第陸拾伍閑 美女爆弾
ネネネだった。
今の状況で一番厄介な奴が来てしまった……。
「あら、まおーさまお一人ですの?」
と、不思議そうな顔をするネネネ。
「え? どうして?」
「何やら血痕などという物騒な言葉が聞こえたものですので、誰かと言い合いでもしてるのかと」
どうやらネネネはヴァイオレットに気付いてないらしい。
「ああ、血痕じゃない、結婚だよ」
「ネネネにとってはそちらの方が物騒ですの」
『あの方はどなたですか?』と、心の中に語りかけてくるヴァイオレットに、『まあ待て、あいつにばれたら厄介だ』とテレパシーを送り返す。
またぞろこの女は誰だと、問いただされてはたまらないからな。
「まおーさま、ネネネだってまおーさまと繋がっておりますのよ? さっきから誰とこそこそやってるんですの?」
バレ……てる!? 末恐ろしいな……ネネネなら立派な貴婦人ならぬ、鬼婦人に、いや奇婦人になれそうだ。
それにしても俺の心読まれ放題じゃないか、プライバシーもクソもねぇ。
「いやんまおーさまったら、心の中でネネネをめちゃくちゃに……」
「してねぇ!」
とんでもない捏造だ。
え? 考えてないよ? 考えてないってば。
魔王様嘘つかない。
「熱象だなんて、ぱおーんさまったらいやんですの」
「誰がぱおーんさまだ!」
「まあまあまおーさま、そういきり立たずに」
誰のせいだと思ってるんだ。
「で、まおーさま、いったいどなたとこそこそヤッてたんですの?」
「……」
仕方ない、隠し切れないだろうし、正直隠すようなことでもない。
「この子だよ」
と、俺はネネネの視線を誘導するように、テーブルの上にいる小さな少女、小女のヴァイオレットを手で示す。
するとネネネは、ワザと強調するように胸を両腕で挟み込みながら前屈みになった。
「まぁまおーさま! この女の子は何ですの!?」
「この小は小人だよ」
「こどもですの!?」
俺と同じリアクションするなよ……。
「とうとう生まれたんですのね、ネネネとまおーさまのこどもが」
「魔王さん、これは魔王さんの斜め上を行くリアクションです……」
とんでもねぇと言ったような顔で、そう言うヴァイオレット。
まぁ俺からすれば、これもまだ予想の範囲内なんだけど。
「まおーさま、どうしてこどもが産まれたのを教えてくださらなかったんですの!?」
いや、こどもを産んで気付かない君の方に問題が……じゃない。
「よく見ろネネネ、この子と漢字をよく見るんだ。この子は俺達のこどもじゃない、ただの小人だ」
「タダのとは失礼ですね、私はそんなに安くありません」
なら、指輪一個の小人か。
「あらあら本当ですわね……」
ネネネはヴァイオレットに顔を近づけ覗きこむ。
「よく見たらネネネの子ではありませんの」
よく見なくてもてめーの子じゃねぇよ。
「おほほほ、少々マタニティハイだったもので、見間違えましたの」
「お前のはただのハイだ!」
「は~いですの」
……はぁ、この噛み合わなさは既に神がかって来たな。
「で、まおーまさどうしてこんなところに小人少女がいて、まおーさまとこそこそヤッてるんですの?」
ちょくちょく文に悪意を感じる。
というか切り替えが早すぎだろ、一連の意味不明なやり取りを、あたかもなかったかのような顔で進めやがって。
「あったかもなかったかもですね、魔王さん」
その点についてはあったと断言したいところだ。
「まおーさま、早くお答え下さいですの」
えっと何だ? 質問内容は……あぁはいはい。
なぜ小人少女がここにいて、俺とこそこそやってたか、だな。
まぁ色々あったんだろうし、詳しいことは知らないけど、譚的に言えば――
「そんな物語を語らないでください、端的にお願いします」
「そうか、ならそうしよう。この小人、ヴァイオレットが城に盗みに入ったのを、俺が捕まえたんだ」
だから彼女は今ここにいて、俺と会話をしていた。
「この文にこそ悪意を感じます! 端的というより嘆的です、嘆きたい気分です」
いくら嘆こうと事実は事実だ。
「泥棒ですの?」
「そうだ」
うま○棒でもなければ、きなこ棒でもない、ただの泥棒だ。
「ならまおーさまと一緒ですのね」
「そういうことだ……ん? 違う違う、どういうことだ? 俺が泥棒?」
泥棒と言うならラヴがそうだろうに、いつだったかネネネの危ないスクール水着を盗んだ彼女こそが。
「泥棒ではないとおっしゃいますの?」
「え? 逆に聞くけど俺は泥棒なの? 俺はいったい何を盗んだって言うんだよ」
「それは…………ネネネの心ですの。ポッ」
ポッっじゃねえ!
銭○警部もびっくりの回答だよ。
ここはカリオスト○の城じゃない、魔王の城だ。
「いやぁ魔王さん、私はあなたのことをバカだバカだと言って来ましたが、彼女はとんでもないですね」
とうとう、とんでもないというような表情が、言葉に変わってしまった。
「何といいますか、彼女は私の予想の斜め上を飛行している、と言いますか垂直落下をしていると言いますか、逆噴射をしています」
よく分からない例えだけど、通常の軌道から逸れている、つまり常軌を逸している、とそういうことだろうか。
まったくもって、間違いではない。
「それで、小人ちゃんはどうして、お城にお泥棒にお入りになさったんですの?」
ネネネは椅子に座り、テーブルの上にいるヴァイオレットに話しかける。
実にご丁寧な口調の取調べだった。
「それについては話せば長くなるのですが。しかくしかくしかくのかくがかくかくでして」
「通じるか!」
かくかくしかじかだろ! かくかくしかじかでも通じるか微妙だ。
「そうでしたの、それはお気の毒ですのね」
「はい」
「……っ!?」
分かってた、通じるのは分かってた。
「と言うことでまおーさま、小人ちゃんのマイホームを作るお手伝いに行きましょうですの」
「行きましょう、手伝って下さい魔王さん」
「なぜそうなった……」
しかくしかくのかくがかくかくの中で何があったんだ?
「だってまおーさま、お家がなければ交尾もまともに行えませんもの」
「いやいやちょっと待てよ」
確かに家がなくなってしまったのは大変なことだ、一日でも早く建て直さないとダメだ。
でも、だ。
「家イコール交尾をする場所っていう考えを、まずは正して欲しい」
「まあ、まさかまおーさまお外で……」
「さすが変態ですね」
「変態って何だ! もう既に原型もとどめてないじゃないか!」
というかつっこむところはそこじゃない、どうして今の会話でその発想に至るのかというところだ。
「は? 何言ってるんですが魔王さん。バカさん。もともとはバカなんですから原型は留めてるじゃないですか」
随分な言い草だなほんと……しかも本気のジト目だし。
ラヴが可愛く思えてくるよ。
いやラヴは可愛いんだけどね、可愛いんだけど今はそういうことを言いたいんじゃない。
「言葉のあやとりですね」
話がもつれるから黙ってて欲しいところだ。
大体どうしてここまで言われて、俺はこの子を助けないといけないんだ?
「何ですか魔王さん、私がこんなにもお願いしてるというのに、助けてくれないんですか? 見損ないました」
「お願いされた覚えもなければ、見損なわれるほどの付き合いでもない」
「あなたは変わりました、あの何でもくれたあなたは素晴らしかった。ロープいや、ヒモになりたいほどに」
結局自分のことばっかりじゃないか、俺だってなれるもんならヒモになりたいよ。
「まおーさま、ネネネも産み損ないましたの」
「だろうな!」
まったくもうまったくもう……。
「まぁまぁ魔王さんそう怒らないでくださいよ、今までのは全部冗談ですから。ね?」
「またイッツジョークなのかよ」
「イエス! イッツジョークです!」
「「HAHAHA!!」」
……ふむ、何だかこれで全部許してしまいそうになるから、ビックリだ。
「そういうことですから、今までのことは謝ります、そしてお願いします」
ヴァイオレットは腰掛けていたスプーンから立ち上がると、深々とお辞儀をした。
「なにせ雨の多い時季ですので、早く建て直したいんです、どうか手伝っては貰えないでしょうか?」
「……分かった、分かったよ。家作り、手伝うよ」
「本当ですか!?」
「ああ」
城の近くで困ってる人、困ってる小人がいるんだ、それを知って助けないわけにもいかない。
「その代わり、質問に答えて貰った分のお金は、これでチャラだ」
「分かりました、そうと決まれば善は急げです」
ヴァイオレットは荷物をまとめると、俺の腕を登り始め、肩に腰掛けた。
「さあ出発進行ですよ魔王さん。レッツゴーです!」
切り替えの早い奴だ……。
「レッツゴーですのー!」
「ネネネも行くのか!?」
「もちろんネネネもイキますの」
こりゃ一筋縄では行かなさそうだな。
「ロープだけにですか?」
「違うよ」