第伍拾漆閑 夜這いはヤバイ
「よっこらしょっと」
魔王の部屋の脇にあるソファに、伸びたクゥの体を寝かせる。
ふぅ、やっとここまで運んでこられた。
気を失った彼女が目を覚ますまで、ひとまず俺の部屋で看病でもしようかと、連れてきたわけだ。
けど運んでくる途中、抱きかかえた俺の腕の中でピクピク動く三角お耳や、手に当たるモフモフしっぽに何度も心が折れかけて、運んでくるのに時間がかかった。
松明一本で照らされた、薄暗い部屋に差し込む月の光。
スヤスヤと静かに寝息を立てるクゥの真っ黒な髪の毛は、そんな月の光でさえ吸い込んでいるかのようだ。
ん? 待てよ、スヤスヤ眠っている……だと……。
ってことは今なら、しっぽモフモフし放題か!?
起きてるときはなかなか触らせて貰えなかったからな、チャンスだ!
クゥのしっぽは、そんな俺を誘うかのようにパタパタと身を躍らせる。
くっ……グヘヘ、ジュルリ。
い、いやいやいやいや。
俺はわざとらしく首を横に振った。
正直自分でもテレビの見すぎなんじゃないかってくらい、わざとらしく首を振った。
ダメだダメだ、寝ている女の子にいたずらをするなんて……まるで……。
「あらまおーさま、夜這いですの?」
「っ!? 違うよ!」
振り向いたそこにいたのは、もちろんネネネ。
いつから居たんだ、まったく好き勝手に出て来やがって。
いや、入って来やがって。
「ふみゃぁ?」
俺の声に目を覚ましたのか、顔を上げるクゥ。
「アシュタ?」
「おお、起きたかクゥ」
「あらあらまおーさま、夜這い失敗ですのね。仕方ないですわね、ネネネが変わりに寝ておきますの」
ネネネは『いつでもどうぞ』と言い残すと、俺のベッドへダイブした。
そのまま安らかに眠ってくれ……。
「俺はもう寝るからクゥも寝ろ、部屋は開いてる部屋ならどこでも使っていいからな」
「……一人は嫌なのだぁ、このソファで寝るのだぁ」
ふにゃふにゃと、寝ぼけ眼を擦りながらそう言うクゥ。
「ソファで寝るって、そりゃ狭いだろう……」
「ボクには丁度いいのだ」
犬のように丸まって寝転ぶと、本当に丁度よかった。
「それにこのソファ、気に入ったのだ」
「まぁクゥがそれでいいならいいけど」
俺は自分のベッドに近づき、簀巻きになっているネネネから掛け布団を奪い返し、横になる。
そしてそのネネネが包まれていた布団の匂いを……嗅がない、嗅がないよ、うん。
ネネネは外装をペリペリと剥がされ、『いやん』何て喜んでいるけど、ひとまず放っておこう。
「クゥはこの城にいるつもりなのか?」
目を瞑ったままクゥに問いかける。
「どういうことなのだ?」
「いや、俺は君を買いはしたけど、奴隷として扱うつもりはない。だから城に拘束する気もないし、出て行きたいなら好きにしてくれればいいかなって」
「いちゃダメなのか?」
「いいや別に」
構わない、うるさいのが一人や二人増えたところで、もうあまり変わらないだろう……。
ネネネとルージュのおバカコンビ、そこにクゥを交えて、三バカトリオになるくらいだ。
言わばサンバ化だな、賑やかさからすれば、サンバかって感じだ。
「ならここにいるのだ、だってボクはアシュタの奴隷なのだ!」
ならもっと奴隷らしくしろ……とは言わない。
「それ、ラヴの前であんまり言わないでくれよ」
また男の勲章が増えるじゃないか。
内容が内容だけに、とてつもなく不名誉な勲章だ。
「分かったのだ」
「……じゃあ、お休み」
「お体みなのだ」
一本多いよ……。
「ネネネもまおーさまの性奴隷ですのよ?」
「黙れ! 出て来るな!」
こうして、安定し始めていた魔王城ヒエラルキーに、クゥが来たことによって、一石を投じられた。
波紋の大きさから言えば、一隻を投じられた、の方が正しいのかもしれない。
「あらあらお上手ですのね」
「寝てくれよ!!」
「それはネネネと熱い夜を過ごしてくれということですの?」
「違うよ!」
くそっもう我慢ならねぇ……。
「さぁ我慢なさらずに」
「そう言う意味じゃない! ってまだやるのかよ!」
もうとっくに終わってるんですけど!? カメラ止まってるんですけど!?
「もっとやりますのぉ~」
「……!?」
ダメだこりゃ。