第玖拾参閑 野菜畑で捕まった
朝、いつものように食事の間で朝食を摂り終えた俺は、自分の部屋に戻り、もう既に日課になってしまっている、花……多分花、に水をやる。
窓辺に置かれたその花は、前にエメラダに貰ったあの花、緑の芽だ。
最近は、大きくなったから入れ物を移し変え、まっすぐ伸びるように棒も立ててみた。
そのかいあってか花はすくすくと育ち、どんどん大きくなってるんだけど、ただ花が咲かない。
彼女が言うには、大きくなったら綺麗な花を咲かせるらしいんだけど、結構大きくなったにもかかわらず、一向に花を咲かせる気配がしない。
そもそも蕾さえ付かない。
どうしてだろう……俺の育て方が悪いのか?
もしかしたら場所が悪いのかな? もっと広い庭にでも埋めてみるか?
まあとりあえず今度エメラダに聞いてみよう。
とか何とか四苦八苦しながら鉢植えに入った花に水をやっていると、季節が季節だけに、何だか小学生の夏休みに育てていたアサガオを思い出して、少し懐かしい気持ちになった。
今日も相変わらず良い天気。
太陽の光が、文句を言いたくなるほどに大地に降り注いでいる。
そしてその大地で、城の庭で駆け回る、いつもの三人娘、ネネネ、ルージュ、クゥ。
彼女たちは、今日も相変わらず良い元気。
ホント、仲いいなあいつら。
ルージュがネネネを追い回し、クゥがルージュを追いかける。
キーキーギャーギャードンパチパチ。
まさに、女三人寄ればかしましい。あのことわざの権化だな。
せめて三人寄れば文殊の知恵であって欲しかった。
あいつらが三人集まって話し合いをすれば、確実に変な方向に話が偏るな……。
「さてと」
そろそろ畑に行かないと。なるべく早く来てって言われてたんだった。
今日は珍しくエメラダが『アスタロウも来る……?』じゃなくて、『アスタロウも来て……』と、つまり畑の手伝いをしてくれと、お願いしてきたのだ。
「お~いエメラダ」
野菜たちの間にしゃがみ込んでいた彼女は、俺の声にさっと立ち上がると、額の汗を拭いながら振り返った。
畑を彼女に託してからというもの、野菜はどんどん増え、畑もかなり大きくなった。
今は主に夏野菜と呼ばれる、キュウリやトマト、ピーマンやトウモロコシなんかを育てている。
「ごめん、待った?」
「……待った」
「……っ」
どこぞの恋愛漫画みたいに、『ううん、私も今来たとこ』みたいにはならなかった。
まあそもそもエメラダにそんなことは期待してないけど。
「……カスタロウ遅い」
エメラダはいつもどおり、ポワポワと優しい雰囲気を放ちながら、俺を見上げてそう言った。
「え、あ……いや、ごめんねエメラダ」
眠たそうな半眼と平坦な声のせいで、なんだか凄く怖い。
ただ別段怒っているわけではないんだろう。あくまでもこれがいつもどおりだ。
「ゲスタロウには躾が必要……」
「いやあのねエメラダさん、エメラダさま。俺はカスタロウでもゲスタロウでもないんだ」
どうして名前に“す”が付いているくらいで、こんな罵られ方をしないといけないんだろうか……。
せめて『イェスタロウ』とか『サスガタロウ』とか、もっと良さげな言い方にして欲しい。
しかしエメラダは、俺の言葉など聞いていない。
彼女は何やらしゃがみ込み、シロツメクサのような花をちぎっては編み、ちぎっては編みしている。
「花冠か?」
「……」
フルフルと首を振るエメラダ。
「……首輪」
え……?
「く、首輪?」
首輪ってアレか? ……犬やら猫やら、とにかく動物につけるやつ。
「……」
彼女は無言で頷くと、出来た、と呟き、俺の服の裾をしゃがめとばかりに引っ張る。
そして俺がしゃがむと後ろに回り込み、俺の首にその花冠をくくりつけた。
「あの……エメラダさん? これは――」
「バカヤロウには首輪が必要……」
バカヤロウって何だ! 元の原型が“ロウ”しか残ってないよ!
しかもそれ俺の名前じゃなくてエメラダが勝手に付けたあだ名の原型だよ!
俺の名前の原型は留めてないよ!
ただツッコもうにも、悪気のなさそうな声と、悪気のなさそうな顔でそう言うから、いまいちツッコみきれない。
だから
「あ、ありがとう」
と言うしかない。
別に、Mだから首輪をつけられて喜んでありがとうとか言ったわけじゃない。
何度も言うけど俺はMじゃない。決してない。
もし俺がMだとしたら、そのMは『マゾ』のMじゃなくて、『マジ』のMだ。
使い方としては、例えば誰かに『冗談は顔だけにして』と、言われたとしよう。
そんな場合は考えたくないけど、言われたとしよう。
そんな時にこの言葉を使う。
声高らかに、拳を握り叫ぶんだ!
『冗談なんかじゃない! 俺はMだ!!』
きっとどんなことでも切り抜けられるだろう。
さてと。
「で、エメラダ。俺は何を手伝えば良い?」
「野菜の収穫……」
畑を、野菜を指差すエメラダ。
「いやぁそれにしてもたくさん出来なた」
キュウリもトマトもピーマンもトウモロコシも、大きくて綺麗でおいしそうな実が、たくさん付いている。
「……私一人じゃ時間がかかる。野菜は朝早く採る方がおいしくて日持ちする」
そういえばテレビなんかでも、農家さんは朝早くから収穫してたりしてるイメージがあるな。
ふむふむなるほど、だから早めに来てと言ったわけだ。
それなのに待たしてちゃ、カスだのゲスだのバカだの言われても、しょうがない。
ラヴなら、生姜を育ててないだけに、しょうがない、とか言いそうだけど。
「よし! 了解です!」
俺はビシッと敬礼をし、野菜の収穫へ取り掛かった。