第陸拾玖閑 おもてなしは表無し
「ふぅ、で、次は何をすればいい?」
「いえ、ここからはもう結構です」
「どうして?」
まだ木を切っただけで、家なんて微塵も完成していない。
「ここからは小さすぎて魔王さんには無理です。こんな小さな釘打てないでしょ?」
ヴァイオレットが俺に見せたのは、手に刺さったらチクチクと精神を蝕んでいきそうな、細くて小さな釘だった。
こんな目を細めないと見えないようなものは、俺にはどうしようもない。
「だからここまでで結構です」
「そうか」
「ええ、これだけでも随分進みました、とても助かりましたよ」
ありがとうございます、と素直に頭を下げられ、まっすぐな感謝の気持ちをぶつけられ、何だか少しくすぐったかった。
「何ですか鳩が豆食ってポーみたいな顔して」
それが、鳩が豆を食べてポーと喜んだ、という意味なら、俺はお礼を言われて嬉しそうな顔をしてたのだろうか。
どちらかと言えば、面を食らったに近い。
まぁ彼女の小ささでは籠手さえ、食らわせられないだろうけど。
まさか、こんなに正直にお礼を言われるとは、思ってなかった。
「失礼しちゃいますね、私だってちゃんとお礼くらい言えるんですよ」
プイッと頬を膨らまし、紫色のポニーテールを揺らすヴァイオレット。
「そんなことより魔王さん」
ヴァイオレットは、今の出来事があたかもなかったかのように、話し始める。
「あったかもなかったかも、ですね」
「そのネタはもうやった」
つい最近のことだ。
「そうでしたそうでした」
「で、なんだ?」
「ここでもう少々お待ち下さい」
そう言うと、彼女は踵を返し林の方へ走って行く。
そしてしばらくすると、彼女は何か重たそうな大きなものを抱え、フラフラとたどたどしい足取りで林から出てきた。
「よっこらしょっと。ふーっ疲れました」
自分の身の丈ほどもありそうなそれを、ドサッと地面に置く。
「いやぁ、お待たせしました魔王さん。実はお礼におもてなしでもしようと思ったのですが、私たちではあなた方のお腹を満たすことが出来ません。ですので、その代わりと言ってはなんですが、これを差し上げます」
ヴァイオレットは、今運んできたそれを手で指し示した。
「それは何だ?」
一見キノコのようだけど、いやキノコだけども。
「毒キノコDEATH!」
「いらんわ!」
本当に表無しじゃねえか! 裏しかねぇ!
「ええ、ですからおもてなしならぬ、裏ありです」
「だからそんなもんいるか!」
「いえ、イルカではありません、キノコです、毒キノコです」
「…………もう帰らせていただきます」
別に見返りを求めていたとか、そう言うわけじゃない。
「あーあーあー冗談ですよ冗談」
「また小人ジョークか」
「イエス! イッツ! 小人ジョークです!」
「「HAHAHA!!」」
なんだかもう、これで世界は救われるんではなかろうか、と思わされる。
「で、本当のところそれはいったい何なんだ?」
「これは高級キノコです。確かにこれに似た毒キノコもあるのですが、これは正真正銘の高級キノコです」
さあさあ貰ってやって下さいと言うので、俺はありがたくそのキノコを受け取り、ポケットの中にしまった。
「ありがとう。よし、それじゃあそろそろ帰るよ」
「はい、手伝っていただき、本当にありがとうございました」
大工の小人達全員に、頭を下げられる。
「……よっと」
俺は寝ているネネネを抱き上げた。
え? どうしてネネネが寝てるのか、だって?
それはすったもんだの間に、ヴァイオレットが言ったとおり、壮大な出来事があったからだ。
要約するとこうだ。
木を集めてる最中、うるさかったネネネに俺はこう言った。
『ネネネ少し黙ってくれないか』
するとネネネは
『ならネネネにキスをして、口を塞いで下さいですの』
と、言ったんだ。
だから俺はネネネによくある童話の話をしてやった。
王子様が寝ている美女にキスをして、美女が目を覚ますって、よくあるあれだ。
そして俺は最後にこう言ってやった。
『俺はこの話が大好きだ、だからもし寝ている美女がいたら、キスをしたくなるかもしれない』
とね。
そしたら案の定ネネネは眠った。
俺の狙いどおり、崩れるように眠った。
そうやって、ネネネを黙らしたんだ。
そして今も眠ってる、と、そういうわけだ。
「またなんかあったら、言ってくれ、力になるよ」
「ええ。では、また遊びに来てください、めとりに来てください」
「めとりには来ないけど、遊びには来るよ。ヴァイオレットも好きなときに城に遊びに来いよ、大冒険して来いよ」
「遊びには行きませんが、ヒモにならなりに行きます」
「……そうですか。それじゃあな」
最後にもう一度、ヴァイオレットのありがとうございました、と言う言葉を背に、俺は城へと足を進めた。
「アスタロウこれ毒キノコ」
城に帰り、ヴァイオレットに貰ったキノコを食べている俺に、エメラダがそう言ったのは、既にキノコをほとんど食べ終えた後だった。
「え? でも、これ高級キノコだって言ってたよ?」
「似てるけど違う……毒キノコ」
マジですか……本当に表無しじゃないか……本当に裏ありじゃねぇか……。
そんなことを考えていると、体にビリッと電気のようなものが走った。
「あっ痛いっ……!?」
「ネネネもまおーさまに会いたいですの」
『そんなこと言ってる場合じゃねぇ! 大体もう会ってるじゃないか!』と、つっこむことさえ出来なかった。
そんなつっこみでさえ、してる場合ではないようだ……。
「くっ……」
「どうしたんですのまおーさま、顔をくの字にまげて」
「い……たい」
痛い、いたい、イタイ……体中が痛い……。
「ぅっ……くっ……がっ……」
意識が飛びそうな痛みの中、俺が必死に手を伸ばし、すがりつくように手を伸ばし、掴んだのは……。
「いやんですのっ」
ネネネの乳だった。
む……無念……。