第陸拾肆閑 “それ”との遭遇 大
「で、本題なんだけど。一体君は魔王城で何をしてたの?」
何かたくさん荷物を抱えてたし、今もその背中に背負ってるけど。
「そ、それはですね……」
と、目を逸らすヴァイオレット。
「……少々お城の物をいただこうかと思いましてですね」
「つまり泥棒をしていたと」
「なっ!? 泥棒だ何て人聞きが悪いですね、ただいただこうとしてただけですよ!」
それを泥棒と呼ばずに、俺は何を泥棒と呼べばいいんだ……。
「大体泥棒されるのが嫌なら、用心棒でも立てておいて下さい」
開き直った!? 盗人猛々しいとはこのことだ。
用心棒ね……役に立たなさそうな番犬ならいるけど。
ああ、あと用心棒じゃなくて東尋坊ならいるな、断崖絶壁のラヴが。
お? 何だか断崖絶壁のラヴって強そうじゃないか?
こう、二つ名的な。
「いやいや全然かっこよくありませんよ、むしろダサいです」
「そうか?」
「ええ、何だか凄く絶体絶命感が漂っています」
「ふむ……」
おっといけない、また話が逸れてしまった。
「話を戻そう。次の質問だ、君はなぜ城で泥棒まがいのことをしてたんだ?」
「何だか取り調べじみて来ましたね、カツ丼を要求します」
また古典的な……。
「あれは刑事側の好意であって、犯人が請求するようなものじゃない」
「ならお答えできません、黙秘権を使わせていただきます」
そう来たか、なかなかやるな。
でもコイツは現金な奴だと言うことは、確認済みだ。
「わかった、ただとは言わない。もし話してくれたら、君がさっき逃げようとしたときに、投げ捨てたものは全部あげるよ」
「本当ですか!?」
俺は大きく頷いてみせる。
彼女が投げ捨てたもの、それはスプーンやフォーク、よく分からない紙の切れ端に、よく分からない薬草の端くれ、などなど。
別に欲しければいくらでもあげる。
「し、仕方ないですね……上からの圧力には逆らえません。お話しましょう」
彼女は、自らの現金な性格という、上からの圧力に、難なく押しつぶされた。
「その代わり、少々シリアスになっても大丈夫でしょうか?」
「あ、ああ、それについては一向に構わないけど……」
別にシリアスアレルギーだとか、そんなことは全くない。
『ではお話致しましょう』と、立ち上がり、嬉しそうに投げ捨てたあれやこれを拾いつつヴァイオレット。
この子知らない人に簡単についていきそうだな。
「ここ最近雨が続いたのは、さすがの魔王さんでも、知ってますよね?」
「……ああ」
バカ呼ばわりについてはもう置いとくとして、最近はやけに雨の日が多くなった。
気温も日に日に上がってきてるような気もするから、日本における”梅雨”みたいなものなのかな、と勝手に思っている。
まぁその辺については、後からラヴかエメラダあたりに聞いてみるとしよう。
「近くに川が流れてるのも、さすがのバカでも知ってますよね?」
「……知ってる」
城のすぐ近くからは、山から直接流れてくる、水の綺麗な川がある。
そこから畑の水を取ってきたりしてるから、さすがに知ってる。
「さすがです」
ヴァイオレットは、気品溢れる笑顔でニコッと笑う。
褒められたけど、全く嬉しくない。
むしろ余計バカにされた気分だ。
「で、ですね。雨が続いた影響で、川の水が増水し氾濫してしまいまして、更に更にその影響で私のお家が浸水してダメになってしまったんです」
よっこらしょと、拾ってきたスプーンに腰掛けながら、さらっととんでもないことを言いやがった。
「それで家を新築するために、その材料を――」
「集めてたわけだ」
そのとおりです、とヴァイオレット。
天災に見舞われたとしても、家を新築するために他人の家のものを盗む、というのはどうなんだろうか……。
まぁそれはいいとしても。
「どうしてそれが必要なんだ?」
「え? どれですか?」
紙や薬草なら何かに使うんだろう、盗る理由は分からなくもない。
スプーンやフォークも、今やってるみたいに椅子代わりに使うのかもしれない。
でも、でもだ。
「その腰に大切そうにくくりつけてある、指輪だよ」
腰に糸のようなもので体にくくりつけられた、宝石付きの指輪。
これについては使い道が全く予想できない。
「あ、えーっとですね、これは…………インテリアっ! そうです、インテリアにでもしようかと」
「ほう、ならもう家は大体完成してるんだな?」
「いえ、全く進んでいません、この話くらい進んでいませんよ? どうしてそう思われました?」
どうしてって……そりゃこっちが聞きたいくらいだよ。
「どうして家も出来てないのに、インテリア、家具を先に集めるんだ?」
「あ、えっと、その、あの…………あはは」
ヴァイオレットは、もうどうしようもねえ、と言った風に俺を見上げ笑って見せた。
こいつ、金目の物に目がくらんだだけだな。
「これぞ火事場泥棒ってやつですね」
「自分で言うな、と言うか全然意味が違う。君が勝手に泥棒に入っただけだ」
火事場泥棒でも何でもない、ただの泥棒だ。
「そうですか、泥棒はいけませんね。少し惜しい気もしますがこれはお返しします」
ごめんなさい、と、指輪を差し出す彼女。
「泥棒はダメだと言うなら、他のものも返してもらう感じになると思うんだけど」
「それは違います、指輪以外の物は先ほど魔王さんから正式に譲り受けました。ですのでこれは既に私の物です。そう言って私は、魔王さんに所有権を振りかざしました」
とんでもない奴だなまったく、ご丁寧に地の分まで削ってくれやがって。
「すみませんついつい地が出てしまいました」
うまく言ったからといって、うまく行くとは限らない。
が、しかしだ、まったくもうまったくもう、こんちくしょうのまったくもう。
「その君の地は、その指輪についてどう言ってるんだ?」
「下さりやがれ、この魔王やろー」
魔王の上に“バカ”ってルビが振ってなかったとしても、『このバカやろー』と読めてしまう自分が悲しい。
仕方がない、これぞやれやれって感じだ。
やるよ、やりますとも。
「わかった、あげるよそれ」
「本当ですか!?」
指輪に付いた宝石よりも、輝いている彼女の目。
「ああ、本当だ」
もともと俺の物でもないし、あの四次元紛いの三次元倉庫には、そんな宝石類はゴロゴロと転がってるんだ、それの一つや二つ、なくなってもどうってことはない。
それに使われないより、欲しいって人のところに渡った方が、物も嬉しいだろう。
「大好きです!」
な……? なん……だ、と!?
「魔王さん、結婚しましょう!」
「するか!」
何て奴だ……指輪を貰ったからって、今まで散々バカだバカだと言ってきた相手と、結婚しようだなんて。
「ええっ!? どうしてですか!? そのために指輪を下さったんではないのですか!?」
「違うわ!」
確かにさっきプロポーズ的な発言を、心の中でしたかもしれないけど、そのために指輪をあげたとか、そういうんでは決してない。
「大体君の小ささだと、妻じゃなくて爪楊枝くらいにしかならないよ」
「用事ばかりの妻はダメだと」
「そうです……」
俺は腕を組み、大きく頷いてやった。
「ちっ……仕方ないですね、ならヒモにならせて下さい。魔王さん私を養ってください」
ちって、ちって……本当にやめて、その清楚なお顔で。
「干物にならしてやるよ」
「そんなくだらない駄洒落連発してないで、結婚しましょうよ、ヒモにしてください、養ってください、飼ってください、楽させてください」
「い・や・だ!!」
何て会話を、永遠と繰り返すのかと思われた、食事の間に
「ゴホン、ゴホン」
と、わざとらしく咳き込みながら、入ってきたその美女の名は……!?




