第漆拾伍閑 伝説のコンビの夏フェス
「夏だ~! 海だ~!! 裸だ~!!!」
「誰が裸よっ!」
いてっ……。
ラヴなんて名前の癖に、彼女の愛のムチには愛がない。アメとムチと言うより、雨とムチだ。
「ごめんなさいラヴさん、少々調子に乗りました」
「乗るなら波にしなさいよね、せっかく海に来たんだから」
と、上手いこと言った風のラヴ。
ということで俺達魔王城の愉快な仲間たちは、いつだったか来ようと思っていた、海へやって来ていた。
太陽の光を浴び輝く、透き通った水。
思わず目を細めたくなるほどに、真っ白な砂浜。
心地よいまるで子守唄のような波の音に、散らばる宝石のような貝殻。
元気に泳ぐ色とりどりの、魚たち。
は、まだ見てない。
岩場に腰掛ける美しい人魚。
も、まだ見てない。
けど実際たまにいるらしい。
人魚だけでなく、人もまだ見てない。まさに魔王専用のプライベートビーチって感じだ。
いやぁそれにしても、最高の景色だなぁ……。
海がじゃない、目の前の彼女たちがだ。
ラヴ、ネネネ、ルージュ、エメラダ、クゥが、だ。
彼女たちはみんな裸……じゃなかった、水着を着ている。
ラヴまでもがだ!
ありえない、ありえないけど、今回のこれは夢じゃない。
さっきラヴに殴られて、痛かったから証明済みだ。
それにしてもまさかラヴが、ビキニを着るなんて。
彼女は鮮やかな青色のビキニを着用してる、まあ腰にパレオみたいな同じく青色の布を巻いてるから、露出度は多少減ってはいるけど。
それでもだ、金髪碧眼、引き締まったボディに、綺麗なオヘソ。
そして何と言っても、あのわがままなまでの貧乳。
わがまま過ぎるだろう、どれだけ縮こまれば気が済むんだ。
早くお家から出てきなさい!
「何じろじろ見てるのよ、気持ち悪い!」
と、そう言って俺を睨むラヴ。
「い、いや、ラヴの胸はやっぱり完璧だなーと思って」
「そ、そうよ、私の胸は完璧よ、よく分かってるじゃない」
ラヴは嬉しかったのか、少し顔を赤らめながら、お約束のようにない胸を反らした。
絶景絶景、この崖から見る景色は絶景だな~、と言わんばかりの絶景だ。
「ああ、本当に完璧だ」
完全に壁で完璧。まさに無ね、胸板ならぬ無無いた、ラヴの気分からすれば、無泣いただ。
でもこれは言わないでおこう。
「アスタ、声に出ておるぞ」
と、ルージュ。
え……?
「だぁぁぁぁれが完全に壁よ!」
ラヴを見ると、彼女はは怒りに拳を震わせ、凄まじい殺気を放っていた。
「ひぃぃぃぃ!」
「殺すわよ……」
そしてラヴは俺に襲いかかろうと、腰から剣を引き抜く。
海水浴に帯刀してくるとは。
「ちょっと待って、ちょ、止まってラヴ。悪かった謝るから、それにほら、俺壁好きだし! な?」
「壁が好きってどういうことよ、何に対する告白よ! 壁が好きなら一生城の中に閉じこもって、壁とよろしくやってれば!?」
「閉じこもってるのはラヴの胸だろ! 早く出て来いよ!」
あ……口が滑った。
「っ!? このクソ変態がぁぁああ! 殺す!」
ラヴは地面を蹴り砂を巻き上げ俺に接近すると、何のためらいもなく、勇者の剣を俺の顔面目掛けて振り抜いた。
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!!」
切れた、血が出た、痛かったぁぁぁぁ!
どうやら海というシュチュエーションでさえ、俺にやってくるのは甘酸っぱい青春なんかじゃなく、塩辛い青海のようだ。
「何するんだよ! 痛いだろ!?」
頬を触ってみると、俺の頬からは血が垂れていた。
ちなみによだれは垂らしてない、そんな性癖は俺にはない。
「はぁはぁはぁはぁ、あんたが調子に乗るから悪いのよ!」
ラヴは肩で息をしながら砂浜に剣を突き立てた。
調子に乗ったからって、斬りつけるなんて酷すぎる。
親父にも斬りつけられたことないのに!
まぁ父親に斬りつけられることなんて、あるわけがないのが当たり前なんだけど。
「あらまおーさま乳で斬りつけられたことが、ないんですの?」
「乳じゃない、父だ! 大体乳で斬りつけられてたまるか!」
どんな鋭角な胸をしてるって言うんだ、鋭すぎだろ……。
そんな胸なら見てみたい、と言うか、斬りつけられてみたい。
「ならネネネがやってあげますの」
ネネネはそう言うと、俺の右腕に胸をぎゅっと押し付けた。
「ゴクリ……」
斬りつけられはしなくとも、規律は蹴ってしまいそうだ。
もしネネネの胸が柔らかかったら、理性が飛んでいた。
俺の腕に当たった彼女の胸は、なぜか硬い。
「おいネネネ、その胸に着けてるのは何だ?」
「いやんまおーさまったら、どこ見てるんですのエッチ」
「エッチでもスケッチでもねぇ! どうして胸に貝殻装備してんだって聞いてるんだよ!」
下は普通のピンクの水着、そこまではよかった。でも上には真っ白な貝殻で、その綺麗な胸を隠していたのだ。
と言うか、ほとんど隠せてない。防御力はゼロに等しい。
「あらまおーさま、人魚といえば貝殻ビキニですのよ」
「…………」
まぁ、人魚じゃないってところにはツッコまないでおこう、女の子はいつだって人魚でありたいものなのかもしれない。
それと人魚といえば貝殻ビキニなイメージも、いいとしよう。
でも、だ。だからって……。
「だからって、どうして巻貝なんだよ!」
ネネネの乳は、貝殻のせいでまるでドリルのようになっていた。
鋭いよ! 本当に切れちゃうよ! 普通二枚貝だろ? 巻貝じゃなくて、間違いだよ!
「さあまおーさま、ネネネと一緒にひと夏の間違いを犯すんですのよ」
そう言って、ドリルじみた胸を、文字どおり突き出すネネネ。
「犯すか!」
「犯して欲しいですのぉ」
やっぱりネネネはおかしい。
大体ネネネの場合、ひと夏じゃ終わらないだろ、一生だろ。
と言うか……。
「い、痛い、痛い」
尖った巻貝が、腕に当たって地味に痛い。しかもうっすら血が出てる。
「まあまおーさま、血が出るだなんて初めてですのね。大丈夫ですのよ、痛いのは初めだけですの」
とんだ初体験だった……。
「こら年増」
と、割って入ってきたのはゴスロリのロリ、ルージュ。
彼女は白黒でモノクロな、フリフリの付いた女児用水着をその身に纏っていた。
「何ですのババア、邪魔しないで欲しいですの」
「やめんか、貝殻のせいでアスタの腕がズタズタになっておるじゃろうが。アスタじゃなくてアズタになってしまっとるじゃろうが」
俺の明日が心配だ……濁ってやがる。
「あら本当ですの、誰にやられたんですのまおーさま」
「お前だよ!」
「ただでさえラヴリンのせいで、頬から血が垂れとるというのに」
そのルージュの言葉に、ラヴは苦い顔をする。
「そんなに謝らなくてもいいぞ、ラヴ」
「まだ謝ってないわよ!」
おっとそうか、誤ってしまった。
「おいアスタ、その血ワシに南無させろ」
「いや拝まれても困る」
「弔わせろ?」
「いやだから生きてますからね!?」
「止めさせろ?」
「今すぐ火葬を中止しろ!」
「埋めさせろ?」
「火葬がダメなら土葬か!」
「ああ、間違えたわい、舐めさせろじゃった」
「なんじゃそら、もうええわ」
「「どうも、ありがとうございました~」」
伝説のコンビ、ビーチでの夏フェス公演だった……。
「ほれアスタ、血をワシに舐めさせろ」
「え、またあれやるの?」
傷口に、柔らかくてぬるっとした舌が這い回って、痛いのに気持ちよくて、ゾワゾワするやつ。
「何じゃ嫌なのか?」
「いや、そう言うわけじゃないけど」
また変なところに着地するかもしれないよ?
と言うか、そもそも着地できるかも定かじゃない。
「ならはようせい。大丈夫、痛いのは初めだけじゃ」
そこで妖しく微笑むルージュ。
とんだ二回目がやってきそうだ……。
ルージュがしゃがめと言うので、俺は砂浜に膝をついた。




