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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
20/42

19話

 なんとか屋敷近くまで接近することが出来た勇者だったが、警報がなったためか周りが盗賊だらけになり、現在勇者は草むらに隠れながら屋敷内部に潜入するチャンスを窺っていた。

「(おい、どうするよ…)」

「(何かで注意を引き付けて、その隙に正面入り口から侵入しましょうか)」

「(正面から入っちゃっても大丈夫なのかこれ…また警報がなったりするんじゃないか…?)」

「(大丈夫ですよ、一度起動してしまったらまた術式を最初から組んで設定しなければいけないので。幸い今ならまだ組まれてないみたいですから)」

「(そうなのか…でもどうやって奴らを入口から引き離すか…そうだ、こうしよう!)」

 勇者は何かを思いつくと、口から大きく空気を吸い込み、大声を出した。

「侵入者だあああああああああああああ!!! 屋敷の、えーと、とりあえず屋敷からすっごく離れた所に侵入者がいたぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

(な!? 何を考えてるんですか! そんな適当な陽動に引っかかるわけが…)

 勇者の行動にトイレブラシは絶句した。

「なにぃ! 皆、屋敷からすっごく離れた所に侵入者がいるってさ!」

「俺も聞いたぜ! 屋敷からすっごく離れた所に侵入者がいるって声がよ!」

「急ごうぜ! 屋敷からすっごく離れた所にいる侵入者のところへ!」

 勇者の頭の悪い陽動に引っかかった物凄く頭の悪い盗賊たちは一斉に屋敷周辺からいなくなった。

「ふッ…現代に蘇った孔明とはまさに俺のことだな…屋敷周辺に警戒網を敷いたのは利口だったが…残念、上には上がいるものさ」

「…下には下がいるんですね…」

 勇者以下の盗賊団の脳みそが心配になったトイレブラシであった。

「さて、行くか」

「…そうですね…あ、その前に勇者様ちょっと動かないでください」

「なんだよ、急がないとなんだろ」

「ええ、でもちょっとだけ待っててください。えい!」

 トイレブラシの掛け声と共に勇者の首筋に紋様が浮かび上がった。

「なにしたんだよ」

「お守り、みたいなものです。最後の手段の時に貴方を守ってくれますよ」

「なんだそりゃ? まあいいや。急ぐぞ」

 勇者は急いで屋敷の正面入り口まで近づくと、扉を少し開け、中に盗賊がいないか確認し、いないことがわかると扉を開けて中に侵入した。

「…どうするか…『火竜の剣』を最初に見つけるか、それともボブとブラックを先に探すか…」

「選択は勇者様にまかせますよ」

「…『火竜の剣』の反応はまだ地下にあるのか…?」

「はい、依然として地下からそれらしい反応を感じます」

「じゃあそっちから行くか。地下なら一階から近いし、場所がわかってる方から探した方が確実だしな」

「わかりました、それではまいりましょう」

 行動の指針を決めた勇者は周囲を警戒しつつ先ほど訪れた地下に向かって歩き出し、地下階段を下りると先ほどクベーグ達が会議をしていた部屋の前までやってきた。

「…中には…誰もいないな…おじゃましまーすっと…」

 勇者は緊張のためか律儀に挨拶しながら壇上が設けられた広い部屋に入った、中は会議室というよりもどちらかといえば体育館に近く、勇者は自身の高校の体育館を連想した。

「そんで…誰もいないのにここに反応があるのか…?」

「ええ、ここです。ここ以外からは国宝とよんでもいいほどの反応は感じられません」

「…なあ…こんなところに見張りも付けずに放置するか普通…」

「普通ならありえないですね、でもここの盗賊団はどうやら普通ではなさそうなので…」

「…ギャグキャラがはびこるこんな世界にいつまで俺はいなくちゃいけないんだろうか…俺というシリアスな存在はこのバカな世界観の中で猛烈に違和感を放っていると思うぜ」

「いえ、よく合ってると思います」

「ああん!?」

「な、なんでもないですよ! とにかく探しましょう! 反応は壇上の上ですから!」

「チッ、誤魔化しやがってからに…まあいいや…」

 勇者は壇上を目指して歩き、横に設けられた階段をのぼると、壇上の上にあがった。

「どこにもそれらしいものなんてないぞ、どれだ」

「勇者様、あれじゃないですか、あれ。あそこから魔力を感じますもん」

 トイレブラシは勇者の左腕を操作してある方向を指し、その方向には布がかぶせられた銅像のようなものが置かれていた。

「…これ…剣じゃなくね…中身はわからんけど…しかし外から見た感じなんか銅像っぽいな…」

「そうですね、でも一応布を取って確認してみましょうよ」

「…わかった」

 勇者はトイレブラシの言に従って布に手をかけると一気に取り払った。

 中身は盗賊団の首領クベーグの銅像だった。ただの銅像ならばそれほど問題はなかったが、その銅像は一般にいうところのものではなくかなりデフォルメされた銅像だった。

 嫌悪感を表情で表した勇者は速攻で布を元に戻した。

「………おい…キモイ銅像だったんだけど…」

「…そう…みたいでしたね…」

「なあ…『火竜の剣』の反応って…」

「…はい…その銅像から発せられるものだったようです」

「…他に反応はないのか…?」

「ないですね。ここから発せられる反応のみです」

「嘘だろ!? だって、こんなキモイ銅像だけしか反応がないって、どういうことだよ! じゃあ『火竜の剣』はどこいったんだ!」

「わかりかねます。ですが、もしかしたら前提からして間違っていたのかもしれないです」

「なんだそれ、どういうことだよ…?」

「いえ、今はやめておきましょう、話はここを脱出してからですね。とにかくここに『火竜の剣』はないみたいですから、先にボブさんとブラックさんを探しに行きましょう」

「なんだかよくわからねーけど、ここにないんじゃそうするしかねーか…」

勇者は渋々トイレブラシの言葉に従うと部屋を後にした。

「…じゃあボブとブラックを探しに行くとするか…でもあいつらどこにいるんだろうな…」

「一階からしらみつぶしに探していくしかないかもですね」

「…めんどくせえ…」

 勇者は嘆息すると、一階から順に部屋を調べ始めた。幸いにも屋敷はもぬけの殻でどうやら盗賊たちは勇者の頭の悪い陽動に引っかかったようだった。

「いないな…なあ…あいつらもしかしたらブザーが鳴った瞬間に逃げ出して、スライムの結界が張られる前にもうこの屋敷から離れてるんじゃねーの…?」

「ありえなくはないですが、でも警報を鳴らしてしまった責任を感じて中にいるであろう勇者様を連れ出すべく屋敷の中に入った可能性もありますよ」

「…そんな責任感があいつらにあるなら俺は一人でここまで苦労しなかったと思うけどな…」

 ボブとブラックに対する信頼感ゼロの勇者はトイレブラシの話をありえないことと切り捨てながら一階から三階までの部屋を調べあげ、四階にやってきた。

「…制限時間あとどれくらいある…?」

「五、六分ほどですね」

「もうあいつらはいないものと思ってクベーグを探してささっと倒しちまったほうがよくないか…?」

「そう、ですね…あ…勇者様、声が聞こえてきますよ!」

「声?…本当だな…確かに聞こえる…あっちの部屋か…」

 ボブとブラックの探索を諦めかけたその時に、勇者のいる廊下から向かって奥の部屋から何者かの声が聞こえ、勇者は足音を立てずにそっと、だが素早く声のする部屋に近づき扉を少し開け中の様子を窺った。

「な!?…あいつら…マジで捕まってんじゃねーか」

 中にはボブとブラックが壁に張り付けられるように拘束されており、その正面には数人の部下と共に盗賊団の首領クベーグが彼らに対して尋問を行っていた。

「さて貴様ら、なぜこの屋敷に忍び込んだんだ?」

 クベーグは穏やかな口調で質問したがボブとブラックはうつむいたまま何も答えなかった。

「てめえら、クベーグさんが聞いてるんだぞ! 答えやがれ!」

 部下の一人が激高したが、それでもボブとブラックは答えなかった。

「(勇者様、やっぱり勇者様が心配で屋敷に侵入したんじゃないですかね?)」

「(えー、マジかよ…信じられないんだけど…)」

勇者はいまだに半信半疑だったが、そんな勇者を構うことなく尋問は続く。

「ふふ、中々強情な奴らだ。だがな貴様らがいくら黙っていようが無駄なんだよ。実のところ貴様たちの仲間を一人捕らえていてな、そいつが洗いざらい全て喋ってくれたよ。だからこの質問はあくまで確認のためのものなんだ」

 クベーグの言葉にボブとブラックは初めて衝撃を受け、うつむいていた顔を上げた。

「(…やりますね、あのクベーグって人…流石に盗賊団の首領を務めているだけのことはありますよ…)」

「(ああ、ハッタリを言って情報を引き出そうって魂胆か…確かにあいつらは俺が捕まっているかどうかわからないもんな…)」

 勇者とトイレブラシはクベーグの頭脳に感心しつつも、状況の悪化を感じ取っていた。

「で、デタラメ言うんじゃないぜ! 証拠がねえだろ!」

「そ、そうだぜぇ! 信じないぜぇ!」

 ボブとブラックはここに来てようやく喋ったがクベーグの言葉を信じない姿勢を示した。

「(おお、引っかかりませんでしたね)」

「(よかったぁ…そうだよな…あいつらも一応兵士だもんな…そう易々とハッタリに引っかかって敵に情報を与えたりしないよな)」

 勇者は安堵した。

「ククク、証拠…か、おい! 連れてこい!」

「「「わかりやした!!!」」」

 部下たちは別の部屋とつながっていると思われるボブとブラックがいる壁近くの扉を開けると、中に入って行った。

「「((え…?))」」

「(お、おい便ブラ、連れてこいってなんだよ…ハッタリじゃないのか…)」

「(わ、私にもわかりませんよ…)」

 安堵したのもつかの間の出来事で、連れてこい、という言葉に勇者とトイレブラシは素で驚き、動揺した。

「「「クベーグさん、連れてきました!!!」」」

「ほれ、お仲間の登場だぜ!」

 ゴンザレスが現れた。

「(ゴンザレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェス!!! なんでてめえがいるんだああああああああああああああああああああああああああああ!!!)」

 しょぼくれた様子のゴンザレスを見た勇者は心の中で絶叫した。

「ご、ゴンザレスじゃねえか…なんでここに…」

「そうだぜぇ、敷地の外で待機してたはずだぜぇ」

 ボブとブラックも勇者と同じ疑問を抱き、ゴンザレスに問いかけた。するとゴンザレスは叱られた子供のように事情を話し出した。

「………みんないなくなって………寂しくなって………来ちゃった」

「(来ちゃった、じゃねえんだよカス!!! 作戦が失敗したときにお前が俺たちを助ける手はずになってただろうが!!! なんでてめえが真っ先に捕まってんだよ!!! ってかいつの間に入ってきたんだてめえは!!!)」

「(…多分、物理結界が張られる前に中に入って来ちゃってたんでしょうね…)」

 勇者は顔中に青筋を浮かべながら心の中で盛大にキレ、そんな勇者にトイレブラシは補足説明をした。

「こいつは屋敷の便所にいたのを捕まえたんだ。調べたところどうも正面玄関から入り込んだらしくてよ」

「………お腹痛くなっちゃって………」

「(警報鳴らしたのもてめえかコラあああああああああああああああああああああああ!!!!)」

 クベーグの説明に勇者は再びキレた。

「(便ブラ! 魔術ってどのくらいの威力なら探知結界に引っかからないんだ? この部屋の奴らを薙ぎ払う位の攻撃でも詠唱中に引っかかるのか?)」

「(そうですねぇ、結界を破壊するほどの魔力なら引っかかりますが、この部屋の人たちを全滅させるくらいなら詠唱中に誰にも見つからなければ、引っかからずに行えます…ですが…)」

「(ですが、なんだ!?)」

「(落ち着いてください、勇者様。確かにゴンザレスさんへの怒りは私にもわかります、がクベーグさんや他の盗賊団の人たちならいざしらず、ボブさんとブラックさんもいるんですよ? もしかしたらボブさんとブラックさんは警報が鳴っているにもかかわらず、勇者様が心配でわざわざ屋敷の中まで来たのかもしれないんですよ?)」

「(…た、確かに…悪い…頭に血がのぼってたわ…まったく…どうかしてるぜ俺は…警報を鳴らしたのはクソッタレゴンザレスだったのに…あいつらを疑って…警報が鳴り響く中で俺の事を心配して中に入って来てくれたかもしれないっていうのに…ボブとブラックごと薙ぎ払おうとするなんて…俺は最低だ…)」

 勇者は後悔した。

「「トイレに入ってたのお前かよ! 俺達もトイレを借りようと思って屋敷の中にはいったのに!」」

「(構わん、薙ぎ払え)」

 がボブとブラックの言葉で勇者は吹っ切れた。

「(いえ…でも…)」

「(もう勘弁ならん! それにあんな奴らじゃ密売の協力者に使えそうもないし)」

「(密売ってなんですか?)」

「(ああいやなんでもない。とにかく攻撃しろ、もしあれだったら死なない程度でいいから。ほら、もう時間だってないだろ? それにあいつらだって兵士なんだから大丈夫だって)」

「(もう、わかりましたよ。じゃあ、ある程度威力を抑えて打ちます…どのくらいの威力で打ちますか?)」

「(よし、この建物が吹き飛ぶくらいでいいぞ)」

「(…それは皆殺しにしろってことじゃないですか…さっきと言ってる事が違いますよ…)」

「(わーったよ、じゃあ部屋の中がグチャグチャになる程度でいいや)」

「(だから変わってないじゃないですか! もういいです、私が威力の制限を決めるので)」

 トイレブラシは勇者にそう言うと、詠唱を開始した。その間ボブ、ブラックに加えてゴンザレスまでもが同じように壁に張り付けられ、クベーグから尋問を受けてた。

「さて、貴様らの他には仲間はいないのか? 何分捕らえてからそれほど時間が経っていなくてな、ゴンザレスとかいう奴から聞き出せたのはボブ、ブラックという仲間のことだけだったが」

 それを聞いた勇者はチャンスだと思った。

「(おお! そうなのか! じゃあ俺というイレギュラーな存在について奴らは確証を持っていない! まだ疑っている段階でそれほど警戒されていない今なら不意打ちは確実に決まるぜ! お前ら絶対俺のことしゃべるなよ! 絶対だからな!)」

 勇者は念じるようにボブ、ブラック、ゴンザレスに強い思念を送った。それが伝わったのかボブ、ブラック、ゴンザレスの三人は顔を見合わせ、確認を取るように頷くと、クベーグに吠えた。

「「「他に仲間なんかいない!!! 俺たちの仲間にもう一人勇者様なんて奴は絶対にいない!!!」」」

「なるほど、他に勇者って仲間がいるのか。てめえら警戒しろ、どこかに潜んでいて仕掛けてくるかもしれない」

「「「おすッ!!!」」」

 クベーグ達は警戒態勢に入った。

「「「し、しまった…」」」

「(しまった、じゃねえんだよこのカスどもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)」

 勇者は扉を開けて三人に殴りかかって行きそうになったが、詠唱中のトイレブラシに腕を引っ張られ、阻止された。

「(わ、わかったよ…動かなきゃいいんだろ…わかってる…大丈夫だ…クールになれ俺…あいつらが警戒態勢に入ったところで魔術をいきなりぶっぱなされれば無傷ではいられないはずだ…詠唱さえ…詠唱さえ終われば勝てる…詠唱さえ…終わ…)」

 勇者が必死で自分を抑えていたその時、ふと、ボブ、ブラック、ゴンザレスの三人と扉から覗く勇者の目が合い、囚われの男三人は目をキラキラと輝かせながら叫ぶ。

「「「勇者様助けてくれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」」

「(クソッタレええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!)」

 盗賊たちは一斉に扉を見た。

「扉の外に誰かいるのか! 野郎ども戦闘準備に入れ!!!」

「「「おすッ!!!」」」

「(べ、便ブラ! 詠唱まだ!?)」

「(…まだです…でも中途半端ですがこれでいきます!)」

 トイレブラシがそう言った瞬間、ブラシの先端が光だし、強力な衝撃波が閃光と共にほとばしった。その瞬間、覗いていた扉は勇者のところに向かって来ていたクベーグの部下達ごと吹き飛び、衝撃はさらに部屋の中にいたクベーグやボブ、ブラック、ゴンザレスに襲い掛かった。

「「「「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」

 衝撃にさらされたクベーグの部下達は壁に叩き付けられ昏倒し、クベーグ、ボブ、ブラック、ゴンザレスの四人は仲良く悲鳴をあげた。しばらくしたのち衝撃は収まり、光も消えた。

「…中途半端の割には結構すごい威力だったな…やったか…?」

 勇者はもろともスッキリしたかを確認するべく扉が取れた部屋の中に足を踏み入れた。

「「「うぐ…ぐ…ぐ」」」

 ボブ達三人は壁の拘束具が衝撃を受け、破壊されたため床に倒れていたが命に別状はなさそうで、勇者はほっとしたようなそうでもないような気持ちになりながらも彼らのもとに駆け寄った。

「おい、大丈夫か? いや~悪かったな、こうするしか他に手だてがなくって。俺も心が痛んだんだよ」

「「「…い、いや…大丈夫だ…た、助かったぜ…」」」

 勇者の爽やかな嘘を信じた三人は勇者に感謝の言葉を告げながら立ち上がった。

「さて…クベーグはどこいったのかなぁっと…」

 勇者はクベーグの姿を探したが、部屋でのびていたのは部下だけでクベーグ本人はどこにも見当たらなかった。

「どこいったんだあの野郎…もしかして衝撃で壊れて穴の開いた壁から外に落ちちまったのか…いや違うか…」

 勇者はクベーグが外に転落したのではないかと思い穴の開いた壁の外を見たがクベーグの姿は確認できなかった。

「気味が悪いな…マジでどこいった…」

「俺をお探しかな…?」

「「「「な…!?」」」」

 いつのまにか勇者の背後にいたクベーグは穏やかに話しかけ、それに驚いた勇者、ボブ、ブラック、ゴンザレスはクベーグがいる場所とは反対方向に飛びのいた。

「おい! 後ろにいるならいるって教えろよお前ら!」

 勇者は自分の方を見ていたはずのボブ達に文句を言った。

「「「ち、違うぜ! さっきまではいなかった! 勇者様に話しかけるのとほぼ同時に現れたんだぜ!」」」

「なにぃ…」

 ボブ達の釈明を聞いた勇者はその言葉に驚きつつも、不気味に笑うクベーグを注意深く観察した。

「ふふ、何を驚いているんだ? 俺は魔術師、これくらい朝飯前だぜ?」

「…ずいぶん余裕そうだな…状況わかってんのか?…言っておくがお前の部下達は全員気絶していて、お前は俺達四人を相手にしなきゃいけないんだぜ」

「そうだな、確かに絶体絶命だ。ククク」

 自慢の髭を手で弄びながらクベーグはなおも余裕を崩さず、笑顔のままで勇者に言葉を返す。

「ちくしょう、余裕ぶりやがって! ボブ、ブラック、ゴンザレス、野郎を取り囲め! 袋にするぞ!」

「「「よっしゃあ!!!」」」

 勇者の指示に従ったボブ達はクベーグを取り囲み、勇者も同じようにクベーグを取り囲む一員となった。

「どうだ? ブルッちまって声も出ねえだろぉ? 命乞いをしてもいいんだぜぇ? 聞かねえけどなぁ! くひゃああはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

「(…勇者様、三下臭いのでそのセリフやめてください…)」

 どこぞのチンピラのような、あくどい笑みを浮かべながら三下セリフを吐く勇者にトイレブラシは呆れた声で諌めた。

「クク…必要ないさ…さあ、かかってこい」

 勇者のチンピラ染みた脅しに屈しなかったクベーグは、両手を広げながら逆に挑発し返した。

「ッの野郎! いくぜ、てめえら飛びかかれ!」

「「「おうッ!!!」」」

 勇者の掛け声と共に四人は一斉にクベーグに飛びかかり、四人の飛び蹴りやパンチなどがクベーグに向けて放たれた。

「「「「ぐはあッ!!??」」」」

 だがパンチや蹴りがクベーグに当たる直前、一瞬でクベーグは消え失せ、四人の攻撃はそれぞれ味方に炸裂し、四人同時に地面に倒れ込んだ。

「ど、どうなって…やがる…」

 倒れた勇者は起き上がると、事態の把握に努めたがあまりの出来事に考え追いつかなかった。

「フフ、どこを狙ってるんだ貴様らは」

 またもや勇者の背後から話しかけてきたクベーグから飛び退き、離れた勇者はクベーグに叫ぶ

「て、てめえ!」

「どうしたんだ、袋にするんじゃなかったのか?」

「へッ、まぐれで避けられただけの癖に調子に乗るんじゃねえぞコラ! 次こそ、今度こそ終わりだぜ! 泣きついたってもう許してやるかよ!」

「(…だから小物臭いからやめてくださいよそれ…)」

「おい、次こそは当てるぞ! てめえら、やっちまえ!」

「「「まかせろ!!!」」」

 勇者の小物臭い掛け声で再び四人はクベーグに飛びかかった。

「「「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」

 がしかしやはり攻撃が当たる直前にクベーグは初めからいなかったかのように消え失せた。

「「「「ぐべええええええええええ!!!??」」」」

 そして当たり前のように攻撃は仲間同士に炸裂した。

「ち…ちくしょう…なんで…あいつ…消えるんだ…」

 勇者は痛みを堪えつつなんとか立ち上がった。

「今度こそ当てるんじゃなかったのか? ククク、アハハハハハハハハハハハ!!!」

 扉の取れたドアの近くから高笑いをし始めたクベーグに悔しそうに表情を変えた勇者は声に出さずトイレブラシに話しかけた。

「(なんだ、どうなってるんだ便ブラ! あいつなんで突然消えるんだよ!)」

「(あれは魔術による転移ですねおそらく)」

「(魔術って発動するには長ったらしい詠唱をしなきゃいけないんじゃなかったのかよ!)」

「(通常はその通りなんですが、おそらくこれは屋敷に魔法陣の紋様と術式を書くことで詠唱をなくさせたものと思われます)」

「(なんだそりゃ! どうゆうことだ!)」

「(簡単に言うと、術式の術者のクベーグさんはこの屋敷の範囲ならば詠唱無しで、どこでも一瞬にして移動することが可能ということです)」

「(なんだとおおおおおおおお!?)」

 勇者はアホだと思っていた盗賊の頭領の思わぬ強さに驚愕した。

「攻撃はもう終わりか? ならば今度はこっちらからいくぞ!」

 クベーグは獰猛な笑みを浮かべるとまたもや姿を消した。

「ぐはああああああッ!?」

「ボブッ!?」

 ボブが殴打による攻撃を受け床に倒れ込んだのを見た勇者は声をあげた。

「ぐぼああああああッ!?」

「ブラック!?」

 ブラックが殴打による攻撃を受け床に倒れ込んだのを見た勇者は再び声をあげた。

「うわああああああッ!!」

「おい逃げてんじゃねえぞゴンザレスてめえ!!!」

 逃げ出したゴンザレスを見た勇者は怒りの声をあげた。

「げぶるあああああッ!?」

 しかし逃げたゴンザレスも背後から現れたクベーグに後頭部を殴られ、ボブやブラックのように気絶して床に倒れ込んだ。

「ククク、どうだこの転移魔術の凄さはよ! 次で貴様も終わりだぜ!」

 クベーグは勇者の目の前に一時的に姿を現すと、最後通告をし、すぐに姿を消した。

「はッ! バカが! この俺様を舐めるなよ!」

 勇者はそう言うと、壁に向かって走り出し、背中を壁に合わせた。

「どうだ! これで後ろから攻撃できないだろ! この天才の頭脳の前にはお前のチンカスのような転移魔術などあってないようなものなのだよ! アーハッハッハッハッハ!」

「(勇者様壁から離れてください!)」

「ハッハッハ…え…?…なんでだ…よ…ってうわああああああああああああああああああ!?」

 トイレブラシの言葉に疑問の声を出した次の瞬間、勇者の後ろの壁が吹き飛び、壁の破片と共に勇者は弾き飛ばされ、床に転がった。

「な…なんだ…今度はなにが起きた…」

 なんとか立ち上がった勇者は先ほど自分が背にしていた壁の方を見た、すると破壊された壁の向こうの部屋から巨大なハンマーを持ったクベーグが現れた。

「俺のハンマーは効くだろ? クク、壁を背にしてた方が危険かもしれないぜ?」 

 するとクベーグはまたすぐに消えた。

「グググ…後ろから攻撃をしかけることにどんだけこだわってるんだよ! だったらこれならどうだ!」

 勇者は部屋の無い外側の壁に向かって走ると、先ほどと同じように背を向けた。

「ハハハハ! 今度こそ後ろから攻撃できないだろ! ざまあない…ってぬわああああああああああああああああああ次はなんだああああああああああああああ!?」

 勇者の立っていた外側の壁近くの床が破壊され、勇者は部屋の中央に吹き飛ばされた。

「ゆ、床を壊す…だと…」

 またもや傷を負った勇者は自分がいた窓際の床が破壊されたことに立ち上がりながら気が付いた。

「くそッ! どうすりゃいいんだよ! 探知魔術の結界だってもう発動寸前で、発動したら俺の位置が他の盗賊の奴らにもばれるわけだろ! そうすりゃあ完全に詰むぞコレ!」

「(勇者様、冷静になってください。大丈夫です、魔術の二重発動は事実上不可能なので転移魔術の術式を発動した時点で探知魔術の結界は機能しなくなりました。つまりこれを乗り切れば勝機を見出すことができるはずです)」

「(乗り切るったって…)」

「(勇者様後ろです!)」

 クベーグが背後に現れ、勇者を攻撃してきたがトイレブラシが強引に勇者の体を動かしたことで間一髪攻撃を避けることが出来た。

「あ、あぶねえ…」

「チッ…中々しぶといじゃねえか…」

 クベーグは苛立たし気につぶやくと再び消えた。

「(勇者様、私がクベーグさんの位置と攻撃してくるタイミングを教えます。ですから勇者様は私の合図に合わせて、攻撃を避けてクベーグさんに反撃してください)」

「(そうか、お前なら俺の後ろとか見れるもんな! よっしゃあ! そうと決まればあの髭面を叩きのめしてやろうぜ!)」

「(はいッ!)」

 勇者とトイレブラシは確認を終えるとクベーグの攻撃を待った。数分ほど経った頃、トイレブラシの合図が勇者に聞こえてきた。

「(勇者様、右斜め後ろです!)」

「(よしまかせろ!)」

 クベーグが勇者の右斜め後ろからハンマーを振り上げ攻撃を仕掛けてきた瞬間、勇者はその方向に振り向き、それを避けた。

「なに…!?」

 クベーグは驚きの声を出した。

「くらえカスがああああああああああああああ!!!」

 勇者の鉄拳がクベーグの顔に向けて放たれた、がしかしそれが届く前にクベーグは消え失せた。

「ちくしょうあの野郎逃げやがった!」

 虚しく空を切った拳を悔し気に見つめた勇者は次の攻撃を待った。だがいつまでたっても攻撃は来ず、勇者はトイレブラシに脳内で話しかけた。

「(あの野郎攻撃してこなくなったぜ便ブラ)」

「(おそらく警戒してるんでしょうね。さっきのタイミングが少し良すぎたのかもしれません)」

「(…仲間を呼びに行ったりはしないよな?)」

「(ない、とは言い切れませんが…転移できるのは屋敷だけのはずですから部下を呼びに行こうにも勇者様の陽動で遠くに行ってるおバカな部下たちを呼び寄せるには時間がかかるはずです…ちょうどいいですから今のうちに攻撃魔術の詠唱しておきますね…)

「(そうだな、頼むわ)」

 トイレブラシが詠唱を始めた時、クベーグは勇者の様子を天井裏から盗み見ていた。

(どうなってる…奴には俺が見えないはず…だがさっきの回避と反撃のタイミングは完璧だった…偶然とは思えない…どうする…部下を呼んで総出で奴を倒すか…いや…呼びに行ってる間に流石に逃げられるかもな…それに部下たちに勝てる相手とは思えん…となるとやはり俺が倒すしかないな…だが転移による接近戦は危ないな…仕方ないとっておきを使うか…)

 クベーグは決心すると、詠唱を開始した。

「(…勇者様…詠唱が終わりました。あとクベーグさんはどうやら転移の術式を解いたようです…)」

「(ってことは野郎別の魔術を使うって事か? まさかまた探知魔術の結界をを起動して俺の位置を他の奴らに知らせようとしてるんじゃ…)」

「(違うみたいですよ、どうも向こうは攻撃魔術をしてくるつもりみたいです。天井裏から強力な魔力の反応を感じますから)」

「(え、やばいんじゃねそれ…)」

「(いえ、好都合です。向こうが攻撃魔術を放ったのと同じタイミングでこちらも攻撃魔術を放ちます)」

「(打ち合いに持っていくってことか、でも大丈夫かよ…競り負けたりしないしないよな…)」

「(ありえませんよ! この可愛くってとっても可愛い聖剣エクスカリバーちゃんが魔術で負けるはずがありませんもん!)」

「(可愛くはな……まあいいや…任せる)」

「(お任せください! あ、でも一つだけいいですか?)」

「(なんだよ?)」

「(今回使う魔術は結構強力な奴なので勇者様にも負担、というかちょっとだけ痛みのようなものが伝わると思うので 少し我慢しててもらえませんか?)」

「(はッ、なんだよそんなことか。ペーペーの素人ならともかくこの天才、最強、破壊神にとっては痛みなど、常にそこにあるものなのだよ)」

「(わかりました。お! どうやら向こうも準備が整ったようなのでこちらも打つ準備に入りますね。結構痛いので注意してください)」

「(ふッ、いつでもいいぜ。痛みのなんたるかを知るこの俺に注意を促すなんてのはよぉ、釈迦に説法だぜぇ?)」

 勇者とトイレブラシの会話が終わった時にクベーグは早速攻撃魔術を天井から放った。

「詠唱は終わった、くらいやがれ!!! 俺のとっておきの魔術を!!!」

 クベーグの叫びと共に無数の光弾が天井を破壊し、勇者の頭上に雨あられのように降り注いだ。

「(ではこちらもいきます勇者様!)」

「(よかろう、存分に励め…よっ…てぐわああああああああああああああああああああああ!!?? な、な、なんだこれ痛い痛い痛い!!! 痛い熱いぐるううああああああああああああああああああ!!??)」

 トイレブラシの先端が光りだした瞬間に勇者の体を灼熱の熱さと焼けるような痛みが同時に襲った。それと同時にテンションのあがったトイレブラシがクベーグに向かって声にならない言葉で叫ぶ。

「(紅蓮の炎をくらいなさい! はあああああああああああああああああああああああああ!!!)」

「(ちょ、ちょっと、待っ、待って便ブがあああああああああああああああああああああ!!??)」

 勇者の制止の言葉も虚しく、トイレブラシの先端から真紅の炎が発せられ、クベーグが放った光弾を包み込むようにして全て焼き尽くした。

「ば、バカな!? お、俺の切り札が…そんな…」

 クベーグは目の前の光景が信じられなかったが、否応なく現実は彼を絶望させる。光弾を焼いた炎は轟音をたてて、しだいに天井や建物の外側の壁に迫り、そしてクベーグと壁を光弾と同じように包み込んだ。

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 クベーグの叫びが屋敷に木霊した。

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 勇者の叫びも屋敷に木霊した。

「「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」

 しばらくの間悲鳴は続き、その後勇者とクベーグはほぼ同時に倒れた、がクベーグがいた場所は天井だったため、空中から落下し勇者の体を下敷きにする形だった。

「…ふう…可愛いエクスカリバーちゃんの大勝利でしたね☆ きゅぴん☆」

「てめえええ便所ブラシこの野郎可愛くねーんだよボケええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 クベーグが落下した際の衝撃で目を覚ました勇者は覆いかぶさっているクベーグを弾き飛ばすとゾンビのように立ち上がりトイレブラシを床に叩き付け始めた。

「いたたたたああああああああああああ!!?? や、やめてくださいよおおおおおおおおうきゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

「てめええええおらあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「い、言ったじゃないですかああああああああああ!!! ちょっと痛いかもしれないってえええええええええええええええええええええええええ!!!」

「ちょっとどころの騒ぎじゃなかっただろうがよおおおおおおおおおおおおおおお!!! 全身が焼き尽くされるかと思ったじゃねーかコラあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 勇者は気が済むまでトイレブラシを叩き付けた、そして数十分後。

「勝ったのに…私のおかげで勝ったのにぃ! うううううううううううううう!」

「うう、じゃねえよ! てめえのおかげで危うくショック死するところだったわ!」

「リターンにはリスクがつきものなのです! 強力な魔術を使う以上は負担は避けられないのですよ! だいたい痛みには慣れてるとか言ったじゃないですか!」

「あんなに痛いとは思わなかったんだよ! 限度ってもんがあるだろう!」

 トイレブラシとしばらく口論した後、勇者は気絶したクベーグ、ボブ達を見やった。

「…クベーグ死んでんじゃねえのコレ…大丈夫か…」

「大丈夫です、ちゃんと手加減しましたから」

 トイレブラシは大丈夫と言ったものの勇者が見たクベーグは黒焦げになっていた。

「…手加減してコレかよ…末恐ろしい掃除用具だな…ま、生きてるならいいか…善良な一般市民ならともかく、コイツは極悪非道な盗賊団の頭だし、このくらいやったって許されるはず…多分…」

 勇者はキャンプに行くことを楽しみしていたクベーグを少しだけ憐れんだものの、気持ちを切り替えた。

「さて、クベーグは倒したし、これでこの屋敷周辺にかかってた結界とかは全部解除されたんだよな?」

「はい、全部解除されました。ですから急いで逃げましょう」

「なんでだよ? まだこの屋敷にあるであろう魔物の密売ルートの顧客リストを調べ上げて、売りさばいて大儲け…じゃなくて密売ルートの顧客リストを調べて買ってる奴らを一網打尽にするという正義の使命の第一歩を果たしていないぞ!」

「…最初に言ったやつが目的ですか…?」

「違う! 言い間違えただけだ! それに『火竜の剣』だってまだここにあるかもしれないし」

「いえ、ここに『火竜の剣』はありません。さっきもう一度探ってみましたが、やはりあの気持ち悪い銅像以外この屋敷から強力な魔力反応を感じませんから」

「マジかよ…じゃあどこにあんだよ…」

「とにかくここ以外です。今は急いで脱出するべきです、ボブさんたちを起こして逃げてください」

「なんでそんな急かすんだよ? もうアメーバの結界とか探知結界とかはないんだから見つかる危険はないだろうに」

「何言ってるんですか! 結界が消えたってことは言いかえればクベーグさんに何かあったってことになるんですよ! 急がないと外にいる部下の人たちが外を覆っていた物理結界が解除されたことに気づいて一斉にここに戻ってきてしまいます!」

「なんだよそんなことかよ」

 勇者は両手の手のひらを上に向けて、やれやれ、といったポーズをした。

「何ですかその腹の立つポーズは! あ、ほら! クベーグさんの部下達が戻ってきてしまいましたよ!」

 自身が焼いた壁の外を見たトイレブラシは盗賊たちが館にぞろぞろと戻ってきていることを勇者に教えた。

「フフッフ、問題ない。見ていろよ…『おーい! お前ら、俺だクベーグだ!』」

 勇者は鼻を指でつまんで、クベーグの物まねをしながら外にいるクベーグの仲間たちに話しかけ始めた。

(に、似てない…絶望的なまでに似てないですよ勇者様…こんなのに引っかかるわけないですよ…)

 トイレブラシは勇者の物まねの下手さに驚愕した、だが勇者はそんなことなど構わず続ける。

「『なんでお前ら屋敷に戻ってきたんだ? 侵入者を探して来いって言っただろうが』」

 勇者の言葉を聞いた部下たちはざわめきだし、トイレブラシは悟る。

(…バレましたね確実に…これからどうしましょう…)

 しかしトイレブラシの予想は外れる。

「すみませんクベーグさん。結界が解除されたんでなんかあったのかと思って帰ってきたんすけど、どうかしたんですか?」

(え!? ウソ!? ほ、本当に信じてる!?)

 勇者をクベーグと信じた部下の一人が代表して答え、トイレブラシは再び別の意味で驚愕した。そして部下の言葉を聞いた勇者はそれに対しての解答を答えた。

「『ああ…これは…なんだ、その…あれだ…便所で力んでたら解除されちまったんだ…腹が痛くてよ、神様に祈ってたら間違えて結界を解除しちまったんだ…わかるだろ?』」

(わかるわけないでしょ! そんなわけわからない理由で解除されるわけがないですよ! ああ…イケるかもしれないとちょっとだけ思ったけど…今度こそバレましたね…)

「「「わかりますよ! なんだそうだったのか!」」」

 部下たちは笑顔で納得した。

「『納得したんならもう一回探しに行って来い。いいな?』

「「「おすッ!!!」」」

 クベーグの部下達は屋敷から離れて行き、その様子を見ていた勇者はほくそ笑む。

「ククック…現代に蘇った竹中半兵衛とは俺のことかな…?」

「…ありえない…」

 トイレブラシは知略とは何なのか、自問自答し始めた。

「さてさて、これで奴らも当分戻ってこないだろ。仮に何かあって戻ってきたとしても怪しまれずにまた騙して見せるぜ…なにせここにはこの現代に蘇った黒田官兵衛がいるからなぁ、クハァハッハッハッハハハ!!」

「…何回有名な軍師を蘇らせて汚すつもりですかまったく…」

「おいおい俺の頭脳に嫉妬するなよ、なんてったって世界の英知に嫉妬したってしょうがねえだろう? よしそんじゃあまずは顧客リスト探してからだな、あの盗賊の残りは後で始末する」

「駄目ですよ! 今のうちに逃げるんです! だいたい密売を勇者と呼ばれるあなたがやってどうするんですか! 認めませんよ絶対!」

「密売なんてしないよ、ホント、ホント。金だけは持ってる欲汚い豚野郎どもを捕まえるためにリストが必要なだけだよぉ~!」

 目を欲で濁らせた欲汚い豚野郎は平然と嘘をついた。

「嘘ですね! 勇者様の目を見ればわかりますよ! 何ですかその穢れた瞳は!」

「失礼な奴だな、一体俺の瞳のどこが穢れてるって言うんだよコラ!」

「全部です!」

「なんだとテメエ! この清らかな心と瞳を持つ俺が…」

 勇者が猛然と反論しようとした時だった、サイレンのような音が屋敷や敷地全体に鳴り響いた。

「な、なんだ!? おい便ブラ! 探知結界はなくなったんじゃなかったのか!?」

「そ、そのはずですが…おかしいな…」

 トイレブラシが疑問の声をあげた瞬間、サイレンは止まり、アナウンスが流れた。

『三時のおやつのじかんだよ! みんなあつまれー!』

 放送が終わると、サイレンは鳴りやんだ。

「…なんだったんだ…今の…」

「…なんだったんでしょうね…え!? ちょ!? 勇者様見てください外を!!!」

「外?……な!?」

 トイレブラシの言う通りに外を見た勇者は戦慄した。

「「「おやつの時間だーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

 先程勇者が騙した盗賊たちが土煙をあげながら猛スピードで屋敷に戻ってきた。

「いい年こいておやつの時間ってなんだよガキかあのオヤジ共は!? だ、だが大丈夫だ俺は天才的な知略の持ち主、余裕で切り抜けて見せる!」

 勇者は鼻をつまむと先ほどと同じようにクベーグに成りすまして外の部下達に話し出した。

「『お、おいテメエら止まりやがれ!!!』」

 勇者の声に部下たちはいったん足を止めた。

「クベーグさんどうかしたんですか? おやつの時間だから早く手を洗ってうがいしないと」

「『さっきの放送は間違いだ! 今はまだおやつの時間じゃない! もう一回探しに行って来い!』」

(…戻ってきた時は焦りましたが…まあ大丈夫でしょう…このレベルの低い演技でもさっきは騙せましたしね…)

 トイレブラシは下手な勇者の演技でも騙せる相手だと完全に油断していた。

「「「てめえクベーグさんじゃねえな! クベーグさんがおやつの放送を間違えるはずがない!」」」

 勇者の演技はバレた。

「そ、そんな…俺の完璧な演技が…見破られただと…勇者超脱帽…」

「…しょうもない理由でしょうもない演技が見破られましたね…あまりのしょうもなさに私もびっくりしましたよ…」

 勇者を偽物のクベーグと看破した部下たちは屋敷内部に突撃を開始した。

「ど、どうするよコレ! 便ブラもう一回詠唱して蹴散らせないか?」

「無理ですね、流石に時間が少なすぎますよ」

「じゃあどうすりゃいいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 勇者が騒ぎ出した時にボブ達が目を覚まし出した。

「いてて…どうなったんだ…」

「いてえぜぇ…マジいてえぜぇ…」

「……………おうち帰りたい…………」

 ボブ、ブラック、ゴンザレスは順番に喋りながら立ち上がった。

「クッソ…本来なら仲間が目覚めてくれてラッキーって思うけど…こいつらじゃなぁ…クッソ…」

「「「すげえ! 勇者様がクベーグを倒したのかよ!」」」

 倒れているクベーグと思しき男をボブ達がみて称賛の言葉を勇者にかけ、それを受けた彼が脱力した時に廊下側の扉が破られ、クベーグの部下達が侵入してきた。そして黒焦げになったクベーグを見て顔を引きつらせた。

「「「く、クベーグさん!? てめえらよくもクベーグさんを!!!」」」

「…こいつらも結構ハモるよな…男の野太い声が重なっても不愉快なだけなのに…ってそんなこと言ってる場合じゃねえか…どうしよう…」

 勇者は嫌そうに言うと一歩後ろに下がりながら思考した。

(もうこうなったら逃げるしかねえかなぁ…後ろの壁は便ブラが焼き尽くしたからそこから逃げれば…)

 勇者は逃げる準備に入ったが、ボブ達の声が勇者の行動を止める。

「「「勇者様!!! ここは俺たちにまかせてくれ!!!」」」

「何言ってんだよお前ら! 数が違いすぎるっつの! 逃げるぞ!」

「「「いや、勇者様がクベーグを倒したのに俺達だけ何もしないんじゃあだめだと思うんだ! 一番最後に決めなきゃあ今までの俺たちの活躍が無駄になって役立たずってことになっちまうじゃねーか!」」」

「いやお前ら最初から役立たずだったろ…何が活躍だ…」

「「「とにかく任せてくれ!!! 大丈夫だ心配ない、考えがある!!!」」」

「何が大丈夫なのかさっぱりわかんねーけど…まあ…なんか考えがあるなら…」

 勇者は半信半疑ながらも後ろに下がり、前に出たボブ達に任せた。そしてボブ、ブラック、ゴンザレスの三人は百人近い盗賊たちに向かって挑むように言い放つ。

「「「団体戦で勝負しようぜ!!!」」」

 しばらくの間場を沈黙が支配し、勇者はそれに耐えかねて言葉を発する。

「…何言ってんだ…あいつら…」

 だが勇者の発言など聞こえていないかのようにボブ達は続ける。

「「「この数の差はフェアじゃねえぜ! 四体四の団体で勝った方が負けた方を好きにできるってのはどうだ?」」」

 ボブ達は敵に対して団体戦でケリをつけようと提案した。

「いや…ありえないだろ…そんなのに乗るはずが…」

「「「いいだろう!」」」

「いいのかよ!?」

 クベーグの部下達はボブ達の提案を飲み、勇者はそれに対して驚愕した。

「「「ルールは一対一で戦い、先に四人負けた方が敗北ってのでどうだ?」」」

「…つーか俺らの方が不利な状況なのに勝手にルール決めていいのか…」

「「「いいだろう!」」」

「…いいんだ…」

 ボブ達の提案をまたしても受け入れたクベーグの部下達に対して実は良い奴らなのではないかと勇者は思った。

「よしそれじゃあ最初は俺がいくぜ俺が最初の相手だそしてお前らにとっては最初で最後の相手となるだろうなにせ俺は最強の戦士俺は負けない俺が負けるはずがない俺は…」

 ボブとブラックは後ろに下がり、ゴンザレスが前に出た。

「「がんばれゴンザレス―!!」」

「大丈夫かゴンザレスで…」

 勇者はゴンザレスの醜態を思い出し、心配になった。

「「大丈夫だぜ!! ゴンザレスは一度たりとも負けたことがないんだ!!」」

「え? そうなの? ってかゴンザレスもそうだけどお前らって武器持ってないみたいじゃん。素手でやるのか?」

 勇者は武器らしいものを何も持っていないボブ達を疑問に思った。

「「いや、俺達も武器を持っているぜ! 普通の武器じゃあないがな! 見てな、ゴンザレスが武器を取り出すぜ!」」

 勇者は言われた通りに、ゴンザレスの方を見ると、彼はズボンの中に手を突っ込んだ。

「おい…下ネタじゃないだろうな…あいつの汚い聖剣なんて見たくないぞ…」

「「違うぜ! よく見てな!」」

 勇者がもう一度見てみると、ゴンザレスはズボン中から何かを二つほど取り出した。

「…あれは…ヨーヨー…か」

「「そうだぜ! ゴンザレスはヨーヨー使いなんだ!」」

「またマニアックな武器を…」

 勇者はゴンザレスが取り出したヨーヨーを見てさらに心配になったが、トイレブラシがそれを見透かしたように話しかけてきた。

「(ヨーヨーが武器なんてすごいですね、初めて見ました)」

「(なんだ、この世界の武器としてもマイナーなのかよ)」

「(ええ、でもあれですよね。確かこういうタイプの武器は何かしら仕掛けがあったりするんですよね? 勇者様の世界の漫画で読みました)」

「(相変わらず俗世間に染まった自称聖剣だな…だが確かにお前の言う通りだぜ…いったいどんな仕掛けがあのヨーヨーにあるのだろうか…それにああいう武器は使いこなせない限り剣とか槍なんかよりよっぽど使いずらいぞ…あのヘタレにそれができるのか…)」

「(大丈夫ですよきっと。ほら、ゴンザレスさんの背中からすごい気迫を感じます)」

 トイレブラシの言う通りゴンザレスの背中から凄まじい迫力を感じた勇者は驚く。

「(す、すげえ…気のせいかオーラのようなものまで見え始めたぜ…こりゃあちょっと期待できるかもな!)」

 勇者がゴンザレスの迫力に圧倒されていると、盗賊団が最初の相手を出してきた。

「さ、最初の相手は僕だ!」

 カマキリに似たやせ形のひょろひょろとした男がどもりながら名乗りをあげた。

「(勝ったな)」

「(そうですね。多分相手は様子見のつもりで弱そうな相手を最初に選んだんでしょう)」

 カマキリ顔の男は腰に下げた農作業用の鎌を二本取り出すと構えた。

「(勝ったな!)」

「(そうですね。あんまり強そうな武器じゃなさそうですし)」

 ゴンザレスとカマキリ顔の男が武器を取り出し、向かい合ったところで盗賊側の審判が試合開始の宣言をした。

「それでは試合開始!」

 開始の合図を聞いたゴンザレスはヨーヨーを手足のように巧みに使いながら踊りだした。それはまるで演舞のようでゴンザレスが操る糸につながった二つのヨーヨーが回転しながら縦横無尽に空間を高速で行き交う姿は相手を寄せ付けない結界のようだった。相手のカマキリ顔の男もどうしていいのかわからずオロオロとするばかりで試合の流れは完全にゴンザレスが握っているように勇者たちには見えた。

「(勝ったな!!)」

「(そうですね。実に見事なヨーヨーさばきです)」

 相手の動きを抑えたゴンザレスは笑みを浮かべると次の行動に移った。

「「あ、あれは!」」

「なんだよ?」

 ボブとブラックが声をあげ、勇者はそれに対して説明を求めた。

「「技だぜ! ゴンザレスは技を出そうとしている!!」」

「お、マジで? ってことはここから攻撃に移るわけか! いけーゴンザレス! ぶち殺したれー!」

 勇者はゴンザレスにエールを送り、それに応えるようにしてゴンザレスは技を繰り出した。

「「で、出た! オーバーナインオーバークラッシュ!」」

 ゴンザレスの二つしかないヨーヨーが九個に分裂したように勇者たちには見えた。

「(勝ったな!!!)」

「(そうですね。ただでさえ逃げ場がなかったのにヨーヨーが増えたことでさらに行動が制限されましたよ! 勢いは完全にゴンザレスさんのペースです!)」

 九つに分裂したように見えたヨーヨーはさらに加速した。

「「れ、連続技か! さらに技を繰り出すつもりなんだなゴンザレス!」」

「おお! ここから畳み掛けるように技を繰り出してフィニッシュか! ひき肉にしてやれゴンザレス!」

 無軌道に動きまわっていたヨーヨーはゴンザレス自身コマのように回りだしたことでしだいに周囲を巻き込むような風をおこしながらメリーゴーランドのように回転し始めた。

「「ハリケーンオブハリケーンだ!! 決めるつもりだゴンザレスのやつ!!」」

「(勝ったな!!!!)」

「(そうですね! まるで竜巻のようです!)」

 竜巻になったゴンザレスはカマキリ顔の男に突撃すると勇者とトイレブラシは思っていた。

「「((あれ…?))」」

 しかしゴンザレスは動かず、竜巻の勢いはしだいに弱くなり、やがて消えた。

「「よし! フィニッシュ!」」

 ボブとブラックだけは当初の予定通りと言わんばかりに歓声をあげ、それを受けたゴンザレスは空中に放り投げていたヨーヨーをキャッチしポーズを決めた。

「「すげえ! すげえよゴンザレス! 高速乱舞のヨーヨー乱れ撃ちにオーバーナインオーバークラッシュからハリケーンオブハリケーンでフィニッシュしやがった! 今度の国別代表ヨーヨー大会は間違いなく優勝だぜ!」」

「…おい…攻撃は…どうしたんだよ…なんでアイツやりきったみたいなすがすがしい顔してんだよ…つーか国別代表ヨーヨー大会って…お前らの国戦時中だろ…」

 ゴンザレスは膝をつきながら満足そうな笑みを浮かべ、ボブとブラックは腕を組んでその様子を嬉しそうに見つめていたが勇者だけは意味が分からなかった。そしてやりきった表情のゴンザレスにヨタヨタと警戒しながら近寄ってきたカマキリ顔の男が彼の額に弱弱しく鎌を振り下ろした。

「え、えい!」

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 ゴンザレスは額から血を噴き出しながら倒れた。

「勝者、カマン!」

「(…負け…たな…)」

「(…そう…ですね…)」

 審判がカマンと呼ばれたカマキリ顔の男の勝利を告げゴンザレスは敗北した。

「「ゴンザレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇス!!!」」

 ボブとブラックはゴンザレスに駆け寄った。

「「よくも! よくもゴンザレスを!!! 許さねえ!!!」」

 白けた顔の勇者とは違い、ボブとブラックは嘆くようにゴンザレスの敗北を悲しんだ。

「ボブ、勇者様、次は俺に行かせてくれぇ。ゴンザレスの仇は俺がとるぜぇ」

 ブラックがボブと勇者の前に歩き出て、次の試合に出る宣言をした。

「ブラック、がんばれよ! お前なら出来るぜ!」

「…本当に大丈夫か…?…くれぐれもゴンザレスみたいなやられ方はするなよ頼むから…」

 純粋に応援したボブとは違い勇者は懐疑的な眼差しでブラックを見ていた。

「二人の熱い思いとやられたゴンザレスの悔しさ、確かに受け取ったぜぇ」

 ブラックは大戦相手のカマンを前にすると、ズボンの中に手を突っ込んだ。

「…またかよ…」

 勇者はデジャブを感じつつも、ゴンザレスが取り出した得物を確認した。

「…ヨーヨーの次は…けん玉かよ…」

 ブラックは金属製のけん玉をパンツの中から取り出し構えた。

「(…便ブラ…ちなみにこの世界でけん玉ってメジャーな武器なのか…?)」

「(いえ…ちょっと聞いたことないですね…でも…仕掛けが…ある…のかも)」

「(…あのヒモにぶら下がってる玉が重量百キロ越えの超合金であることを祈るよ…)」

「それでは…試合開始!」

 勇者やボブが見守る中、審判が試合開始の合図をした。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!」

 試合開始早々ブラックは右手で持ったけん玉を前方に突きだし、左手を後ろに引くと、まるで拳法の構えを取るようにして相手を威嚇した。

「すげえ! なんかそれっぽい!」

 勇者はブラックの流れるような一連の動作に感嘆の声をあげた。

「そうだろう? ブラックは拳法の達人なんだぜ!」

「なんだそうだったのかよ! そういうことは早く言ってくれよ! 滅茶苦茶心配しちゃったじゃん!」

 拳法の達人という言葉を聞いた瞬間、安心した勇者は表情を崩した。

「(期待が持てそうですね勇者様!)」

「(ああ! きっとあのけん玉をヌンチャクのように使って相手を倒すんだろうな!)」

「(カンフー映画みたいですね! 楽しみです!)」

「(俺もだよ!)」

 勇者たちの期待が高まる中、ブラックはけん玉を振り回し始めた。

「ホワチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 カンフー映画の俳優のようにけん玉を見事に振り回すブラックを見て勇者は昔を思い出していた。 

「(かっけえ! そういえば昔、俺もけん玉をヌンチャク代わりにしてカンフーごっこやってたな。思いっきり顔面にけん玉の玉をぶつけてさ気絶しちまったんだよ)」

「(危ないですよ勇者様。ああいうのは一流の達人がやるから大丈夫なのであってド素人がやると目もあてられないような大惨事につながりかねません)」

「(確かにな、今の天才の俺でも頭にけん玉をぶつけかねないぜ。だがブラックは違うようだな、あんな凄まじい速度で鉄製のけん玉を振り回したら、ちょっとのミスでも流血沙汰だっていうのに。流石達人だ…」

「ホワチャアアア、ぶはッ!? ほわああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 ミスをしたブラックの額に玉がぶつかり血が噴き出した。

「…ほわ…ほわああ…ほわ…ほわあ…ちゃ…」

 ブラックは血を噴き出しながら倒れた。

「勝者、カマン!」

 審判が勝者の名を告げ、第二試合が終了した。

「ブラックううううううううううううううううううううううう!!!」

「おいボブ!!! 達人じゃなかったのか!? なんだあの無様な醜態は!!!」

 ブラックの敗北に悲鳴をボブはあげ、勇者は怒声をあげた。

「いや…ブラックが…達人だって自分で言ってたから…」

「自称かよ!? ざけんなよどうすんだよあんな見るからに雑魚そうな奴に二連敗とかありえねーだろお前ら仮にも勇者のパーティなんだぞ主人公パーティなんだぞ!!!」

「…安心してくれ…俺も完全に頭にきてんだ…あいつ…俺の仲間を二人も…許さねえ…」

 ボブは運んだゴンザレスやブラックに座りながら寄り添っていたが、ゆっくりと立ち上がるとカマンを睨み付けながら近づいて行った。

「大丈夫か!? 本当に大丈夫なんだな!? ちゃんとした武器を使うんだぞ!? 相手を殺傷可能な武器を使って戦ってくれよ!? もうこの際ナイフでもなんでもいいからちゃんと戦ってくれよ!? わかってるよな!? 殺すつもりでやるんだからね!?」

「…殺すつもり、か…ふッ…ああ…もちろん…」

 勇者の心配する声を背に受けたボブは薄く笑いながらズボンに手を入れた。

「そのつもりだぜ…!!!」

 カードデッキを取り出した。

「お前はなんもわかってないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 勇者の悲痛な叫びが屋敷に響いた。

「それでは第三試合、開始!」

 審判の試合開始の合図と共にボブはデッキをシャッフルし始めた。

「先攻後攻はじゃんけんで決めるぜ!! じゃんけん…」

「え、えい!」

「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 近づいてきたカマンの鎌を受けたボブは血を噴き出しながら倒れた。

「第三試合、勝者カマン!」

「カス共がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

勝者の名を告げる審判の声のすぐ後にボブ、ブラック、ゴンザレスに対する罵倒が勇者の口から放たれた。

「もういい! 俺が団体戦の奴ら四人を全滅させるぜ! ふッ、やはり最後はこの天才でイケメンで最強の破壊神が〆なければならないようだな!」

「(大丈夫ですか勇者様? これで負けたら最高にカッコ悪いですよ?)」 

「(負けるわけねえだろあんなヒョロガリになんかよぉ! 戦士の肉体をしてないよ奴は)」

 筋肉のついていない自分の体を棚に上げ、線の細い体をしたカマンを勇者は鼻で笑う。

「(…自分だって剣をもちあげられなかったのに…)」

「(ふん! 昔の話をいつまでもするんじゃないよお前は! ロッククライミングのあとに行った度重なるイメージトレーニングの末に魔力をつかった筋力増強方法は完全に会得した、すなわち――)」

 勇者は肩から大剣をひき抜くと、右手だけで持ち、構えて見せた。

「(すごいです勇者様! ちゃんと学習できる脳みそがその頭に入ってたんですね! エクスカリバーちゃん超感激!)」

「(当然だぜ! この灰色の脳細胞にかかればどんなことでも簡単にこなせてしまうのだよ! さあて、まずはあのカマキリ野郎を血祭りにあげてからだな、その後残りの三人も華麗にさばいてやるぜ)」

 勇者は剣を持ったままカマンに近づき、一定の距離を保った状態で立ち止まった。それを見た審判は今までと同じように試合の始まりを宣言する。

「それでは第四試合、開始!」

 試合開始早々勇者は地面を蹴り、カマンに仕掛ける。

「ひゃあああああああああああああああっはあああああああああああああああ!!! 死にやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

「(…またしても雑魚が言いそうなセリフですね…)」

 トイレブラシの声など聞こえていないかのように奇声をあげた勇者は右手を振り上げカマンの脳天目掛けて剣を振り下ろそうとした。

(勝った!)

 そう心の中で思った勇者は表情を醜く変貌させながらまだ実現していない勝利に酔った。

 だが現実はそこまで甘くはなかった。

「え、えい!」

 気迫に欠ける声と共に大剣よりも小回りの利くカマンの鎌が先にグサッ、と勇者の額に突き刺さる。

「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 額から血を吹きながら勇者は地面に倒れた。

「第四試合勝者、カマン! よってサラマンダー盗賊団の勝利!」

 およそ五秒、試合開始から勇者が敗北するまでにかかった時間だった。

「(…流石です勇者様…予想の遙か斜め下をさらに下回って地下に突き抜けていくような無様な敗北です…)」

 トイレブラシの称賛とも侮蔑とも取れる言葉が勇者に突き刺さるが彼の意識はすでに飛んでおり、反論すらできなかった。

 数時間後、勇者はボブ、ブラック、ゴンザレスと共に壁に張り付けられ囚われの身となっていた。そして四人の前には回復魔術で再生したクベーグ立っていた。

「貴様、よくもこの俺を黒焦げにしてくれたな。たっぷりと仕返しさせてもらうぜ。お前たちに関する情報もその後さらにたっぷりと聞かせてもらう」

「や、やれるもんならやってみろコラ! 言っとくが俺はそう簡単に口を割ったりしない! どんなことがあろうが絶対だぜ!」

「(勇者様偉いです! 腐っても勇者ですね!)」

「(腐ってねーよボケ! 偉大な勇者として当然のことだ!)」

「ほう…そうか…」

 啖呵を切る勇者をねっとりとした視線で見たクベーグは拘束された勇者に手を伸ばしながら語り始めた。

「俺はよ…お前と戦ってる最中にずっと思ってたんだよ…」

 クベーグの手が勇者の頬に触れる直前だった。

「な、なんだ! そ、そういうゆっくり手を伸ばして何かをしようって意思表示を見せたとしても誇り高い英雄であるこの俺には無駄なことだ!」

 気丈にふるまう勇者に対して、彼の頬に手を触れたクベーグは言う。

「お前…」

「な、なん、なんだよ! こ、怖くないぞ! どんな状況でも俺は決して情けない声は出さな…」

「いいケツしてるな」

 クベーグは頬を赤らめながら勇者に微笑んだ。

「助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!??」

 勇者は情けない声で助けを求め暴れ出した。

「ボブうううううううううううう!!! ブラックううううううううううううう!!! ゴンザレスううううううううううううううう!!! なんとかしてくれえええええええええええええええええ!!!」

 勇者は三人に助けを求めたが、彼らは気まずそうに視線をそらすだけだった。

「おいテメエら目そらしてんじゃねえよ!? 仲間がピンチなんだぞ!? さっき助けてやっただろう!? 恩を仇で返すつもりか!?」

 だがやはり彼らは目をそらし黙したままだった。

「もう我慢できねえぜ!」

 クベーグはベルトをはずし始めた。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

「(いやあ、地下で見た銅像の真実がここにありましたね! クベーグさんと裸で絡み合う男たちの気持ち悪い銅像の謎が今解かれました! 真実はいつも一つ!)」

「(言ってる場合じゃねえだろおおおおおおおおおお!! これはマジでヤバイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??)」

 カチャカチャと音を出してベルトをはずす音を聞いた勇者は戦慄したが、トイレブラシは呑気に状況の解説に興じていた。

「(便ブラ頼むなんとかしてくれお願いホントお願いなんでもするからマジでお願い!!!)」

「(必死ですねぇ。にょほほ! じゃあ私をエクスカリバー女王様と――)」

「(エクスカリバー女王様お願いしますッ!!!)」

「(…何という即断…ノンケの勇者様にはよっぽどおつらい状況なんですね…わかりましたよ…なんとかしますですよ…)」

「(ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!)」

 勇者は泣きながら感謝した。

「(私の秘策を披露するには多少時間がかかりますのでクベーグさんに話しかけて注意を反らしててください)」

「(わかった! でも早くしてね!)」

 勇者はトイレブラシの作戦に身を委ね、クベーグの注意をひくため話しかける。

「お、おいクベーグ!」

「ん? なんだ? 俺はノンケでも構わない派だからやめてくれってのは無しだぜ?」

「この有害なホモ野郎め! 無害なホモをちっとは見習え!」

「草食系ってやつか? そんなんじゃあ子孫繁栄は望めないぜ?」

「男とヤッたって子孫なんぞ増えねえよボケ!? そんなことより俺が聞きたいのはお前たちがウルハ国から盗んだ『火竜の剣』についてだ!」

「『火竜の剣』? なんだそりゃあ、俺たち最近はウルハ国からは何も盗んじゃいねえぞ。最近はずっと旅行とか行ったり、遊園地で遊んだりはしてたが…」

「なんだと!? 本当か!?…ってことは便ブラの言う通本当にないのかここには…」

「ああ…つーか最近あんまり悪いことしてないな…せいぜい魔物の密売くらいだな、まあいいか…さ…やろうぜ☆!」

 クベーグは脱ぐのに手間取っていたズボンを今完全に取り払った。

「(便ブラあああああああああああああタイムリミットだよおおおおおおおおおおおおおおお!!??)」

「(大丈夫ですよ! こちらも準備が整いました!)」

 トイレブラシの声と共に上の階から何かを破壊するような音が聞こえてきた。その音にクベーグが最初に驚く。

「な、なんだ!? 上の階の魔物か!? だが魔物には制御の首輪をつけておいたはずだ!? どうなっていやがる!?」

 クベーグの恐怖に満ちた顔を見た勇者は静かにほくそ笑んだ。

「(ざまあみさらせ変態モーホー野郎が! これが俺様の真の力だ!)」

「(いや私の力でしょう……まったく……全て私の下準備のおかげですよ……この主人想いの果報者に何か言わなければならないのではないですか勇者様!)

「(ああそうだな、よくやった! お前は最高のパートナーだぜ!)」 

「(えへへー! まあ私にかかればちょろいですけどねこのくらい! でももっともっと可愛がって褒めてくれてもいいですよ! むふふー♪)」

 トイレブラシは上機嫌になり、もっと褒めるように催促した。

「(もう言葉に出来ないくらい感謝してるぜ! ところであれだよな、お前が仕掛けた魔術ってあのライオンみたいなやつにかけた魔術だろ? どんな魔術をかけたんだ?)」

「(首輪にかけられた服従の魔術を無効化した後、理性を狂わせる狂化の魔術と筋力を倍以上にする強化の魔術です。それと最後に理性があるとかかりにくい指定したターゲットを襲わせる催眠魔術をかけておきました)」

「(そうか見えたぜお前の計画! 魔術で狂暴かつ強くなったあのライオンに盗賊団を襲わせて、そのどさくさにまぎれて俺たちは脱出すると、そういうことだな?)」

「(ええまあ、おおまかに言えばそうなんですがちょっとだけ訂正部分があります)」

「(訂正部分?)」

 疑問をトイレブラシに聞き始めた時には、ドカン、ドカンと凄まじい破壊音が屋敷中に鳴り響き、自分は大丈夫と安心しきっている勇者と違いクベーグや部下達は青ざめたままブルブルと震えていた。

「(訂正部分はターゲットについてですね。実は催眠魔術でターゲットを定める場合襲わせる対象の魔力の質を理解していなければいけないんです。下っ端の盗賊さんたちでは魔力が低すぎて対象にはできませんし、クベーグさんにしようとも思ったのですが、それは無理でした。今は完璧にクベーグさんの魔力質を理解しているエクスカリバーちゃんですけど、あの獅子に会った時にはまだクベーグさんと戦っていなかったので魔力質を理解できていませんでしたので)」

 屋敷を震わせる轟音は先ほどより激しくなり、あの獅子がこちらに向かって来ているのだと勇者に確信させ、期待させた。そんな中トイレブラシの説明は続いた。

「(それで私は知っている人間でなおかつこの屋敷にいる人間を選んでターゲットにしたのです)」

「(ふーん……え……じゃあもしかしてボブとかブラックとかゴンザレスをターゲットにしたのか?)」

「(いえ、それも違います。あの人たちも魔力が低かったので対象外でした)」

 ズドン、と一際大きな音が勇者たちのいる階に響き、誰もが思う。ついにやってきたのだ、と。そしてなぞかけのように続く勇者とトイレブラシの会話もここでようやく終わりを迎えようとしていた。

「(じゃあ一体誰をこんなすごい音たてながら屋敷を破壊しまくる凶暴な野獣のターゲットにしたんだよ? 哀れな子羊の名前をいい加減俺に教えろよ。つーか盗賊団とかクベーグ、ボブやブラック、ゴンザレスを除けばこの屋敷には誰もい……な……い……)」

 いいやそれは違う、勇者の思考が目まぐるしく回り、答えを出した。

「(ま……まさか……!?)」

 ただ一人だけ、そう、ただ一人だけいたことを勇者は気づき、絶対にそんなことあってはならないと思いつつもトイレブラシに答えを聞いた。

「(……俺……?)」

「(ピンポーン♪ 大正解です!)」

 壁を吹き飛ばし、耳をつんざくような激しい叫び声と共に先ほどよりも二倍近く膨れ上がった体を揺らしながら巨大な獅子が現れた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「このポンコツ便所ブラシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」

 勇者の叫びと獅子の叫びが交わのとほぼ同時だった、野獣が勇者にとびかかってきた。

「死ぬうううううううううううううううううううううううううううううううううう!!??」

「(大丈夫ですよ、エクスカリバーちゃんを信じてください)」

 勇者の悲痛な叫びとは違いひどく軽い調子でトイレブラシは言った。

 何を言ってるんだこいつは、縛られていて動けないんだぞ、とそう思いながら目をつむった勇者にゆっくりと巨大な手と鋭い爪が迫っていった。

(ああ……高校も童貞も卒業していないっていうのに…俺の人生ここで終わりか……)

 勇者が諦めかけたその時、彼の首筋が光りだし、光の膜がオーラのように勇者の体を覆った。

「こ、これは……!?」

 そして勇者は、はっと思い出した。トイレブラシが自身にお守りと称してこの屋敷に入る直前にかけた魔術を。

「(そうか……便ブラ……これで攻撃を無効にしてくれるってわけだな!)」

 それに気づいた勇者は安心してトイレブラシの作戦に身を委ねようとした。強大手が自分を吹き飛ばそうと横なぎに迫ってくる中、だけど大丈夫だ、魔術が守ってくれると勇者は思っていた。だが。

「ふッ、そんなもの効かない――ぶるあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 激しい痛みと共に勇者は吹き飛ばされ、地面に転がる。強力な殴打によって拘束具が破壊された結果だった。

「いってええええええええええええええええ!?」

 痛みのあまりそこらじゅうを転げ回った後、勇者はトイレブラシに文句を言った。

「(てめえ痛いじゃないか!? 防御になってないぞ!?)」

「(文句言わないでください、そんな都合よく完全防御なんて無理ですよ。こういう設置タイプの魔法陣ではこの程度の防御が関の山です。だからこそ最後の手段にしたかったのに。ボブさんたちを連れて勇者様がさっさと逃げ出していればよかったのですよ。魔物の密売なんて悪いことをしようとするからいけないんですよ!)」

「(うるさい! 金儲けしようとして何が悪い! 人間ってのは金を稼いで生きている、そう仕事をすることによってだ! 密売だって金を稼ぐ立派な仕事だ! 労働だ! 勤労なんだ! 何がいけないというのか!)」

「(何逆切れしてるんですか! 犯罪行為をしていいだなんて勇者の言う事じゃないですよ!)」

「(だまらっしゃい! 勇者だって人間なんだよ!)」

 勇者がトイレブラシと口喧嘩を声に出さずにしていると、獅子がさらなる攻撃を仕掛けるべく雄たけびをあげながら猛突進を仕掛けてきた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!!」

「わあああああああまた来たああああああああああああああああああああああああああ!?」

 間一髪左に避けて攻撃を回避することはできたが、攻撃を受けるのは時間の問題だった。見ると、部屋中を壊して暴れ回る魔物に恐れをなしたクベーグ達が逃げ出そうとしていた。

「ちくしょう魔力切れで転移はもう使えねえ! 野郎どもここは走って逃げるぞ!」

「「「おす!!!」」」

 クベーグ達が退散する様子を見た勇者はニタァ、と悪魔のように笑い、前方の盗賊たちがいる方に走り出した。そして魔物に向かって叫ぶ。

「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!! 獅子公こっちだぞおおお!!!」

 獅子はグルル、と唸り声をあげながら勇者を見た、と同時に先ほどより速く突進してきた。

「そうだ、そうだ、こっちに来い」

 ドスンドスンと音をたて迫ってくる巨大な獅子をギリギリまで引き付けた勇者は、今だと言わんばかりに絶妙なタイミングで避けた。そして小回りの利かない巨体は当然のごとくそのまま突進を続ける。その先を走る者たちに用はないにもかかわらず。

「「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」」

 クベーグ達は獅子の巨体に跳ね飛ばされ、気絶した。それを注視し満足げに頷きながら勇者は表情をキリッと変え、言う。

「悪は去ったな。よし、今度こそ密売による利益は全て俺様のものだ」

「(どっちが悪ですか! いい加減諦めてください!)」

「(嫌だ、俺はチャンスを必ずモノにする男だ。お前こそ俺に従えよ。っとその前に、もう盗賊はやられたんだし、あのライオンにかけてある魔術止めてくれよ)」

「(無理です)」

「(なんでだよ!)」

「(設置タイプの魔術はいったん発動すると術者の手を離れて自動で動き続けます。効力が切れるまではそれこそずっと。それに天才美少女エクスカリバーちゃんがかけた魔術はそんじょそこらの魔術とは別格で、時間が経つにつれ段階的にかけた魔術の効力が強くなっていく仕様になっているのです、むふー。すごいでしょう?)」

「(は? 強くなる、ってことはつまり……)」

 勇者は獅子が突っ込み煙をあげている方向を見た。

 巨大な影が煙の中でさらに大きく変貌していく様を見た。

 ただでさえ大きかった巨体が、その筋肉が、その足や頭がバキバキと音をたて膨れ上がる光景を見た。

 徐々に消えていく粉塵の中で皮膚が赤く変色していくおぞましいシーンを見た。

 完全に煙がなくなった先に、完全なる怪物を見た。

 得物を前に牙をむき出しにして涎をたらす20メートルに迫る紅蓮の獅子を前にし、ブルブルと震える勇者にそっとトイレブラシがささやく。

「(勇者様、命とお金……どっちを取りますか……?)」

「(逃げよう)」

 勇者は即決した。その結果先ほど勇者が獅子から攻撃を受けた余波で拘束から脱出し、気絶していたボブ達を叫んでたたき起こした。

「おい!!! 起きろ役立たず共!!! おうちに帰るぞ!!!」

「「「んん? ここは……うひゃああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」」

 獅子に気づいたボブ達は度重なる戦闘と獅子の襲撃により半壊寸前の屋敷に開いていた穴から外に飛び降り勇者よりも先に逃げ出した。

「てめえら先に逃げんなよ!?」

 勇者が非難すると寸分たがわぬタイミングで獅子が咆哮しながら勇者に突撃を開始した。 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

!!!」 

「来るなちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それからは勇者にとって永遠にも等しい苦痛のひと時だった。筋力だけでなくスピードも大幅にあがった獅子の追撃を逃れるのは至難の業であり、ゆえに勇者と獅子の命がけの鬼ごっこは果てしなく続き、魔術の効果が完全に切れる頃には屋敷は壊滅状態になった。気絶していたが後に気が付いたクベーグ達ですら段階的に強くなっていく獅子に怯え早々に屋敷を放棄したのだった。そして屋敷が壊滅したことにより正気に戻った獅子を含む魔物たちは自然に帰り、屋敷だった場所にはただ一人が残された。

「が……は……あ……がああ……」

 血まみれで服もボロボロの勇者は地面にうつぶせで倒れながら痙攣を繰り返した。

「大変でしたね勇者様。いや~私の魔術の腕がここまですごいなんて私自身驚きですよ! 実は魔物に強化と狂化をかけたのは初めてなんです! 初めてでここまでの効果を発揮するってすごくないですか? すごいですよね? てへへー! 勇者様も少しは頑張りましたね! ということでがんばった勇者様にはご褒美にエクスカリバーちゃんを褒めてなでなでする権利を差し上げましょう! 優しくするんだゾ☆!」

「こ……こ……こ……こ……」

 勇者は何かを言いたそうだったがトイレブラシには理解できないようだった。

「こ? ああ! 『こんなに可愛い頼りになる相棒がいて俺は最高に幸せだぜ!』の最初のこ、ですね!」

「このゲロ豚肥溜めボットン便所備え付き汚物掃除専門クソッタレ便所ブラシがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 顔面血だらけでホラー映画にでも出そうな勇者はトイレブラシを例のごとく地面に叩き付け始めた。

「いた、痛すぎますですやめてくださ、いたあああああああああああああああ!!?? やめてくださいよ!!! 私のおかげで助かったんですよ!?」

「てめえのおかげで死にかけたのも事実じゃねえか!! なんであのライオンに段階的に強くなるなんて無駄な設定をしやがったんだコラ!!」

 叩き付けられることに抵抗したトイレブラシは勇者に反論しようとした。

「だってクベーグさんに会う前で実力がわからなかったんだから出来るだけ強くなるように設定しておいた方が絶対いいじゃないですか!!! 弱かったら暴れても意味ないですよ!!! これも勇者様を思ってのことです!!!」

「嘘つけてめえどうせ魔物に魔術かけるの初めてで加減が効かなかったからとかそんなんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ち、違いままま、ますですよ」

「ドモッてんじゃねーか!!!」

「いいじゃないですか助かったんですから!!! 勇者様の貞操を守ったのは私なんですよ!!!」

「何が貞操を守っただこれを見やがれ!!!」

 勇者はトイレブラシに見えるように尻を突き出した。

「お得意のセクハラ攻撃ですかやめてください訴えますよ!!!」

「ちげーよボケ!!! てめーみたいな便所ブラシにセクシャルなんてねえしハラスメントする理由もねえよ!!! ケツの表面を見ろやズボンごとあの獅子公に引き裂かれたこの可哀想な美少年のケツを!!!」

 勇者の尻は獅子に追いかけまわされる過程で爪による斬撃を幾重にも受けズタズタになっていた。

「貞操を守るどころかケツの穴を引き裂かれるかと思ったじゃねーか!!!」

「男の人とやるより全然いいじゃないですかタダでSMプレイが出来たと思えばいいんです!!!」

 勇者とトイレブラシは言いたいことを全て言い合うと息を整えるためしばらく黙った。

「「うおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」

 そして殴り合いを始めた。

 その後しばらく殴りあった後に倒れ込んだ。

「……ちきしょう……散々苦労したのに結局『火竜の剣』は見つからねーし……魔物の密売横取り作戦も失敗するし……あーもうヤダ……せめて『火竜の剣』の場所だけでもわかればなあ……」

「……そのことなんですが……私に推論があります……」

「なんだよ、推論って」

「ウルハ城に張られた結界は宝物を持ちだそうとすると作動するタイプです、これに引っかからないためにはかなり高度な魔術の知識と技量が必要になります。つまり凄腕の魔術師でなければならないんです」

「だからそれがクベーグなんだろ?」

「確かにクベーグさんはそこそこの技量でした。でも結界に歪みを与えずにうまく入り込むことができるとは思えないですね。戦ってみてわかりましたが中の下くらいですよクベーグさんの腕は。まあ、上の上の私クラスの超絶魔術師なら誰にも気づかれずに侵入可能ですがね!」

「……うわー……自意識過剰……」

「勇者様にだけは言われたくありません!! ごほん、とにかく話を戻しますと、クベーグさんには不可能ということです」

「でも前は侵入して盗み出した前科があるってボブ達が言ってたじゃん」

「その時は気づかれたからこそクベーグさんがやったって城の皆さんにバレてしまったのではないですかね。もっともそれから年月を経ているためもしかしたら誰にも気づかれないほどの凄腕魔術師になっているのではないかとも思ったため指摘はしませんでしたが……結果はさっき言った通りです」

「じゃあお前はクベーグ以外の凄腕の魔術師が盗んだって言いたいのか?」

「ええ。もしくは……可能性としては低い、と思いたいですが……結界から認証されている王族や将軍の内の誰かが持ちだした、ということも考えられます」

「いや、流石にないだろそれは。王族が国宝売っ払うほど金に困ってるとは思えねーよ、お前もあの財宝見ただろ? 将軍だって金に困っている奴なんて……いや……あれ……なんか……いた……ような……」

「……そうなんですよ……私もここに来る途中で王族や将軍は結界に影響されないっていうこと聞いてからずっとひっかかっていたんですよ」

 勇者とトイレブラシは思い出していた、ここに来るまでに聞いた将軍の名前を。恐怖のあまり魔物の前で失神してしまった将軍の名前を。借金取りに追いかけまわされどこかに泣きながら逃げ出してしまった将軍の名前を。かつてクベーグの屋敷を制圧にかかり見事に失敗した将軍の名前を。ボブ達の指揮官だった将軍の名前を。

「「「おーい勇者様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

 寝転がったまま勇者とトイレブラシが思案していると、ボブ達が走りながら戻ってきた。

「てめえら俺を置いて逃げ出しやっがってこの薄情者が!!!」

 やってきた彼らに対して勇者は立ちあがり、激怒した。

「「「ごめん、ごめん」」」

「ごめんごめんじゃねえよ軽いんだよバカ野郎!? 待ち合わせに遅れたみたいな謝り方すんなよ!?」

「(勇者様、そんなことより彼らに例の将軍について聞いてみてください。昔の部下だったみたいですし何か知っているかも)」

「(でも流石に何か知ってたらこの任務が始まる前に言うんじゃないか? いくらこいつらがあれでも)」

「(全て知っているとは思いませんが、何かしら手がかりになるかもしれませんし、他にあてがあるわけでもないんですからとりあえずしらみつぶしにしていきましょうよ。まずはここからです)」

「(わかったよ。とりあえず聞くだけ聞いてみるか)」

 勇者はトイレブラシの方針に従い、問いかける。

「なあお前らってスティーブ将軍の部下だったんだろ? スティーブ将軍が金に困って国宝持ち出して売り払う算段を整えようとしていた疑惑があるんだけど、どう思う?」

「「「な!?」」」

 ボブたちは驚愕した。

「(勇者様直球すぎます!? もっとオブラートに包んだ言い方をしてください!!)」

「(何言ってんだこれでハッキリすんだろ。だいたいこいつらみたいなアホに遠回しに言ったってうまくいくとは思えんし)」

 勇者は驚くボブたちの解答を待った。

「「「あ、ありえないぜ!! 将軍に限ってそんなこと!!」」」

 ボブ達はスティーブ将軍をかばう発言をし始めた。

「「「将軍はとても立派な人なんだ!! 犯罪に手を染めるはずがねえぜ!!」」」

「でも借金まみれだったんだろう?」

「「「それでも……!! それでもそんなことはしないはずだ……!!! 俺達一人一人が証人だぜ!!! 今から将軍がいかに素晴らしい人か一人ずつ語っていくぜ!!!」」」

 ボブ達は互いに頷き合うと、一人ずつ力説し始めた。まずはボブから。

「スティーブ将軍は笑顔の絶えないサービス精神あふれる優しい人だった。なんてったって結構根が張る白い粉を比較的に安い値段で俺たちに買わせてくれたんだ!」

「結構根が張る白い粉、ってなんだよ……いや、まさかな……」

 勇者の脳裏に嫌な考えがよぎった。

「あの粉を使うと気持ちよくなって体中から汁が噴き出してラリホー!! って気分になるんだ!! どこかの違法薬物に似てたけどなんだったんだろうな、あれ!!」

 勇者はなんとも言えない顔でボブを見た。

「よし、次ブラックだ!! 頼んだぜ!!」

「おうよぉ! まかせときなぁ!!」

 選手はブラックに変わり、彼もまた話し出す。

「将軍は優しいだけじゃなくてユーモアセンスもすげえんだぜぇ! 冗談で部下達に借金の連帯保証人の欄に名前を書かせようとしたこともあったんだぁ! あの鬼気迫る顔は冗談には見えなかったけど、誰も応じてくれなかった時にはスティーブ将軍が笑いながら冗談だって言い始めてよぉ、俺達もつい笑っちまったぜぇ! きっと戦いの緊張をほぐすためだったんだろうなぁ!」

 勇者の顔は不信感全開だった。

「最後はゴンザレスだぜぇ! 頼むぜぇ!」

 最後はゴンザレスへとつながり、同じように話し出した。

「スティーブ将軍について語るならまず商売上手ってところから言わなきゃなマルチ商法ってやつを王都で広めようとして……」

「もういいもうわかったそいつが犯人の可能性が高いってことはよくわかったよ」

 話を遮り勇者は結論を下した。

「「「なんでだよ!?」」」

「なんでだよじゃねーよ!! こっちがなんでだよって言いたいよ!! そのクズ将軍はよく今まで将軍やってられたなびっくりだよ!!」

「(勇者様も人のことは言えないと思いますがね)」

「(うるさい黙れ)」 

 トイレブラシを理不尽にも黙らせた勇者は話を続けた。

「そんでお前ら海から帰ってきて将軍を最後に見たのはどこだよ? 犯人って確定したわけじゃあないけど、探し出してとりあえず話が聞きたい」

「「「えーっと……確か……城の物置で見かけたな……」」」

「物置…だと…それって武器庫のある階の物置か……?」

「「「ああ。それで俺たちに気づくと挙動不審気味に愛想笑いしながら早歩きどこかに行ってしまったな。そういえば名札が付いた布にくるまってた細長いものを持ってたような」」」

 勇者の疑惑はさらに深く、深まっていった。

「その……名札にはなんて書かれてたんだ……?」

「「「確か『火竜の剣』って書かれてたな! ……あッ!」」」

 ボブ達は今気づいたようにハッとなった。

「……あッ、じゃねえんだよカス共おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 散々無駄な苦労させやがってそのクソ将軍が犯人じゃねえかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」」

 キレて背中の剣をひき抜いた勇者はボブ達に襲い掛かり、襲われた彼らは悲鳴をあげて逃げ出した。

 そしてそのまま勇者たちはラムラぜラスに帰還した。

 勇者の将軍探索任務が今始まる。  


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