第漆拾漆閑 美獣女扇風機&美女クーラー 始
「あっついなあ」
「あついのだ~」
異世界へ帰ってきて、数日が経った朝。
長くて長い机の置かれた食事の間で、ラヴの作った朝食をとり終えた俺とクゥは、あまりの暑さに、机の上にだらんと力なく倒れ込んでいた。
クゥなんて耳もしっぽも、そして舌までもがだらしなく垂れ下がっている。
そんな俺達の前で、涼しい顔して本を読んでいるラヴ。
それと同じくいつもどおりのすまし顔で、ボーっとポワーッとしているエメラダ。
この子達は暑さを感じないんだろうか……。
それにネネネとルージュも、いつもどおり庭を駆け回ってるはずだし。
あれだけ日が照ってても外で駆けずり回るなんて、さすが子供だ。
まぁルージュなんて日じゃなくて、火にも飛び込んで平気な顔してたくらいだからな……。
と、そんなことを考えていると、ふわっと浮き上がるようにエメラダが席を立った。
そして部屋の出口へと、歩いて行く。
「どこ行くんだエメラダ」
「植物に、水やり……アスタロウも行く?」
「いや、遠慮しとくよ」
「そう……」
この暑さで、外に出ようなんて気が起きない。
朝でこれだけ熱いんだから、昼間はどうなるのか分かったもんじゃない。
最近は特に暑さが酷くなってきたからな……。
「行ってらっしゃいエメラダ」
「行ってらっしゃいなのだ」
「……」
エメラダは無言で部屋を出て行った。
「いやぁそれにしても、本当にあっついなあクゥちゃんよ」
「暑いのだ~」
う~、と唸るクゥ。
クーラー欲しい……せめて扇風機でも……。
扇風機!? そうだ!
「クゥちゃんクゥちゃん」
「何なのだアシュタ」
彼女は最小限の動きだけで俺の方を見る。
「君のしっぽ、振り回してくれよ」
「どうしてなのだ?」
「そうしたら風が起きて、涼しいだろ?」
「なるほど! 凄いのだアシュタ!」
クゥは、ぱっと、笑顔で笑顔で起き上がる。
「やっぱりアシュタは天災なのだ!」
いや、天才ね……俺を災いみたいにしないで……。
「よし、やってみよう」
「みようなのだ!」
そうして椅子から立ち上がり、俺に向かってお尻を突き出すクゥ。
そしてその突き出されたお尻に、顔を近づける俺。
……何だか、理由を知らない人が今の状況を見たら、明らかに変態野郎と勘違いされる構図だった。
まぁ背に腹はかえられない。
そ、それにこれはいかがわしい行動なんかではない、決してない。
「じゃあいくのだアシュタ」
「おう、よろしく頼んだ」
クゥのしっぽがゆっくりと動き始め、尾風と言うか、微風が肌で感じられる。
「おお、いいぞ、もっともっと」
しっぽの振りが大きくなるに連れて、風もどんどん強くなる。
「ひゃ~涼しい~」
こりゃあいい、何という発明品だ。
更にこれが美獣女の起こした風だと思うと、余計に心地よかった……グヘヘ。
しかし風はすぐにやんでしまった。
「ん? あれ? どうしたクゥ」
「アシュタ。これ、涼しいのはアシュタだけで、ボクは全然涼しくないのだ……」
むしろ動いてる分余計に暑いのだ、と、彼女はしっぽを振るのをやめ、床に寝転がった。
「うにゃぁぁぁぁ~」
あらあら本当だ、そのことを考えてなかったな。
こりゃ大変だ、とんだ欠陥品を発明してしまったもんだ。
確かにこれじゃあクゥ以外の人は涼しいけど、クゥ本人はまったく涼しくならないじゃないか。
更に動く分暑くなるとか……ダメだなこれは。
「あついのだ~」
「あついな~」
俺もクゥを真似て、床に寝転がってみる。
気休め程度にはひんやりしていて、気持ちよかった。
それでもやっぱり暑かった。
「暑いな……」
「ぶ厚いのだ……」
何が……!?
「あー暑い!」
「あーついのだ!」
「アンタたち、暑い暑いうるさいのよ!!」
ドンっと机を叩き、叫んだのはラヴ。
「ひいっ!」
「私だって暑いの我慢してるの! 横で暑い暑い言われたら、余計暑くなるでしょうが!」
ラヴは俺達の寝転がってる方までやってきて、腰に手を当て仁王立ちで俺達を見下ろす。
もし彼女がスカートをはいていたら、パンツが見えそうな角度だけど、彼女はスカートをはいていないし、そもそも今はそんなことを言っている場合じゃなさそうだ……。
「ご、ごめんなさい」
「ごめんなのだ」
彼女の目には、暑さのせいでイライラしてたのか、いつも以上に殺気がこもっている。
「ゴクリ……」
いつもどおり冷気とも取れるその殺気に、肝を冷やした。
この冷気を使えば……とは思ってみたものの、肝は冷えたけど、そんなものを冷やしたところで体はやっぱり熱い。
第二の発明品にすることは、不可能そうだ。
「分かったらもう少し静かにして」
「でもさ、やっぱり暑いよラヴ」
「七月なんだから仕方ないでしょ?」
「七月?」
この世界に暦や季節なんかの概念はあるのか?。
今まで暮らしてきて、それっぽいのは多々あったけど。
「そうよ、何? 私何かおかしなこと言った?」
「七月って、あの七月?」
「ええ、だって空に七個月が出てるでしょ?」
「ん? ああ」
そういえば、最近は空に月が七個くらい出てるな……明るくて仕方ないんだけど。
「だから七月じゃない」
「月が七個出てるから、七月?」
そうよ、と、頷くラヴ。
月の数と、暦の月との間に何か関係性があるのか……?
よくよく考えれば、あの月どんどん増えてるんだよね……俺が来たときってもっと少なかったと思うし。
「月が七個だと、七月七日? いや、七月なのか?」
「そうでしょ? アンタ本当に何言ってるの?」
ラヴは首をかしげ、眉をひそめた。
「いやぁ、その辺詳しく教えて貰えると、助かるんだけど……」
「え、嘘、アンタそんなことも忘れちゃったの?」
信じられないと、ラヴはバカを見るような目でこっちを見る。
実際バカを見ているのだ……。
いや、忘れたわけじゃなくて、ネバネバが……ね。
もういちいち言わないけど。
大体こういうことって、来たばかりの時に聞くべきと言うか、聞きたくなるものだよな。
まぁ本当は前から気になってはいたんだ、でもそれ以上に気になることが多過ぎて、聞きそびれてしまっていた。
「まぁいいわ、詳しく教えてあげる。詳しくって言っても、そもそも簡単にしか説明できないくらい、子供でも分かるくらい、単純なことなんだけど……」
心底呆れた顔で、席に座りなおすラヴ。
俺も彼女の話を聞くべく起き上がり、椅子に座る。
俺が向かいの椅子に座るのを確認すると、ラヴは話し始めた。