第玖拾弐閑 ラヴ・リ・ブレイブリアの場合 戊
ならもうこれが答えでいいんじゃないか?
ラヴがいて、ネネネがいて、ルージュがいて、エメラダがいて、クゥがいて。
バカやって笑ったり、バカやって怒られたり、バカやって喧嘩したり。
毎日一緒にご飯を食べて、みんなで一緒にどこかへ行って。
もうこれを、家族と呼んでいいんじゃないだろうか?
そもそも家族に答えなんてない。
これは答えを持ち合わせていないっていうことじゃない。
家族の考え方なんて、人それぞれだ。確実な答えなんてない。
なら、俺なりの答えで、ラヴに教えてやればいい。
「ラヴ、家族って言うのはな、今みたいなのら……」
勢い余って、言葉足らずになってしまったし、舌足らずにもなってしまった。
「今?」
案の定ラヴは、分からないとでも言いたげに首を傾けた。
「そ、今。今のこの城のみんなとの感じ」
正直やっぱり、自分で言っててもいまいち分からない。
「笑って、怒って、喧嘩して」
だからやっぱり思ったことを素直に言うしかなかった。
「一緒にご飯食べたり、遊びに行ったり。こういうのが、家族ってやつだと俺は思う」
人から見れば、端から見れば、これを仲間と呼ぶのかもしれない。
ただ仲間だって、ファミリーだ。
「そう……今の、この感じ」
家族、と彼女はボソッと呟いた。
「わ、私もね、もし家族がいれば、今のこの感じなのかなって、思ってたりしたのよ。実は」
ラヴは恥ずかしそうに、モジモジしながら言う。
まるでトイレを我慢しているかのようだ。
なんて言ったら、たとえが悪すぎるか……。
「毎日怒りたくなることもあるけど、主にアンタに」
「……」
「毎日イライラもするけど、主にアンタに」
「……」
「毎日殺意がわくこともあるけど、主にアンタに」
「……」
あれ? 俺って今、何してたんだっけ?
あ、ああ、ああああ、そうだ、拷問だ。拷問を受けてたんだ。
忘れてた忘れてた。
「毎日楽しいし、そ、それに何より、私が作ったご飯をおいしいってみんなが食べてくれるのが、う……ぅぅ……嬉しくって。家族がいればきっとこんな感じかなって……だから私、今の暮らし結構気に入ってる……のよっ!」
「ひぃっ!? 急に大きな声を出すな! ビックリするだろ!」
「だ、黙りなさい! 大体アンタ勘違いしないでよね! べ、別にアンタが家族だとか、そういうことを言いたいんじゃなくて、あの、別に、その、別に……別に別に、別になんだけど!」
突然剣を振り回し暴れるラヴ。
「こ、こらラヴ暴れるな、剣を振り回すな! 危ない!」
「うるさい! それにあれよ! アンタ今の私の話、真に受けたわけじゃないわよね!? バッカじゃないの!? あんなの嘘に決まってるじゃない! 私が本気で敵であるアンタ達との暮らしが気に入ってるとか、言うと思った!? ほんと呆れた、そんなわけないじゃない! バッカじゃないの!? え!? 嘘でしょ!? バッカじゃないの!?」
うるさいのもバカなのも、お前だ。
コイツはいったいなんなんだ。
呆れたのはこっちだよ。
まったくもうまったくもう。
「分かった分かったラヴ。分かったから落ち着け」
「何が分かったのよ!」
もう何にでも突っかかればいいとか思ってるだろ、こいつ。
「いや、別に」
「はあ!? 別にって何よ! 別にじゃわかんないわよ!」
「ラヴの方が『別に』多かったと思うけど?」
もう今後ラヴのことは『ヘイ! バニー!』みたいな感じで『ヘイ! べつにー!』って呼んでやろうか。
「なっ黙りなさい!」
「ハイハイ」
俺は椅子から立ち上がり、食事の間の出口へと向かった。
「アンタどこ行くのよ!」
「ラヴ、今のセリフ、アンタをあなたに変えて言ってみ?」
立ち止まり、ラヴの方を振り返る。
「は? どうしてよ」
と、眉をひそめる彼女。
「いいから、さんっはいっ」
「あなたどこ行くのよ?」
ラヴは俺に促され、いまいち意味不明だというような顔をしながらも、そう言った。
「エメラダの手伝いをしに、畑。行って来ます」
「あ、ええ、行ってらっしゃい」
「どうだ? ちょっと家族みたいだっただろ?」
グヘヘ……俺の勝ち。
「な、ちょっ……アンタね……」
いや、俺の負けか……。
ラヴは凄まじい殺気を放ち、鬼の形相で剣を構えた。
「ひぃぃぃぃ! ちょ、ちょっと待ってラヴ、あ、謝るからさぁ。俺達家族だろ!?」
「だから何度も言ってるでしょ……アンタは家族じゃないって……」
な、何て低くて冷たい声だ。
「……殺」
そう言って、彼女は腰をすとんと落とした。
あ、終わった。
しかしそんな俺を助けるように
「おおアスタ、今日は早いの」
「あらまおーさまおはようですの」
「アシュタおはようなのだ!」
超タイミングよく食事の間に現れた
「お、おお、おはよう」
ルージュ、ネネネ、クゥの問題児三人組。
「ラヴリン、腹が減ったぞ」
「愛ちゃん今日の朝食は何ですの?」
「エサなのだー!!」
どうやら完全に体力は回復したらしい、すっかりいつもどおりだ。
「ほ、ほらラヴ、騒がしいのがやってきたぞ。ちゃんとご飯作ってやれよ」
「ちょ、アンタにげ……」
俺はそれだけ言って食事の間を出て、彼女たちの声を背中に、足早と畑へ向かった。
「あーもう……アンタ達少しは自分で出来るようになりなさいよね」
「嫌じゃ」
「嫌ですの」
「いーやなーのだー!」
「はぁ……。はいはい、ちょっと待ってなさい」
そう言ったときのラヴの顔がどんな顔だったかなんて、見なくても分かることだった。
……多分。そう……多分ね。