第2話 じいさんに認められた日
ある日、俺がいつものように修行しているとじいさんが俺に声をかけてきた。
「おまえ、腕は悪くないな」
じいさんが俺をほめるなんてのはめったにないことだ。なんか悪いものでも食ったのかと少し心配になったが、じいさんはそんな俺の視線を気にせず突然自分の昔話を語り出した。
「あれは、わしがまだ一人立ちしたばかりの頃だったがな……」
そこから始まって、俺はじいさんの話を長々と聞かされた。
じいさんの話は長かった。ものすごく長かった。なんせじいさんが15の頃から今に至るまでの何十年もの冒険の話を聞かされたわけだからな。しかもそのうちの7割ぐらいはこれまでも聞いたことのある話だ。老人はぼけ始めると何度も同じようなことを話すという。いよいようちのじいさんもその傾向が出てきたのかもしれない。
「………そんなわけでだな、おまえはわしの若い頃にそっくりじゃ」
「はあはあ、そうかそうか」
「すぐ調子に乗るし、助平なところもそっくりじゃ。変な女に騙されるなよ」
「やかましいわ」
そういうじいさんは変な女に騙されたことあんのかよ。うちの婆さんは俺が生まれる前に死んじまってたから、どんな人だったのかは知らないがな。
「そういうわけで、修行はここまで」
……………はあ?今まだ午前中だぞ?飯の時間にしても早すぎるだろ。いよいよボケたか、じいさん。
俺がじいさんをかわいそうな目で見ていると、じいさんは何を思ったのか、自分の肩にかけていた鞄を開けて中をゴソゴソあさりはじめた。しばらく鞄の中を見てから「ありゃ?」といって、今度はポケットの中や靴の中、果ては自分のズボンの股間のあたりをごそごそやる。
「な、何やってんだ、じいさん」
「…………おう、あった、あったぞ」
そのうち、どこからかじいさんが四角い箱状のものを取り出し、俺のほうに渡そうとしてきた。ちょっと待て、一体その箱どっから出したんだよ。俺がほんのり温かいソレを受け取るのを躊躇していると、じいさんは俺の手にしつこくグリグリ押し付けてくる。
「クルク、男なら覚悟を決めろ」
覚悟を決めろったって……嫌なもんは嫌だよ。なんか匂いそうだし。
じいさんがしつこいので、仕方なく箱を受け取る。両手を合わせたぐらいの大きさで、何かが入っているが重くはない。俺は箱を開けて中身を確認した。
「あれ、これって、ひょっとして……」
そこに入っていたのは、俺たちが『七つ道具』と呼んでいるものだった。
『七つ道具』というのは鍵開けや罠解除など遺跡の中で使う便利道具のセットみたいなやつだ。本当に7つなわけではなく、細かい付け替え部品も入れるともっとたくさん入っている。全体としては肩掛けカバンに入るぐらいのサイズにおさまってるんだけどな。
この七つ道具はそれ自体が遺跡のお宝と同じ失われた技術で作られているもので、今の人間が作り出せるものじゃない。これがないといくつかの鍵や罠は解除できないんだが、数が限られている貴重なもんだから、一人前の盗賊しか持つことは許されない。ちなみに俺が普段練習用に使っているのは七つ道具の劣化版みたいなもので、こっちは今の魔法技術でなんとかなるレベルのものだ。それでも買えば結構な値段のものらしいけど。
で、俺たちにとって、この七つ道具を渡されるという意味は……………
「おまえはもう一人前だ」
「………………うそ、マジ?」
「明日から遺跡に入っていいぞ」
おいおい、本当なのか?これってじいさんが、俺を認めたってこと?
「ひゃっほーーーう!!!」
俺はじいさんから受けとった『七つ道具』を大事にカバンにしまい、走って子供部屋まで戻ると、武器だの服だの最低限のものをリュックに詰め込んだ。荷造りしている最中にアマナが来たので、「じいさんに認めてもらった、一人立ちする」と教えた。
俺が家を出るまでアマナは後ろをついてきた。戸口のところで、じゃあな、と言ったら、
「しっかりごはん食べるのよ。たまには家に帰ってきてね」
とか言いやがった。……本当に母さんみたいなやつだな。
俺たちは大人に認められたら、大人の一員としてその日から盗賊として遺跡にもぐっていいことになっている。それとともに、実家からも追い出されるのがしきたりとなっている。
いきなり家を出てけってのはシビアだなって気もするが、いざ誰かがヘマをして本拠が敵襲を受けた時に一族郎党が全滅しないためのリスクヘッジなのかもしれない。なんせ、裏稼業だからな。
そんなわけで、ひとり立ちした後に誰もが最初にやることと言えば、まずは住処を決めることだ。疲れた時に安全に休める場所は絶対に必要だからな。
兄たちの中には便利な街中に住んだり遠方の大きな遺跡の付近に居を構えたりしているやつもいるが、俺はあえて実家の近くに住むことにした。なんだかんだで手頃な遺跡が近いし、手に入れたものなども実家で買い取ってもらうことができるからだ。
もちろん家族だからってうちの実家が特別に高く買ってくれるなんてことはなく、正確には実家に手数料を払ってものを預かってもらい、実家に定期的に買い付けに来る闇商人に代理で売ってもらうという形になる。闇商人ってのはこの間のファーラさんとか、その他にも何人かいるわけだけど。普通は盗ったものは自分で売りに行くもんなんだけど、父さんは腕がいいからああいう付き合いのある商人が掘り出し物を狙って直接買い取りに来るんだ。
直接客に売りつけるよりは手数料分儲けは減ってしまうんだが、遺跡から街までは遠いので、効率を考えると実家を利用した方がいい。最初のほうに手に入るお宝なんてひと山いくらの価値しかないし、それをいちいち街まで持ち込んで売り先を探すってのは時間がもったいない。そんな時間があるなら、もっと遺跡に入れるはずだからな。
俺の新生活の拠点となる場所については、実はすでに目星をつけてある。というより、こんな日も来るだろうと前々から少しずつ準備してたんだよな。
俺が用意しているのは実家と遺跡からほどほどの距離にある森の中の小屋だ。元は木こり小屋か何かだと思うが、今は周りの植物が繁ってぱっと見外からは建物があるようには見えない。
偶然見つけた時は長年使用されておらず荒れ果てた状態だったが、いずれ一人立ちしたら使ってやろうと思ってコツコツ改装してきた。ツギハギだらけだが十分雨つゆはしのげるし、保存食や寝具なんかの生活に必要なものも最低限入れてあるからすぐにでも使える状態だ。
俺はさっそく森に入り、新居に足を踏み入れた。今まで準備のために何度も入った場所だが、ここが今日から家になるんだと思うとなんだか妙にわくわくする。
持ってきた荷物をほどき、家で使うものと遺跡に持ち込むものに分けて整理した。水瓶に水を汲んでいっぱいにしておいてから、俺はさっそく遺跡に出かけてみることにしたのだった。