第1話 ハッピーニューライフ
さて、死んでしまった俺は、気づいたら新しい人間に生まれ変わっていた。
俺の生前の死生観では死んだら一度地獄だか極楽だかに送られて、そこでしばらく過ごしてから生まれ変わるもんだと思っていた。でも、そんな時間を過ごしたようには思えない。とにかく死んだと思ったらすぐに赤ん坊になっていた気がする。結構あっさりしてるもんなんだなってのが、生まれ変わった時の俺の感想。
不思議なことに、生まれ変わった後も俺には前世の記憶が少しだけ残っていた。自分に前世があったということを知っているし、遠い過去の記憶のように体験した出来事や思い出をいくつか思い出せる。といってもそれを自分で経験したという実感はなくて、なんだか他人の人生を映画で見ただけのように思えるんだけど。
前世のことについては生まれ変わったばかりの頃は結構覚えてた気がするんだが、成長してこの世界での記憶が増えるにつれて昔のことはだんだん曖昧になってきちまった。今はもう、夢で見た話みたいに細かい部分はおぼろげで思い出せないことも多いんだ。今の世界より優れたところもあったし、ひょっとしたら前の知識がものすごく役に立つことだってあるかもしれないのにな。残念だ。
前世の記憶の中の世界は俺が新しく生まれたこの世界とは異なる点がいくつかあった。人間がいて動植物がいるってのは変わりばえがしないけどな。生まれ変わって初めて外の世界を見た時は前世の記憶を思い出してまるで『ゲーム』みたいだなんてと思ったことだけは覚えてるよ。『ゲーム』の仕組みは今じゃよく思いだせないけど、なんか別の世界で遊べる魔法の玩具みたいなもんじゃなかったかな。
今世での俺は、代々盗賊をやっている家の子供だ。名前はクルク。
盗賊といっても、空き巣や強盗なんかをするわけではなくて、盗掘が専門の盗賊。世界には各地に歴史的な遺跡があって、そこには数々のお宝が眠っているんだ。それをちょいと失敬して売り飛ばし、生計を立ててるのがうちみたいな盗掘屋だ。俺はそこの家で生まれた10人兄弟のうちの7番目。うちは子だくさんなんだよな。まあ、兄弟のうち1人は盗掘の最中に遺跡の中で死んじまってるんだけど。
遺跡ってのは、大昔の偉い人が作った墓とか神殿みたいな古い建物だったりするんだけど、昔の人はこの遺跡に自分の生前の宝物なんかを一緒に埋める習慣があったようで、中はお宝の山なんだ。古代には今とは比べ物になんないほどすごい魔法技術があったらしいんだけど、おれのじいさんのじいさんのそのまたひいじいさんの…………昔すぎてよくわかんないけど、とにかくすごい昔になんか大変なことがあってそのすごい魔法技術はなくなったらしい。遺跡はその技術がなくなるものに作られたもんで、その中に眠ってるお宝のいくつかは今の技術では作れない貴重なものらしいよ。そういうものは裏の世界で高く売れる。盗掘屋の狙いはそういうお宝だ。
もちろんそういうお宝がむき出しで置いてあるわけじゃなくて、遺跡の中ってのはものすごく複雑に迷宮化してるらしい。宝を守るために敵や罠もたくさんあるってわけだな。普通のやつがちょっと侵入してお宝を頂こうなんてのは難しいってことだ。
で、盗掘屋の俺たちがどうしてるかっていうとだな。
俺の家ではだいたい15歳ぐらいまでは先輩である大人たちから戦闘や罠解除や鍵開け等の技術を習うことになっているんだ。子供のうちから盗掘の英才教育を受けるわけだな。もちろん他の兄弟たちと同様に、俺も小さい頃からうちのじいさんに習ってずっと修業をしてきた。
俺の能力としては…そうだな、鍵開けと罠解除は結構得意。
でも戦闘のほうは兄弟の中では中の下ぐらいだ。魔法も才能がないのかさっぱり使えない。まあ、死んだ兄貴は兄弟の中でも剣の腕はかなりいいほうだったから、遺跡の中で生き残るにはいざとなったらそういう腕前より逃げ足のほうが重要なんじゃないかって勝手に思ってるけどな。
育った子供たちは一人前と認められたらその日から遺跡に挑戦できるようになる。俺は実はこの間15歳になったんだけど、残念ながらまだ認められていない。戦闘が下手だからか、体が小さいからか分からないけど、じいさんがいっつも「おまえはまだまだ」って言うんだよな。
そんなわけで、今日も俺は家の裏山で罠解除のトレーニングをやったよ。
今日はじいさんがあらかじめ仕掛けた罠にひっかからないように気をつけながら、時間内に全部解除するっていう特訓だった。罠は鳴子のような原始的なものから、親父が遺跡から持ち帰った不思議アイテムを使ったものまでさまざまだ。俺は7つまで解除したが、それで全部だと思い込んで最後の1つを見落とし、うっかり発動させてしまった。びゅん、と死角から飛んでくる刃をぎりぎりでかわす。
「未熟者が。ツメが甘い」
じいさんに呆れられ、しょんぼりする俺。自分でもつい油断してしまったのが悪いと分かってる。集中力が足りなかったな。
「落ち込む時間があるなら、次の練習をしろ」
そういって練習用の投げナイフの入った鞄を投げ渡してくるじいさん。あーあ、相変わらず厳しいな。
いつも日が暮れるまで修行をして、くたくたになったら家で夕食を食べる。父さんは遺跡で何日か過ごすことも多いし、上の兄弟も家にはいないから、夕食の席につくのは俺とじいさんと母さんの他は3人の妹たちだけだ。それでも6人いるから賑やかだけどな。
家に入ると、俺のひとつ下の妹、アマナがお帰りなさいと出迎えてくれた。
「おにいちゃんたら、今日も泥だらけー」
「仕方ないだろ、修行してたんだから」
末っ子の双子の妹、サリとリリが「泥だらけ!」と言いながらキャッキャと飛び跳ねる。この二人はまだ7歳だ。元気いっぱいでなかなかかわいい。
「お母さんに怒られる前にちゃんと手を洗ってね」
「はいはい」
アマナは最近ちょっと母さんに似てきたな。体格とかは全然違うけど、顔立ちや言うことがちょっと大人びてきた。遺跡探索には興味ないみたいでいつも母さんの手伝いで家事をしてるから、きっと大人になったら普通に嫁に行くんだろうな。アマナの自慢の髪は栗色でサラサラ。少し口うるさいけどきっと美人でいい嫁さんになると思う。
「今日の晩飯はなに?」
「モモ肉の塩ローストと潰したポク芋」
今日は肉!言葉を聞いただけで口の中によだれが溢れてくる。修行の後はものすごく腹が減るんだよな。今が育ち盛りだから余計に。
「ずいぶんごちそうだな。お客さんでも来るのか?」
「ファーラさんが来てるみたいよ。母さんたちと今倉に行ってるけど」
「なに?!ファーラさんが来てるのか!一緒にメシ食ってくの?」
「お兄ちゃん、ファーラさん好きよね……」
「あのおっぱいが嫌いな男はいません!」
アマナがやれやれといった顔でこちらを見てくる。ファーラさんってのは街に住んでる商人だ。うちのお得意さんだからまあ、非正規ルートからも仕入れる闇商人ってやつだな。カカの実よりもでっかいおっぱいと目もとの泣きぼくろが色っぽいお姉さんだ。ごくたまにしかうちに来ないんだけど、これがもう見事なおっぱいなので俺は会うのを非常に楽しみにしている。
しばらくアマナたちと時間を潰してたら、母さんたちが家に戻ってきた。じいさんとファーラさんも一緒だ。ファーラさん、歩くたびに立派なモノが上下してるぞ。相変わらず色っぽいなあ~~ゴクリ。
全員が席について、食事の前に感謝の祈りをしてから母さんとアマナが料理をとりわける。モモ一頭分のでかい肉をごりごり切り分ける母さんの腕はたくましい。今は子育てで引退しているが、昔は父さんと遺跡探索をしてて、結構な近接ファイターだったらしいな。
目の前にとりわけられた肉にかぶりつくと、パリパリ香ばしく焼けた皮の下からじゅわっと熱い肉汁が溢れて来た。口いっぱいに火傷しそうな熱さと肉と脂の旨みが広がる。焼いてから少し時間がたっているはずだが冷めてはおらず焼き立てのようなうまさだ。これはアマナの保存魔法のおかげだろうな。アマナにはもともと生活魔法の才能があって、その中でも一番高位なのが保存魔法だ。生物には使用できないが、物に使用するとその状態を保っておくことができる。この肉も、そうやって焼き立てを保ってるんだ。残念ながらこの魔法は1時間ほどしかもたないんだが、それでもたいしたもんだ。
「おいしーい」
ファーラさんも料理には満足そうだ。名残惜しそうに骨の先をくちゅくちゅしゃぶる唇がなんだかエロくて非常にイイ。俺の右隣に座ってるもんだから、ついつい目が行ってしまう。左隣のアマナはリリとサリにポク芋をとりわけ、上に肉汁ソースをかけてやっている。黄色くホクホクした潰し芋の上にしょっぱめの肉汁ソースはこれまた相性抜群なんだよな。俺も一皿もらうか。
メインのモモ肉が終わり、母さんがトマの実を出してくれる。一口サイズの赤い実で少し青臭いんだけど、甘酸っぱくて美味しいんだよな。わりと高級品だから家でもめったに出ないんだけど、ファーラさんから買ったものなのかな。
口に入れるとプチュッと潰れて果汁が出てくる。この酸味がさわやかでいい。じいさんはこの果汁を酒に入れて飲んでるけど、俺は花の蜜をかけて食べるのが好きだな。
「ねえ、クルクくん」
ファーラさんがトマの実をつまみながら、話しかけてくる。
「もうすぐクルクくんも一人立ちよね?」
「うーん、年齢的にはそろそろですかね」
そう言ってじいさんのほうを見ると、素知らぬふりでトマ酒を飲んでいる。まだまだ許可出すつもりはないな、あれは。
「一人前になったら遺跡に行くんでしょ?」
「まあ、そうですね」
「そっかあ……」
ファーラさんが俺をじっと見てくる。なんだろ、ドキドキしちゃうな。
「ね、もしすっごいもの手に入れたら、わたしに一番に売ってね」
「はは、そんなものが手に入ればね」
そんな会話をしながらファーラさんは俺のそばに体を寄せてきた。トマの実をひとつつまみ、俺の口へ。ファーラさんの髪からふわりと甘い香りがする。視線を下に向ければ、そこには深い深い谷間が……。
「おねがいね」
ぷちゅ、と俺の口の中でトマの実が弾ける。溢れてきた果汁をゴクリと飲み下す。
いやあ、この世は最高だな。特に今日は最高だ。アマナが俺をにらんでる気がするけど、気にしない。俺は気にしないぞ。
魔物使いって言うけど職業は盗賊なわけです。