第玖拾肆閑 ほんのりつめたぁ~い
「……」
「……」
しばらく無言で野菜を収穫する、俺とエメラダ。
それにしても……やっぱり……。
「あっついなぁ~」
暑い、朝から暑過ぎる。
こういうとき、まだ七月なのにこんなに暑かったら、八月、九月どうするんだよ、とか思うけど、そもそも気温は無限に上昇していくわけじゃないから、そんなに心配することでもないとも思う。
でもそれでもやっぱり暑い。
汗が噴き出てくる。噴いて噴いて、拭いても拭いても止まらない。
ブシュブシュと、までは行かないけど、プツプツと玉のような汗が。
隣でせっせと作業するエメラダの額にも、うっすらと汗が光っていたが、彼女の顔はいつもどおり涼しげだ。
「エメラダは暑くないのか?」
「……?」
彼女は小首傾げたかと思うと、俺に近づき
「アスタロウお手……」
と手を出し言う。
「あ、あの、エメラ――」
「お手」
「はい」
差し出されたエメラダの手の上に俺の手の平を重ねると、彼女はぱっと俺の手を取った。
手を取ったであって、手を採ったではない。
すぱっと手を採った、なんてことは決してない。
手は収穫されてない。
俺の手を収穫するのは、逸花くらいのものだ。
「……暑い」
エメラダは言う。
どうやら体温を俺に伝えるために、手を握ったらしい。
ただ、俺の体温も上がってるからいまいち分からない……けど暑いというのならエメラダも暑いんだろう。
「……でも暑いと言ったら余計に暑い」
ラヴにも言われたな。
「でもさエメラダ、暑いって言わなくても、結局暑いじゃん」
「寒い」
「寒いと言えと?」
「……」
エメラダは頷く。
無茶だろ……寒いと言おうが何と言おうが、結局暑い。
「何か涼しくする方法ないかなぁ~」
「それ、体冷える……」
そう言って、エメラダはキュウリを指さした。
「そうなのか?」
「そう」
へえ、そうなのか。
そう言えばアロエなんかにも、火傷に効果があるとか何とか聞いたことがあるしな。
「よいしょっと」
俺はキュウリを一本採り、でこに当てる。
「はぁ~ホントだ~ほんのりつめた~い」
ひんやりして、気持ちがいい。
「……アスタロウ、それ違う」
「違う?」
「……食べると体冷える」
食べると体が冷える……?
「つまり、おでこに当てて冷やすものではないと?」
「……」
エメラダはコクリと一回、ゆっくり大きく頷いた。
「ソ、ソウナンダー、ソウダヨネー。アハ、アハハハ」
何だよ、めちゃくちゃ恥ずかしいことしちゃったじゃないか……。
『ほんのりつめたぁ~い』とか言って……マジで恥ずかしい。
恥ずかし過ぎて、顔が熱くなって来た。
そんな俺の顔に、エメラダはキュウリを押し当て
「アスタロウ……キュウリ、ほんのり冷たい?」
と、問いかけてくる。
「やめてくれエメラダ、傷口に塩を塗らないでくれ。塩を塗るのは、キュウリだけにしてくれ」
夏に塩分摂取が大切だからといって、傷口に塩分は欲しくない。
ただ、うまいこと言ったからといって、どうなるわけでもなかった。
でもエメラダが作ったキュウリは、うまかった。