第玖拾伍閑 暑くなくてもイカれてる(全員)
それからはとりあえずキュウリをかじりながら、黙ってせっせと収穫作業をした。
そして作業が一段落ついたところで、エメラダが『……アスタロウおすわり』と言うので、つまり休憩しようと言うので、芝生の上にに二人で腰を下ろした。
「ふぅ~あっついな~」
キュウリを食べたからといって、涼しくなるほど体温が下がるわけもなく、相変わらず暑い。
「アスタロウ……キュウリ、ほんのり冷たい?」
エメラダはそれが気に入ったのか、グリグリと俺の頬にキュウリを押し付けてくる。
「あ、あのですねエメラダさん、それはもう忘れて――」
「キュウリ、冷たい?」
「ハイ! アスタロウ! キュウリ冷たいです!」
ああ、何であんな勘違いをしてしまったのか……。
「ですがまおーさまのキュウリはあっつあつですの」
ホント、穴があったら入りたい。
「まあまおーさま穴に入れたいだなんて、白昼堂々大胆ですのね」
「うるさいと思ったらお前かネネネ!」
誰がキュウリだ! それに誰が入れたいと言った!
「あら、弄りたいでしたの?」
それも違う!
まったくもうまったくもう。
「ネネネ、お前は本当に神出鬼没だな」
「きぼつ……ポッ」
どうしてそこで赤くなる!? 鬼没に何を見出した!?
「きぼつしたキュウリを穴に入れたいだなんて……まおーさま、もうまおーさまの好きになさってぇ」
「い! み! が! わ! か! ら! な! い!」
俺そんなこと言ってないよね!? 一言も言ってないよね!?
「あぁんまおーさまの!があんなにたくさん。さあまおーさま、そのボーボーに生えた棒でネネネの――」
「おいネネネ、大丈夫か?」
暑さで頭がどうにかなったとしか思えない。
冷やすためにキュウリを顔に押し当ててやろうかと思ったけど、余計に調子に乗らせるだけのような気がするから、ような気しかしないから、止めておこう。
と言うかそんなことを考えてしまった時点で、もう遅いのか……。
案の定ネネネは
「キュウリを顔に押し付けるだなんてぇ~」
とか何とか言っている。
「お前本当に大丈夫かよ……」
「ええまおーさま、大丈夫ですの。通常運転ですのよ」
まあ考えてみれば、それもそうか。
「で、ネネネ、何か用か?」
ルージュとクゥはどうしたと聞こうと思ったけど、遠くでドンドンドカドカ聞こえるから、きっと二人で暴れてるんだろう……地形が変わらないといいけど。
「ええ、愛ちゃんから伝言ですの」
ラヴから?
「何だって?」
「それは……それは……それは、確か……ええと、うんと……その……」
う~ん、とうなるネネネ。
まさか伝言の内容を忘れたわけじゃ――
「忘れましたの」
そのまさかだった。
「ならお前は一体何をしに来たんだ」
「おほほのほ。まあ別にいいですの、ネネネはこうやってまおーさまとお喋り出来ればそれで」
まあそう言ってくれるのは凄く嬉しいんだけどね、ラヴにとっては全然よくないからね!?
と言うか後で怒られるの多分俺だからね!?
「さあまおーさま、ネネネとキュウリのお話でもしましょう?」
「いやそれはエメラダとしたらどうかな」
「まったく……」
と突然上の方からラヴの声がする。
声のする方を見上げてみると、ラヴが、開かれた窓から顔を出していた。
「こんなことだろうと思ったわよ」
そう思ったのなら、なぜネネネに伝言なんて頼んだんだ。
「あらあら愛ちゃん、伝言忘れてしまいましたの」
何でした? とネネネ。
「はぁ……ネリッサ、私三回も言ったわよね?」
「まさか、ネネネは女性とヤル趣味はありませんの」
「なっ……そういうことを言ってるんじゃなくって!」
ラヴは顔を赤くして、窓の縁を叩く。
「あーあーもう、やめろやめろ。ラヴ、ネネネには本気になるだけ無駄だ」
「そうですのよ愛ちゃん。ね、まおーさま」
ね、じゃない、お前が言うな、自分で言うな。
「い、言われなくても分かってるわよ」
「で、用件は何だ?」
「アンタ、い――」
「まおーさままおーさま」
ネネネがラヴの言葉を遮る。
「何だネネネ、悪いけど俺は今ラヴと喋ってるんだ。キュウリでも食べて少し待っててくれ」
ネネネは、ハイですの、と返事をしたかと思うと、俺の下半身に手を伸ばした。
「何してんだ!」
「だってまおーさまがキュウリでも食べて待ってろと」
「それはキュウリじゃない、俺のはそんなに青くない!」
「まあまおーさま、キュウリにそんなに青筋立てて、どうしたんですの!?」
はあ……。
「俺が悪かった、俺の言い方が悪かった」
反省反省大反省、大反省の猛反省、猛反省の超反省。
言い直そう。
「ネネネ、少し黙って、おとなしくしておいてくれ」
「ハーイですの」
彼女はそう言って、俺の腕に抱きついた。
一件落着、次はラヴか。
「で、何だったっけラヴ」
再び、窓から顔を出すラヴを見上げる。
「アンタ、今暇?」
「暇に見えるのか?」
「見えるわね」
なん……だと!?
まあ確かに今は休憩中だし、ネネネともお喋りしてたぐらいだから、端から見たら暇だろうけど。
「暇だったら何なんだ?」
「暇なら川に魚でも釣りに行って欲しいなって」
「魚?」
「そう、魚。今日の晩御飯に使いたいんだけど」
ふむふむ。
「い、嫌なら別にいいのよ!?」
「なら嫌だ」
と言った瞬間。
「――――っ!?」
天から俺の体、股すれすれの足元に、剣が降って来た。
どうやら今日の天気予報は、晴れところにより剣なようだ。
にしても剣の降る範囲が、局地的と言うか局所的ではないだろうか。
これがラヴの雨とムチの、雨なわけだ。
てか剣は振るものであって、降るものじゃないと思うんだけど……。
「じょ、冗談だよラヴ、嫌じゃないよ」
ご飯を作って貰うんだから、それくらいはする。したい。
「そ、ならお願いね」
ラヴはそう言うと、剣を投げてと俺に言う。
俺は地面に突き刺さっていた剣を引き抜き、ラヴに向かって投げ付けた。
手を切ってしまうんではないだろうかとヒヤヒヤしたけど、ラヴは平気な顔して片手でパシッと剣の柄を掴み、そして何食わぬ顔で城の中へと入って行く。
こういうところは、さすが勇者だ。
いや、俺のパスが良かっただけかもしれない。
多分そうだ。そうに違いない。なら言うべき言葉はこっち。
「さすがまおーさまですの」
そのとおり。さすがはネネネ、よく分かってる。
「はーっはっはっはっは」
これが成長した俺の実力だ!
「おーっほっほっほっほ」
さってっとっ。
「と言うことなんだけど……」
「ネネネも一緒にイきますの」
「エメラダはどうする?」
地面に座っているエメラダに視線を落とす。
「……行かない。もう少しだけ収穫する」
「そっか。最後まで手伝えなくてごめんな」
無言で首を振るエメラダ。
「別にいい、もうほとんど終わった」
そして彼女は、ありがとう、と言う。
「ん、どういたしまして」
「さぁまおーさま、早くイきましょうですの」
「はいはい、でもまずは準備をしないと。倉庫に道具を取りに行こう」
てなわけで釣竿や入れ物などなど、釣りに必要な道具を取りに倉庫を目指す。
そしてその途中で、ルージュとクゥにも、魚釣りに行くけど一緒に行くか? と声をかけ。
最終的には、俺、ネネネ、ルージュ、クゥの四人で行くことになった。