第漆拾参閑 Re:プロろーぐ
そんな分けがなかった。
俺は病室の窓から飛び降りた……。
“11時11分11秒”
俺はこの時間が、すべての数字が同じ数字になる時間の中で、一番大きな数字だと思って十八年間生きてきた。
でもよくよく考えたら、一番大きいのは“22時22分22秒”じゃないか。
こんなことに今更になって気付くなんて。
“11時11分11秒”なんてデジタルで表記しておきながら、頭の中にはアナログの時計しかイメージしてなくて、“午後10時”が“22時”と表記されることをすっかりさっぱり忘れていた。
それはそうと、ふと時計を見たときに“7時77分”って表示されてたら、少し良い気分になると思うんだ。
でも悲しいことに一時間は六十分しかない。
だから“7時77分”なんて時間を目にすることはできない。
おっと、こんなことを考えている場合じゃなかった。
俺は今、病院の窓から飛び降りたんだった。
体は浮遊感に包まれ、地面はどんどん近づいてきている。
俺はきっとこのまま死ぬ。
どうして窓から飛び降りたのか。
それは死にたかったからだ。
どうして死にたかったのか。
そんなの決まっている、異世界に行きたかったからだ。
どうして異世界に行きたかったのか。
これだって決まってる、あいつらに会いたいからだ。
ラヴに、ネネネに、ルージュに、エメラダに、クゥに、会いたいからだ。
じゃあなぜ彼女たちに会いたいのか。
その理由を話せば長くなる。時間、間に合うかな。
いや間に合わない、間に合うはずがない。
只今絶賛落下中で、間もなく地球に体当たりする予定の俺が、それまでに語り終われるような話じゃない。
それにしても、あの話しは本当だったんだな。
『大切なものはすぐそばにある』っていうやつ。
これについては嘘じゃない。
俺の大切なものは、あんなにも近くにたくさんあったんだ。
そしてどうやら、大切なものは失ってから気付くってのも本当らしい。
別に普段から、彼女たちのことが大切だと思ってなかったわけじゃない。
でも失ってから、よりそう思わされた。
彼女たちが自分の中でどれほど大きな存在になっていたか、どれほどかけがえのないものになっていたか。
こんなことを思うなんて、柄じゃないしキャラでもない。
でも実際思ってしまったんだから仕方ないじゃないか、グヘヘってね。
どうやら天使さんの言うように、俺も異世界に行って成長したようだ。
大学で毎日を遊んで過ごしてた同級生を馬鹿にしてた俺が、それよりもバカな奴らを愛おしいと思うほどには。
大体こんな所で、俺の異世界生活をあっさり終了されちゃたまったもんじゃないよ。
まだまだやりたいことはたくさんあるんだ、まだまだ遊び足りない、まだまだ騒ぎ足りない。
それにさほら、みんな俺がいなくなったら寂しがるだろ?
クゥは一人でいるのが大嫌いだから、寂しがるだろうし。
エメラダもいじる相手が減ると、寂しがるだろうし。
ルージュだって遊び相手がいなくなると、寂しがるだろうし。
ネネネだって最愛のまおーさまがいなくなると、寂しがるだろうし。
ラヴだって…………寂しがってくれるに決まってる。
と、思う、思いたい。
まぁ、もしそうでなくとも、勝手にそうだったと決め付けるけど。
そして何より、俺が寂しい。
だから俺は飛び降りないといけないし、死なないといけないし、異世界に行かないといけない。
いや行かないといけない、じゃない。
もう異世界こそが俺の世界だ。
だから“行かないと”じゃない、“帰らないと”だ。
異世界に帰らないといけない。
そう、俺は桜満明日太じゃない、魔王アスタだ。
魔王であり、まおーさまであり、アスタであり、アスタロウであり、アシュタだ。
逸花には悪いが……俺にだって、意思があって、やりたいことがある。
やっと見つけたやりたいことだ。
“異世界へ行きたい”“あいつらに会いたい”
部活しかやってこなかった俺が、それを辞めて、それを失って、やっと見つけたやりたいことだ。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
「アァァァァイ! キャァァァァン!! フラァァァァイ!!!」
あ、ごめん。せっかく落ちてるからやってみたかったんだ。
さてと、おい、聞こえてるんだろ神様!?
この俺の、イタイイタイ心の声が、イタイイタイ叫び声が!
さぁ俺を異世界へと戻せ!
このまま普通に死んだら許さないからな!
このまま痛い痛い思いをするだけなんて、許さないからな!
もしそんなことがあったら、天国で……いや天国は行けそうにないな……。
地獄で貴様のミスを言いふらしてやる!
どうだ!? 天界にいられない展開になるぞ!?
それが嫌ならさっさと俺を異世界に戻せ!
ん?
でも今気付いたけど、異世界での出来事や天界や神様が、本当にただの夢、意識を失ってる間に俺が見た夢だったとしたら。
あれ?
おいおい……。
ちょっと待てよ……。
夢だったとしたら、俺、今度こそ本当に死ぬだけなんじゃ!?
そんなことに気付いたときには既に遅かった。
地面はもう目前。どうやら『I can not fly.』だったみたいだ。
はぁ……仕方ない、行きますかというか、逝きますかというか、言いますか。
そして体は地面に叩きつけられた。
せーのっ。
「いってぇぇぇぇっ痛い痛い痛い痛い、いたい、イタイ……アイ……タイ……」
異世界に行くのは、やっぱり簡単じゃない。