第捌拾弐閑 異世界昔話『揉め太郎』
「う……うぅ……ん?」
目を覚ましたらそこは天界だったとか、病院だったとかはもう言わない、ここは砂浜だ。
言わないけど、もしかしたらここは天国じゃないんだろうかと、一瞬思った。
眼前に広がる紺色の柔らかそうなぽよぽよ、それと、後頭部に感じる心地よいぽにょぽにょ。
前門の虎、後門の狼ならぬ、眼前の胸、後頭部の太もも。
つまり、一軟去ってまた一軟、だった。
ふむ、どうやら気絶した俺は、エメラダの膝の上でお寝んねしていたらしい。
「アスタロウ元気?」
俺が目を覚ましたのに気付くと、エメラダはそう言って俺の顔を見下ろす。
「うん、色んな場所が元気だよ」
「そう……」
看病ありがと、と、お礼を言って俺は起き上がった。
「いてててて……」
ラヴに殴られた顔が、まだ痛む。
あの完璧美女め、完全に壁美女め……絶対に手を放さないとか散々言っておきながら、足だけでがっちり俺を掴み、結局手を放して顔面を殴って来やがった。
まったくもうまったくもう。
「あー痛い……」
「わ、悪かったわよ! 謝ればいいんでしょ、ごめんなさい!」
エメラダの横に座っていたラヴは、顔をプイッとそっぽに向けながらそう言った。
「いや、別にいいんだけど、ってラヴ、何でそんなものつけてるの?」
彼女は下は青い水着のままだったが、上は麻のシャツを着て、更にその上から鉄の胸当てまで装備していた。
「だって、小さいとか何とか……」
「ああ、そうか、ラヴの胸流されて小さくなちゃったんだったね」
「そうそう、どんぶらこどんぶらこって流されて、って違うわ!」
「ゲホッ!?」
……何ですかその乗りツッコミ、さっきのお話つながりですか!?
『昔々あるところにおにーさんと、おばーさんが』の続きですか!?
おばーさんが川に洗濯に行くと、どんぶらこどんぶらこと流れてきたのはラヴのおっぱいだったんですね!?
なるほど、それでそのおっぱい家にを持って帰ると、おにーさんがグヘヘで、おばーさんがキレて鬼になる。
そしてそれを退治るおにーさんのお話か。
とんだ『桃太郎』だなおい、これは桃太郎じゃなくて『揉め太郎』だよ。
と言うかツッコミが容赦ないな……グーって……。
「痛いなラヴ、どうして殴るんだ……」
「か、勘違いしないでよね、別にアンタのために殴ってるわけじゃないんだからね」
「わかっとるわ!」
なぜ今のセリフで顔を赤くする!? 何に対するデレだ!?
俺が殴られて喜ぶようなドMならそれは正解なのかもしれないけど、俺はMじゃない、決してそうじゃない。
だからそれは間違いだ。
「まったく、本当に今日は踏んだり蹴ったりだよ」
「私、踏んでも蹴ってもいないわよ?」
そういう意味ではないことぐらい、分かってそうなもんだけど。
まぁたまに抜けてるからな。
「そうだね、殴ったり斬ったりだね」
もうまったくもって元の意味の原型を留めていないとういうことには、言及しないでおこう。
「そう言えば、クゥはどこ行ったんだ?」
ネネネとルージュは相変わらず追いかけっこしてるけど、イヌイヌの姿が見当たらない。
そう思って海の方を見てみると
「……っ!?」
クゥが倒したはずのあの蛇、蛇の昇り子が、動いてるのが目に入った。
「お、おいラヴ! あの蛇動いてるぞ!」
しかもこっちに向かって来ている。
「クゥが倒したんじゃなかったのかよ!」
「アスタロウ、お座り」
エメラダはそう言って、慌てて立ち上がった俺の手を引いた。
「アンタちょっと落ち着いて、よく見てみなさいよ」
「え?」
「クゥニャよ」
ラヴにそう言われて冷静に海の方、蛇の方に目を凝らすと、蛇の巨体の横にクゥの姿が見えた。
「あ、ほんとだ」
クゥは、蛇の口あたりから生えた触覚のようなものを両手で引っ張って、こっちに向かっている。
「何をやってるんだクゥは」
「さぁ……さっきまでここで一緒にいたんだけど、急にあれを取って来るって行っちゃったのよ」
「取って来るって……」
取って来れるような大きさじゃないぞあれ……いや、現に持ってきてるわけだけど。
まぁでも、俺も十五メートル級のドラゴン運んだしな。
「よいしょ、よいしょ」
そう言ってる間に、クゥはその蛇を俺達の前まで引き摺り持ってきた。
「見て見てアシュタ、お魚さん取って来たのだ!」
ふぅ疲れたのだ、とそう言って担いでいた触覚をクゥが地面に落とすと、それだけでも結構な重量があるのだろう、地面は軽く揺れ、ドスンっと音を立てた。
その蛇の体の全貌は、浜に持って来てもなお明らかにすることが出来ず、体はまだまだ海の中に浸かっている状態だった。
「クゥ……こんなもの持って来てどうするつもりだ?」
「食べるのだ!」
「食べるの?」
「そうなのだ!」
おっさかなおっさかな~、と嬉しそうに飛び跳ねるクゥ。
「なあクゥ、これは魚じゃなくて、蛇だと思うんだけど」
「エビさんなのだ?」
「いや、エビじゃなくてヘビ。まあそこは何でもいいんだけどさ」
むしろこれがヘビじゃなくてエビだっのなら、どれほどよかったことか。
「これを……食べるのか……」
水色で、変な気持ち悪い模様の入った、ヌメヌメした蛇……。
「ラヴ、これって食べれるのか?」
「まぁそうね、一応は。でも、蛇の昇り子は、まずくもなければ、おいしくもないわよ」
ふむ……そうなのか。
それに元の大きさと大分違っうって話だしな、大きなものは大味になるってイメージだけど。
「まあいいわ、これも切り分けて、少し遅くなったけど、お昼ご飯にしましょう」
「これもって、他にも何か持って来たのか?」
「当たり前じゃない」
と、道具袋を持ち上げるラヴ。
さすがラヴだ、彼女はきっと良いお嫁さんになれる。
「まおーさま、気持ち良いお嫁さんがどうしたんですの?」
「ネネネ、気持ち良いお嫁さんじゃない、きっと良いお嫁さんだ」
「あらそうでしたの」
「やっとシメかの?」
「シメめも何も、まだメシを食ってないぞルージュ」
「おおそうじゃったか」
「ああそうだよ、今丁度、二人を呼びに行こうと思ってたところだ」
相変わらず飯のときはタイミングのいい、ネネネとルージュ。
「よし、それじゃあちゃっちゃと準備しちゃうわよ」
全員集まったところで、そんなラヴの掛け声とともに、俺達はお昼の準備を開始した。




