第陸拾捌閑 メイドイン魔王
そうして、すったもんだの末――
「すったもんだあったもんだ、です」
ようやく木を集めた俺達は――
「あんな壮大な出来事を、かなり要約しますね」
ヴァイオレットに案内され、魔王城から程近い彼女の家、小人達の集落がある場所へと来ていた。
「私は小人達の集落ガール」
「ってさっきからうるさいんだよ! 喋ってないで、さっさと作業やっちまおうぜ!」
「やっち魔王ですか?」
「……もう俺、お前食っち魔王かな」
「わ、私を食べても過去は変えられないと言ったはずです」
本当に過去を変えたくなってきたよ、この子と出会ったと言うか、出遭ったことをなかったことにしたい。
本当に饒舌な小人だ。
「饒舌と言うより、上舌と言って貰いたいです」
「無理だね、お前はただくだらない駄洒落を連発してるだけだろ」
上手くも何ともない。
さて、と……。
ヴァイオレットに案内され辿り着いた、その集落の場所、魔王城近くの林付近。
草木が乱立したその場所にはしかし、家と呼べるようなものは建っておらず、使えなくなってしまった家を解体したときに出たであろう、小さな木がそこらじゅうに散乱しているだけだった。
散乱と言ってもそこはさすが小人、そんなに目に見えて散らかってるわけではない。
俺から見れば、公園の隅に子供がポイ捨てしたお菓子のゴミが溜まってる、程度の散らかりよう。
マナーのなってない人間が、花火のゴミをそのまま放置して行った、程度の散らかりようだ。
「失礼しちゃいます、それでも私たちにとっては一大事です」
「ああ、そうだな悪かったよ」
それにゴミのポイ捨ても、その程度のもの、で済ませられるような問題じゃない。
「いえ、まぁいいんですけどね、毎年のことですので」
毎年のことなのかよ……。
「で、ヴァイオレット、俺は何をすればいい?」
木を集めて、加工することはできても、俺に建築の技術は微塵たりともない、誰かに指示を、師事をしてもらわないと。
まぁ小学生の工作程度の家でいいなら、作れないこともないけど。
「それについては大丈夫です、降ろしていただいてもいいですか」
「ああ」
俺は肩の上のヴァイオレットを手のひらに乗せ、そっと地面に下ろした。
「少々お待ち下さい」
ヴァイオレットはそう言うと、林の方へ駆けて行った。
そうして待つこと数分……。
目の前の林の、木の根元や草の間からひょっこり顔を出したのは、ヴァイオレットと、七人の小人よろしく、七人の小人……そのままだ。
「お待たせしました。この人たちは大工さんですので、何をすればいいかは彼らに聞いてください」
ちなみに真ん中のは私の父です、とヴァイオレット。
「わかった」
いかにも力持ちだと言わんばかりの体格をした、青年小人や、いかにも棟梁だと言わんばかりの、いかつい顔をしたおじさん小人。
彼らは大工と言うだけあって、手には小さなハンマーや、ノコギリ、ノミに鉋なんかを持っている。
「あーえっと、お父さん……」
ひとまず挨拶をしようと、真ん中の、いかにも棟梁なヴァイオレットの父に声をかける。
「僕に娘さんをください」
「お父さん、私のお腹にはもう赤ちゃんがいるの」
「よかろう、娘を大切にしてやってくれ」
何て、寸劇も交えつつ……。
「じゃあ、俺が木を切りますんで、大きさや形の支持はお願いします」
俺がそう言うと、棟梁顔のお父さんは一歩前に出る。
「分かりました、手伝っていただきありがとうございます」
そして軽く頭をさげた。
と、言うことで、お父さんに指示を受けながら、のこぎりでのこのこしたり、ノコギリでギリギリして、木を切り始めた俺。
お父さんには『貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない』、何てことは言われてない。
「にしてもヴァイオレット」
「ハイハイ何でしょう魔王さん」
「どうして毎年家がダメになるのが分かってて、川の近くに家を建てるんだよ」
目と鼻の先には、今でもまだ流れが少し速い、川が見えている。
「魔王さん人間の体のほとんどは、何でできているか知っていますか?」
ん? いきなりどうしたんだ……?
「何ですか魔王さん、バカさん。まさか分からない、と言うわけではないですよね?」
既にバカ呼ばわりも、気にならない俺だった。
「えーっと……水分だろ?」
「…………」
え……何その沈黙、もしかして間違ってるとか?
「正解です、さすがですね魔王さん」
と、ニッコリ笑う彼女。
やっぱりバカにされてるとしか思えない。
「魔王さんの体の六割がバカで構成されてるのと同じで、人間の体の約六割は水分で出来ています。それは魔族でも同じです」
つまり私たち小人の体の約六割は、水分で出来ています、と彼女は言う。
ふむ、まぁそれはいいとしよう……。
「じゃあ本当にそうか、確かめさせてくれ。そうだな、まずはその服が邪魔だ」
俺はヴァイオレットが着ている、白いワンピースをぺリっとめくる。
「きゃぁぁぁぁ! 何するんですか!! どこの変態ですか!!!」
ここの変態だ。
「ごめんごめん間違えた」
「イッツジョークですか?」
「ああ、イッツ変態ジョークだ」
「変態はシャレになりませんっ」
どうやら『HAHAHA!!』とは、ならなかったらしい。
「悪かったよ。俺が本当に言いたかったのは、それでも、君たちの体の約六割が水分で出来ていたとしても、もっと川から離れた場所に家を建ててもいいじゃないか、と言うことだ」
もっと、川が氾濫しても被害の及ばない、林の奥の方に立てればいいじゃないか。
「簡単に言ってくれちゃいますね、この魔王ヤローは。分かりますか? バカりますか? 体の構造が人間と同じと言うことは、私たちも毎日水分が必要なんです! 私たちは川に水を汲みに行くんです、そんなに遠くにしたら大変じゃないですか! 魔王さんにしては数歩でも、私たちにはアドベンチャーですよ! 毎日が大冒険ですよ!」
魔王城に行くのなんて、長、超、大冒険でしたよと、ヴァイオレットはまるで氾濫した川のように、止めどなくそう捲くし立てた。
激流に飲まれた気分……ではなかった。
「なるほど……」
ドラゴンの一歩が俺達の数歩分であったように、俺達の一歩は小人の数歩、いや、数十歩分だというわけだ。
「そういうことです、だから仕方なく川の近くに家を建てるのです」
いや……命の水を得るために、命を張るとか、本末転倒だろそれ。
命じゃなくて、水を張れよ。
何だか、他に対処のしようがあるような気も、しないでもないんだけど。
「それにこれには他にも利点があります」
「利点?」
ヴァイオレットは小さな人差し指をピーンと立てた。
「毎年新しい家に住めるのです」
そう言って目をギロリと輝かす彼女。
キュピーンッという効果音まで聞こえるほどだ。
でも分からない、その価値観は分からない。
俺なら住み慣れた所の方がいい。
「じゃあさヴァイオレット、穴を掘って奥のほうに水を引いてこればいいんじゃないのか?」
「まだ分かりませんか、バカ。私たちがそれを作るには時間がかかりすぎます。そして出来たとしても、小さすぎて雨でも降ればすぐに埋まってしまいます」
「なら俺達が作ろうか?」
と言っても、うまくできるだろうか……?
穴は掘れるけど、それだけじゃただの汚い水たまりみたいになるだろうし。
いい感じに元の川と繋いで、用水路みないなものが出来ないだろうか。
こう、石で周りを固めたりすれば――
「そういうのは、技術屋の子人さんの領分ですね」
「分かってるなら、なぜ頼まない」
「言ったでしょう、私たちの行動範囲は酷く狭いと」
そうか……ならその辺のことはまた今度、何とかしよう。
とか何とか、ペチャクチャ一見無駄な話をしてる間に、木を全て切り終わった。