第6話 スライムに好かれた男
うっかりミスで魔物大量召喚の罠を発動させてしまった俺。そんな俺を助けてくれた相手は、ピンク色のゼリー状の魔物だった。
…………なんて、信じられるか?俺も信じられないが、目の前にいるんだから信じざるを得ない。
『あなたがご無事でよかったです』
ピンク色の塊がプルプルと震える。良く分からないが、声の調子からは喜んでいるような気がする。というか、どこから声出してるんだろう、こいつ。よくよく観察してみるが、半透明のボディはつるりとしていてどこも同じように見える。
「助けてもらったことは感謝する……が」
『いえいえ どういたしまして』
うーん、見た目はあれだが、なんか人間と同じような受け答えするな……。話し方からして、なにがしかの知性を感じる。普通に遺跡の中で鉢合わせしたらうっかり攻撃してしまいそうな見た目だが、敵意は感じない。
「おまえは何なんだ?魔物……なんだよな?」
『わたしはスライムです。この遺跡に住んでいる魔物の一種です』
……やっぱり魔物なのか。俺はじいさんから聞いた魔物の知識を引っ張り出した。確かスライムってのは、半固形状の魔物で伸縮自在、打撃耐性のある厄介な存在だったと思う。タイプによっては毒液や酸を吐くこともあるとか。そうか、これがあのスライムか。
「ところで、なんで助けてくれたんだ?」
遺跡の魔物ってのは皆、侵入者を襲って来るものだ。人間を見つけると必ず全力で攻撃を仕掛けてくる。野生の獣みたいに腹が減っているとか子供を守ろうとするとかいった目的があっての攻撃ではなく、侵入者を襲うことそのものが目的のようにただがむしゃらに襲う。侵入者を見て攻撃しない魔物というのは今まで聞いたことがない。
まさか、人間を助ける魔物がいるなんて思いもしなかった。俺を助けることでこいつにメリットがあるとも思えないが、一体何が目的なんだろうな。
スライムは俺の問いかけに対して、黙ったままプルプルしていた。考えてるのか答えを拒否してるのかいまいち分かりにくいが、とりあえず俺も黙って答えを待ってやることにする。
しばらくプルプルした後、スライムはおずおずと口(?)を開いた。
『……………わたしは』
小さくつぶやいた後、一旦そこで言葉が途切れる。言いづらいことを言おうとしているのだろうか。魔物に言いづらい話ってあるのか?いや、人と話すほどの知性があるわけだから、言いづらい話のひとつやふたつもあるものなのかもしれない。魔物の事情なんてよくわからないけどな。
スライムは俺の方を(たぶん)見ながらしばらくためらうように伸び縮みした。
そして突然覚悟を決めたように、ぎゅっと体を凝固させながらこう言った。
『あなたが------好きです』(キャッ)
( ……………………は?????????)
こいつ、今なんと?
たしか、好きとかなんとか言わなかったか??
しかも、微妙にかわいらしい言い方で。
あまりにも予想外の答えに、俺は何も言えず固まってしまった。
好きって一体どういうことなんだ。こいつ、魔物だろ?人間好きの魔物とか存在するのか?
動揺する俺を目の前に、スライムは心なしか少し体色に赤みを強めながら言葉を続ける。
『今までわたしはずっと、普通のスライムとして生きて来ました。この遺跡にいることに何の疑問も抱かず、ただ一匹の魔物として生きてきました』
ピンクの塊が恥じらうようにうねうねと体を動かす。
『でも先ほどのフロアであなたを一目見た時、運命を感じたのです。ビビビッときたのです。この人に一生ついていこうとそう思いました』
「……あの状況で、なぜそう思うんだ」
『それは、なんとなく素敵な人だなって……』
魔物に埋もれて死にかけてた姿が素敵なのか?魔物の感覚ってよく理解できないな。
しかし、言葉だけ聞いていると、まるでプロポーズみたいだ。一生ついてくなんて言われたのは、初めてだよ。これで言ってるのがスライムじゃなくてかわいい女の子だったら最高だったんだけどな。
「えーと、よくわからないんだけど。要するに俺と友達になりたいってことでいいのかな?」
『そ、そうですね……まずはお友達から始めるべきですよね。わたしったら、ちょっと焦ってしまって』
待て、お友達から何を始めるつもりなのか。そして最終的にはおまえは何を目指しているのか。
「具体的には俺はどうしたらいいんだ?」
『できれば、お仲間として連れていって頂けたら嬉しいです」
うーん、仲間か。
俺はこのスライムを仲間にすることについて思考を巡らせてみた。こいつの強さがどれぐらいかは分からないが、少なくともあの魔物の群れから無事に抜けられたのはこいつの力によるものだろう。少なくとも弱くはないのではないかと思う。
俺は戦闘は得意じゃない。だから、戦闘のできる仲間がいてくれるというなら心強い。それに、俺よりも長く遺跡に住んでいたわけだから、この遺跡についても詳しいかもしれない。魔物を信用していいかどうかは分からないが、俺を殺すつもりだったらとっくに殺されているだろうし。
打算的に考えると、俺にとってそう悪くはない提案だという気がした。
「まあ、一緒に戦うというなら連れて行ってもいいかな」
『本当ですか?!』
スライムが飛びあがらんばかりに上下に伸び縮みする。たぶん喜んでいるんだろう。
「でも、他の魔物と戦うことになるかもしれないぞ。いいのか?」
『はい、大丈夫です!」
今度は小刻みに上下にプルプルした。頷いてる……んだよな、たぶん。
俺はひとまずピンクのスライムを連れて、地下4階層を探索してみることにした。敵の魔物も何匹か出現したが、仲間になったスライムは思った以上に役に立った。何せ元が不定型だから狭い場所でも調べることができるし、体を伸ばしてクッション性のある盾にもなってくれる。
「さっき敵の突進を受けてたが、大丈夫なのか?」
『平気です。わたし、丈夫ですから』
ぶつかった時は一瞬ひしゃげていたが、今見てみると元通りで傷になっている様子もない。打撃耐性があるってのは本当なのかもな。
俺は戦闘にあまり自信がないのでそちらを補ってくれる存在は心強い。そして、攻撃は打撃や締め付けだけでなく、酸も吐けるようだ。スライムってのはなんとなく弱いもんだと思っていたが、まったくそんなことはないようだ。
思えば地下1~4階までの間に通常時にスライムが出てくるようなことはなかったし、あの魔物の群れの中を俺を守る為に突っ込んでいって平気だったわけだから(後から分かったが、俺が無事だったのはスライムが膜のように俺を囲んで他の弱い魔物から守っていてくれたからのようだ)、結構強い魔物なのかもしれない。
「おまえ、すごいんだな」
『お役に立ててるなら嬉しいです』
「うん、すごく助かってる」
スライムは照れたようにくねくねした。魔物だと思うと不気味ではあるが、だいぶ見慣れたせいかペットだと思えばかわいい気がしてきた。そういえば、こいつ名前はあるんだろうか。
「ところでおまえ、名前はなんていうんだ?」
『なまえ?』
「スライムは個体名じゃないよな」
『はい、スライムは魔物としての種族名です』
仲間なんだから、いつまでも「スライム」呼ばわりもどうかと思う。どうせならちゃんと名前で呼んでやりたい。人間に発音できないような名前だったら困るが、その場合はあだ名でもつけるか。
「ちなみに俺の名前はクルクって言うんだけど……」
俺の名前を聞くと、スライムは嬉しげにプルプルしながら『素敵な名前ですね!』と褒めてきた。人間の名前のセンスとかわかるのか、おまえに。
『なまえはありません』
「ないのか?」
『遺跡にいる間、魔物には個性はないのです。だから、ひとつひとつの個体の名前もありません』
名前、ないのか。俺と人間の言葉で会話できるし、知性も高そうだから当然あるんだろうと思ってた。スライムと呼び続けてもいいんだが、敵として他のスライムが出てきたときに呼び分けに困るな。
『あの、名前……よければつけていただけませんか?』
「俺が?」
『はい、ぜひ』
スライムは期待のこもった眼差しでこちらを見ている……気がする。眼差しなんてないけど。しかし、魔物の名前か。一体どういうのがいいんだろうな。強そうなのがいいのか?
そんなことを考えてたら頭の中に前世の記憶がふっとよみがえり、「すらr…」と言いかけたが寸前でやめた。スラなんとかって名前はやめとこう。ちょっと安直だからな。
「うーん、女ならゲル子、男ならゲル男……」
『ゲルコ……ですか?』
なんとなくひらめいたのを口に出しただけなんだが、これもなんだか前世の記憶の影響を受けているような気がする。よく考えるとかなり変な名前だし。なんだゲル子って。
『ゲル子、ゲル子……』
「待て待て、もっとなんかかっこいいやつ考えるから」
『いいえ、ゲル子でいいんです。ありがとうございます♪』
そういってスライムは満足そうに弾力のある動きをした。
その後夕方ぐらいまで探索をしたが、宝箱のようなものはもう見つからなかった。でも探索自体は進んだし、魔物を倒す効率が上がって魔石はたくさん手に入ったので結構よかったと思う。これもゲル子のおかげだな。
「よし、日が暮れる前に帰りたいから、今日はここまでにする」
『おつかれさまでした』
俺は鞄の中をのぞいて今日の成果をざっと計算する。なかなかいい収入になりそうだ。換金した時のことを考えると頬がついゆるんでしまう。
「ゲル子にも分け前をあげなきゃな」
『いえ、わたしはいいんです。魔物ですから、欲しいものもないですし』
「いやでも、だいぶ頑張ってくれただろ?」
『クルクさんと一緒に戦えて楽しかったので。それだけで十分です」
そういってプルプルするゲル子。けなげなやつだなあ……。
「じゃあ、俺は家に帰るよ。また明日な」
『あ、あの』
「ん?なんだ?」
『えっと………つれてってくださらないんですか?』
心なしか悲しそうなゲル子。ひょっとして、遺跡を出てうちまで着いてきたいんだろうか。でもなあ、どう見ても魔物だしな。一人暮らしだから「うちじゃ飼えません!捨てて来なさい」なんていう母さんはいないわけだけど、その辺の動物を拾ってくるのとはちょっと違うからな。
「遺跡にいる間はいいけど、その姿で出てるところを他の人に見られたらまずいだろう」
『そうなんですか……』
他人に見られたらゲル子は討伐されてしまうだろうし、俺だって魔物と親しくしているのを見られたら、異端扱いされるかもしれない。なんせ、人間の言葉をしゃべってフレンドリーな魔物なんて他ではいないもんなんだからな。
『あの、わたしのこの姿がダメなんですか?醜いスライムだから……?』
声のトーンから、ゲル子が落ち込んでいることが分かる。体のほうも水分が抜けてくんにゃりしたような気がする。ちょっとかわいそうで胸が痛む。
「うーん、できれば連れてってあげたいけど。でも、誰かに見られると面倒だからな」
『……あの、姿を変えたら、連れていってくれますか?』
え?姿、変えられるの?
ゲル子はしばらくプルプルうごめいた後、なんなのかよく分からない形をとっては元に戻るという行動を数回繰り返し、最終的に一人の人間の姿になった。その姿は、俺と同じぐらいの年頃の女の子のものだった。見た目はかわいい女の子だ。色合いが半透明のピンク色であるということを除けばな。
「えっと、どうでしょう?」
スライム少女がおずおずと俺に問いかける。話すのに合わせて口も動かしていて、結構芸が細かい。少しぎこちない感じはあるがちゃんと表情もある。できの悪い人形みたいになるのがせいぜいだろうと思ってたが、かなりクオリティが高くて驚いた。
「自分ではわりとうまく形を真似たつもりなんですが、まだダメでしょうか」
「よくできちゃいるけど…でも、色は変えられないの?」
「色は……すみません、どうしたらいいのか分からなくて。いずれはなんとかしたいのですが」
色がないとダメですかね……そういうスライムの顔はしょんぼりしていて、まるで女の子を傷つけてしまったような罪悪感を覚える俺。
「い、いや、結構かわいいよ……」
「ほんとですか?やったあ」
スライム少女がその整った顔に満面の笑みを浮かべる。かわいいですって、うふふ~~♪と無邪気に喜んでいる姿に、今さら「ついてきちゃダメ」なんて言えなくなってしまった……