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ミステイクファンタジー  作者: 鈴木拓郎
13/42

12話

 アルトラーシャが発した戦争という言葉により静まってきていた勇者の怒りは再び燃え上がった。

「なんでそれを早く言わないんだババアッ!? 便所の修理なんかよりよっぽど重要かつ深刻な問題じゃねーか!? ありえねーだろ!? なぜ戦争より先に依頼することが便所の修理と掃除なんだよ!? 必要なかったじゃねーか今までのくだり!? 便所の修理とか掃除とか蛇まみれになる過程全部が!? さっきまで俺がやってたこと全部スキップしてもいいんじゃないのコレッ!?」

「いえそんなことはありませんわ。戦争よりトイレの修理と掃除の方が余程重要ではないですか。特にお掃除は最も重要な仕事に分類されます。勇者様の世界では違うのですか?」

「違うに決まってるだろ!? 清掃なんかよりも戦争の方がよっぽど重要だよ!?」

「変わってらっしゃるんですわね…」

「お前らの世界がなッ!!! ああああああもおおおおおおおおおおおお!!!」

 勇者は頭を抱えてその場に座り込み、心の中でトイレブラシに語りかけた。

「(おい便ブラなんなんだこの世界は!? 戦争やってるらしいけど便所の方が重要とか言ってるぞ!? お前の故郷だけあって実にふざけた世界だな!?)」

「(あはは…いや~…でもほらあれじゃないですか! ちゃんと英雄らしい仕事がやっと回ってきたんじゃないですかね! きっとアルトラーシャ姫は勇者様につらく厳しい戦争という仕事を任せることに気が引けて本当の事を言い出せなかっただけだったんですよ…優しくて実に慈愛に満ち溢れた姫君ではないですか…!)」

 下に向けていた顔をあげて件のアルトラーシャを見てみると、慈愛に満ち溢れた姫君は右手の指で鼻をほじりながら、左手で巨大な尻をボリボリと掻いており、勇者が見ているのに気付くと慌てて動作を止め笑みを浮かべて誤魔化した。

「(………とてもそうは思えないんだけど…)」

「(ま、まあ細かいことはいいじゃないですか! やっと面白くなってきましたね! この戦争が世界の危機に関わっていることは間違いありませんよ! このウルハ国の戦士になって戦争を戦い抜き、この国を、そして世界を救いましょう!)」

「(…………なんかいまいちやる気がでないんですけど……ババアがお姫様やってて俺の母ちゃんにそっくりでそのうえ極め付けに戦争より清掃が重要とかバカみたいなこと言ってるし………うーん…これだけですでにもうなんかやる気が…この世界っていうかこの国を救いたいって気にならない……)」

「(しゃんとしてください勇者様! 戦争に参加して武勇を各地に轟かせればすごくいいことがありますよ!)」 

「(いいことってなんだよ…?)」

「(それはもちろん可愛い女の子が勇者様に夢中になるということです!)」

「(……なんだと……)」

「(カッコ良い勇者様の活躍が各地に広がれば女の子たちはみんな貴方の勇姿に憧れて夜も眠れぬほど恋焦がれること請け合いです! 女の子はどこの世界でも強くて頼りがいのある人が好きですからね!)」

「(なんだと…!?)」

「(想像してください……勇者様を一目見ようと顔を赤くした女の子たちが勇者様の周りを取り囲む姿を!…そしてその間を颯爽と通り抜け、ファンサービスとして振り返りざまに貴方が見せる笑顔で彼女たちはもう

メロメロ……)」

「(なんだとッ!!??)」

「(昼は戦争で華麗に戦い、夜になったらファンの女の子の中から好きな子を好きなだけ選んで…そして夜もまた戦争の始まりです! 使う武器が違いますけどね! ウフフ…)」

「(なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??)」

「(戦場では敵を泣かせて、ベッドの上では女の子を鳴かせるなんてなかなかできませんよ! どうですか勇者様? やる気でてきませんか?)」

 勇者はめくるめく戦いの日々と桃源郷を想像し、涎を垂らしながら笑みを浮かべた。

「(グヒヒ…ひひひ…あひゃひゃひゃひゃひゃひゃあああああああああああああああああああああ!!! みなぎってってきたあああああああああああああああああああああああああ!!!)」

(いや~勇者様が勇者でほんとよかった。すごく簡単!)

 トイレブラシがほっと胸を撫で下ろすのとほぼ同時に勇者は立ち上がりアルトラーシャを見据え宣言した。

「ババアよ」

「ですからワタクシはババアではありませんわ。十七歳の女の子ですわ」

「喜べババアよ」

「…全然聞いてませんわね…」

「参戦してやる」

「…えっと…? それは…どういうことでしょうか…?」

「戦争に参加してやるといってるんだ! この天才が見事このバカ国家を勝利に導いて見せようじゃないか!」

「まあ! 本当ですか! 戦ってくださるんですか!」

「もちのろんだよチミィ! 任せなさい!」

 勇者は胸を張って戦争への参加をアルトラーシャに告げた。

「それで? どこに行けばいいんだ? この破壊神が最初に屠る可哀想な連中はどこにいるんだ? いつでも準備はできてるぜ!」

「(勇者様! ちょっと待ってください! 私まだヴァルネヴィアにおける戦いに関する説明はしてないじゃないですか! この世界の魔術の種類とか属性とか色々あるんですよ! 戦いに行く前にしっかりと聞いてください! 全然準備なんて出来てませんよ!)」

「(そんなものは必要ない! やってるうちに覚える! 何せ天才だからな! なはははははは!!)」

「(も~! 勇者様って絶対ゲームの説明書読まずに始めて困った時に見るタイプでしょ! そういう行き当たりばったりの性格はゲームならまだしも現実ではなおしてください!)」

「(まったくうるさい奴だ。ゲームと厳しい現実を一緒にするな)」

「(だったらなおさら聞いてくださいよ! ゲームと違ってやり直しなんて利きませんよ!)」

「(なんども言わせるな! 必要ナッシング! 戦いとは小手先の知識で決まるものじゃあないんだよ! 全てはセンス! そうセンスがあれば問題ない! 天才的な戦闘センスがな! ふふはははははは!)」

「(わけのわからないこと言わないでください!)」 

 いつでも戦いに出られると言った勇者と反対するトイレブラシとの脳内口論を強制的に終わらせるようにアルトラーシャは勇者にあることを告げる。

「でも残念ですわ。今は休戦協定を結んでしまっているのでこれと言ってやってきたいただくことはないんですのよ」

「なにィ…休戦協定…だとぉ……なんだ…そうなの…」

(ふうよかった…まだいまいち状況がわからないけど…これなら説明するのはもう少し後でも大丈夫そうですね…まだ契約して一日も経ってませんし…正直まともな戦いどころか魔力のコントロールすら難しい状態ですからね…というか戦闘になったらちゃんと融合状態になれるかなぁ…私も実際にやるのは始めてだからなぁ…でもこれができなきゃ勇者様に戦いなんて到底不可能だし…もう少ししたら…魔力のコントロールがもう少しまともに出来るようになったら聞いてもらわなければ。この世界での戦い方『メルティクラフト』について)

 休戦という言葉を聞き、活躍できる機会を失ったと思いがっかくりと肩を落とした勇者とは違い、トイレブラシは心の中で安堵したが、先行きのわからない現状に対して彼女の中で多少の不安が残った。そんな両者が異なった反応を見せる中でアルトラーシャは勇者を元気づけるように話しかける。

「ですが休戦状態とはいえまだ戦争が終わったわけではありません。ですから勇者様の出番もじきに回ってくると思いますわ」

「だよな! そうだよな! わははははは! そうなったら任せなさい! この天才にな!」

「頼もしいですわ! では勇者様は元の世界に帰らず継続してこの国で戦争に参加していただけると思ってよろしいのでしょうか?」

「よろしいよろしいくるしゅうないぞ!」

「ありがとうございますわ! トイレの修理や清掃をしていただいただけでなくついでに戦争までやっていただけるなんて! アルトラーシャ感激!」

「…出来れば戦争の方を最初に口に出してほしかったけどな…ついでじゃなくて…もういいけどさ…はぁ…」

「それでは戦争に参加していただく勇者様に対してワタクシささやかながら歓迎のパーティを開こうと思いますの!」

「パーティ? え? マジで!?」

「はい、もちろんですわ。この国のためにさらに尽力していただくのですからこれくらいはさせていただかなければ」

「やったー! 歓迎パーティだー! ご馳走だー! わーい! わーい!」

 勇者は自分のためにパーティが開かれる時った途端子供のようにはしゃぎ出した。そしてそんな彼にトイレブラシも心の中で祝福した。

「(よかったですね勇者様! おいしいものたくさん食べて戦いに備えてください!)」

「(ああ! たくさん美味いもの食べて戦いに備えちゃうぞー! たはー! いろいろあったけどこの世界来てよかったわー! バカ国家だけどちゃんと礼儀をわきまえてるじゃないのよ! ホント来て良かったわー! 地球にいたら毎日きゅうり生活だったと思うとぞっとしちゃうよ! 異世界最高!)」

「勇者様。パーティは中庭で開こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「オッケーオッケーどこでもいいよ! でも準備とかってもうできてんの? 俺が来ること全然想定してなかったじゃん」

「それならご心配なく。抜かりありませんわ。中庭に参りましょうか」

「わかった!」

 歩き出したアルトラーシャに連れられる形で勇者は中庭に向かって歩き出し、歩きながらいつの間にパーティの準備をしたのか考え、トイレブラシにも意見を求めた。

「(しっかしいつの間にババアは準備を整えたんだろうか。便ブラお前はどう思う?)」 

「(多分勇者様がトイレの修理と掃除をしている間かと。一時間くらいありましたし)」

「(やっぱそれしかないよな。でもさ、一時間程度でパーティの準備なんて出来んのか? 料理とか飾りつけとかさ、最低でも二、三時間くらいはかかるんじゃないか?)」

「(王族の方ですからパーティなんて開きなれてるんですよきっと。急な来客にも対応出来るようにあらかじめある程度の準備はいつもしてるんじゃないでしょうか)」

「(そうなのか…すごいな王族って…いやすごいのは使用人の人なのか…うーん…どっちもすごいのか)」

 トイレブラシと脳内で会話しながら中庭に向かっていた勇者に不意にアルトラーシャから声がかかる。

「そろそろ到着しますわ勇者様」

「え? ああうんわかった」

 アルトラーシャが到着の予告してからわずか数秒後には中庭に通じる扉が姿を現した。

「あそこの扉を抜ければ中庭に着きますの」

「あそこに行けばパーティが…ご馳走が…ようやくそれっぽくなってきたな…グフフ」

 アルトラーシャが指差した扉を凝視した勇者は喉を鳴らし期待に胸を膨らませた。そしてついに扉の前に立ち中庭に通じる扉を開け中庭に降り立った。

「おお~! 広い中庭だなぁ!」

「そうでしょう。ここでなら盛大なパーティも開くことが可能ですわ」

 勇者が驚きの声を漏らした中庭は想像以上に広く、手入れされた芝生や花々と相まって大規模な自然公園ではないかと彼に思わせるほど立派なつくりになっていた。

「うん広い! ホントに広い!…けど広い…のは…わかったんだけどさ…なんか…何もなくないか…」

 中庭は確かに広かった、大人数でスポーツが出来るほどに広かった。しかし広いだけで何もなく、勇者が期待したテーブルに並べられたご馳走はおろかテーブルすらも中庭には存在しなかったのだった。

「…これは…まだ準備が整ってないってことなのかな…」

「いいえ。準備ならもう整っていますわ」

「え…いや…でも…」

 何も用意されていない会場に勇者は困惑を隠せなかったが、アルトラーシャは依然として堂々としており不手際で準備が出来ていないわけではないことを態度で表していた、だがそれがかえって彼の困惑をさらに強くした。

「(便ブラ…ここ何もないよな…?)」

「(そうですね。何もないですね)」

「(じゃあなんでババアはこんな自信満々で準備が整ってるなんて言ってるか、お前わかる?)」

「(うーん…サプライズ…とか…ですかね)」

「(サプライズ? どゆこと?)」 

「(何も用意していないと見せかけて、合図と同時に花火がバーンと上がって美女とご馳走が一気に出てくるみたいな、そんな感じのサプライズじゃないですか多分)」

「(え!? そんなことできんの!? 魔術!? 魔術なのかそれは!?)」

「(えー…と…私は…聞いたことないですが…あるんじゃないですかね…サプライズパーティ専用の魔術が…おそらく…)」

「(そうなのかよ!? 全然察せなかったわ! なんだよそういうことか! それならババアのこの自信もうなずけるな! あはは! 憎いことするなあ、まったく! ババアちゃんたらもう! 心配しちゃったよ!)」

「(そ、そうですね…あはは…)」

 勇者は納得すると安堵の笑みを浮かべ、アルトラーシャの合図によるサプライズパーティ開始を待った。そしてその後間もなく彼女から勇者に声がかかる。

「勇者様。ささやかながらこれから歓迎のパーティを開始します。どうか楽しんでください」

「うん僕思いっきり楽しんじゃうぞ!」

 アルトラーシャの言葉に首を縦に激しく振りながら同意すると、料理が出てくるの今か今かと待ち望む。

「それではどうぞ思う存分-」

「うんうんうんうん!」

(思う存分料理を食って美女たちと踊っちゃうぞ~! げへへへへ!)

 勇者は目を閉じ想像する、アルトラーシャが指を鳴らすと同時に白いテーブルクロスがかけられた大き目のテーブルが豪華な料理をのせて庭中を埋め尽くす様子を、どこからともなく現れた美女たちが自分の周りを取り囲み体にまとわりつく様子に思いを馳せた、アルトラーシャに話しかけられるまでは。

「空気を吸ってくださいませ」

「うんわかった!………ん!?……え!?……空気!?……えっと…どういう……ってああそうかなるほど!」

 空気を吸ってくださいという言葉に頭が一時混乱した勇者だったがすぐに気持ちを整理するとどういう事かを理解した。

(まずはこの世界のおいしい空気を吸ってからってことね! なるなるほどほど!)

 勇者は両手を澄み渡った青空に広げると思いきり息を鼻から吸い込み、口から吐き出す、これを三度ほど繰り返し、準備は整ったとアルトラーシャに満面の笑みを見せた。

「はい。では―」

(いよいよ本番ですなグフフフフフフヒヒヒッヒヒ)

 今度こそはと涎を垂らし合図を待つ。

「これで歓迎パーティを終わります」

「よっしゃあ! ヒアウィィィゴオオオオオ……お!?…え!?………今なんて!? なんて言ったの!?」」

「歓迎パーティを終了しますと言ったのですわ」

「はあああああああ!? 終わり!? 歓迎パーティ終わり!?」

「はい。よかったですわ満足していただけたようで。ウフフ!」

「ふざけんなババアああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「な、何を怒ってらっしゃるのかしら?」

 顔に唾が飛んでくるほど接近してきた勇者に戸惑いながらアルトラーシャは疑問を投げかける。

「何を怒っていらっしゃるのですかだとぉ!? なんでわからないんだよ!? 自分のその垂れ下がった胸に聞いてみろ!!」

「そう言われましても…わかりませんわ…それに空気を吸った後あんなに微笑んでおいしい空気を吸う喜びをかみしめていたではないですか…あとワタクシの胸は垂れ下がってなどおりませんわ。山のようにそびえ立って…」

「ババアの胸なんざどうでもいいんだよ!? さっきのあれは準備できたからご馳走出せって言う意味の笑いだよ!? ざけやがって!? どこの世界に空気吸わせて終わらせる歓迎会があるんだよ!? ええ!? だいたいお茶どころか水すらまだ出してもらってないんだけど!? ファミレス以下かここはよぉ!?」

「申し訳ありませんが戦時中ゆえ」

「さっきまで戦争中って事忘れてたじゃねーか!?」   

「勇者様のおかげで思い出せましたわ。ありがとうございます!」

「うん、どういたしまして!」

「それではこれで歓迎会を終わります」

「…あッつられた!?…いやッ……ちょッ…だからちょっと待ってってば!?」

 中庭を去ろうとするアルトラーシャの前に回り込むと肩を掴み制止する。

「や、やめてください勇者様、そ、そんな! やはりワタクシの体に欲情していたのですね! それでさっき胸に聞けだなんてことを言ってワタクシに意識させようとして! 姑息な手段を弄してまでワタクシの体を…」

「ちげーよ!? しつこいんだよ邪推すんなババア!? パーティの事だよ!? まだ話は終わってないぞ!? しょぼすぎるパーティの話をしようぜ!?」

「しょぼすぎると言われましても…先ほどワタクシはささやかながら、と事前に言っていたではないですか。戦時中なのです、どうかご理解願います」

「い、いや、せ、戦時中なのかもしれないけどさ、だけど、だけどさぁ!? だからっていくらなんでもささやかすぎるでしょうこれは!? せめてもうちょっとなんとかならないのかなッ!? 豪華なご馳走とか言わないからもうちょっとだけ! ね? ね? 頼むよおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 諦めきれない勇者はアルトラーシャの足元のドレスにしがみつき懇願し始めた。

「ゆ、ゆうしゃ、勇者様、や、やめてください! ど、ドレスが、ドレスが伸びてしまいますわ! わ、わかりました! わかりましたから!」

「ほ、ホント? ホントに? ちゃんとやってくれる? ちゃんと勇者様歓迎パーチィやってくれる?」

「え、ええ、や、やりますから、は、離してください、ぬ、脱げてしまいますわ!」

 ドレスを掴んだまま揺さぶってくる勇者に根負けしたアルトラーシャは彼の提案を受け入れた。

「ふ、ふう…ま、まったく…レディのドレスを引っ張るなど紳士としてあるまじき行為ですわよもう!」

「悪い悪い! でもやってくれるんだよなパーティ!」

「ええ、もちろん。王族に二言はありませんわ。城に入って準備をしてくるので中庭でしばらくお待ちください」

「うん、待ってる待ってる!」

 数分後、パンパンに詰まった布袋を三つの段ボールの上に重ねるようにして持ったアルトラーシャが城から中庭に再び戻ってきた。

「お待たせしました」

「いや、それはいいんだけど。その布袋と段ボールなに? パーティに関係するものだよな?」

「ええ、そうですわ。パーティ用の遊具がいくつか入っているんですのよ こちらの段ボールには景品が入っていますの。大昔から我が国に伝わる伝統的な遊びで、とても重要な遊具なのです」

「へ~…遊具…景品…ゲームか…そうか…」

「(戦時中なのになんだかんだでちゃんと歓迎会してもらえてよかったですね勇者様!)」

「(そ、そうだよな! 例え豪華なご馳走が出てこなくたって、美女に囲まれてチヤホヤされなくたって、ちゃんとこうやってもてなしてくれてるもんな! 歓迎してくれてる気持ちは本物だもんな! 何の問題もないよ! よ~し! 異世界のゲーム楽しんじゃうぞ~!)」

 未練がましくご馳走が出てくるかもしれないと考えて、当てが外れた勇者だったが、トイレブラシに言われて、戦時中にもかかわらず自分のためにパーティを開いてくれたアルトラーシャの行為に感謝し、気持ちを切り替え楽しむことに決めた。

「まずはこれにしましょう。どうぞ」

 布袋から一枚の紙を取り出したアルトラーシャは勇者に手渡した。

「これは…ビンゴ…の紙…かな」

 手渡された紙の形は正方形で、その紙には横と縦の列に五つずつ計二十五個の数字が切り取り線でくりぬきやすくした枠の中に書かれており、勇者にビンゴゲームを連想させた。

「ビンゴ? 違いますわ。これはボンゴの紙ですわ」  

「………ボンゴ…?」

「はい。ルールは簡単で、ワタクシが数字を読み上げますので読まれた数字を指で押して穴をあけてください。五列全ての穴が開けば景品を差しあげますわ」

(やっぱビンゴじゃん…)

「って…え…?…ま、待ってくれ!?」

 ルールもビンゴと変わらなかった勇者は心の中でツッコムと、現状を正しく認識し、声をあげた。

「どうかしましたか勇者様? 何か疑問点でも? あ! ひょっとして…」

「そう! そうだよ! そのひょっとしてだよ! やっぱおかしいよな!」

「ルールが難しくて理解できませんか?」

「そんなわけないだろッ!? 猿じゃあるまいし!? 違うよそうじゃなくてさ!? このビンゴだかボンゴをだよ!? ま、まさか俺一人でやるの!?」

「他に誰もいないではないですか」

「だ、だってさ!? これ大人数でやるやつだよね!? 皆集めて盛り上がる遊びでしょこれ!? え!? 違うの!?」

「はい。確かに…ボンゴは大人数でやる遊びですわ…しかし…すみません…今この城には…もう…」 

 アルトラーシャは悲しそうに呟くと、これ以上言いたくないと言わんばかりに顔を伏せた。

「(…何!? 何があったんだよ便ブラ!?)」

「(私に聞かれましても…直接アルトラーシャ姫に続きを聞くしか手はないと思いますが…でも…すごく言いたくなさそうですね…無理に聞き出すのはちょっと可哀想です)」

「(い、いや確かに可哀想かもだけど…つ、つってもさ…このままじゃあ…俺は一人ボンゴという悲しい遊びをしなくちゃあいけないじゃないか…俺が一番可哀想じゃないか…ババアにもう少し人数を集められないか頼んでみよう…せ、せめて五人は欲しいよな…か、仮に人数そろえられないとしてもなんでそろえられないのか事情だけは聞いといた方がいいだろこれは…ちょ、ちょっと聞いてみるわ)」

 トイレブラシとの脳内会話の後、勇者は意を決してアルトラーシャに人数増加の頼みと事情を聞こうとした。

「ババアさん。もう少し、その、人数を、なんとか、お願いできな…」

「皆は…もう…もう…この城には…戦時中ゆえ…」

「な、なあ…バ、ババア…あのぉ…それはどういう意味で…」

「戦時中ゆえ……戦時中ゆえええええ…うう…う…せんじ…せんじちゅううう」

 アルトラーシャは両手で顔を覆い隠し、地面に座り込むと、すすり泣き始めた。

「あ、あのさ…ババア…あのお………」

「せんじ…せんじいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「いやあ…その…アルトラーシャさん?」

「せんんんんんんんんじいいいいいいいいいいいいい!!!」

「………えっと……だからその………」

「せんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!」

「………ボンゴ………やろうか……」

「…はい…うう…はい…やりましょうううう………」

 勇者は事情を聞くのを諦めた。

「次の数字は…2番ですわ!」

「うん」

 アルトラーシャをなんとか落ち着かせた勇者は、先ほどまで泣きじゃくっていたのとは一転してテンションを高くした彼女の進行のもと、ボンゴに励んでいた。

「そしてそして! その次の数字は14番ですわ!」

「…うん」

「なんとなんとお次は37番ですわよ勇者様!」

「………うん…」

 アルトラーシャの読み上げる番号を聞くと、手に持っている紙と照らし合わせ、穴をあけ続ける。

「どうですか勇者様? 楽しいですか? 楽しいですわよね? ウフフ!」

「…………うん……」

 ただ黙々と読み上げられる番号を一人で。

「次は55番ですわ!」

「………………うん………」

 一人だけで。

「78番ですわ! ウフフ! そろそろリーチになったかしら?」

 だだっ広い芝生の上で胡坐をかき、青空の下、死んだ目をした勇者はたった一人だけでボンゴの紙に穴をあけ続ける。

「あッ! リーチですわ! 勇者様リーチ! しかもダブルリーチではないですか勇者様! 激熱リーチですわね! リーチ♪ リーチ♪ そーれリーチ♪」

 紙を覗き込んだアルトラーシャは勇者の周りを踊りながらはやし立てた。

「いよいよ最後の戦いですわね! 一番最初にボンゴになるのはいったい誰なんでしょうか! ワタクシもドキドキしてきましたわ! さあ大詰めですわ! 優勝はいったい誰の手に!」

 中庭には勇者とアルトラーシャしかいない。

「では読み上げますわ…次の数字は…64番!」

 勇者は手元の紙に穴をあけた、そしてアルトラーシャは勇者の紙を覗き込み、驚愕する。

「あ…ああああ!!! な、なんと!!! 勇者様が!!! なんと!!! ボンゴッ!!! 見事最初にボンゴになったのは勇者様です!!! すごいですわ!!! 誰がこの展開を予想できたでしょうか!!! 並み居る強豪を打ち破り初参加にしてパーティの主役である勇者様が優勝です!!! なんという熱い展開でしょうか!!! これだからボンゴは楽しい!!! もりあがるうううううううううう!!! OHボンゴ!!! ひゅううううううううううううううううううう!!!」

 アルトラーシャはマラカスを振りながら勇者の周りを踊り、彼の優勝を祝った。

 一人ボンゴ大会で、まだ見ぬ並み居る強豪を打ち破り勇者は優勝した。

「どうぞこれを! 優勝賞品ですわ!」

 アルトラーシャは景品の入った段ボールを足で蹴りながら勇者の足元に移動させた。その様子を顔を引きつらせながら見ていた勇者だったが、アルトラーシャの発した言葉によりその顔は歓喜の表情に変化した。

「喜んでください! 豪華賞品ですわよ!」

「え!? ホント!? 豪華賞品!? じゃあ蹴るなよ!? てっきりガラクタが入ってるのかと思っちゃったじゃあないですか! もう! ババアったらもう!」

 勇者は豪華賞品という言葉を聞き、目を輝かせ食いついた。

「演出ですわ! え・ん・しゅ・つ!」

「なんだよったく憎いことするな~! もう~! 勇者びっくりしちゃったぁ!」

「ワタクシも驚いてもらえてうれしいですわ! ウフフ!」

「開けてもいいかな?」

「はいもちろんです! 開けてみてください!」

「うん!」

 汚いタワシを手に入れた。

「勇者様すごい! いいなー! ワタクシもほーすぅいいいいいい!!! でもこれは優勝した勇者様専用ですわ! いいなー! うらやましいなあ!」

 勇者は段ボールに入った使い古されたとしか思えない大量の小汚いタワシを手に入れた。

「やりましたわね勇者様! とってもオサレで素敵なインテリアですわ! お部屋にどうぞ飾ってくださいまし!」

 わざとらしく騒ぐアルトラーシャとは違い無表情で目が用水路に溜まったドブのように変色した勇者は喋らない。

「さあさあお次のゲームはバディミントンですわ!」

「……バディ…ミントン…?…なに…それ…」

 まだかろうじて気力が残っていた勇者はアルトラーシャにゲームの説明を求めた。

「このラケッツとジャトルを使った遊びですわ」

 またしても勇者の世界の遊びに酷似したそのバディミントンの道具はどこからどう見てもバトミントンのラケットとシャトルそのものだった。

「このジャトルをラケッツで打ち合う簡単な遊びですのよ。面白そうでしょ? ウフフ!」

「………それを…俺と…あとは誰が…やるの…?」

「僭越<せんえつ>ながら…このワタクシがッ!」

「…だよねそうだよね…」

 勇者とアルトラーシャは20メートルほど互いに距離をとりバディミントンを開始した。

「そーれッ!」

「…そーれッ…」

 楽しそうに、そーれッの掛け声と共にジャトルを打ってはしゃぐ自分の母親と瓜二つのおばさんを勇者は精気の抜けた顔で見つめる。

「そーれッ!」

「……そーれッ」

 中年の寸胴体系のおばさんと楽しくバトミントン。

「そーれッ!」

「………そー……れッ…」

 耐え難い苦痛。

「そーれッ!」

「………そ…………れ………ッ」

 泣きたかった、しかし泣く気力さえ今の勇者には存在しなかった。異世界に来て美少女と遊ぶのなら、それならばまだ救いがあったのかもしれないが、目の前のお姫様は理想とはかけ離れた太ったおばさん。汗をかく姿はまさしく水に濡れたアザラシ、それでも彼はラケッツを振る。なぜならこれは彼のために戦時中にもかかわらず開いてくれた歓迎会だったから。

 彼の心情とは関係なく、青空に向かってシャトル、もといジャトルは舞い上がる。

「ふひィー! いい汗かきましたわ! いかがですかバディミントンは? なかなかでしたでしょう?」

「……昔…子供のころ母ちゃんと…公園で…バトミントンしてる…ところを友達に見られて…翌朝学校でマザコン呼ばわりされた記憶を…思い出したよ…ああ…嫌だったなあ…へへへ…はは…」

「まあそんな楽しそうな笑顔を浮かべて! 喜んでいただけたようでよかったですわ! ではではバディミントンの景品を差し上げたいと思います! どうぞこれをおかぶりください!」

 勇者は安物の赤いアルミホイルのようなものが巻かれたゴムひも付きの紙製円錐帽子をかぶらされた。

「まあ素敵! よくお似合いですわ!」

 安っぽい帽子をかぶり虚ろな目をした勇者は空中を見つめる。

「(勇者様!? 大丈夫ですか!? 精神を病んではダメですよ!?)」

「…ああ…大丈夫…楽しいパーティ…だもんな…俺の…歓迎ぱーりぃ…」

「何をブツブツと言ってるのですか! パーティは始まったばかりですわ! どんどんいきますわよ勇者様! まだまだいろいろな遊具がありますもの!」

 トイレブラシの励ましの言葉も今の勇者にはあまり効果がなく、それどころか彼女の脳内での問いかけに対して声に出してしまっていた。ゲームを行うたびに気力を失っていく勇者の様子がわからないのか容赦なく次のゲームの開始がアルトラーシャから告げられる。

「ふうー! 楽しかったですわね勇者様!」

 勇者はもはや彼女の問いかけにさえ答えず、両腕で膝を抱えるように丸まってその場に座り込んでいた。

「ふふふ! 楽しみすぎて疲れてしまったんですのね!」

 バディミントンのあともアルトラーシャが提案する遊びは、大人数で行うサッカーに似た遊びだったり、ドッジボールに似た遊びだったりと、彼のテンションを異常に盛り下げ続け全ての遊具を使い終わる頃には勇者はダンゴムシのようになっていた。

「ですが疲れるのはまだ早いですわよ! お次は最後のシメになる花火の打ち上げですもの! これをやらなければパーティは終わりませんわ!」

「………花火……?…でも…まだ太陽が…」

 勇者は燦々<さんさん>と照り付ける太陽を見ながら、首を傾げた。

「(なあ便ブラ…昼間なのに花火あげるとか言ってるんだけど…)」

「(えっとですね…勇者様の世界の花火とはちょっと違ってこの世界の花火は火薬ではなく魔力の塊を破裂させて空にいろんな色の光の模様を浮かべるような感じのモノなんです! だから昼間でもとても綺麗なんですよ!)」

「(へぇ…そうなんだ…)」

「(よかったですね勇者様! 最後の最後は綺麗な花火で締めくくってくれるらしいですよ! 今までの遊びは確かにあれでしたけど、バーンと空に上がる大きな打ち上げ花火を見られるんですからテンション上げていきましょうよ!)」

「(……そう…だな…そうだよな…最後が綺麗に終わればきっとこのババアとマンツーマンの酷いパーティだっていい思い出になるはずだ…最後くらいはテンション上げていくかッ!)」

「ババア! なんだかんだでパーティを開いてくれてありがとう! 最後の花火楽しませてもらうぜ!」

 勇者は自分自身に言い聞かせながら立ち上がり、深呼吸をしてからアルトラーシャを見据え感謝の言葉を口にする。

「いえいえ! こちらこそこのようなものしか用意できず申し訳ありません。今から花火の準備をしてきますので少々お待ちください」

「うんわか…っとその前にちょっと聞いてもいいかな…?」

 アルトラーシャが立ち去ろうとした瞬間、勇者の脳裏に嫌な想像が思い浮かび、とっさに彼女を呼び止める。

「なんでしょうか…?」

「いや…その…花火っていうのは…どういう種類の…あれなのかなぁと思って…」

「どういう種類のあれ…?」

「ほらあるじゃん打ち上げ花火にも種類がさ! 一方は大空に高く舞い上がり大輪の花を咲かせるすんばらすいいいいプロ仕様の奴と、もう一方はどこで買ってきたのかわからないちゃっちい奴で、打ち上げても二十メートルいくかいかないかで破裂する安物の夏の思い出、ってな具合のやつがさ!」

 勇者は暗に最後のパーティのシメが安物の花火で終わるのは嫌だということをアルトラーシャに伝えたかった。

「なるほどそういうことですの! ご安心ください! これからあげる花火は大空を彩る方の花火ですわ! それはもう迫って来るような大迫力ですわ!」

「そ、そっかぁ…! よかったぁ…!」

 勇者は心の底から安堵し、胸を撫で下ろした。

「(疑心暗鬼になりすぎですよ勇者様)」

「(しょうがないだろう! 一人でビンゴやったりミントンやらサッカーやらをババアとペアを組んでやらされたんだぞ! 誰だって安心して任せるようなことはしないはずだ!)」

 脳内でトイレブラシと会話していると、アルトラーシャが申し訳なさそうに勇者に話しかけてきた。

「ですが…申し訳ありませんが…打ち上げる人がワタクシしかいないので、勇者様はここで一人花火を観賞することになってしまいますわ。ワタクシのような美少女を侍らせながら花火を見るという甘酸っぱい楽しみがなくなってしま…」

「うん全然問題ない」

「………ワタクシのような美少女がいなくなっては悲し…」

「行ってきてくれ。行ってよし」

 勇者は晴れやかな笑顔で告げる。

「……なんだか少々腑に落ちませんが…わかりましたわ…それでは準備に取り掛かります。準備ができましたら赤い光線を空に向けて撃ちますのでその方向の空をご覧になってくさいませ。それでは失礼しますわ」

 アルトラーシャは一礼すると城とは反対方向にある場所に小走りで向かった。

「あっちになんかあるのか…?」

「たぶん倉庫か何かあるんじゃないですかね」

 独り言のようにつぶやいた勇者の言葉に、誰もいなくなったためトイレブラシが応答する。

「倉庫…?」

「はい。魔術の花火を打ち上げる大砲みたいなのが倉庫にしまわれてるはずですから」

「へ~そうなんだ」

「ええ。それはそうと酷いですよ勇者様」

「何がだよ」

「アルトラーシャ姫に対する態度ですよ! 花火を一緒に見たがってたじゃないですか! それなのに行ってよし、だなんて!」

「高校生にもなって母ちゃんと一緒に花火なんて見られるかッ!」

「ですから別人ですってば…それに中学生くらいの年齢ならまだしも勇者様はもう高校生なんですからそれくらい恥ずかしくないでしょう」

「バカを言うな! 高校生くらいが一番気難しい年頃なんだよ! 親との距離の取り方を真剣に考え始める時期なんだよ!」

「そういうものですかね…」

「そういうものなんだよ! 現役高校生が言うんだから間違いない!」

 話し込んでいると、アルトラーシャが向かった方角の空から赤い光線が空に向かって放たれた。

「お! 準備出来たってことか! 異世界の花火かぁ! どんなのかな!」

 勇者は期待に胸を膨らませながら花火が上がるのを待った。

 勇者が待ちわびているその頃アルトラーシャは倉庫から出した車輪の付いた八つの大砲を起動しようとしていた。

「光線は見えたかしら? 勇者様にはお食事も出してあげられていませんからね。せめて綺麗な花火だけでもお見せしてあげなければ!」

 つぶやくとアルトラーシャは大砲の後ろに描かれた魔法陣にそれぞれ八つずつ触れて、起動準備を完了させた。

「これで大丈夫ですわ! あとは大砲の砲門を光線を出している方に向けて、留め金で固定っと。これで三十秒後に一斉に大砲から花火が打たれますわ!」

 ほっと一息ついたアルトラーシャはふと、足元を何気なく見つめた。そして見つめた先にあったのは小さな蜘蛛がアルトラーシャの足に這い上がってきている光景だった。

「い!? いやああああああああああああああああああああ!!?? くもおおおおおおおおおお!!??こないでええええええええええええええ!!??」

 足を淑女とは思えないほどに振りながら、わめくアルトラーシャだったが、蜘蛛はそんなことはお構いなしと言わんばかりに足に上ってくる。

「こ、こうなったらもう最後の手段です! 衝撃魔術で吹き飛ばしますわ! 例え足が衝撃にさらされようが関係ありませんわ! や、やってやりますわ!」

 アルトラーシャは詠唱を開始し、十秒後、魔術を放ち蜘蛛を吹き飛ばした。

「痛ッ!? で、でも蜘蛛は飛んでいきましたわね! ふう、良かったわ」

 がしかし彼女の魔術は蜘蛛を吹き飛ばすだけでは終わらなかった、蜘蛛を吹き飛ばした衝撃波の風は威力を弱めることなく八つの大砲に直撃した。

「きゃッ! た、大砲がッ!?」

 大砲はぐらぐらと揺れて倒れそうになった、しかしなんとか衝撃に耐え倒れることなくそのままの姿勢を保った。

「あ、危なかったですわ…倒れるところでしたわ…もう発射寸前ですからね…セーフ!」

 アルトラーシャが両手を合わせて安心した瞬間、砲門を固定していた八つの大砲全ての留め金が外れた。

「………あ…………」

 上を向いていた大砲の口は全て斜めに少し下がり、ある人物がいる方角に一斉に向いた。そして、楽しい花火の時間が始まる。

「たーまやー! たーまやー! たまやの他はなんだっけ? もう一つあったよな確か。まあいいや! たーまやー!」

 勇者は楽しそうに花火が上がるのを待ち、ついにその時は訪れる。

「おお! 光の玉見えた!」

 強力な発光が彼方から発すると同時に光の玉が空に八つ放たれるのを確認すると勇者は喜びの声をあげた。

「綺麗だなぁ! たーまやー!」

 目を楽しませるための工夫はどこの世界も同じなのか赤や青、緑色などの様々な色をした光の球体が空に上がるのが見える。

「すげえな! ババアの行ってた通りだ! だんだんこっちに迫ってくるように見えるぜ! 大迫力だ! 3D映像みたいだ!」

 空に上がった八つの光が放物線を描いてこちらに接近してくるように見えた勇者は、この世界の花火技術に関心した。

「迫ってくるせまってくるぜぇ~!」

 八つの光の球体はまるで本当に勇者のもとに向かってくるように接近し、彼にはだんだんとその形を大きくなっていくように見えた。

「い…いやあ…す、すごいな…せ、迫って…きて…本当にぶつかってきそうじゃないか…ははは…」

 巨大な光の塊は勇者の目と鼻の先まで接近してきていたが、彼はそうゆうふうに見えているだけで実際は大丈夫だと若干ビビりながらも思い込んでいた。

「ゆ、勇者様逃げてくださいッ!!! これ本当にこっちに向かってきてますッ!!!」

 しかしトイレブラシの悲鳴にも似た叫びによって勇者は現状をようやく認識する。

「………えッ!?」

 トイレブラシが叫び勇者に退避を促すが、もはやそんな時間は残っていなかった。

「ちょッ!? ぶわあああああああああああああああああああああああああああああッ!!??」

 八つの巨大な光の塊が勇者に激突し、爆ぜた。

「勇者様しっかりしてください! 勇者様ッ!」

 トイレブラシは横たわる勇者の顔にスポンジ部分で張り手でもするように叩き、意識を取り戻させた。

「………がふォッ!!! おふォッ!!! な、な、なんだ!? 何が起こったんだ…いったい…」

 飛び起きた勇者は現状を認識できずにいた、ただ焼けこげた学生服やススのついた顔や体などからおおよその予測はついたがなぜそうなったのかがわからなかった。

「花火がこっちに向かってきたんですよ…私もびっくりしちゃいました…」

「な、なんで花火がこっちに向かってきたんだよ!? 空に上がるんじゃなかったのかッ!?」

「おそらく…アルトラーシャ姫が操作を誤ったのかと…」

「なん…だとォォォ…!!! おのれ…ババアめぇぇぇ…!!!」

 どうしてくれようか、と怒り狂う勇者の思考を中断するようにトイレブラシは叫ぶ。

「ゆ、勇者様あああああああッ!!?? そ、そそそ空ッ!? 空を見てくださいッ!?」

「空? 空がどうし…た…いいいいッ!!??」

 アルトラーシャへの怒りで醜く表情を変貌させていた勇者は、先ほどと同じような悲鳴をあげたトイレブラシの言うままに空を見上げ、彼女がなぜ悲鳴をあげたのか理解した。

「あ…あ…あ…あああああああああああああああああああああああああああッ!!??」

 空を埋め尽くすほどの光の球体が放物線を再び描きながらこちらに向かってきていた。

 花火はまだ、始まったばかりだ。

「こ、こんな…こんなことって…わ、ワタクシなんてことを…ゆ、勇者様…」

 十数分後アルトラーシャは花火の打ち上げ場所から勇者のもとに戻ってきていた。

「このありさまでは…もう…貴方の事は一生…一生忘れませんわ…ありがとうございました勇者様…どうかこの雄大な自然の中で土に還ってくださいまし」

 アルトラーシャが見下ろす先には人型の黒焦げになった物体が転がっていた、焼け野原になった芝生の上で存在を主張するようにただ一つだけ、そして彼女はその物体にお礼を言うと足早に城に戻って行こうとしたが

「…えッ…!?」

 黒焦げになった勇者の手がアルトラーシャの足首を掴み、それを阻止した。

「まァァァァてぇぇぇぇやァァァァァ………!!!」

「きゃああああああああああああああ!? な、なんですの!!??」

「なんですの…じゃあねええええええんだよォォォォォォォ…!!!」

「ゆ、勇者様…い、生きてらしたのですね…! さすが英雄殿! 実はワタクシも心の中では生きていることを信じていましたわ…!」

「白々しいこと言ってんじゃあねえぞォォォォォォ…!!! 全部聞こえてたんだよ一生忘れないとか土に還るとかどおのこうの言ってたじゃあねぇかよォォォォ…!!! てめえコラァァァ仮に死んでたらそのまま放置するつもりだったろォォォォォ…!!!」

「ひッ…!? お、落ち着いてくださいまし…! じ、事情がッ、事情があったのですわ!」

 勇者は緩慢な動作で立ち上がるとアルトラーシャに対して、まるでゾンビが生者に襲い掛かるように掴みかかろうとしたが左手に握ったトイレブラシがそれを許さなかった。

「(勇者様! 今のは完全にアルトラーシャ姫のせいですが、それでも掴みかかっちゃダメですよ!)」

「(なんでだよォォォォォ…!!! この恨みはあの青いち〇毛頭をむしり取ることでしか晴らすことはできんぞォォォォ…!!!)」

「(王族の方なんですよ! 基本どんな暴力的行為もNGなんですってば! それに戦時中にもかかわらず勇者様の歓迎パーティを開いてくださった方なんですよ! 根はいい人なんですよきっと! とりあえず事情があるって言ってますし、聞いてみてくださいよ! もしかしたら溜飲も下がるかもしれませんし…ね?)」 

「(ぐッ!!! ぐうううう…!!!…わ、わかったよォ…とりあえず…聞くだけ…聞いてみるよォォォ…!)」

「………な、何が…あって…花火がこっちに落ちてきた…のかなァァァ…!!! 教えておくれよォォォォォ…!!!」

 勇者はトイレブラシのいう事も一理あると思ったため、顔に青筋を浮かべて、顔面の筋肉をひきつらせながらアルトラーシャに事情を聞いた。

「実は…かくかくしかじかで…」

 アルトラーシャは勇者に大まかに事情を説明した。

「なるほど! つまりこういうことかい? 君は米粒大の蜘蛛が怖くて触れず、魔術を使って吹き飛ばした、けどそのせいで魔術が大砲に直撃し、結果として砲門を固定する留め金が外れてしまい、ああなったってことでいいのかな?」

「その通り! もうワタクシ怖くって涙がちょちょぎれちゃいましたわ! でもワタクシ頑張ったんですのよ! 一人で蜘蛛に立ち向かったんですの!」

「そっかぁ! つまりこういうことなんだな! あはは!」

「そうなんですの! つまりそういうことなんですの! うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

 二人は向かい合い笑い出した、そして笑いが途切れた瞬間に

「つまりィィィむしィィィィィィィィっていいってことなんだなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 

キレた勇者は飛びかかる。

「(やらせませんよ!!! そんなことしたら勇者様縛り首になっちゃいます!!! 気持ちは痛いほどわかりますがここは無理やりにでも抑えさせていただきます!!!)」

 慣れてきたのか左手を完全に支配下に置いたトイレブラシは勇者のために、左腕を逆方向に引っ張った。

「うわああああああああああああああッ!!! こんちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ゆ、勇者様、どうなさったんですの…? 何をそんなに怒り狂ってらっしゃるのかしら…?」

「どうなさったじゃねえええんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 花火が直撃したことで怒り狂ってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「え…? でもその話は笑いあって終わったではないですか…」

「まだ終わってねえええええええええええんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!! だいたいさっき持ってきた遊具とか賞品も全部消し炭になったんだぞおおおおおおおおお!!! この国に伝わる重要なものじゃあなかったのかああああああああああああ!!??」

「ええ昔は重要でしたが今はもう大丈夫です! あれらはちょうどゴミ捨て場にあったのを拾ってきただけですからご安心を!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 勇者の慟哭は歓迎会の終了を告げるチャイムとなった。

「……ぼくこのババアきらい…うッ…うッ…うう…」

「まあ勇者様ったら! ツンデレというやつですわね!」

「違うわッ!? クソッ!!! 歓迎会なんてやってもらうんじゃなかったよ!!! 全然歓迎されてる気がしやしないじゃないか!!!」

「そんなことはありませんわ! ワタクシども一同勇者様を歓迎いたしますわ!」

「一同って一人しかいないじゃんかよ!?」

「いない皆も喜んでいるはずですわきっと!」

 アルトラーシャに回復と洋服の再生魔術をしてもらった勇者は、共に城の内部を歩いていた。

「それでえーと…何を探すためにここを歩いていたんでしたっけ…?」

「俺の住む場所を探すんだろ…」

「そうでしたわ! 勇者様の住むお部屋についてでしたわね!」

 楽しい歓迎会が終わった直後、話は勇者がどこに住むかという話題に変わり、城の中を見ながら決めようということになった。

「お部屋について勇者様は何かご希望がありますかしら…?」

「もうどこでもいいよ…早く休みたい…疲れた…」

 今まで受けた仕打ちと疲労から勇者の態度はだいぶ投げやりになっていた。

「お疲れですのね…大変だわ…お掃除が終わっている部屋はあったかしら…?」

「ほんともうどこでもいいから早くしてくれ…」

「そうですか…どこでもいいとおっしゃるなら…ちょうどワタクシ勇者様がトイレの修理をしてくださってる間に馬小屋の掃除を終わらせ…」

「ごめんやっぱどこでもはやめて」

「そうですか…どうしたものかしら…悩みますわ…」

 アルトラーシャは考えながら勇者に尋ねる。

「やはり住むとなると勇者様にあった場所でなければなりませんわね。英雄ともなるとやはり普通の部屋ではいけませんもの。なにせ勇者様は武人、戦いの化身のような方ですから」

「フッ…まあね…やっぱり俺クラスになるとただの部屋じゃあ、ね…ここだけの話なんだけどさ…実は俺…前世は破壊神だったわけよ…あ!…ここだけの話ね?…内緒だよ?…ひみちゅだぜ?」

「まあすごいですわ! 神様だったんですか! それも破壊の神だなんて! どうりで只者ではない気配を発してるわけですわ!」

「わはは当然! なにせ只者じゃあないからな! 破壊神ですから! すごいしょ? うはははははははははは!」

「(いや勇者様の前世はド貧乏な農民で…)」

「(黙りなさい)」

 トイレブラシの脳内でのツッコミを黙らせると勇者は悩むアルトラーシャに部屋についての意見を話し出した。

「そうだな…そんなに悩むなら意見を出そうじゃないか!……この破壊神の…究極滅殺絶対無敵殺戮兵器と呼ばれたこの破壊神を封じ込められそうな素晴らしい部屋がいいかな…夜は…疼くんでな…過去の記憶をたまに思い出しちまうと…どうしてもな…力が暴走しちまうんさ…」

「(全然意見になってませんよ…あと勇者様はイナゴの佃煮も食べられない農民で…)」

「(黙れ)」

「(うう…ひどいです…せめて最後まで言わせてくださいよ…というかそんな無茶苦茶な意見じゃアルトラーシャ姫だって無理っていうに決まって…)」

「究極滅殺絶対無敵殺戮兵器…そうですわ!…ぴったりのお部屋がありますわ!」

「(えええええ…うそォォォォ…)」

 予想を上回るアルトラーシャの答えにトイレブラシは驚愕した。

「ほお…! ではその部屋に案内してもらおうかな…?」

「お任せください。ご案内いたしますわ」

 アルトラーシャは勇者が住むのにふさわしい部屋へと案内するべく彼を連れて歩き出した。

「…結構歩くな…」

 思った以上に部屋までの距離が遠かったため、勇者は独り言を漏らした。

「はい。勇者様のお部屋は大広間や浴場がある場所とは別の階の区画になりますので申し訳ありませんがもう少々辛抱してください。しばらくこの廊下を歩いたのち、階段を上にあがりますのでしっかりとついてきてくださいまし。この辺りは入り組んでいますのではぐれると大変ですわ」

「わ、わかった…」

 アルトラーシャの言うようにあちこちに扉や通路があり入り組んだ城内は、勇者が先ほど迷った場所よりもさらに複雑に出来ており、はぐれれば間違いなく迷うだろうと彼に確信させた。

「この階段をあがりますわ」

 しばらく歩くと階段が現れ、アルトラーシャは指をさし、石造りの階段を上ることを伝え、勇者はそれに頷き上り始め、その後目的の階に到着した。

「この区画になりますの」

「……なんか…この場所…暗い、というか…辛気臭いというか…ずいぶん…あれな場所なんだな…」

 到着した場所は申し訳程度の灯りはあるものの先ほどまでいた大広間のある区画とは比べ物にならないほど暗く、装飾品が廊下にまで飾られていた下の階とは打って変わって廊下には何もなく、階全体が石でできていたためか、地下の儀式場思い出させただけでなく勇者に石の牢獄を連想させた。

「やはり破壊の神であった勇者様には漆黒の空気が似合うとワタクシ思いますの」

「…漆黒の空気っていうか…ホコリ臭い空気だよな…」

 勇者は鼻をつまみながら顔をしかめると、歩きながら壁や天井など周りをあらためて見た。

(…よく見るとそこらじゅうホコリだらけじゃんここ…うげッ…カビまで生えてやがる…き、きたねえ…なんの区画なんだよここは…)

「…あの~…さ…ここはいったい…」

「到着しましたわ」

「え? 着いたの?」

 あまりの周りの汚さにアルトラーシャにどういった場所なのかを聞こうとした勇者だったが、その前にアルトラーシャが目的地に到着したことを勇者に告げ、その声を聞いた勇者はアルトラーシャがとある扉の前に立ち止まっていることに気づいた。

「…ここ…が俺の住む部屋…なのか…」

「そうですわ」

 扉の上には中がどのような場所なのかを教える木製の表札が飾ってあったが、ホコリで汚れほとんど見えず、同じく木製の扉自体も表札と同じようにホコリで汚れていた。

「では参りましょう」

「…うん…」

 アルトラーシャはドアノブに手をかけ扉を開けると中に入り、勇者も同じように部屋に入った。

「ゴホッ…えふォッ…ほ、ホコリが…廊下よりさらに酷い…目になんか入った…ぐう…」

 咳をしながら目をこすり部屋の中を見た勇者はここがなんの場所かをようやく理解した。

「おいなんだここはッ!?」

「武器庫ですわ」

 部屋には剣、槍、弓、盾などが数多く置かれていた。

「んなことは見りゃわかるよ!? 俺が住む部屋を探しに来てなんで武器庫に連れて来られるのかってことを聞いてんのよ!?」

「ご自分を兵器とおっしゃっていたので」

「比喩表現だよ!? 比喩表現!!! それくらい強いって事を言いたかったの!!! ホントに武器庫に連れてくる奴がいるか普通!? ここに住めってか!? 絶対嫌だぞこんな場所!?」

「え!? 住まないのですか!?」

「何驚いてんだよ住まないよ!? 住めるわけないだろこんなホコリ臭い場所なんかに!?」

「ええー…」

「ええーじゃないよ!? こっちが言いたいよまったくふざけやがって!?」

「そうですか…お嫌ですか…」

「ああ嫌だね!」

「ここ以外となると…あとは馬小屋と倉庫とゴミ捨て場と…」

「おいおいおいおいおいおい!!?? なんで人の住める場所の例が一つもあがらないんだ!? バカにしてんのか!?」

「馬小屋と倉庫とゴミ捨て場もお嫌ですか…?」

「当たり前だろーがッ!!! なんなんだそのふざけた選択肢は!?」

「そうですか…むむむ…となると…うーん…他には…」

「ま…まさか何もないとかは無いよな…!?」

 アルトラーシャは悩みながら最後の選択を勇者に提示した。

「あとは人の住んでる居住区画しか残ってませんわ」

「最初っから居住区画を案内しろやああああああああああああああああああああああッ!!!! バカにしやがってよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 俺は客だぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 勇者は雄叫びをあげた。

「いえバカになどしてはませんわ…ですが…」

「ですがなんだよ!?」

「破壊神…ですわよね…勇者様って」

「え?」 

「破壊神の力で居住区を壊されるのは困りますし。破壊神の力が疼かれてしまうというお話ですし。破壊神ですものね。前世が破壊神の勇者様が出される破壊の波動を抑えるにはこれらの場所が最適かと…」

「ごめんねごめんね最近は大丈夫になったんだったよ! 忘れてたわー! 昔の話だったんだ! ごめんね誤解させて! 今はほんと大丈夫安定期に入ったから大丈夫! 居住区画でも問題ない!」

 自分の発言が原因と知った途端勇者はすぐに取り繕った。

「あら、そうなんですか! それなら居住区画に住んでも大丈……夫じゃないですわね…やっぱり…」

「え? なんでさ?」

 勇者の言葉に一時は同意するような言葉を返そうとしたアルトラーシャだったが、彼の顔をよく見つめると途端に言葉を翻しうなりながら再び考え始め、勇者はそんな様子に首を傾げた。

「なあ、なんでだめなんさ?」

「………いえ…ちょっと難しいかな~…と思いまして…少し待っていただけないでしょうか…勇者様が住めそうな場所を考えますので…ふう…どうしたものかしら…」

 質問しても答えを濁すアルトラーシャに対して疑問に思いながらも彼女の言う通り少しの間待つ。

「そうだわ! サムウェルス公にお願いしましょう! それがいいですわ! そうと決まればすぐにでも連絡しなければ! 勇者様! ワタクシはこれからサムウェルス公に貴方のお世話をするように伝えてきますのでしばらくこの階で待っていてくださるかしら! 伝え次第すぐにここに戻ってきますので! それでは失礼しますわ!」

「サムウェルス公? え?」

 アルトラーシャは勇者に簡易的に説明すると、彼の疑問の声に耳を貸さず即座に部屋から飛び出し、ドレスの裾をまくりあげ走り去って行った。

「…なんか一人で納得して出て行っちゃったんだけど…誰だよサムウェルス公って…」

「公って言葉から察するに多分貴族ですよ」

 アルトラーシャがいなくなったためトイレブラシは勇者の独り言に応答した。

「貴族って…あの貴族?」

「はい。しかも公という言葉からわかるようにきっと公爵ですよ! よかったですね!」

「公爵ってすごいのか?」

「すごいですよ! 貴族の中でもトップクラスに偉い人ですもん!」

「マジ!? ってことは…俺はそのサムウェルス公に面倒を見てもらえるわけだから…つまり…」

「そうです! 豪華なお屋敷で暮らせるということです!」

「っしゃああああああああ!!! 今度こそ! 今度こそ豪華な飯が食える! 今夜はサムウェルス公に歓迎会を開いてもらえる! ちゃんとした歓迎会を! くうぅぅぅぅ!!! やっほーーーーーーい!!!」

 勇者は武器庫の中で飛び跳ねだした、すると中のホコリが舞い上がり、そのホコリは勇者の口から気管に入りこんだため、盛大にむせ始めた。

「ゲホッ! ゲホッ! ウゲッ! ちくしょう気管に入った! ゲホッ!」

「こんなホコリだらけの部屋で飛び跳ねるからですよ…」

「つーかなんでこの部屋こんなホコリにまみれてるんだよ!? 戦時中っつってたよね!? おかしくないか!? 戦時中なのに武器庫がまったく手入れされてないなんてさ!? 馬小屋の掃除よりこっちを掃除しろよ!?」

「…そうですね…確かに…どういうことなんでしょうね…ホント…」

「はあ…とりあえずここから出るか…廊下の方がまだホコリが少ないだろうし…ったく…」

 勇者は出口に向かって歩き出したが、何かを足で蹴とばしたことに気づき立ち止まる。

「…なんだこれ…」

 ホコリが被ったそれを拾い上げた勇者は息を吹きかけホコリを払う、すると黒い皮で覆われた手帳が姿を現した。

「…手帳…だよな…」

「手帳ですね」

「ババアのかな…しかしホコリを被ってたところを見ると落としてから結構経ってるぽいような…ちょっと中を見てみるかな…」

「な!? ダメですよ勝手に人の手帳読んだら!」

 勇者は自然な動作で手帳をめくろうとしたがトイレブラシに咎められた。

「平気平気! ちょっと見て持ち主を調べるだけだって!」

「持ち主調べたって勇者様じゃ名前なんてわからないでしょ!」

「大丈夫だって! 見た後この手帳の持ち主の名前が誰なのかババアに尋ねればいいんだからさ!」

「そんなことしなくてもアルトラーシャ姫に直接渡せばいいじゃないですか…絶対自分が中を見たいだけでしょう…」

「そんなことはないさ細かいことは気にするなよ! それでは御開帳!」

 勇者が右手で器用に手帳を開こうとした時、閃光が手帳からほとばしった。

「え? なにこれ!? え!? うぶうううううううううううううッ!!! ごふぁッ!!!」

 その光に吹き飛ばされた勇者は武器庫の壁に激突した。

「勇者様!? 大丈夫ですか!? しっかりしてください!?」

「ぐふッ…な、なんなんだあの…手帳は…」

 激突した拍子に倒れ込んだ勇者は強烈な光を纏いながら空中に浮いている手帳を見ながら立ち上がると、トイレブラシに尋ねる。

「あれは…手帳に魔術がかかっていたんだと思います…見た感じ結界魔術の一種ですね…中を見られないように強力な魔力防壁が張られるように術がかけられていたのだと思います」

「…魔術使ってまで中見られたくないとかどんだけだよ…」

「余程重要な事がかかれてるのでしょうね…光が消えた後少し調べて見ましょうか」

「えー…近づきたくないんだけど…」

「何言ってるんですか! これほど強力な結界が張られてるんですからきっと重要な情報が書かれているに決まってます! もしかしたら戦争に関することかもしれませんよ!」

「うえー…でもなぁ…」

「あ、ひょっとしてビビってますか? チキンになっちゃってますか? チキっちゃってますか?」

「バッ…!? おまッ…!? び、ビビッてねーし…!? チキってもねーし…!?…わ、わかったよ…こんなもんでビビるわけがないってことをみせてやろう!」

「さすが勇者様! かっこいい!」

「ふん! 当然だ!」 

 数分と経たずに光は消え、光を失った手帳は地面に落ち、恐る恐る近づいた勇者は手帳を再び拾い上げた。

「それでは調べて見ましょう。勇者様、私を手帳に近づけてください」

「…ま、またいきなりふっ飛ばされたりは…しないよな…?」

「平気ですよ、ちょっと調べるだけですから…さあ…お願いします」

「…わかった」

 勇者は左手で握ったトイレブラシを右手で拾い上げた手帳に近づけた。

「…うーん…やっぱり防御系の結界魔術ですね…この手帳を見ようとしたり、手帳に攻撃しようとしたら発動するタイプだと思われます…」

「ふーん、それで? 解除できんのか?」

「いえ…今の私ではちょっと厳しいですね…かなり高度な魔術が施されているようなので…勇者様との契約の影響で魔力のコントロールすら厳しい状況の私では現状不可能かと…」

「なんだじゃあ結局中は見られないのか。仕方ないな、あとでババアに渡しておこう」

「そうですね。それがいいと思います」

「そんじゃ、さっさと外に出るか。ホコリ臭くてたまったもんじゃない」

 手帳をズボンのポケットにしまうと、今度こそ勇者は武器庫の外に出て、アルトラーシャの帰りを待った。

「おせえな…もう一時間は経ってるぞ絶対…」

 思った以上に時間がかかっているのかいっこうに現れないアルトラーシャに待ちくたびれた勇者は壁にもたれかかりながら待っていた。

「公爵に会うのに手間取っているのでしょうかね…もう少し待っ…あ…アルトラーシャ姫じゃないですかあれ!…では私はまた静かにしておきますね…」

「…ああ、わかった」

 先ほど勇者自身が上ってきた石造りの階段の方からこちらに向かってくるアルトラーシャを視界に捉えたトイレブラシは直接言葉を話すのをやめることを言い、勇者もそれに同意した。

「お、遅く…なってしまい…申し訳…ありませんでした…ぜぇ…はぁ…ぜぇ…はぁ…」

「いや…いいよ…」

 汗だくになりながら息を荒くするアルトラーシャの様子を見た勇者は文句を言うことが出来なかった。

「それでさ…サムウェルス公は…何て言ってた…?」

「ぜぇ…はぁ…だ、大丈夫ですわ…すぐにでも受け入れるとおっしゃってくれました…」

「ほんとか…! じゃあこれから早速向かうんだな…!」

 深呼吸を何度も繰り返したアルトラーシャの呼吸はだいぶまともになった。

「ええ…そうしましょう…」

「よし! それじゃ行こうぜ!」

「わかりましたわ、参りましょうか」

 勇者とアルトラーシャは元来た道を戻り始めた。

「ところでどこに住んでんの、そのサムウェルス公は…?」

「この城の外の都、王都ラムラぜラスに住んでいるんですのよ」

「城の外、王都、くぅ~! それっぽくなってきましたなぁ!」

 城の階段を下り、廊下を抜け、外に出た勇者は城の正門までやってきた。

「デカい門だなぁ…!」

「立派なものでしょう!」

 そびえ立つ閉じられた巨大な門を見上げながら勇者は驚きの声をあげ、そんな彼に対してアルトラーシャは自慢げに頷いた。

「…で…これどうやって開けんの…? この城って今誰もいないんだろ…?」

「心配ご無用ですわ。見ててくださいまし」

 勇者の心配そうな声に安心するように告げたアルトラーシャは門のすぐ近くまで接近し、勇者も慌ててそれに続いた。

「なんだコレ…水晶…?」

 正門の大きさに圧倒されていた勇者は正門の扉の下、ちょうど地面から測って二メートルほど上の場所に注目し、扉そのものに取り付けられた赤い球体に今更ながら気が付いた。

「認証開始」

 アルトラーシャが水晶に向かって話しかけると、水晶から赤い光が発せられ、彼女の顔を照らした。

「認証完了。ごきげんようアルトラーシャ様。ご命令をどうぞ」

「と、扉がしゃべった!? すげえ! ふしぎ…」

「(なんでそんなに興奮してるんですか勇者様)」

「…でもなかったわ…」

 扉がアルトラーシャに話しかけているのを見て驚いた勇者だったが、頭の中でトイレブラシに話しかけられてからは、それほど不思議ではなかったと思いなおした。

「ご説明いたしますわ勇者様、本来ならばこの正門は門番が許可しなければ開ける事ができないのですが、特別に王族や貴族、階級の高い騎士などはこの扉に顔が登録され、自由に出入りできるようになっているんですのよ」

「へ~そうなんだ…」

「勇者様のお顔もあとでワタクシがキチンと登録しておきますのでご安心ください」

「え、ホントに? なんだよ~そうか~! そういうことか~! いや~俺も顔パス出来ちゃう身分になっちゃったか~! もう重要人物ってかんじ?」

「もちろんですわ。勇者様はこの国の救世主ですもの」

「いや~まいったなぁ! ぐへへへへへへへ!」

 なんだか偉くなったような気がした勇者は嬉しそうに笑い出した。

「それでは門をあけますわね。門よ開け!」

 アルトラーシャが命じると、赤い水晶が強く輝き門は大きな音を立てながら少しずつ開いていった。

「行きましょう勇者様、ご案内いたしますわ。王都ラムラぜラスへ」

 門を先にくぐったアルトラーシャを見た後勇者はこれから行くことになる異世界での初めての町に期待を膨らませながらゆっくりと門をくぐる。

(出だしはちょっとおかしかったがここから始まるのか俺の物語は! 異世界の町か、どんなところなんだろうか。戦時中だからやっぱり暗い雰囲気なんだろうな。だが大丈夫! なぜならこの天才がどんな敵だろうがぶちのめし暗い空気から人々を救い出すからだ! そして美少女に囲まれて、グフフフフフフフフな展開になること間違いなし! なにせ破壊の神ですから! ま、その前に貴族の屋敷で美味いものを食ってからだな。さあて、行きますかね)

 勇者はまだ見ぬ都の風景を想像しながら門を抜けると城をあとにした。 

   




 

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