第陸閑 妻、爆誕!!
というわけで、再び厨房に戻った俺達だったが、勇者が調理には少々時間が必要と言うので待機。
しばらくは厨房に隣接されている、食事の間みたいな、無駄に長い木の机のある部屋にいたんだけど、今は暇だから辺りを散策中。
横にスライドしても開かない扉を開けて食事の間を出ると、机と同じく無駄と言って差し支えのないくらい広い廊下に出た。
まあ、混雑はしないかな。
でもこんな場所で怖い人にぶつかりでもして、『おい兄ちゃんどこに目ぇつけて歩いてんだ』って言われたとしても、『ごもっともです』と言わざるを得ない。
でもあなたの言葉は、そっくりそのままあなたに返ってきますけど……。
なんて反論でもした日には、本当に目がどこについているのやら分からないくらい、顔が膨れ上がるようなことになるんだろうな。
そんな意味の分からないことを考えつつ、廊下の端にあった、高級そうなソファーに腰掛ける。
ソファーの真ん前、俺の真正面にある窓から、月明かりが差し込む。
どうやら、魔王城の周りだけ常に薄暗いなんてことはなかったらしい。
俺の読みどおりあの時は夕方で、今は夜。
ひとまずよかった。これでこの城を出て行かなくて済みそうだ。
「ぅ……」
差し込む月明かりが妙に強い。
月ってこんなに眩しかったっけ?
不思議に思って外を見ると、空を見上げると、そこには月が二つも浮かんでいる。
そりゃ眩しいはずだ。
と言うかどうして二つもあるんだ……無駄だろう。
暗いよりはいいのかもしれないけど。
そう思いながら夜空を眺める俺のすぐ横に、突如、何の前触れもなく影が。
「まっお~さま~、ネネネただ今帰りましたの~!」
突然現れたその人影は、そう言って勢いよく俺の首に抱き付く、巻き付く。
「ぐえっ」
その勢いでソファーの角に頭をぶつけた。
……マジで痛い。
今日は痛いことばかりだ。
一体誰なんだよ、登場の仕方が唐突過ぎる。
せめてインターホンくらい押してもらわないと。
ピーンポーン、卓球でーす。
「んっ……?」
痛みを堪えて目を開けると、そこには
「女の子?」
女の子がいた。綺麗な桜色の髪の毛をした。
「まおーさま、しばらく会えなかったからネネネとっても寂しかったですの」
そう言ってその子が動くと、肩にギリギリ届くくらいまで伸ばされた、軽くパーマのかかった髪が揺れて、俺の鼻をくすぐる。
しかもその髪が揺れるたびに、何だか凄くいい匂いが。
何だこの脳がとろけてしまいそうな香り、それにこの柔らかさ。
そして妖艶な右目の目元の涙ボクロ……吸い込まれてしまいそうだ。
「まおーさまも、寂しかったですの?」
いや、そう問われても、心の準備が出来ていないと言うか、言葉に詰まると言うか。
電話をして、相手がコール一回目で出て『えっはやっ!』ってなってるときに、更に相手の第一声がちょっとキツめに『なに!?』だったときみたいに
「あ……えっと……」
って言うしかないじゃないか。
「どうされましたのまおーさま」
いやいやそれはこっちのセリフだ。
君がどうしたの? 急に何なの?
嬉し……動けないからこのまましばらく抱き合った態勢でいるけど。
電話のくだりを続けるならだよ。
携帯見たら着信があったから折り返したのに、出た相手の第一声が『どうしたの?』だったときくらいにこっちのセリフだよ。
「あの……君、誰?」
俺は申し訳なさをいっぱい込めてそう言った。
しつこく電話のくだりを持ち出すなら、電話がかかってきて、出たのはいいけど相手が誰だか分からない、けど向こうはめちゃくちゃ親しく話しかけて来てる。
そんな相手に『誰ですか?』って聞くときくらい慎重に、傷つけないようにそう言った。
だって実際魔王とこの女の子は知り合いなんだろうし。
魔王が死んで桜満になってるなんて、そんなこと全然知らないだろうし。
「冗談でもまおーさまにそんなことを言われるなんて、ネネネ傷つきましたの」
しかしそんな俺の気遣いも虚しく、彼女は傷付いたらしかった。
「あ、あの……えっと」
どうすればいいんだ、また一から説明か?
俺は魔王じゃないんです、異世界から来ましたって。
信じてもらえるだろうか……と言うか正直もう説明するの面倒くさいんだけど。
「いっそこのまま、ネネネを本当の傷物にしてくださいな」
いやいや、別にうまいこと言えてないからね?
さすがにこんな場所で脱ぎ出すのは、止めてもらいたいんだけど。
と思いつつも、目を覆った手は隙間だらけなわけだけど。
とにかく俺が魔王であって魔王でないことを伝えないと。
どうすれば、簡単で短く、かつ信憑性のある説明が出来る……?
はっ!
これ以上にないくらい簡単で、これ以下にないくらい短い。
そんな単で短な、最高の呪文があるじゃないか!
信憑性は皆無だけど。
いけるか? 今回もこの呪文を唱えればいけるのか!?
「えっと……ネネネ、だっけ?」
「何ですの、まおーさま。そんなに慌てなくとも、ネネネはあなたのものですのよ」
いや、そうじゃなくて。
「お、俺……ネバネバ何だ!」
とにかく叫んだ。目の前の彼女は無言。
ダメか? 勇者にも通じた呪文だぞ。
「まあまおーさま、ネバネバですの……それはお気の毒に」
やったー通じた! 通じたぞ!
ネバネバだ! 俺はネバネバだ!
……。
でもネバネバの意味を知らないから、本当の意味で通じたとは言い難いんだけど。
「ですがそれなら好都合ですの」
悪戯な笑みをこぼす彼女。
好都合?
「ネネネの目を見て、よーく聞いてくださいなまおーさま」
「あ、ああ」
月明かりの下で抱き合い、そして見つめ合う男女。
状況だけ見ると、何だかロマンティックな感じになってるけど……。
「私は妖精」
「陽性?」
「いいえまおーさま、ネネネは別に病気ではありませんの。フェアリーのことですのよ」
ああフェアリーね、OK
「名前はネイドリーム・ネル・ネリッサ」
ネイ……? 何だって? よく分からなかったな。
「まおーさまの妻ですの」
「つま?」
つまってこれか?
『妻』
「そうですの、それですの、その妻ですの」
妻……。
前略
お父様、お母様、お姉様。
桜満明日太、異世界にて妻ができました。
草々
「お分かりになられまして?」
「まあ、分かったよ」
この子が俺を騙そうとしていることは。
好都合とか言っちゃってるし……。
どうしてそういうこと言っちゃうかな。
それさえ言わなきゃ、俺も信じてたかも知れないのに。
ゲイルと言いこの子、ネネネと言い、魔王の周りにはバカばっかりだな。
「ネネネ、嬉しいですの!」
言って、彼女は再び俺の首を強く抱きしめる。
「ウゲッ! 話せ! く、くるしい……し、ぬ」
「まおーさまと一緒に死ねるなら、ネネネ本望ですの」
「愛が重いよ!」
しかもこれで死ぬの俺だけだし!
「そうですのよまおーさま、愛は想いなんですの」
そんなこと言ってる場合か!
死ぬって!
「魔王、どこ行ったの? ご飯できたんだけど……って」
俺を探して食事の間から出て来たラヴの青い目と、視線が重なる。
「おっと……」
端から見れば、ただイチャコラしているだけにしか見えないこの状況……。
「や、やあ、ラヴ」
「やあじゃないわよ、人がご飯作って探しにまで来てやったっていうのに、こんな場所でイチャイチャイチャイチャと……」
身をプルプルと震わせながら、腰の剣を抜くラヴ。
「あ、いやこれは……」
まずいぞ。いやまずいのか?
「まおーさま、誰ですのあの方は」
「へ?」
ネネネを見上げると、彼女の目には凄まじい殺気が。
まじですか……。
「ネネネというものがありながら、あんな小汚い田舎娘を連れ込んで!」
「いや、その、あの子はですね……」
ちょっと待て、何で俺は弁解をしようとしてるんだ。
何で俺が責められてるんだよ。
俺何も悪くないじゃん、何もしてないよ?
悪いのは魔王だ。いや魔王も何もしてないか。
悪いのはこいつら二人じゃねえか!
「やっぱり変態は、この勇者の名において今すぐに殺してあげるわ!」
「こうなったらまおーさまを殺して、ネネネも死にますの!」
わぁ~い、やってらんねぇよぉぉぉぉ!