第捌拾参閑 いただきますですのなのじゃ……なのだ!
エメラダが、ラヴの道具袋から敷物を出し砂浜に敷く。
そしてその上に、またまた道具袋から取り出した食べ物の入ったカゴや、飲み物の入ったビンを並べていく。
「魔王、あれ切るから手伝って」
ラヴは近くに突き立ててあった勇者の剣を引き抜くと、そう言って蛇の方へ向かう。
「はいよ」
彼女は蛇の目の前まで行くと、片手で剣を持ち、目にも留まらぬ素早い剣捌きでスパスパと蛇を切り分け
「はい」
その蛇肉のブロックを俺に渡す。
「ん」
人は見かけによらないとかよく言われるけど、この蛇もそうだったらしく。
気持ち悪い見た目に反して、中身は案外綺麗な白身魚のような、白い肉だった。
「ラヴ、これはどうやって食べるんだ?」
生かな? それとも焼くんだろうか。
倒したばかりで新鮮だし、生で刺身にして食べるのがうまそうだけど。
「このまま木にでも突き刺して、焼くわ」
「焼いちゃうのか? 生の方がうまそうだけど」
「あらそう、お腹をこわしたいなら生で食べれば?」
「……え、遠慮します。焼いてください」
お腹をこわすのは嫌だしな。
ラヴに切り付けられたり殴られたりと、外側の損傷には痛い程度で耐えられるけど、内側からの攻撃は耐えれそうにない。
前の病気や毒はどうしようもなかったからな……。
「なあラヴ、焼くのはいいんだけど、火はどうするんだ?」
まさかあの勇者の袋の中に、松明が入ってたりするんだろうか。
「あ、それ考えてなかったわ……」
さすがに、そんな都合の良いまさかはなかったらしい。
どうしよう、といった風に、ゆっくりと振り向くラヴ。
「それじゃ食べられないな」
「ええ」
その会話に反応したのはクゥ。
「嫌なのだ! ボクは食べるのだ! そのままでもいいのだ!」
「ダメだクゥ、そのまま食べたら、おなか壊すらしいぞ?」
「何言ってるのだアシュタ、お腹は壊れないのだ」
いや確かにそれはそのとおりだけど……それはただの表現であってだな……。
「お腹が痛くなるってことだよ」
「何言ってるのだアシュタ、お腹は居なくならないのだ」
そうだね、そうだけども。
「アスタロウ……」
と、クゥを説得している俺の肩を叩く、エメラダ。
「何だ?」
「はい……」
彼女の方を見ると、彼女は何やら俺に一本の木の枝と、一枚の木の板を渡してきた。
「はい? 何これ?」
「……火」
「……これで火を起こせと」
「……」
そのとおりと言うように、いつもどおり無言で頷くエメラダ。
マジですか……。
「は、はは。あはは……」
さすがにそれは無理じゃないかな……小学生の頃に授業で一回火起こしをしたことがあるけど、全然火は点かなかった。
しかもそのときはもっと火起こし専用に、火が起こしやすいように、加工された木だったにも関わらずだ。
ただそこら辺で拾ってきた木では、ちょっと厳しいような……。
大体何か、火を起こすような魔法とかないわけ?
「……」
なおも無言で火を起こせと、木を押し付けてくるエメラダ。
「な、なあルージュ、助けてくれない?」
隣で腕を組んでたたずむ、幼女に声をかける。
まさか、こんな小さな小さな幼女にまで助けを請うことになるとは。
「ふむ、仕方ないのぉ。ならワシが火を起こしてやろう」
「本当か?」
「おお、アスタのためじゃからの。じゃが一つ条件がある」
にやっと妖しく微笑むルージュ。
「……条件?」
まさか、またぞろ血を吸われたりしちゃったりするんだろうか。
「ちゃんと火が点いたら、ワシに血を吸わせろ」
今度こそ、そのまさかだった。
「わ、わかった」
正直血を吸われるのはちょっと怖いけど、仕方ない。
木で火を起こしたら、手の皮ズルズルになって、どうせ血が出てしまうかもしれないし。
「なら点けてやろう。ラヴリンよ、火はそんなに大きくなくてもよいんじゃろ?」
「ええ、そうね」
ラヴリンじゃないけど、とラヴ。
「ふむ、ならこれでええかの」
ルージュは片手をそっと前に突き出した。
「駆け回る炎路」
ルージュがそう言うと、砂浜にブワッと円形の炎が起こり立つ。
「おお」
あるんじゃないか、便利な魔法が。
「ラヴリン、これで良いかの?」
「だから……もう。ええ、それでいいわよ」
ラヴにそう言われると、ふむ、と俺を見上げたルージュ。
「ほれアスタ、約束どおり火は点けたぞ。血を吸わせろ」
「あ、ああ」
はい、と俺が腕を差し出すと、ルージュはまるでとうもろこしにでもかぶりつかのくように、俺の腕に歯を突き立てた。
「うおっ」
痛くはなかった。
ただ何だろう、トマトを噛み潰したときのような、プチュって感じが腕から来て、不思議な気分だった。
とうもろこしやらトマトやら、実に夏らしい野菜だな、何て考える余裕さえあったくらいだ。
ゴク、ゴク、とルージュのノドが音を鳴らす。
「ぷはぁ~うむ、やっぱり血はうまいのぉ~」
ルージュは俺の腕から口を離すと、血のついた口を拭いながらそう言った。
とうもろこしやらトマトを想像していただけに、浜辺でバーベキューしながらビール飲んでるおっさんかよ、と思わなくもない。
でもルージュはおっさんじゃない。幼い。
もしかしたら『幼い』っていうのは、『おっさんじゃない』の略かもしれなかった。
「アシュタ、ボクもお魚さん持って来たのだ、血を吸わせるのだ!」
「え? クゥも? はいはいって、クゥは血吸えないだろ?」
牙はまあ、確かにあるけど……犬だけに、しっかり鋭い犬歯が。
「なら気を吸わせるのだ?」
「気も吸わないで。代わりに頭を撫でてあげるよ」
クゥの真っ黒な頭をいこいいこ、なでなで。
「ねぇまおーさま。ネネネも、いいこいいこして欲しいですの」
「お前は何もいいこいいこするようなことしてないだろ」
ネネネだけ、何の手伝いもしていない。
「ではネネネと、いいこといいことしましょう?」
何だいいこといいことって……。
「あぁんいぃ~、いぃ~ですのぉ~」
「……もう一人でやって」
「まあまおーさま、一人でヤッてもむなしいだけですの」
「そうかい」
「ぞうですの」
「ゾウじゃない!」
「いやんまおーさまったら、ゾウが長いだなんて、いやんいやんですの」
「……」
もうコイツについては、何も手に終える気がしない。
「分かったネネネ、いいこいいこしてあげるから準備手伝って」
「はーいですの」
そんなこんなで、ようやく昼食の準備が完了。
浜に敷いた布の上真ん中に、持ってきた料理を置き、それを囲むように座る俺達。
と言うことで、皆で手を合わせて。
「「「「「「いただきます」」ですの」なのじゃ」……」なのだ!」
新しいパターンだった。