第8話
「さすがは、空博士のお嬢さんだ。すぐに同調している。私が握ってもそんな鼓動は生じなかったよ。」
私は身震いがしてきた。
「これはとても危険なものですね。もし、このパシーナが悪い人の手に渡ったら、あるいは誰でも買えるようになったら、人間はお互いどうなってしまうのでしょう。お互いの考えがすべてわかってしまうなんて、そんな生活は成り立たない。」
「そうなんだよ。だから私はパシーナのことを今まで誰にも話さなかった。もちろん空博士もこの技術を発表する気などまったくない。この世にこれは2つしかない。それにどうやら、私のような人には使いこなせないようになっているようだ。実際ただの通信機能しか利用できなかった。」
「七海さん、あなたはこれを使ってまずはお父さんを探すのです。それからこのパシーナを返せばよい。そしてその特殊な機能は使わずに、いざというときのお守りと思っていればよいではないですか。」
「大樹博士、今日のインタビューの内容でひとつお聞きしてもいいですか。」
私はパシーナをそっと手からはなして、気持ちを切り替えた。
「なんでもかまわないよ。」
「地球はなぜ父にそのメッセージを伝えたのでしょうか。大樹博士には失礼なのですが、エディットが発見されて、確かに移動に便利な乗り物ができました。
でも、それだけが目的とは思えないのです。地球にとって人間が重力から開放されることでメリットがなければ。
地球が人間や植物と同じように意識をもって言葉を発する生命体であるならば、生きのこるための何かを求めてるはずです。」
「あなたのお父様も同じようなことを考えていましたよ。私には残念ながら答えは見つからなかった。むしろ、この発見が地球に悪影響を及ぼしているのではないかと思っているぐらいです。
知ってのとおり、実用的なレベルのエディットは、波打ち際にある砂に含まれる物質を精製して得られるのだが、極わずかしかない採れない。
そのため採掘会社は海岸線を買い占めて、次々と採取しては埋め立てて、新たな波打ち際を作り出し、沖へ沖へと埋め立てを進めている。
宙に浮くためのエネルギー消費は不要となったけれど、人間の活動領域が空中にも広がっただけで、人口も増大し、食料やエネルギーの需要はさらに拡大し、あらゆる資源が掘りつくされ消費されていく。
こんなに体を蝕まれていくことが、地球の本当に望む姿なのでしょうか。」
「父の考えは?」
「空博士にそのような悲壮感はなかった。彼は、地球は人間よりも、もっと賢い生命体だと考えていた。人間のすることはすべて計算済みのことだと。」
「では、人間のしていることは全部地球のためだと?」
「そのことについては、空博士は多くを語らなかった。でも、地球の声を直接聞いた彼は地球を信頼していることは間違いなかった。あとは、七海さんが直接あって、お父さんから話を聞くしかないのです。地球の気持ちに一番ちかいのはあなたのお父さんですから。
それにそのパシーナ、それはお父さんが地球からのメッセージを受け取ったのと同じ仕組みできています。あなたも地球と会話ができる可能性があるということですよ。」
大樹博士と別れてから、帰り道はなんだか心細くなって、すぐにタクシーに乗り込みました。パシーナは大事に首から提げたけれど、再び手で握ってみる勇気はありませんでした。
無人の四足のカプセル型タクシーは静かに夜の街へ舞い上がりました。このタクシーを飛ばしているエディットが地球からの贈り物だとは、まだ信じられませんでした。
第1章 プロローグ 終
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