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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
19/42

18話

 『火竜の剣』奪還のため『サラマンダー盗賊団』アジトに向かった勇者とその仲間たちは雑誌に書かれていた巨大な別荘に似た場所を目指して歩を進めていた。雑誌によると『サラマンダー盗賊団』のアジトは西門から東に20キロほどの距離にあり、勇者、ボブ、ブラック、ゴンザレスの四人はラムラぜラスを離れ現在荒野を歩いていたのだった。

「…なあ…馬使ったほうがよかったんじゃねーのこれ…そのほうが早く着くだろ…」

 荒んだ荒野を重い剣を背中に背負いながら荒んだ心で歩く勇者は一秒でも早く任務を終わらせてしまいたかった。

「いや、そうしたいのは山々なんだが海に行った反動で馬たちが疲れちまってるらしいんだよ」

 ボブは勇者の質問に簡潔に答え、勇者はその回答に心の中で憤った。

(チクショウが!!! こいつらが海に遊びに行かなければこんなめんどくさいことしなくて済んだのに!!! おのれバカ共めえええええええええええええええええええええええええええええ!!!)

 勇者は怪物のように表情をゆがませ怒りをあらわにした、そしてそんな勇者にトイレブラシは声をかける。

「(勇者様そのお顔はやめたほうがいいですよ。これから悪い人たちを捕まえに行くんですから。そのお顔では勇者様のほうが悪人ぽいです)」

「(しょうがねーだろーが!! 俺だってこんな顔したくねえんだよ!!! でも美少女三剣士と旅をする夢を見た後にワキガ三剣士と旅をする現実に直面してしまって俺のライフポイントはすでに風前の灯火なんだよ怒ってないとやる気が出てきそうもないんだよ!!!)」

「(もう契約してウルハ国の戦士になったんですからそういうわがままは言いっこなしですよ! これも財宝を手に入れるための下準備とでも思って己を奮い立たせてください!)」

「(くッ…それを言われると…まあ…そうだな…確かにその通りだ…仕方ない…気分を変えていくか…)」

「(その調子です勇者様! そうだ、歌なんか歌って行けばパーティの親睦も深まりますし、気分転換になるんじゃないですかね!)」

「(歌か、結構いいかもな! どんな歌知ってるかちょっと聞いてみるか)」

 勇者はトイレブラシの提案を受け、この世界の歌を三人に聞こうとした。

「なあ、このまま黙って行くのもなんだしさ、この世界の歌について俺に何か教えてくれないか…? どうせ道中は暇なんだし一緒に歌でも歌いながら歩こうぜ!」

「歌か、そうだな。俺たちの結束にもつながるしいいかもしれねえな!」

 ボブは快く引き受けた。

「そうだなぁ、確かに歌はいいもんだもんなぁ。それじゃあよぉ、あれなんかいいじゃねえかぁ。俺たち兵士たちの結束を誓うあの歌なんてよぉ」

 ブラックは兵士たちが結束に使うという歌の話を出した。

「おおあれか確かにあれは素晴らしい何が素晴らしいのかと言われると答えづらいけどでもだがいい歌だということは間違いないんだよあれはいいけど説明しろと言われると回答に困るそんな…」

「わかったよ! いい歌ってことは十分わかった! それでどんな歌なんだよ?」

 ゴンザレスの終わる事のなさそうな説明を例のごとく止めた勇者はボブに目をやった。

「ウルハの兵士たちが歌う伝統的な歌だ、簡単だしすぐ覚えられると思うぜ! とりあえず俺たちが一回歌うからそれを聞いた後に勇者様も一緒に歌うってのはどうだ…?」

「わかった、そんじゃあ聞いてるから三人でまずは歌ってみてくれよ」

 ボブの言葉に従った勇者は歩く三人をじっと見つめながら歌が始まるのを待った。

(それにしても異世界の歌か。よくカラオケに行く俺としては結構興味があるぜ)

 内心では興味津々の勇者は耳を澄ませた。そして三人は互いに目配せをすると、同時に歌いだした。

「「「ふんどし♪ ふんどし♪ いなりずし♪ 俺の股間は…」」」

「おいおいおいおい待て待て待てちょっと待て!?」

 勇者は気分よく歌いだした三人を止めた。

「どうしたんだ勇者様? なにかおかしいところがあったか? まだサビの部分だぜ」

「サビの部分がなんかすでにおかしかっただろ!? なんなんだその歌は!? サビの部分だけで気分が悪くなったぞ!? ちょっと歌の題名言ってみろよ!?」

 三人の代表のボブは首を傾げて勇者に問いかけ、勇者はそれに答えるのと同時に歌の題名を三人に問い詰めた。勇者の質問を受けた三人は要望に応え題名を答える。

「「「『汗だく男のおいなりさん ふんどし祭り』」」」

「ごめんその歌やめて」

 勇者は真顔で歌を聴くことも歌うことも拒否した。

「「「なんでだよ!? すっげえいい歌なんだぜ!!! 最後まで聴いてみろって!!!」」」

「嫌だよ臭そう」

 勇者はなおも拒否した。

「…つーか他になんかないのかよ! 別のにしようぜ別のに! あるだろなんかしら」

 勇者は三人に別の歌にしようと提案し、三人に別の歌を教えてもらおうとした。

「他の歌か、まあないこともないけどよ。『汗だく男のおいなりさん ふんどし祭り』がやっぱりいいと思うぜ、最後まで聴くとマジで泣きそうになるからよ! 感涙間違いねーぜ!」

「最後まで聴かなくとも途中から別の意味で泣きそうだからマジでやめて」

 サビの部分ですでに限界の勇者はボブの提案を断固拒否した。

「ま、おいなりさんはいい歌だがよくよく考えたら結構長い歌だからなぁ。今日は別の歌にしてもいいんじゃねえかぁ、それに俺たちは結構歌が好きだからなぁ、他の歌も数は結構知ってるぜぇ」

「おお! じゃあ別ので頼むよ!」

 ブラックの言葉に救われた勇者は別の歌で注文をし直した。

「ブラックの言う通りウルハの兵士たちの中で俺達が一番知ってると言っても過言ではないほどにこの国の歌を知ってるぜどんな歌があるかっていうと男の男による男のための歌が…」

「説明が抽象的すぎるんだよ! 知ってる歌のタイトル全部あげてくれよ! その中から選ぶからさ!」

「「「わかったぜ!!!」」」

 ゴンザレスの説明にならない説明を聞いた勇者は三人に知っている歌のタイトルを全て教えてくれるように頼み、三人はその願いに頷き了承した。勇者の頼みを聞いた三人は早速知っている歌の全てをまるで打ち合わせでもしていたかのように同時にしゃべりだした。

「「「『熱血わき毛戦士』『野郎大戦 竿と竿の激突』『俺たちのケツ』『尻とバラとバラード』『俺は男が好きなんだ…」」」

「ホントごめん俺が悪かった静かに行こう」

 あげられるタイトルを途中まで聞いた勇者は静かに行くことを決心した。その後歌は結局歌われないまま時は流れ、アジトまでの距離もだんだんと近づいて来ていた。アジトまでもう少しの距離というところでトイレブラシは憔悴した表情のまま無言で黙々と歩く勇者を見るに見かねて声に出さずに話しかけてきた。

「(大丈夫ですか勇者様? やっぱり歌を歌って気分を明るくしたほうがよかったんじゃないですか?)」

「(…いいよ…歌ったら余計に気分が悪くなりそうだぜ…なにせタイトル聞いただけでこんなに気分が悪くなったんだらな…)」

「(そうですか? 歌ってみたら結構楽しいかもしれないですよ?)」

「(…楽しいわけねーだろあんなホモAVのタイトルみてーな歌がよお…あんなもんで楽しめるようになったら俺もいよいよお終いだぜ…)」

「(そうだ! だったら勇者様が三人に歌を教えてあげればいいんじゃないですか?)」

「(…いや無理だろ…地球の歌の歌詞って使われてる言葉が地球にあるものだろ…ロケットとかバイクとかそういうのが歌詞に出てきたらいちいち説明しなきゃなんねーし…)」

「(なるほど確かにそうですね…じゃあラブソングなんてどうですかね…? あれなら人の心象とかを歌ったものが多いですから大丈夫のはずです!)」

「(ラブソング…か…一応知ってるけど…あれ…歌詞にまったく共感できないんだよな…)

「(まあまあ! この際そういうのは置いておいて気分を明るくすることに努めましょうよ!)」

「(…そう…だな…でもよぉ…)」

「(なんですか? 何か問題でもあるんですか?)」

 勇者はトイレブラシの言葉をもっともだと思いながらも渋る理由を伝えた。

「(…野郎四人が荒野で『愛してる』だの『会いたい』だの『切ない』なんて言葉を多用してるラブソングを熱唱しながら盗賊団のアジトに向かう様子を想像してくれよ…)」

 トイレブラシはむさい男たちが乙女の顔をして震えながらラブソングを歌うところを想像した。

「(…すいません…ないですねこれは…)」

「(…だよな…俺もそう思う…だからここは無言で向かったほうが精神衛生上いいんだよきっと…)」

「(だ、だったらちょっと聞きたことがあるので私の代わりに三人に聞いてくれませんか…?)」

「(なんだよ聞きたいことって)」

「(迷いの結界についてなんですが、誰かが財宝を持ちだそうとした場合発動するって彼らは言ってましたけど…それだと何かあった時に城から財宝やら重要なものを城の人たちですら誰も持ち出せないのではないかなあ、とふと思いまして…結界そのものを解除するにしても結構時間がかかりそうですし…緊急事態の時はそんな余裕もないんじゃないかなとかも思ったのです)」

「(…それもそうだな…でもあれじゃね…多分バカだからそういう事態を想像できないんじゃねーの…?)」

「(そう、かもしれませんが…一応聞いてもらえますか…?)」

「(わかったよ、どうせ暇だしな)」

 勇者はトイレブラシの願いを聞き、ボブに話しかけた。

「なあ、城になんか異常事態が起きた時に財宝やら重要なものをどうやって外に持ちだすんだ? さっき話してくれた説明だと持ちだそうとした奴が迷いの結界の対象になっちまうんだろ?」

「ああ、確かに普通の兵士では迷っちまうな。だが王侯貴族と王族に信頼された兵士、つまるところ四大将クラスの人間なら話は別だ。王侯貴族と四大将は迷いの結界に引っかからないように術を張る際に設定されるんだぜ! だから有事の際は王侯貴族や四大将が財宝やらを持ちだすことになってるんだ」

「なるほどそうなのか、わかった。あんがと」

「いいってことよ」

 勇者はボブにお礼を言うとトイレブラシに話しかけた。

「(だってさ、一応ちゃんと考えてるみたいだぜ)」

「(そのようですね)」

「(でもなんだってそんなことが気になったんだ…?)」

「(ああいえ…ちょっと気になっただけです…多分思い過ごしだと思うので…気にしないでください)」

「(ふーん、まあいいけど)」

 トイレブラシの言葉を多少気にしながらも勇者は無言で歩き続け、とうとう『サラマンダー盗賊団』のアジトに到着した。

「…ここが『サラマンダー盗賊団』のアジトか…マジで雑誌の写真とまったく同じだよ…それにしても盗賊団のアジトって言う割には見張りがいねーな…」

 勇者は観光案内雑誌のページを見ながら目の前にそびえ立つデコボコした石造りの高い塀に囲まれた大きめの屋敷を呆れた様子で見た。

「「「気をつけろ勇者様! 見張りがいなくても魔術の結界が張られてるはずだ!」」」

 ボブ、ブラック、ゴンザレスの三人は勇者に警告した。

「魔術の結界か…ちなみにお前らって結界を無効化出来たりは…」

「「「無理だぜ!!!」」」

「…はっきり言うなよ…」

(…でもこいつらにやらせるよりは便ブラにやってもらった方が確実か…)

 気持ちのいいくらいハッキリと即答された勇者は何とも言えない気分になりつつもトイレブラシに相談しようと脳内会話を試みる。

「(便ブラ、なんとかできるか…?)」

「(もちろんです、魔術に関してならこの美少女にお任せください! もう少し結界の傍まで寄っていただければ中の人に気づかれないように結界にわずかな穴を開けて侵入できるように私が細工しますよ!)」

「(おお流石だな、そんじゃあ頼むぜ!)」

「魔術の結界はこっちで何とかすっから、俺についてきてくれ」

「「「わかったぜ!!!」」」

 勇者はトイレブラシの言う通りにボブ、ブラック、ゴンザレスと共に正門から少し離れた塀の近くにやってきた。

「(ではこれからこの魔術結界に穴を開けるので5分ほどお待ちください)」

「(わかった)」

 結界に穴をあけるのに5分ほど時間がかかることを三人に伝えた勇者はトイレブラシが穴を開けるまでボブ、ブラック、ゴンザレスと共に無言で待っていたが、ふとボブが独り言を呟いた。

「それにしても懐かしいぜ、こうしていると前にこのアジトに潜入した時のことを思い出しちまう。あのときは隊長のおかげでどうにか俺たち生き延びることができたからな。隊長への感謝の気持ちが甦ってくるようだぜ」

「そうだなぁ、あの時から今に至るまで隊長は俺たちの最高の上司だぜぇ」

「俺達もまだまだひよっこでスティーブ隊長には結構迷惑かけたっけないやでもどうだったかな俺は華麗に活躍してたんじゃなかったかそうだそうに違いないだって俺は輝き続ける星のような…」

 ボブの言葉につられるようにブラックとゴンザレスがかつて『サラマンダー盗賊団』のアジトに突入したときの事を語りだした。

「へえ、スティーブ隊長ねぇ…ん?…スティーブ隊長?…スティーブ…つい最近どっかで名前を聞いたような…もしかして有名人?」

 勇者はどこかで聞いた名前を頭の中で思い出そうとしていたが中々出て来ないため三人に有名な人なのか尋ねた。

「「「そりゃあ有名人さ! スティーブ将軍って言えばみんな知ってる有名人だからな!」」」

「ああ、思い出した! 覚える必要ないと思ってた役に立たなそうな将軍の名前か! え、ってことはお前らの上司ってスティーブ将軍なのか? 海に遊びに行って子供のようにはしゃいだり魔物の前で失神した挙句借金取りに追いかけられて泣きながらどこかに行ったっていうあのスティーブ将軍?」

「「「そうだぜ!!!」」」

「…じゃあ前に失敗したこのアジトの制圧っていうのは…そのスティーブ将軍が指揮をとってたのかよ…」

「「「そうだぜ!!!」」」

「…そりゃ失敗するだろうな…」

 なぜ盗賊団のアジト制圧に失敗したのかという疑問に勇者は答えを得た。会話に区切りがついたその直後、ちょうど5分経ったのかトイレブラシが勇者に話しかけてきた。

「(勇者様、結界に穴を開ける事ができました。いつでも突入できます)」

「(よし、よくやった! さて、こんな楽しくない仕事なんてとっとと終わらせて帰るか!)」

「(油断しないでくださいね? 盗賊が危険な相手で普通に戦った場合負けて殺されると私が判断した時は『メルティクラフト』してくださいと言いますのでちゃんと指示に従ってください)」

 トイレブラシは背負った大剣を指しながら勇者に指示した。

「(わかった、わかった。だがしかしこの天才が下賤な盗賊風情に負けるはずないと思うがな! メルティなんたらも使う必要なんてないと思うぜ? なにせそんなもん使わなくても俺はもともと最強だからな! なはははははははははははは! にょはははははははははははは!)」

「(……そうだといいんですけどね…あと結界に穴を開けられる時間はそんなに長くないので注意してくださいね…穴がふさがった瞬間に侵入したのがバレますので…約一時間くらいがタイムリミットです)」

「(わかったぜ! なはははははははははははははははははははははは!)」

「(…まったくもう…)」

 心の中で高笑いし始めた勇者にトイレブラシは、本当にこの人が最強ならどんなに楽だったか、とそう思わずにはいられなかった。

「よし、準備は整った。ボブ、ブラック、ゴンザレス、覚悟はいいか…?」

 勇者は真剣な表情で三人を見回した。

「ふッ、いつでもいいぜ勇者様! 前に突入した時と違う、今の俺は実力が段違いに上がってるからな! 盗賊なんて目じゃないぜ!」

 ボブは不敵に笑いながら余裕の態度を勇者に見せた。

「俺だって魔術は苦手だけどよぉ、別の分野だったら絶対に負けないってやつを持ってるんだぜぇ! そいつで勇者様や皆をぜってぇ守ってやんぜぇ!」

 魔術が苦手と言いつつも自分にも特技があると自信に満ち溢れた様子でブラックは答えた。

「…………………無理………………」

 ゴンザレスは自信がなさそうだった。

「無理、じゃねえだろおい!? さっきまでのうるせえマシンガントークはどうしたんだよ!?」

 様子のおかしいゴンザレスに驚いた勇者はどうしたのかと問いかけたがゴンザレスは顔を青くしながら震えるだけで何も答えなかった。

「ホントどうしちゃったんだよ! 俺もちょっと緊張してたからお前のマシンガンのような鬱陶しい言葉で気分を晴らそうと若干期待してたのに!」

 勇者の言葉にやはり答えないゴンザレスに代わりボブとブラックが勇者に答えはじめた。

「悪いな勇者様。実はゴンザレスはあがり症の虚弱体質なんだよ。普段はよくしゃべるんだがこういう、なんていうか、いざって時には震えて役に立たなくなるんだ」

「命がかかった戦いのときは大抵胃腸が痛くなって毎回休んでるんだぜぇ。前にこのアジトに突入した時は珍しく参加していたが入ってすぐに盗賊のアジトのトイレに籠ってたって話だぜぇ。あっ、でも違うんだぜぇ、ゴンザレスはどうでもいい時は周りを盛り上げる良いムードメーカーとして活躍してるんだぜぇ」

「どうでもいいときにムード盛り上げるのなんて中高生でもできるわ!? 本当のムードメーカーっていうのはこういう緊迫した状況で周りが暗い時でも場を盛り上げる奴のことだろうが!? しっかりしろよコラ!!」

 勇者はゴンザレスを揺すりながらしっかりするように言った。

「…………………お腹痛い………………」

 がゴンザレスは勇者の言葉に腹痛を訴える言葉を短く返すと膝を抱えて座り込みダンゴムシのように丸まったまま動かなくなった。

「…仕方ねえ…勇者様…ここはゴンザレスは置いて行くしかないないみたいだぜ」

「ああ、こうなっちまうとよぉ、ゴンザレスはひたすらネガティブな発言しかしなくなるからなぁ。このまま無理やり連れて行くと盛下がるぜぇ」

 ボブとブラックはゴンザレスを置いていこうと勇者に提案した。

「…はぁ…しょうがねえな…じゃあゴンザレスはここで待機しててくれ…」

 ボブとブラックの言葉を受け、勇者はゴンザレスに塀の外で待機するよう命じた。

「ふうううううううううううううううわかったぜ任せてくれこの俺が確実に待機という重要な命令を遂行して見せるぜやってやるやってやるぜ闘志を燃やしてやってやるぜこの俺に不可能はないんだないはずだいよっしゃあああああああああああああああああああああああああああああふうううううううう…」

 途端ゴンザレスは元気を取り戻した。

「このチキン野郎が!!! てめえやっぱりついてこいやこの野郎!!! 引きづってってやろうかおらああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 勇者はゴンザレスにキレて飛びかかった。

「落ち着いてくれって勇者様」

「そうだぜぇ、仲間割れは良くないぜぇ」

 だがボブとブラックに両腕を掴まれて阻止された。しばらくの間もみ合った後勇者はゴンザレスを締め上げるのを諦め突入の準備に入った。塀によじ登る前に勇者は待機するゴンザレスにもしもの時の事を伝えた。

「じゃあゴンザレス! 俺たちがもし『サラマンダー盗賊団』に捕まるようなことがあったらちゃんと助けに来いよ! いいな!」

「……………………無理…………………」

 ゴンザレスはうつむき、か細い声で拒否した。

「だから無理じゃねんだよ!? ちゃんと来いよお前!? もしお前が助けに来なくて死んだら呪い殺すからな!!!」

 呪い殺すという言葉に小さく頷いたのを確認した勇者はボブとブラックに目配せした。

「行くぞ野郎ども!!!」

「「おう!!」」

 勇者の号令と共に一斉に塀の突起に手や足をかけ登り始めた勇者、ボブ、ブラックはゴキブリのような動きで瞬く間に二十メートルほどの塀を登りきり塀のてっぺんに立った。

「この内側に入ったらいよいよ任務達成まで戻れないけど、ゴンザレスと違ってお前らは虚弱体質とかじゃないよな? 大丈夫だよな?」

 勇者はボブとブラックに問いかけた。

「問題ないぜ! 鍛え上げたこの体は元から戦うためのもの、どんなピンチであろうがこの強靭な肉体で任務を達成して見せるぜ!!!」

「ボブの言う通りだぜぇ! 俺たちは鋼の肉体を持つウルハ国の戦士、そして鋼の肉体には鋼の精神が宿るんだぜぇ! この鋼の肉体を傷つけるほどの強敵がどれだけ現れようと決してこの鋼の心を傷つけることは叶わないんだぁ! どれだけ傷つこうが必ず任務を達成してみせるぜぇ!!!」

「お前ら…頼もしいじゃねえか…こんなカッコいい奴らと同じ任務が出来て俺は幸せ者だな」 

 決意の言葉を語ると同時に腕を組んで並び立ち、まるで歴戦の勇士のような雰囲気を醸し出し始めたボブとブラックに勇者は心底敬意を表した。

「よし! それじゃあ行こうじゃねえか、俺たちの戦場によ!」

「「おうよ!!!」」

 三人は互いに信頼し笑い合うと高い塀のてっぺんから正面の屋敷を見据えた。

「「「とうッ!!!」」」

 そしてタイミングを合わせるわけでもなく三人は掛け声と共に塀の内側に颯爽と飛び降りた。30メートルの高さから重力に身をまかせ、風を受けながら迫る地面に向けて着地体制を整えた勇者はドスンという鈍い音と共に両足で着地に成功した。

(痛ってええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!! 雰囲気にのまれてついカッコつけて飛び降りてしまったが、やるんじゃなかったぜクッソ!…もっとゆっくりちょっとずつ降りればよかった…まあいいや、足は折れてないみたいだし…鋼の肉体を持つボブやブラックのいる手前、勇者としてカッコ悪いところは見せられないしな…今度からは注意しねーと…さて、とりあえず屋敷に潜入するか…)

 飛び降りたことに早速後悔し始めた勇者だったが自身の体がなんとか無事だったことを確認すると自分よりも後ろの位置に少し遅れて着地したボブとブラックにこれからの指示を出すべく振り返った。

「ボブ、ブラック、とりあえず屋敷にせんにゅ…う…」

 勇者は鋼の肉体と精神を持つボブとブラックを見て彼らの鋼の魂を分けてもらい元気を出そうとした。

「ぐう…うう…があああ…足が…足が…」

「い…痛いぜぇ…だ…だめだぜぇ…こいつは…だめだぜぇ…」

 だがボブとブラックの鋼の肉体と精神はあっけなく崩壊していた。

「お、おい!? だ、だいじょ、うぶ、ってかなんでだよ!? 鋼の肉体はどこいった!?」

 ボブとブラックは足を抑えて冷や汗をかきながら横向きに倒れていた。

「「ゆ、勇者様…お、俺たちを置いて先に…行ってくれ…た、多分…あ、足が折れちまった…」」

「いやいやいやおかしいだろ!? なんで上から飛び降りたくらいで鋼の肉体が崩壊してんだよ!? あと多分てなんだ!? つーか仮に足が折れたんだとしても回復魔術で治せば…」

 勇者が言いかけた時にトイレブラシが声に出さず勇者に話しかけてきた。

「(勇者様、言い忘れていましたがこの屋敷に張られた結界の中で魔術を使った場合盗賊団に間違いなく発見されてしまいますので、出来れば彼らに魔術を使わせたり私の魔術に頼るのは最終手段にしてください)」

「(ええ!? じゃ、じゃあどうするんだよコイツらは!?)」

「(…残念ですが…動けない以上置いて行くしか…)」

「(い、いや大丈夫だろ! 多分って言ってたし立てるよきっと! だって鋼の肉体と精神の持ち主だぞ? なんだかんだ言ってもきっと気力を振り絞って立ち上がってくるはずだ!)」

 トイレブラシは言いづらそうに置いて行く提案をしたが、勇者はボブとブラックの鋼の肉体と精神を信じて彼らの復活を期待した。

「だ、大丈夫だよな? お前らはゴンザレスと違ってどんな状況でも任務を達成できるんだもんな?」

「「…………………無理…………………」」

 ボブとブラックはゴンザレスのように膝を抱えダンゴムシのように丸まった。

「無理じゃねえんだよ!? つーかお前らまだなんもやってないじゃん!? 何しに来たんだよ!?」

「(勇者様、あまり大きな声を出しては敵に感づかれます。忘れないでください、もう勇者様は結界の内側にいるんですよ)」

「ぐぬぬぬ……はぁー……くそッ…わかったよ…お前ら見つからないようにここで隠れて待機してろ…」

 勇者はうなだれながらボブとブラックに待機命令を出した。

「「わかったぜ!!!」」

 勇者の指示にいい笑顔で答えた二人は手で地面に凄まじい勢いで穴を掘るとその中に隠れた。

「めちゃくちゃ元気じゃねえか!? やっぱりてめえらついてこいよ!!!」

「(勇者様お静かに! それから彼らのことは諦めて先を急ぎましょう! 結界に穴を開けていられる時間はそう長くないと言ったのをお忘れですか!)」

「ぐぐぐぐううううううううううう…!!!…ちきしょう…わかったよ………」

 興奮して地面の穴からボブとブラックをひきづり出そうとした勇者だったがトイレブラシの言葉に冷静さを取り戻すとため息をついて任務を開始しようとした。

「…ああ、あとお前ら魔術は使うなよ? 使ったら結界に引っかかっちまうから…」

「「わかったぜ!!!」」

 勇者はその場を去る前にボブとブラックに注意を促すと屋敷に向かって小走りで近づいて行った。

「ったくあんな使えない兵士よこしやがってあのアロハ馬鹿め…これじゃあ俺一人で来たのとなんも変わんないじゃねーか…うーむ…しかしどっから入るか…やっぱ窓かな…」

 ブツブツと小声で文句を垂れながら屋敷の側面に回り込んだ勇者は窓から忍び込もうと開いている窓を探し始めた。

「…どうなってんだよこの屋敷どこにも窓がないぞ…建築した奴は何考えてんだ…どうすっかな………お? 一か所だけ窓がある、しかも開いてんじゃん♪ ラッキー!」

 屋敷の構造は五階建ての豪邸で一階から五階まであったがどこにも窓がなく侵入経路を探すことに苦戦した勇者だったが屋敷をグルグルと回りながら調べていると、間もなく開いていた窓を見つけ、壁をよじ登り始めた。

「おい便ブラ、この中にいる盗賊の数とかわからないか?」

「すみませんわからないです。屋敷の中に入ってもっと近づけばわかるかもしれませんが…人の魔力はよっぽど強くない限り感知しづらいんですよ…ですがそれほど強い魔力は感じないので数がいたとしても『メルティクラフト』する必要はないかもです」

「つまり中の奴らはそんなに強くはないのか。まあ俺より強い奴なんてそうそういるわけないがな。ククク」

 勇者は含み笑いをしながら壁をよじ登り、五階の端っこの大きな部屋の窓から屋敷の中に侵入した。その後、念のために窓の外から見つからぬようにと勇者はすぐに窓を閉めた。

「よっしゃ、潜入成功。チョロイもんだぜ」

「外に見張りもいませんでしたし、盗賊団の人たちはどこにいるんでしょうかね?」

「さあな、俺としてはこのまま何も起こらず『火竜の剣』を入手できても見つかって戦うことになっても、どっちでもいいけどな。あの役立たず共と違ってこの天才はあらゆる状況に対応できる万能な戦士だからね! どんな苦境に立たされようと任務は遂行してみせる! 口だけの奴らとは違うぜぇ! 勇ましく戦って見せようなにせ俺は勇者だからな! クフフ」

「…そうだといいんですけどね…ところでこの部屋はなんなんですかね?」

「なんなんだろうな。やけに薄暗いうえになんか生臭いな。とりあえずここから出てこの屋敷の見取り図かなんかを手に入れ、うわ!?」

 明るい外から暗い部屋に入り、目がまだ慣れていなかったためか勇者は部屋から外に出ようと歩き出した瞬間何かに足を滑らせ転倒した。

「大丈夫ですか!?」

「いてて…ああ、平気平気。でもなんだこれ、床がなんか濡れて…る…」

 床に付いた何かの液体を手で触り、暗闇に慣れてきた目でその液体を見た勇者は言葉を失った。

「………ち、ちちちちちちち、血ィィィィィィィィィィィィィィィィ!?」

 手に付いた生臭い血の臭いで我に返った勇者は驚き震えあがった。

「なななななななんで血が!? どういうことだ!? いったいこの部屋…は…え…?」

 勇者は気が付いた、この無駄に大きく薄暗い部屋がなんのための部屋なのかを。そしてそのことに気づかせてくれたのは暗がりから勇者をじっと見つめる二つの大きな金色の瞳だった、その巨体は瞳よりも少しくすんだ金色のたてがみと体毛に包まれ、巨大な爪と牙が暗闇で怪しく光り、その存在を際立たせていた。どうして今の今まで気が付かなかったのだろうか、気が付いていれば入った瞬間に例え死んだとしても窓の外に飛び降りたのに、という後悔の念が顔から噴き出してきた脂汗と共に勇者を包む。

「あわ…わ…わわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ…」

 勇者が自身を認識し奇声をあげ震えはじめたのに気付いたためか、石の煉瓦で頑丈に作られた血生臭い部屋の住人は座っていた四本の太い足でゆっくりと立ち上がり、目の前の獲物を逃がさぬようにするためか一歩一歩、大きな音を立てて威圧感をだし床を踏みながら勇者に近づいてきた。

「にげ、にげ、にげげげげげげえええ…に、にいいい…」

 もはや何を言っているのかわからない勇者の『逃げよう』という言葉も虚しく、暗闇の住人は勇者の目の前にやってきた。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 大きな咆哮と共に首輪がつけられた巨大な獅子が姿を現した。

「出ましたね! 勇ましく戦うんですよね勇者様! 私も陰ながらお手伝いしちゃいますよ!………勇者様…?」

 トイレブラシは自身の言葉にいつまでも反応しない勇者を、先ほどまで威勢のいい言葉を散々吐いていた勇者を見た。

「………むむむむむむむむむむ………無理………………」

 もごもごと口を動かしながら情けない表情で勇者はギブアップした。

「にげるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! うわあああああああああああああああああああああ!!!!」

 即断した勇者は泣きながら部屋から窓の外に向かって逃げ出した。

「ガアアアアアアアアアルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

「いやああああああああああああああああああああああ!!??」

 しかし獅子の方も諦めず追いかけ勇者に対して鋭い爪で切り付けてきたが、異様に逃げ足の速い勇者は獅子の攻撃を泣きながら全て回避し、窓をこじ開け、五階から地面に飛び降りた。仰向けのまま上空から地面に叩き付けられた勇者は手足をぴくぴくと動かしながらしばらくの間動くことはできなかった。

「…大丈夫ですか勇ましい勇者様…?」

「……………時には一歩引くことも勇気だと僕は思うんだ…」

 しばらくしてからトイレブラシは勇者に声をかけ、勇者もそれに応答した。

「なんだあの化け物は!? なんで盗賊団のアジトにあんなのがいるんだよ!? あれってこの前の狼と同じ奴だろ!? 魔獣つったっけか」

「いえあれは魔獣ではないですよ、普通にただの魔物です。この前の黒狼の魔獣を思い出してみてください、あっちの方が体が大きかったでしょう?」

 勇者はトイレブラシの言う通り思い出そうとしたが先ほど体験した恐怖のせいで巨大な獅子と巨大な黒狼の区別がつけられず、どちらも同じくらいの脅威に思えた。

「…そうだっけか…?」 

「そうですよ。さっきは突然あの獅子が現れたせいで勇者様は驚いたのでしょうが、大きさはそれほどでもなかったですよ。通常、魔獣と認定される怪物は最低でも全長20メートル以上なんです。この前見た黒狼の魔獣が全長約30メートルほどで、今襲ってきた獅子はせいぜい10メートルくらいですね」

「…そう言われてみると…確かに黒い犬っころの方が大きかったような…でも10メートルだって十分驚異のような気がするけど…」

「何を言ってるんですか、あんなもの全然脅威ではありません。事実、勇者様は『メルティクラフト』していないにもかかわらずあの獅子の攻撃を全部避けられてたじゃないですか。もし戦ってたのがあの黒狼の魔獣だったら勇者様は間違いなく重傷を負っていたでしょうね」

 いくぶんか冷静になってきた勇者は黒狼の魔獣と戦った時の事を思い出した。

「………そういえばあの犬っころの方が速かったな…」

「でしょう? というわけであの獅子はそれほど強くはないのでさっさと倒しちゃってください英雄殿!」

「…そうだな…オーケー! 確かにいきなり出てきてちょっとビビ、じゃなくて驚いちまっただけかもしれないな! よくよく考えて見れば二度の激戦をすでに潜り抜けてきた俺ならばあんなチンケなライオン風情に後れをとることなどありえないよな! よし、もう一度行くぜ!」

「ガンバです勇者様!」

「おうよ!」

 トイレブラシの声援を受け取った勇者は再び屋敷を登り、獅子がいた部屋に侵入した。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「やっぱ無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 がしかしビビった勇者は再び外に飛び降りた。

「何やってるんですか勇者様! 怯えてはだめです! 恐怖は冷静な判断を狂わせます! ちゃんと相手を見て、攻撃の隙を窺うのです! さあ! もう一度行きましょう!」

「…………………無理…………………」

 戦意を喪失した勇者は膝を抱えて丸まった。

「…まったく…これでよくあの三人の事を悪く言えましたね…似た者同士じゃないですか…」

「んなこと言ったって無理なもんは無理なんだよ! あ、そうだ! メルティなんたらで俺の体を赤毛モードにして強化すればいいんじゃねえの! あれって動体視力やら肉体強度やらいろいろと跳ね上がるんだろ? そうすりゃあ余裕で突破できるんじゃね!」

「『メルティクラフト』には頼らないんじゃなかったんですか?」

「細かいことは気にするなよ! ほら、ちゃちゃっとやっちまおうぜ!」

 勇者は背負った剣に手をかけようとしたがトイレブラシがその前に声をかける。

「ちょっと待ってください勇者様。『メルティクラフト』は出来るだけ最後の手段として取っておきたいんです。なにせ強力な分消耗が激しいため勇者様が一度『メルティクラフト』した場合丸一日は寝たきりになってしまうと思うんです。この前金髪のイケメンさんとの戦いが終わった時も勇者様はしばらく寝たきりだったでしょう?」

「じゃあどうすんだよ。この屋敷どういうわけか知らないが窓があそこしかないし、扉も正面の入口しかないぜ」

「正面突破は流石に危険すぎますよね。となるとやはりあそこの窓から侵入するしかないですね。仕方ないので魔術を使ってあの獅子を眠らせましょう」

「え、でもいいのか? 魔術使ったら結界に探知されるんだろ?」

「はい、確かに探知されます。でも探知されるのを遅らせることくらいならなんとかできます。といってもせいぜい30分から40分くらいの短い時間だけですが。結界に穴を開けていられるのがだいたい一時間くらいなのでさらに持ち時間が短縮されてしまいますからあまりやりたくない方法なんです」

「そうなのか…しかし30分から40分か…短いな…この無駄に広い屋敷を40分で全部調べるのは無謀だぜ…」

「ええ、おっしゃる通りですね。ですからこの屋敷の中にあるはずの『火竜の剣』を獅子を眠らせるのとほぼ同時に探知魔術で探します」

「そんなことできんの!?」

「多少難しいですが可能です。普通の魔具ならともかく国宝とまで言われている魔具ならばきっと強力な魔力を放っているはず、その魔力を探知魔術で探します」

「………お前…すごいな…便所ブラシのクセに…」

 勇者はトイレブラシの有能さに驚いた。

「何度も言いますが私は聖剣です! 美しくてかわいい聖なる剣なのです!」

(ホントに剣だったら聖剣だって認めてたんだけどなぁ。百均に売ってそうな便所ブラシじゃなければなぁ。見た目がどう解釈してもピンク色の小汚い便所ブラシなんだよなぁ。なんでこいつ作った奴は便所ブラシに魔石なんて埋め込んだんだろうか。疑問でしょうがないぜ)

 勇者はじっとトイレブラシを見つめながら製作者の意図を探った。

「なんですか勇者様、私の事じっと見て。もしかして私の可愛さに魅了されていけない気持ちに…」

「お前の取っ手の穴になんか欲情するわけねーだろ。考えてもどうせわかんねーし、いいや。とにかく『火竜の剣』見つけて任務を達成しますかね」

 勇者はトイレブラシがなぜ作られたのか、考えるのをやめて任務達成に集中した。軽く作戦会議をトイレブラシと二人でしたのち、彼女が魔術で獅子を眠らせられる距離をまで近づくべく勇者は行動を開始した。そして五階の窓を目指して再び壁を登り始めた勇者にトイレブラシは最後の確認をしてきた。

「詠唱はすでに終わらせていますので勇者様は部屋に入ったらじっと動かないで獅子が近づいてくるのを待っていてください。いいですか? 絶対に動いちゃダメですよ。前にも言いましたが魔術の発動中に魔術師は動いてはダメなんです。動いてしまったら魔術が中途半端に発動してしまう恐れがありますので」

「わかったって。動かなきゃいいんだろ? 俺は勇敢なる男の中の男、勇者だぜ? 余裕よ、余裕! 動かざる事山のごとしってくらい完璧に不動に徹して見せるぜ!」

「そんなこと言ってあの獅子が飛びかかってきた瞬間に逃げ出したりしたら怒りますよ私」

「今度は大丈夫だって! そういうお前もちゃんと成功させろよな! お前が失敗したら俺は間違いなく死んじまうんだからよ!」

「それこそ無駄な心配ですね、私が魔術で失敗するなどありえないことです」

 勇者とトイレブラシは最後の確認を終わらせると窓から部屋に侵入した。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアルゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウ!!!!」

 部屋に入った途端、部屋の主から熱烈な歓迎のあいさつを受け取った勇者は一瞬ひるみそうになるもトイレブラシの言葉を思い出し、彼女を信じて動かなかった。

「勇者様偉いです! そのままじっとしててくださいね!」

「ああわかってるわかってるから早くお願い!!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 動かない勇者を見て好都合と思ったのか獅子は威嚇するようにゆっくりと歩いていた足の速度を速め、床を揺らしながら猛スピードで勇者に突進してきた。口を大きく開け鋭い牙を見せながら今にも自分に食らいついてきそうな獅子の迫力に勇者は目を回して電動マッサージ機のようにブルブルと小刻みに震え出した、だが彼は決して足を動かさず、根を生やしたように床から動かなかった。

「グルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

(ああ…もうダメだ…ショック死しそう…)

 雄たけびをあげながら涎を垂らし自身に向かってくる獅子に怯え、静かに泣きながら一瞬死を覚悟した勇者だったがトイレブラシの声が彼を救った。

「頑張りましたね勇者様! 魔術発動!」

 トイレブラシの声と共にブラシの先端のスポンジが光りだし眩い光が部屋を覆った。

「ガア…ルル…ゥゥゥゥゥゥゥゥ…」

 光が消えたのとほぼ同時に獅子は金色の瞳を閉じ、体をゆっくりと横たえ、勇者の目前で眠り始めた。

「便ブラぁぁぁぁ…よくやったぁぁぁぁぁ」

 勇者は泣きながらトイレブラシを褒めたたえた。

「ふふん! このくらい美少女聖剣エクスカリバーちゃんにかかれば余裕のよッちゃんイカですよ!」

「相変わらずさび付いた古臭いセンスとネタだけど今はどうでもいいや! 本当によくやったぞお前は!」

「えへへー! もっと褒めてくれてもいいですよ!」

「ああ、お前最高! 今のお前は百均じゃなくてショッピングモールに売ってる便所ブラシと同じくらい輝いて見えるぜ!」

「…その褒め方はあんまり嬉しくないんですけど…っとそんなこと言ってる場合ではなかったです! 急いで『火竜の剣』を探しに行きましょう!」

「ああ、そうだったな、時間がないんだった。でも場所わかったのか?」

「はい。一応、ですけど…」

 トイレブラシはハッキリと見つけたとは明言せず、言葉を濁した。

「なんだよ、奥歯にものが挟まったみたいな言い方して」

「なんだか魔力の反応がそれほど大きくなくて。国宝と呼ばれるほどのものならもっと強力な反応が出ると思ったのですが…」

「へえ、反応が微妙だったのか。まあいいや、その微妙に反応があった場所に行けばわかるだろ。とにかく急ごうぜ!」

「そうですね、そうしましょうか。あ、でも行く前にちょっと保険をかけときたいのでちょっと待っててください」

「保険?」

「ええ。すぐ終わりますから」

 トイレブラシは言い終わると先ほど詠唱を終わらせていた何かの魔術を眠る獅子にかけ始めた。そして魔術の行使が終わったのか、光り輝く魔法陣の紋章が獅子の首筋に刻まれた。

「さ、行きましょうか勇者様! 時間もありませんし」

「そうだな、わかった!」

 トイレブラシに急かされるように勇者は何もないただ広いだけの部屋に唯一備え付けられたドアに向かって走り出した。

「ところでお前あのライオンに何したんだ?」

「知りたいですか?」

「もちろん知りたい」

「むふふー。それはですねー…」

「それは?」

 トイレブラシは勇者に何の魔術をかけたのかをもったいつけるようにして言った。

「ひ・み・つ☆ です☆」

「可愛くないよお前がやっても」

 トイレブラシの可愛らしい言い回しに勇者は素直な感想を言った。

「な!? 失礼な!! 名誉棄損です! 謝罪と賠償を請求しますですよ!」

 トイレブラシは憤慨した。

「普通に教えないお前が悪いんだろーが! ま、教える気ないならないで別にいいけどな。ライオンさえいなければこっちのもんだぜ! 早々に終わらせて帰らせてもらうぜ!」

 勇者は走る速度を上げて扉まで一気に駆け抜け、ドアの前に到着した。

「さて、着きましたね。ここから先にも何があるかわからないので用心してください」

「ふふ、今の俺はライオンに立ち向かったことで人としても戦士としても大きく成長した。たとえどんな困難が待ち構えていようと俺はひるまない! なぜならば俺は最強の勇者で! 勇ましき天才エリート戦士で! 生まれながらの勝ち組だからだ! へへッ、もう盗賊団なんか相手じゃないくらい今の俺はノってるぜ!」

「…さっき泣いてたくせに…」

「なんか言ったかコラ」

「いえなんでもないですよ! じゃあ行きましょうか!」

「おう! 行くぜ、見てろよ下郎ども! この勇ましき英雄の姿を今見せてやる! どんな奴がいようと問答無用で戦って…」

 勇者は勇ましく扉を開けて屋敷の奥に侵入した。扉の先は廊下ではなく大きな部屋につながっており、勇者は獅子がいた部屋よりもさらに大きな部屋に足を踏み入れた。

「やる…う…う…う…を…お…お…お…お」

 と同時に部屋にいた無数の巨大な怪物たちが勇者を一斉に見た。

「………戦いますか勇者様…?」

「ごめんなさい調子に乗りました」

「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」

「もうやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 怪物たちの咆哮と共に何度目かの追いかけっこが始まった。

 獣型の魔物から虫型の魔物、果てはイカやタコにも似た数十匹の魔物たちはいずれも獅子よりも体こそ小さかったものの数の多さで執拗に勇者を攻撃し、傷を負わせた。しかし逃げ足だけは一級品の勇者は複数の攻撃を連続で受け、傷を負いながらもなんとか逃げ延び、次の扉を開けて急いで中に入った。

「ど…どうなってんだ…ぜえ…はぁ…ぜえ…はぁ…げほッ…げほッ…だ、だけど今度は…だいじょう…」

 勇者は扉に入り込み、ドアを閉めた瞬間にその場に倒れるように座り、息を切らせながら今度こそ安全エリアに入った、と思い下げていた顔を上げた。

「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」

 勇者は先ほどの倍の数の魔物に挨拶をもらった。

「なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 立ち上がり走り出した勇者の逃走劇が始まった。その後勇者は新たな部屋に入るたびに魔物たちに襲われ、逃げて、逃げて、逃げ延びて、何度もそれを繰り返し、部屋を十個ほど通過したのちようやく魔物のいない普通の廊下へと出た。

「ち…ち…く…しょう…が…ガハッ…も、モンスターハウス…かよぉ…」

「勇者様、待っててください今回復の魔術をかけます」

 トイレブラシは血まみれの勇者に回復魔術をかけ始めた。詠唱を入れても四分ほどの時間勇者はその場に座り込み傷を癒した。

「はい、終わりです」

 トイレブラシの治癒魔術によって血だらけの体やズタボロの服は見事に再生し、勇者は傷や服が治ったのを確認すると立ち上がった。

「た、助かったぜ便ブラ。しかしなんなんだよあの部屋はよ…思うにトラップ部屋だよなあれ絶対…窓をあそこだけ開けておいて侵入した奴を魔物に襲わせるっていう姑息なトラップに違いない…おのれ盗賊めぇ…」

「いえ、多分違うと思います。勇者様は魔物たちに首輪がつけられていたのを見ましたか?」

「逃げるのに精一杯でそんなもん見る暇なかったよ…ついてたのか…?」

「ええ、全ての魔物についてました」

「それでなんでそれがトラップ部屋じゃないってことにつながるんだよ?」

「移動しながら説明します。今は時間が無いのでとにかく一階付近まで走ってください」

「一階付近? なんか微妙な言い方だな…一階に『火竜の剣』があんのか?」

「そう、だと思います…一番魔力が強いのがそこなので…」

「わかった。とにかく行くか」

 勇者は下に通じる階段を探して廊下を走り出した。

「しっかしこんなに騒いでも誰も出て来ないな。もしかして盗賊団の奴ら山にキャンプにでも出かけてるんじゃないだろうな…遊びに行ってるんじゃないだろうな…」

「ありえないですよ…って言いたいところですがありえそうなのが怖いですね…前例があるので…」

「…ホントだよ…まじめにやってるのがバカみたいに思えてくるぜ…っと、階段見っけ」

 勇者は階段を見つけると素早く回り込み二段飛ばしで階段を下に降り始めた。

「それで、魔物についての答えを教えてくれよ。首輪とどう関係してるんだ?」

「それなんですが、ズバリ言いますとあの魔物たちは売り物なんだと思います」

「売り物? 侵入者撃退用のトラップとして配置されてたんじゃなくてか?」

「はい、昔から魔物をペットとして欲しがる酔狂なお金持ちたちがいるんですよ。そういう人たちの間で高値で取引が行われるんです、だから魔物を捕らえて売りさばく商売みたいなのがあるんですよ。でも普通に違法なんですけどね。あの魔物たちに付けられていた首輪には昔からペットとして魔物を飼う際につけられる服従の魔法陣が描かれていました。服従の魔法陣が描かれたものをつけられた場合、一定の人達に危害を加えることができなくなるんです、犬の首輪みたいなものですかね。あの部屋は魔物を閉じ込める檻の代わりになってたんでしょうね」

「なるほど、それでね。密売みたいなもんか、犯罪者らしいな。ちなみにこの屋敷の魔物売ったらどれくらいになると思うお前は…」

「…まさかとは思いますが…盗賊を倒した後にこの屋敷の魔物たちを盗賊に代わって売りさばこうとかそういう不埒なことを思ってはいませんよね?」

「ばッ、お前! まっさかー! あはは、まっさかー!」

 勇者の目は欲汚く濁っていたが、トイレブラシに指摘された瞬間急いで取り繕い始めた。

「…変な事考えちゃダメですよ…?」

「わかってるって! そんなお前、俺は世界を救う勇者だぜ? 密売なんて、そんなことするわけ、するわけが、あはははは!」

 魔物を売りさばいてから大金を手に入れ、何に使うかプランを立てながら勇者は階段を駆け下りた。

「さて、一階についたわけだが…途中、誰一人として見かけなかった…」

 勇者は一階に到着したが到着するまでのあまりの張り合いの無さに拍子抜けしていた。

「…これ普通に一階の正面玄関から入った方がよかったんじゃねーの…どうせ開いてるだろこのドアも…」

 勇者はいまだに誰も見かけない一階フロアを歩きながら見つけた玄関に近づいて行った。勇者は玄関の内側からドアを開けようとしたが、トイレブラシの声がそれを阻止した。

「待ってください勇者様! そのドアに触れないでください!」

「なんだよ? 『火竜の剣』手に入れた後の脱出経路の確認中だぞ」

「そのドアにはトラップが仕掛けられています」

「トラップだあ? どんなトラップだよ」

「そのドアに許可された人間以外の人が手を触れた場合、問答無用で結界魔術が警報を鳴らすようになっているようです。ドアノブのところ、魔法陣が描かれているでしょう?」

 勇者はドアノブを確認した、すると確かに小さな魔法陣が描かれていた。

「でもどうせ誰もいないみたいだしいいんじゃねえのもう。盗賊団のアジトっていうからウジャウジャ見張りがいると思ってスパイ映画みたいな潜入を期待してたけど結局誰もいねえし。警戒しても意味なくね?」

「いえ、距離が近づいたおかげで弱弱しいですが人の魔力を感じ取ることが出来るようになりました。この屋敷には間違いなく盗賊がいます」

「どこにいるってんだよ?」

「この下です。一階付近に魔力を感じたのはこのためだと思います」

 トイレブラシは一階のさらに下を指した。

「…地下にいるって事か?」

「そうです、そして『火竜の剣』と思しき反応も同じく地下から感じられます」

「…マジかよ…ってことはここからが本番ってことか…」

「ええ、時間もありませんし、気を引き締めていきましょう」

「そ、そうだな。だけど地下への入口っていうからには隠し通路みたいなもんを通らなきゃならないんじゃないか? そんなもんそう簡単に見つかるわけが…」

 歩きながら地下への入口を探していた勇者の目に『地下への入口だよ』と書かれた看板が飛び込んできた。

「………見つかりましたね」

「………ちょっとは隠せよ」

 地下へと続く階段は看板が立てられた廊下の横に露出しており、勇者は簡単見つけることが出来た。

「…まあいいや…行くか」

 腑に落ちなかったものの勇者は階段を下り、地下に到着した。

「どこに『火竜の剣』があるんだ…?」

「あそこです。あの部屋に盗賊と思しき魔力と『火竜の剣』と思われる魔力の両方が感じられます」

「あそこね…まあどうせ大した数も実力のあるやつもいないだろうけどここは慎重に行くか」

 トイレブラシが指した扉からは光が漏れ、勇者は薄暗い地下でもはっきりと場所が分かった。ゆっくりと扉に近づいた勇者はドアの隙間から中の様子を窺った。

「な!? こ、こんなにいたのかよ盗賊」

 小声で驚いた勇者は、中にいた百人近い野武士のような盗賊たちの姿に想像を覆された。そして盗賊たちが何をしているかを探るべく中の様子を注視しながら勇者は耳をすませて会話を聞こうとした。すると雑誌で見た盗賊団の首領クベーグが壇上に立ちその下にいる部下たちに何かを演説するように話していることが分かった。勇者はクベーグの話に集中する。

「いいかてめえら! これから俺たちは一世一代の行事を行う! これからやることには綿密な計画を立てなければならない、わかるな!」

「「「おす!!!」」」

「よし、いい返事だ! それでは計画に関する話を進めるぜ!」

(計画? どっかしらに盗みに入る計画か? それとも魔物の密売ルートの確認か?)

 勇者はクベーグの話を聞きながら様々な想像を立てた。

「こういうことはちゃんと計画を立てなければ確実に失敗するからな! まずは確認作業から始めるぜ!」「「「おす!!!」」」

 彼らの様子に敵ながら感心したトイレブラシは声に出さずに勇者に話しかけた。

「(ちゃんと計画を立ててから実行する、まさにプロですね勇者様)」

「(ああ、地味ながらも重要な確認作業を怠らないところもなかなかすごいな。姑息な犯罪者とはいえこりゃあ確かにウルハのバカ共には荷が重いかもな。しかもしっかりとリーダーに統率されてやがるぜ、士気の高さもウルハの正規の兵隊よりいいんじゃねえのこれ…)」

 トイレブラシと勇者はしきりに敵の様子に頷きながら、称賛の言葉を贈った。

「よしてめえら! リュックの中身を確認しろ! 各班で持っていくものがしっかりと入っているかをだぜ? 俺が今から持っていくものを読み上げるからな!」

「「「おす!!!」」」

 何を持っていくか、その様子を見たトイレブラシと勇者はまたも会話を始めた。

「(何をもっていくんですかね?)」

「(爆薬とか武器とかだろうな普通に考えれば…あ、そうかなるほど! 次の盗みに使うために『火竜の剣』を強奪したんじゃねコレ)」

「(確かに、そう考えれば辻褄が合いますね! そして、ということは持っていくものに名前が載っているかもしれないですね!)」

「(ああ、山にキャンプに出掛けてるかもしれないなんて馬鹿なことを言ってしまったぜ! こいつらはウルハのバカ共とはどうやら違うみたいだな!)」

 勇者とトイレブラシはクベーグが読み上げるものを注意深く聞いた。

「じゃあいくぜ! まず一班!」

「「「おす!!!」」」

「一班は玉ねぎ!」

「「「あります!!!」」」

「よし! 次二班!」

「「「おす!!!」」」

「にんじん!」

「「「あります!!!」」」

「よおしいい子だ! 三班!」

「「「おす!!!」」」

「豚肉! あるか?」

「「「あります!!!」」」

「うっし! 次は四班!」

「「「おす!!!」」」

「ジャガイモだぜ!」

「「「あります!!!」」」

「おしおし! 五班!」

「「「おす!!!」」」

「ご飯だ! 駄洒落じゃねえぞ!」

「「「あります!!!」」」

「いいぜいいぜいい調子だ! 最後六班!」

「「「おす!!!」」」

「福神漬けだ!」

「「「………忘れました…」」」

「バカ野郎!!! 福神漬けがないんじゃカレーが成り立たないだろうが!!! これから山にキャンプに行けないだろうが!!!」

「(前言撤回、こいつらもアホだ)」

 勇者は汚物でも見るかのように盗賊団を見下した。

「(結局予想通りじゃねえか!!! 何犯罪者が山にキャンプに行こうとしてるんだよ!!! 犯罪者なんだから犯罪者らしく犯罪を犯す計画を立てろよ人に迷惑をかける計画を立てろよクズ共が!!!)」

「(…勇者様その怒り方はどうかと思います…)」

「(そんなこと言ったってよ、おかしいじゃねえか! つーかキャンプの話しかしてねーぞこいつら!!! 『火竜の剣』の話題も出てきてねえじゃねえか!!! なんだ、じゃああいつらキャンプファイヤーに火を点けるチャッカマンの代わりに『火竜の剣』強奪したとでも言うつもりかよざけやがって!!! こっちは真面目に命がけでやってるっつのに海だの山だの遊びに行きくさってボケが!!! あとなんで異世界に福神漬けがあるんんだよちくしょうめ!!!)」

「(まあまあ、落ち着いてください。盗賊だって日々の疲れを癒すためにこういうイベントを企画することもありますよ。とりあえず重要事項はこれから話し合うんじゃないですかね。『火竜の剣』についてはそこで話題が出ますよきっと)」

「(…そうだな…まだ会議が終わったわけじゃあないしな)」

 異世界でのシリアスな戦いを期待しながらもそのことごとくを裏切られ続けてきた勇者の堪忍袋はすでに我慢の限界を迎えようとしていたがなんとか踏みとどまった。

「じゃあ六班はちゃんと福神漬け用意しておけよ? いいな?」

「「「おす!!!」」」

「カレーのルーは俺が責任をもって持っていく。よし、それじゃあ会議はこれで終わりにするか!」

 クベーグは爽やかな笑顔で会議の終了を告げた。

「(おい終わっちゃったぞ!? 『火竜の剣』の『か』の字も出て来なかったよ!?)」

「(…妙ですね…反応は確かに今覗いている部屋から感じられるのですが…)」

 トイレブラシが疑問の声を発したその時だった、警報のブザー音が屋敷中に鳴り響いた。

「(な、なんだ!? もしかして時間切れか!?)」

「(いえ、そんなはずありません! まだ時間はあったはずです!)」

「(じゃあなんで鳴ってるんだよ!)」

「(わかりません! でも今はとにかくここから離れて外に出ましょう!)」

「(そ、そうだな!)」

 勇者がその場を離れようとしたときに、クベーグと部下たちの叫び声が勇者に聞こえた。

「野郎ども!!! 侵入者だ!!! 戦闘準備いいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 勇者はその声に追い立てられるようにして地上までの階段を駆け上がり、玄関まで逃げた。

「お、おい! あれ!」

 勇者がトイレブラシに見るように促した先には開け放たれた玄関の姿があった。

「…あれが原因ですね…誰かが玄関を開けたせいで術式が起動してしまったようです…」

「どこのバカだよ! 今までの苦労が全部パーじゃねえか!」

「怒っている暇はありません勇者様! 今は好都合です、あの扉から外に出ていったん脱出しましょう! 態勢を立て直すのです! このままでは大して強くないとはいえ盗賊百人と戦わなければならなくなります!」

 勇者は美しい自分が獣じみた髭面の男たちに囲まれなぶり殺しにされることを想像した。

「…儚げな美少年の俺には到底耐えられないよ…」

「何考えてるんですか早く走ってください!」

 男たちの足音が、地上に向かってくる音が勇者に届き、その音はさながら地獄の行進のように勇者に聞こえ、顔を青ざめさせた。

「うわあああああああああああ!!! 逃げなくてわあああああああああああああああああああ!!!」

 叫んだ勇者は脱兎のごとく屋敷の玄関から飛び出し、屋敷の敷地から逃げるべく塀をよじ登り始めたが、さらなる危機が勇者を襲う。

「な!? なんだ、空が…」

 あと少しで塀を登りきるところまできていた勇者の頭上で光が輝くと、紫色の閃光と共に同色のアメーバ状の膜が屋敷全体を敷地ごと満遍なく包み込んだ。

「なんだこのスライムみたいなのは、まあいい! 突破してやる!」

「駄目です勇者様!」

 構わず登り続け、紫色の膜近くまで接近した勇者は手を使って膜をこじ開けようとしたが、トイレブラシにそれを止められた。

「なんでだよ!」

「その膜に手を触れると手どころか体ごとドロドロに溶かされますよ」

「え…嘘だろ…」

「本当です。これも結界魔術の一種で侵入者を閉じ込めるようなタイプのものです」

「ここの結界に穴空けた時みたいにお前の力で破れないのか!」

「今回は無理です。探知魔術の結界と攻撃魔術の結界では強度も術式の仕組みも段違いですから」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」

「大丈夫です、破る方法がないわけではないので」

「ほ、本当か!」

「ええ、でもとりあえず今すぐには無理なのでここから降りてどこかに隠れてください。こんな高いところにいてはすぐに見つかってしまいます」

「わかったぜ!」

 勇者はすぐさま飛び降り、ここに入ってきた時と同じように足をドスンという音と共に地面に地面に着地し、その痛みでのたうち回った。

「いってええええええええええええええ。くっそこれじゃあ入ってきた時と同じだぜ、失敗した。危うくボブとブラックみたいに動けなくなるところだったぜ…そういえばボブとブラックはまだ穴の中にいるんだろうか…俺もあの中に一時的に避難させてもらうとするか…」

 ボブとブラックのことを忘れていた勇者は彼らのことを思い出すと、盗賊に見つからないように穴のあった場所を探し始め、なんとか見つけた。

「あれ…あいつらいないな…どこいったんだ」

「…勇者様…おそらくですが…あの警報を鳴らしたのはボブさんとブラックさんだと思います」

「…なるほど…つーかあいつらしかいないもんなここには…あいつら屋敷の正面から入ったのかよ…馬鹿か…それで警報鳴らしたあいつらは今どうなってると思う便ブラ…」

「もう捕まっている可能性が高いですね」

「だよなぁ…とことん使えねえ奴らだぜクソッタレ!!!」

 悪態をつきながら穴の中に飛び込んだ勇者はトイレブラシと今後の計画を立て始めた。

「それでどうするよ、あのスライムみたいなの取り除かないとここから出られないんだろ?」

「ええ、そうです。ですから今から結界の解除について説明します。先ほど私が言ったようにこの侵入者を閉じ込める結界は物理的な障壁として機能しているため、探知魔術の結界と違って穴を開けるということが出来ません。なので選択肢は必然的に二つに絞られます。一つは物理的な攻撃による破壊、具体的に言うと大規模な魔術攻撃による結界破壊です、がこれは却下します」

「なんでだよ?」

「前にも言いましたが強力な魔術の詠唱は時間がかかりすぎる上にそんな強力な魔力を探知魔術の結界の中で使えば速攻で探知に引っかかって詠唱中に敵から発見、攻撃される可能性が高いからです」

「ふーん。でもあれは、メルティなんたら使えば突破できるんじゃねえの?」

「そうですね、『メルティクラフト』を使えば結界を破ることなど造作もないでしょう。ですがやはりやめておいたほうがいいと思います。『メルティクラフト』正真正銘の最後の手段、この程度の小事に使わず、大事に備えて取っておくべきだと思うのです」

「…今って結構ヤバイ状況だと俺は思うんだけど…」

「どこがですか、はっきり言って今の状況なんて金髪のイケメンさんと対峙してた時と比べれば月とスッポンですよ。あの時は私、本当に死を覚悟しましたもん」

「確かにそこそこ強かったけどさ、え、あいつってそんなに強かったのか…?」

 凡人の勇者はレオンニールの強さが全く理解できていなかった。

「滅茶苦茶強いですよ、っというかなんで腕の筋肉引き裂かれて骨を粉々に折られて死にかけたのに理解できてないんですか! 普通トラウマになっててもおかしくないですからね!」

「ふッ…常人ならそうかもな…だが前世で破壊神やってた頃はもっとやばい奴がいたぜ…?…ククク…」

「…いつまで貫くつもりですかその設定…勇者様の前世は農民だっていってるのに…イナゴの佃煮も食べられない水呑百姓だっていってるのに…」

「信じねえっつってんだろが! この美しく優雅な黒きアゲハチョウが農民なんてありえない!」

「…何がアゲハチョウですか…はぁ…もういいです。とにかく『メルティクラフト』は金髪のイケメンさんクラスの相手か魔獣以外には使わない方向でいきます。なにせ一回つかっただけでもおそらく最低三日は使用不可能になるほど今の『メルティクラフト』は不安定なのです。安定させるためにも早く『火竜の剣』を見つけなければなりません、そうでなければ早々に死にかねませんよ」

「…物騒なことを言う掃除用具だな…じゃあどうするんだよ」

「選択肢2を選びます。これはすなわち、この結界を張っているものの撃破を意味します」

「撃破って…殺すってことか…?…ここここ…ころころしちゃうってことか…?」

 ビビった勇者は目に見えてビクンビクンと痙攣し始めた。

「いえ、気絶させれば大丈夫です。それで倒すべき術者はおそらくリーダーの人だと思います」

「クベーグだっけか…あの髭面の野武士みたいな奴か…お前が見た感じ強そうだった…?」

「そんなでもないですね、他の盗賊の人たちに比べれば確かに強いですが」

「俺とどっちが強い?」

「クベーグさんです」

 トイレブラシは即答した。

「即答すんなよ!? もっとちゃんと考えてものを言えよてめえコラ!」

「考えようが考えまいが勇者様のお粗末な戦闘センスとチンケな魔力量ではむしろ勝てそうな生物を探す方が難しいですよ」

「そんなはずはない! 俺は最強にして至高の天才、お前のような便所ブラシに戦闘力を計られてたまるか! 信じないぞ絶対に!」

「頑固ですね。まあいいです、とにかく急いでやっちゃいましょう。ボブさんとブラックさんもきっと勇者様の助けを待っていますよ!」

「…はぁ…囚われのお姫様とかならともかく、何が嬉しくて足手まといのガチムチ野郎を助けになんぞ行かねばなならないのか…やる気でねー…」

「まあまあ、仲間なんですから。助け合いですよ」

「助け合い、か…そうだな…今のうちに借りを作っとくか」

(恩を売って魔物を売りさばくときにあいつらにも協力させてやるぜ…グへへ)

 勇者は悪魔のような笑みを浮かべた。

「…勇者様…何考えてるんですか…?」

 そんな勇者の様子を察したトイレブラシは勇者に低い声で暗に注意を促した。

「なんでもないって! さあ行こう! 大切な共犯者、じゃなくって仲間を助けるために!」

 勇者は爽やかに笑うと屋敷に向かってコソコソと隠れながら向かった。




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