第陸拾壱閑 日常に潜む非日常
そうして紆余曲折、右往左往、上下左右、縦横無尽を経て無駄に広い廊下。
ラヴとエメラダが作ったお菓子、薬草マフィンとハーブティーを囲むように、円になって座る、俺、ラヴ、ネネネ、ルージュ、エメラダ、クゥ。
どうでもいいけど、薬草マフィンって何だか字面が危ない。
「で、一体何をするの?」
お茶の香りをかぎながらラヴ。
「トランプだよ」
「トランプ?」
ラヴは首を傾げ、それにつられるように、ネネネとエメラダとクゥも首を傾げた。
ふむ……ルージュがトランプについて言及はしなかったから、異世界にもトランプはあるのかと思ってたけど、どうやら違ったらしい。
ルージュがトランプを知ってたのは、亀の甲より年の功という名の、メタのおかげだろう。
「トランプというのはだな……」
俺はそれから小一時間ほど、トランプが出来てから現代に至るまでの歴史を語った、と言えば嘘になる。
だってそうだろ? 問題なのはトランプとは何か、じゃない。
だから俺が言ったことは、要約しなくてもこうだ。
「この数字の書かれたカードで遊ぶ」
問題なのはカードについて、じゃなくて遊び方とそのルージュだ。
ルージュじゃない、ルールだ。
「今回はその中でも一番簡単な、ババ抜きっていう遊びをしようと思う」
「またワシは除け者か?」
涙目で俺を見上げるルージュ……分かってて言ってるだろ。
「まぁまおーさま、ババアだけ抜き、だなんて、き・ち・く」
「誰がババアだけ抜きって言った!」
「仲間はずれなんてアンタ最低ね」
と、蔑むような目で俺を見るラヴ。
「いや、ちが――」
「アスタロウ……」
静かに首を振るエメラダ。
「あ、いやだから――」
「アシュタ、仲間はずれはよくないのだ」
え、あ、ちょ、ど、どうして!?
「どうしてこの展開で、俺が悪者にならなきゃいけないわけ!? ババっていうのはだな、ジョーカーのこと、ババアのことじゃない」
などと必死に弁明を繰り返し、話を逸らすようにそのままルールの説明をした。
ルールについては皆意外とすぐに理解してくれた……と思いたい。
少なくともラヴとエメラダ、最初から知っていたであろうルージュについては、そう言える。
でも一部頭の中お花畑’sのネネネとクゥはどうだろう……まぁ大丈夫か。
そんなこんなで、ようやくトランプ、ババ抜きを始めたわけだけど、正直話にならない。
トランプって遊びはどんなものでも、相手との駆け引きが重要。
つまり相手にどんなカードを持っているのか見透かされないように、ポーカーフェイスでいるのが基本だと思う。
もちろんババ抜きだって例外じゃない、誰がジョーカーを持っているのか、どれがジョーカーなのか、相手に悟られないようにしなきゃいけない。
でも彼女たちにはそれが全く出来ない……。
ラヴはジョーカーが来たら、ポーカーフェイスでいようと必死になり、逆に白々しくてバレバレ。
「ラヴ、またジョーカー引いたんだね」
「な、何のことだかさっぱりだわー」
とんでもない棒読みだ。
ネネネは「おーっほっほっほっほ」と、高笑い。
「どうしたんだよネネネ、急に大きな声出して」
「いえねまおーさま、こうしてネネネの手中にババアが収まっているかと思うと、少々気分が良くなってしまったんですの」
何て器の小さいやつだ。
というか、ババは持ってちゃいけないし、持ってることを堂々と言ってもいけないと思うんだけど。
「あらまおーさま、イッてもいいんですのよ?」
はいはい。
ルージュは「あすたぁ……」と、涙目になる。
「まぁまぁルージュ」
「これがあの、類は友を呼ぶ、と言うやつなのかのぉ」
ババアつながりですか、ババ友ですか。ジョーカー集めてババ会でも開きますか。
唯一いつも表情が変わらないエメラダ、彼女は強いだろうと思ったけど、これが酷い。
ポーカーフェイスではあるんだよ?
でもジョーカーが来た瞬間、目にも留まらぬ速さで、手裏剣のように投げ捨ててしまうんだもの。
「エ、エメラダさん、どうして投げちゃうんですか?」
「……?」
彼女は何を言ってるのアスタロウ、と言いたげに首をかしげる。
「アスタロウ……これは持っていてはダメなのもの……」
だからって投げるとは、とんでもない……試合放棄だよ……。
クゥに至っては、やっぱりルールがいまいち分かってなかったらしく、「見て見てアシュタ、来たらダメなやつ来たよ~!!」なんて喜んで見せてくる。
「よかったね」
「うん! よかったのだ!」
しっぽが凄い揺れてる、本当に喜んでるのか……能天気というか無邪気というか、バカだ。
まぁ全員がレベル低過ぎて、引くくらいに低過ぎて、逆に成り立ってるからいいか。
それに何より、皆楽しそうだし。
「とうとうこの時が来たのう年増、けちょんけちょんにしてやるわい!」
「おーっほっほっほっほ、その言葉そっくりそのままお返ししますの。勝つのはネネネですのよ!」
最後に残ったのは、ネネネとルージュ。
立ち上がり、背景に炎のエフェクトが見えるほどに白熱した二人。
二人はただのトランプ勝負で、まるで最終決戦でもするかのような大仰なセリフを吐いてみせる。
「「いざ尋常に、勝負!」」
ネネネはカードを一枚、ルージュはカードを二枚持っている。
そしてカードを引くのは……あ、あれ……カードを引くのはルージュだ。
つまり
「あすたぁ……」
勝負は引くまでもなく決まっていた。
「おーっほっほっほっほ。どうやらネネネの勝ちのようですわね」
「ふっ、こんな子供の遊びで真剣になりおって、ワザと負けてやったのがわからんのか、この年増が」
ふっと鼻で笑い、これまでのお返し、と言わんばかりにネネネを挑発するルージュ。
「な、何ですって!?」
「お? 今、吸ってと言ったかの? やってやろうか?」
「キィィィィ! やってやりますの」
そこでにやりと笑うネネネ。
「ワンちゃんが! さぁあのババアと遊ぶんですのよワンちゃん!」
そう指示を出したネネネだったがしかし、クゥは
「ボクはもう眠いのだ」
と言って、丸まって寝てしまう。
「え、どういうことですの!? ワンちゃん。ワンちゃん!」
「おやすみなのだ~」
「はっはっはっはっは、これで終わりじゃ年増」
どうやらネネネの、対ルージュ迎撃用戦闘型生物兵器も、完璧というわけではないみたいだ。
まぁ犬というものは、基本的に一日十数時間寝るらしいからな。
「幼女の力なめるなよっ!」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁですのぉぉぉぉ」
何をしても結局こうなるんですね、君たちは。
「ねぇ魔王、あの子達はほっといてトランプやりましょう」
散らばったトランプをかき集めるラヴ。
「何だよ気に入ったのか?」
「ち、違うわよ! ただ少し気に入っただけ」
気に入ってんじゃないか……。
「そうだな、そうしよう。エメラダもやるか」
「……」
エメラダは飽きたのか、無言で首を横に振り、お茶をすする。
俺とラヴはこの後二人で、暴れるネネネとルージュ、寝るクゥと、それをよしよしするエメラダを横目に、夜までずっとババ抜きを続けた。
「あっダメ! そっちは引いちゃダメ!」
もちろん俺の全勝、実に幸せだった。
だって目の前でラヴの百面相を、拝むことが出来たからね……グヘヘ。
そして俺は思った、これからもこんな騒がしい日々が一生続くんだろうと、こんな楽しい毎日が死ぬまで続くんだろうと。
そう信じて疑うことはなかった。
「――よ――――がで――ぞ――テヘッ」
「え? ラヴ何か言った?」
「いいえ、何も。そんなことより早く次のゲームしましょうよ」
「あ、ああ」
なんだったんだ? まあいっか……。




