状況だ。ならば手がかりをたどり真実にたどり着くしか手はないな。皆聞いてくれ、とは言ってももうお前たちも理解しているとは思うがな」

 ディーズは隊員全員の顔を見回し、告げる。

「我々グラム隊の当分の作戦目標は赤毛の剣士の捕縛だ」

 ディーズの言葉を受けた隊員たちはそれぞれの反応を見せつつも全員肯定の意思を示し、その日の会議は終わった。そして会議が終わった後レオンはまたしても会議が始まる前に立ち止まっていた二階の廊下にたたずみ窓の外を見ていた。

「また見てんのかよ。飽きないか?」

「……何度見ても飽きることなどないよ」

 先程と同じように話しかけてきたガゼルに答えたレオンは振り向く。

「僕に何か用か?」

「まぁ用っていうほどのことじゃねえけど、ほら……」

「赤毛の剣士についての情報をもっと詳しく教えてほしい、というところか?」

「いや~流石幼馴染! 以心伝心だな!」

 ガゼルは嬉しそうにレオンの肩をバンバンと叩いた。

「嬉しそうなところ申し訳ないが僕が手に入れた情報は全て会議で話した。これ以上君に教えられるものはないよ」

「戦ってみた生の感想ってやつが聞きたいんだよ。お前が会議で話したのって魔力量とか属性とかだろ? どんな性格してたとか纏ってた雰囲気とかそういうやつが聞きたいんだよ俺。醸し出す雰囲気や性格は相手の戦い方や行動を予測するのに役立つ」

 ガゼルは野獣のような笑みを浮かべながらレオンに問いかける。

「……相変わらず君は戦いが好きなんだな」

「当然だろ! 自分と対等以上に強い奴と戦ってそいつを倒す! 漢なら燃えるだろそういうのってよ!」

「僕にはいまいちわからないが」

「……お前は強すぎて相手になる奴がいないからだろ……全力のお前と戦って互角なのはこの辺じゃあ隊長かフリードくらいだしな……つーかいいから教えろって!」

「……性格と雰囲気か……こちらから話しかけても何も答えなかった。性格に関してはなんとも言えないが、雰囲気は寡黙で冷静といった感じだったよ。表情を変えず淡々と戦っていた、あれは戦闘のプロに違いない」

「へえ、まるで暗殺者みたいだな。冷静で寡黙か、なるほどなるほど」

 ガゼルはうんうんと頷きながら目をつぶると、一瞬考え込み、そして目を見開いた。

「よし、作戦が決まったぜ! 真っ向勝負で行く!」

「……それは作戦とは言わないよガゼル。行動を予測するんじゃなかったのか?」

「問題ない戦いながら予測する。それより情報を教えてくれた礼に飯をおごってやるぜ!」

「……いや僕は……」

「いいから来いって! こんなところで突っ立ってたって状況は変わんねーだろ! お前はグラム隊の副隊長なんだからよ、そんな辛気臭い顔してたら隊のやつらだって心配するぜ! というわけで飯食って元気出せ! ほれ行くぞ!」

「ふ……そうだな……」

 やり方はどうであれ自身を元気づけようとするガゼルに対してレオンは笑うと、ガゼルの後について町に出かけた。町に入り、飲食店を探していたレオンとガゼルだったが何かの騒ぎの音が二人の足を止めた。見ると、人ごみの中央で二十人ほどの男たちが二人の親子と思しき母と子に因縁をつけている様子が二人の視界に飛び込んできた。事情を聞くべくレオンは近くにいた人に話しかける。

「何があったんだ?」

「ん? ああ、あの親子の子供が持ってたアイスが男の服に付いちまってな。それで因縁をつけられちまってるんだ」

「そうか。事情の説明感謝するよ」

 レオンは礼を言うと人ごみの中央に歩き出そうとしたが、事情を説明してくれた男が腕を掴んで制止した。

「やめておけ、あれはただのチンピラじゃない。『グリードガレス』のメンバーだ」

「『グリードガレス』……確かアイオンレーデの中で最大のギルドの名だったか」

「そうだ。属性持ちもあの中に何人かいるって話だ。腕の立つ騎士に連絡はしておいた、到着するまで待っていたほうがいい。あんたも見た所騎士のようだがあの人数見えるだろ」

 レオンと男が話している間も事態は刻々と進み、耳をつんざくような怒鳴り声が周囲に響いてきた。 

「おい! どうしてくれるんだよこの服! てめえんとこのガキがやったんだから責任とってもらおうか!」

「す、すみません! すみません! 弁償させていただきます!」

「ったりめえだろうが! クリーニング代と迷惑料込みで500万ギルス払えや! 今すぐだ!」

「ご、500万!? そ、そんな!? 無理です!」

「無理だと? そんなこと言える立場なのか? ああ? 払えねえってんならこの場でそのイライラを解消させてもらおうか、なあガキ!!」

「やめてください!!」

 顔に竜の刺青を入れたガラの悪い男が拳を振り上げ、子供に気味の悪い笑顔を向けた。母親はそれを見てとっさに子供を抱き寄せ男から守ろうとした。

「そうか子供思いの母親だな、なら親子共々たっぷり可愛がってやるぜ!!!」

 男が母子に拳を振り下ろそうとした瞬間、レオンは男の手を振りほどくと親子のいるところまで駆け出そうとしたが、隣にいたはずのガゼルがいつの間にか親子の前に立っていたことに気づき足を止める。

「なんだてめえは」

「騎士だよ。話は聞いたけどよ、その服に500万はボッタくりすぎだろ。見た感じじゃあせいぜい5000ギルスが関の山ってところだろ。ほれ、これ受け取って早々に失せな」

 ガゼルは財布を取りだすと札を中から出し、男に差し出した。

「舐めてんのかてめえ!」

「舐められたくないんならそういう小物臭い態度を改めろよ。雑・魚・野・郎」

「し、し、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!」

 ガゼルは余裕たっぷりといった様子で笑みを浮かべると相手を挑発し、それを受けた男は青筋を浮かべながら絶叫しながらガゼルに殴りかかってきたがそれをあっさりとかわしたガゼルは男を逆に殴り飛ばした。

「ぶはぁ!?」

 殴り飛ばされた男は地面に体を打ちつけた、そしてそれを見た男の仲間たちはガゼルを睨み付ける。

「悔しかったら俺を追ってこい雑魚共!!!」

 言うなりガゼルは町の外に走り出した。

「逃がすな!!!」

「野郎!!!」

「殺してやる!!!」

 男達の殺気立った声を聞きながらレオンはため息をつくと、ガゼルの後を追って走った。

 十分とかからず町の外に出たレオンとガゼルは荒れ果てた荒野にて二十人の男たちに囲まれていた。

「レオン、ここは俺がやる。ちょうど赤毛くんと戦う前の準備運動がしたかったんだよ。属性持ちの相手と戦えるうえに『メルティクラフト』の精度を確かめるいい機会にもなる。一石二鳥だ」

「……わかった。だが危険だと判断したら助けに入る。いいな?」

「心配ないと思うけどな。だけど、ま、わかったよ」

 ガゼルはニヒルに笑うとレオンに肯定の意を示した。

「何ごちゃごちゃ言ってやがる!!! てめえら無事に済むと思うなよ!!!」

「てめえら、っていうのは間違いだぜ。お前らの相手は俺一人だからよ」

 ガゼルが言うと、レオンは地面を蹴り、上空へと飛び上がると後ろに下がり男たちの包囲から脱出した。

「な!? 逃がすぶはぁ!?」

 レオンが包囲から抜け出したことに驚いた一人がレオン目掛けて走り出したが、ガゼルに蹴り飛ばされ阻止される。

「言っただろ? お前らの相手は俺一人だってよ。あいつの相手をするのはお前らじゃそれこそ500万年早えよ。おら!!! かかって来やがれ!!!」

 ガゼルは腰に下げていた黄色い魔石の付いた籠手を両手にはめると腰を落とし構えた。

「バカが一人でなにが出来る!!! おいお前ら『メルティクラフト』で一気に片付けるぞ!!! 属性のない奴らは後退して魔術の詠唱に入れ!!! このバカをぶち殺すぞ!!! 血の契約の名のもとに命じる、交われ!!!」

「「「血の契約の名のもとに命じる、交われ!!!」」」

 先ほど親子に詰め寄っていた刺青の男が指示を出すと、属性を持つ三人ほどの男たちが契約魔具で自分の肌を切り、従属魔具と重ね合わせながら呪文を唱えた、そして魔法陣が展開するとともに男たちを包み込み二つの武器は融合し左手に魔石が埋め込まれ、右手には先ほどとは形状を変えた武器が握られていた。それを見たガゼルは薄く笑う。

「ちょうどいい。俺の『メルティクラフト』を使う前の準備体操代わりだ、最初の攻撃だけ普通の状態で受けてやるよ」

「な、舐めやがって! 行くぞお前ら!!!」

 刺青の男の合図で三人の男たちの『魔技』が放たれた。氷の弾丸、風の槍、岩の塊、巨大なそれらの攻撃が轟音を立てながらガゼル目掛けて迫る中、攻撃を放たれた当の本人はリラックスした状態でその攻撃の行く末を見守っていた。それを見た刺青の男はほくそ笑む。

「マヌケが! 突っ立ったまま死ね!」

 もはや回避不能なほどに攻撃がガゼルのすぐそばまで迫ったその時、褐色の騎士は軽く腕を横なぎに振った。振った腕は同時に迫る氷の弾丸、風の槍、岩の塊にぶつった。刺青の男や仲間たちはガゼルの腕が吹き飛ぶ、そう思いニヤけた。

「な!?」

 だがその下卑た笑顔は驚愕に変わった。

 ガゼルの攻撃とも呼べない軽い拳の横なぎは男たちの放った『魔技』を逆に吹き飛ばした。

「……お前ら想像以上に弱いな。ある意味びっくりしたぜ。こりゃあ赤毛くんと戦う前の準備運動にもならなそうだな。『メルティクラフト』の調整だけやってとっとと終わらせることにするわ」

 つならなそうに言ったガゼルは籠手をはめたまま腰に下げていた短剣で自ら指を切り血を籠手に垂らした後に籠手を腕ごと十字の形になるように重ね合わせる。

「血の契約の名のもとに命じる、交われ」

 抑揚のない適当そうな声で契約の呪文を唱えたガゼルの足元に黄土色の魔法陣が展開し、魔力の暴風が吹き荒れた。そして魔法陣は形を変えガゼルを繭のように包み込むと、爆ぜた。

 魔法陣から現れたガゼルの左手には黄色の魔石が埋め込まれ、右の手には手の指先から肩まで巨大な岩でできたような灰色の鎧に包まれた。

「さて、ここからが本番だ。一応手加減してやるけど死ぬなよ?」

 ガゼルの笑顔は血に飢えた野獣のようで、刺青の男たちはガタガタと震えながら自らの死を想像し戦慄した。ガゼルが右腕を振り上げた瞬間、刺青の男がこのままではまずいと直感的に思い、金切り声を出しながら周りの男たちに指示を出そうとした。

「て、てめえら、い、一斉攻撃だ! 奴に攻撃する暇を与えるな!!! 魔力が尽きても構わねえ!!! 最大出力だ!!! 後衛の奴らも詠唱が終わり次第ぶちかませ!!!」

 刺青の男の指示が他の仲間に伝わるや否や全てを込めた魔力攻撃が連続でガゼルに向けて放たれた。先ほどよりも倍近い巨大な魔力の塊はガゼルの周りの荒野を容赦なく破壊し、数十メートルに渡って破壊の後を残した。容赦なく放たれる攻撃によってグシャグシャになった地面からは土煙が立ち上り、ガゼルの体を覆い隠した。

「こいつでとどめだ!!!」

 刺青の男の放ったオレンジ色の炎の斬撃が立ち上る土煙の中に消え、そして爆発した。焦げ臭いにおいと共に辺り一面に炎は燃え広がり、土煙とは別の黒い煙が周囲を覆った。

「ハ、ハハハハ!!! 見ろよ!!! これで跡形もなく吹き飛んだぜ!!!」

 全ての魔力を使い切った総攻撃によりガゼルは死んだ、男たちはそう思っていた。高笑いをしながら勝利を確信した男たちは冷や汗をぬぐい、危機を脱したことを喜んだ。

「いやー結構やるな。初めからそれをやれよ」

「……嘘……だろ……」

 だがガゼルの嬉しそうな攻撃の感想が男たちの表情を固めた。晴れていく煙の中で見た光景は男たちにとっては絶望の始まりだった。男たちの攻撃は確かに地形を変えるほどに強力だった、抉られ穴の空いた地面や焼け焦げた地形は完全に変形し、攻撃の壮絶さを物語っていた。しかし男たちが殺意を向け殺すつもりで狙った騎士にはかすり傷一つ付いてはいなかった。

「そんじゃあ、今度はこっちの番だな」

 ガゼルは膨れ上がった岩石のような右腕をドシンと音を立てて地面に振り下ろした。するとグラグラと地面が揺れ出し地震と砂嵐のようなものが周囲一帯を襲った。その後地震と砂嵐はすぐに落ち着いたが、刺青の男とその仲間たちは砂嵐により視界を奪われ、相対していたガゼルを見失った。急ぎ見失ったガゼルを探した男達だったがそれどころではないほどの驚愕の光景を目の当たりにする。先ほどまでアイオンレーデのカーマイン一帯の天候は雲一つなく晴れていた、ところがどういうことか日影が男たちを覆い隠してしまった。ゆっくりと上を見上げた刺青の男とその仲間たちはその答えを知るとともに意識を失った。

「やっぱ弱かったな。最後の猛攻はちょっとよかったけど、『メルティクラフト』使って全力で戦うには役不足もいいところだぜ。レオン、後で準備運動に付き合ってくれよ」

 『メルティクラフト』を解除したガゼルは肩をゴキゴキと鳴らしながら不満げにレオンに話しかける。

「……それは構わないが。ガゼル」

「なんだよ?」

「やりすぎだよ」

 レオンは横目で上空からまるで隕石が激突したかのような地面に開いた数十メートル近い巨大なクレーターを見た。

「これでも手を抜いたほうなんだけどな」

 レオンと同じようにクレーターの中を上から覗いたガゼルは中でのびている男たちを見ながら軽い調子で言った。

「どうすっかこいつ等」

「とりあえず留置所にでも入れておこう、市民に暴行を加えようとしたからな。僕は一度町に戻って何十人か騎士を連れてくる。この男たちを運ぶのには人手が必要そうだ。ガゼルは彼らを見張っていてくれ」

「あいよ」

 レオンはクレーターから視線をはずすと、町に向かって歩き出したが数メートルほど歩いてからガゼルの方に一度振り返った。

「それから、その穴は後でキチンともとに戻しておいたほうがいい。隊長が怒るぞ」

「うぇぇ……な、なあレオン。俺達幼馴染で友達でそんでもって仲間だよな? 困っている友達がいたら助けるのが人情ってもんだよな? な?」

「ガゼル、君はやりすぎることが多々ある。今回もそうだが、以前も同じことがあった。一人で穴を埋めて少し反省したほうがいい」

 ガゼルは穴を元に戻す作業を手伝ってほしいことをレオンに求めたが、レオンは断ると町に向かって今度こそ歩き出した。

「おいレオンそんなこと言うなって! ちょ、待てってレオン! 一回話し合おうぜレオン! おいコラ戻ってこいってレオン! え、嘘だろホントに行っちゃうのかよ!? もうやりすぎたりしないって! 頼むから! 話聞いてくれよレオ助ええええええええええええええええええええええええええ!」

 後ろから聞こえてくるガゼルの悲鳴のような嘆願を無視したレオンは黙々と歩き続けた。

 それから数日後、レオンはガゼル、ディーズ、シャルゼと共に馬車に乗りある場所へと向かっていた。ガゼルは通り過ぎる風景を見ながらレオンに話しかける。

「なあレオン、お前が前に『呪界』に入った時ってどの辺まで行ったんだっけか」

「ラムラぜラスの近くまでは行けたと思うが、正確にどこと聞かれると返答に困るな」

「仕方ないですよ。見知った国の地形とはいえあそこはもう我々の知るウルハ国とは違うのですから」

 シャルゼが少し悲しそうに言うと、ガゼルはそうだなと呟き、ディーズの方を向いた。

「ところで隊長、フリードの奴は結局見つからなかったんすか?」

「ああ、探したが見つからなかった。まったくどこにいるのやら」

 ディーズは頭を抱え、それを見たレオンはため息をつきながらフリードに対して言及しようとした。

「隊長、彼は、フリードは少し自由すぎます。こちらの指示にはまるで従わず単独行動を繰り返すばかりです。これでは他の騎士に示しがつきません」

「……そうだな、一度フリードとはじっくり話し合う必要があるのかもしれないな。私としても部下のお前たちとはもっと話し合い親睦を深めたいと思うのだが……」

「難しいっすよね。状況が状況ですし……」

 ガゼルはディーズをフォローし、それをきいたディーズも肯定するように力なく笑った。だがレオンはフリードへの不満が尽きていないようで続けて話す。

「だが今回のように任務で勝手にいなくなられては困る」

「まあそう怒んなって、任務つっても今日のはどうせ俺の見送りみたいなもんだし」

「だが……」

「お? そろそろ着くな。テッドがダボダボな白衣着てこっちに手を振ってるぜ」

 窓の外を見たガゼルはレオンの言葉を遮り、目的地に到着する旨を皆に伝えた。そしてガゼルが言った十数分後、荒野を走っていた馬車はとある場所に止まった。その場所は町から十キロほど離れたところにあり、ちょうどラモット伯爵の屋敷の二階の廊下の窓から見える位置だった。馬車から降りた四人は前方を見つめ、先にガゼルが声を出す。

「相変わらず真っ黒だな。まったく変わり映えしねえ。進行が止まったって聞いてたから何かしら変化があるもんだと思ったんだけどなぁ」

「何も変わっていないことなどラモット伯爵邸からでもわかっただろう」

「そりゃあ、そうだけどよぉ。近づけばなんか違うところがあると思ったんだよ。部分的に色が変わるとか」

「……部分的に色が変わったところで意味などないと思うが」

 ガゼルの軽口にレオンは答えていると、声が聞こえてきた。

「みなさ~ん!」

 テッドが四人のところに走り寄ってきた。それを見たディーズはテッドに話しかける。

「テッド、準備は整っているか?」

「はい、万全です。いつもどおり術式発動後に中に侵入出来るよう騎士たちも詠唱に入りました。数分後には『呪界』に穴をあけられます。皆さんもおわかりと思いますが今回も穴を開けていられる時間は一週間ほどになります、ですので一週間経つか魔力の消費量が一定を超えて『呪界』の浸食を受けると判断した際にはこちらで呼び戻します。えーっとレオンさんの次ですから今回侵入するのはガゼルさんですよね?」

「ああ、俺だ」

「では、これをどうぞ」

 テッドはポケットをガサガサとあさるとガゼルに懐中時計に似たものを手渡した。

「なんだこれ」

 手渡されたものに疑問を持ったガゼルが質問すると、テッドの代わりにディーズがそれに答える。

「今回もラムラぜラスへの到達が目標ではあるが、最優先目的は赤毛の剣士の捕縛だ。だがもし赤毛の剣士が『呪界』を発生させている術者ならばそう簡単に捕まるとは思えない。そこで仮にお前が捕縛に失敗したとしてもその次に生かせるように保険をかけるためのものとしてそれを用意した」

「これが保険になるんすか?」

「そうだ、その魔具はお前が赤毛の剣士と遭遇し戦闘になった時に相手の魔力質を測る。そして測った魔力質はこちらに転送され解析班にまわされる」

「……まわされるとどうなるんすか?」

 ガゼルが疑問を浮かべるとレオンがそれに答えようとした。

「次に『呪界』へ侵入する際にその魔力質をたどり、出来るだけ目標である赤毛の剣士に近い座標に転送することができるようになる、といったところでしょうか隊長?」

「その通りだ」

「おーなるほどそういうことか!」

 ガゼルは感心しながら頷いた。

「でもあれだろ? 俺が今回赤毛くんに勝てればこの魔具は意味なくなるな」

「ああ、だが油断するなよガゼル。戦ってみてわかったが敵は歴戦の猛者だ、そして何より今回の目的は倒すことではなく捕縛することだ。強者を捕まえるという行為はある意味倒すことよりも難しい」

 ガゼルは好戦的な笑みを浮かべながら言ったが、レオンがそれを諌めた。

「レオンの言う通りだガゼル。慎重にことにあたれ」

「レオンも隊長も心配しすぎだっつの! 俺が油断したことなんてあったか?」

「「あった」」

 レオンとディーズは同調した。

「なんだよ!? 声そろえることはねーだろ!? ったく」

「アハハ、二人ともガゼル君のことを大切に思ってのことなんですよきっと」

 不貞腐れるガゼルにシャルゼはにこやかに笑いかけた。

「おっと、そろそろ時間です! ガゼルさん準備はいいですか?」

「おう、問題ないぜ!」

 テッドの呼びかけに元気よく答えたガゼルにレオンは心配そうな目で見た。

「本当に大丈夫か? 座標を記録する魔具とコンパス型の魔具はちゃんと持ったか? それらがなければ転送する場所を記録できず、ラムラぜラスの方角もわからないぞ」

「持ったよ。ほれ」

 ガゼルは腰に取り付けられたポシェットの中から中央に魔石が付いた細長い針を数本取り出して見せ、それを見せると次に魔石の付いたコンパスを同じように見せ、ポシェットにしまった。

「ハンカチや飲み物もちゃんと持ったか? 携帯食料は?」

「お前は俺の母ちゃんか! 心配しすぎなんだよ! 飲み物とかもちゃんと持ってるから心配すんな!」

 ガゼルはレオンに言うとシャルゼ、ディーズを見た。

「んじゃあ行ってきますわ」

「気を付けてくださいねガゼル君」

「おう、サンキューなシャルゼ」

「敵は光の属性であるレオンを退けたほどの強者だ、心してかかれガゼル」

「任せてくださいよ隊長」

「ガゼル」

 レオンからの声にガゼルは振りかえった。

「死ぬなよ」

「死ぬわけねーだろ!」

 ニッと犬歯を見せて笑うとガゼルはゆっくりと前方へ歩き出した。

「それでは『呪界』に亀裂を入れます! 侵入するガゼルさん以外のみなさんは下がってください!」

 テッドの言葉に従った三人は後ろに下がり、片やガゼルは進み続けた。テッドはそれを確認すると、ポケットから幾何学的な魔法陣の描かれた札を取り出し、それに向かって呼びかける。

「こちらの準備は整いました! 術式を起動してください!」

 テッドが遠方で準備をしていた他の騎士たちに呼びかけた瞬間だった、その術式は発動した。

 ガゼルはあらためて前方にあるそれを見た。

 炭をぶちまけたように黒いそれを。

 本来ならば王都で訓練に励んでいたであろう自分たちをウルハ国の国境近くに呼び寄せたそれを見た。

 全ての元凶であり、今現在もブルグゾン大陸を蝕む呪い、地平線まで続く巨大な黒いドーム状の結界『呪界』を睨み付けたガゼルは空気を味わうように深呼吸をすると気持ちを落ち着けた。そしてこれから戦うであろう相手に対する高揚感と緊張から手をギュッと握りしめ、笑みを浮かべる。発動した術式による作用なのか黒い結界は次第に亀裂が入って行き、中から光が漏れだした。

「ガゼルさん、どうぞ!」

「ああ!」

 テッドの声を合図にガゼルは亀裂が入り、光の漏れ出した場所まで駆け出し、そして飛び込んだ。ガゼルの体は一瞬で光の中に吸い込まれ、瞬く間に消えた。それを見送ったレオンはガゼルの無事を祈りつつ空を見上げた。


ガゼルが『呪界』に侵入するよりも前、サラマンダー盗賊団のアジトより帰還した勇者はウルハ城内にて『火竜の剣』を持ちだしたと思われるスティーブ将軍について調べていた。

「……違法薬物の密売斡旋、マルチ商法の執拗な勧誘、おかしな宗教の教祖になり信者から金を巻き上げようとする、闇金どころか友人からも多額の借金をする、給料の前借をしすぎてあと六か月は無給のただ働き、そして無類のギャンブル好きで借金するほどのパチンコ中毒者、それらの原因とキャバクラ遊びがたたって妻と娘からは見捨てられつつある……かしょうもない奴だなこのスティーブとかいうおっさんは……」

 勇者は自室という名の牢屋のベットで寝ころび、調べ上げた資料を読み上げながら資料に写っていた写真に侮蔑の視線を向けた。写真に写っていたのは精悍な顔立ちをした四十代ほどの長身かつ筋肉質な体格の男性で、太めの眉に、意志の強そうな瞳、ダークブラウンの長髪をオールバックにし、背中で結ったその姿は一見すれば優秀そうな大人だったが、あまりにもひどい経歴ゆえに勇者の視線は冷たかった。

「ぶっちゃけ前科者の経歴ですよねこれ」

 トイレブラシは率直な意見を言った。

「だよな。はぁ、今度はこのパチンカスを追いかけなきゃいけないのかよめんどくせえな……つーか今だに異世界にパチンコ屋があるっていう現実を受け入れられないぜ俺……」

「『メルティクラフト』完成のためですよ。頑張っていきましょう」

「そのメルティなんたらは『火竜の剣』以外の他のやつじゃダメなのか?」

「駄目ですね、試すまでも無いと思います」

「くっそー……おっさんじゃなくて美少女だったら喜んでどこへだって行ってやるのに」

「まあまあ、そんな文句ばかり言ってないで行動しましょうよ。問題の将軍がどこに行ったのかは一応調べがついてるんですから」

「調べっつったって南門から出て行ったって程度しかわからなかったじゃねーか。南門から出てどこにいったんだよ」

「それは追々調べるとしてとりあえず南門近辺に行ってみましょう、何かわかるかもしれません」

「……そうだな、そうするか」

 仕方ないと思いつつ勇者は町の南門に向かった。

「来てみたはいいが、どうすっかなぁ」

 人で溢れかえった街中を歩き、南門に勇者は到着したものの、これからどうするかを決めかねていた。

「(この周辺にいる人たちに聞き込みをしてスティーブ将軍がどこに向かったかを知るしか方法はないと思いますが)」

「(……やっぱりそれしかないのか……)」

 勇者ががっくりと肩を落としていると、どこからか町の人々の話が聞こえてきた。

「おい、あのウワサ知ってるか?」

「ウワサ? 何の話だよ」

「湖の妖精の話だよ」

「ああ、あれね。湖の中に神聖な魔具を投げ入れると妖精が出てきてその魔具と引き換えに落とし主の願いを何でも叶えてくれるってやつだろ? でも流石に嘘くさすぎないかそれ」

「俺もそう思ってたんだけどさ、実はある人がそれを確かめてくれるって言ったんだ。なんか目を輝かせて自分に任せてくれって言ってくれたよ」

「ある人って誰だよ」

 勇者は二人の男たちの会話に聞き耳を立てていたが、話の流れからある予想を立てた。

「(……まさか……いやでもそんなバカなウワサに引っかかるわけないよな便ブラ……一応将軍だし……)」

「(そう……ですね……流石に……ね、アハハ……)」

 勇者とトイレブラシは流石にそんな現実逃避としか思えない手段に手を染めるとは思っていなかった。

「スティーブ将軍だよ」

 しかしやはり現実は厳しかった。

 勇者は顔を引きつらせながら男たちに近寄っていった。

「……なあ、その話……詳しく教えてくんない?」

 いきなり話しかけてきた勇者に男たちは驚いたものの、自分も城の兵士であることを説明すると快く話してくれた。話を聞いた勇者は男たちに礼を言うと驚き呆れた表情を浮かべた。

「(……つまり目標のパチンカスは湖の妖精に願いをきいてもらうために『火竜の剣』を持って南門から外に出たのかよ……)」

「(そのようですね)」

「(なんでそんな非現実的な手段に頼るんだよ……普通に売ればいいじゃん……)」

「(あれですよ多分、スティーブ将軍ほど顔の割れている人が国宝なんて売りに出したら一発で足がつくと思いますしね。国宝なんてどのみち売るのには結構手間がかかると思いますから)」

「(だったらもっと売りやすいものを盗めよちくしょう!)」

「(有名人が人の目を盗んで動くのは難しいですからね。押し入れに入ってお金になりそうなものを見繕うのが精いっぱいだったのではないでしょうか)」

「(それでそんないるかどうかわからない妖精に頼んのかよ……)」

「(それだけ切羽詰ってるってことですよ。それじゃあ湖の場所も地図で教えてもらったことですし、城に一度戻って準備整えてから早速向かいましょうか)」

「(ああ……でもその前にちょっと門の外がどんな場所なのか見てもいいか? また荒野だったら馬の準備してもらいたいんだよ)」

「(そうですね。じゃあちょっと門の外に出てみましょうか)」

 勇者はトイレブラシに提案すると、門の外に向かって歩き出した。

「(でもどうせ西門の時と同じようにまた寂れた荒野なんだろうな……嫌だなあ……)」

「(いやいや今度こそ『緑の楽園』の光景を目の当たりに出来ますよ! 西門の光景は何かの間違いですって! 私が仕入れてきた情報が間違っているなんてことはないはずなんですから!)」

「(だといいけどなぁ。まあでも荒野ならまだいいけど、もしかして砂漠が広がってたりなんかして)」

「(アハハ! そんなことになってたら笑っちゃいますね! アハハ! でもありえないと思いますよそれはさすがに)」

「(だよな。まあ今のは冗談だけどな! ハハハ!)」

 勇者とトイレブラシは楽しそうに雑談をしながら門をくぐった。門をくぐる時は冗談で笑い合っていた一人と一本だった。そしてくぐった先には、

「「((アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!))」」

 見渡す限りの広大な砂漠が広がっていた。

 勇者とトイレブラシは笑いを止め沈黙した。

「(…………おい笑えよ便ブラ…………)」

「(…………すいません私の情報が間違っていたようです…………)」

 勇者はトイレブラシの謝罪を聞くと熱せられた砂の上に手をついた。

「……荒野の次は砂漠かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 乾いた叫びが砂漠に響いた。

 その後手が熱くなった勇者は町の中に引き返していった。

「(……どうすりゃいいんだよ便ブラ。あんなデカい砂漠でパチンカスを捜索出来んのかよ)」

「(そうですねぇ、確かにあんなに広い砂漠だと人を捜索する前にこちらの体力が尽きかねませんからね。一応目的地である湖、というかオアシスまでの道のりはわかっていますから運が良ければ行く途中か目的地で発見できるとは思いますが……まあどのみちちゃんとした装備が必要になりますね。やはり一度城に戻って王様にそのことを報告に行きましょう)」

「(……まさか高校生で砂漠越えをしなきゃなんないとはな……)」

 勇者は城にいるであろう王や姫に助力を得るべく歩き出した。玉座の間に到着した勇者はさっそく王に事情を説明した。

「なんだって!? では『火竜の剣』を持ちだしたスティーブ将軍はその湖にいる可能性があるというのか勇者君!」

「はい、可能性高いと思いますよ。絶対っていう確証はないっすけど町の人達の話だと噂の真相を確かめて騒ぎを鎮めるとかなんとか言って向かったらしいですけど」

「そうか……てっきり私は借金で首が回らなくなりくだらぬ噂を信じて行ってしまったのかと思ったが……流石我が国の四大将の一人だ! 人々のために騒ぎを鎮めようと疑われる危険まで冒して『火竜の剣』を持ちだすとはな! あっぱれ!」

(……間違いなく俺は前者だと思うがね)

 勇者は心の中で将軍が借金取りに追いかけられて憔悴した末にくだらない選択を選んだのだろうと推察した。

「よくわかったよ、勇者君! 君が必要だと思う装備を言ってくれ給え! すぐにでも用意しようじゃないか! そしてスティーブのことを頼む!」

「あんまり頼まれたくはないっすけどわかりました。じゃあとりあえず準備としては……」

 勇者はトイレブラシからあらかじめ言われていた必要と思われる物資の名をあげていった。

「わかったまかせておけ! アルちゃーん! アルちゃーーーーーーーーーーーーーーーん!」

「はーーーーーーーい! なんですのお父様!」

 裸でバスタオルを巻いたアルトラーシャが現れた。

「きゃ!? ゆ、勇者様いたんですの!?」

「ぐわあああああああああああああああああああ!!?? 気持ちわりぃなババア服着ろよてめえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 トドのような体系のおばさんの全裸バスタオルを見た勇者は凄まじい不快感と脱力に襲われた。

「まったく、はしたないぞアルちゃん。着替えてきなさい、要件はそれからだ」

「わかりましたわ」

 アルトラーシャは足早に玉座の間を去った。

「すまないね勇者君。どうもシャワーの途中だったようだ。だがあれだな、やる気がでただろう?」

「出るわけねえだろ!!!!!」

 ドヤ顔の王に勇者は怒声をあげると、ヘロヘロと力なく座り込んだ。その後しばらくしてドレスを着たアルトラーシャが戻ってきくるまで勇者の顔はつらそうなままだった。

「……というわけだアルちゃん。私が今言ったものを至急用意してくれ」

「わかりましたわお父様……ゆ、勇者様、さっきのワタクシの姿をオカズになんてしないでく……」

「しねえよ!!!! 早く用意してこいや!!!!」

 勇者はキレた。

「そうですわね。ではワタクシ早速行ってまいります。ですが一時間ほど時間をいただくことになると思いますがよろしいでしょうか?」

「わかった、じゃあ一時間後に城の前で待ち合わせしようぜ」

「まあ、ちょっとやめてくださる。その言い方だとまるでデートの……」

「いいから早く調べてこい」

 勇者はにべもなく言い放つと自身も王とアルトラーシャに背を向け玉座の間を後にした。特に行く当てもなかった勇者は時間がくるまで町をぶらつこうと考えラムラぜラスを散策していたが、どこからか聞いた事のある声が聞こえ立ち止まる。

「違うぜ! このカードの効果が発動したターンは攻撃は無効になるんだぜ!」

「えーーーーー! 違うよ! このカードの効果は僕のカードの効果が発動したあとだから意味ないよ!」

 人ごみの中で、聞き知った声は広場のベンチから聞こえてきたが、同じ場所と思われる広場のベンチから聞こえた子供の声が勇者の頭に疑問を浮かばせ、足をそちらに向けさせた。

(なんでボブと一緒に子供の声がするんだ? 何かケンカしてるような声だし)

 勇者が歩いて行くとそこには、

「絶対違うよ! 僕の方が正しいよ! タっちゃんがそう言ってたもん!」

「タっちゃん? はッ! こっちは公式ガイドブックでそう書いてあったんだぜ! 圧倒的勝利!」

「おじさんの持ってるガイドブック古いやつじゃん!」

 ボブが子供相手にカードゲームのルールについて白熱した喧嘩をしていた。

「……なにやってんだよお前……」

 白い目をした勇者はボブに話しかけた。

「あ! 勇者様じゃねーか! 今こいつとの戦いの最中だったんだけどよ、なんだかよくわからねーローカルルールを持ちだしてきて困ってんだ!」

「俺も大人が子供にカードゲームでマジギレしてる様子にどう反応していいのか困ってんだ」

「何言ってるんだ! これは真剣勝負なんだぜ! 俺は絶対に譲らないぜ!」

 ボブはふんぞり返るとそっぽを向いた。

「……もう、しょうがないな。じゃあおじさんの言うルールでいいから続きやろうよ」

「へッ、当然だぜ! これで俺の勝ちは決まったようなもんだな!」

 子供の方が譲歩するとボブは嬉しそうに笑い、勝負は再開した。

 そして十分後。

「はい、僕の勝ちー! やったー!」

「……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……」

 子供に譲歩された末にボブは敗北した。

「うわああああああああああああん! まげだああああああああああああああああ! ぶわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ボブは泣き出した。

「あ、ごめんねおじさん! 泣かないで! 僕のレアカードあげるから!」

「…………ホント?」

「もちろん、はい! あっと、そろそろ僕行かないと! また遊ぼうね、おじさん!」

「うん! やったー! レアカードだー!」

 子供はレアカードをボブに渡すと他のカードをデッキケースにしまい、走り去って行った。その後勇者はレアカードをもらって嬉しそうにはしゃぐボブを冷たい目で見続けた。

「ふぅ、さて。俺に何か用なのか勇者様」

「……ああ、パチンカ、じゃなかったスティーブ将軍を見つけたんだ。それでお前にも教えておこうと思ってさ、声がした方に来たんだよ」

「本当か! よかったぜ! スティーブ将軍は俺やブラック、ゴンザレスにとっては師匠みたいな人だからよ! いやあ本当によかった! そうだ! このことブラックやゴンザレスに教えてきてもいいか? あいつらも滅茶苦茶心配してたんだ!」

「そりゃあ別にいいけど」

「よっしゃあ! そうと決まれば早速行ってくるぜ!」

「あッ! おい!」

 勇者の呼び止める声も聞かずボブは駆け出して、あっという間に見えなくなった。

「(勇者様、あの三人も将軍探索砂漠ツアーのメンバーに入れますか?)」

「(……どうすっかなあ……でもよ、あいつらいたとしても役に立たないだろ絶対……)」

「(でもあれだけ広い砂漠となると一人で探索するのは無謀じゃないですかね。人手は多いにこしたことはないと思いますけど)」

「(……それは……そうかもな確かに……仕方ないか……そろそろ城を出てから四十分くらいになるな……戻るか)」

 勇者はボブ達を再び仲間に入れることを念頭に置いて、城に戻った。

「勇者様お待ちしておりましたわ」

 勇者は城門の前で待っていたアルトラーシャに出迎えられた。

「おお! これはいいな! これなら砂漠越えられそうだ!」

 勇者はアルトラーシャが用意した、大きくたくましいラクダに似た魔物とその魔物に備え付けられた水やテントを張るための道具を見て喜んだ。

「よかったぁ! まーたサンダーブレードみたいなの寄越されたらどうしようかと思ったぜ!」

「馬はサンダーブレードしかいませんでしたが、レムならばいましたの。それにしてもよくご存じでしたね、レムという魔物について」

「え? あ、ああ。まあね」

「(えっへん!)」

「(わーってるよお前の知識のおかげだよ)」

 勇者はトイレブラシに礼を言うとアルトラーシャに向き直った。

「それでさ、このレムって魔物あと三頭ほど追加できないかな? 実はボブ達も連れて行きたいんだけど」

「ボブさんたちもですか? ですが彼らは……」

「「「ゆうしゃさまーーーーーーーーーー!!!」」」

 アルトラーシャが何かを言いかけた時、背後からボブ、ブラック、ゴンザレスの三人が勇者を呼びかけながら走ってきた。

「おお、お前らちょうどいいや」

 勇者もその声に振り返ると、ボブ達に話しかけた。ボブ、ブラック、ゴンザレスの三人も言いたいことがあったのか、ボブから話し始めた。

「勇者様、その様子を見る限りこれから出発するみたいだな。俺にとってスティーブ将軍は恩人なんだ、俺が給料全部カードのパック購入に当ててしまった時やストラクチャーデッキを一気買いしてしまった時、金に困った俺はスティーブ将軍に白い粉を売る仕事を斡旋してもらって飯をようやく食えていた。ただの恩人じゃない、これがどうゆうことかわかるだろ?」 

「……麻薬密売の共犯者ってことか?」

「違うぜ! 命の恩人ってことだぜ! だから頼む! 将軍のことを見つけてくれ!」

 ボブは深々と頭を下げた。それに続くようにブラックが勇者に話しかける。

「勇者様、俺からも頼むぜぇ。俺もけん玉を買いすぎて金に困っていた時にスティーブ将軍に世話になったことがあるんだぁ。知り合いや友達にけっこう高めだけど良質な健康食品を売ったり、会員になってもらったりしたんだけどよぉ、あれはなんていう商売だったかなぁ。えーと、ま、ま……うーん……」

「……マルチ商法か?」

「そうそうそれだぜぇ! 俺もそれでようやく生活できるようになったんだぁ、だから頼むぜぇスティーブ将軍を、親愛なる命の恩人を絶対見つけてきてくれ!」

 ブラックも頭を下げ、ゴンザレスが口を開く。

「俺もスティーブ将軍が始めた新興宗教を……」

「あーあーもういいわかったわかった」

 ゴンザレスが頭を下げながら説明してきた内容を途中で遮った勇者はジト目で頭を下げる三人を見た。

(……こいつら全員パチンカスがやってきた犯罪行為に加担してんじゃねーか……)

 勇者は下を向きながらため息をつくとボブ達をあらためて見た。

「ならお前たちも俺について来て将軍を探してくれよ」

「「「それはできない」」」

「……え? いやいやちょっと待ってくれ。俺も『火竜の剣』を見つけたいと思ってるから将軍の探索に全力を尽くしたい。そしてお前たちもパチン、いやスティーブ将軍が見つかって欲しいと願っている。お前たちは将軍に恩があるからな、ここまではいいな?」

「「「ああ、その通りだぜ!!!」」」

「それなら話は早いな、俺一人に任せずお前たちも一緒についてこい」

「「「それはできない」」」

「なんでだよ!?」

 勇者は困惑した。

「お前ら将軍のこと慕ってるんだよな!? 命の恩人だと思ってるんだろ!?」

「「「ああ、その通りだぜ!!!」」」

「だったらついてこいよ!!!」

「「「それはできない」」」

「だからなんでだよ!?」

 勇者は頭をかきむしりながら答えを聞くべく三人を見回した。

「おいボブどういうことだ! 説明しろ!」

「明日からカードゲームの大会なんだ。コンディションを万全に整えなくてはならないんだ」

「何がカードゲームだ上司の命に比べれば秤にかけるまでもねーだろーが!? キャンセルしろキャンセル!!!」

「いやだ! 町の子供たちと約束したんだ! ベスト32に残るって約束したんだ!」

「どんだけ志が低いんだよ!? つーかお前さっき子供に負けてたじゃねーか! やるまでもなく初戦敗退は目に見えてるよだからついてこい!」

「いやだいやだいやだいやだあああああああああああああああああああああああ!!!」

 勇者が首根っこを掴もうとするとボブは子供のように手足をばたつかせて暴れ出し、その拍子に手が服から外れる。

「くッ……! この野郎め! じゃあブラックお前はなんでダメなんだ! 理由を言え!」

「けん玉の大会があるんだぜぇ。だから無理」

「だからってなんだよ!? 考えて見ろよ! けん玉と親愛なる命の恩人の命なんだぞ! さあ、どっちを選ぶんだお前は!」

「けん玉」

「このクズが!!!!!」

 勇者は吐き捨てると、最後にゴンザレスを見た。

「お前はなんでダメなんだコラ! どうせヨーヨーの大会だろ!」

「親戚の結婚式」

「……じゃあしょうがないな」

「(しょうがないんですか!?)」

 トイレブラシは驚愕した。

「「「じゃあ頼んだぜ勇者様!!!」」」

 身勝手に勇者に頼んだ三人は颯爽とその場を去って行った。

「……くっそ……マジであいつら使えねーな……」

 勇者は恨みのこもった目でボブ達が走り去って行った場所を見ていたが、アルトラーシャの方に向き直った。

「……ごめん……さっきの話無しで」

「いえ、あの三人は有休を今日とると言ってたので知っていましたから気になさらないでください」

「……結婚式ならともかくカードゲームの大会とけん玉の大会に有休使わせるなよ……はぁ……まあいいや、それじゃあ他に捜索に連れていけそうな兵士を見繕ってくれよ」

「無理ですわ」

「なんでだよ!!?? もうさっきからなんなんだよお前らは! 俺はなんでだよって言葉を何回使わなければいけないんだよちきしょう!!」

「ワタクシに言われましても」

「じゃあ俺に納得できる理由を教えてくれよ! なんで兵士を連れていけないんだ!」

「兵士全員お父様と一緒にハイキングに出かけてしまいましたの」

「……なんだって?」

「兵士全員お父様と一緒にハイキングに出かけてしまいましたの」

「……この前海に遊びに行って帰ってきたばかりだよね?」

「はい」

「……で、どこに行ったって?」

「兵士全員お父様とハイキングに行きました、ブドウ狩りに出かけたみたいでしたわ」

「ふっざけんな!!!! あんちきしょう!!! 俺はこれから灼熱地獄に突入しようとしてるっていうのにじゃああれか、あいつらはブドウ喰いに行ってんのか!!! 俺が生ぬるい水をちょびちょび飲んでキャバ狂いのパチンカスを捜索してる間に奴らは冷たいブドウジュースを飲んでマスカットフレーバーを楽しんでるっていうのかよ!!! 納得いかないぞ!!! てゆーか今戦時中じゃねーか!!!」

「(一番最初にそれが出て来ないあたり勇者様も順調にこの世界の一員になってますね)」

「(お前は黙ってなさい)」

 勇者はトイレブラシに言うと、アルトラーシャの肩を掴んで揺さぶる。

「ババア、よくよく考えてみたら俺一人じゃ無理だって! 人手がいるんだよなんとかしてくれよ!」

「ちょ、やめてください!? わ、わかりました、な、なんとかいたしますから!」

 勇者はそれを聞くと手を離した。

「流石ババア! 話がわかるな! それで? どんなの優秀な人間を用意してくれるんだ?」

「それはお楽しみですわ! 勇者様は先に南門に行っててください、勇者様に相応しい優秀なチーム、最精鋭を勇者様が南門に到着する前に用意して御覧にいれますわ!」

「おお! 頼りになる! アロハ馬鹿の国王やチンカス兵士どもとはわけが違うぜ!」

「うふふ、では先に行ってくださいまし」

「オッケー!」

 勇者はレムにまたがると南門に出発した。

「(よかったですね勇者様。これでだいぶ捜索が楽になりますよ)」

「(ああ、俺に相応しい優秀なチームって言ってたからきっとバカ兵士とは一線を画する特殊部隊とか暗部とかだぜ! 何せ最精鋭だからな! これで一安心だ、俺一人じゃなくてよかったよマジで)」

 勇者は胸を撫で下ろすとすがすがしい気分で町の風景を眺めた。

「(……ここからだったんだな、俺の本当の物語は。真の仲間と出会い、絆を育み、冒険していく、か。なんて素敵な事なんだろうか)」

「(そうですね、素敵なことです。戦友と一緒なら例えどんな理不尽な状況にさらされたとしても乗り越えて行けますよね)」

「(そうだな。何て言うんだろうなこういうの……へへッ……胸が熱くなってきたぜ! 何も言えねえ!)」

「(無理もないですよ。気持ちが弾んでしまってるんだと思いますからね。さ、急いで行きましょう! もう皆さん勇者様のことをお待ちですよ!)」

「(おう! 急ぐぜ! はいよー!)」

 勇者は足の遅いレムの手綱を握ると、出来うる限り急がせた。十数分後、南門付近に到着した勇者はレムを降りると、門の近くにいるであろう仲間を探した。

「(さぁて、俺の真のパーティメンバーはどこにいるんだろうな)」

「(アルトラーシャ姫の言葉からすると精鋭っぽいですからやっぱり一般人とは違うオーラを放っていると思いますよ)」

「(オーラか。まあ、この天才、イケメン、元破壊神と組むんだからそれくらいは当然かなぁ~! デュフフフフフフフフフフ! あと出来れば全員美少女だといいんだけどよぉ!)」

 捜索開始から二十分後。

「(……見つかんねえな……)」

「(そうですねぇ。もしかして準備に手間取ってるんじゃないですか? ほら、急に頼み込んだわけですし)」

「(あー……なるほどな……確かに出発間際にお願いしちゃったわけだしな……待つか)」

「(そうしましょう)」

 三時間後。

「(……いくらなんでも遅すぎないか……)」

「(……確かにちょっと遅すぎる気がしないでもないですね)」

「(……ババアは本当に手配してくれたんだろうか……なんか思えばこの感じ……サムウェルス公を紹介された時の状況と似てるぜ……)」

「(一回城に戻って確認しに行きますか?)」

「(そうしよう)」

 勇者は決断すると南門から城に戻るべく、レムのいるところまで歩いた。すると勇者の目の端にある文字が飛び込んできた。

「……なんだあれ……『勇者様御一行』?」

 勇者は人ごみをかき分けるようにしてその文字が記された旗らしきものがある場所に向かう。

「(勇者様、あの旗のところにお仲間がいるんじゃないですか?)」

「(なるほど、そういうことか。よし、急ぐぜ!)」

 トイレブラシの言葉を聞き、納得した勇者は旗の場所に向かう速度を上げた。

「ごめん! 待たせちまったみたいだな! どうも手違いがあったみたいでさ! たははは!」

勇者は待たせてしまったのではないかと思い、旗のそばにいるであろう仲間たちに謝罪した。優秀なパーティメンバーに謝罪したつもりだった。満面の笑みでそこにいるであろう真の仲間を見ながら謝罪したつもりの勇者だった。そこにいた仲間、

「……なんだこれ」

 犬、サル、キジに謝罪した勇者だった。

「(……便ブラ……これ何……)」

「(犬とサルとキジですね)」

「(いや……そんなもん見りゃわかる。そうじゃなくてなんでこんなところに犬とサルとキジがいるのかってことだよ……)」

「(そりゃあ、仲間だからでしょう)」

「(仲間……だと……そ、そんなはずあるか! だってババアは最精鋭を送るって言ってたんだぞ! こんなのが最精鋭だっていうのか! ありえねーぞ!)」

「(……勇者様、この犬とサルとキジの首にある首輪を見てください)」

「(首輪? それがどうしたっていう……んだ……よ)」

 犬、サル、キジの首輪を見た勇者はそれぞれに名前が書かれていることに気が付いた。そして犬、サル、キジの順に名を読み上げる。

「犬の名前、サイ。サルの名前、セイ。キジの名前、エイ」

「(合わせると?)」

「(……サイ、セイ、エイ……あは! アハハハハ! 合わせると最精鋭ってか! こいつはまいったぜ! アハハハハ!)」

 勇者は笑い出した。そしてひとしきり笑ったあとは笑いを止めるとうつむき、数秒の後、顔をあげた。

「ババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 喉が潰れんばかりの勢いで叫び、怒り狂った勇者は城に突撃を開始した。

「開けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 腐れババアめえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 城門に到着した勇者は顔認証にアクセスしたが扉が開かず、ひき抜いた剣で斬撃と足での蹴りを入れ始めた。

「(……勇者様、そんな般若みたいな顔してるから顔認証できないんじゃないですかね。もっと笑顔でやったらどうですか?)」

「(くそがッ! わかったよ!)」

 勇者はトイレブラシの言う通りにした、がその笑顔は非常に酷いものだった。怒りのあまり顔は真っ赤に染まり、ところどころ浮き出た血管はグロテスクな笑顔に拍車をかけ、凄まじい速度で走ってきたためか鼻水と涎を垂れ流したその表情はまさに狂気そのものと言えるものだった。

「(……勇者様すいません、笑顔は無しのほうがいいかもしれません……正直今の勇者様はシャブ中毒のイカレた連続殺人鬼にしか見えないです……)」

「(なんだと! じゃあどうすりゃあいいんだよ!)」

 一向に開かないドアにイライラとした気持ちが積もってきた勇者だったが、突然門の水晶が光だし、アルトラーシャの立体映像が出現した。

「出やがったなババア! さっさと門をを開けやがれ! とっちめに行ってやる!」

「すみません勇者様、実は門が故障してしまいまして」

「白々しい嘘をつくんじゃありませんよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「う、嘘ではありませんわ、おほほ。勇者様がスティーブ将軍を連れて戻る頃にはきっと直っているとおもいますわ」

「連れて帰ってくる来る頃ってなんだ!!! 連れて帰って来れるかわかんねーだろーが!!! あんなデカい砂漠を一人で探索なんかできるか!!!」

「最精鋭を送ったではないですか」

「犬とサルとキジじゃねーか!!! 名前がサイ、セイ、エイで最精鋭なんてくだらねーギャグやりやがって!!! いいか、俺は桃太郎じゃねーんだよ!!! 鬼ヶ島に行くんじゃないんだよ砂漠に行くんだよあんなの役に立たないんだよ!!!」

「まあ、勇者様のお顔が鬼みたいですわ、おほほ。最精鋭のいるところに余剰分の水と食料を置いておきました、それでは健闘を祈りますわ勇者様、頑張ってください」

 アルトラーシャの立体映像は跡形もなく消え去った。

「おい!!! おいババア!!! ざけんなコラ!!! ババア!!! 出てこいババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 勇者の叫びも虚しく、アルトラーシャが出てくることはなかった。結局諦めた勇者はレムや最精鋭のいる場所まで戻った。『勇者様御一行』の赤いハッピを着せられた可哀想な動物三匹を見ていた勇者は無性にやるせない気持ちになりりつつも気合を入れ直そうと思い立つ。

「(戦争を終わらせて金銀財宝を手に入れるためにはより強い力が必要だ。もともと天才で最強の破壊神であるこの俺にそんなものは実際には必要ないがそれでもまあこの世界の戦い方に合わせるために仕方なくメルティなんたらを完成させなくてはいけないんだやってやるやってやるぜちくしょう!!!!)」

「(もう自己暗示でもやってないとやってられない感じですか?)」

「(そうだよ! あらためて言わせんな!)」

「(ところで、最精鋭は連れて行きますか?)」

「(連れてかねえよ! こうなったら一人でも完遂してやるっつの! 一人でやり終えたら、戦争が終わった後の報酬を釣り上げてやるぜ!)」

 勇者は鎖でつながれていた三匹のハッピを脱がし、開放した。三匹は勇者に対してまるで感謝でもするようにお辞儀すると街中に消えた。

「(……今の見たか? 動物の方がよっぽど礼儀正しいぜ……)」

「(そのようですね)」

 その後、余剰分の水のタンクと食料が入れられた大き目のケースをレムに縛り付けた勇者は準備を整えた。

「(よし、んじゃあ行くか)」

「(はい、出発しましょう!)」

 勇者はレムにまたがると地図を片手に南門から砂漠に出発した。


勇者が砂漠に出発してから、しばらく後、『呪界』に侵入したガゼル・クロックハートは自身が立っている場所に驚いていた。

「……確かレオンの報告じゃあ前回記録した場所は荒野だったよな」

 熱せられた砂の上に立つガゼルはため息をつく。

「ったく、座標がずれる事はたまにあったけどよぉ。まさかこんなところに出るとはな。ちっくしょー、赤毛くんに会えっかなーこれ」

 目の前に広がる広大な砂漠を前にガゼルは髪をかきむしりながら悪態をついた。

「戦う前に体力削られそうだなこりゃあ。まぁ、方向は魔具があるからわかるし、座標がずれただけでラムラぜラスまでの距離は変わってねーはずだし。地道に行くか、よっこらせっと」

 ガゼルはポシェットから取り出した一本の針状の魔具を砂の上に突き刺すと、コンパス型の魔具で方位を確認し進み始めた。

「……それにしてもひでーな、ウルハ国近辺には荒野はおろか砂漠なんてものはなかったっつーのによ。緑の楽園も今じゃ見る影もねえ……お?」

 水筒の水を口に含みながら砂漠を歩いていたガゼルだったが、遠方から巨大な砂ぼこりを巻き上げながらこちらに接近してくる巨大な何かを目で捉える。

「早速おいでなすったか。毎度毎度、入ってくるたびに襲い掛かってきやがって。赤毛くんとの戦いに備えるためにこっちは魔力を温存しなくちゃなんねえってのによ」

 砂を纏った巨大な何かはスピードを増してガゼルに接近してくると、そのまま激突してきた。間一髪それをかわしたガゼルは転がりながら態勢を立て直し、腰に下げていた籠手を両手にはめると、敵を見た。

「やっぱ魔獣か」

 姿を現した巨大なサソリを見据えながら不敵に笑ったガゼルは籠手ごと拳を固く握る。

「さて、じゃあ始めるか」

 数分後。

「ふぅ、あっちい」

 汗を手で拭ったガゼルは歩き出す。歩く彼のその目はギラつき、まだ見ぬ標的を今か今かと待ちわびているようにさえ見えた。

 獲物を狙うガゼルの瞳が勇者を捉えるまであとわずかであった、そして勇者の身に着実に危険が迫っている事を、原形を留めぬほどにグチャグチャに潰されたサソリだった魔獣のその姿が雄弁に物語っていた。


 




 

 

 

 

 



  


 

 

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