長い一日の始まり3
本格的なお話が進みます。
燈くんは男です。
3
ぱらぱらと音を立てながら作業卓に落ちる綺麗な玉は傾斜した卓の上を転がり、ころころと箱の中に落ちていく。
色ごとに分けられた玉は、宝石と見紛うほどの存在感と、輝きをはなっていた。
「だから燈が来るまでは配色なんて気にしてなかったんだって」
「気にした方がいいに決まってるじゃないですか!」
「俺にそんなのはわからん」
蓮池ではいろいろな種類の夢玉を売っている。
ストラップだったり、アクセサリー系、オーダーメイドの依頼も受け付けている。
夢玉を液体からビー玉ほどの大きさに形を整えるのは蓮二の仕事、それを加工するのは燈の仕事だった。
燈が来たのは五ヶ月前の仕事始めのこと。
今年は珍しく正月三が日はまとまった雪が降り、蓮池も厚く凍りつくほどの寒さの中、燈は大きな鞄を持って蓮二を訪ねて来た。
その日から燈との生活が始まったのだが、なにかと面倒ごとも増えたのは気のせいでは無いだろう。
唯一燈が来て助かっていることは家事全般をこなしてくれることだった。
もともと蓮二一人で住むには少々広い家だったので、掃除や手入れが滞っていたが、燈は頼んでもないのになんでもやってしまう。
「午前はこの辺にしてお昼ご飯にしましょうか。僕作って来ますね」
そう言って燈が立ち上がろうとしたとき、作業場が不自然に揺れた。
いや、正確に言えば夢玉の原料となっている液体がぶれた。
「………燈、今日の日付は………?」
「えーっと、五月の十二日ですね」
「札は?」
「僕は変えた覚えありません」
「………まずくね?」
「………まずいですね」
燈がいい終わるのが早いか、それとも液体が暴れ出すのが早いか、とにかくほぼ同時に作業場は混沌とした。
棚に陳列した大量の輝く液体が容器の中で激しく振動し始めた。
二人の行動は迅速だった。
燈は机の引き出しから墨でなにやら呪文のようなものが書かれた紙切れを四枚取り出し、蓮二に投げ渡す。
受け取った蓮二は即座に紙切れを部屋の四隅に投げつけた。
「………安定しましたね」
「………そうみたいだな」
この作業場は少し特殊な空間のようだった。
蓮二の作る夢玉の原料は夢の世界の物であるがゆえに本来は現実世界では触ることはおろか、見ることさえ叶わない。
本来なら。
二人のいる作業場は特殊な札によって現実世界にありながら、夢の中と同じ空間を作り出していた。
「危ねえ………今度やったら神狩のじじいになに言われるか考えるだけで頭が痛いよ」
「今のでお札のストックなくなってしまいましたよー。それに赤もさっきのが最後なのでもらいに行かないと」
蓮二は少し苦い顔をした。
「ごめんくださーい」
沈黙を破ったのは外の声だった。
「出てきますねー」
燈が小走りで声のした方に向かう。
「なるべく神德寺には行きたくねーんだよな」
蓮二はさっきの衝撃で乱れた容器を整理しながら漏らした。
少しすると燈が帰って来る音が聞こえてくる。
「どちらさん?」
「神德寺の見習いさんでしたよ。今日の午後三時に寺に顔を出せと神狩和尚からの伝言を伝えに来たみたいです」
蓮二は危うく容器を落としそうになってしまった。
「いい機会でしたね。僕たちもいろいろ神德寺に用がありますし、午後の作業はお休みですね」
そう言って燈は昼食を作りに台所へと去っていった。
「個人的な呼び出しなんて、いいことあったことないんだけどな………」
蓮二は昼食が出来上がるまで軒先でぼーっと煙草を吸っていた。




