17話
中庭で絶叫した勇者は途端に虚しくなり、城の中に戻った、そして王ともう一度話をするために応接間へと再び足を踏み入れた。勇者が部屋に入ると中には今だショックで床に手を着く王と頬を染めながらピンク色の空気を放つアルトラーシャがいた。
(…停戦中とはいえ戦争してるのに町をほっぽりだして海に遊びに行くバカ王族とバカ兵士…いくらなんでもアホすぎる…冗談じゃねえぞこんなカス共と一緒に戦っていけるのか…この機会に知りたいことは全部聞いておこう…その上でもう一度戦争に参加するか考えた方が良さそうだぜこりゃあ…そもそもこいつらがなんで戦争してるかすら俺は聞いてなかった…)
勇者は心の中で今まで棚上げにしてきたこの国の戦争という問題についてしっかりと認識し、それからどうするか決めようと決心し、王に話しかけた。
「なあ王様…ちょーっと聞きたいことがあるんすけど…いいっすか…?」
「…ん…?…戻ってきたのか勇者君…聞きたいこと…というのは…何かな…?…答えられることならなんでも答えるが…」
「それはありがたいっすね…そいじゃあ重要な話なんすけど…」
「重要な話? ああ! 旅行の土産話ならたくさん…」
「戦争っすね!!! 戦争についての話を聞かせてもらえますかね!!!」
「…戦争か…ああ…面倒だなあ…戦争始まっちゃうなぁ…停戦休みも、もう終わっちゃうよ…ああやだなあ…」
「…夏休み明けの学生みたいなこと言うのやめてもらえないっすか…」
「…ああー…停戦協定結んだあの日に戻らないかなあ…溜まってる政務とかもやらなきゃだしなあ…大臣に怒られちゃうしなあ…」
勇者はしょうもないことで悩むこの国のトップを白い目で見ながら聞きたいことを質問する。
「…そもそもなんでこの国戦争してるんすか…なんか理由あるでしょ…そこらへん詳しく教えてもらってもいいですかね…自分だいぶモチベーションが下がってきてるんで戦うべき理由で心を奮い立たせたいんすけど…」
「…アルちゃんから聞いていないのかい…?…この凄惨な戦いが始まったあの忌まわしい惨劇の…」
「いやもうそういうのいいんで簡潔に教えてもらえますかね」
勇者は深刻な顔で話し出した王に冷めた顔と声で遮った。
「(…勇者様反応がずいぶん淡泊になりましたね…)」
「(…そりゃあ何度も何度も同じような前振りやられれば誰だってこうなるだろ…)」
「(でも一応王族のかたなんですからそういう態度はマズくないですか…?)」
「(戦争してんのに国民放置して慰安旅行に出かける王族に敬意なんて払えるかよ…もうなんかグラサンかけたアロハ馬鹿にしか見えない…)」
トイレブラシとの脳内の会話を終えた勇者は王に意識を集中させた。
「…うー…ん…簡潔にか…難しいな…だがまあやってみよう…」
「お願いしますマジで」
「どうして戦争をしているのか理由を説明するのなら…そうだなあ…あえて言うならばメダマヤキだね」
「メダマヤキ…っすか…?」
「そうだメダマヤキだ」
勇者は王が発した言葉の意味を考え出した。
(…メダマヤキってあの卵を焼いたあの目玉焼きか?…いやでもあれは料理だよな…関係ないか…ってことは俺の知ってる目玉焼きとは違うのか…じゃあなんだ…この世界特有の言葉になるのか…メダマヤキ…MEDAMAYAKI…ダメだわかんねーよ…)
いくら考えてもさっぱりわからなかった勇者はトイレブラシに知恵を借りようと話しかける。
「(便ブラ、メダマヤキってなんなんだ? この世界特有の言葉なんだろ、教えてくれよ)」
「(…いえ私にもちょっと…メダマヤキなんて言葉は料理の目玉焼きくらいしか知らないですね…)」
「(おいおいお前も知らないのかよ、どうすんだよ話についていけないじゃないか。これじゃあ俺は料理の目玉焼きを理由に戦争してるってバカな認識でしか会話に参加出来ねーぞ)」
「(そうですね、正しい認識の上で話を聞かなければ意味がありませんものね。王様に聞いてみてはどうですか? 異世界人だからわからないってことにして)」
「(そうだな、そうするか)」
勇者は恥を承知で王にメダマヤキの意味を聞くことにした。
「あの、王様。実は俺メダマヤキについて知らなくて、教えてもらえないっすかね? 俺異世界人なんで」
「なんだそうなのか、では教えよう。メダマヤキというのはな」
「はい」
「卵の黄身を崩さずそのまま焼き上げた料理のことだよ」
「…料理っ…すか」
「そうだ料理だ…そして…」
勇者は一瞬硬直したがすぐに立て直しトイレブラシと再び相談を開始した。
「(…なんか正しい認識だったみたいなんだけど…)」
「(…そのようですね…)」
「(…いやおかしくね!? なんで料理の目玉焼きが戦争の理由になるんだよ!?)」
「(…私もわからないですけど…目玉焼きに何をかけるかで論争になるくらいなら知ってます…もしかしたらそれが原因で…)」
「(そんなもんで戦争にまで発展するわけねーだろ!? 醤油派かソース派か塩コショウ派に分かれて戦争してるとでも言うつもりか!? そんなくっだらねえ理由で戦争してるなんて言われたら俺卒倒しちゃうよ!?)」
「(そうですね…流石にそれはないですよね…すみません少しふざけてしまいました…)」
「(頼むよお前、今シリアスなシーンなんだからさ。こんな重苦しい雰囲気の中で目玉焼きに何かけるかで戦争してるなんて言われたら流石に度肝を抜かれてしまうぜ?)」
「目玉焼きに何をかけるかでこの戦争は始まった」
王の言葉に勇者は度肝を抜かれた。
「勇者君、大丈夫かい? なんだか白く燃え尽きてしまったように見えるのだが…」
王の言葉に勇者は返事が出来なかった。
「…そうか…あまりに悲惨な理由を聞いてショックを受けてしまったんだね…わかるよ…こんなにも悲惨な戦いはあまりないからね…ある意味侵略戦争に匹敵する戦いだ…いやそれ以上だなきっと…」
白く燃え尽きていた勇者はここで意識を取り戻し、悲し気な顔の王に話しかける。
「…目…玉…焼きに…何をかけるかで…戦争…してるんすか…?」
「ああ、六大国間の会議で食事の話題が出てね、それで目玉焼きに何をかけるかという談笑が始まり、そしてその話題が終わると…それが開戦の合図だった…それから多くの兵士たちが息絶えていった…私は…この戦いを引き起こしてしまった原因をなんとか取り除こうとした…だが結局うまくいかず戦争は長引いた…長引きすぎた…六大国は疲弊し…各国の王族たちもなんだか面倒くさくなってしまったのだろう…停戦協定を一時的に結ぶことにした…そこでせっかくお休みになったので私たちは頑張ってくれた兵士たちと一緒に旅行に出かけた、とそういうわけなんだ…これが凄惨な戦いの記録だよ…」
「…王様…俺……俺…」
勇者は自分を恥じるように言葉を詰まらせながらも何かを言おうとした。
「いいんだ勇者君…君が気に病む必要はないよ…過去は変えられないが未来は変えられる…君が戦争に参加してくれるだけでも死んでいった者たちへの手向けにな…」
「俺この戦争に参加するのやめますわ」
白けた顔の勇者は王に戦争参加を拒否した。
「な!? なぜだい!? 今君はこの戦争に最初から参加出来なかったことを恥じていたじゃあないか!」
「ちげーよ!? そんなわけないでしょうが!? こんなゴミみたいな戦争に参加しようとしてた自分に恥じてたんっすよ!!」
「いったい何が恥ずかしいというのかね! 永遠の論争だろうこれは! 命をかけるに値する素晴らしい戦いじゃあないか!」
「目玉焼きに何かけるかで命までかけられるわけないッしょ!? そんなカスみたいな戦争で命落としたら生涯語り継がれるわ! 死んでも死にきれないっつの! ったくやってられるかよ」
踵を返した勇者は応接間から出て行こうとしたが、王が呼び止めるように声をかける。
「ま、待ちたまえ勇者君! 一体何が不満なのかね! 何を怒っている!」
「あんたらが一体何が不満なのかわからないからだよ怒ってんだよ!? どこの世界に目玉焼きに何かけるかで殺し合うバカがいるんだよ!?」
「ここにいるぞ!!!」
「威張るなよ!? とにかく俺は目玉焼き大戦なんかに参加するのは御免だ、抜けさせてもらうからな!」
勇者は扉に手をかけようとしたが、王の発したある言葉に手を止める。
「ゆ、勇者君! 君には何か欲しいものはないのか! もしこの戦争を終わらせることができたならばどんなものでも君に差し出すことを誓うよ私は!」
「…どんなものでも…だって…?」
「ああ、どんなものでもだ! 私の持っているもの全てをかけてもいい!」
王の決意の言葉が部屋に響き、ピンク色の空気を発していたアルトラーシャもその声で正気に戻り会話に参加してきた。
「そんな、お父様! それではワタクシの体を勇者様は求め…」
「ちょっと目障りだからあっち行っててくれないかな」
両腕で自身の体を抱きしめ恥ずかしがるおばさんに勇者は笑顔で辛辣な言葉を浴びせた。
「…本当にどんなものでもくれるんすか…?」
「無論だ! 王族に二言はないよ!」
王の真剣な言葉と表情に心を少し動かされた勇者だったが、自分の部屋一つ用意できないこの国にそんなに期待が出来るのだろうかという疑念が彼の表情を渋くさせた。
「…じゃあ具体的にはどんなものを差し出せるのかっていう実物を見せてくれないっすかね…?」
「実物、かい…?」
「はい、なんかこう財宝みたいなのを実際に見せてくださいよ。戦争が終わったらこれを必ず渡すっていう契約書かなんかを書いて」
「そうか…そうだな、確かに褒美を実際に見せた方がやる気がでるだろう…わかった。ついてきてくれ、宝物庫に案内しよう。私が勇者君を案内する間にアルちゃんは契約書の準備をしておいてくれないか?」
「わかりましたわお父様」
王の案内のもとに勇者は宝物庫に向かって歩き出した、そしてそんな勇者にトイレブラシは声をかける。
「(いいんですか勇者様? さすがに私も戦争の理由を聞いてしまった時は勇者様を戦いに参加させることを諦めてしまったのですが)」
(まあおそらく何かしらの異常事態が起きてこの国の人たちがおかしくなってるって私の認識はほぼ間違いないんでしょうがね…戦争に参加したほうが事態を把握しやすいとは思いましたが…この戦争の理由は馬鹿馬鹿しすぎてどう取り繕っても勇者様をその気にさせるのは不可能だとも思ったのに…)
トイレブラシは勇者の思わぬ発言に心の中で密かに驚いていた。
「(今だって戦争に参加する気なんてねえよ)」
「(え…じゃあなんで財宝の場所にわざわざ向かってるんですか…?)」
「(どうせこんなバカ国家に大した財宝なんてないだろうけど、今まで散々苦労してきた分の謝礼をここでふんだくってやろうとおもってな。謝礼を貰うときにスッカスカの宝物庫をケチョンケチョンにけなして、『こんな財宝で俺様をあらためて雇うつもりか』とかなんとか言って難癖付けておさらばするだけだよ)」
「(…はぁ…相変わらず性格悪いですね…思考が完全にチンピラのそれじゃないですか…)」
「(ふん、なんとでも言え。こんなくだらねえ戦争やってられるか、ったくこんなことならさっさとエルフ探しの旅行に出かけてればよかったぜ)」
「勇者君、そろそろ着くぞ」
「ああはい、わかったっす」
地下へと続く階段を降りながら王に声をかけられた勇者はトイレブラシとの会話を終えると、心の中でどんな難癖をつけるか考え出した。
(とりあえず最初の言葉は考えたぜ『おいおいなんだよこのしみったれた宝物庫はよぉ! これが宝物庫だってえ? 豚小屋の方がまだ彩鮮やかで宝物庫っぽいじゃあないっすかねえ! かあ~! これじゃあ無理だわダメだわ勘弁ならんわ! この天才無敵完璧超人を雇うなら金塊の山でも持ってきてもらわないとなあ! っというわけだから今まで苦労した分の謝礼貰ってそれで終わりにしますわ戦争には参加しませんわ!』って感じでいくか)
心の中で準備を終えた時にはちょうど宝物庫の前の扉に勇者は立っていた。
「では入ってくれ勇者君」
宝物庫のカギを開けた王は扉を開け、勇者に先に入るよう促した。
「そうっすか、それじゃあお先にっと」
勇者は先に中に入ると早速考えていた罵倒の言葉を喋りだそうと口をあける。
「おいおいなんだよこのしみったれた…宝物…庫は…よ…お…お…お!?…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
黄金に輝く無限ともいえるほどの財宝の山が勇者を出迎えた。
「どうだい勇者君、中々のものだろう?」
「こ、こここここここここここんなに財宝が…なんで…!?」
「別にそれほど驚くほどのことはないと思うが。それにここは数ある宝物庫の一つで、他にもまだ財宝の山はあるぞ」
勇者は目を見開いたまま固まり、ただ見入るように財宝の山を見つめ続けた。
「では交渉に入ろうか、君がもしこの戦争を終わらせることができたならば…」
「で、できたならば…?」
勇者は王の言葉をそのままにして聞き返す。
「この部屋の財宝を全て君に差し出すことを約束しよう」
「す、全てって、この、え!? 全て!?」
「ああ、全てだ」
勇者はあらためて財宝の山を舐めるように見回した、目の前には金貨が山のように積み上げられ、その横には宝石が溢れんばかりに詰め込まれた宝箱がいくつも置かれ、その他にもクリスタルやネックレス、指輪、宝石が埋め込まれた華美な剣などが宝物庫にはぎっしりと詰め込まれていたのだった。
「…これ…全部が俺のもの…俺が独り占めできる…財宝の山を…」
勇者はうわ言のようにつぶやきながら金貨が山のように積まれた場所に向かって一歩づつ近づいて行った。
「そうだ、戦争に参加してくれるのならだがね。なんなら試しに泳いでみてはどうかね」
「…泳ぐ、って…まさか…」
勇者は三十メートル近い金貨の山を見つめながら生唾を飲み込んだ。
「よいものだよ、金貨のプールというものは」
「…い、いいんすか…いいんすか!?…いいんすかあああああああああああああ!!??」
「もちろんだよきみィ」
振り返って本当にいいのか確認してきた勇者に向かって王はいやらしい笑みを浮かべて肯定した。
「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
確認をとると勇者は奇声をあげながら金貨の海に飛び込んだ。そしてクロールをするように両手で金貨をかき分けながらその中を涎を垂れ流し進む様子は到底世界の救世主とは呼べない姿だった。
「(ちょ、勇者様!? いた、痛いです! いったん止まってください!)」
「(バカ野郎止まれるかよ! こんな、こんな美しい海を俺は見たことがない! 生きててよかったぜえええええええええええええええええええ!!! たまんねーなあああああああああぐひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!!!)」
勇者がクロールするたびに金貨がぶつけられるトイレブラシは彼を非難したが、勇者は聞く耳をもたず黄金の海を進み続けた。それから数十分後、勇者は金貨に埋もれ完全に見えなくなった、王はその様子に笑みを浮かべると金貨の中の勇者に向かって声をかける。
「では勇者君、聞かせてもらえるかな? 目玉焼き大戦に参加してくれるかい…?」
王が問いかけてから一秒と経たず金貨の山を崩すようにして現れた勇者は下卑た笑みを浮かべて返答する。
「仰せのままに!!!」
プライドよりも実利を選んだ勇者は目玉焼き大戦に参加する決意を固めた。
「そうか! いや~君ならそう言ってくれると思っていたよ!」
「ただ勘違いしないでいただきたいのですが、別に欲に目がくらんだとかそういうわけじゃあないんですよ僕は」
目を金の色に輝かせながら勇者は嘘をついた。
「わかっているともこの国の国民たちのためなんだろう…?」
「そうです、そうなんですよなにせ、ぼかぁ勇者なんでね! 困っている人たちを見捨てるなんてよくよく考えたらできないなぁって思ったんですよ! 報酬はついで、ついでなんすよぉ~!」
汚らしい金で出来た瞳で王を見つめながら勇者は再び嘘をつく。
「流石異世界の勇者は違うな! ではこれからよろしく頼むよ勇者君!」
「よろしくされちゃいますですよぉ~! ゲへへへへへへへへへ、ヒャアアアアアアア!」
億万長者になる夢を見た勇者は奇声をあげながら王と固い握手を交わした。
(相変わらず勇者様は俗物だなぁ…まあでも戦いに参加すればこの異常な状況を把握しやすいし…これでよかった、のかなぁ…?)
微妙に釈然とはしなかったもののトイレブラシは勇者が戦いに参加することを肯定的に捉えた。その後王と共に地下を出た勇者は応接間に戻るとアルトラーシャが用意した契約書にサインをし、晴れて正式にウルハ国所属の戦士と相成った。
「これで君もウルハ国の戦士だ! この国の未来は君にかかっている!」
王は勇者の肩を軽くたたき、激励の言葉をかけた。
「まかせてくださいっすよ!」
「あの、ところで勇者様…ワタクシに文句があるというお話は…」
アルトラーシャは牢屋の件の話を勇者に持ち出した。
「文句? ないない! 牢屋生活もいいものだよね! 俺あそこが気にいっちゃったよ~! あ、でもでもぉ~、中に入ったら外に出られなくなるのは困っちゃうゾ☆!」
しかし大金に目がくらみ上機嫌の勇者は牢屋生活をあっさりと受け入れた。
「そ、そうですわね…そ、それはちゃんと直しておきますわ…」
アルトラーシャは勇者の様子に若干引き気味だった。
「うう~ん☆! ありがとね☆! 勇者マンモスうれぴィ~☆!」
(勇者様気持ち悪ッ!! しかも古ッ!!)
トイレブラシは勇者の言葉に心の中で拒絶反応を示した。そしてアルトラーシャが牢屋の開閉を自由に出来るようにしたのち、疲れが完全に取れていなかった勇者は休息のため再び牢屋の中へと戻った。
「やっべえよ俺大金持ちだよ十七歳にしてセレブの道を歩み始めちゃってますよ! 見たか便ブラ、あの財宝の山をよお! 日本円にして数百億はくだらないぜありゃあ! 真面目に働かなくても一生遊んで暮らせそうだわぁ! この不景気だっていうのに俺は勝ち組だぜぇ! ゲハハハハハハハハ!」
牢屋のベットに仰向けで寝そべりながら勇者は高笑いをした。
「…あっさり考えを翻しましたよね、まったく…でもまだ手に入れられると決まったわけじゃないんですからそんなに今から喜ばない方がいいと思いますよ」
「何言ってんだよ、目玉焼きで戦争してるマヌケ共だぜ? 余裕だよ余裕! いや~目玉焼きバカ共を駆逐するだけの簡単なお仕事で大金持ちになれるなんて超ラッキーだぜ! 完全勝利間違いなし!」
「…先日その目玉焼き戦士の人に重傷を負わされたばかりじゃないですか…」
「はん、あれは油断してちょっと傷を負っただけだ! いずれ借りは返してやる! それにしてもあのパツキン、目玉焼きに何かけるかで必殺技をぶっ放してきやがったとはなぁ、シリアスな世界観とダークな雰囲気が似合う俺にはギャグキャラの考えは到底理解できないわ~! 考えが及ばないわぁ~!」
「勇者様、この戦争は確かに理解しがたいふざけた理由で始まっていますが、それでも敵が強いことに変わりはありません。このまま戦い続ければあばら骨が折れる程度では済まない重傷を負う危険もあります。ですから戦いが本格的に始まる前に我々にはやらなければいけないことがあります」
完全に舐め切った態度で戦争に臨もうとしている勇者に対してトイレブラシはそれを諌めるように声をかけた。
「なんだよ、やらなければならないことって」
「『メルティクラフト』の完成です。説明したように先日の勇者様の『メルティクラフト』は不完全なものでした、いくら光の属性を相手にしたからといってもあそこまで劣勢になったのは『従属魔具』に使った剣が私と対になるほどの魔具ではなかったからです。ですから私と掛け合わせる強力な火属性の魔具を探すことが急務になります」
「強力な魔具ねぇ、つっても当てなんてないぜ…?」
「王族とコネがあるんですから王様かアルトラーシャ姫に頼んで手に入れてください。この戦争に勝つために必要とか言えば大丈夫でしょう、渋るようなら戦争に参加しないとか言えば完璧です」
「…お前の思考パターンだって十分チンピラじゃねえか…」
勇者はジト目でトイレブラシを見つめた。
「な!? 失礼ですよ! こんな可憐な美少女とチンピラを一緒にしないでください!」
「…だからどこに美少女なんているんだよ…つーかマジでいつ美少女出てくるんだよ…今だに出て来ねえじゃねえか…美少女と水と空気が七割を占めてるんじゃねえのかよこの世界…」
「そのうちイベントが起きて遭遇しますよきっと。それにほら、ここにも最高の美少女がいますよぉ~ほらほらほらぁ~!」
「…はぁー…早く出て来ねえかな美少女…」
「聞いてますか勇者様! ここ! ここにも可愛い女の子がいますですよ!」
「…疲れも取れないし…さっき城の窓から見た外の様子も夜にさしかかってたみたいだったし…寝るか…」
「美少女の私を無視しないでください! ねえ! 勇者様! 勇者様ってばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
しきりに自分を美少女と言いながらまとわりついてくるトイレブラシを無視した勇者は疲れを癒すために声だけは可憐なトイレブラシの非難の声を子守歌代りにして泥のような深い眠りについた。
「なるほど、君は戦争に勝つために強力な火属性の魔具が欲しいのか」
「はいそうなんすよ」
翌朝、しっかりと睡眠を取り体調を万全にした勇者は玉座の間にて王と謁見する形で強力な火属性の魔具を手に入れられないか願い出ていた。そして王の服装は相変わらずアロハシャツに半ズボン、サングラスをかけサンダルを履いたラフな格好で、華美かつ非常に大きな玉座の間には不釣り合いだった。
「…アルちゃん、確かあったよね火属性の魔具でこの国に伝わる国宝…あれ名前なんだっけ…?」
(…なんで国宝の名前を国王が忘れてんだよ…)
勇者は心の中でツッコミを入れた。
「いやですわお父様ったら、『火竜の剣』ですわよ」
「ああそうだ、そんな名前だったな確かに」
玉座に座る王の隣に立っていたアルトラーシャは苦笑しながら王が言おうとしていた国宝の名前を代わりに喋った。
「それでその我が国に代々伝わる伝説の秘宝『火竜の剣』を勇者君に差し上げたいと思うんだが、どこにやったっけか…アルちゃん知ってる…?」
「え~っと…確か年末の大掃除の時に間違って粗大ゴミと一緒に出しそうになって…出すなら危険物と一緒に出しなさいとお母様に怒られた記憶があります」
「おいコラおかしいだろ!? なんだよそのぞんざいな扱いは!? 代々伝わる伝説の秘宝なんだよね!?」
謁見中にもかかわらず、勇者は王族たちのあまりの適当っぷりに怒った。
「まあまあ落ち着き給え勇者君、それでアルちゃんは『火竜の剣』を捨てちゃったのかい…?」
「いえ確か捨てる直前で国宝と気づいたんでしたわワタクシ」
「…もっと早く気づけよ…」
勇者は呆れた顔でアルトラーシャに一言言ったが、それをスルーしたアルトラーシャは『火竜の剣』のありかについて話し出す。
「そして国宝と気づいた後ワタクシは『火竜の剣』を物置にしまったと思います」
「なんだ、そうなのかよかったよ。ではアルちゃん、物置まで勇者君を案内してあげなさい」
「わかりましたわお父様」
「…物置に国宝しまってんのかよこの国…」
嫌そうな顔をした勇者は自分が所属するウルハ国という国のバカさ加減をあらためて認識した。
「こちらですわ勇者様」
アルトラーシャに案内された勇者は城の階段をのぼり、ある階に来ていた。
「…なあここって、武器庫があった場所だよな」
「そうですわ、物置も武器庫と同じ階にあるんですの」
「…なんか…嫌な予感が…」
勇者は武器庫の中に案内された時の事を思い出した。
「さあ到着しましたわ、どうぞ勇者様」
「…ああ…」
物置に到着した勇者はアルトラーシャに促され、扉の中に足を踏み入れた。
「…やっぱりかよ、きったねえな!!!」
物置の中は勇者の想像通り、武器庫の中と同様ホコリにまみれ、物が雑多に散乱していた。
「…ちゃんと掃除しろよ…これじゃあどこに何があるかなんてわかんないだろ…」
「大丈夫ですわ! これでもちゃんとどこに物を置いたかは把握しています! お任せください!」
アルトラーシャの言葉を渋々信じた勇者は共に物置の中を探索し始めた、そして二時間が経過した。
「おいどこにもねえじゃねえか!? 把握してるんじゃなかったのか!?」
「おかしいですわね、確かに置いた場所はこの辺だったような気がしないような気がやっぱりするかしないかわからないほど悩む余地のない場所だったような…」
「ババアあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
結局『火竜の剣』は見つからず、ホコリとススで体を汚した二人は玉座の間へと戻ってきた。
「そうか、見つからなかったか。やはり捨ててしまったのではないのかアルちゃん?」
「いえ、確かに物置にしまった記憶があるんですの」
「つってもさあ、どこにもなかったぜ。捨てたんじゃないなら他の場所にしまったんじゃないのか?」
「いえそんなはずは…一体どこにいってしまったのかしら…」
アルトラーシャは手を口に当てて考え始めた。
「………もしかして盗まれたんじゃねえの」
勇者は不意に思いついた事を発言した。
「そんな、ありえないよ勇者君。この城は常に兵が待機しているのだよ?」
「海に遊びに行ってたじゃん!?」
「…ああ…そういえば…そう…だったね…っということは…まさか…」
「お父様、勇者様の言う通り盗まれてしまったのではないでしょうか…?」
「なんてことだ盗人めえ! この鉄壁の警備の隙をついて国宝を盗み出すとは、中々やるな!」
(…まあこんなザル警備だったらどんなアホでも侵入できそうだしな…もし誰もいなくて財宝の場所を知ってたら俺でもやってたぜ多分…)
拳を握りしめ悔しがる王を見ながら勇者は心の中でウルハの警備をバカにした。
「では急いで『火竜の剣』捜索隊を作ろう! 盗人の好きにはさせんぞ! アルちゃん、至急スティーブ将軍に連絡してくれ!」
「わかりましたわお父様!」
元気よく返事を返したアルトラーシャは玉座の間から走り出て行った。
「…スティーブ将軍って…誰っすか…?」
「そうだな、勇者君にはまだ説明していなかったな。この国には四人の将軍がいて、兵たちを統率しているんだ。聡明で勇敢で威厳に満ち溢れた彼ら四人を人々はウルハ四大将などと呼んでいる。スティーブ将軍はその四人のうちの一人だ」
「へえ…聡明…なんすか…ちなみにその頭のいいスティーブ将軍も仕事放り出して海に遊びに行ってたんすか…?」
「ああ、子供のようにはしゃいでいたよ彼は」
(バカじゃねえか…)
勇者はまたしても心の中でまだ見ぬスティーブ将軍をバカにした。勇者がスティーブ将軍を心の中で酷評していると先ほど出て行ったアルトラーシャが血相を変えて戻ってきた。
「お父様! 大変です!」
「どうしたアルちゃん!?」
「スティーブ将軍が…スティーブ将軍が…」
「なんだ!? スティーブ将軍に何かあったのか!? また魔物の前で失神してしまったのか!?」
(どこが勇敢なんだよ、チキン野郎じゃねえか…)
王の言葉を聞きまた勇者のスティーブ将軍への心象は悪くなった。そして畳み掛けるようにアルトラーシャは衝撃の事実を伝えた。
「借金取りに追われて泣きながらどこかへ逃げ出してしまったとのことですわ!」
「…なんてことだ…どうしよう…」
「どうしようじゃないっしょ!? 聡明で勇敢で威厳に満ち溢れてるんじゃなかったのかよ!? なんで話してすぐにトリプルでイメージが崩れ去ってるんだよ!?」
「いや違うんだ勇者君。スティーブ将軍はとても優秀な人物なんだが今は少しだけ悪い部分が顔を出してしまっただけなんだよ」
「…どこが少しなんだかさっぱりわからないんすけどね…」
勇者は顔を歪ませながら将軍の人柄を疑った。
「それで、どうしましょうかお父様…?」
「…他の将軍たちはどうしている…?」
「それが…皆連絡が取れない状況で…」
「旅行から帰ってきてすぐにみんなどこかに遊びに行ってしまったのだろうか。いいなぁ、私も遊びに行きたいなぁ」
王はうらやましそうに親指を噛んだ。
「ホントなんなんだよぉこの国はぁ」
勇者はすでに半泣きになっていた。
「だがいないものは仕方がないな、しかし代わりに誰かを勇者君の部下として三人ほどつけるから安心してくれ。そしてその四人でパーティを組んで『火竜の剣』を探索してくれ給え」
「…わかったっす…」
勇者は力なくうなずいた。
「では数時間ほど待っていてくれ、人選が終わり次第中庭に集める。勇者君は部屋で休んでいてくれて構わない、中庭に全員をそろえたらアルちゃんが部屋まで伝えに行く」
「(勇者様、お部屋に戻る前に魔剣を一本また武器庫から貰っていいか王様に確認を取ってください。『火竜の剣』を手に入れるまで代用しますので)」
「(…わーったよ…)」
王の言葉を最後まで聞いた勇者にトイレブラシは話しかけた。トイレブラシの話を聞いた勇者は彼女の言う通り王に魔剣を一本貰っていいか確認を取ると武器庫にいったん寄り道し、魔剣を片手にフラフラとした足取りで牢屋まで戻った。
「つ、疲れたぞ…このバカ国家、よく今まで滅びなかったな…」
ベッドに寝そべった勇者はウルハという国のバカさ加減に早速うんざりしていた。
「…確かに凄まじい適当さでしたね…でも勇者様は戦争に参加する契約を結んでしまったんですからあの人たちと上手くやっていかなければいけませんよ…?」
「…わーってるよ…しかしパーティを組む…か」
「初めての経験ですよね! どんな人たちなんでしょうかね!」
「決まってんだろうお前! 勇者とパーティを組むんだから全員美少女に決まってんだろお前! ハーレムパーティだよ絶対! そういうイベントだこれは!」
「いや、まだ見てもいないのにそういう判断はしない方がいいと思いますが…だって目玉焼きで戦争してる国ですよ…?」
「………それを言われると…うーん…確かに…そうだな…期待しないほうがいいんだろうか…はぁ…」
勇者はため息をついてハーレムを諦めかけた。
「そ、そこまで気を落とさないでください勇者様! 判断しない方がいいとは言いましたがもしかしたらもしかするかもしれませんし!」
「…ああ…少しだけ期待しておくことにするわ…」
少しの期待を胸に抱きながら勇者はアルトラーシャが訪れるのを体を休めながら待ち、三時間ほど経って現れたアルトラーシャに報告を聞くと、中庭に通じる扉の前までやってきた。
「ドキドキしますね勇者様!」
「ほ、ほんとにドキドキだよ…美少女じゃなくて、むさいおっさんだったらどうしよう…」
「開ける前からそんな心配しててもしょうがないですよ! ここは男らしく豪快にあけ…」
トイレブラシは言葉の途中で突然黙り込んだ。
「…なんだよ…突然黙って…どうした…?」
「…なんかいい香りがしませんかこの扉」
「香り?…すんすん…お…マジだ…すげーいい匂い」
扉付近からは香水にも似た甘い香りが漂っていた。
「…勇者様…これは…本当にもしかするかもしれませんよ」
「もしかするってなにがだよ…?」
「勇者様のパーティメンバーですよ。美少女かどうかはわかりませんが、女の人かもしれません」
「そうかなるほど! こんな甘い香水つけるのは確かに女だよな! ってことはこの香りは雌の香りというわけか! くふふふふふふふふふふふ! すううううううううううううううはああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
勇者はいやらしい顔を浮かべて空気を味わうように豪快な深呼吸をし始めた。
「…勇者様…仮にメンバーの人が美少女だったとしてもその人の前でそういうセクハラをしたら絶対に嫌われますよ…これは宇宙一可愛い美少女からの助言です」
「宇宙一小汚い便所ブラシからの助言ありがたく貰っておくけれども、だが問題ないぜ! どうせ異世界の美少女なんて大抵チョロインなんだからスカした言動とキザな態度をとりながら頭でも撫でればすぐにでも落ちてセクハラし放題、やりたい放題できるって相場が決まってるんだぜええええええええええええええええ!!! どっかのホテルにチェックインする準備をしておかなければなあ!!! ゲハハハハハハハハハハハハハ!!!」
勇者は下種な想像をしながら涎を垂らし笑い出した。
「まったく…どうして勇者様はこうも品がないんですかね…もう…」
勇者はトイレブラシの言葉を無視すると目を閉じ思いを馳せるように扉に手をかけた。
「さあ、行こう! 彼女たちが待っている!」
勇者が扉を開けるとそこには言い表せないような三人の可憐な美少女たちが並んでいた。藍色で丈の短いスカート、同じく藍色の半袖の上から簡素な鎧を彼女たちは纏っていた。
「やあ、君たち! 聞いているとは思うが俺が異世界から来た勇者だ! 今日からパーティを君たちと組むことになった、どうかこれからよろしく頼む!」
爽やかな笑顔で微笑みかける勇者に三人の美少女たちは赤面した。
「わ、私はフィア。は、初めに、い、言っておくけど私はアンタみたいなうさんくさい奴になんか頼るつもりはないんだからね! 命令だからしょうがなくパーティになるんだから! だ、だから馴れ馴れしくしないでよね!」
最初に話しかけてきたフィアと名乗るピンク色の髪の美少女は顔を赤面させ体をもじもじと動かしながらも気丈な態度で勇者に接してきた。
「おやおやこれは困った子猫ちゃんだね、フィア」
「な、なによ! き、気安く呼び捨てにしないでよね!」
非難の言葉を投げかけてきたフィアに勇者は無言で近づくと頭を撫でながら耳元で囁いた。
「フィア、俺のものになれ」
「な、何言って…!?」
「フィア、俺のものになれ」
「だ、だから、何言って…ひゃん!?」
勇者はフィアの耳に息を吹きかけながら再び囁く。
「フィア、お前は、俺のものだ」
「は、はいィィ…わ、わたしは、ゆ、勇者様のものれしゅぅ…」
フィアは顔をとろけさせながら勇者のものとなった。
「さて、次は君の名前を教えてもらえるかな?」
しだれかかってくるフィアを侍らせながら、勇者はレモン色の髪をしたフィアよりも小柄な少女に声をかけた。
「あ、あたしですかぁ? あ、あたしはヒルダっていいますですぅ。ゆ、勇者様のパーティにく、加えていただいて、と、とても光栄ですですぅ!」
「ずいぶん緊張しているようだけど、どうしてかなヒルダ…?」
勇者は髪を掻き上げ、穏やかに微笑みながらヒルダに質問した。
「あたし、うまく魔術が使えなくて、もしかしたら勇者様にご迷惑をおかけしてしまうかもしれなくて、それで…」
ヒルダは表情を暗くしながらうつむいた、それを見た勇者はそんな彼女に一歩近づくと彼女の顎に指をかけ、勇者の顔が見えるように指で顔を上げさせた後、呟いた。
「ヒルダ、俺には君が必要だ! なぜかはわからない、だが俺の直感が告げている! 君が必要だってね」
「ゆ、ゆうしゃさまぁ…あたし…でもぉ…」
「君も俺のものになれ、そうすればきっと俺のようにすぐにでも強くなれる」
「ほ、ほんとうですかぁ…?」
「ああ、俺が保障しよう! だから、だからそんな暗い顔を見せないでくれ。君にはそんな顔は似合わない」
「ゆ、ゆうしゃさまぁ…」
「なってくれるね? 俺のものに」
「は、はい! あたし勇者様のものになりますですぅ!」
フィアと同じように顔をとろけさせながらヒルダも勇者のものとなり、勇者は二人の美少女を両脇に侍らせながら三人目の美少女に名を尋ねようとした。
「さて、最後は君の番だよ、小鳥ちゃん。可愛らしい声で君の名前を教えておくれ、ラストぉぉぉネええええええええイムだぜ☆!」
ウィンクしながら勇者は紫の髪のグラマーな少女に声をかけた。
「………カレン……」
カレンと名乗った表情の乏しい少女は言葉も最小限に抑え、自己紹介を終えた。
「響きがいいね、カレン。君のその美しい容姿にぴったりの名だ」
勇者の言葉にカレンは無表情のまま顔を赤くしそっぽを向いた。
「その無表情も凛とした顔立ちと相まって素敵だよカレン」
「………わ、私は…誰とも…仲良くなるつもり…は…ない……だ…から…そういうの…は…やめて…」
勇者の褒め言葉に顔を赤らめながらもカレンは勇者と仲良くなることを拒絶した。
「どうしてそんな悲しいことを言うんだいカレン?」
勇者はフィアとヒルダを離すとカレンに向かって歩き出した。
「………人…は…すぐ…嘘を…つく…裏切る………だから…嫌い…」
カレンは人間に対する失望の言葉をはき、表情を暗くした。勇者はそんなカレンの肩に手を置き諭すように語り掛ける。
「聞いておくれカレン、人は確かに醜い。だけどそれだけじゃあないんだ」
「………どう…いう…こ…と…?」
カレンは髪と同じ紫色の瞳で勇者をじっと見つめた。
「人間は醜いってことは否定しないよ、俺も人の醜い部分はずっと見てきた。でも人にはそういう醜い部分を差し引いても余りある魅力があるんだ」
「………それ…は…何…?」
「愛だよ」
勇者は星のように輝く瞳でカレンを見つめ返した。
「………あ……い…?」
「そう、愛だ。人は人と触れ合う中で確かに諍いをおこし、傷つけ合い、絶望する。けどそれだけじゃあない、傷つけあった分、同じ数だけ人の愛に触れ、そして癒されていくんだ」
言いながら勇者はカレンの頬に右手で触れた、その行為に顔を茹でダコのように真っ赤にしたカレンは勇者の言葉に釘付けになっていた。
「だから…俺の愛が君を癒すよ、カレン」
「………あ……」
カレンの頬から一筋の雫が流れ落ちた。
「君も今日から俺のものだ、いいなカレン」
「………うん……私……勇者の…もの…」
カレンは勇者のものとなった。
「ちょっとぉ、フィアも~フィアもぉ!」
「ヒルダも忘れちゃいやですぅ!」
カレンばかりかまっていたためか頬を膨らませたフィアとヒルダが勇者にまとわりついてきた。
「ハハハ、わかってるわかってる! 全員俺のものなんだから一緒に可愛がってやるってば! じゃあとりあえずみんな、『火竜の剣』を探しに行く前にもっと親睦を深めようか!」
「「「親睦…?」」」
(美少女がハモルと最高に可愛いな!!!)
美少女三人は可愛らしく小首をかしげながら勇者の言葉をそのまま返した。その可愛らしい仕草と重なる声に勇者は心の中で歓声をあげ、気分を最高に上げた。
「ああ、とりあえずホテル行こうぜ! 合体して仲良くなろうぜ!」
「うん、私、行く」
「あたしも行きますぅ」
「………私……も…」
勇者の言葉に顔を赤くし、目を潤ませながら三人は彼の提案に賛成した。そんな三人を抱き寄せながら勇者は下種な笑みを浮かべ笑い出した。
「グフフフ、流石異世界だぜ! やっぱこうでなくっちゃな! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
勇者はこの世の楽園にでもいるかのような気分で美少女たちの甘い香りと柔らかい体を満喫していたが、ある声によって現実に引き戻される。
「………しゃさま……勇者様………勇者様!…勇者様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「……………はっ!……あれ……フィアとヒルダとカレンは…?」
「いませんよそんな人たちは! いつまで気持ちの悪い妄想してるんですか! 涎で服がベチョベチョですよ! っていうかやめてくれませんか私にもダイレクトで伝わってくるんですよ勇者様の気持ちの悪い妄想が! どうしてたいして仲良くもなってないのに耳に息吹きかけながら『俺のものになれよ』なんて言ってるんですか気持ちが悪い! なんでいきなりホテル行こうとしてるんですか気持ちが悪い、全てが気持ちが悪いです!!!」
勇者は気持ちの悪い妄想から目覚めると今だに自身が扉を開けていないことに気が付いた。
「ば、バカな…俺の想像だったっていうのか…いや…だがしかし…これから想像は現実へと変わるはず…ちょっとフライングしちゃっただけだ」
「…いやありえませんよ…あんな女の子いるわけないでしょ…何を言ってるんですかまったく…」
「お前こそ何を言ってるんだ、異世界の女ってみんなあんな感じだろう! ちょっと笑いかければ股を開いてくれるはずだ!」
「そんなビッチいるわけないでしょう!? いい加減現実見てくださいよ!」
「はん、お前がなんと言おうと扉を開ければどちらが正しいかすぐにでもはっきりするはずだ! 今行くぜ、フィア、ヒルダ、カレン!」
勇者は扉に手をかけると勢いよく引き、自己紹介をしながら中庭に飛び出した。
「俺は勇者だ! みんな、これからよろしくううううううううううううううううう!!!」
勇者は満面の笑みでパーティメンバーに向かって挨拶し、三人のメンバーもそれに対して快く挨拶を返した。
「ボブだ!」
「ブラックだ!」
「ゴンザレスだ!」
「「「よろしくな!!!」」」
三人の筋骨隆々とした男たちの笑顔とサムズアップにより勇者の夢は儚く散った。
「………………あ………あ…よろ…しく…ね…」
勇者の頬からは涙が滝のように流れ落ちていた。ボブ、ブラック、ゴンザレスが仲間になった。
「さ、最初に言っておくが勇者様よお、俺は自分の目で信頼に値すると判断したやつ以外は信じねえことにしてるんだ。だ、だから勘違いするんじゃねえぜ、これは命令だから仕方なくお前と組むことにしたんだからな!」
「ああうんそうだね」
(なんでてめえがツンデレセリフ言ってんだよ!? それはフィアのセリフだろうがてめえのツンデレなんて誰も求めてねえんだよボケが!!)
剃りこみの入った坊主頭で黒人のボブは顔を赤くし照れながら勇者の脇を肘で小突き、その行動は返事をおざなりに返した勇者を内心苛立たせた。
「…しかし…不安だぜぇ…俺は魔術が苦手でよぉ…勇者様に迷惑かけちまうかもしれねえぜぇ…」
「…ああ…うんそうだね…」
(てめえもかコラ!? ヒルダのセリフを勝手に喋ってんじゃねえよ不安に押しつぶされてしまえ!!)
またしても勇者の妄想と被ったセリフを吐いたアフロ頭が特徴のブラックに勇者は心の中で毒づいた。
「HAHAHA! 異世界の勇者とパーティが組めるなんてコイツはラッキーだぜ俺の腕もとうとう認められたって事かよヒューイカしてるぜ俺ってやっぱりスターダムをのぼる天才的な兵士としての才覚を有してるってことだよな勇者様に付いていけばもっと輝けるような気がしてきたぜこれはチャンスだチャンスを活かさなけりゃヒーローにはなれないってお袋に言われてたんだがその通りだと俺も思うんだよなやっぱり男はやれるときにやっとかないとなだから俺もやるときなんじゃねえのかっつってなんつってな!!! でもやっぱりことをうまく運ぶにはそれなりの……」
「………ああ……うんそうだね…」
(うるせええええええええええええええええええええええええええええ!!! コイツはカレンとまったく被ってねえけど、うるせええええええええええええええええええええええええええ!!!)
頭に巻いた青いバンダナが特徴のゴンザレスのマシンガントークに勇者はキレそうになった。その後、各自の自己紹介が終わったところで今後の方針を決めるべくボブが勇者に話しかけてきた。
「『火竜の剣』が盗まれた件なんだがよ、こいつは多分『サラマンダー盗賊団』の仕業じゃあないかと俺はにらんでるんだ」
「『サラマンダー盗賊団』? 何それ有名な盗賊団なのか?」
「「「知らねえのかよ!?」」」
(野郎がハモルと最高に鬱陶しいな…)
驚く三人をよそに勇者はとても嫌そうな顔で気分を最低に下げた。がそのままにしておくわけにもいかないと思った勇者は仕方なく事情を説明しだした。
「…俺こっちに来てから日が浅いんだよ…だからわかんないことが多いんだ…」
勇者は簡潔かつ、めんどくさそうに事情を説明した。
「「「なんだそうなのか! だったら俺たちが説明するぜ!」」」
「あのさ説明してくれるのは嬉しいんだけどハモルのやめて」
勇者の要望に応えた三人はそれぞれ『サラマンダー盗賊団』について話し出した。最初に話し出したのはボブだった。
「『サラマンダー盗賊団』ってのはこのウルハ近郊で暴れ回ってる無法者たちのことだ。金目のものだったらどんなものでも力ずくで盗んでいくってんでこの国の奴らはみんな迷惑してるんだぜ」
「へえ、確かにそれは迷惑な連中だな。でもなんでそいつらが怪しいと思ったんだ? 普通のこそ泥でもこの城の警備なんて速攻で突破できそうだけど」
「「「そりゃあありえないぜ!!!」」」
「だからハモルのやめろ」
勇者の疑問に答えたのはブラックだった。
「この王都ラムラぜラスの城には各場所に迷いの結界が張られてるんだぜぇ。だから大抵の侵入者は迷っちまってグルグルと城の中を歩き回って兵士に見つかっちまうって寸法だぁ」
「そんなもんが張られてたのかよあの城…でも俺は別に迷ったりしなかったけど…」
「それは迷いの結界の効果が働く対象がこの城の財宝や貴重品を持って進む者に限定されるからだぜぇ。盗んでやろうとか持ちだしてやろうとか思って実行したりすると途端に迷いだしちまうんだぁ」
「なるほど、そうなのか…でもそれじゃあ誰も持ち出せないんじゃね? 『サラマンダー盗賊団』にも無理だろ」
勇者の次の疑問に答えたのはゴンザレスだった。
「それは俺が説明するぜ確かに普通なら迷っちまうが凄腕の魔術師がいれば話は別なんだなぜかというとこの結界の術式を正確に理解できる者は結界のわずかな隙をついて出入りが出来ちまうんだと言ってもそんな芸当出来る奴なんかそうそういないけどなでもこれが困ったことに『サラマンダー盗賊団』のリーダーでクベーグって奴がいるんだがそいつはそれが出来ちまったんだよ出来ちまったから過去にこの国の城に忍び込んで財宝を盗んだんだろうがな俺も出来たらやってみたいもんだがこれがほんとに難しくって難しくってあでもこれはジョークなんだぜ勘違いするなよ俺は志の高い兵士だからこの国のために…」
「あーわかったわかった! つまり『サラマンダー盗賊団』のリーダーが迷いの結界の隙をつける凄腕の魔術師で、過去に城に盗みに入った前科があるから怪しいってことだよな…?」
「「「その通り!!!」」」
「もう好きなだけハモってくれていいよ…」
パーティを組んでそれほど経っていないにもかかわらず、やたらと仲良くハモルごつい男たちに勇者はうんざりしていたが、さっさと終わらせようと話を進めた。
「それで容疑者が浮かんだのはいいけど、どこにいるかまでは流石にわかんないよな。やっぱ地道に聞き込みを…」
「いや、どこにいるかならもうわかってるぜ」
「え!? ウソ!? マジかよ!? もうわかってるのかよ!?」
勇者の言葉に即座に応答したボブに対して驚いた勇者は目線をブラックとゴンザレスにもやったが彼らもわかっているようで、ボブの言葉にうんうんと頷いていた。
(こ、こいつら結構、いや、もしかしてかなり優秀なんじゃないか…王様から命令されてまだせいぜい数時間しか経ってないのにその間に犯人の目星をつけて、その上居場所まで調べ上げるなんて…最初は『なんで野郎とパーティなんか組まなきゃいけないんだよクソが!』って思ったが…こいつは結構頼りになるいいパーティを手に入れたのかもしれないな)
勇者は三人に対して心の中で称賛を送ると彼らの認識をあらためた。
「それじゃあ教えてくれ! 『サラマンダー盗賊団』のアジトはどこにあるんだ!」
勇者の真剣な問いかけに三人は頷くと、三人を代表したボブが持っていたバッグの中から一冊のカラフルな雑誌を取り出し勇者に手渡してきた。
「まずはこれを見てくれ勇者様」
「なんだこれ? 雑誌か? 何々、『ウルハ国観光案内☆ 行かなきゃ絶対損する観光名所ベスト100』」
勇者は眉をひそめながら雑誌のタイトルを読み上げた。
「これが『サラマンダー盗賊団』の居場所とどう関係してるんだよ?」
勇者の問いかけにボブは答える。
「それはその雑誌の345ページを開いてみてくれればわかるぜ」
「345ページ?」
勇者はわけがわからず戸惑ったがとりあえずボブの言う通りにページをめくった。
「なんなんだよ…なんで観光案内雑誌と盗賊団の居場所がかんけ…い!?」
言われた通り345ページ目をめくった勇者は素っ頓狂な声を出した。
「…おい…なんだこれ…」
勇者は開いた雑誌を三人に見せつけるようにして目の前に突き出した。
「「「ウルハ国マル秘スポット、ナンバー89『サラマンダー盗賊団アジト』」」」
三人は声をそろえて雑誌にデカデカと写真が載せられた巨大な別荘に似た『サラマンダー盗賊団』のアジトの記事を読み上げた。
「なんで犯罪者集団のアジトが観光スポットになってんだよ!?」
勇者は声を荒げた、そしてそれに対してブラックが話し出した。
「なにせこの国でも指折りの盗賊団だからなぁ、有名になって当たり前ってことよぉ。ちなみに居場所の情報を雑誌の編集者に伝えたのは『サラマンダー盗賊団』自身だぜぇ。盗賊団の首領のクベーグもこの雑誌のインタビューに答えてるぜぇ」
黒い口髭を生やした大男のにこやかな写真がインタビュー記事の欄に載っていたのを見た勇者は顔を引きつらせながらボブ、ブラック、ゴンザレスに向かって言って当然の言葉を剛速球で投げかけた。
「何やってんだよこの国はよぉ前から居場所知ってたんならさっさとしょっ引けよ!? こんなもん捕まえてくださいって言ってるようなもんじゃねーか!? 国宝の盗難未然に防げただろこれ明らかに!?」
「いや違うんだぜ確かに居場所自体は前から知ってたんだがこの『サラマンダー盗賊団』が強いのなんのって俺達も一度制圧しようと向かったんだが兵隊たちはボコボコにやられちまって結局うまくいかなかったんだよいやーマジで強かったぜかくいう俺もやられちまってなでも今は違う今は異世界から来た勇者様がいる俺もなんだかやれるような気がしてきたぜ今やらなければならない時なんだって俺の魂がシャウトしてやがりやがるんだぜこのビッグウェーブに乗って俺は最強の…」
「ああもうわかった、わかったから! つまり一回制圧に向かったことはあるけど勝てなかったってことだろ?」
ゴンザレスのマシンガンのような言葉をなんとか聞き取った勇者は三人に問いかける。
「「「その通り!!!」」」
「…お前らホント仲いいのな…」
息がぴったりの三人を気持ち悪そうに眺めた勇者はため息をつくと、話を続けた。
「…それにしても…そんなに強いのかよその『サラマンダー盗賊団』は…数的に勝ってる兵隊たちが逆に撃退されるって相当だろ…」
とても面倒くさそうな勇者にボブが『サラマンダー盗賊団』の強さを語りだした。
「そうなんだよ、あんなに強かったのは久しぶりだったぜ! あれは三年前の大取ものを思い出させたぜ!」
「ああ、あれかよぉ。懐かしいぜぇ、あの化け物との戦いで王都の兵隊たちは全滅しかけたからなぁ」
ボブの言葉に同調したブラックは過去を思い出すように目を閉じた。
「ホント懐かしいぜ俺も…」
「お前はいいよ長いから」
勇者はゴンザレスの言葉を遮った。
「でも兵隊が全滅しかけるって相当だよな。怪物、いや魔物だか魔獣だっけ、それが出たのか?」
兵隊が全滅しかけるという言葉に密かに戦慄を覚えた勇者はどんな怪物が襲ってきたのかを参考までに教えてもらおうとした。
「「「いや路地裏に大量発生した野良犬に全ての兵士が殺されかかったんだ」」」
「かんべんしてくれよぉぉぉ…」
勇者は本当に泣きそうになった。
「「「よし話もまとまったことだしそろそろ行こうぜ勇者様!!!」」」
笑顔でサムズアップを勇者に再びきめた三人は先に歩き出し、勇者もその後をよろよろと追いかけた。そして勇ましく歩く三人を見つめながら勇者は考える。
(…ああ……もう……戦争の理由だけでも相当くだらねーのに…お姫様がババアで大掃除の時に国宝を捨てようとしたり物置に放置したりするアホ……民衆をほっぽって王族と兵士たちでバカンスを楽しむ企画を出したアロハ馬鹿の国王…野良犬に全滅されかけるような雑魚が最も重要な王都を守ってる兵隊…借金取りに追いかけられて泣きながら逃げ出すチキン将軍…バカばっか…バカばっか王国……勝てっかなあ…戦争…勝てっかなあ………というか今更だけどあの甘い香りはいったいなんだったんだろうか…)
勇者は扉の前の甘い香りの事を思い返していた。
「それにしてもブラック、今回のその薬は大正解だったな!」
ボブが偶然にも勇者の疑問に答えるきっかけを与えた。
「ああ、こんなに甘い香りに変化するとは思わなかったぜぇ」
「確かに驚きだぜあれほど強烈な臭いを一気に甘ったるく変化させるなんて中々できることじゃないぜあれは正解だった大正解だったやっぱりあの…」
「甘い香り…?…なあ…甘い香りに変化したってなんの話だ…?」
勇者はゴンザレスの話の途中で話に割って入った。
「俺達の体臭の話さ! 結構臭かったんだが薬を塗ったら香りが甘いものに変化したんだぜ!」
「ああ、最高に臭かったらしいんだがぁ…俺達自身はそんなでもないと思ってたんだけどよぉ…同僚に勧められてある薬をかったんだぜぇ…」
「そうなんだよそうなんだどうゆうわけかみんな俺達三人が職場に現れると嫌そうに顔をしかめて洗濯ばさみで鼻をつまんでたんだがこの薬を塗ったらみんな洗濯ばさみで鼻をつままなくなったんだよ特に脇をあげた時なんか泣いてる奴らまでいたっけかほんとどういうわけなんだろうないやあでもなんで洗濯ばさみって洗濯ばさみっていうんだろうな普通洗濯物ばさみっていうじゃないんだろうかと幼少期は疑問に思ったもんだよどうして洗濯ものを挟むハサミなのに洗濯…」
ボブ、ブラックは体臭が変化したことを勇者に簡潔に伝え、ゴンザレスはその使った薬の小瓶を勇者に見せながらまた話を脱線させていた。勇者はどうでもいい話を延々と続けるゴンザレスを無視して彼がどこからか取り出したピンク色の液体が入れられた小さな小瓶を青ざめた表情で見つめだした。
「な、なあ…その…薬って…えっと…具体…的…には…なんの…薬…なんだ…?」
勇者は気づく、自分が堪能していた甘い香りを三人の男たちが発していたことに。またそれだけでなく彼らとの会話からまたしても気づいてしまった、いったいなんの臭いを甘い香りに変化させていたのかを、だが認めたくなかった、認めてしまえば自分がどんな臭いを鼻から肺に吸い込み、嬉しそうに味わっていたのかという厳しい現実に勇者はさらされると思った。だがわずかな希望にかけ勇者は三人に問いかける、いったいどんな薬なのかと。
「「「ワキガの香りを甘くする薬だぜ!!!」」」
「おええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
勇者は嘔吐した。
(お、俺はこいつらのワキガの臭いに発情していたって言うのかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! こいつらのワキガの臭いで美少女を連想していたって言うのかあああああああああああああああああああああああああああああ!!! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
勇者の中のフィアとヒルダとカレンは完全に崩れ去り、勇者は立ち直れなくなりそうなほどショックを受けていたがかろうじて足だけはキチンと前に進んでいた。そんな勇者を気の毒そうに見つめたトイレブラシは心中で期待させるようなことをまた言ってしまったことに対して密かに謝罪した。
そして勇者一向は『火竜の剣』を求め『サラマンダー盗賊団』のアジトに向かった、と同時に新たな強敵の影が勇者とトイレブラシに刻一刻と迫り始めていた。