第玖拾閑 ラヴ・リ・ブレイブリアの場合 丙
ラヴがあまりにも気にしないから、こっちも正直気にならないと言うか、気にならないわけじゃないけど、いまいちどこまで気にすればいいのか分からないんだけど……。
「その前にさ、ラヴ」
「何よ」
「さっき個人的な恨みは無いって言ってたけど、それは恨む事じゃないのか?」
どれよ、と本当にいまいち分かっていない様子のラヴ。
「いやだから、その、両親の顔を知らないとか、家庭を知らないとか、なりたくもない勇者にならされたことも、言ってしまえば俺のせいだろ?」
それは十分恨み事になるんではないだろうか。
「もし俺がいなければ勇者にもならずに済んで、両親と幸せに暮らしてたかもしれないんだから」
そうなってくると、やっぱり謝っておいた方がいいのか?
俺がやったわけじゃないにしろ、魔王がやったことにしろ、やっぱり俺は魔王で魔王は俺。魔王だ。
しかしそんな俺の言葉を聞いても、ラヴの態度はやっぱり変わらなかった。
「んー確かにそうかもしれないけど……そもそも私の両親って、私を愛し合って産んだわけじゃなくて、私を作るためだけに、優秀な遺伝子として選ばれただけの人たちだったみたいなの」
相変わらずカラッと、夏の暑さのようにカラッとそんなことを言う。
「だからアンタがいなければ、そもそも私は生まれてなかったって言っても過言じゃないのよ。そうなってくると私はアンタに感謝……いや感謝はしないけど。べ、別にアンタを庇うわけじゃないけど、とにかく私としては、両親と引き離されたって感覚も無ければ、まず出会ったこともないからいまいち気にならない、恨めないのよね」
どんな顔か少し気にはなるけど、と彼女は呟く。
「きっとラヴの両親は、美男美女だったんだろうな」
「どうして?」
「いや、だってラヴがそうだから」
「なっど、どどどど、どもりなさい! この変態!」
「どもってるのはお前だ……」
「う、うるさい! とにかく親については別にいいの!」
彼女は腕を組み、そっぽを向きながらそう言った。
……そんなもんなんだろうか。
まあでもラヴがそう言うなら仕方がない。
これ以上は切り込めない。
それこそラヴの言う『斬りかかる』になってしまうかもしれない。
ふむ……。
「あーあのー、その、ごめんな、ラヴ」
「な、どうして謝るのよ! その話はもういいって言ってるでしょ!?」
「あーいや、ごめん。その話じゃなくってだな、さっきした話の方について」
さっきした話? と、眉をひそめるラヴ。
「あれだよ、勇者には滝が必要って話」
「何? 滝に打たれて修行でもしろって事?」
「ごめん間違えた、勇者には敵が必要って話」
とんだ言い間違いだ、ルージュかよって話だ。
まあでも彼女がいたら、この後にまだ『薪?』とか続いてたかもしれない。
そうなってくると、俺なんかでは到底ネタを思いつかないけど、伝説のコンビがやって来て
『ムキッ?』
『腕力ですか!?』
『メキッ?』
『怪力ですか!?』
『ゴキッ?』
『剛力ですか!?』
『いいや、ブリじゃ』
みたいになってたかもしれない。
でも今ルージュはいない、伝説のコンビもやってこない。
「その話で、どうして謝るわけ?」
ラヴは、アンタが謝るとか気持ち悪い、なんて、ジト目で言っている。
「いやだってさ、ラヴは勇者になりたくてなったわけじゃないんだよな?」
「ええ」
「それなのに俺は、ラヴが勇者になれたのは俺のおかげだ、みたいな話をしたわけであって……」
なりたくもない勇者になるはめになった原因であるところの魔王が、お前が勇者になれたのは俺のおかげだぜ! なんて、どの面下げて言ってんだって話だ。
「あのね、アンタ何か勘違いしてるかもしれないけど、勇者になりたくてなったわけじゃないっていうのは、自分の意思でなったわけじゃないって意味で、勇者になりたくなかった、勇者であることが嫌だって言ってるわけじゃないわよ?」
「え? そうなのか?」
「そうなのよ」
そうなのよですか……。
「てっきり、勇者でいることが嫌だから、敵の側、魔王の側に寝返って、城に住み込んでヒャッハーしてるのかと思ってた」
「ち、違うわよ失礼ね! いつもアンタの監視って言ってるでしょう!? アンタが再び悪いことをし始めたら、いつでも断罪できるようにここにいるのよ!」
いつだったかラヴのことを、『断崖絶壁のラヴ』と仮称したけど、そうなってくると彼女は『断罪絶壁のラヴ』なのかもしれなかった。
多少絶望感は減ったけど、それでも絶壁なのに代わりはない。
そっちはやっぱり、どうしたって絶望だ。
「とにかく私は、勇者になれて良かったと思ってるし、勇者であることに誇りを持ってるの! だからそうなってきたらやっぱりアンタの言うとおり、勇者になれたのはアンタのおかげかもしれないから、私はアンタに感謝……ってだから感謝はしないけど!」
ふぅーっと、深く大きく呼吸をする彼女。
「この剣で……間違えたわ、この件で、アンタが私に謝るのは、剣刀ちが……見当違い――」
コイツはどれだけ俺を剣で傷つけようと考えているんだ……。
「ゴホン……だからつまり、この件で、アンタが私に謝るのは、見当違い、誤りよ」
ラヴは俺がツッコまないから、言い間違いに気付いてないと思ったのか、ちらちらと目だけで俺の方を伺うと、全て初めから言い直した。
せっかくいいこと言ってくれているのに、こういうところが少し残念で、最高だ。
「そうか」
「そうよ。大体アンタは私の敵、何も謝らなくていいし、何も謝ってはだめ。アンタは私に謝らない、私はアンタを許さない」
これが私とアンタの、勇者と魔王の適切な関係、そうラヴは言った。
「だから今後何があっても一切謝ってはダメ。気持ち悪いから、調子狂うから。分かった?」
え? ならこれからラヴにいたずらしたとしても、謝らなくて言いんだろうか?
……いやでもそうなると、殺されるのは俺なんだけど。
「分かったの?」
「ハイ」
結局謝ることになりそうだけどな……。
まあでもラヴがそう言うのなら、このことについては謝らないし、気にしない。




