第陸拾閑 彼女達にとっては異世界こそが日常
「ようし着いたぞアスタ」
ルージュは俺の服の襟をひっ捕らえたまま、片手で倉庫の扉を開ける。
「ボールはどこじゃ?」
「よっこらしょ」
俺は立ち上がり
「確か……」
ルージュと一緒に倉庫内の、お宝が散乱している区画に歩いていく。
「お、あったぞルージュ」
ボールはすぐに見つかった。
「ほれ」
俺はお宝と一緒に転がっているバスケットボールのような物を広い上げ、ルージュに軽く投げてやる。
「おお、これはまさしくボールじゃ」
彼女は小さな両手でボールをキャッチすると、それをお宝でも見るような目で眺める。
まぁお宝と一緒に転がってたから、もしかしたらお宝なのかもしれないけど。
ルージュはボールを脇に抱え、髪の毛を掻き揚げ、悲しそうな顔をして一言。
「アスタ先生……!! バスケがしたいです……」
やると思った……。
「無理だよ、場所ないし、人数も足りない」
ゴールもない。
「諦めたらそこで試合終了じゃぞ?」
「始まってもないわ!」
それにそのセリフは、本来先生役である俺が言うセリフだろ?
「何じゃ、アスタはバスケはせんと言うのか?」
「しないと言うより、出来ないんだよ」
「う~む」
ルージュは突然倉庫内を見渡すと、サッとどこかへ消えて、サッと戻ってきた。
戻ってきた彼女が持っていたのは一枚の紙。
彼女は自らの牙で親指を切り、出てきた血で文字を書き始める。
中二がかってるな……何か召喚するつもりですか?
「ほれ、ここに入部届けもあるのじゃぞ?」
ルージュの血で書かれた『にゅうぶとどけ』という、赤い文字。
呪いか!
そしてそれよりも先に……。
「学校の建設から始めろ」
「くっ、なら魔王城バスケットチームを創るというのはどうじゃ?」
まぁ一チームは創れるだろう、けど対戦相手がいない。
「名づけて魔王城アスターズじゃ」
ありそうだなネーミングだな。
「どうじゃ? 少しやりたくなってきたじゃろう?」
まぁ確かに俺の名前の付いたチームってのは魅力的だ。
でもそのチームには重大な欠点がある。
それは、全員がバカだってことだ!
全員が全員キラーパスしか出来なさそうじゃないか。
しかも本来の意味でのキラーパスじゃなくて、味方殺しのキラーパス。
そうなってくるともうキルパスの方が正しくなってくる、いや、もしかしたらサイコパスかもしれない。
そもそもエメラダなんて、パス全部スルーしちゃいそうだし……。
「やりたくはあるけど、キャッチボールくらいにしとこうよ?」
「ふむ、まあええじゃろう。そうと決まれば善は急げじゃ、行くぞアスタ!」
ルージュはボールがよっぽど嬉しかったのか、血を得た吸血鬼ならぬ、水を得た魚のように勢いよく、ドリブルをしながら倉庫から駆け出して行く。
俺はその後をゆっくりと追った。
そう、まるで娘の成長して行く後姿を、感慨深しげに見つめ歩く父親のようにゆっくりと追った。
ただルージュは俺の子じゃないから、周りから見たら俺の姿はたいそう訝しげだったかもしれない。
喜び勇んで駆けて行ったルージュだったがしかし、彼女の後を追って、ただただ広い廊下に戻った俺が見たものは
「あすたぁ……」
四つん這いになり、涙目で俺を見上げるロリ血鬼と
「それワンちゃん、行きますのよ」
「ばっちこーいなのだ」
楽しそうにボールで遊ぶ、ネネネとクゥだった。
「どうしたんだよルージュ」
「あのバカコンビにボールを取られたんじゃ」
俺から見たら君も含めてバカトリオなんだけどね。
そしてもっと他の人から見れば、魔王城の住人はバカセクステットに違いない。
「おーっほっほっほっほ、楽しいですわねワンちゃん」
「楽しいのだ!」
ルージュを挑発するように高笑いをするネネネ。
「まぁまぁルージュ、別に三人で遊べばいいだろ?」
「嫌じゃ、あんなケルベロスが舐め回したようなボールなど、触りとう無いわい」
「いや、舐め回してはないんじゃないか?」
クゥはちゃんと手と足を使って遊んでますよ? 犬のように口なんて使ってない。
そもそもバスケットボール大の球を、くわえることなんて出来やしない。
「いずれそうなるに決まっておる」
「そうですのよまおーさま、ボールは舐め回すものですもの」
「お前のそれは関係ない!」
まったくもう、まったくもう。
「とにかく、嫌なら遊ぶのを諦めるしかないな」
「それも嫌じゃ!」
やれやれ、とんだわがままお姫様だ。
吸血鬼じゃなくて、吸血姫だ。
「分かった。じゃあ室内で出来て、かつ皆で出来る遊びをしよう」
「何じゃ? 倉庫の剣でチャンバラでもするのか?」
それが室内で出来る遊びだとでも?
君らとやったらいくつ命があっても足りなさそうだな、殺陣の漢字も殺人になるよ。
「トランプだ」
これなら室内でやる遊びの定番だし、大人数でも出来る。
「トランプ?」
「そう、トランプ」
「トランプ?」
「え? うん」
「トランプ?」
「いや、何が変わったの?」
「トランプ?」
「いやだからさ……」
「ああ、トランプじゃな」
「なんじゃそら、もうええわ」
「「どうもありがとうございました」」
伝説のコンビ……っておい!
何だよ今の、無茶苦茶じゃないか。
「してアスタよ、そのスランプと言うのは何なのじゃ?」
スランプ……それは心や身体の調子などが悪くなり、本来持っているはずの力がうまく発揮できなかったりする期間のこと。(Asutadia参照)
「って間違える場所を間違えるな。トランプだ」
「トランク?」
トランク……それは――
「おいおい、いいかげんにしようぜ。トランプだよトランプ」
「トランプのぉ……ええじゃろ、そこまで言うならやってやらんこともない」
と、胸を反らして腕を組み、やれやれ顔のルージュ。
いや、君が駄々をこねるから提案したんだけど。
「じゃがアスタ、トランプはあるのか?」
「その辺については問題ない」
さっき倉庫に紙があったのは確認済みだし、それを丁度いい大きさに切り刻んで、ペンで数字を書き込めばいいだけだ。
ということで、倉庫に戻り少し分厚目の紙を数枚取り、その紙をラヴにいい感じにスパスパと切ってもらい、ついでに髪もスパスパと切ってもらった。
その後、血ではなくただの黒いインクで数字を書き込んでトランプの完成。
俺とルージュのお手製トランプだ。
ルージュのわざとらしい、ウネウネとミミズが這ったみたいなロリ数字も、いい感じに味を出している。
俺はこのとき、漢数字、ローマ数字、アラビア数字なんかと同じ並びで、ロリ数字があってもいいんじゃないかと、初めて思った。