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異☆世界転生~愛すべきバカ共の戯れ!!~  作者: 高辺 ヒロ
第二部 異世界で暮らしま章      【魔王SUMMAR:夏】  
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第捌拾捌閑 ラヴ・リ・ブレイブリアの場合 甲

「痛いよラヴ」

 両頬が痛い。

 相変わらず食事の間。

 俺はテーブルの上のカゴに積み上げられていた、薬草入りパンを貪りながら、目の前にいる彼女に聞こえるようにそう呟いた。

 きっと鏡を見れば、両頬から流れ出した血のおかげで顔に模様が入って、少しは魔王らしく、いかつくなっているんじゃないかと思う。

 こう、なんて言うかな、よくあるような細長い逆三角形のあんな模様。

 ちょっとかっこいい……いや、そうでもないか……。

 そんなことよりも、とにかくまず言いたい。


「痛い」

「し、知らないわよ! アンタが悪いんでしょ!? 私は謝らないし、誤ってもないわ」

 確かに俺が悪かったかもしれないけど、それだけで両頬を切るとかやりすぎだと思う。

 それは誤ってるし、謝っても欲しい気分だ。

 大体なぜいつも頬なのか。


「まあいいんだけどね」

「いいんだけどね、じゃないの、アンタが悪いの」

 ラヴは少し申し訳なさそうな顔をしながら、そう言った。

 ノリツッコミもそうだけど、そんな顔をするなら初めからやらなければいいのに、と思う。

 本当に不器用で素直じゃなく、優しくて、人を傷つけるのに向いていない。


「そんなに気にしなくてもいいよラヴ」

「べ、別に気にしてなんか――」

「でも気をつけた方がいい」

 何を、とラヴは右に軽く首を傾ける。


「俺を殺さないように、だ」

 どうして、と彼女は、今度は左に少し首を傾ける。


「だってラヴは俺がいないと生きていけない。いてて」

 俺は、エメラダが置いて行った緑の薬を頬に塗りつつそう言った。


「なっ、は? アンタがいないと私は生きていけない?」

「そう」

「い、いいいい、意味が分からないわ! アンタなんかいなくたって私は生きていけるわよ! な、何なら、今すぐここで殺してあげてもいいわよ!?」

 動揺したように椅子から立ち上がり、剣をブンブンと振り回すラブ。


「ひぃっ!! ちょ、ちょっと落ち着けってラヴ。俺の言い方が悪かったかもしれない」

 かもしれないじゃない、確実に言い方が悪かった。


「俺が言いたかったのは、俺がいないと、ラヴは勇者として生きていけないってことだよ」

「は、はぁ? それでもまったく意味が分からないわ!」

「だから落ち着けって、一度座って冷静になれ」

「私はいつも冷静よ、精霊くらい冷静よ」

 なら精霊ってやつは、相当慌ただしいんだな……。


「で、もう一度言ってみなさい。回答によってはアンタはころよ」

 と、椅子に座り、ひとまず落ち着いた様子のラヴ。


「だからさ、まあ一から説明するとだな。ラヴ、勇者に必要なもの、勇者が勇者になるための条件って何だ?」

「それは……」

 少し考えた末に、彼女が出した答えは。


「友情、努力、勝利かしら?」

 どこの少年漫画だ……。


「まぁ確かにそれも必要かもしれないけど」

 いや必要なのか? ま、そんなことはどうでもいいか。


「まず勇者に必要なのは、敵、悪だ」

 明確な敵、絶対的な悪。


灰汁あく?」

「違う、悪だ」

 まあ……取り除くべきものという意味では、同じかもしれないけど。


「勇者が勇者であるためには、何よりも先に敵、悪が必要なんだ。だって勇者が勇者と呼ばれるためには、人々にそう言わしめるだけの功績を残さないといけないだろ?」

「ええそうね」

「そして世界が、人々が勇者に求める功績は?」

「敵の、悪の退治」

 ラヴは俺の問いにそう答えた。


「そのとおり」

 人々は勇者に、共通の敵の、悪の排除を求めている。


「そして勇者ラヴの敵、この世界の悪は、俺だ」

 今のセリフの前に『きっと』という言葉をつけたかった。

 だって俺は別にラヴと敵対関係にあるとは思っていないし、大体人々の魔王の扱いからして、本当にこの世界の悪なのか、まったく持って疑問だからだ。

 会うやつ全員に、魔物人間関係なく、バカ呼ばわりされるし……。


「だから私には、アンタがいないと勇者として生きていけないと、勇者として成り立たないと、そういうことね」

 俺は無言で頷いた。


「でも……」

 ラヴはそう言って考え事をするように腕を組む。

 無い胸の前で腕を組む。

「でもそれって、悪が、敵が、私で言うところのアンタが、魔王が、生まれてなかったら成り立たないってだけで、別にアンタが今からいなくなっても、私は勇者として成り立つわよね?」

 むしろアンタがいなくならないと、私は本当の意味での勇者になれないじゃない、と彼女は言った。

 確かにそのとおりだ、誰一人敵がいなければ勇者にはなれないけど、一度敵が現れた後にその敵がいなくなったとしても、それを倒したのが勇者なら勇者は勇者足りえる。

 つまりこの話は、まったく、全然、これっぽっちも、『俺を殺さないように気をつける理由』にはなっていない。 むしろその逆だった。


「あー危なかった、もう少しで騙されるところだったわ」

 くそ……やっぱりラヴは騙せないか……。

 俺が騙せるのはせいぜいネネネ……いやネネネの方がむしろ騙せないような気がする。

 あいつは既に、騙すとか騙されるとかいう次元に収まりきっていない。

 なら後俺が騙せそうなのは、クゥくらいか。

 あ、でもそのクゥにも、この前嘘を看破されたんだったっけ?

 しっぽ扇風機で、寒波を起こそうとしたとき。

 いや、寒波までは起こそうとはしていないけど。

 微風、尾風だけだけど。


「でもさラヴ」

「なに?」

「いや、そうなってくると、ラヴって自称勇者だねって」

 自己紹介でこの金髪碧眼貧乳美人は、散々勇者を名乗ってきたわけだけど、よくよく考えれば、彼女はまだ敵である俺を倒してはいないのだから。


「なっ、誰が自称勇者よ! 何? そんなに死にたいわけ? そんなに殺して欲しいわけ? 分かったわ、やってあげる――いたっ」

「どうした?」

「切れた!」

 俺に向かってバッと手の平を突き出すラヴ。その一指し指からは、うっすらと血が出ていた。

 勇者が剣を振り回して、自分で自分の指を切るなんて……。

 つまりあれか。


「自傷勇者と……」

 はいはい、メモメモ。


「だ、黙りなさい! 薬を貸して!」

「ハイどうぞ」

 俺は差し出されたラヴの手に、緑の液体が入った小瓶を乗せた。


「あっ! ありがとうっ!」

 こんなに怒ってお礼を言われたのは、初めてだ。


「なあラヴ、一つ聞いていいか?」

 俺は話を逸らす意味も込めて、指に薬を塗っているラヴに問いかけた。


「何よ、まだ何かあるの?」

「あのさ、どうしてラヴは勇者になったんだ?」

 例え自称だとしても、こんな少女が危険を冒して、険しいと承知で、冒険に出た理由は何だ?

 それこそ自傷行為だ。

 魔王を殺しに来た理由は?

 何か魔王に、それほどまでの恨みがあったのだろうか。


 そんなことを考えていた俺に、ラヴは

「別に私だって、なりたくて勇者になったわけじゃないわよ」

 と、薬を塗る片手間に、特に気にする風もなく、さらっとそう言った。

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