第捌拾陸閑 魔王覚醒……!!
「……っ!! はぁ、はぁ、はぁっ……ぅっくはぁは……はぁ」
逸花に、黒い炎に、飲み込まれまいと必死でもがいていた俺は、気が付くといつもの部屋、魔王の部屋のベッドの上にいた。
少し不安になり辺りを見渡すと、俺の左側にはネネネが寝ていた。
右側には血溜まり!?
……かと思ったけど、ルージュの深紅の髪の毛だった。
そして足元には真っ黒な炎が
「ひぃっ!?」
と思ったけど、これも丸まって寝ている、クゥの真っ黒な頭だった。
「ふぅ……夢か……」
彼女たちを起こさないように、静かにゆっくりと深呼吸をする。
窓から差し込む日を見る限り、もう朝だ。
昨日ははしゃぎすぎて疲れたんだろう、クゥだけでなく、ネネネとルージュも珍しくおとなしく寝ている。
いつもなら絶対俺より早く起きて、朝からドンパチやらかしてるからな。
と言うかこいつらどうして俺のベッドで寝てるんだ。
どうして俺はこいつらと、川の字になって寝ているんだ。
いや、三人、ネネネと俺とルージュだけなら川の字だけど、足元にクゥが丸まってるから、川の字じゃなくて川口の字だな。
まあ、大きいベッドだから別にいいけども。
ただそうなってきたら、後ラヴとエメラダを足せば『州』の字になって寝れるのに、いや、もっと頑張れば『河』の字になって寝れるのに、と思わなくもない。
「はぁ……」
それにしてもとんでもない夢を見たな……妙にリアルで、かなり怖かったし……。
夢はその人の深層心理を表すなんて話しをよく聞くけど、あれは本当なんだろうか。
それが本当だとすると、俺は逸花について何か気掛かりなことがあるのだろうか。
まあ確かに、逸花を置いて来てしまったことが全く気がかりではないと言えば嘘になるし、逸花のことが怖くないと言えば、これもまた嘘になるわけだけど。
いやぁまったく本当に……怖い夢だったな……濃い夢だったな……。
未だに心臓のドキドキというか、バクバクが治まらない。
これは暑さのせいもあるかもしれないけど、体も汗でびっしょりだった。
水を飲みに行こう、とそう思い、ネネネとルージュとクゥを起こさないようにゆっくりとベッドから出る。
「あぁん、まおーたまぁ」
「……!」
起こしてしまったか!?
と思ったが、ただのネネネの寝言だった。
「まおーたまたまぁ」
まおーたまたまって何だ。まったく、寝言まで卑猥な奴だ。
寝ているネネネにツッコムとか字面が危な過ぎるので、俺はツッコみたい気持ちを押し込め、すやすやと眠る彼女たちの可愛い寝顔と小さな寝息を背中に、部屋を出て、食事の間へと向かった。
食事の間に入るとそこには、いつもどおり眠たそうにぽわっとした空気を身に纏い、椅子に背筋良く腰掛けているエメラダと、長いテーブルの上にだらっと腕を投げ出し、うつ伏せになっているラヴがいた。
「おはよ、エメラダ」
「おはようアスタロウ……」
どうやら今日は早いと認めてくれたみたいだ。
「……」
ラヴは起きてるんだろうか。
俺がその場で一瞬固まっていると、彼女は『ん?』と言って、顔だけ俺の方に向けた。
「あら魔王、おはよう。今日は早いのね」
「おはようラヴ。ちょっとね」
ラヴがどうしてぐったりしてるのか気にはなったけど、まずは水が飲みたい。
俺はテーブルの上に置いてある、水の入った白くて長い陶器のポットから、伏せてあったコップに水を注ぎ込み、そしてそれを一気に飲み干した。
もちろんしっかり腰に手を当てて。
「あ~」
そんなに冷たい水じゃないけど、それでも液体がのどを通り、胃の中に流れ込んでいくのがわかる。
その感覚でようやく落ち着き、ドキドキが治まった。
「ふう」
と、エメラダの横、ラヴの正面に腰掛ける。
晩ご飯以外は、意外と席がバラバラだ。
「ちょっとって何よ」
椅子に座った俺に、ラヴが問いかける。
「何だ? 気になるのか?」
「べ、別にアンタのことなんて、気にならないわよ!」
「じゃあ言わない」
「何よ! 気になるじゃない!」
気になってんじゃねぇか。
まあいつものことだけども。
「分かった分かった。悪夢を見たんだよ、悪夢を」
俺は、未だテーブルの上にだらんと体重を預けているラヴに、事の次第を告げた。
それを聞いた彼女は、心配するでも、感想を言うでもなく
「悪魔が悪夢」
などと笑えない駄洒落を、一人で嬉しそうに呟いた。
可愛いからって、顔はいいからって、何を言っても許されるとでも思ってるのだろうか。
まあラヴの場合、顔以外の部分も別に悪くはないけど。
ひとまず俺は『夢魔のマム』とでも返しておこうかと思ったが、やめておいた。