第漆拾捌閑 美獣女扇風機&美女クーラー 終
「あの月は一個から順に十二個まで、一定期間で増えて行って、十二個まで行くとまた一個に戻るんだけど」
なぜ、増減する……。
それに十二個ってお前それ、月が空に浮き過ぎだろだろ。
「その、月が一つ出てるときを、一月、二個出てるときを二月と言って、それが同じように十二月まであるのよ」
と、ラヴはまるで、小学生低学年の生徒に何かを教える先生のように、ゆっくり優しくそう言った。
なるほど、月の数がそのまま何月かを表していると。
確かに月の数と暦の月との関係性があるな、と言うか関係性バリバリだ、関係性しかないよ。
「だから、月が七個出てたら七月ってこと。簡単でしょ、わかった?」
本当に簡単だな、超簡単だな。
「うん、まぁ」
分からないわけがない、月の数がそのまま暦の月になってるだけだ。
「何よその今一煮え切らない反応は」
「い、いやぁ、あまりにも簡単すぎてビックリしたというか、何と言うか……」
だから言ったじゃない、と呟くラヴ。
「ならもう少し月について教えてあげようか?」
「ああ、頼むよラヴ先生」
彼女は、ゴホン、と、一回咳払いをすると、また話を始めた。
「えーでは、教科書の十二ページ、図三の(四)を見てください」
乗ってきた!? ラヴ先生乗ってきた!?
いや、でも……。
「ラヴ先生、教科書なんてないんですけど……」
「忘れたんですか? 仕方ないですね、隣の席の人に見せて貰ってください」
「は、はい……」
いや、でも隣のクゥさん、寝ちゃってるんですけど……。
「では続きを、ここは重要な場所です。テストに出しますのでよーく聞いておくように。分かりましたね?」
「ハイ!!」
俺は元気よく返事をした。
さながら授業参観のときだけ親にいいところを見せようとはりきる、健気な子供のようだった。
「この世界は、月の個数に応じて、暦、季節が変わります」
おお、この世界にもやっぱり季節は存在するのか。
「簡単に言うと、まず月が一個出てるとき、二個出てるとき、十二個出てるとき、つまり一、二、十二月は寒く、これを人括りに冬と言います」
ラヴ先生続けて、月が三、四、五個出てるとき、三、四、五月が、人括りに春。
六、七、八個出てるとき、六、七、八月が、夏。
九、十、十一個出てるとき、九、十、十一月が、秋だと説明を付け加えた。
「こんな風に、月の個数に応じて暦、そして四つの季節、四季が変わります。なので月というものは、この世界にとって非常に重要なものとなっています。ハイここポイント、教科書に赤ペンでラインを引いておいてください」
ラヴ先生ノリノリだな、さすが乗りツッコミに定評があるだけはある。
よし、暦、四季……と。
教科書はないので、俺は頭の中に赤ペンでラインを引いた。
ふむ、季節やら暦やらそこら辺のことは、月の個数のことを除けば元いた世界の考え方とほぼ同じなんだな。
「わかりましたか?」
そう言って、ラヴは青い瞳で俺を覗き込む。
「はい、完璧です」
俺がそう返すと、ラヴ先生は『はぁ~っ』と、深呼吸をした。
「もう少し詳しく説明も出来るけど、魔王には話しても分からないだろうから、別にいいでしょ?」
どうやらラヴ先生は終わったらしい。
それにしても酷い言われようだな……。
「ああ、もういいよ。ありがとう」
本当はなぜ月が増減するのか、それと増減のスパンなんかも、気にならなくもないんだけど。
まあいいや。
この世界には暦と季節、四季があることがわかり、さらにそれは全て月の個数で変わってくるということが分れば、ひとまずはそれで十分だ。
「とにかく、今は月が七個出てるから七月で、季節は夏ってわけだ。だろ?」
エッヘン、どうだ、と俺は胸を張った。
「まぁそのとおりなんだけど、そんなこと得意げに言われても反応に困るわ……そんなの誰でもわかることだもの」
そうだよな……元の世界で言えば、カレンダー見て今は七月だから夏だぜって言ってるようなもんだもんな。
小学生レベルだぜ……。
にしても、カレンダー見なくても何月か分かるってのは便利だな。
いや、でも夜にしか見えないから微妙なところか。
「はぁ~」
七月、夏。
「夏か……」
「夏ね」
「夏と言えば海だよな!」
輝く水、サラサラの砂、そしてそして何と言っても水着!
これぞ魔王様ならぬ、魔王サマー。
暑い夏がやってくるぜ!!
……グヘヘ。
「ウニなのだ?」
クゥは目を輝かせ、飛び起きた。
「ウニじゃなくて、ウミね」
いや、まぁ海だからウニはいるかもしれないけども。
「ウニなのだ!」
「……」
別に上手いわけじゃないけど、これが一本取られたってことなんだろうか……。
「ニじゃなくてミだよ、トゥーじゃなくてスリーなの」
「ボクはワンなのだ」
「そうだね、君はワンだよ」
ワンダーだよ。
「でもそれじゃあウーになるね」
「う~」
と、可愛くうなるクゥ。
俺はとりあえず可愛すぎるワンコの頭をナデナデしながら、ラヴに話を振る。
「なぁラヴ、海行こうぜ、海!」
「ウニ行くのだ!」
「い、いい、嫌よ……」
ラヴは目をを逸らすように、本を開けてそこへ視線を落とした。
「どうしてだよ、海行きたいよなクゥ」
「ウニ行きたいのだ!」
「だ、だだだ、だって遠いもの……」
「遠いのか?」
「遠いのだ?」
「ええ、結構歩かなくちゃいけないの……私はそんなのごめんよ」
え……冒険者である勇者ラヴが、歩くのが嫌って、そりゃダメだろう。
それとも勇者であっても嫌なくらい遠いのか?
「そうか、車でもあったらな……」
と、俺はボソッとつぶやいた。
「あるわよ車」
「え? あるの?」
「あるのだ?」
「ええ、確か倉庫に何台か」
まじか……何台かってあの倉庫どうなってるんだ?
「それなら楽に行けるじゃないか! 運転なら俺がするよ!」
この世界に運転免許が必要かどうかはわからない、けど一応俺は運転免許を持っている。
まあ免許を取得して間もないから、ペーパードライバーならぬ、ペーペードライバーだけど。
「わ、私は行かないわ……」
何だよ頑なだな、歩かなくても行けるっていうのに。
まぁ仕方ない、ラヴの水着姿が見れないっていうのは残念だけど。
「だってさクゥ、なら俺達だけで行こう」
「飛行!」
飛行じゃないんだよ、車なんだから……。
車で飛行とか、どこの未来ですかそれ。
「よしクゥ、それじゃあまずは皆を呼びに行くぞ」
「お誘いなのだ~」
エメラダはどうか分からないけど、ネネネとルージュは来るって言うだろう。
まぁ俺が海の場所を知っているわけじゃないから、本当はラヴかエメラダに来て欲しいところなんだけど。
来てもらわないと困るところなんだけど。
だってネネネとルージュとクゥに、道案内を頼むのはな……。
「どうしたのだ? アシュタ」
「いや、何でもない。それじゃあラヴ、留守番頼んだぞ」
「ち、ちょっと待ちなさいよ」
食事の間から出て行こうとすると、ラヴはそう言って俺とクゥを引き止めた。
「何だ?」
「わ、私も行くわよ」
彼女はそっぽを向きながら、軽く腰を浮かせる。
「どこに?」
「海に!」
相変わらず、感情が高ぶると机を叩く癖は治らない。
「何だよ、実は行きたかったんだろ? なら初めからそう言えよ、素直じゃないな」
「ないのだ」
うんうん、とクゥ。
「べ、別に行きたく何かないわよ! 監視よ監視!」
「へぇ、海で監視員でもするのか?」
「そうそう、ハイそこ~あまり沖の方まで行かないでくださ~い、って違うわよ!」
相変わらずの、乗りツッコミだった。
顔を赤くするなら、やらなければいいと思うんだけど……。
「あ、アンタの監視よ! 魔王は、ほっといたら何しでかすか分かったもんじゃないわ」
「なぁクゥ、ラヴはやっぱり行きたかったんだぜ」
「パイナポーなのだ? ピーナポーなのだ? パイナポーピーナポーなのだ?」
何それ……?
「ち、違うって言ってるでしょ! か・ん・し!」
「……ハイハイそうですか、わかったわかった」
やっぱり素直じゃないな……。
「ならクゥちゃん、ラヴちゃんも誘ってあげようか」
「別にいいのだ!」
「な、何よその言い方!」
と言うことで、皆に声をかけに行き、全員で海へ行くことになった。
なったのはいいんだけど……。
まぁもちろん異世界に自動車なんてあるわけもなく。
倉庫にあったラヴの言う車。
それは車は車でも、カーじゃなくてリヤカーだった。
マジですか……。
これじゃあ、自(動で)動(く)車の自動車じゃなくて、自(分で)動(かす)車の自動車だ。
「さあアスタ、明日に向かって出発進行、行進じゃ!」
「イキますのよまおーさま」
「しゅっぱつなのだ~」
「アスタロウ……GO……」
「早く行きなさいよ」
無理だと言いたかったがしかし、時既に遅し。皆はリヤカーに乗って準備万端。
自ら運転手を買って出ただけあって、今更断れない。
「……は、はい」
ので、結局俺は五人の女の子たちを乗せ、遠い海へとリヤカーを運転した。
運転したというか、引っ張った。
まさに運ぶ転がすだった。
これにて回想終わり。




