第陸拾参閑 “それ”との遭遇 中
「俺の名前はアスタ、魔王アスタだ」
「ほう、あなたが噂の魔王さんですか」
「ん? おかしいな、どうして魔王の上にバカってルビが振ってあるんだ?」
『魔王』この漢字を、音読みしたって、訓読みしたって『バカ』にはならないはずなんだけど。
「おっと失礼、間違えました、こうですね。バカさん」
「……今日は食卓が豪華になりそう――」
「あーあーあー! 冗談ですよ冗談!」
「イッツ冗句なのか?」
「イエス! イッツ冗句です!」
「「HAHAHA!!」」
……何だろううまく丸め込まれているような気がするんだけど。
「失礼失礼、礼を失しました」
小女はごまをするような表情で、自分の後頭部を擦る。
礼を失すると言うか、逸してるよ。
「いやぁ、父と母が魔王はバカだバカだと言ってたもんですからつい。もちろん、私はそんなこと思ってないんですけどね」
「まぁそのことについては、別にいいんだけどね……」
周りにそう言われてるの知ってるし、なれてるし。
もっと言えば、バカにされてるのは魔王であって、俺じゃないし。
「で、君の名前は?」
「はいはいそれでは」
と、小女は立ち上がる。
「私はヴァイオレットと申します」
小女ヴァイオレットはその名のとおり、かどうかは分からないけど、紫色のポニーテイルを振り乱し、ペコリとお辞儀をした。
「よしヴァイオレット、よろしく」
俺は握手を求めるべく、右手を差し出す。
「いきなり呼び捨てとはやりますね魔王さん……まぁいいでしょう。よろしくお願いします」
そしてヴァイオレットの小さな小さな手と握手。
「質問は異常でしょうか?」
「いや、正常だ」
「間違えました、質問は以上でしょうか?」
「そんなわけないだろ?」
まだ名前しか聞けてないよ。
「では二つ目のご質問ということですね、追加料金をいただきます」
「……」
質問の回数に応じて、料金が上がっていくのか、とんでもないオプションだな。
おちおち会話もしてられない。
大体主導権を握ってたのは俺のはずなんだけど、いつの間にか逆転してるような。
まぁいいか、楽しいし。
「君は種族的に言うと、何になるの?」
「小人ですかね」
「小人なのか?」
「いえいえ、確かに私はまだこどもではありますが、大人になっても大きさ的にはあまり変わりませんので、できれば“小人”ではなく、“小人”と読んで欲しいのですが」
「ああ、そっちね」
と言うか、“小人”は“こども”とは読まないのだっけ?
まあ何でもいいけど、大人になっても小人とはこれ如何に、だな。
「小人、つまりドワーフってことでいいのか?」
「何をバカなことを言ってるんですか、何を魔王なことを言ってるんですか。全然違うじゃないですか、さすが魔王ですね、魔王の異名は伊達ではありませんね」
ここまで突き抜けてくると、もう怒る気すら起こらなくなって来るから不思議だ。
大体この子、こんなに暴言を吐くような雰囲気や顔つきじゃないんだけどな。
凄く清楚な感じなんだけど、人は見た目によらないと言いますか、小人は見た目によらないと言いますか。
「悪いけどどこら辺が違うのか教えてくれないか? 実は俺ネバネバなんだよ」
ずいぶん久しぶりに使ったな、ネバネバ。
この世界に来たばかりの時には、かなりお世話になったよな。
結局このネバネバが何なのかは、本当のところ分かってないんだけど。
「あら、そうでしたか。それはご終章様です」
「終わらそうとするな」
バカは死なないと治らないってか?
俺は一回死んでも尚、バカ呼ばわりされてるんですけど……。
「それは三つ目のご質問と受け取っても?」
「……ああ、構わないよ」
「毎度ありです」
ではでは少しだけ説明しましょう、と、ヴァイオレットは再びテーブルの上に腰を下ろした。
「確かに彼らドワーフは分類的には、私たち小人と同じ位置づけかもしれません。しかし全然違います、どこが違うかと言われれば、技術面と言いたいところですが、そもそも根本的に大きさが違います。彼らは私たちより、遥かに大きいです」
まぁ魔王さんから見れば、彼らも小さいのでしょうが、と、ヴァイオレット。
ふむ、何だろう、○○目、○○科、○○属、○○種みたいなものなのだろうか。
「まぁ私たちを小人、魔王さんたちを大人と例えるなら、彼らドワーフは中人と言ったところでしょうか」
おお、それはなかなか分かりやすい例えかもしれないな。
俺とヴァイオレットの間くらいの大きさ……つまりルージュくらいの――
「まあ言うなれば宇中人ですかね」
「一気にイメージしにくくなったわ! そもそも字が違う!」
宇中人じゃなくて宇宙人だ。
「いえいえ間違ってませんよ、『宇』の中の人、つまり『子』ですよ。つまり子人ですね」
「子供くらいの大きさの人と、そう言うことか」
「そう言うことです」
くそ……うまいこと、やられた感があるな。
「いや、待てよヴァイオレット、やっぱり間違ってる」
「何がですか?」
「『宇』の中は『子』じゃなくて『干』だ!」
似て非なるものだ!
「そこに気付くとはさすがですね。しかし気をつけないと消されますよ」
いったい何にだ……。
まぁ何でもいいけどさ。
「でさ、ヴァイオレット。そろそろ本題に入っていいかな?」
「あら、ここまでの質問はまだ本題ではなかったんですね」
「当たり前だろう?」
ヴァイオレットについて聞けたのは、まだ名前と種族についてくらいだ。
「いや、てっきり名前と種族を聞くのが本題だと思ってました。新手の軟派かと思いましたね」
ビンで捕まえる軟派とか、まじで新手過ぎるだろ。
新手と言うか、もう荒手だろうそれ。
「違うよ」
名前を聞いて女の子と仲良くなろうとか、そう言うことじゃない。
まったく、これだけの文字数を費やしながら、得られた情報は彼女の名前と種族、それとあまり必要ない、子人についてのことだけだ。
俺が聞きたかったことは、まだ全然聞けていない。
なまじ気が合ったせい、と言うか、気に入ったせいで、本題に入る前に、随分と時間と追加料金をとられた……。
「まぁ、まだ一異世界円たりとも払って貰ってませんけどね。払って貰うまで私は一生ここから動きません」
さっきはそそくさと帰ろうとしてたくせに、随分と現金な奴だ。
大体登場したときに盛大に泣いてた奴と、同じ人間だとは思えない。
「人は常に成長しますからね」
「それにしても成長が早すぎる」
「よくあるじゃないですか『コ、コイツ……!? 戦いながら成長してやがる……!!』的な。あれですよ」
この子は少々発言が自由すぎやしないか?
俺の心まで読み、メタな発言までしやがる……とんでもないマルチプレイヤーだ。
「人には言論の自由、と言うものがありますからね」
それはちょっと違うような気もしないでもないけど……。
「まぁそんなに細かいことは気にしないでくださいよ」
そうだな、この世界で細かいことを気にしていてもしょうがない。
そういうもの、と、受け入れるしかないんだ。
「ではその本題のご質問とやらを伺いましょう」
「……」
「どうしました?」
「……」
「なぜ無視ですか!?」
「……」
「ちょっと魔王さん!? え? あれ?」
((あのー魔王さん? 大丈夫ですか?))
こいつ……心の中にまで入り込んでくるな!
((だって無視するんですもん))
「ああ、悪かったよ。細かいことを気にしないようにしたら、細かい君が気にならなくなってしまって」
「イッツ小人ジョークですか?」
「Yes! It's 小人 joke!」
「「HAHAHA!!」」
何だろう、俺はこの子のことを好きになってしまいそうだ。
一生肩の上に乗せて、おしゃべりでもしていたい気分だよ。
おっと、心の中を読めるだけじゃなく、心の中にまで入り込んでくる彼女の前で、こんなプロポーズじみたことを考えてしまうとは。
それにしても、うかつに物事を考えられないっていうのは、辛いな……。
「大丈夫ですよ、都合の悪い部分には触れませんから」
それは助かる、それなら心置きなく本題に入れそうだ。
俺は気持ちを切り替えるために、一度椅子から腰を浮かせ、もう一度座りなおした。