9話
光に包まれ無事契約は成功したように思えたが、両者の魂が繋がった次の瞬間
「「ぴゃあああああああああああああああああああああッ!!??」」
勇者とトイレブラシの体に強力な電流を流されたような衝撃が走り一人と一本の絶叫が周囲に響き渡ったが光が完全に消滅するまでその衝撃は悲鳴と共に断続的に続いた。
「「が…はぁッ…ごふぉッ………………」」
光が消えたその後黒こげになった勇者と左手に握られたトイレブラシは地面に死んだように倒れ込んだ。
「べ、べ、便ブラああああああああああ!!! てめぇなんてことしやがる!? マジで死ぬかと思ったじゃねーか!? なんだあれ!? 契約ってのはあんなわけわかんねーほどの痛みを伴わなきゃいけないものなのか!? 仮にもしそうだったなら事前に一言何か言っとけやあああああああああああ!!??」
「…がはッ……す…すいません…本当は…あんな衝撃…発生するはず…ないんですが…私の…見通しが…どうも甘かった…ようです…」
「どういうことだ!?」
倒れた後すぐに復活した勇者は左手に掴んだままのトイレブラシに食って掛かかり、彼女はそんな彼をこれ以上刺激しないよう控えめに推測と事情を話し始めた。
「…えーとですね…うまく伝えられるか自信がないんですが…どうも勇者様と私の魂は…その…スペックが…違いすぎて…うまく合わないというか…うーん…なんて言うんでしょうね…私が勇者様の魂の才能を図り損ねたというか…むむむ…ああそうだ!…よく漫画とかで誰々の才能は底が見えないとか言うじゃないですか!…そういう感じの表現に似ているんですけどね…それでなんですが…すみませんでした…私のミスです…原因としてうまく表現するとなると…勇者様の才能は底が…」
「ああ…なるほどな!…言うまでもなくわかったぜ…つまりこういうことかい便ブラー君…?…僕の魂の才能は…底が見えない…と…?…おいおいおいつまりつまってつまるところ僕の才能が凄まじすぎて君の矮小な魂がついてこれないとそう言いたいんだね…いやー…なんか申し訳ないねー…怒ってごめんねーごんめーん…しょうがないわこれはしょうがないことだわー…トイレの掃除用具君如きに向かって僕の才能に合わせろだなんて酷なことだよねー!…才能ありすぎるのも問題だわねー!…それにしてもあんまり嬉しくない言葉だよねー!…才能の底が見えないなんてねー!…言われなれてる月並みな言葉だよねー!…潜在能力が未知数だなんてねー!…あらゆる可能性を内包する無限存在だなんてねー!…んねー♪…うふふふふあはははははははは!」
「勇者様の才能は底が浅すぎて見るに堪えないって表現がぴったりです」
「そんなわけねーだろうがあああああああああああああああああああッ!!!」
先ほどまで嬉しそうにオネエ言葉で話していた勇者はトイレブラシの失礼な物言いに盛大に怒り狂った。
「いえ本当に申し上げにくいのですが勇者様に魔術的な才能はなさそうです…魂が繋がっている今の私にははっきりとわかりますから…そしてその魔術的な才能の無さが先程の衝撃の原因だと思われます…おそらく莫大な魔力を内包した私の魂と魔力を扱う才能が無い勇者様の魂が契約によって繋がった際に拒絶反応が起こってしまいあの衝撃を引き起した…とそういう次第ですね」
「嘘だッ! そんなはずはないッ! 俺の前世は破壊神で破壊の魔術が超得意だったんだぞ! 夢の中で何度となく敵を蹴散らしてきたんだッ! 俺に魔術の才能がないはずはない!」
「夢の中の話じゃないですか…」
「違うあれはただの夢じゃないッ! 前世の俺の活躍が夢の中でひょっこりと顔を出したんだッ! その証拠として死ぬ直前の言葉をしっかりと俺は覚えているッ! 『この身が朽ち果てようとも我が魂は永久に不滅なり』という最高にかっこいい言葉をなッ!」
トイレブラシは夢見がちな勇者にため息をつくと現実に戻すべく彼の前世について言及し始めた。
「…あのですね…言おうかどうか迷っていたんですが…」
「なんだよ…」
「実は魂がつながった影響で勇者様の魂の情報が私に流れ込んできてきてしまいまして…前世についてもはっきりとわかってしまいました…」
「ほう…では見たのか…俺の悲しくも勇ましい神話と激しくも虚しい最後を…」
「はい…見ました…勇者様の前世は…」
「破壊神だったろ…?…フッ…あの頃はやんちゃだったな…」
「ド貧乏の農民でした…」
「嘘をつくなああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「いえ本当です…可愛いお嫁さんと結婚することも出来ず妥協に妥協を重ねやっと結婚できたのは顔も性格もあまりいいとは言えない人で結婚生活を続けるうちにどんどんお嫁さんと子供に迫害され…勇ましくはありませんがある意味虚しい最後を遂げた農民です間違いなく…ちなみに死ぬ直前の最後の言葉は『おらぁ…いっぺんでいいからぁ…イナゴの佃煮を腹いっぺぇ…喰いたがったなぁ』でした」
「デタラメだあああああああああッ!!! そんなはずあるかッ!? そんな貧乏くさい言葉をブルジョワな俺が吐くわけがないッ!!! 信じないぞッ!!! 絶対に信じないからなッ!!!」
「いい加減現実見てください勇者様…これから厳しい戦いに行くんですから…わけのわからない妄想はやめて…そして才能のない現実と向き合いましょう…異世界で戦う前にまずは自分が農民だったという現実と戦いましょうよ!…ね…?」
「信じないっつってんだろうがッ!!!…俺は、はか、い…し…あ…れ…?」
勇者は体をふらつかせながらバランスをくずし地面にしりもちをついた。
「大丈夫ですか勇者様!?」
「…ああ…なんか…貧血っぽい…」
「たぶん…契約の影響だと思います…少し休んでから出発しましょう」
「…わかった…つーか契約ってのは結局のところうまくいったのかよ…」
「はい大丈夫です…多少の誤算はありましたが概ねうまくいきました…でも…ちょっと…契約した時にあの衝撃で事故が…」
「おい事故ってなんだよ!?」
「だ、大丈夫ですよ!…ちゃんと魂の繋がりは感じられますし…それにその貧血に似た症状も今まで通ってなかった魔力が私の魂を通して流れだした影響だと思いますから…じきに魔力に慣れて今まで以上に体が頑強になるはずですよあはは…でも…その…さっきも言いましたけど事故うんぬん以前に魂の容量に差がありすぎて…もしかしたら後々何かの拍子で不具合が出てきてしまう可能性も無きにしも非ずというか……」
「何だと!?」
「いえ心配ありませんって!…もしかしたらってことですから…可能性の話ですよ…あはは…」
「…本当に大丈夫なんだろうな…魔術的な才能はもちろんあらゆる才能を持った天才的なこの俺の魂にもし傷でもついてたら弁償してもらうからな!」
「あくまで才能ないことを認めないつもりですか…」
「当たり前だろーがッ!」
(でも…まあいいんですけどね…私が勇者様に求めているものは魔術的な才能なんかではないんですから…その点においては何の問題もありません)
しばらく休憩したのち勇者はトイレブラシに召喚の魔法陣について尋ね始めた。
「おい便ブラ…ところで異世界につながってる召喚の魔法陣ってのはどこにあるんだよ」
「この近くにありますよ」
「え…マジで…?…俺ここら辺通って学校行ってるけど…魔法陣なんてなかったはず…」
「それは魔法陣が普段は見えないようになっていて魔力を通すと見えるようにできているからですよ…この世界の人は魔力の流れとかわからないと思いますから普通の風景にしか見えないかもしれませんが私にはわかるのです…」
「ふーん…そういうもんなのか…はぁ…」
「なんだかテンションが低いですね…どうかしたんですか…?」
「いやお前のせいだろ!?」
「え…私のですか…?」
「そうだよ!…ただでさえ便所ブラシと魂繋げるなんて悲しいイベントの後だってのに…体に高圧電流を流されたみたいな衝撃が走ったあとに才能がないだの前世が農民だの言われたら誰だってテンション下がるわ!?…せっかく出席日数とかの心残りがなんとかなったってのに…どっと疲れた…そのうえ今もなんか貧血っぽいし…」
「でも才能ないことは信じないって言ってたじゃないですか…」
「信じなくたって気にはするんだよ! 俺みたいな繊細なインテリは扱いが難しいんだ! ガラスのハートなんだよ覚えとけ!」
「勇者様が繊細なインテリとは到底思えませんが…でも…そうですか…私のせいですか…では…私がなんとか下がってしまった貴方のテンションを戻して見せましょう!…アゲアゲにしてみせます!」
「…お前がかぁ…?…大丈夫かなぁ…余計テンションが下がりそうな気がするんだけど…あと…アゲアゲって…お前古いよその言葉…」
「大丈夫です私にまかせてください!…勇者様には世界を救うためにわざわざ異世界にご足労願うのですから行く前くらいはテンションをあげていただかなければこちらとしても申し訳が立ちませんし…それにそのテンションが先程より上がるであろうイベントは実はもう目前に迫っているんですよ!」
「テンションが上がるイベント…?…なんだそりゃ…」
「テンションが上がるであろうそのイベントというのは何を隠そう召喚の魔法陣による異世界召喚のことです!」
「…いまいちよくわかんねーんだけど…ただの召喚魔術がなんでテンション上がるイベントになるんだよ…」
「フフフ…ただの召喚ではないですよ…《英雄》召喚の魔術です…私も実際に見たことはないんですが噂ではヴァルネヴィアの英雄召喚魔術は特別性って話ですよ…VIP仕様です」
「VIP…だと…!?」
「はいそうですVIPです…そしてそれにはキチンとした理由があると私は思うのです…想像してみてください勇者様…もし英雄が異世界へ行くことに同意したとしても召喚の魔術がしょぼくては『俺は今から世界を救う英雄としてちゃんとテンション上げていけるだろうか…』って気持ちになりませんか…?」
「…確かに…」
「そうでしょう…?…でももし召喚魔術がセレブ感漂う豪華絢爛な華々しい英雄仕様だったなら『おお! なんてふつくしいんだ魔法陣なんだ! 俺はこれからアゲアゲで英雄になれそうだ!』って気持ちになれますよね…?」
「確かに!」
「そうですよね!…きっとそんなわけで魔法陣による召喚イベントは英雄の気分を盛り上げるという催し物としての理由も兼ねているんですよおそらく…では次は勇者様がそのVIP仕様の召喚魔法陣に飛び込む場面を想像してみてください」
「俺が…?」
「はい…美しい壮大な魔法陣にキリッとした顔で臨む勇者様ご自身の姿をです…」
勇者はトイレブラシに言われた通り美しく壮大な魔法陣に臨む英雄然とした自分の姿を想像した。
「ぐひッ! ぐひひひひひひひひひひひひひひひひ!」
そして英雄とは到底思えない顔と笑い声を発し始めた。
「テンション上がってきませんか…?」
「上がってきたなあああああ! アゲアゲになってきたぜええええ!」
「ですよね!…では休憩は終わりにしてさっそく召喚魔法陣のところまで行きましょうか導かれし英雄よ!」
「おっしゃあ任せろや!…しっかしそんなすごい魔法陣なら発動した術者がこの世界に来ないのがなおの事不思議でしょうがないな!…俺だったら這ってでも自分が創った素晴らしい魔法陣を見にくるけどな…だってこっち来るときは一人で味わえて、帰るときは英雄と一緒に味わえるわけだろ…?」
「そうですね…来る時も行くときも同じ魔法陣を使いますからね…三か月も放置されている事は本当に不思議でしょうがないですが…きっと来られないなんらかの事情があるんですよ…ですから私たちはその来られなかった術者さんの代わりに素晴らしい英雄専用魔法陣をしっかりと体感する義務があると…そう、切に思います!…」
「そうだな! それじゃあ行くか英雄専用魔法陣に! なにせ俺には大切な使命があるからな!」
「勇者様が自分から使命にたいして積極的になるなんて、私すごい感動しました! そうですよそのとおりです勇者様! テンションが上がってきたことで英雄としての自覚が芽生えてきたんですね! 偉いです!」
「当然だ…行くぞ…使命を果たすために…」
「はい勇者様!」
(世界を救いに行くという使命のためにですね!)
「そう異世界旅行という大切な使命のために!」
「違いますよッ!!!」
「え…?…ああそうか…悪い悪いそうだったな…違ったわ」
「そうですよもう…頼みますよ勇者様…」
「エルフで童貞を捨てるためだったわ悪い悪い!」
「それも違います世界を救いに行くんですよッ!!!」
「そっちもわかってるって!…ついでに世界も救ってやるって!…なははははははははッ!」
「…ついでじゃなくて世界を救う方がメインなんですけどね…」
「わかってるって言ってるだろ! なはは! それじゃあ案内しろ便ブラよ! 脱童貞旅行のために! この偉大なる英雄をその英雄専用魔法陣に見事導いて見せろ!」
「…やっぱり勇者様は人の話聞かないタイプの人なんですね……はぁ…でも…いいですけどね…来ていただけるだけありがたいですから…そのお役目果たさせていただきます…」
「よく言った!…ククク…さあ~て未開人どもにいっちょ文明ってやつを教えてやりにいきますかね…あはははははは!」
勇者は立ち上がるとトイレブラシの指示に従い魔法陣の場所まで歩き出した。
「…なあ…便ブラ…なんか…さ…ここら辺…最近来たような覚えがあるんだけど…気のせいかな…?」
歩き出してすぐに勇者は今歩いているところについ最近訪れたような強い既視感に襲われた。
「勇者様はこの近所に住んでるんですから見覚えあって当たり前じゃないですか」
「…うん…まあ…それもそうか…いや…でも…なんか…かなり最近の出来事で…しかもすごい嫌なことがあったような…えーと…あれは確か…お前と…」
こめかみに手を当てて思い出そうとする勇者に向かってトイレブラシは遮るように声をかける。
「まあまあ細かいことは気にせずに異世界の事だけ考えましょうよ! これから行くヴァルネヴィアはなんと水と空気と美少女が七割を占める素晴らしい世界なんです! ハーレムなんか作れちゃったりするかもしれませんYO!」
「み、水と空気と…び、美少女が七割を占める世界…だと…は、ハーレム…美少女…マジかYO!?…ヴァるなんとかって世界はそんなにもすんばらしい世界だったのかYO!?」
「そうですYO! 昨日はちゃんとヴァルネヴィアという世界について説明できませんでしたがもうなんか美少女が中古のバーゲンセールみたいな価値で出てくる素晴らしい世界なんですYO! しかも! エルフだけじゃないんです美少女は! これから行くことになるウルハ国の王族の女性は代々白魚のように美しい手にシルクのような肌をしたエルフに負けないような美貌を持っているんです! 今代のお姫様もきっと美少女ですYO!」
「マ・ジ・で・す・か!? うひょー! つまりこういうことだな! かっこE召喚魔術で最高にカッコ良く召喚された先で超絶美少女のお姫様と運命的な出会いを果たす、とそういうわけだなおい! おいおいおいさらにテンションが上がって来ちまったZE! さっきまで感じてた違和感もぶっ飛んで行っちまったZE! 走っちゃおうかな? 召喚の魔法陣まで走っていっちゃってもEかな☆? この胸のときめきを抑えられなくなってしまったYO!」
「もちろんOKですYO! あとは今歩いてる道を真っ直ぐ進めば魔法陣に着きますYO! 走って召喚の魔法陣にそのまま飛び込んで行ってしまっても問題ありませんYO! 私がその場所に飛び込んでくださいと指示するまで全速力で走っていただいて構いませんYO! 勇者様が飛び込んだ瞬間にすかさずカッコEタイミングで魔法陣を起動させますYOOOOOOOOOOO!!!」
「ひょおおおおおおお!!! テンションマァァァァァァックスだYOOOOOOOOOO!!! ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
勇者は奇声をあげながら真っ直ぐ魔法陣あるという場所に向かって走り出し、次々に通り過ぎていく田畑などの風景には目もくれずトイレブラシからの指示が下るまで走り続け、そしてついに声がかかった。
「あそこです勇者様! あの穴の中が英雄専用魔法陣の中心になります! 飛び込んでください!」
「よおおおおおし! まかせろおおおおおおおおおおおッ!!!」
左手に握られたトイレブラシが前方の地面に開いた穴を指し示したため、走っていた勇者は元気よく返事を返すと指示どおりその穴に向かって勢いよく飛び込もうとした。
「行くぜ行くぜ行くぜぇぇえええ! 飛び込んでやるぜ、ってぇ!? うわあああああああああああああああっとあぶねええええええええ!!??」
が、穴に入るすんでのところで急ブレーキをかけ横に飛び退き、地面に転がった。
「あ、あぶね、ほんとマジであぶなかったああああああ!!!…はぁ…はぁ…おい便ブラふざけんなよ場所間違えてるぞ!?…ぜぇ…はぁ…はぁ…あ、危うくあの穴の中に入るところだったぜ!?…ふぃ~あっぶねぇ…ふぃ~…よかったぁ入らなくて…」
勇者は立ち上がると袖で顔の脂汗をぬぐい穴に入らずに済んだことを安堵した。
「なにやってるんですか勇者様」
「何やってるって…なんだその言いぐさは!?…お前のミスによる場所間違いを華麗に回避してやったんだろうが感謝しろよ!?」
「場所間違いなどしてはいませんが」
「…………何だと…」
「ですから私は場所間違いなどしてはいませんからあの穴の中に飛び込んでください」
「…………何を言ってるんだお前は…」
「あの穴の中に飛び込んでくださらないと英雄専用魔法陣が起動できない、とそう言っているのです」
「………あの中が…英雄……専用魔法陣…?」
「はいあの中が英雄専用魔法陣の中心に位置する場所です」
「………嘘だろ…」
「嘘じゃないです」
「………じゃあ…冗談かな…あはは…」
「冗談でもないです」
「………じゃあ…それじゃあ………俺は……あの中に入らなくては異世界に…行けない…のかな…?」
「はいあの中に入らなければ異世界には行けません」
「…………どうしても…?」
「どうしてもです…早く飛び込んでくださいYO!…さっきまでのテンションはどこに行ってしまったんですYO!…さっさと飛び込んで世界を救いに行きましょうYO!」
「………嫌だ…」
「え…?…どうしたんですか勇者様…」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああああああああああああ!!!」
「何が嫌なんですか勇者様…?…ワガママ行ってないであの穴に入りましょうYO!」
「YOじゃあねぇぇぇんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「…まったくもう…どうしてあの穴に入ることがそんなに嫌なんですか…?」
「……どうしてか…だと…?」
「はい…なんで嫌なんですか…?」
「……だって…だって…だって…ここ…」
一息置いて勇者は理由を、
「肥溜めじゃねぇかああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
英雄専用魔法陣の中心である肥溜めを指差しながら絶叫した。
「違いますよ英雄専用魔法陣です! 魔力を流し込んで発動させれば光り輝く美しい魔法陣が浮かび上がってくるんですよテンション上がったきましたねぇ! くうぅ~!」
「ふざけんなよ何が英雄専用魔法陣だハエのたかった悪臭漂う肥溜めだろうが!? 発動させたところでう〇こに浸かってる俺にはどうせ肥溜めが光り輝いてるようにしか見えないだろ!? 仮にどれだけ魔法陣が綺麗でも中心にいる俺が滅茶苦茶汚くなるじゃねぇか!? 最悪だよ!? マジで最悪だよ!? さっきよりテンション下がったぞ!? さんざん美しいだの壮大だの持ち上げておいてこれか!? この仕打ちか!? 騙しやがったなてめえええええええええええええええええ!!!」
「騙しただなんて人聞きが悪いですね! 術を発動させればちゃんと美しい魔法陣が出てくる神聖な場所なんですから文句言わないでくださいよ」
「場所がッ! すでに美しくもなんともねぇんだよ!!?? 場所がッ!! 神聖とか美しいとかの対極に位置してるだろうが!!?? 場所がッ!!! う〇こなんだよ!!?? 場所がああああああああああああああああ!!??」
「……ふぅ…まったく…こんな神聖な場所に文句をつけるなんて…ワガママなんですから…ではとっておきの情報をお教えしましょう!…飛び込んでいただければ実感しますが…魔法陣を起動すると美しくて壮大な光に包まれるだけではなく…なんとその中で発生するマイナスイオンにも包まれて眠るような心地で異世界に行けるのです!…すごいでしょう!」
「美しくて壮大な光とマイナスイオンに包まれる前にう〇こに包まれなけりゃいけないんだろうがよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! う〇この中でなんか眠れるかああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」
「何を言ってるんですか勇者様それくらい英雄なんですから我慢してください! それにこっちの世界に不思議にも深い事情があって来ることができなかった可哀想な術者さんの代わりに魔法陣の発動を見届けると言ったじゃないですか! 自分の世界の事なのに他の世界の人に頼らなければいけないという恥辱にまみれながらも召喚を行った術者さんの覚悟に報いましょうよ!」
「何が深い事情だ!? 何が可哀想だ!? これ絶対あれだろ!? 間違ってこんな場所に魔法陣作っちゃってこっちの世界に出て来れなくなったってだけだろ!? 絶対そうだろ!? そりゃあこんな場所に出てくれば一瞬でう〇こに突入することになるからな!? 恥辱にまみれるどころかクソまみれになるのが嫌だっただけだろう!? 納得の理由だよ不思議でもなんともねぇよ三か月も放置するわけだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「違いますよもう深読みしすぎでって!」
「いや絶対そうだろ!?…こんな場所に…こんな…あれ…ってかこの場所…なんか…やっぱり見覚えが…あるん…だけど……うーん…えっと…たしかぁ……………あ!…ああ!?…そうだ思い出した!?」
「なにがですか…?」
「なにがですかじゃねえええええんだよおおおおおおおおおおおお!? ここお前が突き刺さってた肥溜めじゃねぇかあああああああああああああああああああああああ!!??」
「……ア!?…ホントウダ!…ゼンゼンマッタクキヅキマセンンデシタヨ」
「嘘付け絶対気づいてただろ!? 知ってて隠してたなテメェ!? 肥溜めに魔法陣が張られてるって知ってて黙ってやがったんだなあああああああああああああああああああ!!??」
「言いがかりはやめてくださいよぉもお」
「言いがかりじゃねぇだろこれ!?…あれ?…いや…いや…いや!?…つーかもしかしてあれか!?…万に一つもあり得ないが…もし初めて会ったあの時に俺が異世界に行くことに同意してたら…お前…まさかこの肥溜めの中に俺を突っ込ませるつもり…だったのか…!!??」
「えへへー!」
「えへへーじゃねぇんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!! 誤魔化してんじゃねぇよ可愛くもなんともないんだよ腐れ便所ブラシがああああああああああああああああああああああ!!??」
「まあまあいいじゃないですか! たとえ肥溜めに魔法陣が張られていようがたとえ魔法陣に入ってう〇こまみれになろうが世界を救うことに比べれば英雄にとっては些末事ですよ!」
「全然些末事じゃねぇよ!? 重要だよ!? 行く前にテンションが大幅に下がるだろうが!? お前さっきと言ってることが全然違うだろ!? 気分を盛り上げる催しも兼ねてるんじゃないのか!?」
「今最高に興奮して喜んでるじゃないですか勇者様! 催しは大成功ですね! イエイ!」
「喜んでるんじゃねぇよおおおおおおおおおお!!?? 怒ってんだよキレてんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「怒っているように見えるほど興奮して喜んでいただけたようなのでサプライズを用意したこちらとしてもとても嬉しいです! 話も決着がついたことですし行きましょうかヴァルネヴィアに! ではさっさと飛び込んでください!」
「おいコラ決着なんてまだついてないだろうが都合のいい解釈して終わらせようとしてんじゃねぇぞおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「なんですかまだ何か文句があるんですか…?…もう契約してここまで来てしまったんですから諦めてくださいよ!…それに英雄というものは華々しい活躍だけでなく多少は苦悩を伴う汚れ仕事を行わなければいけないものなんですからこのくらいの汚れシャワー感覚で浴びられなくてどうするんですか!…そうですよ私今すごく良いこと言いましたよ!…これもいい機会ですから異世界で汚れ仕事をする前にこっちで少し汚れて行った方がいいですよ!…というわけでお風呂に浸かる感覚でいきましょう!…さっさと神聖な魔法陣に飛び込んで臭い…じゃなかった飛び込んでください!」
「飛び込んで臭いってなんだ!? 神聖な場所だなんてお前もホントは思ってないだろ!? 汚ねぇ場所だってわかってんだろ!? あと苦悩を伴う英雄の汚れ仕事ってクソまみれになることとは関係ないからね!? 絶対に違うからね!? 英雄はおろか浄化槽の人だって仕事でクソまみれになんかならないからね絶対!!?? 何はともあれ絶対! ぜぇぇったいに飛び込まないからな俺はッ!!!」
「…絶対連呼しすぎですよ勇者様……はぁ…やれやれ…ではどうしても飛び込むのは嫌だとおっしゃるんですね…」
「当たり前だ断固拒否する! こんな中に飛び込むくらいならここでカッパになった方がマシだね!」
「……仕方ないですね…はぁ…私もこんなことしたくはなかったんですが…本当に仕方ないです…これは…はぁ…」
「な…!?…なんだ!?…か、体の…自由が…まさか…便ブラ…貴様!?」
トイレブラシがため息をついた瞬間に勇者の体は金縛りにあったように自由が利かなくなった。
「フフ…契約してしまいましたからね…今私と勇者様の魂は半融合状態なんですよ…フフフ…つまり魂がくっついてる状態なんです…まだ完全には動かせませんが…じきに勇者様の体を私の意思でも動かせるようになるんですよ…それが魂の契約というものなんです…アハハハハハハハ!」
「便ブラ…キサマァ!!!」
勇者はジタバタと手足を動かして抵抗を試みようとしたがやはりうまく動かせない。
「無駄ですよ勇者様…魂の契約は絶対なのです」
「くッ……!」
(ちくしょおマジで体がうまく動かせないぞ!?…契約とかいうのの影響か!?…どうしたらいいんだ!?…このままじゃう〇この中に突入させられるぞ!?…そんなのごめんだ!?…そうだ契約とか言うのをなんとかしたら!…ってどうしたらいいんだよ!?…魔術の知識なんて俺には無いぞ!?…契約をなんとかする方法なんて俺には無……いや…確か…そういえば…あった!…圧倒的閃き!…さすが俺超天才!)
「おい便ブラ!」
「なんですか…?…諦めて大人しく飛び込む気になりましたか…?」
「確かお前と結んだのは仮契約だったよな!」
「ああ…流石にそれは覚えてたんですか…全然触れてこないから忘れてたのかと思いました」
「忘れるわけないだろなにせ俺は天才だからな! というわけで契約を解除しやがれ! 今すぐに!」
「それは無理ですね」
「なんでだよ!?」
「だって私と勇者様が結んだのは仮契約ではなく普通の契約なので」
「な…!?…なんだとおおおおおおおおおお!?…ま、またか!?…また騙しやがったのかああああああああああ!?…一度ならず二度までも!?…この天才をハメるなんて!?」
「…天才だったら多分うまくいかなかったでしょうね…」
「なんか言ったか!?」
「ああいえ何でもないです…えっとぉ…何度も言っているようにさっきも今も騙してなんていませんてばぁ!」
「実際騙してんだろ!? そうじゃなけりゃあ仮契約の話はどこにいったんだよ!?」
「私はただ仮契約というものがあると言っただけで仮契約を勇者様と結ぶなんてことは一言もいってません」
「このペテン師がッ!!! 俺をペテンにかけやがったな!!??」
「違います営業トークです…契約を取る営業マンの世界はとてもシビアなものですから…このくらいはご容赦ください」
「営業マンと詐欺師を一緒にするなお前は悪徳詐欺師だろおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「違いますよ茶目っ気溢れる美少女営業マンです! うふふふふふ! それでは行きましょうか外回りの仕事に! 課長に怒られちゃいますからね!」
「嫌だ外回りなんて俺は事務職がいいんだあああああああああ!? っておい!? ちょ!?」
勇者の体は彼の意思とは無関係に肥溜めに向かって一歩ずつ進みだした。
「おいおいおいおい!? 待て待て待て!? 罪悪感は感じないのか!? お前この前俺に脅しをかけたときに罪悪感感じるとか言ってただろ!? それを今感じろ全力で感じろ全力で浴びるように感じろ俺が肥溜めを全力で浴びる前に感じろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
「……ふぇぇ…エクスカリバーちゃん勇者様が何言ってるかわかんないよぉ…ふぇぇ…」
「こ、この、このぉ!? 大腸菌付着ブラシがあああああああああああああああああああああああ!!??」
体をなんとかその場にとどめようと踏ん張る勇者だったが彼の僅かばかりの抵抗はさしたる時間稼ぎにもならず結局はトイレブラシの思いどおり少しずつ肥溜めに向かって足は進み、そしてついに彼の体は一歩踏み出せば英雄専用魔法陣に落下する位置にまで近づいてしまった。
「おいやめろおおおおおおお!? 訴訟も辞さない覚悟だぞおおおおおおおおおおおお!!??」
「諦めてください勇者様…今の貴方はさながら魔術的な連帯保証人の欄に名前を書いてハンコを押してしまっている状態なんですもう手遅れなんです弁護士だってお手上げなんですよ勝訴なんて不可能なんです」
勇者は最後の抵抗とばかりに精一杯体に力を入れ肥溜めへの突入を回避しようとしたが、トイレブラシはそんな彼に対して容赦なく最後の一歩を踏み出させようと空中に足を浮かせた、しかしその行動を遮るようにして突然空気を震わせるような音がどこからともなく響き事態は一変する。
「な、なんだこの音は…」
「…ああ…マズイです…来ちゃいましたね…ではなおさら急がなくては…そおい!」
奇妙なトイレブラシの掛け声が発せられた瞬間、肥溜めの前でなんとか耐えていた勇者のバランスが崩れそして
「おあ!?…うわ、わ、わわ、うわああああああああああああああああああ!!??」
勇者は肥溜めの中に落下した。
「ぶはぁ!? ぶッ! おええええええええええええええ!? ごふぇええええええええ!!??」
「さあ頭までしっかりと浸かってください勇者様! ビバノンノンしちゃってください!」
「て、てめッ!? や、やめ、ぶはぁッ! ぶうううううううううううう!!??」
トイレブラシは自信が掴まれている左腕を乗っ取り、自分の体もろとも暴れる勇者の頭と体を肥溜めの中に全て沈めた。
(これで準備完了です…魔法陣、起動っと!)
準備を整えるとトイレブラシは魔法陣に強力な魔力を流し込んだ。
すると何もなかったはずの周辺の畑が美しい緑色の光に染まり、肥溜めを中心にして幾何学的な文様の巨大な魔法陣が形成された、そしてその後数秒と経たず畑周辺に拡散していた光は魔法陣の中央に向かって収束し勇者とトイレブラシを包み込むと形を球体に変えて穴の中の肥溜めごと勇者とトイレブラシを包み上空へと舞い上がった。
(…な、なんとか間に合いました…危なかった…ふぅ…)
球体状の光に肥溜めごと包まれ溺れてもがき苦しむ勇者とは対照的にトイレブラシは心の中で安堵した、しかしその安堵をかき消すように空へ舞い上がるのとほぼ同時に擦れ違うようにして赤い稲妻にも似た光がさらに上空から凄まじい音を立てて勇者とトイレブラシが先ほどまでいた畑周辺に突き刺さった。
(…ほ…本当に間一髪でした…あとちょっとでも遅れてたら鉢合わせするところでしたよ…)
今度こそ本当の意味で安心したトイレブラシは心の中で一人誓うように語りだす。
(…ごめんなさい勇者様…貴方に伝えることはできませんが…謝罪しなければいけないことが私にはあります…面と向かって言えずにこんな心の中でしか謝罪できないことは自己満足にすぎないのかもしれませんが…謝罪の代わりに私なりの誓いをここに立てます…まず謝らなければいけないことというのは…私は貴方に『嘘』をついている、ということです…いえ本当の事を言っていない、という方が正しいのでしょうね…ただ…言い訳させていただけるならば…その方が…詳しい事情を話すよりも…何も話さず…成り行きに任せた方がおそらく貴方の持っているであろう『特性』を最大限に発揮できるはず、と私なりにそう思ったからなんです…いえ…それでもやはりこれはただの言い訳にすぎませんね…誓います勇者様…全てを終えたのち…世界を救った後…その後ならばどんな償いでも致します…ですから…どうか…どうか私に見せてください…貴方の紡ぐ物語を…その先にこそ…私の求める答えが…きっと…)
トイレブラシが心の中で宣誓を終えると空高く浮かび上がった光の球体は上昇を停止し、その場で回転しながらどんどん小さく収縮していきその後跡形もなく消え去った。
こうして一人の名もなき少年が地球を離れ英雄として異世界に召喚された、そして悪意と絶望で満たされた悲劇の舞台異世界ヴァルネヴィアにおいておバカな勇者の勘違いと死闘の日々が彼の認識を離れたところで幕を開ける。