第捌拾玖閑 ラヴ・リ・ブレイブリアの場合 乙
「え? そうなのか?」
「ええ、そうよ」
「魔王に何か恨みがあったとか、そういうんじゃないのか?」
ラヴは、自分で自分のこと魔王とか言うの気持ち悪いからやめてよね、と、俺を見る。
「私がアンタを殺しに来たのは、そんな個人的な理由じゃないわ。そんな理由だったら、今アンタは生きてないわよ。まあ大きな意味ではそうなんだろうし、アンタにまったく恨みが無いかと言えば、嘘になるけど」
「乳が育たないのは、俺のせいじゃないぞ?」
「う、うるさいわね! これだって大きな意味ではアンタのせいよ!」
「とんだ言いがかりだな!」
「文句言い係りよ!」
何だその『いきもの係』みたいなやつは……。
そんな係りが学級に必要なのか?
「ラヴ、そんなツンツンした性格で文句言い係りなんてしたら、友達いなくなるぞ?」
「は? 何言ってるのアンタ。文句は文句でも、謳い文句よ」
『謳い文句言い係り』
ああ、あれか。体育祭とか文化祭とかで、大弾幕に書く文字を決めたりするんだなきっと。
それは別に友達いなくならなさそうだけど、むしろそういった祭りの先頭に立ってるから、友達出来そうだけど。
わけが分からん。
「と、とにかく! 私がアンタを殺しに来たのは、アンタがこの世界の悪だと、人々にとっての敵だと教えられたからよ」
だから悪さをしなくなった今、私はアンタを生かしてるの、とラヴ。
「そう教えられたから勇者になったのか?」
「ううん……それは順番が違うわね。私はね、生まれたときから勇者になることが決まっていたのよ」
ふむ……だから教えられたと。
「それは勇者の血筋か何かってことか?」
「私って、勇者の血筋に見える?」
「うーん……顔だけじゃ分からないな。ちょっと血筋、血管を見せてくれないか?」
「ええ」
正面に座ったラヴから伸ばされた腕を掴み、彼女のうっすらと浮き出た血管を見てみる。
「こ、これは!?」
「何!?」
「勇者の血筋だ!」
「わぁ~ホントに? ってこんなんで分かるわけないでしょうが!」
バッと俺が掴んだ腕を振り払うラヴ。
相変わらずの素晴らしいノリツッコミだった。
「バカにしてるの!?」
「いや、振ったのはお前だろう」
見た目で血筋とか、どうやって分かるんだよ。
まあ確かに親と顔が似てるとかなら分かるかもしれないけど、そもそも俺ラヴの親の顔知らないし。
「ま、私が勇者の血統じゃないのは、知ってるんだけどね」
「何だよそれ……」
「ラヴではあっても、サラブレッドではないの」
私の名前の音階に、『サ』も『レ』も『ッ』も『ド』も無いの、と彼女は言うのだった。
いや元から音階に『サ』も『ッ』もないと思うんだけど。
「ならなぜ、勇者になることが生まれながらにして決まっていたんだ?」
ラヴは
「勇者になることが生まれながらに決まっていた、なんて言うと、運命みたいで聞こえがいいけどね」
と、前置いた後
「本当はこう。私は勇者を作り出すために、生み出された」
これまたあっけらかんと、そう言った。
テーブルの上に置いてあるカゴの中から、パンを一つ掴み、それにかぶり付きながらだ。
今のラヴに言いたいことがあるとすれば、それは『朝からそんなヘビーな話をするなよ』じゃなくて、『そのパンおいしいな』こっちの方が正しいんじゃないかというような、軽い雰囲気だった。
それにしてもやっぱりヘビーだ、重たい。
ヘビーで思い出した昨日の海で出た蛇だって、かなり重たそうだったけど、それよりも重たい。
しかしラヴは続けるのだった。
「王都の王様がね――」
涼しい顔して、こんなに暑いのに涼しい顔して、自らの過去のお話を。
そんなにベラベラと、話してしまってもいいのだろうか。
まあそれだけ信用して貰えてきたのだとすると、嬉しくもあるけど。
「――魔王、アンタや魔物を倒すために『勇者育成計画』を打ち立てたの。この計画はそのまま、アンタを倒すための勇者を自分たちで育てるという計画なんだけど、そのために私は作られ、産み落とされたの」
『作られた』なんて、やっぱりサラッと言うのだった。
汗でベタベタなのに、サラッと言うのだった。
どこまで深くつっこんでいいのか、分からない……。
ネネネなら、『もっと深く突っ込んで欲しいですのぉ』とか言いそうだけど。
「あ、えっと……ラヴ? この話はもう少し切り込んでいってもいいのか?」
「別に。でも斬りかかって来たら殺すわよ?」
そんな勢いで話すつもりは無い。
「あーその……作られたっていうのは、魔法か何かで?」
「そんなわけ無いでしょ? まあ確かに私の言い方も、少し悪かったかもしれないけど。作られた、っていうのは言葉のあや。私はちゃんと人の子よ、コウノトリさんが運んできてくれた人の子」
コウノトリが運んで来たのなら、それはもう鳥の子ではないんだろうかと、こういう話を聞くたびに正直思う。
ならラヴのハートは、ハートじゃなくてバードなのかもしれなかった。
膝の中にネズミがいるだとか、のどに仏様がいるだとかは聞いたことがあるけど、心臓に鳥がいるなんてことは聞いたことが無いな。
とか考えているうちにも、ラヴは続ける。
「で、運ばれて来て、物心が付く前からずっと、勇者になるための教育を施されてきたの」
「教育ってどんな?」
「えーっと。体鍛えたり、剣、魔法の訓練したりの戦闘面から、魔物、地形についてとかその他の知識面まで、全ての教育を受けたわよ」
「ああ……」
だからだ。
「何よ」
「いや、だからラヴは貧乳なんだなって……」
確か体を鍛えたりして絞ってる人は、胸も小さくなる傾向にあるとか何とか聞いたことがある。
実際女子のアスリートは、貧乳が多かったような気がする。
それを子供の頃から体を鍛えてたとなると、無くて当たり前だ。
抉れなかっただけ、御の字だ。
「誰が貧乳よ!」
ラヴは悔しそうに目じりに涙を浮かべ、肩をプルプル震わす。
「あ、ああ、冗談だよラヴ、ラヴは巨乳だよ巨乳!」
「そこまでいくと、余計に悲しく、虚しくなってくるわよ!」
「な、なら虚乳か?」
虚しいじゃなくて、胸無しいか?
いや、でもラヴは側だけじゃなくて、上辺だけじゃなくて、中身まで本当に無いからな……。
「うるさい! 拒乳よ! 私が拒んでるの! 大きくなったら邪魔だもの!」
ならなぜいつも小さいと言われて怒ったり、大きな胸を見て固まったりするんだ。
大体そのセリフは、実際にそれを体験した人間が言えることだろう。
もしかして……。
「ラヴ、今のセリフ、ちょっと言ってみたかったんじゃないか?」
「なっそ、そんなわけ――まぁ少し――ケド」
何やら顔を赤くして俯き、ごにょごにょと呟くラヴ。
「そ、そんなことはどうでもいいのよ……そんなことより、魔王。家族っていうのは、どんなものなの?」
「家族?」
「そう、家族。さっき言ったとおり、私は物心ついたときからずっと修行のようなものをして来たの」
だから、と彼女。
「私は両親の顔も知らなければ、普通の家庭、家族ってやつも知らないの」
ラヴはそんなことを、これまた平然と、自分の胸くらい感情の起伏無く言った。