第陸拾漆閑 ム~ラ村でム~ラムラ
そうして俺達はゲイルに連れられ、久しぶりに村へ足を踏み入れたわけだけど……いやぁこれはまた、少し見ないうちに……。
「随分変わったな……」
キャラバンが来たときほどとまでは行かないが、人が増え、村の中はそれなりに活気付いている。
それに今までにはなかった綺麗な家もたくさん増え、道路もボコボコだったのが綺麗に均され、少しずつレンガが敷かれ始めている。
それだけじゃない、今まで建っていた薄汚れた家も、全部綺麗に建て直されていた。
もう“村”というよりは、少し小さめの“町”、といった感じだ。
「ゲイル、どうして人口が増え始めたんだ?」
前を歩くゲイルにそう問いかけると、彼は首だけで振り返り、歩きながら説明を始める。
あたりには住民の話し声と、かなづちで釘を叩く音が響いていた。
「魔王様が以前、村にかけた税を軽くなさったでしょう?」
「ああ、そうだな」
確かあれはこの世界に来た次の日、ラヴに殺されないようにするため、ラヴに信用して貰うため、税を軽くした。
「それと、モンスターが人を襲わないように、との命令も出された」
「うん」
これも税を軽くした理由と、同じ理由でそうした。
あの時はそうしないと俺の命が危なかったからな……まぁ村の状態も見ていて気持ちいいものでもなかったし、第一に俺には人を襲わせる理由がなかったからな。
だからですよ、とゲイル。
「他の村や町、王都でももちろん税はありますからね、少しでも安い方がいいのですよ」
「いやまぁ確かに税は軽い方がいいかもしれないけど、それだけで人口が増えるものなのか?」
「さすがですね魔王さん、バカさん」
そこで話しに割って入ってきたのは、肩に乗った小人ヴァイオレット。
相変わらずのバカ呼ばわりだ。
「愛変わらずのバカ呼ばわりです」
「何だよ、愛が変わればバカ呼ばわりもやめてくれると」
「もちろんですよ、愛恋わずらい、ですからね」
なるほど、恋は盲目とね。
「で、どうして人口が増えたんだ?」
「今までここは魔物に襲われる危険性が高い場所だったんですよ? それゆえにまだまだ未開の地です、自然豊かで資源豊富。魔物の危険性が減った今、この土地はまさに宝島ってわけですよ!」
グッと拳を突き上げるヴァイオレット。
グッドです、何てつぶやいている。
ふむ、それで税も軽いとなれば、移住してこようと思う人がいてもおかしくないわけだ。
まぁ賑やかになるのはいいんだ、それはいいんだけど……。
「せっかくの自然を壊されたりするのは、嫌なんだけど」
「それについては大丈夫ですよ魔王様、バカでも魔王ですからね、十分な抑止力です」
とんだ失礼発言だ、何だよバカでも魔王って、腐っても鯛的な?
「それに魔物への恐怖や危険性が完全に拭い去られたわけではないので、住民も無茶はしないでしょう」
「なるほどね」
「更に次期村長の私、ゲイル・サンダークラップが、村人をしっかり管理しておりますし、移住人も選別して受け入れておりますので大丈夫です、はーっはっはっはっはっはっは!!」
と、ゲイルはない胸を反らして高笑い。
彼に胸がないのは当たり前だ。
というかコイツ次期村長なのかよ、少し心配な気もするけど……意外としっかりしてるような気もするのが悔しい。
「それにしてもゲイル、よくこれだけの人間に、税の引き下げと、魔物のことを伝えられたな」
「ええ、それもこれも私の営業のおかげですよ、はっはっはっはっは」
営業……?
「何だよ、その自慢の足で、宣伝でもして回ったのか?」
「そんな面倒くさいことするわけないでしょう?」
何バカなこと言ってるんだよ、と言わんばかりの形相で、声を低くしてそう言うゲイル。
実際何バカなこと言ってるんだよ、と思ってるんだろうな。
「キャラバンが来ていたでしょう?」
「ええ、ああ、はい」
思わず敬語になってしまった。
「そのキャラバンの人たちに、この村のことを他の村や町に伝えて回って欲しいと、頼んだのです」
「へぇ」
「王都を基点に様々な村や町へ行くキャラバンです。その宣伝効果は予想以上のもので、瞬く間にこの村の噂が広まったようです」
何だかコイツが本当に凄い奴に見えてきた、俺なんてここに来てやったことといえば、『グヘヘ』くらいじゃないか?
「さぁ魔王様着きました」
どうやらペチャクチャと話、と言うか報告を受けてるうちに、目的地に着いたようだ。
「ここが端材置き場です」
ゲイルが指さすそこには、人間が使うには小さいが、小人が使うには丁度よさそうな大きさの木が、山積みになっていた。
「どうだヴァイオレット、これならいけるだろう?」
これなら枝で作るよりも格段にいいものができ、更に言えば捨てるものを使ってるから、非常にエコだ。
「まおーさま、さすがのネネネでも、これではイケませんの」
「ネネネ、君はもう少しだけ黙っててくれないかな?」
ネネネは、『ハーイですの』と珍しく素直に腕を放し、辺りをブラブラし始めた。
後が怖い……。
「で、どうだヴァイオレット」
「はい! 完璧です!! 最高です!!!」
徐々にテンションを上げていくヴァイオレット。
どうやら彼女にとっては、目の前の端材の山こそが宝島なんだろう。
「ですが魔王さん、これでもまだ小人が加工するには少々大きいかもしれません」
「そのことについては大丈夫、そんなこともあろうかと……」
そう言いながら俺はズボンの腰の辺りをまさぐる。
別に露出しようとか、そういうことではない、決してない。
「のこぎりや、かなづちなんかの、道具は一式持ってきてあるから」
それらをヴァイオレットの目の前にぶら下げる。
「何と都合がいい!」
「そこは何と用意のいい、と言って欲しいところだよ」
「いえ、私は何と都合のよい男だ、という意味で言ったのです」
そっちの方が嫌だ……。
「魔王様」
と、ゲイルが軽く頭を下げる。
「まだ他の報告が少し残っていますが、忙しそうですので、残りの報告は勇者様に伝えておきます」
「あ、ああ、ありがとうゲイル、助かったよ」
何だかこいつ凄いいい奴になってないか……?
そしてゲイルは『さらば!』と言って、城の方に駆けて行った。
何かが少し違うんだよな……惜しいと言うか何と言うか。
「よし、木を集めるか」
小人に丁度いい大きさの木、と言っても、全てが全てそういうわけじゃない。
もちろん小人ですら使えなさそうな大きさのものもあれば、汚れていて使い物にならないものもある。
ある程度は選別しないと。
「ならこの木は魔王さんから私への、餞別ということですか」
まぁ、転居、という意味でなら、それはあながち間違いじゃないのかもしれないけど……。
「はなむけに端材ってのも、どうなんだ?」
「なら花婿になって、私を養ってください」
「遠慮します」
まだ言ってるのかよそれ。
「伴侶になります」
「捕虜にならしてやるよ」
と言うかもういいよ……そんなことより、木を集めないと。
「おーいネネネ、木を集めるから手伝ってくれ」
周りの家を興味津々で見つめていたネネネに声をかける。
「はーいですの」
そんなこんなで、木を集め始めた俺とヴァイオレットとネネネだったけど……。
ネネネが全然手伝ってくれない、というかむしろ邪魔だ。
彼女は何やら俺の横で、手を頭の後ろで組み、足を少し曲げて胸を突き出し、クネクネしている。
気になって作業が出来ない。
「何やってんだよネネネ!」
「魔王様の気を集めてるんですの」
「俺が集めて欲しいのはその気じゃない、この木だ!」
「その気になってぇですのぉ」
「もうお前は、木になって立ってろ!」
そう、まるで、演劇の木の役のように。
「まぁまおーさま、気になって立ってるだなんて、ヘ・ン・タ・イ」
「お前にだけは言われたくねぇぇぇぇ!」
「あの、お二人とも、盛り上がってるところ申し訳ないのですが、早く木を集めて下さいませんか?」
と、呆れ顔のヴァイオレットちゃんだった。
「まぁ、まおーさまのまおーさまが、盛り上がってるんですの!?」
どうやら、黙ってた反動がここに来たようだ。
「……とんでもないですね、魔王さん」
「だろ」