第捌拾壱閑 超お手(くるくるポンなのだ!)
「きゃっ!」
「うお!」
突然高い波が俺とラヴの頭に直撃する。
辺りを見渡すと、水面は急に波立ち始め、海はどんどん荒れ模様になっていく。
「何なの?」
俺を握るラヴの手に、より一層力がこもる……ただただ痛い。
「あの、ラヴ、手が――」
「ちょっと黙って!」
そう言って、ラヴが沖の方に目を凝らした瞬間だった。
俺達と少しはなれた場所の水面が、突然波のうねりと共に、水しぶきと轟音を上げ盛り上がり始める。
「な、何ですかあれは!?」
「……」
立ち上る巨大な水の柱を無言で見つめるラヴ。
そしてその水柱の切れ間からそいつは現れた。
「フシュゥゥゥゥ!!」
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ! 何じゃありゃぁぁぁぁ!」
そこから現れたのは、大きくて大きな、とてつもなく大きな
「へ……ビ……?」
水色の巨大な蛇だった。
「……海獣ね」
「怪獣?」
「違う、海のケモノよ!」
「懐柔は出来るのか?」
「無理よ、言葉は通じないわ」
マジですか……。
「それにしてもあれは……蛇の昇り子かしら?」
シー・ドラゴン?
竜の落とし子か? いやあれはシーホースだったか?
「まずいわね……」
「何だ、今回のドラゴンはおいしくないのか?」
確かに見た目的においしそうではまったくないな……青いし、変な模様入ってるし。
まぁ前のドラゴンがおいしそうだったかと問われると、そうでもなかったわけだけど。
「そうじゃない! あの大きさがまずいって言ってるの!」
「え? どうして」
「どうしてって蛇の昇り子は強暴で凶暴で狂暴だけど、基本的に数十センチ程度の大きさなのよ!?」
「え、え、えぇぇぇぇ!? じゃあアイツどんだけでかいんだよ、突然変異かよ!?」
俺達が見上げるその蛇、確実に横幅だけでも十メートル以上あるんですけど。
そんな大きい奴が、強暴で、凶暴で、狂暴って……。
「だからまずいって言ってるのよ!」
「グァァァァァ!!」
天高くそびえ立つそいつは、一度大きく泣き声を上げると、俺達を見下ろした。
そしてその鋭い牙を突き立てんとしてか、俺達に近づいてくる。
「ひょぇぇぇぇ!! ヤバイ、やば過ぎるぅぅぅぅ!!」
眼前いっぱいの巨大な蛇、雲を突き抜けるかと言わんばかりの巨大な蛇、太陽を遮るほどの巨大な蛇。
終わった、もう終わった。
「ちょっと魔王! 叫んでないでアンタ何とかしなさいよ!」
「俺かよ!」
「私は今手が離せないのよ!」
こんな状況より大切な、やりかけていることとはいったい何だ。
「くっ……」
やれやれ仕方ない、それじゃあ俺がやるとしますか。
この世界に帰ってきたときから、何だかこの体のしっくり度が増した感じがしてたんだ。
今まで力を試す機会がなかったけど、これはいいチャンスだ。
この機会にこの体をしっかり使いこなし、まぐれではなく、本当の俺の強さを見せ付けてやる。
そして魔王城ヒエラルキーの頂点に君臨し、きゃー魔王様すごーい、で、キャッキャウフフの異世界生活を……グヘヘ。
「よし」
今の俺なら絶対出来る、余裕だ、と覚悟を決め、蛇を見上げたがしかし……。
「おいラヴ、放せよ!」
ラヴが俺の体をがっしりホールドしていて、体を動かすことが出来ない。
「何言ってるのよバカ! 話してる場合じゃないわよ!」
「何言ってるのよはお前だ! そしてバカもお前だ!」
ここぞと言わんばかりにボケやがって。
「早く放せ!」
「はいはい仕方ないわね、そこまで言うなら……、昔々あるところに、おにーさんとおばー――」
「おにーさんって何だ! おじーさんだろ!」
って、つっこむ場所はここじゃない。
もういいよ、お願いだからもうやめてよ。
本じゃなくて、空気を読んで。
「あーっもう! わかった、じゃあ俺がしっかり支えてるから、ラヴがアイツを倒してくれ!」
「嫌よ触らないで!」
「なぜだ!」
自分から散々触っておいて今更何を言っているんだ。
「アンタに触られて、に、妊娠でもしたらどうするのよ!?」
「するか!」
本当に今更何言ってんだよ!
もし俺に触られただけで妊娠するなら、ラヴは今日だけでも五つ子ちゃんは産めるね。
「もういい! 産んで!? 俺の子産んでくれたらいいから! ね? お願いだからあの蛇倒して?」
「な、なななな、何を変なこと言ってるのよ! この変態!」
「緊急事態なんだよ!」
「黙りなさいこの緊急変態!」
確かに変態は即座に対応しないといけないけども……!
今はそんなことを言っている場合じゃない。
「まぁまおーさま、何を愛ちゃんと二人で抱き合って、イチャイチャしてますの?」
と、突然現れたネネネ。
「おおネネネ、丁度いい時に来た、助けてくれ!」
「ああんまおーさま、ネネネ、怖くて動けないですのぉ」
そう言ってネネネは俺にしなだれかかる。
「言ってる場合か!」
くそう! コイツに頼んだ俺がバカだった、足手まといが一人増えただけだ。
「イッてる場合ですの」
蛇の鋭利な牙はどんどん近づいてきている。
このままじゃ本当に逝きますよ!? 本当の意味で逝っちゃいますよ!?
「ネネネ、ルージュは!?」
「ババアならワンちゃんと追いかけっこですの」
くっ……ならクゥもいないのか。
エメラダは!?
辺りを見渡すも彼女は浮いてはいなかった。
この波に流されたんだろうか……。
いや、今は他人の心配をしている場合じゃない。
そうだ! あれがあるじゃないか!
口からビーム。
ロリからじゃない、口からだ。
ロリ体でもない、口からだ。
よっしゃあれをやってやる、と意気込んだ俺の出鼻を挫くように
「ボクもお魚さんと遊ぶのだ!!」
と、俺の後ろ、砂浜の方から声が聞こえた。
俺は『これは魚じゃなくて蛇だ!』とツッコみたい気分を抑え、浜の方を振り返る。
するとそこにいたのはもちろんクゥ。
彼女はこちらに向かって走ってくると、波打ち際すれすれで四足獣のように四つん這いになり、体にグッと力を込めたかと思うと
「う~にゃぁぁぁぁ!!」
そんな泣き声を上ながら、砂浜に大穴を穿たんほどの砂を巻き上げ跳躍。
大ジャンプの、ハイジャンプ。
一瞬で蛇の頭上まで到達した彼女は、そこでくるりと一回転。
「くるくる~」
そして蛇の眉間目掛けて一撃、腕を振り下ろした。
「ぽんなのだ!!」
とてつもない威力のお手。
名づけるならば超お手。
これから迂闊にお手とか言えないような、強力なお手。
「ギアアアアァァァァ……!!」
それだけだった、そのたった一撃だけで、蛇の巨躯は海が半分に割れるんではないだろうか、というくらいの勢いで、一瞬にして水面に叩きつけられ。
それによって大気を揺るがすほどの爆音が響き渡り、天にまで届くほどの水しぶきが舞い上がる。
「くっ……」
「きゃっ」
「いやんですの」
そして当たり前なことに、そんな威力で馬鹿でかい物体が水面に叩きつけられれば、波が立たないはずもなく。
「あぁぁぁぁクゥ、やりすぎだぁぁぁぁ!!」
「ん? どうしたのだ?」
「きゃぁぁぁぁ!!」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁですのぉぉぉぉ!!」
俺達に、背丈の数十倍以上の高波が襲い掛かる。
まずい。
そう思った俺は咄嗟に足に力を込め、地面に思いっきり両足をめり込ませ体を固定し、泳げないラヴだけは放すまいと必死に彼女の体を掴む。
「ラヴ、しっかり掴まってろよ!」
これだけ引き寄せても乳の存在を感じないと思ったことは、内緒だ。
「ネネネも掴まりますの」
ネネネは逮捕されればいいと思ったことも、もちろん内緒だ。
間もなくして俺達の体は全身水に飲み込まれ、そして音が聞こえなくなる。
真っ暗闇の中、ドクンドクンと、俺とラヴの心臓の鼓動だけが聞こえる。
く……きっつい、何て勢いだ。足折れそう……。
それに……息が持つか……早く治まってくれ……。
と言うか……ネネネ……首にしがみつくのだけは……やめ……ろ……。
「まおーさまに首ったけぇぇぇぇ、ですのぉぉぉぉおぼぼぼぼ」
海の中で喋るな……。
「ぶはぁ、はぁはぁはぁはぁ……ラヴ、大丈夫か!?」
ようやく水が引き、水面から顔が出る。
どうやら蛇は、あのけたたましく不快な断末魔を最後に絶命したらしく、今はただただ大口を開けて海の上に浮かんでいた。
「げほっげほ……だ、大丈夫よ。ありがとう」
ありがとう……?
咄嗟のことだったとは言え、まさかラヴにこんな素直にありがとうって言われる日が来るなんて。
少しドキッとしちゃったじゃないか。
「まおーさま、ネネネは心配してくださらないんですの?」
「ん、ネネネも大丈夫か?」
「ええ、心配ないですのよまおーさま」
ネネネについては、それよりも他のところを心配したいところだった。
「しかしおっぱいはありますの」
「そうだな……」
心配はなくとも、おっぱいはある……いいかげん水着取替えせよ。
「ですがまおーさま」
「どうした?」
「愛ちゃんのおっぱいがありませんの」
「え?」
言われて無意識にラヴの胸に視線をやると
「あらららら……」
ラヴの水着は、引っ掛かりがなさ過ぎるせいか、水の勢いのせいか、いや、成果で、どこかに流されてしまったのか、胸が完全にあらわになってしまっていた。
「愛ちゃんのおっぱい、今の波で流されてしまったんではないんですの?」
「は、はははは、ほ、本当だ、胸なくなってるね、探さないと。ね、ラヴ……」
「む、胸は最初からこの大きさなのよ! バカァァァァ!!」
「グッハ……」
なぜ俺を殴るんだ……きぜ……つ……す…………る……。