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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
14/42

13話

 正門をくぐった勇者は城と都を繋ぐ巨大な石橋を下に流れる大きな川を眺めながら渡りきり、ついに都へと足を踏み入れたのだった。

「勇者様、ようこそウルハ国王都ラムラぜラスへ」

 アルトラーシャは異世界で初めて訪れたであろう町に到着した勇者に歓迎の言葉を述べた。

「すげえ…ゲームの中みたいだ…ここが…王都ラムラぜラス…」

 勇者が異世界で見る初めての町はとても活気に満ち溢れていた。大勢の人々が通りを行き交い、設置された数多くの露店からは商人たちの声が絶え間なく響き、何気なく別の方角を見て見れば、楽しそうに踊りながら歌う子供たちの姿が目に入るほどに町はにぎわっていた。

「なんてにぎやかなんだ! まるで祭りみたいじゃないか! 素晴らしい! これが王都か! こんなに平和で楽しそうに…戦時中なのに楽しそうに…平穏に………っておかしいだろコレ!?」

「なにかおかしな点がございましたか?」

 突然声を張り上げた勇者にアルトラーシャは問いかける。

「おかしな点っていうかさ今、戦時中だよね!? 戦争中なんだよね!?」

「はい。凄惨な戦いの最中ですわ」

「全然そうとは思えないんだけど!? なんだこの町の平和オーラは!? 空気が穏やかすぎるだろ!?」

「休戦協定という束の間の休息を皆、謳歌してるんですのよ」

「いやでもちょっと平和すぎないかこれは!? 確かに俺は戦争経験ないけど休戦状態ってこんなんでいいの!? なんか子供どころかおっさんまで歌って踊ってるよ!? 変な踊りおどってるよ!?」

 勇者が指差した場所でおじさんたちが変わった踊りをおどっていた。

「よいことではないですか。たとえ戦時中でもいつもと変わらぬ毎日を過ごそうとするなんて、なんて健気なんでしょう。あらためてわかりました、この町の皆、いえ我が国の国民は強くたくましいんですのね。我が国の誇りですわ」

「……そういうもんなの…?」

「ええ! ですから彼らの本当の笑顔を取り戻すためにも早急に戦争を終わらせる必要がありますわ!」

「本当の笑顔にしか見えないんだけど…」

「何を言っているのですか! 彼らは心ではきっと泣いています! 笑顔の仮面の下の悲しみを取り除くために共に頑張りましょう勇者様!」

 アルトラーシャは表情を真剣なものに変えながら勇者に迫った。

「わ、わかったよ…わかったから…顔が近い…近すぎるって…」

 そんな彼女の様子と言葉にしぶしぶ納得した勇者は近づいてくる顔を手で押しのけながら、闘う決意をあらたにした。

「わかっていただけたようでよかったですわ、ではサムウェルス公と会う場所に向かうとしましょう」

「会う場所? 直接家に行くんじゃないの?」

「はい、協会の前で落ち合う予定になっていますの。それで、こんなことをいうのは本当に申し訳ないのですが実はワタクシ急用が出来てしまいまして、勇者様を協会にお連れした後、至急城に戻らなくてはいけなくなったのです」

「協会の前で一人で待ってろってこと?」

「そうです。本来ならばワタクシがサムウェルス公のもとまで案内しなければいけないのですが…重ねて謝罪いたしますわ。どうかお許しくださいませ」

 アルトラーシャは勇者に向かって深々と頭を下げて謝罪した。

「いや、いいってそこまでしなくても! 子供じゃないんだから待ってられるって!」

「ありがとうございますわ。それでは協会に向かいましょうか」

 頭をあげたアルトラーシャは勇者に感謝の言葉を告げると歩き出し、勇者も後を追った。

「…なあ…あれさ…もしかして…いやでも…ありえない…」

「どうかなさいましたか?」

 歩いていた勇者は足を止めるとある建物を指差して立ち止まった。

「なんで…異世界に…あんな建物が…いやいやいや何かの間違いだ…そんなはずはない…」

 勇者は顔を引きつらせながら地球で何度となく見たネオンの光で彩られ、大音量の音楽を垂れ流す建物を、銀色の玉を転がして遊ぶギャンブラーが集う場所を見つめながら否定を繰り返した、異世界にこんな建物があるはずはないと。

「パチンコ屋がどうかなさったのですか?」

 勇者の心情をまるで考慮することなくアルトラーシャは建物の名を呼んだ。

「やっぱりかよ!? なんでだよ!? なんで異世界にパチンコ屋があるんだよ!?」

「なんでと言われましても…パチンコ屋くらいはどこの世界でもあるのではないかしら?」

「いやねーだろ!? 中世風のファンタジー世界だよねここ!? 中世にパチンコ屋なんてないだろ!? 世界観ぶち壊しじゃねーかッ!?」

「そんな個人の世界観を押し付けられましても…パチンコ屋のある異世界だってあると思いますわ常識的に考えて」

「そんな…バカなッ…!?」

 あまりの衝撃に立膝を地面についた勇者は脳内会話でトイレブラシに確認を求めた。

「(おい便ブラ! そうなのか!? 異世界にパチンコ屋があるのは常識なのか!?)」

「(いや…そう…ですね…ある…ん…じゃ…ないですかね…どこの世界でもパチンコ好きな人は多いですから…ははは)」

「(えええええええ!?……そう…なの……そうなの…か…俺が…間違って…いたのか…)」

「勇者様そろそろ参りましょう。約束の時間に遅れてしまいますわ」

「…ああ…わかったよ…でもさ…なんか…嫌だな…パチンコやってる異世界人って…」

 なんとか納得した勇者はよろよろと立ち上がると、先に歩き出したアルトラーシャについて行った、しかしトイレブラシは勇者にはパチンコ屋はあると言ったものの心の中ではどうしても納得できなかった。

(あんな建物ヴァルネヴィアにはなかったはず…やっぱりおかしいです…あれは勇者様の世界の建物…やっぱりこの国に張られているおかしな結界が原因なの…?…勇者様の世界と、この世界の構成情報が混ざって…でもどうして…まさか繋がっていた世界の扉を開けたから…?…だとしたら勇者様の世界にも影響が…なんだろうこれ…どうなってるの…何度考えてもわからない…おかしいな…本当にこんなはずでは…)

 トイレブラシはわけのわからない状況にますます頭を悩ませるが、関係なく時は経ち、アルトラーシャに連れられた勇者は巨大な鐘が取り付けられた白塗りの協会にたどり着いた。

「もうすぐ日が暮れる時間ですわね。ちょうどいい時に着きましたわ。サムウェルス公とは夕暮れ時に協会の前で待ち合わせの約束をしたのでそろそろ迎えにやってくると思いますわ」

「そうなのか…確かにそろそろ日が暮れるな…」

 勇者はオレンジ色に染まりつつある空を眺めた。

「勇者様…誠に申し訳ありませんが…ワタクシはそろそろ…」

「わかってるって、一人で待ってられるよ。案内してもらって感謝してる、あんがとな」

「いえいえそんなこちらこそ。では失礼しますわ。ワタクシに何か御用があるときはどうぞ城にお越しくださいませ。今日城に戻り次第勇者様のお顔を扉の魔水晶に登録しておきますので」

「わかった、助かる」

「それでは失礼しますわ」

 アルトラーシャはドレスの裾をあげてお辞儀すると歩いてきた方角に戻るべく足を踏み出したが、しばらく進むと突然止まり、勇者のいる方に振り返った。

「すみません勇者様、言い忘れていたことがありますわ。夜間の城の門はお顔が登録されていても開かないようになっているので夜に来られましても中には入れませんのでご注意を。御用がある場合は朝にお願いいたしますわ」

「おっけー! 了解した!」

「それでは今度こそ失礼しますわ」

 再び裾をあげてお辞儀するとアルトラーシャは元来た道を戻って行った。 

「…ふう…異世界でも地球と同じように…夕陽は…綺麗なんだな」

 アルトラーシャを見送った勇者は空を見上げながら目を細めた。

「(もしかして…ホームシック…でしょうか…なんだか無理やり連れてきてしまったので…私としては心苦しい限りです)」

「(嘘つけよ…人をノリノリで肥溜めに突き落としたくせに…それにホームシックなんかじゃねーから…地球は俺の偉大な才能を発揮するのは穏やかすぎたしな…異世界ならばこの天賦の才を存分に発揮できるだろうククク…だいたいうちのババアにそっくりなお姫様がいる時点でホームシックにかかりたくても無理な話だ…ただちょっと黄昏ていただけさ…イケメンは黄昏時が似合うからな…)」

「(イケメン? どこにイケメンがいるんですか? 見当たりませんが…)」

「(どこって、ここにいるだろ?)」

「(ここってどこですか? ここには勇者様しかいないじゃないですか)」

「(その通りだよ。だからここにいると言ったんじゃないか)」

「(………もしかしてイケメンって…勇者様のことですか…?)」

「(他に誰がいるんだよ。イケメンと言えば俺、俺と言えばイケメンってくらい当たり前のことだろ?)」

「(いえ…言いにくいんですが…本当に言いにくいんですが…勇者様は決してイケメンではな…)」

「(俺はイケメンだよ)」

「(いえ…勇者様はイケメンじゃな…)」

「(俺はイケメンだよ)」

「(…あの…勇者様のお顔はイケメンと呼べるレベルではな…)」

「(俺はイケメンだよ)」

「(いや…イケメンというのは顔立ちが整った人の事であって…)」

「(フッ…やはり俺の事だな…)」

「(違いますよ!)」

「(んだとォコラァァ! じゃあ議論するか! イケメンとは何かについてよォォォ!)」

「(いいですよ! 望むところです!)」

 しばらくの間勇者とトイレブラシはイケメンについて頭の中で押し問答を繰り返した。

「(結局俺がイケメンすぎるという結論に至ったな。ま、議論するまでもなかったがね!)」

「(何が結論に至ったですか! 頑なに認めないだけでしょう! こんなに強情な人は初めてです!)」

「(ふん! 便所ブラシ如きに俺様のカッコ良さは理解できないんだよ! せいぜいお前基準のイケメンな便所の洗剤とちちくりあってろ!)」

 勇者は目を閉じて会話を切ると、サムウェルス公を待った。

「…遅い…!」

 日もすっかり落ちて周りも少し薄暗くなり始めてきたが待ち人は一向に現れない、勇者は不満を口に出しながら貧乏ゆすりをし始めた。

「(勇者様、いったん落ち着いてください。貧乏ゆすりもやめてください)」

「(だってもう夕陽も落ちてきてるぞ! このままじゃ夜になっちまうじゃねーか! ババアめ! ちゃんと連絡とったんだろーな!)」

「(疑いすぎですよ勇者様)」

「(そうでもないだろ! あのババア歓迎パーティの時だって自信満々の顔で空気吸わせて終わらせようとしたじゃねーか! 挙句の果てに花火の集中砲火を食らったんだぞ!)」

「(もう、パーティのことまだ根に持ってるんですか?)」

「(当たり前だ!…なんか急に不安になってきたぞ…本当に俺公爵家に住めるのか…? 今思えばババアは公爵家に住めるとは一言も言ってなかった気が…ま、まさか!…サムウェルス公って…公爵家の事じゃなくて…サムウェルス・コウって人の名前なんじゃ…協会の前に放置されたし…もしかして俺の住む場所は教会で…サムウェルス・コウって人は…神父なのかも…教会で質素な生活を送るんじゃないのかこれは…パーティなんか実は開かれないんじゃないだろうかこれは…!?)」

「(考えすぎですってば。家には案内できないから待ち合わせ場所で会うって言ってたじゃないですか。この教会が住む場所ならアルトラーシャ姫だって案内できなくて申し訳ないなんて言いませんよ。もう少しお姫様を信じてあげましょうよ)」 

「(信じろって言われても…ちょっとなぁ…歓迎パーティでの対応がなぁ…ご馳走も美女も出て来なかったしなぁ…ちゃんとしたパーティ開いてもらえなかったしなぁ…俺はなんて可哀想なんだ…ああ…薄幸の美少年…それが俺…)」

「(またわけのわからないことを…ホントに根に持つタイプなんですよね勇者様は…まったく…あ!…ほらあれを見てください!)」

「(…なんだよあれって…どれだよ…)」

 左手を操作してブラシのスポンジ部分をある方向に向けたトイレブラシは勇者に見るように促した。トイレブラシが指した方向を見た勇者は車輪が4つ付いた木製の台車を引く浮浪者らしき人物がこちらに向かって来ているところ視界に捉えた。

「(勇者様は全然恵まれていますよ! 今までだって日々の生活に苦労することなく毎日を過ごせていたじゃないですか! あの人を見てくださいパーティどころか世の中には生きて行くのに必死な人だっていっぱいいるんですよ? それに比べて勇者様はこれからサムウェル公のお屋敷で生活できるんですから、文句ばかり言ってないで待ちましょう! 遅いのには何か事情があるんですよ! パーティのことはいったん忘れて、サムウェルス公が到着するまでゆっくりと気持ちを落ち着けてください、そして英雄らしい態度で対面しましょうよ!)」

 勇者は死んだ目をした浮浪者が歩いてくる様をまじまじと見ながら己を見つめなおし、そして自身の態度を恥じた。

「(…そう…だな…俺は確かに恵まれている…世の中には住む家もないのに必死で生きている人だっているんだものな…ちょっと気が立ってたのかもしれない…こんなんじゃあ確かに英雄失格だな…いくらパーティをちゃんと開いてくれなかったからっていつまでも子供みたいにいじけて…ババアだって悪気があったわけじゃあないのに…信じよう…きっとババアは戦時中なのに必死に頼んで貴族の屋敷に住めるように取り計らってくれたってことを…信じてもっとしゃんとしなければ!)」

「(そうですよね! 勇者様偉いです!)」

「(そうかな?…へへ…人を信じるって…いいものだな…へへへ…心があったけえ…あったけえや…夕陽が心にしみるぜ…)」

 勇者は嬉しそうに右手で鼻の下をこすりながら照れ笑いを浮かべた。 

「あんちゃん」

「ん…?」

 人を信じる事の大切さを噛みしめていた勇者に横から何者かが声をかけてきた。声のした方に振り向くとそこには先ほど台車を引いていた浮浪者が立っていた。

「あんちゃんがもしかして勇者様かい…?」

「えっ…と…そうだけど…」

 間近でみた浮浪者の男性は見れば見るほど勇者にホームレスであることを実感させた。服はボロボロ、顎ひげや口ひげも伸びていたが、それよりも長く伸ばしっぱなしの白髪交じりの髪に帽子をかぶったその姿は浮浪者の男性を実年齢よりも遥かに上に見せた。

「そうかい。そんじゃあ早速行こうか。ついてきな」

「ちょ…ちょっと待ってくれ…!」

 勇者についてくるように促した浮浪者は先に進み始めたが、わけのわからない勇者は彼を呼び止める。

「どうかしたかいあんちゃん…? 早く行かないと夜になっちまうぜ」

「いや…なんでついて行かなきゃいけないのかよくわからないんだけど…それに悪いけど俺、ここで人を待ってるんだ…だからここからは動けないんだよ」

「待ってる人? あんちゃんはここでサムウェルス公を待ってたんじゃないのかい?」

「え!? な!? なんで知ってるんだよ!?」

「そりゃあ知ってるさ」

(な、なぜだ…ババアめ…俺がサムウェルス公のところにお世話になるって言ってまわってるんじゃないだろうな…ま、まさかこの町の人間全員知ってるとかそんなバカなことになってんじゃ…!? 回覧板じゃねえんだぞ…!?)

「と、とにかくだ、知ってるんならわかるだろ? なんの用事があるのかわからないけどサムウェルス公が来るまでは俺は動けないんだよ。ってか俺だって早く動きたいんだよね。ぶっちゃけ結構立ったまま待ってるからさ。はぁ…あーあ、早く来ないかなぁサムウェルス公」

 勇者は見ず知らずの人間に愚痴を言い、ため息をつくとサムウェルス公を待ったが、そんな彼に思いもよらぬ言葉を浮浪者は口走った。 

「ワシだよ」

「ワシ?…何がワシなんだよ…今言ったとおり俺は動けないの…だから…」

「ワシがサムウェルス公だよ」

「…………うえ?………なんだって…?…ごめんもう一度言ってくれるかな…?」

「ワシがサムウェルス公だって言ったんだよ」

 勇者は口を開けたまま固まり、動かなくなったため、数分後見かねた浮浪者は勇者の肩を揺さぶりながら声をかける。

「おい、あんちゃん! しっかりしろって! あんちゃん!」

「………はッ!…ババアがお姫様を名乗った時のようにまた現実逃避をしてしまった…」

「おお、気づいたな! じゃ早く行こうぜ。本格的に暗くなってきやがったからよ」

「え、あ、ま、待ってくれ! ほんとうのほんとうにあんたがサムウェルス公なのか!?」

「そうだよ。ワシがサムウェルス公だ。だから早くついてきな」

「…う…嘘だろ…嘘だと言っておくれよ…そんな…ついて行くしか…ないのか…うう…」

 サムウェルス公と名乗った浮浪者にしか見えない男性は勇者が来た方角とは逆の方に進み始めた、しかし今だ納得のできない勇者は再び問いかけるが、答えは変わらず、ガックリと肩を落とした勇者はトボトボとサムウェルス公の後をついて歩き出した。

「いや~しかし悪いな! 結構待たせちまったみたいでよォ! ま、許してくれや! はははは!」

「………ははは…は…はは…はぁー……」

 空はすっかり暗くなったが通行人は減ることなく道を行き交い、酒場と思われる店の中からは笑い声が漏れ、店はもちろん家などの建物の灯りが外を照らし路上を明るくした、まさに王都ラムラぜラスは勇者に夜の街の顔を見せたのだった。しかし楽しい夜の時間が訪れたにもかかわらず、そんな中でサムウェルス公に連れられ談笑しながら歩く勇者の顔はまったく笑っていなかった。

「(…なあ、便ブラ…)」

「(なんですか…?)」

「(…あれ、貴族に見える…?)」

 勇者は脳内でトイレブラシに前方を歩くボロ雑巾のような服を着たサムウェルス公についての意見を求めた。

「(……見え……ない…ですね…あは…は…)」

「(あはは、って笑いごとじゃねえんだよォォォ…!!! やっぱりババアに騙されたんじゃあないのかこれはよォォォ…!!! おしゃれホームレスのサムウェルス・コウさんなんじゃあないのかァァァ…!!!)」

「(で、でも…ほら…ま、まだわからないですよ…もしかしたら、もしかするかもしれませんし…着いてみるまでは、ね…?)」

「(ついてみるまでまでもなくわかるだろう…! あんな恰好してる貴族何ていねぇよ…!)」

「(何か事情があってああいう恰好をしているのかも…ですし)」

「(どんな事情があったらあんなつぎはぎファッションになるっつーんだよ…!? 拾ってきたやつだろあれ…!? 拾ってきたやつを修繕したらあんな感じになるんだよ…!! 公爵家ってのはゴミを漁る仕事を担当する貴族なのか…!? 貴族の中でもトップクラスに偉いんじゃあなかったのかよ!?)」

「(公爵家は間違いなく貴族の中でも身分は高い方なんですが…どうしてでしょうね…)」

 歩きながら左手に持ったトイレブラシを顔に近づけ文句を言い始めた勇者をなんとかなだめようとした彼女の耳にちょうど通りかかった酒場での会話が入ってきた、それはある酒場の屋外に設置されたテーブルに座っていた人たちの会話だった。  

「おい聞いたか? 公爵様の話」

「ああ、知ってるぜ。戦争のために資財をなげうって質素倹約してるんだってな。残っているのは大きな屋敷と必要最低限の家具だけって話だ。貴族ってのは偉ぶってるだけの連中だと思ってたが、ああいう立派なお方もいるんだな」

「俺たちもいつまでもダラダラ飲んでないで公爵様をみならおうぜ」

 トイレブラシはこの会話を聞き、全てを悟った。

「(勇者様! これですよ! 今の会話聞こえましたよね?)」

「(公爵が戦争のために資財を売ったとかなんとか言ってたな。それがどうし………まさか…!?)」

「(そうです! そのまさかです! きっとサムウェルス公のことですよ!)」

「(じゃあ…それじゃあ…あんな恰好をしてるのは…)」

「(民衆に負担を少しでもかけないようにと自分の財産や高価な服を売ってしまったからでしょうね…泣ける話です…)」

「(なんてことだ…民衆のために自分の財産を使い果たして…それであんなホームレスみたいな格好になっているっていうのか…残っているのは屋敷と最低限度の家具だけ…なんて…なんて…なんて立派な人なんだ!)」

 勇者は羨望の眼差しで前方を歩くサムウェルス公を見つめた。

「(それに比べて俺は…ちくしょう!…恥ずかしいぜ…パーティだの…ご馳走だのと…とんだバカ野郎だ…!)」

「(勇者様…大丈夫ですよ…人は間違いを正しながら成長していくもの…その恥は勇者様にとって成長の痛みです…まだ間に合います…これからサムウェルス公を見習っていきましょう…!)」

「(…便ブラ…ああ、そうだな! これからだ! これからサムウェルス公の屋敷で生活していくんだ! 俺も身に着けよう貴族の気高い品格を! もうわがままなんて言わないぞ!)」

「(その意気ですよ勇者様! がんばっていきましょう! たとえ豪華なパーティが開かれなくても立派な人のお屋敷に住めるんですからね!)」

「(そうだよな! 立派な人の屋敷に住めるんだもんな!)」

 勇者はサムウェルス公への認識をあらため、元気を取り戻した。

「あんちゃん、そろそろワシの家に着くぜ。結構歩かせちまって悪かったな」

「いえそんなことありません! これからお世話になります!」

「おう、こちらこそよろしくな」

 立ち止まって振り返ったサムウェルス公と固い握手を交わした勇者は進む、サムウェルス公の屋敷へと。

「ところでなあんちゃん」

「はい? なんですか?」

「実はあんちゃんをびっくりさせようとパーティ用の飾りつけをしたんだ。でも中に入るときに見たらわかっちまうと思うんだ。だから中に入るまで目をつむっててくれねぇか? やっぱり飾り付けた側としては万全の状態で見てもらいたいからよ」

「そんな…俺のために…そこまで…ありがとうございます! わかりました、目をつむってればいいんですよね! 全然問題ありません!」

「そうか、よかったぜ! じゃあ着くまではワシが手を引いてやろうかな!」

「…え…?…え、ええ…あり、がとうございます」

「気にすんなよ!ワシら今日から家族みたいなもんだろ? そんじゃしゅっぱーつ!」

「しゅ、しゅっぱーつ…!」

 目を瞑った勇者はサムウェルス公に右手を引かれる形で歩き出した。

「(勇者様が異世界で初めてつないだ手はおじさんの手)」

「(黙れ)」

 脳内で茶々をいれてきたトイレブラシを黙らせた勇者は黙々と歩き続け、ついにサムウェルス公から声がかかった。

「着いたぜあんちゃん! ここがワシの家、いや、今日からワシらの家だ! さあ、目を開けてくれ!」

(着いたのか……最初にサムウェルス公を見たときは、ホームレスに預けられたと思ってババアを恨んだが…今は感謝しているぜ、ありがとうなババアよ…こんな立派な人のもとに俺を導いてくれてよ…この人の、サムウェルス公爵様のもとでなら今まで以上に人間性が磨かれるだろう…もしかしてババアはそれを見越して…いや、考えすぎだな…フフフ…まあなんにせよ…今日からここが…俺の…第二の家だ!)

 アルトラーシャに心の中で感謝した勇者は目を開け、今日から住むことになる場所を見た。

「わあ、すっご…………………………ご…………」

「ははは! すげえだろ! 飾り付けが大変だったんだぜ?」

 直前までどんな言葉で褒めちぎろうか考えていた勇者の思考は停止した。

「どうした、あんちゃん? あ、感動しちまったのか! そうかそうか! そいつはよかったぜ!」

「………すいません…あの…ここ…が…お家…なんですか…?」

「ああ、そうだぜ! 花を飾り付けるのって結構大変なんだな! 初めてやったからあんちゃんを迎えに行くの遅くなっちまったんだよ」

「………お花……綺麗…ですね」

「だろう? 気に入ってもらえてよかったぜ!」

「……ところで…あの……公爵様…立派な…お屋敷は…どこに…」

「公爵? お屋敷? 何の話だ? っと…みんな戻ってきたみたいだな!」

「…みんな戻ってきた…?」

 サムウェルス公の発言の通り、同じような、浮浪者風の恰好をした男性が8人ほど勇者とサムウェルス公のもとに集まってきた。

「お! これが例の新入りか!」

「若いのに大変だねぇ」

「今日から俺たちがファミリーだ! 仲良くやっていこうぜ!」

 浮浪者の恰好をした8人は勇者へとそれぞれ激励の言葉をかけていった、が勇者はそれどころではなかった。嫌な予感が増していく中でサムウェルス公に向かって縋るように疑問の答えを求める。

「あの、こ、公爵様の…ご、家族…のかた達…ですか…?」

「こいつらは家族みたいなもんだが、公爵ってなんだ? さっきも言ったがなんのことだかわからないんだがよ」

「いや、だ、だって、サムウェルス公って呼ばれてるじゃないですか!? え!? サムウェルス公なんですよね!?」

「もちろんワシ達はサムウェルス公だぜ!」

「…ワシ…達…?」

「ああ! ここに住んでる奴らはみんなサムウェルス公さ! だから今日からあんちゃんもサムウェルス公だ!」

 ここに住んでる奴らはみんなサムウェルス公、その言葉を聞いた瞬間、勇者は全てを理解した、だが納得はできなかった、だからこそ最後に自分の目で確認しようと思い立った、たとえそれが直面する厳しい現実を先延ばしにする行為だったとしても。

「…ジャングルジム…滑り台…鉄棒…ターザンロープ…ブランコ…雲梯…砂場…山型遊具…」

「おい、あんちゃん! どこいくんだよ!」

 花が飾り付けられた場所をうわ言のようにつぶやきながら、先ほど目をつむって入ってきたこの場所の入口に勇者は向かう。

「まさか…まさか…まさか…まさか…! まさか…!! まさか…!!! まさかああああああああ…!!!!」

 歩くのでは我慢できなくなった勇者は走り出し、入口にたどり着いた、そして目にしたこの場所の表札に絶望し、力無く読み上げる。

「…………サムウェルス公………………………………………………………………………………………………………………………………………園東口……」

 勇者は手をついて地面に座り込んだ。

「お~い! どうしたんだよ、あんちゃん!」

 サムウェルス公が勇者の後を追って入口までやってきた。

「今日からあんちゃんもこの公園一帯を占めるホームレスの派閥である『サムウェルス公』のメンバーなんだから勝手な行動はしちゃだめだぜ?」

「…やっぱりただの…ホームレス…じゃねえか…」

 うずくまるように地面に倒れ込んだ勇者にトイレブラシは優しい声で謝罪した。

「(…勇者様…なんというか…その…期待させるようなことを言ってしまって…すみませんでした…)」

「(………別に…いいよ…お前が何も言わなかったとしても…現実は変わらなかっただろうし………ただし…ただし…ただしィィィィ………!!!)」

「あのババアだけは許さないィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ………!!!!」

 勇者は夜の空に向かって怒りの咆哮をすると、立ち上がり走り出した。

「おいあんちゃん!? 今度はどこにいくんだよ!? あんちゃーん!? 戻ってこーい!」

 後ろから聞こえるサムウェルス公の声をガン無視した勇者は夜の街を駆け抜ける。

「(勇者様!? どこにいくつもりですか!?)」

「(決まってんだろォォ!!! ババアの住んでる城だよ!!! どこまでもどこまでも人を、人を! 人を!! 人をコケにしくさってあの腐れババアはァァァァァァァァァァァァァァァ!!!)」

「(でも城へ戻る道ちゃんと知ってるんですか!?)」 

「(知るか!!! 今はただ何かやってないと怒りでどうにかなりそうなんだッ!!! だから走っているんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!)」

「(わかりましたよ、わかりましたから一旦止まってください! 私がお城まで案内しますから!)」

 放っておけば一晩中でも走り回りそうな勇者の気迫に負けたトイレブラシは城までの道案内を買って出た、たとえそれが無駄骨に終わるとわかっていても。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 開けろババアああああああああああああああああああああああああ!!! 出てこいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 トイレブラシの案内のもと、城門までたどり着いた勇者は早速閉じられた門をガンガンと音を立てて蹴り始めた、それはまるで今まで受けたストレスを晴らすかのごとく苛烈な蹴りだった。

「警告! 警告! 門への攻撃を直ちに停止しなさい! 警告! 警告! 門への攻撃を直ちに停止しなさい! これ以上の門への攻撃は敵対行動とみなし防衛措置に移ります!」

 勇者の蹴りに反応したのか門に取り付けられた赤い水晶がブザーのような音を鳴らしながら警告を発してきた。

「だったらとっとと門を開けろ!!! そうすりゃ蹴らねえよ!!!」

「夜間の門の解放は認められていません。御用の方は翌日の朝から夕方までの間にご来訪ください」 

「翌日じゃ遅いんだよ!!! 今開けろ!!! 今すぐにィィィィィィィ!!!」

 勇者は再び門の扉を蹴り始めた。

「勇者様、今日は諦めましょう。アルトラーシャ姫も夜は門が開かないと事前に言ってたじゃないですか」

「ふざけんな! 諦めたら公園で一晩明かさなければいけないじゃないか! ホームレス高校生にならなければならないじゃないか! 俺みたいに育ちの良い儚げな美男子にはそんなもの耐えられないんだよ! というわけで、オラァァァァァァァこのクソボケタンカスがあああああああああ開けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「警告! 警告! 警告! 警告!」

「…育ちの良い儚げな美男子はそんな下品な言葉を吐きながら門を蹴ったりしませんよ…はぁ…」

 怒りのあまりトイレブラシの言葉も届かない勇者は門から発せられる再三の警告すらも無視し先ほどよりも強く、勢いのある蹴りを扉に叩き込み始めた。

「うぇいうぇいうぇいうぇい!!! 早く開けないと俺の必殺『上段回し蹴りシューティングスター』が炸裂して門がぶっ壊れちまうかもしれないぜ!!! それが嫌なら早めに開けな!!! おっとォ!!! ほらみろ!!! 俺の体が自然にステップを刻みだしちまったようだぜぇ!!!」

 勇者はくねくねとした動きの後に、つま先立ちで小刻みにジャンプをし始めた。 

「最後通告です! これ以上門に対して破壊行為をした場合、防衛措置を発動します!」

「へッ! 中々根性のある扉のようだが、世の中には引かなければならないときってやつはあるもんだぜ! てめえは、引き時を、間違えたッ!!! くらいな、必殺『上段回し………」

「防衛措置発動」

 勇者が足を振り上げた瞬間、水晶から発せられた赤い光弾が勇者の顔面に炸裂した。

「グぺぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…!!??」

 奇声ともうめき声ともとれる声を発しながら吹き飛ばされた勇者は勢いもそのままに橋の反対側まで転がり続けた。

「(大丈夫ですか!? 殺傷能力は無い軽い魔術攻撃だったのでスルーしましたが、まさかここまで吹き飛ばされるとは思いませんでした。だからやめた方がいいって言ったのに。ほらはやく起きてください勇者様! 通行人の人たちがガン見してますよ!)」

「…ぐ…う…つつ…いってー…なんてことだ…扉ごときにこの破壊神が…」

 突然橋から転がってきた勇者に驚いた通行人たちが彼を注視していたため脳内会話に切り替えたトイレブラシは勇者を起こした。

「くッ…! 俺の冗談回し蹴りシューティングスターが破られるとは…! だがまだだ…! まだ諦めな…」

「(次はもっと強力な攻撃が来ますよ?)」

「今日は疲れているから明日にしてやるぜ! 命拾いしたな!」

 立ち上がり再び橋の向こう側の城門に向かおうとした勇者はトイレブラシの言葉にビビると50メートル以上離れた距離から捨て台詞を吐き捨て、来た道をトボトボ戻り始めた。

「…はぁ…結局公園に戻るしかないのかよ…」

 勇者の漏れ出た独り言に反応したトイレブラシは彼に慰めの言葉をかけ始めた。

「(落ち込まないでくださいよ勇者様! 一日だけの我慢です! 明日になればアルトラーシャ姫に会ってそしてちゃんとした対話をすれば部屋を用意してもらえますよ! 今日のことはきっと何かの間違いです!)」

「(そうかなぁ…あのババアに何かを期待するのはもう危険だろ…手っ取り早くあの青いスチールち〇げ頭をむしるって脅しをかけて住む場所を手に入れたほうが確実な気がしてきたよ…)」

「(そんな…脅しなんていけないことですよ! 考えられません!)」

「(つい最近人の過去をネタに契約を迫ってきた奴の吐いたセリフとは思えないな…考えられないよ)」

「(あ、あれは急いでいたので仕方なかったのです! そ、それにですよ! 人にひどい事をするということは自分にとってもとてもつらいことなんです! 心が冷えていってしまうのです!)」

「(信じた結果寒空の下で体が冷えていってしまうくらいならひどい事した方がまだマシだよクソが…! あのババアめ…! どうしてくれようか…!)」 

 疲れた体を引きずるようにして歩きサムウェルス公園に到着した勇者を9人のホームレスたちは出迎えた、そしてその中の勇者を迎えに来たホームレスが勇者に話しかける。

「あんちゃん! よかったよ戻ってきてくれて! 心配してたんだぜ!」

「……ごめん…今日はここでお世話になるよ…行く当てもないから…」

「何言ってんだよ! ずっとここで暮らしてもいいんだぜ!」

「それは遠慮しておく…」

「だははは! 照れ屋さんだな! まあいいけど、そいじゃあ少し遅くなったがパーティを始めるか!」

「え、パーティって何…?」

 話している最中も終始暗い顔をしていた勇者だったが、パーティという言葉を聞きその顔を一変させた。

「あんちゃんの歓迎パーティだよ! 決まってんだろ!」

「お、俺の歓迎…パーティ…を…ひ、開いてくれるの…?」

「当たり前じゃねえか! あんちゃんが主役のパーティだ!」

「でも…自分たちの生活だって大変なのに…俺のためにパーティなんて開いたら…」

「そんなこと気にすんなって! 大切な仲間が一人増えるんだからパーティくらい開いて当然だろ!」

 他のホームレスたちも笑顔で肯定の言葉を勇者に向けて送る、自分たちは仲間であると。 

「あ、ありがとう…グスン…い、異世界に来て…初めてかもしれない…こんなにうれしいのは…うう…」

 人の暖かさに触れた勇者の頬を一滴のしずくが流れ落ちた。

「おいおい、泣くのはまだ早いって! 泣いて喜ぶのは予約していた場所についてからにしな!」

「グスン…うう…予約していた…場所…って…」

「(最後の最後でいいことがありましたね勇者様! どうやらこの人たち勇者様のためにお店を予約してくれていたみたいですよ!)」

 勇者の疑問に答えるべく、トイレブラシは声に出さず勇者に話す。

「(店って…そんな…俺のパーティのために店を予約してくれていたっていうのか…!? ホームレスなのに…!? 金なんてないのに…!?)」

「(ええ…きっとなけなしのお金を集めてそれを歓迎パーティのために…)」

「うわああああああああああん! ありがとううううう! あり、あり、ありてゅ! あり、あり、ありとぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 堪え切れなくなった勇者の目と鼻から決壊したダムのように大量の涙と鼻水が流れ落ちた、と同時に感激のあまり呂律が回らなくなったものの勇者はホームレスたちに感謝の言葉を伝えた。

「だから泣くなって! ほら行こうぜ! 夜はこれからなんだからよ!」

「うん! そうだよな! 行くよ!」

 腕で涙と鼻水をぬぐうと、勇者はサムウェルス公たちと共に街へくりだした。

(良い奴らだな…俺間違ってたよ…ホームレスだからって心の中でバカにしてたけど…でも違うんだな…大切なのは身分なんかじゃなくて人を思いやる心…どんなに自分たちが苦しくても、辛くても他者への思いやりを忘れないそんな心をもつことが一番大事な事なんだ…今日ここで俺はそのことを学んだ…もう忘れない…そしてこれから行く店で食事をすれば…俺もそんなやさしい心をもった彼らの一員になれる…同じ釜の飯を食った仲間として…うまくやっていけるかな…大丈夫…だよな…いや…きっと…絶対に…大丈夫だ!)

 先をあるくサムウェルス公たちの大きな背中を見つめながら勇者は心の中が暖かくなっていくのを感じ、その心に導かれるように決意を込めて呟く。

「行こう、新しい未来に向かって!」

 勇者はゴミ捨て場に到着した。

「よし、着いたな! 野郎どもおっ始めようぜ! パーティの始まりだ!」

「いやっほー! 食うぞ喰うぞ!」

「ひゅうううううううう! 飯だ! 飯だ!」

「ふふぃいいいいいいいい! 腐ってないといいな!」

 ホームレスたちは奇声をあげて嬉しそうに袋に入れられたゴミを漁りだした。

「何やってんだよあんちゃん! あんちゃんのために他のホームレスたちに漁られないようにゴミ捨て場を予約しておいたんだぜ! 早く来いよ! 貪り食おうぜ! 俺達仲間だろ!」

 生ゴミをむさぼり始めた彼らを見た瞬間 

「やっぱりダメだ…がはッ…」

 勇者はショックのあまりその場で気絶して倒れ込んだ。

「あんちゃーーーーーーーーーーーーん!? どうした!? 大丈夫か!?」

 駆け寄ってきたサムウェルス公たちの呼びかけも虚しく、勇者は一時間ほど意識を失っていた。

「…ん…こ…こは…俺…は確か…そうだ…ゴミ捨て場で…あれ…?」

 目をこすりながら上体を起こした勇者は公園の遊具に目を留めた。

「あ、起きましたね!」

 勇者の目覚めに反応したトイレブラシは周りに人がいないからか勇者に直接話しかけてきた。

「便ブラ、なんで俺公園にいんの…?」

「サムウェルス公たちが運んでくれたんですよ。体調の方は大丈夫ですか?」

「…ああ…体は大丈夫だけど…心が…な…」

「…そうですよね…すみませんまた私が早とちりでお店を予約したなんて言ってしまったばかりに…」

「…いや…いい…さっきも言ったけど…どうせ結末は変わらなかった…はぁ…ところでサムウェルス公たちはどこにいったんだ…?」

「勇者様をここまで運んだあとまたゴミ捨て場に戻って行ったみたいですよ」

「…またゴミ漁りか」

「お~! 起きたのかあんちゃん!」

 背伸びをした後、立ち上がった勇者に公園の外からちょうど声がかかる。 

「よかったぜ! 顔色もすっかり良くなったじゃねえか!」

「…おかげさまでね…運んでくれて…ありがとう」

 声をかけてきたサムウェルス公に続いて、他の浮浪者たちも公園に入ってきた。彼らは白い袋を持っており勇者はそれに注目した。

「腹減ってるんじゃないかと思って色々持ってきたぜ!」

「…いや…せっかくだけど…俺あんまり腹は減ってな…」

 勇者の腹の虫が鳴った。

「なんだよやっぱ腹減ってんじゃねえかよ! 遠慮せずに喰えって!」

「…うー…でも…それって…」

 サムウェルス公が袋の中に手を入れて漁る様子は勇者に先ほどのゴミ漁りを思い出させ、持ってきた袋もどうせゴミに違いないと思わせた。

「ほれ、喰いな!」

 袋から出てきたのは普通の丸い形をしたパンだった。

「…え…パン…だよな…それ…それもさっきのゴミ捨て場から持ってきたのか…?」

「いや違うぜ、パン屋から持ってきたんだ。さっきは悪かったな! いきなり生ゴミはハードルが高かったな、とあんちゃんが気絶した後思い立ってよ、それでこれを貰ってきた。全部あんちゃんが食ってくれて構わないぜ!」

 勇者は喉を鳴らして、目の前のパンを見つめた。

(多分、売れ残りのパンを貰ってきたってところか…じゃあ…食べても平気かな…)

 心の中で納得すると勇者はあらためて質問する。

「ほ、ほんとにいいのか…? 俺が全部食べちゃっても…」

「ああ、もちろんだ!」

「じゃ、じゃあ遠慮なく、いただきまーす!」

 勇者は目の前のパンにかぶりついた。味は甘酸っぱく何かの果物を生地に練り込ませたのではないかと勇者は思いながらあっという間にたいらげ、すぐに袋の中から新しいパンを取り出し、またかぶりついた。

「どうだ? うまいか、あんちゃん?」 

「うん、けっこうイケるよ! なんか甘酸っぱくてラズベリーみたいな味がする!」

「そりゃあよかったぜ!」

 数分後袋の中のパンは全て勇者の胃の中に消えた。

「ふぅー…喰った喰った」

 勇者は腹をさすりながら満足げな表情でくつろいでいた。

「満足してもらえてよかったよ。それでよ…言いにくいんだがあんちゃんに頼みがあるんだ」

「頼み? どんな頼みだよ」

「俺達今日から旅行に出かけようと思ってさ。それでこの公園をあんちゃんに託したいと思うんだ」

「いや託すも何も公園はお前らのものじゃないだろ国のものだろ……って、え!? 旅行!? 今戦時中だろ!? 無理じゃね!?」

「何言ってんだ戦時中だって旅行くらい行けるだろ」

「行けんの!? ウソ!?」

「嘘じゃないぜ。それでどうだろう頼めるか?」

「いや頼めるも何も公園は国のものだって言ってるだろ!? それに旅行って、ホームレスなのに旅行行く金あんの!?」

「あんちゃんの世話を引き受けたら姫さんから金たくさん貰ったんだ! だから問題ないぜ!」

「ババアから金貰ったのかよ!? だったらその金で歓迎会開いてくれよ!? ってかそれ以前に世話を引き受けたのに俺を置いて旅行行くつもりかお前らは!? 何が問題ないんだよ問題だらけだろ!?」

「大丈夫だ、あんちゃんだったらきっと一人でもうまくやっていける」

「何を根拠にそんなこと言ってんだよ!?」

「勘だ」

「ふざけんな!? だいたいどこに住めばいいんだよ!? それすらわからないんだぞ!?」

「好きな遊具に住み着いていいぜ! ちなみにおススメはジャングルジムだ」

「あんなすっかすかの場所に住めるわけねーだろ!? 屋根なし壁なし吹きさらしじゃないか!?」

「大丈夫だ、あんちゃんだったらきっと一人でもうまくやっていける」

「だから何を根拠に…!?」

「勘だ」

「いい加減にしろよお前!?」

「よし、あんちゃんからの許可も貰ったことだし、旅行に行くぞ野郎ども!」

「「「あいよ!!!」」」

 サムウェルス公一同は元気よく応答した。

「おい、許可なんてしてねえぞ!? ちょっとま…が…ががが…」

 サムウェルス公を制止しようとした勇者に突然異変が起きた。

「あんちゃんどうした…?」

「は、腹が…腹がぁ…」

 勇者は顔を歪めながら額を脂汗で濡らし、腹を右手で抑え、うずくまるようにして地面に座り込んだ。

「大丈夫かあんちゃん! 腹が痛いのか? うーん、やっぱりあそこのパンじゃだめだったのか」

「ど、どういう…こと…だ…あのパンは売れ残りとかを貰って…きたんじゃ…」

「いや、あんちゃんがさっき食べたパンはパン屋が袋に入れて店の外の放置してたやつなんだよ…売れ残りは俺たちが全部喰っちまったんだ」

「き、きさまらぁ…それじゃあ…俺が食ったのは完璧ゴミじゃねえか…!? 甘酸っぱい味がすると思ったらそういうことか…!? それのせいだろこの腹痛は…どうしてくれるんだ…!?」

「いや、大丈夫だってこれを機にあんちゃんの胃もきっと丈夫になるさ! それにこの程度の食あたりにめげてたら立派なホームレスになんてなれないぜ?」

「ホームレスの時点ですでに立派じゃねえんだよ!?」

「よし、それじゃあ俺たちはそろそろ出発するぜ!」

「待て!? 何がよしなんだ!? 今の会話でなんで、よし出発になるんだ!?」

「離れていてもワシたちは家族だ! 忘れるんじゃねえぞ! 合言葉は…思いやりだ!」

 サムウェルス公たちは腹を抱えて動けない勇者にサムズアップすると公園の出口に向かって歩き出した。

「何が家族だ思いやりだ、ざけんなコラ!? おい、待てって!? 今現在大変な俺を思いやらずにいつ思いやるんだ!? 待てって言ってんだろチクショー!!!」

 勇者の言葉が届いたのか、かなり勇者から離れた公園の出口付近でサムウェルス公は立ち止まった。

「も、もしかして最後の思いやりの良心が働いたか」

 勇者は期待を込めた目で振り返ったサムウェルス公を見た。

「あんちゃーん! トイレは公園の奥にあるかんなー!」

 最後の思いやりを見せたサムウェルス公たちは今度は一瞥もせずに公園から去って行った。

「あ、あのクソホームレスどもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! があああ腹があああああああ…あ…あ…」

 叫んだせいで余計に悪化した腹を抱えながら、勇者は内股でヨタヨタと公園の奥のトイレに向かった。

「う…うう…うう…が…さ、最悪だ…」

 トイレから出てきた勇者の顔はげっそろとしており、全てを出し尽くしてもまだ腹痛は続いているようだった。

「べ、べんぶら…魔術で腹痛は治せないのか…?」

「それはちょっと…さすがに無理ですね…」

「そんなぁ…があッ!?…ま、またきたぁぁぁぁぁぁ…!?」

 腹を右手で押さえて勇者はトイレにまた駆け込んだ。そしてこのあと十回近く同じことを繰り返し、勇者の腹痛はようやく治まった。

「…はぁ…やっと治まったぜ…」

「落ち着いたみたいでよかったです」

 腹痛が治まった勇者は山型の遊具の上で仰向けになって大の字で寝転んでいた。山型の遊具の頂上は平らになっており大人一人分くらいなら寝られる広さをもっていたため、勇者はここを今晩の寝床に決めたのだった。

「ところで浮浪者様にお話が…」

「おいなんだ浮浪者様って!? やめろよ俺は勇者だぞ!? 者しかあってないよ!?」

「いえ公園を任されてジョブチェンジしたのかと…」

「チェンジどころか失った奴の末路じゃねーか!? 職業ですらねーよ!?」

「驚きました! ジョブとチェンジって言葉の意味はわかるんですね! 安心しました!」

「マジでスクラップにすんぞてめえ…!?」

 勇者はトイレブラシを睨み付けた。

「お、おお落ち着いて、落ち着いてくださいってば!? ジョークですよ!? エクスカリバージョーク! 勇者様の荒んだ心に爽やかな風を運ぼうと思ったんです!」

「言ったはずだぜぇ…! 次にその臭い便所ブラシジョークを言ったらむしるとなぁ…! くらええええええええええええええええええええええええええ!!!」

「いたッ!? いたいですううううううううううううううううううううってええええええ!??」

 勇者は寝転んだままトイレブラシのスポンジを右手で掴んでむしり取るように引っ張り出した。そしてしばらくの間、勇者はスポンジを引っ張り続け、気が済んだ後にトイレブラシは解放された。

「ひ、ひどいです…こんな可愛いくて優しい美少女に暴力を振るうなんて…空気を読んで気遣って差し上げたというのに…」

「何が気遣いだ傷心の俺にケンカ売ってきやがって…そもそもどこに美少女がいるんだよ…俺だって早く会ってみたいよ美少女に…ったく…それで…? 話ってなんだよ?」

「ああ…はい、実はこのヴァルネヴィアの魔術についてちょっとだけお伝えしておこうかなぁと思いまして…」

「魔術について伝えるって…なんでまた急に…」

「さっき勇者様が門の扉に魔術攻撃をされたのを見て思ったのです。このままではマズイと」

「マズイって…何がマズいんだよ…全然問題なく俺はピンピンしてるぜ! フフッこの世界の攻撃魔術もレベルが低いな。ま、この天才に傷をつけられる魔術などそうそう無いがな!」

「違うんですよ。先ほど勇者様のお顔にヒットした魔術の威力は威嚇用の最弱だったのでたいしたことはないんです、ですが種類によっては命を落としかねない危険なものもあるんですよ。ですからあらかじめ知っておいて頂こうと思った次第です」

「たいしたことないのかあれ!? 結構痛かったんだけど!?」

「え…痛かったんですか…?」

「あ…!?…う…い、いや…別に…い、痛くもなんともなかったぜ!」

「そうですか、よかったです。これから始まる戦いにおいて受ける魔術はあんな生易しいものではないので」

「へ…へぇ~…そ、そそそそうなんだ…ま、まま、まあよ、よよよよ余裕…だよ…」」

 勇者は冷や汗をかき、内心ビビりながらも気丈な態度を崩さなかった。

「余裕ですか、安心しました。では肝心のお話に入っていきたいと思います。寝たままでいいのでどうか聞いてください」

「う、うん」

「とは言っても今日のところは体調の悪い勇者様の事を考慮して、さほど詳しくはやらず大雑把にいこうと思います。これ以上ビビらせるのもあれなので」

「ビビってねーよ!? ビビってねーけど!? で、でも今日はちょっと疲れてるからな、まあ、そのくらいでいいと俺も思うよ! ビビってはないけどな!」

「はいはいわかりました、じゃあ聞いてください。まずこの世界の魔術は二つの種類に大別されます。一つは無属性魔術と呼ばれているもので勇者様もすでに目にしているものです」

「俺も目にしてるってことは……あれか…俺を落武者ヘアーに変えた魔術と俺の体に蛇を大量に落とした魔術か…」

「…ええ…はい…そうなんですが…その覚え方はやめましょうよ…わざとやったわけじゃないんですよ…!」

「わかってるよ。わざとじゃないってことくらい」

「…でも忘れてはくれないんですよね…?」

「うん」

「………ごほん…と、とにかく話をすすめます…えっと…その二つの他には地下で灯りをつけたり、とかもしましたよね。だいたいの魔術はこちらに分類されます、難易度の低いものから高いものまで様々です。難易度の低いものの例としては勇者様が今あげた斬撃魔術の初歩と衝撃魔術の初歩や周囲を照らす魔術などがあり、高いものの例では周囲を覆い、覆った中のモノを守ったり、内部を探索できる便利で亜種の多い結界魔術や二つのものを融合させ別の新しいものを生み出すなど勇者様の世界風に言うと錬金術に近い融合魔術、身体能力などを強化する強化魔術、魔術的な契約を結ぶ契約魔術、魂と肉体を分離し封じ込める封印魔術、あとはさっきあげた初歩魔術の上の攻撃魔術や防御魔術などがあげられますね。これらの無属性魔術は簡単なものであれば、詠唱などを覚えれば誰でも使えます」

「え? 誰でも? 村人とかの普通の人も使えんの?」

 勇者はトイレブラシの説明を聞き、若干驚いた。

「はい、使えます。基本的にこの世界の人間であれば皆大なり小なり魔力を持って生まれてくるのでキチンと勉強さえすれば使えるようになります」

「へ~じゃあこの世界の人間は全員魔術師なのか!」

「いえ、確かに魔力を持って生まれはしますが大抵の人は微々たる量の魔力しか持ちえないので魔術師と呼べるレベルではないんです。使えるのはせいぜい初歩魔術くらいですね。だいたい15歳くらいをすぎるとほとんどの人は魔力の成長が止まってしまうんですよ、でも稀に15歳を過ぎてもまだ魔力が成長する人がいるんです、そういう人が魔術師になる素質を持っていると言えます。あとそういう魔術師としての資質を持った人は平民でも騎士団とかにスカウトされてもっと高度な教育を受けさせてもらえるみたいなんですよ」

「なんだそうなのか」

「はい、では無属性魔術の話はこの辺にしておこうと思います」

「あれ、もう終わりか」

「無属性魔術は種類がいっぱいあるので全部の説明は無理ですよ。それに勇者様が聞かなくてはならないものはもう一つの方ですから」

「二つの内のもう一方の方か…」

「そうです。最後の一つ、これを属性魔術と言います」

 トイレブラシはここからが重要と言わんばかりに真剣に話し出した。

「属性って…火とか水とかのあれか…?」

「ええ、属性魔術は基本、火・水・土・風の四つに分けられます。そしてこの属性魔術は無属性魔術と違いたとえ初歩だとしても誰でも使えるというわけではないんです」

「そうなのか…ふぁ~…んん…なんか急に眠くなってきた…」

「あの~続きを話しても大丈夫ですか…?」

 勇者はあくびをしながら目をこすり出した。

「ああ、平気…平気…」

「では…ここが一番重要なんですがなんと攻撃という分野において属性魔術は無属性魔術よりも威力が強力なのです。どれくらい強力かというと属性魔術の初歩魔術攻撃は無属性魔術の上級魔術攻撃に匹敵してしまうほど強力なのです! すごいでしょう!」

「ああ…ふぁ~…すごい…しゅごい…」

 勇者は今にも眠りにつきそうなほどにまどろんでいた。

「もう夜遅いですからね、でももうちょっとだけ我慢してください、すぐ終わらせますので。この属性魔術は魔術師の才能を持つ人の中でもさらに限られた少数の人にしか使えないものなのです、魔力が一定の基準を超えた人が魔術教育を受けていく中で属性を持っているかどうか判断されるわけなんですよ。属性は一人につき一つ備わります、さっき言った四つですね。でも例外としてあと二つの属性が………」

 続きを話そうとしたトイレブラシの耳に寝息が聞こえてきた。

「………勇者様…?…もしかして寝ちゃいましたか…?」

 トイレブラシは握られた左手ごと動かし勇者の顔を窺った。

「…完全に寝ちゃってますね…今日はいろいろとドタバタしてましたから疲れて寝てしまっても仕方ないですけど…説明はまた後日にしましょう…おやすみなさい勇者様…ふぁ~…私も寝よう…」

 涎を垂らしながらイビキをかきはじめた勇者を確認すると、トイレブラシも眠りについた。その後朝日が昇るまで勇者とトイレブラシは眠りについたまま決して起きることはなかった。

「…う…まぶしい…もう…朝かよ…体が…だりぃ…うう…」

 朝日に顔が照らされたことで目を覚ました勇者は体のダルさに身をよじった後上半身を起こして伸びをし、立ち上がった。

「…ううん…あれ…朝ですか…ふぁ…おはようございます勇者様…」

 勇者が動き出したことで左手に握られたトイレブラシも覚醒した。

「…ああ…おはよう…あのさ…もしかして昨日話してる途中に俺寝ちゃった…?」

「はい。完璧に」

「…そうか…いや…聞こう聞こうとは思ってたんだよ…でも眠気が半端じゃなくてさ…」

「いいですよ、また後で聞いてもらえれば。それよりお城に行った方がよくないですかね。日も高く昇ってますし」

「あ! そうだなそうだった! ババアめ! 今行くぞ覚悟しとけよ!」

 勇者は山型の遊具から飛び降りると城に向かって走り出した。

「乱暴はだめですよ勇者様? 落ち着いて交渉しましょうね!」

「わーってるよ!」

 走りながらトイレブラシから釘を刺された勇者はおざなりに返事をすると町を横切り、あっという間に城の門の前に到着した。

「お望み通り朝に来てやったぜ! 門を開けやがれ!」

「おはようございます。門の解放が許されるのは門番の承認を受け認証手形を持った方か顔の認証登録を受けている方に限られます。どちらを選択なさいますか?」

 扉を開けるように命令した勇者に門は二択の選択肢を突きつけてきた。

「…門番なんてどこにもいないだろ…というかババア以外のこの城の人間にまだ会ったことないし…まあいいやそれは後で…顔の認証登録の方で頼む」

「了解しました。認証を開始します」

 昨日アルトラーシャから顔の認証登録をしておくと言われたことを覚えていた勇者は扉に顔認証での解放を命じた、すると扉の水晶が光だし、先日のアルトラーシャに行ったように勇者の顔を照らし出した。

「認証確認終了」

「よし! じゃあ開けろ!」

 勇者は扉が開くものと思って早速門に向かって歩き出したが、思いがけない言葉を浴びせられる。

「登録外の人物です。解放はできません」

 門は勇者の顔が登録されていないことを無情にも告げた。

「なッ!? んだとー!? そんなはずないだろッ!?」

「事実です。貴方の顔は登録されていません」

「だって昨日さっそく俺の顔を登録しておくとかなんとか言ってたんだぞ!? まさかあのババア登録し忘れたのかッ!? ちょっと確認してくれよ、昨日新しく登録された奴はいないかどうかを!?」

「了解、検索開始。結果を表示。昨日新たに登録された方は一人だけいらっしゃいます。登録名は勇者様」

「それだよそれ! なんだよあるんじゃねえか! びっくりさせんなよ! それが俺だよ! なんださっきのは手違いか! じゃあもう一回認証開始!」

 安堵した勇者は再び認証登録の確認を求め、扉の水晶は勇者の顔をまたも照らしたが。

「登録外の人物です。解放はできません」

「なんでだよこのポンコツッ!? もっとちゃんとこの俺のハンサムな顔をよく照らしやがれ!! そうすれば絶対開くはずだ!!!」

 勇者はこのあと数十回近く認証を行ったが。

「登録外の人物です。解放はできません」

「なぜだ!? なぜ開かないんだ!? おかしいだろ!? なんで登録されてるのに開かない!? どうなってやがる!?」

「勇者様、ちょっといいですか?」

 苛立つ勇者を見るに見かねたトイレブラシは勇者に話しかけてきた。

「なんだよ!」

「勇者様の名前で登録されている顔を確認できないか門に聞いてみたらどうですかね? もしかしたらアルトラーシャ姫が間違って別の顔を登録してしまったのかもしれませんし」

「…なるほど…ありえる…あのババアならやらかしそうなミスだ…ちょっと聞いてみるか。おい! 勇者の名前で登録されている顔を表示できるか…? 出来るんならやってくれ!」

「確認開始。確認終了。結果を表示。通常ならば個人情報のため不可能ですが、この勇者様の顔のみ可能です。表示開始」

 水晶から赤い光が放たれ、空中に顔のホログラムが出来上がり始めた。

「しかし俺と間違うほどの二枚目がこの城にもいたとはな。絶世の美男子たるこの俺と肩を並べられるほどの猛者か、フフッ。ま、正直見た目だけイケメンの奴と間違われるのは地球でもよくあったからなー。よくよく考えてみると駅に行くたび芸能人のイケメン俳優と頻繁に間違われてた俺からしたらさほど珍しい事でもなかったわー。だけどな、男は見た目だけじゃあ駄目なんだぜ? もちろん見た目も重要だが、内面はもっと重要なんだぜ、ゲッチュー!」

 猿の画像が映し出された。

「ち〇げ頭がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

  嬉しそうに歯茎をむき出しにして笑う猿の画像を見た瞬間、勇者は扉に向かって叫びながら跳び蹴りをし、その後もローキックを扉に叩き込み始めた。

「勇者様ダメですよ!? また攻撃されちゃいますよ!?」

「うるさあああああああああああああああい!!! よりにもよってこの天才でイケメンな俺を! よりにもよってぇぇぇ猿と、猿なんかと間違えやがったのかあのチリチリアザラシは!!! 許さない、許さないぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 勇者はトイレブラシの言葉に耳を貸すことなく扉を蹴り続けた、その結果、当然警告が発せられる。

「警告! 警告! 門への攻撃を直ちに停止しなさい! 警告! けい…」

「ハッ! 同じ手をそう何度も食うかよ! 距離を取ればこっちのもんさ! 今度こそ決めるぜ『上段回し蹴りシューティングスター』よりも恐ろしいこの技を!」

 勇者は不敵な笑みを浮かべると後ろに飛びのいた。

「俺が助走をつけて放つこの必殺技は『上段回し蹴りシューティングスター』よりも遥かに速い! 刹那の瞬間にてめえはぶっ壊れる! 瞬きさえ許されない時の狭間の歪みをてめえは体感することになる! おっと俺を恨むんじゃあねえぜ! 恨むんなら俺とエテコウを間違えた豚骨スチールウールを恨みなッ!」

「勇者様…微妙に何言ってるか分からないですよ…それにもうなんだか…オチが見えて…」

「行くぜッ! 食らいやがれッ! 『上段回し蹴りソニィィィィィィィィィィィィィィィ………』」

 トイレブラシの心配をよそに必殺技の名前を叫びながら扉に向かって勇者は走る。

「門の内側からの認証を確認。扉を開放します」

「え!? 扉が!? 勇者様、ストッ…」

 扉が城の側からの認証を受け、扉が解放された。

「『ィィィィィィィィィィィィィ…って…ええ!? ちょ!? ぺぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいィィィィィィィィ…!!??』」

 解放された扉は、扉の近くまで接近していた勇者の顔面を的確に捉え弾き飛ばした。

「ふう! いい天気ですわね! あら? 勇者様? 何もこんなところで日向ぼっこをしなくても。でもいいお天気ですものね! お気持ちはよくわかりますわ!」

 吹き飛ばされ白目をむいて仰向けで気絶した勇者に扉から出てきたアルトラーシャは世間話でもするような軽い感覚で話しかけてきた。

「(勇者様しっかりしてくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??)」

 トイレブラシは勇者を脳内で懸命に呼び続けそれが功を奏したのかその後気絶から回復した。しかし回復した勇者は真っ赤になった顔のいたるところに青筋を出し、鬼というには生ぬるいほどの形相を浮かべ、アルトラーシャに詰め寄っていた、がトイレブラシが邪魔をしたため直接的な行為に及べていなかった。

「おいババアァァァァァ…!!! 人を馬鹿にするのも大概にしとけよォォォォォォォォォ!!! なんなんだコラァァァァァァ…!!! サムウェルス公の後にエテ公とコンボ攻撃を繋げてきやがってぇぇぇ…!!! 傷ついた俺の心はてめえのその頭をむしり取りかねないほど荒れちまってるんだぜぇぇぇぇ…!!!」

 右手をワシワシと握りなが一歩、一歩、勇者はアルトラーシャに迫る。

「ま、まあそんな、落ち着いてくださいませ。な、何がそんなにご不満なのかしら…?」

「何が不満かなぜわからないのかこっちがわからないんだけど!? よく聞けよ!? いいか!? 俺はな、意気揚々とサムウェルス公の家に連れられて行ったんだよ、行ったんだ!!! そしたら公園に案内されて、ゴミ漁りをやらされそうになった挙句腐ったパンで腹を壊したんだよ!?」

「大変だったんですのね」

「そうだよ大変だったんだよ!? 公爵家でお世話になると思ってたからこの落差は大きかったよ!? それで…」

「でもワタクシ公爵家でお世話するなんてことは一言も言ってな…」

「黙って聞きなさいよ!!!!!」

「ひいッ!? ご、ごめんなさいですわ」 

 勇者はオネエ言葉でアルトラーシャを黙らせた。

「そうよ!!! 黙って聞きなさいよ!!! まだ続きがあるのよ!!!」

 勇者は延々と愚痴や不満をアルトラーシャにぶつけ、最終的にちゃんした家が欲しいことを話し始めた。

「…なるほど…わかりましたわ…つまり勇者様はちゃんとしたお家でなければ嫌だと、そういうことですわね」

「そうだよ! 最低でも屋根と壁とベットがある場所にしてくれ!」

「…そうですか…てっきり英雄ならばどんな環境にも適応できると思ったのですが…」

「英雄だって人間なんだよ最低限度の人としての生活レベルを維持しなければ実力は発揮できないの!!!」

「…勉強不足でしたわワタクシ…そのせいで勇者様にご迷惑をかけてしまったようですわね…申し訳ありませんでした! なんとお詫びしてよいのやら」

 アルトラーシャは深々と頭を下げ謝罪した。

「ああもうわかってくれればいいからさ、とっとと部屋をくれ! 昨日は固い遊具の上で寝たからか体が痛いんだよ、だから早くベッドで休みたいんだ!」

 勇者は体を動かしながら不調を訴えた。

「そうですよね…ですが困りました…勇者様が住める場所…あったかしら」

「ないのかよ!? ウソだろ!? あんだけ広い城なのに部屋がないのか!? だったら城の外でもいいよ! どっかしらあんだろ!?」

「いえ…場所は無いこともないんですが…その」

「なんだよ!? 何が問題なんだよ!? はっきり言え!!!」 

 アルトラーシャは言いづらそうに一瞬ためらったが、勇者の気迫に負けて話し出した。

「その…勇者様って…戸籍とか住民票とかないじゃないですか…だからです」

 勇者はあんぐりと口を開けたまま固まった。

「あ、あ、あるわけねーだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 そして動き出すと同時に叫んだ。

「いえ言い難いのですがこの国に住むものとしては印鑑や保険証、戸籍や住民票などの書類は必須アイテムでして…ただでさえそれらがなくて住む場所に困っている人たちがたくさんいるのに…勇者様一人を特別扱いはできませんね王族として」

「おい俺勇者だぞ!? わかってんの!? 特別扱いも何も特別な存在なんだよ!? なんでこんな難民みたいな扱われ方をされなきゃならないんだよ!?」

「あ、そうですわ! 難民といえば難民キャンプなんていかがかしら!」

「いかがかしらじゃねーよ!? 嫌だよ!? 作ってくれよ戸籍を!? 発行してくれよ住民票とかを!?」

「…うーむ…作れないことは…ないのですが…何かしら作る理由というか…作っても文句を言われない誰もが認める功績があるとよいのですが…」

「あれはどうだ! 便所の修理と掃除をしただろ! あれはポイント高いんじゃないかな!」

「あれ一つだけでは少し厳しいですわね…うーむむむ…あ…! そうだわ!」

 アルトラーシャは何か思いついたのか声をあげて勇者に笑いかけた。

「ちょうど勇者様に任務を頼もうと思って出かけたのをすっかり忘れてましたわ!」

「任務?」

 怪訝そうな顔で勇者はアルトラーシャを見返した。

「はい! この任務を見事遂行した暁には、勇者様に戸籍と住民票などの重要書類を作り、どこかしらのお部屋をあてがうことをお約束いたしますわ!」

「本当か!? 絶対だな!? その任務とやらをやりとげたら、部屋をくれるんだな!? 最初に言っとくけどこれで犬小屋とかだったらマジギレするからな!!!」

「いやですわもう! そんなひどい事するわけないじゃないですか! うふふ!」

「…似たようなことしただろうが…けどまあとにかくわかった! その任務引き受けたぞ! その代わりそっちも約束は絶対に守れよ!」

「もちろんですわ! 任務が終わりましたら城の大広間にお立ち寄りくださいませ! 勇者様のお部屋に行くための地図と扉の鍵を用意しておきますわ!」

「わかった。あ、あと俺の認証登録を猿からちゃんと俺の顔に変えておけよ!」

「了解しましたわ。しかしあれではダメでしたか。あの認証登録は登録し直すまでの過程が面倒なんですのよね…間違えたとはいえ似ていらっしゃるので大丈夫だと思ったのですが…」

「やっぱむしってやろうかァァァァァァ…!!!」

「ひィッ!? わわ、わかりましたわちゃんと変えておきますわ!? そ、それでは任務の説明をしますので聞いてくださいまし」

「ふん、わかったよ」

 勇者がアルトラーシャから任務の概要を聞いているときにトイレブラシは考えていた。

(聞いたことのない遊び…見慣れない建物や遊具…皆勇者様の世界のものと異様なまでに酷似していた…この国に何らかの異変が起きているのは間違いない…いやおそらくこの国だけじゃなくこのブルグゾン大陸全体に異常は及んでいるのかもしれない…私の想定していた状況とはかなり違う…だけどそんなことは関係ない…私はただ勇者様の進む道を共に歩くだけ…たとえそれがどれほど険しい道であっても…この人が悲劇の螺旋を断ち切るところを見届けるまでは…)

 思いがけぬ状況に困惑しながらも勇者と共に歩む決意を固くしたトイレブラシだったが、そんな彼女をあざ笑うようにアルトラーシャが話す任務は思いがけぬ強敵との出会いを導くものであった。勇者にとって異世界での初めての戦いがまじかに迫っていることを彼女はまだ知らない。


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