第捌拾伍閑 死神の鎌と書いてサイドテールと読む!?
「そう、とても愉快な夢だねーたっくん」
逸花は言う。
「だろ?」
「うん、愉快だよ、とーっても愉快だよ」
彼女は真っ黒な瞳で、貼り付けたような笑みを浮かべ笑う。
ニッコりだ……。
「あ、あは、あはは、あはははは……」
まずい……。
今更ながら、どうして逸花にこんな話をしてしまったのだろうと、後悔してきた。
どうしてこんな情報を公開してしまったんだ俺……。
「愉快愉快、ホント不が付くほどに愉快だよ」
人はそれを不愉快と呼ぶのだ、とは、さすがにこの状況では言えなかった。
「ねーたっくん?」
「ハイ、ナンデショウ」
「どうしてたっくんはたっくんの癖して、私以外の雌そんなに楽しそうにしてるのかなー?」
俺の癖してって何だ、とももちろん言えなかった。
「答えて? ねーたっくん、どうして?」
そう言って、いつもどおりの暖かい笑顔で、逸花はりんごを剥いていたナイフを俺の首筋に突き付けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ逸花、まずナイフを片付けてくれ。そ、それはモノを切ったりするためもので、決して人に向けるものじゃない。な?」
「何言ってるのたっくん、たっくんは私のモノじゃない。でしょー?」
ならそのナイフは、俺を切ったりするためのものなんだろうか……。
「それにねーたっくん、これはたっくんが悪いんだよ? たっくんが私以外の雌と仲良くしたから私は怒ってるの。本当は私だってこんなことしたくないの」
私はたっくんを愛してるんだから、と彼女は言う。
こんなことをしたくないだって!? 嘘だ、絶対に嘘だ。
親が怒りたくなくても子供を叱らなければいけないのとは、わけが違う。
「分かってくれるよねー?」
分からない、まったくもって分からない。
「でもさ逸花、さすがの俺でも夢はコントロールできな――」
「それは私への愛が足りないからじゃないのかなー? 本当に私のことを愛してるなら、修行してコントロールしよーとか普通は考えるよね?」
普通は考えない。
修行って……まあ確かに訓練すれば夢も思いどおりになるとか何とか、聞いたことはあるけど。
「それを考えないってことは、たっくんは少しおかしいんじゃないかなー?」
おかしいのはお前で、それを考えない俺はきっと普通だ。
「あ、そっか、そーだよたっくん。私ひらめいた!」
と、目を輝かせる逸花。
「何を?」
何をひらめいたにしろ、あまり聞きたくはないような気が、しないでもないけど。
「もういっそのこと、たっくんが夢を見られないようにすればいいんだよー!」
「よくないよ!」
ツッコんではみたものの、逸花は全く聞いていなかった。
「ホント名案!」
名案じゃないよ! 命安じゃないよ! 俺の命、全然安全じゃないよ!
「どうすればいいのかなー? 植物状態とか?」
どうやら逸花は、完全に自分の世界に入り込んでいるらしい。
「あのー逸花さん?」
「あ、でも植物状態でも脳は生きてたりするんだよねー、確か」
俺の言葉など、全く聞く耳持たない彼女。
「おーい」
「なら脳死状態にすればいいのかな。どうすればいいんだろう、後で先生に聞いてみよーっと」
何だか凄く怖い言葉が聞こえてきた気がするんだけど、気のせいだろうか。
「これでたっくんは夢も見なくなる。なにより、脳死状態の彼の元へ毎日毎日通い妻のように通い続ける私」
「……」
「何だかとってもステキじゃない!? ねーたっくん」
やっと自分の世界、逸花の世界、い世界から帰ってきた彼女は、俺にそう問いかけた。
「そ、そうだね色々ステキだね……」
本当にステキすぎる。コイツの頭の中はきっとお花畑だ。
ただそのお花畑は、不吉な花しかないお花畑だろうけど。
「でしょー!? たっくんならそう言ってくれると思ってた!」
逸花は機嫌を良くしたのか、俺の首からナイフを離した。
「そうだたっくん、そうなったら一応聞いておきたいんだけどー」
「何でしょうか」
「もし脳死に失敗とかしちゃって普通に生きてたとしても、後遺症が残って、介護が必要になったときの話しをしておきたいんだけどー」
「そんな場合の話は、俺はしておきたくはないけどな」
「でも、後遺症で会話が出来なくなってからじゃ困るでしょー?」
そもそもそんな状況にされること自体、困るんだけど。
まあでも仕方ない、一応聞いておくしか今は手がない。
「わかったよ、で、何だ?」
「介護する場所はお家にするとして、お部屋は中か外どっちがいーい?」
「おかしいだろ!」
どういう選択肢だ!
「え? 聞き方がおかしかったかな? ならこう言えば分かって貰えるかな? お部屋は室内がいーい? 室外がいーい?」
「おかしいのはそこじゃない!」
俺が言いたいのはなぜ人が暮らす場所の選択肢に、室外があるかということだ。
大体室外ってもうそれお部屋って言わないよね!?
「あー、あぁ、あぁわかった、ごめんねたっくん。こう聞けばよかったんだねー」
逸花は、ひらめいたとばかりに手を打った。
「室内犬になりたい? 室外犬になりたい?」
可愛く小首を傾げて見せるのはいいけど、それも違う……。
「はぁ、室内犬でよろしくお願いします」
「わかった、室内犬だねー。そうだ。後、何本欲しい?」
「何本欲しい? 何がだ?」
いったい何が何本欲しいと問われているのか、話の流れから全く推測できない。
「手足だよー」
「だよー、じゃねえ! どういうことだ!」
「だって介護するのも大変じゃない? どうせ使わないならなくてもいいと思うんだけど、たっくんがどうしてもって言うなら、残してあげてもいいかなーって」
いいかなーって……。
「全部欲しいです、全部残してあげてください」
「ん~まぁ仕方ないかー。分かった、全部残してあげる」
「……」
「あ、性処理の心配はしなくても大丈夫だよー?」
そんな心配は今のところしていない。
「ちゃーんと去勢してあげるから。しょりしょりって切ってあげる。なーんてね」
いや、まったく洒落になっていないんですけど。
「大丈夫だよ、去勢はちゃーんと子供をつくってからにするから」
そんな心配も、今のところはしていない。
「……」
「ふふっ。ホントたっくんは私ナシじゃ何にも出来ないねー」
嬉しそうに笑う逸花。
誰のせいだ、誰の……。
ほとんど逸花の独断で、俺の未来が決まっていく。
俺の寿命は二十歳までと神様に聞かされて様な気がするけど、そりゃこんな奴が近くにいれば、それも頷けるってもんだ。
神様は、俺が死ぬとき神経衰弱をしてたって言ってたけど、絶対その相手、逸花だよな……。
「でも、本当は出来ることなら、そんなことせずに一緒に暮らしたいの」
逸花はポツリと呟く。
「そ、そうだよ逸花、そんなことはしないで普通に暮らすことは出来ないのか?」
「私とたっくんが、普通に暮らすこと?」
誰もお前と、とは言っていない。
「そうだねー……もしたっくんが修行して、私以外の雌の夢を見なくなれば、私の夢しか見なくなれば、そんなことをしなくても普通に暮らせるねー」
どうして夢を見たくらいで、こうも命の危険に陥らなければいけないんだ……。
「す、するよ修行。俺、夢を操れるようになるからさ。そんなことしないでくれ」
「わぁ」
逸花の目は、ぱぁ~っと花が咲いたように明るくなった。
ただやっぱりそれは、不吉な花だとしか思えない。
「たっくんがそんなに私と暮らしたがってるなんて、私嬉しい」
俺はお前と暮らしたいわけじゃなくて、生きたいだけなんだけど。
「でもダメ……」
「な、どうして?」
「だってたっくん飛び降りないって言ったのに…………嘘ツいタもノォォォォォォォォ!!」
「……っ!?」
その声は、既に逸花のそれではなかった。
そしてその姿も。
「なっ!?」
気が付くと目の前の逸花の体は、全身黒、真っ黒、漆黒になっていて、目だけが妖しく赤く光っていた。
手にはなぜか、体と同じで黒い大きな鎌を握っている。
「ひいっ……」
そして次の瞬間彼女の体は形をなくし、ぼやっとした、まるで影のような、炎のような物体となり、揺らめき始める。
鎌だけはしっかりと持って、ゆらゆらと。
「い、逸花?」
何だ!? わけが分からない!
「タァァァァッッッックゥゥゥゥン!!」
逸花、いや逸花であったその揺らめく黒い物体は、俺の名を呼ぶと巨大化し
「テンゴクデアイマショォォォォ!!」
こっちが泣き叫びたくなるような、おぞましい雄たけびを上げ、黒い鎌を振り上げた。
「ひぃぃぃぃえぇぇぇぇ!!」




